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Our Story  作者: NeRix
水の章 第一部
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第五十六話 弱さ【ニルス】

 「なんだ・・・斬られた?・・・力が抜ける」

ジナスの目が大きく見開かれ、切り離された左腕を見つめている。

動揺・・・演技じゃないな。眉間に皺まで寄せているのが証拠だ。


 胎動の剣は本当に精霊を斬れる。

だから勝てる・・・きっと勝てる・・・。


 「痛みは無いのか。・・・人形と変わらないな。効いてるかわからない」

オレはジナスに切っ先を向けた。

 「・・・」

ジナスはずっと左腕だった場所を見つめている。


 本当はすぐに首を落とすつもりだったのに、一瞬で届かない高さに移動された。

あれは厄介だな。どうすれば早く終わらせられるだろう・・・。


 

 「・・・ただの剣が私に通じるはずはないんだがな」

ジナスの視線が、やっとこっちに向けられた。


 「・・・ただの剣なわけないだろ」

「おかしな自信の正体はそれか。・・・腕は戻るまで時間がかかりそうだ」

ジナスの顔には余裕が生まれていた。

だけどさっき見せた動揺、この剣が通じるのは間違いない。


 『・・・僕たち精霊に人間の武器は通らない。でもその剣は別、心を削られるんだ』

たぶん精霊に急所は無い。だから一撃で仕留めるのは無理そうだ。

色々試して、斬り崩すか・・・。

 

 「その剣、少し見せてくれないか?」

ジナスが自分から降りてきた。

 「・・・断る!」

間合いを詰めて懐へ向かった。

 殺傷力が一番あるのが刺突だ。人間と同じ形だし、大きな痛手を与えられるかもしれない・・・。

 

 「見せろと言ったんだ」

「ぐ・・・」

胎動の剣が、心臓の位置を貫く直前で止まった。

 なんだ・・・体が重い・・・。

指先すら動かない・・・。


 『・・・心強いわ。なにかされる前に斬り込めれば・・・』

オーゼが言ってたのはこれのことか・・・。


 「ニルス・・・は、早く下がって!」

後ろからミランダの震えて裏返った声が聞こえた。

 ・・・下がれたらとっくにやってる。足が動かないんだ。

声も・・・出ない、今できることは目の前のこいつを睨みつけることだけ・・・。

 

 「・・・精霊鉱だな。なるほど・・・魂の魔法か、結界を切り裂くほど・・・」

ジナスが胎動の剣に触れた。

知られたか・・・。


 「ジナス、ニルスを離せ!」

シロ・・・ダメだ。今は精霊の力を封じられているんだぞ。

 「シロにもそこの女にも用は無い。黙っていろ」

「・・・黙ってられるか!」

ミランダの叫びと地面を擦る音が響いた。

なにを・・・。


 「当たったところで通じないが・・・雑音を入れないでくれ」

ジナスのそばで何かが止まった。

 短剣・・・あれを投げたのか。こいつの気に当てられてるのに、軌道はしっかり首元・・・大した度胸だ。


 「ふ・・・そのまま静かにしていろ」

「く・・・」

ミランダは座り込んでしまったみたいだ。

体・・・動けば・・・。



 「・・・なあシロ、イナズマと何を企んでいる?」

黙っていたジナスが口を開いた。

・・・当然の疑問だな。


 「イナズマは関係ない!」

「精霊鉱は奴にしか作れない。それを使った剣を持った人間とお前が共にいる。・・・繋がりは明らかだ」

「三百年以上話したことはない!」

「偽りは無いか・・・まあいい、この男の記憶を読めばわかることだ」

ジナスの手がオレの頭に触れた。

記憶・・・オレの記憶?


 「・・・たしかにイナズマとお前は結託したわけではないようだな」

ジナスが、たぶんシロに目線を向けた。

この一瞬で、どこまで探られた?


