第五十二話 夜明け【ニルス】
・・・戦場の島ってこんなに広いんだな。
テーゼと同じくらいはありそうだ。
大陸からずっと北西・・・近くに他の島は無く、世界に取り残されたような場所・・・。
ジナスと対峙できるかはわからない。
もし姿を現せばそうなるだろうけど、まずは会うための手がかり・・・。
◆
「こっちで合ってんの?」
ミランダが上を向いて、シロに声をかけた。
「間違いないよ、あと少し。・・・とっても大きな穴がある。ニルスの話と一緒だ」
近付くごとに血の匂いが強くなっていく。忘れない・・・忘れられない。
戦場から戻ったら、すぐに帰って体を洗った。
そして清潔な服に着替えてからルージュを迎えに行ってたな・・・。
「その坂を登り切ったら戦場だよ」
・・・ああ、雰囲気でわかる。
何度も踏みしめ、蹴り、走った場所が近い・・・。
◆
「わあ、すごい広い穴・・・。あたしたちがいるのは・・・大きなお皿のふちって感じね」
ミランダが、そのふちギリギリのところで戦場を見渡した。
大きな皿か、底は深めだな。ていうか、鍋の方が近い・・・言うのやめとこ。
「血の匂いは平気?」
「慣れるのにちょっとかかりそうだけど、吐き気まではないかな」
ミランダはオレよりも強いみたいだ・・・。
「こんな大きなのジナスが掘ったのかな・・・それとも元から?」
シロが地面に足を着いた。
ジナスだったとしたら掘り方が粗い。皿のふちも曲がりくねっていて、オレなら簡単に上り下りできそうだ。
ミランダには・・・厳しいな。
「シロ、鞄からロープを出しておいて。戦いが終わったら下に行ってみよう」
「うん、わかった」
そう、戦いが終わったら・・・。
◆
オレはずっと戦場を見ていた。
月明かりのせいもあるけど、誰もいないのが逆に不気味だ。
「こうするとほどけないんだよ。シロくん知ってた?」
「ミランダは物知りだね。どこで覚えたの?」
「元恋人の漁師・・・この話おしまいね」
「え・・・」
シロとミランダは、早速取り出したロープを近くの太い木に結んでいる。
吐き気は無い、二人がいるからかな。
「ニルス、準備できたよ。ミランダ一人だったら、僕が運んでもよかったけどね」
シロが結んだロープを持ってきた。
・・・よく考えたらいらなかったかも。なんなら、オレが抱きかかえてでも問題なかったぞ・・・。
「ミランダには運動が必要だから・・・」
「う・・・なんて重い一撃を・・・」
ミランダが胸を押さえた。
無駄なことをさせられた・・・そう思われたくなくて適当言ったけど、なんか誤魔化せたな。
「ミランダって高いとこダメって言ってたけど、このくらいは平気なの?」
「足場が広くてしっかりしてればね。ただ・・・空はダメかな」
じゃあやっぱり、神鳥の大樹のてっぺんは無理か・・・。
◆
「そろそろか・・・」
空の様子が変わってきた。
日の出は・・・まだもう少し先・・・。
「わあ、すごく綺麗な色・・・」
ミランダがオレの腕を抱いた。
東の空が濃紺、藍色、紫と順に明るく変わっていく。
「そうだね・・・夜明け前、空が一番綺麗に見える時間だと思う」
「あたしもそう思うけど、なんか今日は違う・・・」
「なにが違うの?」
「え・・・なんとなく。この世のものじゃないって感じ?」
オレもいつもと違う気がしてきた。
でも・・・なにがかはわからない。不安とか、そういう色が混ざっているのかもな・・・。
「あ、見て・・・」
シロが魔法陣を指さした。
来たか・・・。
「おおー、いっぱい出てきた・・・。ほんとにシロでも動かせんの?」
「うん、あれならできる。触るだけ」
「まあ、どうするかはあとでね」
奪還軍が次々と戦場に姿を現した。
まずは突撃隊から・・・たぶん変わってないだろう。
