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Our Story  作者: NeRix
水の章 第一部
61/481

第五十八話 女神【シロ】

 ミランダの息が荒い、痛みで集中力がもうもたなそうだ。

僕に・・・僕にもっと力があれば・・・。


 「ニルスは・・・こんな体であたしを守ってくれた・・・」

ミランダは、ニルスを抱きしめながらひとり言のように呟いた。

今にも意識が無くなりそうな小さい声だ・・・。


 「僕は・・・無傷だ。でもなんにもできないよ・・・」

「大丈夫だよ。きっと・・・全部うまくいくよ・・・」

肌がいつもよりずっと白い・・・止血はしてるけど流れすぎたんだ。

どうしよう・・・。



 「シロ・・・お願いがあるの・・・」

ミランダがか細い声を出した。


 「ニルスの傷が塞がったら・・・魔法陣まで運んでほしい・・・。動かせるんだよね?」

魔法陣・・・。

 「そうか!テーゼに行けば治癒隊の人たちもいる。・・・それなら今すぐに!」

「ダメ・・・。まだ動かせないんだ・・・あんたの止血が必要なくなったら・・・だよ」

血が出なくなるまで・・・。


 「でも・・・ミランダが・・・」

「あたしは・・・たぶんもつ・・・。だから、ニルスの傷が塞がったら・・・よろしくね・・・」

そうは見えなかった。

ミランダも血を流し過ぎている。


 やっぱり今運ばなくちゃいけない。

大丈夫、力が使えるなら棺に・・・。


 「ミランダ、目が覚めたらもう大丈夫だよ。僕が戦士の人たちに頼んで二人を治してもらう」

「・・・」

返事は無いけど、聞こえてはいるはず。


 説明している時間はない。

僕は二人に触れた。


 「美しき身体、澄んだ魂・・・」

『シロ・・・』

突然頭の中で声が聞こえた。

 『シロ・・・応えてください』

嘘・・・呼びかけ・・・メピルじゃない。

ジナスでも繋がりを切れない存在・・・。

どこから・・・。


 「ああ!!!」

ミランダの止血を緩めてしまった。

 「ごめんなさい!」

「大丈夫・・・」

あの感じ・・・そんなはずは・・・どこからだ?

