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Our Story  作者: NeRix
水の章 第一部
55/481

第五十二話 夜明け【ニルス】

 ・・・戦場の島ってこんなに広いんだな。

テーゼと同じくらいはありそうだ。


 大陸からずっと北西・・・近くに他の島は無く、世界に取り残されたような場所・・・。


 ジナスと対峙できるかはわからない。

もし姿を現せばそうなるだろうけど、まずは会うための手がかり・・・。


 

 「こっちで合ってんの?」

ミランダが上を向いて、シロに声をかけた。

 「間違いないよ、あと少し。・・・とっても大きな穴がある。ニルスの話と一緒だ」

近付くごとに血の匂いが強くなっていく。忘れない・・・忘れられない。

 戦場から戻ったら、すぐに帰って体を洗った。

そして清潔な服に着替えてからルージュを迎えに行ってたな・・・。


 「その坂を登り切ったら戦場だよ」

・・・ああ、雰囲気でわかる。

何度も踏みしめ、蹴り、走った場所が近い・・・。



 「わあ、すごい広い穴・・・。あたしたちがいるのは・・・大きなお皿のふちって感じね」

ミランダが、そのふちギリギリのところで戦場を見渡した。

大きな皿か、底は深めだな。ていうか、鍋の方が近い・・・言うのやめとこ。

 「血の匂いは平気?」

「慣れるのにちょっとかかりそうだけど、吐き気まではないかな」

ミランダはオレよりも強いみたいだ・・・。


 「こんな大きなのジナスが掘ったのかな・・・それとも元から?」

シロが地面に足を着いた。

 ジナスだったとしたら掘り方が粗い。皿のふちも曲がりくねっていて、オレなら簡単に上り下りできそうだ。

ミランダには・・・厳しいな。


 「シロ、鞄からロープを出しておいて。戦いが終わったら下に行ってみよう」

「うん、わかった」

そう、戦いが終わったら・・・。



 オレはずっと戦場を見ていた。

月明かりのせいもあるけど、誰もいないのが逆に不気味だ。


 「こうするとほどけないんだよ。シロくん知ってた?」

「ミランダは物知りだね。どこで覚えたの?」

「元恋人の漁師・・・この話おしまいね」

「え・・・」

シロとミランダは、早速取り出したロープを近くの太い木に結んでいる。

吐き気は無い、二人がいるからかな。


 「ニルス、準備できたよ。ミランダ一人だったら、僕が運んでもよかったけどね」

シロが結んだロープを持ってきた。

 ・・・よく考えたらいらなかったかも。なんなら、オレが抱きかかえてでも問題なかったぞ・・・。

 「ミランダには運動が必要だから・・・」

「う・・・なんて重い一撃を・・・」

ミランダが胸を押さえた。

 無駄なことをさせられた・・・そう思われたくなくて適当言ったけど、なんか誤魔化せたな。


 「ミランダって高いとこダメって言ってたけど、このくらいは平気なの?」

「足場が広くてしっかりしてればね。ただ・・・空はダメかな」

じゃあやっぱり、神鳥の大樹のてっぺんは無理か・・・。

 