◆
「陣形を整えろ!!!」
懐かしさを感じる声が響いた。
けっこう距離があるのに、べモンドさんの指示はここまで届く・・・。
「ふー・・・」
「深呼吸?」
「別に・・・」
オレの足は勝手に動き出しそうだった。
心を落ち着かせないと・・・。
大丈夫、今日の目的は戦いが終わった後だ。
「ニルス、あの陣形は?」
シロが戦士たちを指さした。
気が紛れるから説明してあげよう。
「前線には突撃隊と遊撃隊、中心に治癒隊と支援隊、それを守る死守隊、後方に反撃隊って感じ」
「・・・治癒領域を張るんなら、たしかにあの場所が対応しやすいか・・・。でも、囲まれちゃったら危ないんじゃない?」
「そのために死守隊がいる。ほとんどが精鋭だから、そんなに心配いらないよ」
「そしたらニルスは死守隊の方がいいよね」
シロは思ったままを言ってくれたみたいだ。
そうだな、オレも死守隊がよかったよ・・・。
「けっこう軽装の人が多い気がする」
「治癒隊がいるからだね。動きやすさを取る人の方が多い」
「ニルスも?」
「そうだったよ」
巨人に潰されたり、ドラゴンの火球を受けたら終わりだ。重装備で躱しきれずに死ぬ・・・そんなの嫌だからな。
◆
「あ・・・光が消えた。千人揃ったってことだよね?」
ミランダが目を細めた。
そういうことだな。
「ねえニルス、アリシア隊は?」
「あそこ・・・最前だよ」
オレはアリシアをずっと見ていた。
顔までは確認できないけど、髪の色でわかる。
「あれがニルスのお母さんか・・・目元はそっくりだね。あの持ってる剣も精霊鉱なんでしょ?胎動の剣と似てるね」
「そう、精霊鉱だ。聖戦の剣アリシア・・・」
目元はみんなに言われてたよ・・・。
「シロ、この距離でなんでそこまで見えんのよ?」
ミランダがシロの頭を掴んだ。
「精霊の目だよ」
「ずるい、あたしもアリシア様見たいよ」
「ずるいって・・・。力は渡しちゃダメって言われて・・・ああやめて・・・」
「見たい見たい見たい見たい見たい見たーい」
ミランダはシロの頭を振り回し始めた。
そういえば憧れてるって言ってたな・・・。
「仕方ないな・・・じゃあ僕の手を握って」
シロがミランダに右手を差し出した。
逆らえないのか・・・。
「ニルスも繋いで。見えるようになるよ」
「え・・・うん」
オレの前に左手が出された。
繋ぐ・・・。
「あ・・・」
鼓動が早まった。
さっきまで小さかったアリシアが、目の前に・・・。
・・・変わってないな。一年と八カ月・・・当たり前か。
そばにはスコットさんとティララさんもいる。三人・・・オレのかわりは入れなかったらしい。
戦場に出てきてるのは、オレとの約束があるからなのか。それとも元々そのつもりだったのか・・・。
オレが出て行ってから、あの人はなにか変わったのかな・・・。ルージュは幸せな顔をしてるのかな・・・。
思いを馳せると心が揺れた。
「・・・シロ、これは?」
気持ちを落ち着かせたい・・・。
「僕と繋がってる間だけだよ」
「やっば・・・なにこれ。すごい見える」
「近付くか離れるかは思うだけでできるからね」
便利な力、戦場ならかなり使えそうだ。
「え・・・えー!!あれがアリシア様・・・なによ、すごい美人じゃない。・・・何歳だっけ?」
「今は・・・三十一」
「さ・・・厳しめに見ても二十前半でしょ・・・。十四であんた産んだとかほんと?ていうかお父さんって変態じゃないの?」
「父さんは・・・たぶん変態じゃないけど、全部本当だよ・・・」
どんなのを想像してたんだろ・・・。
「いやいや、嘘でしょ。あれが雷神・・・」
「間違いないよ。髪の色もオレと同じだろ・・・目元も・・・」
「うん・・・もっとガチガチでバキバキなのを想像してたから・・・けど、なによりも若すぎる・・・姉弟じゃん」