 『急いでシロ、早くあなたの意識を私に繫いでください』

考えている暇はない。

言われた通り、声に自分の意識を繋いだ。



 「シロ・・・なにこれ・・・」

僕たち三人は、いつの間にか薄暗い場所にいた。

 「どこ・・・あいつ・・・まだあたしたちになにかするの・・・」

突然のことにミランダは不安な顔をしている。


 「女神様が・・・運んでくれた」

「そうです。私が呼びました」

振り返ると、封印されているはずの女神様がいた。

 「あ・・・ああ・・・」

会えた・・・やっと会えた・・・。


 「女神様!」

「シロ・・・お話はあとです。二人を私の近くに・・・治しましょう」

女神様の手足には鎖のようなものが繋がれ、目もそれで塞がれていた。

この場所に縛られているのか・・・。

 「シロ、私はここから動けません。二人を私に近付けてください」

「は、はい」

今は余計なことを考えてる場合じゃない。女神様ならどんな傷だって治せるはずだ。


 「ミランダ、もう大丈夫だよ。女神様が助けてくれる」

「よかった・・・先に・・・ニルスを・・・」

ミランダは安心したのか気を失ってしまった。



 「女神様、お願いします」

ミランダの願いもあったから、ニルスを先に女神様に近付けた。

こんなに打ちのめされて・・・。


 「今の私に以前のような力はありません。ですが・・・動き、戦える状態までは戻せるでしょう」

暖かい光がニルスを包んだ。

 「これは・・・命の輝き?」

「・・・そうです。戦場で流れた者たちの命・・・自然に治る力を高めています」

生命力を直接流している。

治癒魔法とは、また別の力みたいだ。


 「もう一人を・・・」

「はい」

ニルスの傷が塞がった。

 ・・・だけど傷痕が残っている。

本当に前みたいな力は出せないみたいだ。



 「これで・・・いいでしょう。シロ、二人に安らぎの魔法を・・・」

ミランダの傷も塞がり、顔色も少しだけよくなった。

 「はい、ありがとうございます・・・」

でも、ニルスと同じように傷痕が残っている・・・。

肩からお腹にかけての大きなもの、服で隠れはするけどきっと辛いだろう。


 「ここまで近付かなければ、私と繋がることはできなかったのですよ」

女神様が優しい声を出した。

 「・・・近付かなければ?」

「そうです。よく・・・来てくれました」

僕が動かなければ、女神様はずっとこのままだったのか・・・。

ニルスとミランダの二人に出逢わなければ・・・。


 「一人は・・・もう目覚めますね」

「え・・・」

「ん・・・んん・・・」

ミランダの喉が鳴った。

気が付いたみたいだ。


 「ミランダ!よかった・・・」

おもいきりぎゅっとした。

さっきみたいに冷たくない・・・。

 「シロ・・・えっと、あたしは・・・あ!ニルスの治癒!」

「もう治しました」

「え・・・誰・・・」

「この姿なので信じられないかもしれませんが女神です。彼は・・・目を覚ますまで少し時間がかかるでしょう」

ニルスの目はまだ閉じたままだ。

 あそこまで痛めつけられたら仕方がない。危機は去ったけど、起きた時にどうなっているか・・・。


 「女神・・・様?」

「はい、今はこういった状態ですが・・・」

女神様は、動かない手足へ顔だけを向けた。

 「シロ、明かり・・・よく見えない」

「わかった」

周りを照らした。

ミランダは人間だからな・・・。


 「え・・・見えないんですか?」

「はい」

「ジナスの・・・趣味ですか?」

「・・・どうなのでしょう」

縛っている鎖、これのせいで女神様はほとんどの力を封じられているみたいだ。

 僕に呼びかけてくれたのも、二人を治したのも、近付かなければできなかった。

あ・・・そうだ。


 「あの・・・ちょっと触ってみます」

もしこれが呪いに近いものなら、僕が解いてあげられる。

 「わっ・・・」

「無理です・・・呪いではありません」

手を近付けただけで弾かれてしまった。

断ち切るのは、僕じゃ無理だ・・・。


 「この鎖はジナスの存在と繋がっています。彼が消えるまでは外れません」

「ごめんなさい・・・僕たちは・・・」

「・・・負けたのですね?」

「はい・・・僕は・・・なにもできませんでした」

謝ったってどうしようもないことはわかっている。だけどそれしかできない。


 

 「えっと・・・ここはいったいどこなんですか?」

僕がなにも言えずにいると、かわりにミランダが話し始めた。

ああそうだ、なにが起こったのかを聞かなければ。


 「伝えることはたくさんあります。・・・ここは戦場のずっと下、地の底です。私は戦場で散った命が迷わぬようにここで流しています」

「迷う・・・」

「ジナスもそのために私をここに置いたのでしょう」

「死者のあの消え方はそういうことだったんですね・・・」

迷う者がまったくいないのは変だと思ったけど、女神様がそうならないようにしてくれていた。

 この可能性は考えてなかったな・・・いや、せっかく会えたんだから思うんじゃなくて全部聞けばいいんだ。


 「あの・・・なぜ僕たちが来ていることがわかったんですか?」

とりあえず、頭に浮かんだ疑問を投げかけた。

 「戦場全体に意識を飛ばしましたね。あなたの気配はすぐにわかります。私に届くまで少し時間はかかりましたが・・・そして、届いたと思ったら途切れたので・・・」

「そうだったんですね・・・。あ・・・今僕たちがジナスに見つかる危険は無いでしょうか?」

「以前は戦場の様子を話しに来ていましたので、絶対に無いとは言い切れませんが・・・もう長い間私のことは放っています。なのであまり心配はいらないでしょう。それよりも・・・彼はどうですか?」

女神様はニルスを気にしているみたいだ。

 ずっと安らぎの魔法をかけているけど、まったく様子は変わらない。

たぶん、早くても明日の朝くらいまでは起きないだろう。

 