 「そうだ、僕だけの意志だ!!」

「だが・・・オーゼは協力していたな。それに分身まで作っていたのか・・・」

「違う!オーゼもメピルも関係ない!」

オレの記憶に、イナズマとシロが組んでいるというものはない。だけどオーゼとメピルのはある・・・。

 

 「まあ何もしないからそんなに構えるなよ。オーゼとお前の分身ごときではなにもできないだろう。お前たちは、私に怯えながら自分の役目だけをしていればいい。だから存在までは奪わなかっただろ?」

「お前に消された精霊たちの無念はどうなる!王である僕が晴らさなければならない!」

「・・・無念?そう思うなら立ち向かえばよかったじゃないか。王が聞いて呆れる」

「・・・」

シロは黙ってしまった。


 シロ・・・君の苦しみはオレも一緒に背負った。

だから心配するな。体が動けば、斬り崩してやる。


 「ああ・・・悪かったなニルス、放っておいたことは謝る。・・・そろそろ睨むのをやめてくれないか。話すことだけは許してやる・・・」

ジナスが薄気味悪い顔で笑った。

 「気安く呼ぶなよ。・・・邪神が」

・・・声だけか、体はまだ重いままだ。つまり・・・オレの体が動くことをこいつは恐れている・・・。

 「ふふふ、強気だな。シロを連れ出してここまで来たのはいいが、この状況では何もできないだろ?いや・・・最初から無理だったのだ。仇討ちなどくだらん・・・」

「オレとシロの心・・・お前にはわからない!!」

「おかしなことを言う。わかるわけがないだろう、自分以外の心など・・・」

ジナスの手には、いつの間にかミランダの短剣が握られていた。


 「ぐ・・・」

右脚を刺された。

こいつ・・・。

 「本当はお前の剣でやろうと思ったが、私を拒んでいた。触れることもできなかったぞ」

「・・・この程度でオレは死なない」

「言っただろ?殺しはしない、また戦場に出ろ」

「絶対に嫌だね・・・いっ!!!」

左腕・・・急所は避けて刺してる。


 「安心しろニルス、まだ罰は終わっていない。それに、お前とそこの女は治癒が使えるだろ?私が去ったら治せばいい」

「信用できるか・・・」

「戦場でも治癒と支援の魔法を許しているだろ?まあお前への罰はもっと別なものにしようと思っただけだ。さあ・・・解放してやろう」

体・・・動く。

オレは解放されたと認識した直後にジナスへ斬りかかった。


 「治さずに来るのか。それでもさっきと変わらない速さだな。・・・この刃では足らなかったようだ」

躱された・・・痛みで踏み込みが甘くなったか。

 「その剣は正直恐いんだ」

「なら解放した自分を恨め」

「いや、今回は遠慮しよう。・・・かわりにこいつと戦ってくれ。それがお前への罰だ」

ジナスが指をさした場所に黒い影ができた。

なんだ・・・人間の形ができていく・・・。


 「・・・お前たちは黙って見ていろ」

ミランダとシロが結界に包まれた。

 「・・・」「・・・」

二人の声が消えた。

まあいい、何を出そうとたかが人形・・・それにこいつの罰を受ける気も無い・・・。



 「・・・アリシア」

目の前に現れたのは、さっき別れた人だった。


 「どうだ似ているだろ?お前の記憶から作ったんだ。強さも・・・お前が想像している通りだ」

ジナスはオレを見て笑った。

・・・だからなんだって言うんだよ。

 「オレが斬れないとでも思ってるのか?」

「さあな・・・」

本人と同じ容姿・・・でも人形だ。できあがる所から見せられて惑わされるわけがない。


 「お前の親はこの女だったんだな。なぜさっきは隠していた?」

「黙れ・・・」

わかってて聞きやがって・・・。

 「まあ、そうだろうとは思っていた。その髪、そして同じ隊で戦っていたからな。だが疑問だ・・・なぜこの女の元を離れたんだ?」

「話す必要は無い・・・」

揺さぶりは通用しない。

 「大事に思っている妹もいたようだが、どうして置いてきた?」

・・・心を殺せばいい、何度もやってきた。


 「・・・答えろよニルス」

「お前を消す・・・」

「私の前にその女だ。いい戦いを見せてくれよ?」

ジナスが言い終わると同時に、人形が剣の持ち手を狙って斬り上げを繰り出してきた。


 ・・・憶えてるよ、何度もやられたからな。

オレは後ろへ一歩下がり、足に力を込めて、人形の剣が空を斬った所へ跳びかかった。

 右脚・・・痛いな。

・・・でも動く、一撃で終わらせる!