 「そろそろか・・・」

空の様子が変わってきた。

日の出は・・・まだもう少し先・・・。


 「わあ、すごく綺麗な色・・・」

ミランダがオレの腕を抱いた。

東の空が濃紺、藍色、紫と順に明るく変わっていく。

 「そうだね・・・夜明け前、空が一番綺麗に見える時間だと思う」

「あたしもそう思うけど、なんか今日は違う・・・」

「なにが違うの?」

「え・・・なんとなく。この世のものじゃないって感じ?」

オレもいつもと違う気がしてきた。

でも・・・なにがかはわからない。不安とか、そういう色が混ざっているのかもな・・・。


 「あ、見て・・・」

シロが魔法陣を指さした。

来たか・・・。


 「おおー、いっぱい出てきた・・・。ほんとにシロでも動かせんの?」

「うん、あれならできる。触るだけ」

「まあ、どうするかはあとでね」

奪還軍が次々と戦場に姿を現した。

まずは突撃隊から・・・たぶん変わってないだろう。



 「陣形を整えろ!!!」

懐かしさを感じる声が響いた。

けっこう距離があるのに、べモンドさんの指示はここまで届く・・・。


 「ふー・・・」

「深呼吸?」

「別に・・・」

オレの足は勝手に動き出しそうだった。

 心を落ち着かせないと・・・。

大丈夫、今日の目的は戦いが終わった後だ。


 「ニルス、あの陣形は?」

シロが戦士たちを指さした。

気が紛れるから説明してあげよう。

 「前線には突撃隊と遊撃隊、中心に治癒隊と支援隊、それを守る死守隊、後方に反撃隊って感じ」

「・・・治癒領域を張るんなら、たしかにあの場所が対応しやすいか・・・。でも、囲まれちゃったら危ないんじゃない?」

「そのために死守隊がいる。ほとんどが精鋭だから、そんなに心配いらないよ」

「そしたらニルスは死守隊の方がいいよね」

シロは思ったままを言ってくれたみたいだ。

そうだな、オレも死守隊がよかったよ・・・。


 「けっこう軽装の人が多い気がする」

「治癒隊がいるからだね。動きやすさを取る人の方が多い」

「ニルスも?」

「そうだったよ」

巨人に潰されたり、ドラゴンの火球を受けたら終わりだ。重装備で躱しきれずに死ぬ・・・そんなの嫌だからな。



 「あ・・・光が消えた。千人揃ったってことだよね?」

ミランダが目を細めた。

そういうことだな。


 「ねえニルス、アリシア隊は?」

「あそこ・・・最前だよ」

オレはアリシアをずっと見ていた。

顔までは確認できないけど、髪の色でわかる。


 「あれがニルスのお母さんか・・・目元はそっくりだね。あの持ってる剣も精霊鉱なんでしょ?胎動の剣と似てるね」

「そう、精霊鉱だ。聖戦の剣アリシア・・・」

目元はみんなに言われてたよ・・・。


 「シロ、この距離でなんでそこまで見えんのよ?」

ミランダがシロの頭を掴んだ。

 「精霊の目だよ」

「ずるい、あたしもアリシア様見たいよ」

「ずるいって・・・。力は渡しちゃダメって言われて・・・ああやめて・・・」

「見たい見たい見たい見たい見たい見たーい」

ミランダはシロの頭を振り回し始めた。

そういえば憧れてるって言ってたな・・・。


 「仕方ないな・・・じゃあ僕の手を握って」

シロがミランダに右手を差し出した。

逆らえないのか・・・。

 「ニルスも繋いで。見えるようになるよ」

「え・・・うん」

オレの前に左手が出された。

繋ぐ・・・。

 「あ・・・」

鼓動が早まった。

さっきまで小さかったアリシアが、目の前に・・・。


 ・・・変わってないな。一年と八カ月・・・当たり前か。

そばにはスコットさんとティララさんもいる。三人・・・オレのかわりは入れなかったらしい。

 戦場に出てきてるのは、オレとの約束があるからなのか。それとも元々そのつもりだったのか・・・。

 オレが出て行ってから、あの人はなにか変わったのかな・・・。ルージュは幸せな顔をしてるのかな・・・。

思いを馳せると心が揺れた。


 「・・・シロ、これは?」

気持ちを落ち着かせたい・・・。

 「僕と繋がってる間だけだよ」

「やっば・・・なにこれ。すごい見える」

「近付くか離れるかは思うだけでできるからね」

便利な力、戦場ならかなり使えそうだ。


 「え・・・えー!!あれがアリシア様・・・なによ、すごい美人じゃない。・・・何歳だっけ?」

「今は・・・三十一」

「さ・・・厳しめに見ても二十前半でしょ・・・。十四であんた産んだとかほんと?ていうかお父さんって変態じゃないの?」

「父さんは・・・たぶん変態じゃないけど、全部本当だよ・・・」

どんなのを想像してたんだろ・・・。


 「いやいや、嘘でしょ。あれが雷神・・・」

「間違いないよ。髪の色もオレと同じだろ・・・目元も・・・」

「うん・・・もっとガチガチでバキバキなのを想像してたから・・・けど、なによりも若すぎる・・・姉弟じゃん」

