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Our Story  作者: NeRix
水の章 第一部
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第六十一話 答え【ミランダ】

 『勝手だけどさ、オレは二人とずっと一緒にいたい。なんていうか・・・恥ずかしいけど・・・愛しているって言うのかな。・・・そう思ってる』

ニルスに言われた時、今まで経験したことのない幸せな気持ちが生まれた。

はにかみながら、少しだけ頬を赤らめて話した顔は一生忘れないと思う。


 今まで出逢って、さよならをしてきた男から言われた口先だけの『愛している』とは全然違う。

 その証拠にまったく心が冷めない。今入ってるお風呂みたいに、心地いいぬくもりであたしを包んでくれた。


 ニルスとシロの二人とは言葉では言い表せない絆を感じる。


 『二人と風を追いかけて、まだ見たことのない景色を探して・・・』

いつまでも、どこまでも一緒に旅がしたい。


 ・・・だからあたしも戦うんだ。



 お風呂に浸かってしばらく目を閉じていた。

なんとか助かってここに来た時から、どうしてかずっと繰り返している記憶があったから・・・。


 『生きるためにはなんでもしな』

旅立つ時に、メルダから言われたこと・・・この機会に、真剣に考えないといけないって心が教えてくれているみたいだ。

 

 生きるためか・・・。ニルスが庇ってくれなかったらあたしは死んでたんだよね・・・。

 『守るって・・・言っただろ・・・』

ニルスはあたしを本当に大切に思ってくれている。

想像よりもずっと強い思い、だからあたしは今生きている。


 ・・・生きるってどういうことなんだろう?

今まで「なんでもしな」ばっかり考えてた。

だって、生きてくのは当たり前のことだから・・・。

 でも違うのかもしれない。

そもそも「生きる」ってどういうことなのか。あたしにとってのそれはなんなのかってのをはっきりさせることが重要なんだって思えてきた。

 ただ、食べて寝て・・・そういうのじゃ味気ないよね。

・・・やっぱり旅?あの二人と・・・。


 「うう・・・のぼせちゃう・・・」

体が温まりすぎてだるくなってきた。

あとはベッドで考えよう・・・。



 「ニルスとルージュは、森で道に迷ってしまいました。強い風が木々を大袈裟に揺らして、二人を怖がらせようとしています。お兄ちゃん怖いよ、ルージュは震えてしまいました。大丈夫だよ、お兄ちゃんのマントの中に入ってて・・・」