 「彼は・・・何者なのでしょう。近付いた時に不思議なものを感じました。いつ、どこで出逢ったのですか?」

「何者・・・ニルスはただの人間です。ミランダと旅をしていて、僕の城に偶然来て・・・連れ出してくれたんです」

「そうですか。ただの人間・・・私にはそう思えないのです」

女神様はちょっとだけ嬉しそうな感じがする。

どうしたんだろう?「何者」っていうのは、どういう意味で言ったんだろう・・・。


 「ニルスは戦場に出ているお母さんに鍛えられたと教えてくれました。ただ、旅立つ時にわだかまりを残したままだったので、そこを利用されたんです」

「あなたの意識を受け取った時には、すでにジナスの結界が張られていました。その間のことは私にはわかりません。・・・シロ、私に触れてください。記憶を見させていただきます」

「はい・・・」

僕は女神様に触れた。

たしかに話すよりはそっちの方が早い。



 「アリシア・・・」

女神様が高揚した声を上げた。

目に巻きつけられた鎖の隙間からは、いくつもの雫が伝っている。


 「ああ・・・私の蒔いた種がすべて芽吹きつつある・・・」

「・・・どういう意味ですか?」

種・・・芽吹く・・・なんの話だろう。


 「アリシアは、私がこの状態でなんとか作り出した存在です」

「は?」

僕の体が固まった。

なにそれ・・・作った?女神様が命を・・・。


 「え・・・アリシア様は女神様の子ってことですか?」

ミランダが首を傾けた。

そんな単純な話じゃないぞ・・・。

 「私は生殖ができませんので、子どもとは少し違います。ジナスやシロに近い・・・」

「まさか・・・遠目だけど僕も見ました。アリシア、ニルスのお母さんは人間です。つまり・・・」

「シロ、遮らずに最後まで聞きなさい」

叱られたけど、さすがに黙っていられない。

 「命を作ったんですか?」

「・・・そうです」

「そんな・・・」

「あなたの言いたいことはわかります。禁じていたこと・・・わかって・・・います」

女神様が悲しそうに俯いた。

・・・事情を聞くことにしよう。


 「ジナスの決めた掟で、戦場に人間以外は出られない。・・・どちらにしろ今の私に精霊を作り出す力はありません。だから人間としてでしか作れなかったのです。シロ・・・私を許してください・・・」

「・・・わかりました。僕は女神様を信じます」

この状況なら仕方なかったのかもしれない。・・・もう作ってしまったのであれば、今さらどうこう言っても仕方ないか。

それに・・・ニルスと出逢えた・・・。


 「アリシアは戦わせるため・・・いや、ジナスにぶつけるために作ったのですか?」

話を止めてしまっていた。

今さらどうしようもないことだし、前だけ見ていこう。

 「はい・・・戦いのための力と記憶、それに耐えられる身体も与えました。おそらく目覚めてはいるはずです」

なるほど、叫びの力は女神様が渡したのか。

戦場を一人でも駆け抜けられるくらいの身体も、それなら納得がいく。


 「ここ百年はジナスからの干渉がありませんでした。なので少しずつ力を溜めて作り出せたのです。・・・ですが、赤ん坊の状態でしか作れませんでした。地形が変わっているようなので、転移でどこに送ったのかもわからなかったのです。・・・生まれた目的すら教えられませんでした」

「かなり賭けですね・・・。森の中とかだったら、獣に食い殺されていたかもしれないのに・・・」

「人間の多い場所へ・・・願いだけは込めました」

そのおかげだったのかはわからないけど、テーゼという戦士の街に送れた。

女神様は賭けに勝ったんだ。


 「すご・・・本当に戦士になりましたよ」

ミランダも感心してるっぽい。

 「そうですね。おそらくですが、人間で一番強いと思います」

女神様は誇らしげに言った。

でも僕はニルスの方が強いと思う・・・。


 「けどニルスも負けてないですよ。一緒にいたからっていうのもありますけど、アリシア様よりも頼りになると思います」

ミランダも僕と同じことを考えてくれていた。

そう・・・実際にそれを見せてもらったから・・・。

 「あ・・・そうだ、アリシア様の子どもならニルスも叫びの力を使えるんですか?」

「叫び・・・いえ、あれは女性の身体でしか使えません。ただ、戦闘能力は受け継いでいるはずです。鍛え、研鑽することでより強くなる。そしてアリシアほどではないですが、ニルスも老化が遅いはずです。戦える状態を長く保てるようにそうしました」