前に体形はミランダとそんなに変わらないって教えたんだけどな。
それに若いか・・・たしかに老けないけど・・・。
「うーん親子だからなのかな?あんたもガチガチだけど、そんなに太くはないよね」
「ニルスとアリシアって、筋肉の質がいいんじゃないかな。無駄が無いっていうか」
「質・・・あたしにちょうだいよ」
「恐いこと言うなよ・・・」
二人がいてよかった。
少しは・・・落ち着けたな。
◆
「見て、反対側の魔法陣が光った」
シロがオレたちの手を強く握った。
魔族・・・いや、人形だったな。
「オレは全体を見たい、一度手を離すよ」
「うん、見たかったら僕に触ってね」
「シロ、あいつらは本当に人形か?」
「そうだね、命があるのは人間側だけ」
間違いないのか・・・。
「なんか信じらんないな。たしかに気味悪いけど・・・」
ミランダも手を離した。
たしかに、あれを一人で作ってるってのは想像できない。
「間違いないよ。じゃあ・・・あの鎧とおんなじの作るね」
「え・・・うわっ・・・」
オレたちの前に、戦場にいるのと同じ人形が現れた。
剣を抜きそうになる・・・。
「あと、ミランダとニルスも作れるよ」
「え・・・じゃあ、あたしの作ってみて」
「・・・はい」
「・・・やば・・・おおー、こんなやらしい体してるのか・・・。柔らかさも・・・一緒だ」
ミランダが自分の人形を触り始めた。
「ちょっとシロ、お尻大きく作ったでしょ?」
「同じだよ。もう消すね・・・」
「あ・・・まだ・・・」
「そんな場合じゃないでしょ。じっとしてて」
冷静に考えると恐い力だ。
例えば、犯罪とかに使われたら人間じゃどうしようもない。
「それと、あの魔法陣は発動してないね。光ってるだけ、まあそれっぽくは見える」
シロが新しい事実に気付いた。
「じゃあ、人形は近くで作ってる?」
「違うと思う。あいつはどんなに距離があってもこれができるから・・・」
「そうか・・・」
いれば話が早かったんだけどな。
「ねえねえ、今戦場に入ったらどうなるかな?やる気は無いけどさ、いけるんなら次からこっちの戦士増やし放題じゃない?」
ミランダが下を指さした。
さすがに気付かれるだろ・・・。
「・・・無理だと思うよ。ほら」
シロの手が何もない所で止まった。
「あ・・・。まあ、そんなバカじゃないか・・・」
ミランダの手も何かに阻まれた。
「守護の結界だね。たぶん戦いが終わるまでかな。外からは入れないし、逆に中の人は逃げられない」
「ここから見てる分には問題ない」
戦士が逃げないようにってことだとは思うけど、今のオレたちからしたら都合がいい。
ドラゴンの火球とかも防いでくれそうだし。
「でも、ここで流れた人たちってどうなってるんだろ?今までの戦場の分も考えると、かなりの人たちが迷っててもおかしくないのにそんな気配が無い・・・」
シロが不安そうな顔をした。
死者か・・・。
「オレからはなんとも言えない。シロなら見ればわかるんじゃないかな」
「うん・・・そうする」
死んだら大地に沈んでいくけど、そのあとのことなんだろうな。
「ねえニルス、敵側にドラゴンがいるよ。あたし初めて見たけど、あんなのと戦ってたの?」
ミランダがオレの袖を引っ張った。
「ドラゴンは、できれば一番最初に叩きたい敵だ。飛ぶ奴は厄介だ・・・し・・・」
結界のことで、敵側の様子を見るのを忘れていた。
・・・今回は様子が違う。
「えっと・・・十二?あいつらみんな飛んで火球吐いたらヤバくない?翼無いのも二十くらいいるよ・・・」
「多すぎる・・・」
ミランダとの会話を忘れるほどの衝撃だった。
オレが最後に出た戦場では、飛竜は六体だったけど今回はその倍・・・勝てるのか?