お風呂から出ると、ニルスがシロに本を読み聞かせていた。

 「何読んでたの?」

すっごい優しい声だな・・・。


 「棚にあったのをシロが引っ張り出してきたんだ。ミランダが出てくるまでやることも無かったからさ・・・」

ニルスがこっちを向いた。

顔も穏やかだ。

 「ニルスの名前ってこの本から取ったんだって、妹のルージュも一緒なんだよ」

「ああ・・・そんな感じで読み聞かせてたんだね。今・・・いくつだっけ?」

「次の風の月で五つになる。でも・・・オレのことは憶えてないと思う・・・」

ニルスの妹ってどんな子なんだろ・・・。たしか話せるようになる前に家を出たって言ってたからニルスも知らないのよね。

あ・・・結局テーゼに行くんだから見させてもらおう。


 「シロ、また今度読んであげるね。早いけど、もう体を洗って休むよ」

ニルスが本を閉じた。

あれも鞄にしまって持ってくんだな。

 「わかった。ミランダは起きてる?」

「あたしもニルス洗ったら寝る。まさか起きてろっての?」

「聞いてみただけ。じゃあ、僕はまたイナズマと話してくるよ」

シロは元気よく外へ飛び出した。

三百年ぶりだし、色々話したいよね・・・。



 二人でお風呂に戻ってきた。

洗ってあげるのはいつものことだけど・・・。


 「うーん・・・傷痕増えたね」

湯浴み越しでもわかる。

 着替えさせる時にも見たけど、あたしよりずっとひどい・・・。

なのに・・・自分だけ辛いなんて顔できないよね・・・。


 「気にしてないよ。それより・・・」

ニルスはあたしの傷痕があるとこを目でなぞった。

見てほしくない・・・。

 「・・・あたしも気にしてないから。それに暗くなるから、これからその話はあんまりしないでほしいな」

自分から始めた話なのに遮ってしまった。

・・・ちょっとよくなかったな。

 「ミランダからなのに・・・」

「あはは・・・ごめんごめん」

わかってるよ・・・。

でも、笑顔でいたいから頼むね。


 「まあ・・・さすがにここは無事だよね。ジナスも傷付けないようにしたって言ってたし・・・」

「な・・・やめろ・・・」

「いいじゃん、こっちはあたしの体で洗ってあげよっか?」

「・・・しなくていいよ」

誤魔化すにはこっちに逸らすしかなかった。

でも「して」って言われたら・・・どうしよ。


 「早く寝ないとでしょ?」

「ん・・・そうだね。じゃあ流しまーす」

よかった。

そうは・・・なりたくない・・・。


 『わかった!おっぱい吸わしたげる!』

あ、やべ・・・昼間勢いで言っちゃってたな・・・。

忘れて・・・くれてるよね?



 「よし・・・どう?」

「いちいち吹きかけないでよ・・・」

「どうかって聞いてんだけど」

「・・・気にならない」

外の水場で口の中も綺麗にした。

あとは・・・寝るだけだ。



 「じゃあ・・・ここ使って」

一緒に寝るもんだと思っていた。

 「え・・・」

でも案内されたのは、お父さんが使っていた部屋だった。


 「あのさ・・・この部屋はあたしが使っちゃダメでしょ。ニルスがここで寝てよ」

ここに来た時、ニルスを寝かせるためのベッドを探す時に全部の部屋を見させてもらった。

ベッドが二つくっついてるから、アリシア様とお父さんはここで愛し合っていたはず・・・。


 「え・・・やだよ。なんか気持ち悪いし」

ニルスは本当に嫌そうな顔をした。

わかるけど、そんな部屋をあたしに使わせようとしてんじゃないっての・・・。

 「あたしだっていやよ。ここは関係ない人が踏み込んじゃいけない場所でしょ?あんたのベッド大きんだから一緒でいいでしょ」

「うーん・・・オレの匂いが付いてるから恥ずかしい」

「ていうかきのうもそっちで寝たし」

「ケガ人と同じベッドで・・・わかったよ」

ニルスのベッドは本当に大きい。だからあたしは邪魔にはなってないはずだ。

それに・・・寝息聞いてるとなんか安心するんだよね。



 「オーゼに送ってもらった時にも話したけど、霊峰キビナには精霊の輝石っていうのがあるって子どもの頃から聞いてたんだ。大人になったら自分で見つけに行くんだって考えてた」