戦いの素質、ニルスはそういうものを最初から持っていた。

小さい頃から鍛錬を積んできたから今の強さってことか。


 「なるほど・・・アリシア様があたしと同じくらいの体型であんなに強いのはそういうことだったんだ・・・」

「肉体は鍛えれば鍛えるほど美しくなるようにしました。あまり大きくなりすぎると生殖相手が見つからないと思いましたので」

「じゃあニルスが割と細めなのも・・・」

「そうですね。それと、髪の毛も魅力的に見える色にしたのです」

筋肉の質がいいんだと思っていたけど、それも女神様の力だったのか。

 そして綺麗なプラチナの髪色・・・どうせなら女神様と同じ、輝く金にしてくれればすぐ気付いたかもしれない。

あ・・・でもそれだとジナスが気付いちゃうか。


 ・・・待て待て、今はこの先に繋がる話をしなくちゃ。

 


 「あの・・・これから僕はどうしたらいいのですか?正直・・・ジナスに勝てるとは思えません」

僕は女神様に近付いた。

道を、知恵を授からなければならない。


 「シロ・・・大丈夫です。ただ、今回の敗北は準備が足りませんでした」

「準備とはなんですか?精霊封印を使われてはなにもできません。本当は一緒に戦いたかったのに・・・」

「あの・・・あたしも任せてばかりは嫌です。準備っていうと、あたしたちは何をすればよかったのでしょうか」

ミランダが僕の横に並んだ。

 とても恐い思いをしたのにもう前向きになってる。恐怖よりも、戦いで何もできなかった悔しさの方が強いんだろう。

 

 「・・・この時のために私が蒔いた種を教えます。それらをすべて使いなさい」

「種・・・いつから蒔いてきたのですか?」

「三百年以上前、ジナスの様子に異変を感じた時からです。あなたたちに渡した輝石もそうです」

「これ・・・」

僕がずっと大切にしてきたもの、オーゼがニルスに渡したもの・・・今手元に二つある。


 「それはジナスの結界に対抗するためのものです。輝石は四つ、憶えていますね?」

「はい、僕とオーゼの輝石は持っています。あとはイナズマとチルのものですね?」

「はい、四つ揃った時に本来の輝きを取り戻します。精霊、魔法の封印は受け付けませんし、記憶も読まれません。防音や探知も掻い潜ることができ、呪いの類いも防いでくれるでしょう」

女神様は、これを僕に渡してからジナスの所へ行った。

 あのあと封印されて、ずっとここに・・・。

僕よりも苦しかっただろう。

 