戦士たちの様子が見たくてシロに触れた。
案の定、みんな深刻な顔をしていて、震えている人もいる。
アリシアたちも、いつもより緊張感がある雰囲気だ。
いや・・・出ないオレが心配することじゃないな。
どう動くか、見させてもらおう。
◆
「・・・夜明けだね。うわ、すごい大声・・・」
太陽が顔を出し、戦士たちの雄叫びが聞こえてきた。
なんでだろ・・・また鼓動が早くなってる・・・。
「アリシアたちは小さいのを無視して奥に行くみたいだね」
「最奥の面倒なのはあの人たちがやるんだよ」
「あれが叫び・・・本当に人形の動きが止まってる・・・」
アリシアたちは真っ先に走り出していた。
目標は飛竜か。立ちふさがる人形は叫びで止めてなるべく躱し、最速で向かっている。
「なんかすごいね・・・戦場ってこんな感じなんだ・・・」
「今回はめんどうなのがいるからいつもより気合いが入ってるよ」
幸い飛竜はまだ一体も動いていない。なにか狙いがあるのか?
◆
アリシア隊が、飛竜たちの並ぶ最奥まで到達した。
まだ動かないのか・・・。
「おー!アリシア隊が飛ぶ奴を二体も倒したよ。やっぱ強いね」
ミランダが嬉しそうな声を出した。
「いや、まずい!」
残りの十体が飛び立った。
それぞれが陣形の中心、治癒隊を目指している。
雷神を離すため・・・。
叫びが厄介なのは、さすがにジナスも知ってるか・・・。
「治癒を解け!結界で固めろ!」
オレはいてもたってもいられずに叫んでいた。
「ちょ・・・ニルス・・・」
べモンドさんも同じようなことを叫んでいたらしく、治癒隊の回復領域は消え、火球を耐えるための結界が張られた。
「あれで耐えられるね。・・・集中切らさなければだけど」
「いや、敵も気付いた。無駄なことはしないらしい」
治癒隊の周りに四体が残り、他六体は遊撃隊と突撃隊へ向かっていった。
今回、負けるんじゃないのか・・・。
◆
「なんかやばくない?人って・・・あんな簡単に終わりなの・・・」
ミランダが怯えた声を出した。
飛竜は前線の突撃隊へ容赦なく火球を吐き、躱しきれなかった戦士たちが大地に喰われていく。
治癒隊も本来の仕事ができなくなってるし、かなり厳しいだろうな。
まずは治癒の再開ができるようにするのが最優先か・・・。
「アリシアが戻れれば・・・叫びでドラゴンを落とせるんでしょ?」
「戻れればな・・・」
頼みの綱はアリシア隊だけど・・・遠すぎる。
見事に孤立させられて、さらに包囲・・・。飛竜も二体付けられてるし、あれじゃ合流できるまでに時間がかかるだろう。
・・・その間に半分死んで負けるかもしれない。
「叫びが届いてない・・・ドラゴンが高すぎるんだ」
「見て・・・あっちで三十人くらい一気に・・・。相手は人形でしょ?死ぬのはこっちだけってひどいよ・・・」
戦況は最悪だ。
精鋭のいる死守隊は、飛竜がいるから治癒隊の張る結界から離れられない。支援隊も同じだ。
せめて反撃隊が合流できればいいんだけど、そっちは地竜たちが壁になっている。
どうする気だ・・・。
「あ・・・三人が離れたよ」
アリシアが囮になって、スコットさんとティララさんを離した。
なんとなくわかる。
二人に残った各隊を集めさせて、中央のドラゴンをなんとかしてこいってことだ。さすがにこの状況じゃ、あの二人も「厳しいです」っては言えないよな・・・。
でも、今ティララさんと離れて大丈夫なのか?それくらいの自信はあるんだろうけど・・・。
・・・もしアリシアがここで終わったら・・・ルージュはどうなる?
嫌な考えが浮かんだ。雷神が死ぬとは思えないけど、そうなったら・・・。
それだけは・・・ダメだ!
「父さん・・・どうしよう・・・」
オレは剣を握った。
『なんでも斬れそうだ・・・』
『・・・君がそうしたいって思えば、文字通りなんでも斬れるよ』
父さんとの記憶が蘇った。
・・・なんでも?
胎動の剣・・・戦場の結界も?