「寝なくて平気なの?あたしはもっと聞きたいけど」

「まだ大丈夫だよ」

ニルスは灯りが消えてからも話をしてくれていた。

見えないけど、こっちを向いているのはわかる。


 暗闇で話している時はいつもより幼く感じるのよね。

少年ニルス・・・どんなんだったんだろうな。


 「ニルスはずっと旅人になりたかったんでしょ?」

「まあ・・・一度は諦めたけど」

「アリシア様・・・だよね?」

「・・・うん」

ニルスは寂しそうな声を出した。

わかってて聞いたけど、どうしたらいいんだろう・・・。


 「ねえ、イナズマの輝石・・・」

「・・・ちゃんと渡すよ」

「一緒に行くからさ」

「・・・」

黙っちゃった。

 『・・・わかったよ。これは・・・アリシアに渡そう』

渡すってことに関しては別にいいんだと思う。ちょっと笑ってたしね。

でもちゃんと話せるかは不安って感じだ。


 「ねえニルス、人形に言われたこと・・・全部そんなことないと思うよ」

「・・・頭ではわかってる。どういう人かは・・・知ってるつもりだし。・・・でも、そうなんじゃないかなって気持ちが強い・・・」

「あんたさ、アリシア様の顔見なかったけど・・・行かないでって感じだったよ」

「じゃあ・・・なんで言ってくれなかったの?」

そこまではわかんないけど・・・。


 「じゃあ、なんであんたも兜取んなかったのよ?二人きりだったから別によかったじゃん」

「・・・顔を見せてほしいって言われたら外したよ」

「自分からは見せたくなかった?」

「・・・」

ニルスから歩み寄るのは難しそうだ。

 「まあ・・・本人に聞くしかないよ」

「それで・・・本当にオレはいらないって言われたらどうしたらいいんだろう・・・」

「大丈夫だよ。あたしたちがいるんだからさ。・・・ほら元気出せ」

「・・・ありがとう」

ニルスはちょっとだけ安心してくれたみたい。

一人じゃ・・・無理だもんね。


 ・・・テーゼに着いたらアリシア様と話そう。それできっかけを作ってあげないといけない。

 戦場でニルスと話していたアリシア様はとても切ない顔をしていた。

なんで「行かないで」が言えなかったのかはわからないけど、本当はまた仲良くしたいんだと思う。

・・・シロも協力してくれるよね。だからきっとうまくいく。


 でも・・・まずは輝石と聖女。

みんなで力を合わせて早く終わらせたい。全部解決したら、今度は本当に楽しい旅になりそうだ。



 「・・・オレだけ女神を見れなかったな」

静かだったニルスが呟いた。

 喋んなくなったから悩んでるのかと思ったけど、そんなこと考えてたのか。

つまり、あたしで安心してくれてるってことだよね。

 

 「顔はよくわかんなかった。鎖で目のとこぐるぐる巻きだったんだ。手足もおんなじので繫がれてた。あ・・・でも唇だけ動いてんのはなんかやらしかったかな」

「なんだそれ・・・ジナスは変態なんだな」

「ふふ・・・あはは。・・・そうかもね、あいつは変態だよ」

あーあ・・・眠くなってきてたのに今ので飛んじゃった。


 「でも、なんて言うのかな。誰よりも大きな愛を持ってるって感じがしたよ」

「愛か・・・」

「そう、ニルスも昼間にあたしとシロを愛してるって言ってくれたよね?」

「・・・うん。その言葉で合ってるかはわからないけど、そういう絆って言うのかな・・・ずっとそばにいてほしい。だからあの時、心も体も全部打ちのめされたけど動けた」

寝返りの音が聞こえた。

照れてあっち側を向いたっぽい。

 

 でも・・・もっと話してたいな。

ニルスのせいで眠気が無くなったから付き合ってもらおう。


 「あたしの育ての親がさ、生きるためにはなんでもしろって言ってたんだ」

「・・・いい言葉だと思う」

「どういう意味かわかるの?」

「なんとなくね」

なんだかオトナっぽい声だ。

聞きたいな・・・。ニルスはどんな答えを持っているのか。


 「あたしにはよく意味がわかんなかったんだ。最初は生活に困ったら女を売ってでも生きろってことかなって思ってた」

「・・・街での生活ならそれも間違いじゃないと思うよ。でも大事なのは、ミランダの生きるってどういうことなのかだと思う」

あらら・・・あたしがやっとわかり始めたところを君はもう知ってたんだね・・・。


 「じゃあニルスの生きるってなに?」

「戦士だった頃は・・・ルージュだった」

「妹?」

「そう、色を失って心臓が止まった世界・・・。ルージュは同じようにさせてはいけないと思った。だから・・・アリシアからルージュを守るために生きるって考えてた。そしてそのためには、なんだってやる覚悟をしたんだ」

