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Our Story  作者: NeRix
水の章 第一部
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第六十二話 再出発【ニルス】

 旅立って約三ヶ月・・・一年も経たないうちに戻ってきちゃったな。


 あ・・・でも朝食を取ったらすぐに発つから戻ってきたとは違うのかな?・・・いや、そんなこと考えなくていい。


 旅人は自由だ。

風を追うのも、逆らうのも・・・。



 まだ朝もやの残る時間、早朝の透き通った空気を吸いたくて外に出た。


 「あ、早いね。もう出るの?」

シロがかわいい笑顔で近寄ってきた。

 「いや、まだミランダは寝てるんだ」

ミランダは両手両足を広げて、気持ちよさそうに眠ってたから起こさずに出てきた。


 「いつも通りだね」

そうでもないんだけどな。いつも通り下着じゃない、傷痕を隠すために上は着るようになっていた・・・。

 「そう、いつも通りだよ。・・・おはようイナズマ」

「ああ」

シロとイナズマは父さんの眠る場所の前にいた。

一晩中ここにいたのかな?


 「何を話してたの?」

「昔とこれからのことだ」

イナズマがシロの頭を撫でた。

・・・シロに嫌がってる様子はない。

 「繋がり・・・作っていいのか?」

「うん、そう決めた」

「どうせ無関心だからな。あと一年・・・問題ないだろう」

・・・そうだな。来年の殖の月で決着をつける。


 「異変を感じたら聖女のいる所に逃げればいいんじゃないか?女神の結界の中にいれば安全だ」

「異変を感じてからでは遅いだろうな。・・・まあそこまで心配はない。おそらくだが、俺たち精霊はなにがあっても消されない。・・・現状ならな」

イナズマの表情には余裕が見える。

けど・・・。

 「バレたらやばいって話だっただろ。敵意を持った精霊は全部消されたって・・・」

「うん、でもイナズマの考えは合っていると思うんだ」

シロも同じらしい。どういうことなんだろう?


 「命の流れを見守る者がいなければ世界は狂う。大地、水、風、空気・・・すべてに澱みができれば命が生まれなくなるんだ。ジナスもそれは望んでいない。だから脅しだけで消されなかった・・・というのが俺の予想だ」

ああ、そういう事情ならありえるな。

 シロとイナズマは本来なら消されていてもおかしくはない。

ジナスは戦場を続けるつもりだから命が無くなっては困るわけか。


 「でも、なりふり構わずなんてことにはならないのか?」

「・・・そうだな、いざとなれば奴だけで流れを見ることはできる。しかし、戦場で遊んでいる暇は無くなるだろう。・・・あれがそれを選ぶとは思えない」

「万が一はある。でも、言われてみればそうだなって・・・」

でも違和感がある。

二人はわかっているからそう思うんだろうけど・・・。

 

 「なら、どうしてジナスはもっと精霊を残さなかったんだ?昔にどのくらいいたか知らないけど、そのほとんどを消す必要はなかったと思う」

残したのはたった四人、やり過ぎだろ・・・。

 「・・・精霊に序列は無いが力の差はある」

「そう、僕たち四人はジナスの次に古い精霊で、その分かなり大きな力を貰っている。世界の半分くらいなら全然見切れるんだよ」

「そういうことだ。俺たち四人さえ残っていれば問題ない。だから・・・俺たちに恐怖を植え付けるためだけに仲間を消した・・・」

イナズマの声に怒りが混じった。

 大切に思っていた仲間、オレにとってのそういう存在と同じらしい。なら・・・許せるはずがない。


 「たぶん、僕たちが結託したとしてもまったく恐くないんだと思う。オーゼだって協力したことを知られたけど、なにもされてないはずだ」

「本当に甘く見られてるんだな・・・」

「今はそれが幸いしている。・・・存分に後悔させてやれ」

「うん・・・そしてすぐに終わらせる」

シロはオレを見て口元を引き締めた。

大丈夫だよ、それができるくらい鍛えよう。


 

 「そろそろかな・・・僕、ミランダを起こしてくるよ」

シロが元気よく家の中に入っていった。

なんとかしてやりたくなる笑顔だ。


 「・・・ニルス、わかっておいてほしいことがある」

イナズマが目の前に近付いてきた。

さっきまでと違って、鉄のように思い雰囲気だ。

 「シロもわかっているが、お前の負担にならないように口には出さないだろう」

「・・・言ってくれ」

「機会は一度だけだ。次は・・・無いからな?」

「なんだ・・・わかってるよ」

失敗、敗北・・・そうなった場合、精霊たちは消されないとしてもオレとミランダは別だろう。

 そして、次が無いようにイナズマたちは都度監視されるようになるはずだし、見せしめに一人消される可能性もある。

 