 「そして精霊鉱を作れるイナズマにだけはすべてを伝えました・・・オーゼもチルもあなたも・・・とても不安だったでしょう・・・ごめんなさい」

「いえ・・・僕は大丈夫です。それよりイナズマは全部知っていたんですか?」

「はい。私になにかあれば、精霊鉱を託せる人間を探しなさいと・・・。対抗策に繋がる記憶にだけは結界を施しました。なのでジナスに知られることは無かったのです」

「だから三つ目も渡していたんですね・・・」

イナズマに対して余計なことをしてって思ったけど違った。

彼はずっと女神様のために動いていたんだ・・・。


 「イナズマが僕たちに伝えなかったのは、まだその時では無かったからですか?」

「そうです。時が来るまでは、精霊鉱と魂の魔法を人間に授けるだけにしなさいと命じました」

「そんな・・・それじゃ偶然に頼るしかないじゃないですか・・・」

「イナズマが消されてしまう可能性がありました。なのでそうしたのです。・・・でも、やっとすべてが繋がろうしています」

とても細くて、すぐに切れてしまいそうな頼りない希望。

女神様とイナズマの心は、ずっとそれを信じていたのか・・・。


 ニルスが僕のお城に来たのは、噂話を偶然聞いたからだと言っていた。

いや、それだけじゃダメだ。ニルスが未知の世界っていう新聞を好きじゃなければいけないし・・・そもそも旅人になりたいって思わないといけない。

これだけでもかなり心許ない可能性、そんなものを信じ続けられるなんて・・・。

 例えるならなんだろう。

海に流された誰かの髪の毛、それを探すような・・・。

 ああ・・・精霊銀みたいなものか。でも、あれよりずっと・・・ずーっと難しそうだ。


 「少し順番は狂いましたが、イナズマはあなたをずっと待っているのです」

「僕を・・・」

「はい。ジナスがあなたたちを恐怖で支配するであろうことはわかっていました。その時に導けるのは王であるあなただけ、シロを信じて待ちなさいと伝えたのです。すべてを繋ぐのはシロ・・・あなたにしてもらいたいの」

希望の中には僕の存在もあった。

イナズマは精霊鉱を人間に与えながら僕を待っていたんだ・・・。


 「ただ・・・あなたたち以外の精霊をすべて消すことまでは予想できませんでした・・・」

「すみません・・・それを見せられたので、恐怖に勝てなかったんです・・・」

「あなたは悪くありません。私が油断してしまったことが原因です・・・」

女神様はまた涙を流した。

みんなの無念をどうにかして晴らしてあげなければ・・・。



 「あの・・・まだ話は終わっていません。これからのことが聞きたいんです。種・・・対抗策はまだあるんですか?」

ミランダが力強い声を出した。

そうだよね・・・これからどうするか。まだ全部聞いてない。


 「すみませんミランダ。種はあと一つ、私や世界に異変があった場合、魔法を人間に伝えるように託した者がいます」

「魔法を・・・」

ずっと気になっていたことだ。


 『初代王が民に伝えたって教わってる』

ニルスが教えてくれた。

人間の歴史では、そういうことになってる。


 「いったい誰が・・・精霊ですか?」

「いえ・・・記憶は探っていなかったのですか?」

「・・・はい、反抗の意志に繋がるような行動は消されると思って・・・」

「そうだったのですか・・・」

魔法も女神様が用意したものだった。

・・・でもなぜ?


 「魔法を人間に伝える理由がわかりません。境界で世界が半分になったことで、みんな使えるようになってしまいました」

「ジナスが何をするかわかりませんでした。精霊鉱と同じ理由ですが、対抗できる者を増やそうと思ったのです。総力戦もあるかもしれないと考えましたので・・・」

「ジナスが相手なら・・・ほとんど無駄死にです」

「例えば戦場では治癒や守護を束ねていますね・・・重ねれば強くなります。境界が無くても、全員が力を合わせれば・・・まあ、ジナスはその気は無いようですが」

あ・・・たしかにそうだ。あいつは遊べればいいんだから、人間と争おうなんて考えてない。

 

 「あの、それで魔法を伝えたのは誰なのですか?」

「名前はステラといいます。私がこうなってしまった場合、敵意のある精霊を見せしめに消すことはわかっていました。ほとんどを消してしまうとは思いませんでしたが・・・なのでアリシアと同じ人間として作ったのです。特徴はニルスたちと同じ髪色の女性ですね」

え・・・。

 「待ってください!アリシアよりずっと前に命を作っていたのですか!」

「・・・」

女神様は頷くだけで答えた。

・・・ちょっとひどいと思う。じゃあリラは・・・。


 「シロ・・・あなたの考えていることはわかります。ですが他に思いつく手がなかったのです・・・」

「わかりました・・・。遮ってすみません」

「いえ・・・私もそれがよぎりました・・・。そして・・・こうならなければ、戻った時に許そうと思っていました」

そうか・・・やっぱりそうだよね・・・。


 「すみません、話を戻したいんですけど・・・。そのステラってのは、三百年以上前からいるってことですか?そんなのジナスが放っておくはずない・・・」

ミランダが怪訝な顔をした。

 ・・・切り替えよう、たしかに今はそっちの話だ。命を作ったどうこうは、もう置いておこう。


 「すみませんでした。・・・ステラのいる土地には私から結界を授けています。だからジナスは手を出せません。よほど悔しかったのか、私に会いに来ていた時にその話は一切しませんでした」