オレ、行こうとしてるのか?またあそこに・・・。
思った瞬間、強い吐き気が込み上げてきた。
胃の中・・・さっきシロから貰ったお菓子が入ってる・・・。
◆
「う・・・はあ・・・はあ・・・」
「ニルス・・・え・・・吐いたの?」
オレの異常に、ミランダがすぐ気付いて水と口洗薬を取り出してくれた。
「・・・大丈夫?」
シロも不安そうにオレを見ている。
「・・・心配いらない、これで戦う体になった」
吐いて胃の中を空にしたのは・・・いつぶりかな。
「どうしたのよ・・・全部吐いて戦う体ってどういうこと?」
「食わないと力が出ない・・・そんなことはないんだ・・・」
「ニルス・・・何する気・・・」
オレは立ち上がって胎動の剣を抜いた。
試してみる価値はある。
「頼むよ・・・ルージュが一人になってしまうかもしれない」
剣を結界に向けて振り下ろした。
もし斬れなかったら・・・そんな不安は無い。
『できるよ・・・信じて』
剣を抜いた瞬間に、父さんの声を感じたから・・・。
「え!斬った・・・その剣、そんなことまでできるの・・・あ、ダメだよニルス!」
「シロ、ミランダを頼んだよ。すぐに戻る!」
結界にオレが通れるくらいの傷ができ、迷わず飛び降りた。
◆
「はあ・・・まったく・・・」
戦場の歪んだ壁を伝って、下まで辿り着いた。
斬り崩す・・・っていきたいところだけど、顔を出したままじゃまずいよな。
できれば、誰にも知られたくない・・・。
「あの人・・・ちょうどいい」
あたりを見回すと、岩の陰で震えている戦士を見つけた。
逃げ回って取り残されたって感じだ。
重装備・・・突撃隊か?
それよりもあの兜・・・戦わないなら借りよう。
◆
「名前を教えてくれ」
「うわ!なんだよ・・・どうせ今回は負けだ!隠れたっていいだろ!」
男は、急に現れたオレに驚いて剣を向けてきた。
何度か出ているならここまで焦ったりしない・・・初めて来たみたいな感じだ。
「落ちついてください。ここには来たことあるんでしょ?」
「初戦から突撃隊に志願したんだよ!功労者になりたかったんだ!」
とても荒い話し方、緊張と恐怖で耐えきれないんだろう。
まあ、どんなに自信があったとしても、この状況じゃほとんどの人はこうなるか。
オレは吞まれないようにしないと・・・。
「・・・そういう奴から死んでいきます。冷静になってください」
「ああ、今回でわかったよ!こうなるまでは自信があったんだ!ゴーシュの衛兵団では一番腕っぷしが強かった!精鋭、夢水の灯火だ!!」
「夢水・・・なんで戦士になんか・・・家族は?」
「・・・千人に選ばれた時、娘が喜んでくれた。女房は戦士になるって話した時からやめてくれって言ってたけど・・・報奨金を持って帰るって約束したんだ!あいつには昔からの夢がある・・・早く叶えてやりたかったんだよ!!」
聞いてないことまで・・・かなり参ってるみたいだ。
まったく、家族がいるのに・・・。
でも、わかる気がする。オレも、ルージュがやりたいことは全部させてあげたいって思ってたからな・・・。
「オレはあなたを助けに来たんです。そして、もう戦わなくていい。・・・奥さんと娘さんの名前は?言えますか?」
「あ・・・ああ、メアリ・・・ベリンダ・・・生きて・・・帰りたいよ・・・」
男は家族の名前を口にすると落ち着いた。
大切な存在がいるなら、こんなところに来るな・・・。
「大丈夫、生きて帰れます。・・・娘さんは今いくつですか?」
「四つだ・・・。ああ・・・帰ったらメアリと一緒にご馳走を作ってくれるって・・・」
四つか、ルージュと同い年だ。
「もう一度いいですか?あなたの名前を教えてください」
「ロイド・・・ロイド・クリスマスだ」
「まずは安全なところに連れていきます。オレだって母親を・・・助けないといけない」
「え・・・おい!」
オレはロイドさんを抱えた。
一度二人の所に戻ろう。戦場の外にいれば安全だ。
◆
「ニルス!何してんのよ!」
「下は危ないよ!」
ミランダとシロに怒られてしまった。