前に体形はミランダとそんなに変わらないって教えたんだけどな。

それに若いか・・・たしかに老けないけど・・・。


 「うーん親子だからなのかな?あんたもガチガチだけど、そんなに太くはないよね」

「ニルスとアリシアって、筋肉の質がいいんじゃないかな。無駄が無いっていうか」

「質・・・あたしにちょうだいよ」

「恐いこと言うなよ・・・」

二人がいてよかった。

少しは・・・落ち着けたな。



 「見て、反対側の魔法陣が光った」

シロがオレたちの手を強く握った。

魔族・・・いや、人形だったな。


 「オレは全体を見たい、一度手を離すよ」

「うん、見たかったら僕に触ってね」

「シロ、あいつらは本当に人形か?」

「そうだね、命があるのは人間側だけ」

間違いないのか・・・。


 「なんか信じらんないな。たしかに気味悪いけど・・・」

ミランダも手を離した。

たしかに、あれを一人で作ってるってのは想像できない。


 「間違いないよ。じゃあ・・・あの鎧とおんなじの作るね」

「え・・・うわっ・・・」

オレたちの前に、戦場にいるのと同じ人形が現れた。

剣を抜きそうになる・・・。


 「あと、ミランダとニルスも作れるよ」

「え・・・じゃあ、あたしの作ってみて」

「・・・はい」

「・・・やば・・・おおー、こんなやらしい体してるのか・・・。柔らかさも・・・一緒だ」

ミランダが自分の人形を触り始めた。

 「ちょっとシロ、お尻大きく作ったでしょ?」

「同じだよ。もう消すね・・・」

「あ・・・まだ・・・」

「そんな場合じゃないでしょ。じっとしてて」

冷静に考えると恐い力だ。

例えば、犯罪とかに使われたら人間じゃどうしようもない。


 「それと、あの魔法陣は発動してないね。光ってるだけ、まあそれっぽくは見える」

シロが新しい事実に気付いた。

 「じゃあ、人形は近くで作ってる?」

「違うと思う。あいつはどんなに距離があってもこれができるから・・・」

「そうか・・・」

いれば話が早かったんだけどな。

 

 「ねえねえ、今戦場に入ったらどうなるかな?やる気は無いけどさ、いけるんなら次からこっちの戦士増やし放題じゃない?」

ミランダが下を指さした。

さすがに気付かれるだろ・・・。

 「・・・無理だと思うよ。ほら」

シロの手が何もない所で止まった。

 「あ・・・。まあ、そんなバカじゃないか・・・」

ミランダの手も何かに阻まれた。


 「守護の結界だね。たぶん戦いが終わるまでかな。外からは入れないし、逆に中の人は逃げられない」

「ここから見てる分には問題ない」

戦士が逃げないようにってことだとは思うけど、今のオレたちからしたら都合がいい。

ドラゴンの火球とかも防いでくれそうだし。


 「でも、ここで流れた人たちってどうなってるんだろ?今までの戦場の分も考えると、かなりの人たちが迷っててもおかしくないのにそんな気配が無い・・・」

シロが不安そうな顔をした。

死者か・・・。

 「オレからはなんとも言えない。シロなら見ればわかるんじゃないかな」

「うん・・・そうする」

死んだら大地に沈んでいくけど、そのあとのことなんだろうな。

 

 「ねえニルス、敵側にドラゴンがいるよ。あたし初めて見たけど、あんなのと戦ってたの?」

ミランダがオレの袖を引っ張った。

 「ドラゴンは、できれば一番最初に叩きたい敵だ。飛ぶ奴は厄介だ・・・し・・・」

結界のことで、敵側の様子を見るのを忘れていた。

・・・今回は様子が違う。


 「えっと・・・十二?あいつらみんな飛んで火球吐いたらヤバくない?翼無いのも二十くらいいるよ・・・」

「多すぎる・・・」

ミランダとの会話を忘れるほどの衝撃だった。

 オレが最後に出た戦場では、飛竜は六体だったけど今回はその倍・・・勝てるのか?

戦士たちの様子が見たくてシロに触れた。

 案の定、みんな深刻な顔をしていて、震えている人もいる。

アリシアたちも、いつもより緊張感がある雰囲気だ。


 いや・・・出ないオレが心配することじゃないな。

どう動くか、見させてもらおう。



 「・・・夜明けだね。うわ、すごい大声・・・」

太陽が顔を出し、戦士たちの雄叫びが聞こえてきた。

なんでだろ・・・また鼓動が早くなってる・・・。


 「アリシアたちは小さいのを無視して奥に行くみたいだね」

「最奥の面倒なのはあの人たちがやるんだよ」

「あれが叫び・・・本当に人形の動きが止まってる・・・」

アリシアたちは真っ先に走り出していた。

 目標は飛竜か。立ちふさがる人形は叫びで止めてなるべく躱し、最速で向かっている。

 

 「なんかすごいね・・・戦場ってこんな感じなんだ・・・」

「今回はめんどうなのがいるからいつもより気合いが入ってるよ」

幸い飛竜はまだ一体も動いていない。なにか狙いがあるのか?