「人間が魔法を使えるようになった。・・・ジナスは驚いたでしょうね」

「そうでしょうね。・・・戦場で魔法を封じているようですが、私だけの力である治癒や支援は、ジナスではどうにもできませんので」

許しているんじゃなくて、仕方なく認めていたってことか。

ジナス、やっぱりお前は神なんかじゃない。

 「守護の結界はなぜ許しているのでしょうか?」

「おそらくいつでも封じることはできるでしょう。あまり戦士が減っては困るのだと思います。毎回半分で終わらせているみたいですね」

なるほど・・・理解したくないけど、わかった。


 「ステラはどこにいるのですか?」

「大陸のずっと南にいるはずです。私が作った時・・・そこは島でしたが、今どうなっているのかまではわかりません」

「行ってみるしかないのですね・・・」

「・・・一人ではないと思います。守り手となる騎士を私が選びました。代々守ってくださいと伝えているので、おそらくその子孫と共にいるはずです」

騎士は不死じゃないみたいだ。

それなら、水から記憶を探せばいい・・・。


 「あの・・・そのステラって、もしかして不死の聖女ですか?」

ミランダが腕を組んで目を閉じた。

ステラに心当たりがあるみたいだ。

 「今なんと呼ばれているのかはわかりませんが、不死なのは間違いありません。ステラはアリシアと違って成熟した状態で作れたので、目的もわかっています。心当たりがあるのなら、その者で間違いないでしょう」

「それならあたしじゃなくても居場所は知っています。事情を話せば協力してくれるってことですね?」

「はい、精霊と同じくらいの力を授けていますので、きっと力になるでしょう。・・・これらが私の蒔いた種です。精霊鉱、四つの輝石、ステラとアリシア・・・」

とても遅くなってしまったけど、女神様はジナスへの対抗策をすべて用意してくれていた。

これから、それを集めないといけない・・・。



 僕たちがやるべきことはわかった。

一つ目は、イナズマとチルの輝石をもらうこと。

二つ目が、不死の聖女と呼ばれるステラという人に会うこと。

 精霊鉱の剣はもうあるし、それを振るえるニルスとアリシアもいる。だから、輝石と聖女・・・それでジナスと戦える。


 『お前たちには、洗い場に入る手段が無いからな』

あ・・・僕たちの準備ができたとしても、ジナスの所に行く方法がないぞ。


 「女神様、まだ問題があります。すべて集めたとしても。僕たちはジナスの元へ行けません。もう姿を見せないと言っていました」

「ステラには転移の力も授けています。気配を辿り、場所を伝えなさい」

「気配・・・繋がれば・・・」

「そうです。ジナスのいる命の洗い場、転移などの私の力であれば行けます」

命の洗い場・・・身体以外の魂と心と記憶を流す場所、そこを見守るのがあいつの役目だった。

 そして僕には干渉できない場所でもある。

そこにジナスがいる間は、気配を探れない。


 「本当は、すべてを揃えてからが良かったのです。あなたたち四人が共にいれば、ジナスは必ず気付く。洗い場に行かずとも、迎え撃つことができたのです。そこであなたたちと精霊鉱の武器で弱らせて、ステラのいる土地に転移で連れて行き無力化・・・一番可能性の高い作戦でした」

なるほど、誰よりも先にイナズマと会わなければならなかったのか・・・。

 だけど、今それを悔やんでも仕方がない。

干渉できない場所にいるジナスを捕まえるにはどうしたらいいか。それを教えてもらわなければ。


 「・・・僕はさっきジナスに触れました。だから・・・偶然ですが繋がりを作れた。でも洗い場にいるあいつの気配は探れません。もしできたとしても、ジナスに気付かれてしまいます」