 「聖女はどうなるかわからないが、俺とメピルは消される可能性が高い」

「そうならないようにするんだ。・・・心配性だな」

「当然だ。一度負けたんだからな」

そりゃそうか・・・。

でもやる・・・ルージュのためでもあるんだ。


 「重圧をかけたいわけではないが、すべて託したい」

「・・・任せてくれ」

「シロを頼むぞ。俺もお前を信用している」

「大丈夫だよ。夢を叶えずに死ねない」

不安が無いわけじゃないけど、仲間を思えばもっと強くなれる。

その先の未来へ一緒に行くんだ。


 「頼むぞ・・・ケルトの墓には、いつでも花を咲かせておく」

「ありがとう。また・・・戻ってくるよ」

「・・・俺を恨んではいないのか?」

「精霊鉱は父さんの意志でだろ?どちらかと言うと感謝してるよ。ミランダとシロ、二人といれる今に繋がった」

それに、オレも生まれてなかっただろうしな。


 「・・・南で地震だ。俺は見送れない」

「なにかあればシロに呼びかけるといい」

「一応だが、極力それはしないように話したんだ。・・・また会おうニルス」

イナズマが浮き上がり、南へ飛んでいった。

また会う・・・約束ができたんだから守らないとな。



 「じゃあ・・・再出発だ」

「うん、チルに会いに行こう」

ミランダも起きて、三人で朝食を取り外に出た。

・・・また旅が始まる。

 

 「あれ、イナズマは?」

ミランダは呑気な顔で周りを見渡した。

 「南の方で地震があったって、さっき飛んで行ったよ」

「全部託すって言う割に見送りはしないのね」

「僕たちのこと信じてくれてるんだよ。さあ、行くよ二人とも」

シロが振り返り、嬉しそうに笑った。

自分から前を歩くなんて初めてだな。



 ただ歩いていた。

まだ先は長い・・・。


 火山から北へ進み、街道に出る。そこからずっと北東へ。

オーゼの川へ向かった時よりも長い旅だ。

 キビナ山脈は大陸北部の最北にある。そして不死の聖女がいるのはその真逆・・・。


 「これは知っていた方がいいから教えるけど、ジナスは結界を消せるからね」

ミランダはシロから守護の使い方を教わっている。

歩いている時間も無駄にはできないってことだ。


 「え・・・じゃあ、あたし役立たずなの?」

「そういうわけじゃない。薄めて砕くって感じかな・・・でも弱いと一瞬で消せる。だからかなり強いのを張れないとダメ」

「つまり・・・強いので二人を守って、消される隙を与えないように・・・」

「オレが斬り込んでいくわけだな・・・」

それなら攻めだけを考えることができる。

もし・・・ミランダを連れて行くなら・・・。


 「役割はしっかり分けよう。ニルスと僕はジナスに攻撃が通るからそれだけを考える。だからミランダは自分と僕たちを守って」

「うん・・・任しといてよ」

「じゃあちゃんと僕の話を聞いてね」

二人とも気合が入ってる。・・・頼もしいな。


 「いくら素質があっても鍛えなければ意味がない。必要なのは体力、精神力、集中力だよ」

「シロもそうなの?」

「はっきり言うけど違う。前にも教えたと思うけど、僕らはその力を無尽蔵に使える」

「・・・」

ミランダはいつになく真剣な顔だ。

思いの強さがそのまま出ているんだろう。だからシロも連れて行く前提で話をしている。

 「精神力は守護の結界の頑丈さ、集中力と体力はどのくらい持続できるかだね」

「全部鍛えればいいわけでしょ?」

「うん、とりあえずミランダの全身を視る。まっすぐ立ってじっとしてて」

「わかった」

二人が立ち止まった。

オレも見させてもらおう。 


 「触ってるようで・・・触ってないね」

シロはミランダの頭から足のつま先まで自分の手を這わせている。

医者みたいに透視をしているのかな?



 「・・・うん、けっこう無理しても大丈夫みたい。ニルスにはかなり遠いけど、体力もなんとかって感じ」

シロの手がミランダから離れて結果が伝えられた。

 「当然よ。病気なんかもしたことないし」

一人で旅をしてた時期もあったみたいだし、けっこう頑丈なんだろうな。


 「鍛えないといけないのは変わりないからね。体力もだけど、集中力と精神力は徹底的に」

「その二つか・・・」

「まずは結界を実際に張ってみて」

「わかった・・・ん・・・」

ミランダの周りに結界が現れた。

・・・薄くぼやけてる。投石でも破られそうなくらい心許ない・・・。


 「どうシロ?」

「まだ全然だね。でも初めてで全身を覆えるのはすごいと思う。頑張ろうね」

いい教え方だ。事実ははっきり言うけど褒めることもしている。あれならやる気も無くならないだろうな。


 「じゃあもう一回・・・あれ、張れない」

「集中力だね。こっちは夜に瞑想で鍛えよう。きっと上達するから諦めないでね」

「諦めるわけないじゃん。一年ある・・・絶対二人を守れるようになるよ」

「うん、一緒に頑張ろう。僕のつららを受け止められるようになるのが第一段階かな。じゃあ、歩くの再開」

瞑想か・・・よくやってたな。

夜はオレも一緒にやらせてもらおう。

 