夢を一度は捨てたニルスが生きるためには、なにか目的が必要だった。

それが妹のルージュ・・・。


 「それなら今は?」

「・・・ミランダとシロだよ。・・・もしかしてからかってる?」

「違うよ、何度だって聞きたいものなの」

特に、ニルスとシロからはね。

ああ・・・色々教えてやりたくなってきたな・・・。


 「あたしさ・・・愛してるって何回か言われたことあるんだ」

「誰に?」

「恋人だった男たち」

「へえ、いいなあ・・・」

意外・・・こういう話は、いつも恥ずかしがってたからなんか新鮮だ。

 「でもそれ言われるとあたし冷めちゃうんだ」

「・・・嬉しくないってこと?」

「なんだろう・・・ああ、この人と一緒にいたら縛られちゃうって思っちゃってさ。・・・あたしはもっと自由でいたいんだ。だからそれを言われたらお別れ・・・」

「え、え・・・もしかしてオレに言われた時もそう思った?」

ニルスの声が近付いた。

ふふ、焦ってこっち向いたな。見えない分、動きで気持ちがわかるっていうのも悪くない。


 「もしそうだったら一緒に寝てないよ。ニルスが寝た頃に出てってる・・・わっ!」

急に体が引っ張られて、力強いけど優しい腕で包まれた。

離さないって感じかな?とってもいい気分だ・・・。


 「あはは・・・なんか暖かい・・・」

「ミランダとシロにはそばにいてほしい・・・」

「最後まで聞きなよ。・・・ニルスに言われた時は違ったんだよ。とっても嬉しかった。縛られるって思わなかったんだ。だから・・・心配いらないよ」

寂しがりめ。昼間にあたしも『そう思ってる』って返事したんだから信じなさいよ。


 まあ・・・今日はこのまま寝てあげるか。

たまには逆もいいもんだね・・・。


 「・・・二人とずっと旅がしたいんだ。あたしのやりたいことと一致してたってことなんだろうね」

「よかった・・・まあ、先にジナスと女神だけどね。なんとかしよう・・・」

もう・・・今夜はあんまり考えないようにしよって思ってたのに。


 「・・・勝てると思う?」

「正直わからない・・・不安になった?」

「ううん、あたし勝つ気でいるもん。イナズマと話してた時も言ったじゃん。けど、ニルスはそのままでもいいと思う。あたしがいるから、全部うまくいくよ」

「ありがとう・・・。でもミランダの傷・・・その報いは必ず受けてもらう」

ニルスの腕に力が入った。

 ふーん・・・そんなに怒ってくれてるんだ。

傷の話、あんまりしないようにしよって言ったばっかだけど、今回は許してあげよう・・・。


 「ニルス君、ちょっと痛い。きついのは好きだけど、力の入れ方・・・」

「あ・・・ごめん」

「こんなにきつく抱かれたの初めてだよ・・・。ねえ、あたしってそんなに頼りない?」

「そんなことないよ。・・・いつも頼りにしてる」

嬉しい・・・少しは対等に見てくれてるってことね。

 「・・・で、あたしとシロを愛してくれてると」

「・・・うん、二人とも愛してる。・・・恥ずかしいな」

「恥ずかしくないよ。あたしもニルスとシロを愛してるからね」

「・・・暗くてよかった」

ニルスの抱き方が変わった。

・・・わかってきたじゃん。

 


 抱きしめられてしばらく経つけど、ニルスから寝息が聞こえてこない。

まあ・・・こんな夜もいいな。


 「・・・そういえば、ミランダの生きるって答えは出たの?」

「ニルスと似たような感じだよ・・・」

「そうなんだ・・・ありがとう。ああ・・・シロもここにいてほしかったな」

「きっとシロもおんなじだよ・・・」

・・・眠くなってきた。

優しい抱擁・・・それと、答えもはっきりしたからなんだろうな。


 あたしにとって「生きる」ことは、ニルスやシロみたいな大切な人を増やしていくこと。そしてその人たちとずっと笑っていくこと。

 そのためならなんでもしよう。

そうすれば、いつまでも・・・どこまでも・・・一緒に行ける気がする・・・。

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