 アリシア隊が、飛竜たちの並ぶ最奥まで到達した。

まだ動かないのか・・・。


 「おー!アリシア隊が飛ぶ奴を二体も倒したよ。やっぱ強いね」

ミランダが嬉しそうな声を出した。

 「いや、まずい!」

残りの十体が飛び立った。

それぞれが陣形の中心、治癒隊を目指している。


 雷神を離すため・・・。

叫びが厄介なのは、さすがにジナスも知ってるか・・・。


 「治癒を解け!結界で固めろ!」

オレはいてもたってもいられずに叫んでいた。

 「ちょ・・・ニルス・・・」

べモンドさんも同じようなことを叫んでいたらしく、治癒隊の回復領域は消え、火球を耐えるための結界が張られた。


 「あれで耐えられるね。・・・集中切らさなければだけど」

「いや、敵も気付いた。無駄なことはしないらしい」

治癒隊の周りに四体が残り、他六体は遊撃隊と突撃隊へ向かっていった。

今回、負けるんじゃないのか・・・。



 「なんかやばくない?人って・・・あんな簡単に終わりなの・・・」

ミランダが怯えた声を出した。


 飛竜は前線の突撃隊へ容赦なく火球を吐き、躱しきれなかった戦士たちが大地に喰われていく。

 治癒隊も本来の仕事ができなくなってるし、かなり厳しいだろうな。

まずは治癒の再開ができるようにするのが最優先か・・・。


 「アリシアが戻れれば・・・叫びでドラゴンを落とせるんでしょ?」

「戻れればな・・・」

頼みの綱はアリシア隊だけど・・・遠すぎる。

見事に孤立させられて、さらに包囲・・・。飛竜も二体付けられてるし、あれじゃ合流できるまでに時間がかかるだろう。

・・・その間に半分死んで負けるかもしれない。


 「叫びが届いてない・・・ドラゴンが高すぎるんだ」

「見て・・・あっちで三十人くらい一気に・・・。相手は人形でしょ?死ぬのはこっちだけってひどいよ・・・」

戦況は最悪だ。

 精鋭のいる死守隊は、飛竜がいるから治癒隊の張る結界から離れられない。支援隊も同じだ。

 せめて反撃隊が合流できればいいんだけど、そっちは地竜たちが壁になっている。

どうする気だ・・・。


 「あ・・・三人が離れたよ」

アリシアが囮になって、スコットさんとティララさんを離した。

 なんとなくわかる。

二人に残った各隊を集めさせて、中央のドラゴンをなんとかしてこいってことだ。さすがにこの状況じゃ、あの二人も「厳しいです」っては言えないよな・・・。

 でも、今ティララさんと離れて大丈夫なのか?それくらいの自信はあるんだろうけど・・・。


 ・・・もしアリシアがここで終わったら・・・ルージュはどうなる?

嫌な考えが浮かんだ。雷神が死ぬとは思えないけど、そうなったら・・・。

それだけは・・・ダメだ!


 「父さん・・・どうしよう・・・」

オレは剣を握った。


 『なんでも斬れそうだ・・・』

『・・・君がそうしたいって思えば、文字通りなんでも斬れるよ』

父さんとの記憶が蘇った。

 ・・・なんでも?

胎動の剣・・・戦場の結界も?


 オレ、行こうとしてるのか?またあそこに・・・。

思った瞬間、強い吐き気が込み上げてきた。

胃の中・・・さっきシロから貰ったお菓子が入ってる・・・。



 「う・・・はあ・・・はあ・・・」

「ニルス・・・え・・・吐いたの?」

オレの異常に、ミランダがすぐ気付いて水と口洗薬を取り出してくれた。

 「・・・大丈夫?」

シロも不安そうにオレを見ている。


 「・・・心配いらない、これで戦う体になった」

吐いて胃の中を空にしたのは・・・いつぶりかな。

 「どうしたのよ・・・全部吐いて戦う体ってどういうこと?」

「食わないと力が出ない・・・そんなことはないんだ・・・」

「ニルス・・・何する気・・・」

オレは立ち上がって胎動の剣を抜いた。

試してみる価値はある。


 「頼むよ・・・ルージュが一人になってしまうかもしれない」

剣を結界に向けて振り下ろした。

もし斬れなかったら・・・そんな不安は無い。

 『できるよ・・・信じて』

剣を抜いた瞬間に、父さんの声を感じたから・・・。


 「え!斬った・・・その剣、そんなことまでできるの・・・あ、ダメだよニルス!」

「シロ、ミランダを頼んだよ。すぐに戻る!」

結界にオレが通れるくらいの傷ができ、迷わず飛び降りた。



 「はあ・・・まったく・・・」

戦場の歪んだ壁を伝って、下まで辿り着いた。

 斬り崩す・・・っていきたいところだけど、顔を出したままじゃまずいよな。

できれば、誰にも知られたくない・・・。


 「あの人・・・ちょうどいい」

あたりを見回すと、岩の陰で震えている戦士を見つけた。

逃げ回って取り残されたって感じだ。

 重装備・・・突撃隊か?