そう・・・偶然だった。

 『ニルスにこうされるのが好きだったようだが、気分はどうだ?』

『・・・触るな!!』

なによりも不快だったけど、あいつがこっちにいれば呼びかけもできる。


 「はい、あなたの記憶で知っています。・・・繋がりができたことはジナスも気付いているでしょう。元々外に気配は出さない精霊・・・ですが機会はあります。戦場、戦いの終わりを告げたあと・・・海の水を移動する時はこちらに来ます。・・・わずかな時間ですがあなたならできるはず、一度繋がり、洗い場に戻るまで離さずにいてください。気付かれはしますが、目的までは察せないでしょう」

「つまり、すべて揃えたのち、またここに戻ってくればいいのですね。まだ恐いけど・・・やります!」

「シロ、あなたが立ち上がってくれてとても嬉しいです。自信を持ちなさい」

王様としてなにもできなかった三百年、とても長い間立ち止まっていた。

女神様を助け出せたら、メピルやみんなも喜んでくれるだろう。


 「あの・・・ジナスは余裕そうでしたけど、本当にあたしたちで勝てるんですか?」

ミランダは不安なままみたいだ。

勝てるか・・・それは僕にもわからない。

 「今のジナスにならあなたたちが協力すれば勝てるはずです」

「でも・・・境界を作ったり、千の人形を操るくらいの力ですよね・・・」

「逆です。ジナスは境界と戦場に多くの力を割いています。戦いの終わりに攻め込むのは絶好の機会なのです」

「じゃあ・・・ほんとは勝てるような敵じゃないんだ・・・」

その通りだ。例えば境界が無ければ対抗できるのは女神様だけ、ニルスと胎動の剣でも絶対に届かない。


 「あ・・・それに転移って言うんですか?あいつ一瞬で移動したりできるじゃないですか。ニルスでも追いつけてなかった・・・それに追い詰めたとして、逃げられたりとか・・・」

ああ・・・たしかにそうだ。

 「大丈夫です。シロ、チルに会ったら精霊封印を授けてもらいなさい」

「え・・・あれは僕にも使えるのですか?」

「はい・・・教えていませんでしたが、あなただけは他の精霊とまじわる時にできます・・・」

そうだったのか・・・。

 「ただ、それでもすべての力は奪えません。ですが、ジナスを焦らせることはできるでしょう」

「隙ができやすくなるってことですね?」

「はい」

なら・・・いけるかもしれない。


 「結局、絶対勝てるっては言えないんですよね?」

「そうですが・・・安心してください。私は勝算があり種を蒔いたのです。あなたたちなら、必ずジナスに対抗できます」

「はい、やってみます。シロ、あたしも一緒だから大丈夫だよ」

「うん・・・ありがとうミランダ」

僕の心に恐怖は無い、必ずやり遂げてみせる。


 それに胎動の剣、あれはジナスの結界も斬った。

きっと対抗でき・・・。

閃いた!!!


 「あの、ニルスの・・・胎動の剣で女神様を縛っている鎖は斬れないのでしょうか」

「おそらく・・・斬れます。ですがジナスは万が一を考えて、この鎖と私の存在を繋ぎました・・・。すみません・・・油断した私が悪いのです・・・」

「女神様と・・・」

いい考えだと思ったけど、それじゃ元も子もないな・・・。

やるしかないんだ・・・。



 「・・・そういえば、ジナスはなんでこんなことしたんですか?たぶん人間には伝わってないですよね?」

ミランダがニルスの頭を太ももに乗せてあげた。

心に余裕が生まれてきたんだろう。


 「ジナスがなぜああなったのか・・・私のせいだと思います。・・・退屈だとよく言っていましたが、洗い場は・・・そうだったのでしょうか・・・」

「退屈って・・・」

「今後精霊を作る時にどうしようか考えている問題です。自我を与えるかどうか・・・シロたちはとてもいい子なのに・・・」

退屈・・・戦場が昂るって言ってたな。だからって女神様を封じようなんて僕は思わない。


 「長い話になると思いますので続きはまたの機会にしましょう」

「記憶をいただけないでしょうか」

「与えることは・・・封じられているのです・・・」

「そうでしたか・・・わかりました」

別にジナスがどういう考えだったのかは、もうどうでもいい。

僕たちはただ討つだけだ。

 