 『臆病者は必要ない』

人形の口が、アリシアと同じ声を出した。

 「な・・・」

体がほんの少しだけ強張った。

 「どうしたニルス?自分から隙を作るのはあまりよくないぞ」

無防備になった腹に人形の蹴りが打ち込まれ、仰向けに倒れてしまった。

く・・・こんなことで・・・。


 「ぐ・・・」

起き上がろうとしたオレをアリシア・・・人形が容赦なく踏みつけてきた。

こいつは違う・・・だから、何を言われても・・・。

 『臆病者のニルスはいらない』

また・・・体が固まる。本物じゃないのに・・・。


 「口を開くな!そんな言葉をアリシアは言ってない!!」

剣を払い、すぐに立ち上がった。

大丈夫・・・平気だ・・・。

 「すべてお前の記憶からの言葉だぞ?言われていないのなら、お前がそう思っているんだ」

「黙れーーー!!!」

怒り任せに胎動の剣を振り、人形の首を落とした。


 「やるじゃないか。だが・・・いくらでも作れるんだ」

すぐに新しい人形が現れた。

何度でも・・・。

 「結果は同じだ・・・」

「本当にそうか?こいつからお前にぶつける言葉はまだまだあるぞ」

「オレの記憶・・・勝手に触れるな!!」

冷静ではいられなかった。

悲しみ、後悔、憤り・・・見せたくなかったものだ。

 

 「ふふふ、揺らいでいるなニルス。母親が恋しいのか?」

「誰が揺らぐものか!」

「強がるなよ。戦場で再会できて嬉しかったようだな。本当は、帰ってきてほしい・・・そう言ってもらいたかった。だがこの女からその言葉は無かった」

事実だ・・・オレは、そう言ってほしかった。


 『ニルス、少しの間でいいんだ。ルージュにも会ってほしいから帰ろう』『三人で市場に買い物へ行きたいんだ』『夜は、母さんとルージュに旅の話を聞かせてくれ』

そんな言葉が欲しかった。

でも・・・。


 「無かったからなんだ!オレはもう大人だ。母親が恋しいとは思わない!」

もう取り戻せない時間だ。そんなもの・・・どうでもいい。

今のオレには仲間がいる。だからこうやって立つことができる。

 「はあ・・・はあ・・・」

・・・なのに、なんでこんなに心が揺らぐんだ?なぜ頭の中がざわついているんだ?

考えるほど体の熱が上がっていった。

 ・・・熱?ダメだ・・・この状態はよくない。

心を殺し冷まさなくては・・・そうしてきたからオレは強くなれた。


 「ふふふ・・・ああ言っているが、母親としてはどうなんだ?」

ジナスが人形へ語りかけた。


 『ルージュがいるからお前はもういらないんだ。帰ってきてほしいとも思っていない』

手から力が抜けて、胎動の剣が地面に落ちた。

・・・やめてくれ。その声で・・・その顔で話さないでくれ・・・。

 『ルージュにお前の存在など教えるわけがないだろう。クライン家の恥だ』

人形の拳に殴られ、オレの体は倒れた。

 普段なら軽く躱せるのに。

・・・脚、刺されてたな。こっちにも力が入らない。


 『お前が出て行った日は、今までで一番嬉しかった』

「でたらめを・・・あの人は、旅立ちの朝にオレを抱きしめてくれた・・・忘れないでくれと言ってくれた・・・」

少しだけ・・・ほんの少しだけ救われたんだ。

 だからさっき「帰ってきてほしい」って言葉があれば、意地を張るのをやめてそうしてもいいと思っていた。

それなのに・・・。


 『ルルは大切な友達だからな。目の前でお前に冷たくできるわけがないだろう。それにお前は、私よりもルルと話していたな』

「それが・・・なんだっていうんだ・・・」

『ルルにあげようと何度も思ったよ』

なんとか・・・なんとか立ち上がりたいのに・・・。



 『お前をちゃんと捨てられてよかった』

人形は言葉を発するたびに、倒れたオレを斬り、踏みつけてきた。

 『戦士にするために育てたのに・・・時間を返してほしいくらいだ』

ジナスの力は働いていないはずなのに、体が全然動いてくれない・・・。


 『・・・そうだ、お前の望み通りに部屋のものはすべて捨てた』

そして、また悲しい言葉をぶつけられた。

 『ちょうどいいから教えてやる。ルージュは戦士にすることにしたんだ』

それはしないって・・・言ってくれたじゃないか・・・。


 『アリシアは最後に、もう話すことはないって言ってたでしょ?あれは偽りだった。きっともっとお喋りしたかったんだよ』

シロが教えてくれたこと・・・。

それって、こういうことを言いたかったんじゃないのか?

だって・・・「顔を見せてほしい」っても言われなかった・・・。


 『母だと思われるだけで虫唾が走る。逃げ出した臆病者が・・・』

人形の剣が目の前に突き付けられた。

立たなきゃ・・・戦わなきゃいけないのに・・・。

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