 「体力のためとはいえ疲れるわね・・・。シロはふよふよ浮いてるからいいよね。ニルス見てみなよ、顔に出さないけど足は重くなってる」

しばらく歩くと、ミランダがぶつぶつ言いだした。

 疲労が溜まるとこうなるのは一緒か。

集中力と精神力はまだまだって感じだな。


 「たしかに疲れてはきてるけど急がないといけない。・・・雨が降りそうな風の匂いだ」

「・・・なにあんた仙人なの?たしかに山奥に住んではいたわね」

「ミランダこそ・・・雲とか風の声が聞こえるんだろ?」

「あ・・・恥ずかしいこと思い出させてくれたわね」

恥ずかしいのか・・・好きなんだけどな。

 「もう一回聞きたい・・・」

「あたしの勝手でしょ!言いたくなるまで待ってな!」

「そんな強く言わなくても・・・」

「ほら歩く!」

ミランダの顔が真っ赤になった。

・・・歩くことに集中しよう。


 「ねえねえ、どこまで歩くの?」

シロがオレの横に来た。

 「どこって・・・とりあえず宿場だね。馬車を手に入れたい」

「え・・・本当?いいじゃんいいじゃん、あたしも瞑想に集中できる」

「でもさ・・・オレ馬車の操り方自信ないんだよね・・・。それに、活力の素質が無い」

「なるほど・・・あたしも無い」

けっこう不安なんだよな。でも、そうしないとかなりの日数がかかる。

このまま徒歩で行くなら六十・・・いや、七十日くらいはかかるだろう。だから、少しでも早い移動手段が必要だ。


 「馬車・・・早く言ってよ。買わなくて済む」

「え・・・」

「今回はこういう事情だから特別ね。ちょっと待ってて」

シロが目を閉じて、手を前に出した。


 「わあ・・・」

「そういえば・・・精霊だったな」

辺りから冷たい風が集まり出した。

作ってくれるらしい・・・。



 「水晶の馬車だよ。馬は人形、どうかな?」

透き通り、キラキラ輝く馬車が現れた。

 いい・・・とってもいい・・・。人形なら馬を操らなくて済むし、疲れも無いから活力の魔法もいらない。


 「すごいじゃんシロ、なんでオーゼのとこに行く時は出さなかったのよ?」

「え・・・急ぎじゃなかったし・・・」

「ミランダ、責めなくてもいいだろ。シロ、ありがとう」

「えへへ・・・」

シロの頭を撫でた。

夜はどこかで休むにしても、これならかなり早く着くな。


 「ちょっと中見てみるね」

ミランダが早速乗り込んだ。

オレも乗りたい・・・。

 「ねえニルス、ちょっと耳貸して・・・」

シロがオレの服を引っ張った。

なんだろ・・・。


 「ドラゴンとか・・・鳥の人形で飛んで行った方が早く着く・・・どうする?」

シロはかなりの小声で言った。

なるほど、ミランダに気を遣ってか。


 『あたし高いとこダメなのよ。ほんとに、絶対無理だからね』

ちょっとならって感じじゃない・・・。

 『飛んで行った方が早いわ。休む時間も増えるのよ?』

『無理なもんは無理なの!!ニルス!シロ!』

・・・きっと厳しい。

まあ、どっちにしろ間に合うし問題ないな。


 「シロ、これでいいよ。ミランダの瞑想する時間も取れる」

「わかった。まあ、実際は走らせないで地面すれすれを浮かせるけどね・・・」

「そうか・・・悪路でも問題ないな。それならかなり早まる」

「うん、できるだけ早く行こうね」

シロも色々考えてくれてるんだな。

 

 「ちょっとシロー、水晶だと座った時にお尻冷たいんだけどー」

「あ・・・じゃあそこだけ別のにしよう」

「早くー、ふかふかにしてー」

ミランダの機嫌が良ければオレたちも楽しい。

だから馬車でいいと思う。



 「じゃあ走らせるよ。あ、ミランダはとにかく瞑想ね」

「オレはあとで御者台に行く・・・」

「あたしも座ってみたーい」

「まずは瞑想ね・・・」

水晶の馬車が駆けだした。

景色が通り過ぎる速度は普通の馬以上だ。


 この辺りの街道はあんまり往来が無い。そして天気にも左右されない馬車・・・。

このままの速さで、キビナへ向かおう。

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