 「シロ・・・あなたたちの勝利を祈っています。今の私にできるのはイナズマのいる火山へ送ることだけ、そのあとはチルの所へ行きなさい。・・・ごめんなさい」

「待ってください。あたしになにかできることはないでしょうか?もう・・・守ってもらうだけは嫌なんです!」

ミランダがニルスの頭を抱いた。

人間は、精霊の僕よりも心が強いのかもしれないな・・・。


 「先ほどシロの記憶を見ました。ミランダ、あなたはいるだけで二人の力になっているのですよ。戦いではありませんが、心の支えになっています。だからニルスも立ち上がった」

「オーゼにもそう言われました。だけど・・・見てるだけは嫌です。もっと目に見える力が欲しい」

ミランダは引くつもり無いみたいだ。


 彼女を失いたくないのは、僕もニルスも一緒だ。

だからできれば戦いからは遠ざけたいとは思っていたけど・・・女神様はなんて言うのかな。


 「素質は自分で気付き育むものですが・・・私に触れてください」

「はい・・・シロ、ニルスを・・・」

ミランダが立ちあがり、女神様に触れた。

教えてもらえるみたいだ。


 「・・・わかりました。あなたには守護の素質があります」

「守護・・・」

「あなたは仲間を守る盾になれます。シロ、ミランダに守護を授けなさい。そしてあなたが高めるのです」

「わかりました」

守護・・・たしかに合ってるかもしれない。

 ミランダには不安を包み込んでくれるような力がある。だから一緒にいると安心する。



 「では火山へ送ります。イナズマにアリシアの存在を教えてあげてくださいね」

あとは女神様に触れれば、転移を使ってもらえる。

でもせっかく会えたから、もっと話したいな・・・。


 「女神様、シルが森でずっと待っています。ジナスを倒したら一緒に会いに行きましょう」

「シル・・・そうですね。・・・私はジナスを倒したらしばらく境界を抑えなければいけません。世界を元の状態に戻すつもりです。その前に・・・少しだけみんなに会いに行きましょう」

そうか、ジナスが消えたら境界も消える。そうなったら向こう側の海がこっちに一気に流れ込んでしまう・・・。


 「僕も手伝います」

「・・・これは私にしかできません。シロは目の前のことに集中してください。まずは目覚めたニルスをミランダと共に支えてあげるのです」

目の前のこと・・・。

勝手に盛り上がってしまったけど、ニルスがどうなるかまだわからない。


 ずっと未練があったお母さん・・・。

ジナスにすべてを見透かされて、その姿と声で打ち砕かれた。

もう戦うことができなくなっているかもしれない・・・。


 「もしニルスが戦意を無くしていたら、どうしたらいいですか?」

「その時はアリシアを頼りなさい。彼女もジナスに対抗できる強さを持っています。・・・そうしてほしいです」

女神様はニルスよりもアリシアを信頼してるって感じだ。

・・・そうなるかもしれないのか。

 「アリシア様を・・・大丈夫かな・・・」

ニルスの心は今回の戦いで折れてしまったかもしれない。

 そうであれば無理に戦わせたくはない。

でも、わがままかもしれないけど、僕は君と一緒に戦いたい・・・。


 「不安なのですね・・・。ニルスにとっては不本意でしょうが、記憶を見たいです。今度は触れさせてください」

「はい・・・」

僕はニルスを持ち上げ、女神様に触らせた。


 「・・・心配はいらないと思います」

「本当ですか?」

「あなたたちは信頼されています。支えてあげなさい」

「・・・はい。ずっとそうしたいです・・・」

ミランダが泣き出した。

信頼・・・それが嬉しかったんだろう。


 「記憶を貰いましたので、ケルト・・・ニルスの父の家に送ります。まずは安らぎを与えなさい」

女神様は唇だけで微笑んだ。


 僕だって、できればニルスとずっと一緒にいたい。

女神様は大丈夫だって言ってくれたけど「もう戦いたくない」ってニルスが言う可能性はある。そうなったら、ジナスが言っていたことは話すことはできない・・・。


 戦わせる・・・それだけはさせたくない。

どうでもいい話 7


説明回は大事だけどあんまり好きではないです。

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