でも・・・また行かないといけない。
「ここは・・・戦場の外?」
ロイドさんは、今の状況がつかめずにただ狼狽えていた。
時間が無いから説明はシロたちに任せよう。
「ていうかどうすんのよこの人・・・」
「戻すのもかわいそうだよね・・・」
「いったい・・・なにが・・・」
急がないと・・・。
「この二人も味方です。鎧と兜を貸してください。かわりにあなたを功労者にすることを約束します。・・・時間が無い!」
「・・・わかった」
ロイドさんは素直に従ってくれた。
こんな重装備は初めてだな。
◆
「ニルス、なにする気なの?」
「ねえ・・・やめなよ・・・」
鎧を付けているとシロとミランダが震えた声を出した。
大丈夫・・・死ぬ気は無い。
「少し手伝ってくるだけだよ。ロイドさんを見てて」
「・・・危ないよ」
「オレはルージュに悲しい思いはさせたくない。その可能性を無くしに行くだけだ。・・・大丈夫、必ず戻るよ」
それに二人を残して死んだりしない・・・。
「名前はロイド・クリスマス・・・間違いないですね?」
「はい・・・。雷神と同じ髪・・・あなたは・・・」
「・・・待っていてください」
そりゃ気付くか・・・。
◆
兜を付けてまた戦場へ下りた。
・・・汗くさい、それに重い。
上から見てて大体の状況はわかった。
ドラゴンのせいで反撃隊が治癒隊に合流できていない。アリシアは生きてはいるけど、まだ孤立したまま・・・。
あの人は簡単には死なないだろうけど、ティララさんと離れたのはあんまりよくない。
だから優先するのは治癒隊だ。復帰させてティララさんをアリシアに合流させる。これを最速で・・・。
「面倒だな・・・」
陣形も各隊もバラバラ・・・。いつもは敵を端に追い詰めていく感じだったのに、今回はこっちが中心に追い詰められている。
そして散り散りになった各隊もドラゴンに阻まれ、中心へなかなか戻れずにいた。
・・・とりあえず、戦士を集めよう。
◆
「諦めんな!!こいつを倒せば治癒隊と合流できる。まだ希望はあるんだ!!」
出くわしたのはウォルターさんのいる隊だった。
飛竜の尻尾と火球で、攻撃の機会を掴めずにいるみたいだ。
「合流する!オレのいた隊は全滅だ!」
「・・・ああ、一人でも多い方が助かるぜ」
兜のおかげで気付かれてはいない。
よりによって知り合いか・・・。
「ウォルターさん槍を!オレをあいつの上まで飛ばしてくれ!」
まあ、話してる時間は無いから大丈夫だろ。
「ああ?・・・いけるのかよ?」
「飛ばれたら厄介だ!その前に斬り崩す・・・」
助走のために後ろに下がった。
周りに岩も無いからこうするしかない。
「合わせてくださいね!!」
「任せろ!!」
「信用してます!!」
オレは助走を付けて跳び、ウォルターさんが構えた槍に乗った。
「速いな・・・頼んだぜ!」
振り抜かれると同時に槍を蹴り、普通に跳ぶよりも何倍も高い所まで行けた。
さすがだ、助走の勢いを一切殺されてない・・・。
「遅い・・・」
飛竜がオレに気付き、飛び立つために翼を大きく広げた。
「・・・もう、間に合わないよ」
ドラゴンが後ろ脚を崩した。
上にいるオレに気を取られた時、ウォルターさんがそこを貫いていたらしい。
「終わりだ!」
胎動の剣がドラゴンの首を落とした。
残った体は、倒れると同時に大地に喰われていく。
「すげー・・・」「一撃かよ」「あんなんいたか?」
見ていた戦士たちが固まった。
そんな場合じゃないだろ・・・。
「時間が無い!走れ!!」
早く治癒隊と陣形を元に戻さなければ・・・。
「治癒隊を抑えているドラゴンは四体いる。そいつらを片付けるまで気を抜くな!・・・行くぞおめーら!!」
ウォルターさんは真っ先に駆け出していた。
わかってる人で助かる。
◆
「おい、お前・・・誰だ?」
ウォルターさんが走りながら声をかけてきた。
ああそうだ、名前を教えておかないとな。
「ロイド・・・ロイド・クリスマスだ!今回の功労者はオレが貰う!!」
鎧と兜のお礼、これで釣り合うはずだ。