それよりもあの兜・・・戦わないなら借りよう。



 「名前を教えてくれ」

「うわ!なんだよ・・・どうせ今回は負けだ!隠れたっていいだろ!」

男は、急に現れたオレに驚いて剣を向けてきた。

 何度か出ているならここまで焦ったりしない・・・初めて来たみたいな感じだ。


 「落ちついてください。ここには来たことあるんでしょ?」

「初戦から突撃隊に志願したんだよ!功労者になりたかったんだ!」

とても荒い話し方、緊張と恐怖で耐えきれないんだろう。

 まあ、どんなに自信があったとしても、この状況じゃほとんどの人はこうなるか。

オレは吞まれないようにしないと・・・。


 「・・・そういう奴から死んでいきます。冷静になってください」

「ああ、今回でわかったよ!こうなるまでは自信があったんだ!ゴーシュの衛兵団では一番腕っぷしが強かった!精鋭、夢水の灯火だ!!」

「夢水・・・なんで戦士になんか・・・家族は?」

「・・・千人に選ばれた時、娘が喜んでくれた。女房は戦士になるって話した時からやめてくれって言ってたけど・・・報奨金を持って帰るって約束したんだ!あいつには昔からの夢がある・・・早く叶えてやりたかったんだよ!!」

聞いてないことまで・・・かなり参ってるみたいだ。

 まったく、家族がいるのに・・・。

でも、わかる気がする。オレも、ルージュがやりたいことは全部させてあげたいって思ってたからな・・・。


 「オレはあなたを助けに来たんです。そして、もう戦わなくていい。・・・奥さんと娘さんの名前は?言えますか?」

「あ・・・ああ、メアリ・・・ベリンダ・・・生きて・・・帰りたいよ・・・」

男は家族の名前を口にすると落ち着いた。

大切な存在がいるなら、こんなところに来るな・・・。

 「大丈夫、生きて帰れます。・・・娘さんは今いくつですか?」

「四つだ・・・。ああ・・・帰ったらメアリと一緒にご馳走を作ってくれるって・・・」

四つか、ルージュと同い年だ。


 「もう一度いいですか?あなたの名前を教えてください」

「ロイド・・・ロイド・クリスマスだ」

「まずは安全なところに連れていきます。オレだって母親を・・・助けないといけない」

「え・・・おい!」

オレはロイドさんを抱えた。

一度二人の所に戻ろう。戦場の外にいれば安全だ。



 「ニルス!何してんのよ!」

「下は危ないよ!」

ミランダとシロに怒られてしまった。

でも・・・また行かないといけない。


 「ここは・・・戦場の外?」

ロイドさんは、今の状況がつかめずにただ狼狽えていた。

時間が無いから説明はシロたちに任せよう。

 「ていうかどうすんのよこの人・・・」

「戻すのもかわいそうだよね・・・」

「いったい・・・なにが・・・」

急がないと・・・。


 「この二人も味方です。鎧と兜を貸してください。かわりにあなたを功労者にすることを約束します。・・・時間が無い!」

「・・・わかった」

ロイドさんは素直に従ってくれた。

こんな重装備は初めてだな。



 「ニルス、なにする気なの?」

「ねえ・・・やめなよ・・・」

鎧を付けているとシロとミランダが震えた声を出した。

大丈夫・・・死ぬ気は無い。


 「少し手伝ってくるだけだよ。ロイドさんを見てて」

「・・・危ないよ」

「オレはルージュに悲しい思いはさせたくない。その可能性を無くしに行くだけだ。・・・大丈夫、必ず戻るよ」

それに二人を残して死んだりしない・・・。


 「名前はロイド・クリスマス・・・間違いないですね?」

「はい・・・。雷神と同じ髪・・・あなたは・・・」

「・・・待っていてください」

そりゃ気付くか・・・。



 兜を付けてまた戦場へ下りた。

・・・汗くさい、それに重い。


 上から見てて大体の状況はわかった。

ドラゴンのせいで反撃隊が治癒隊に合流できていない。アリシアは生きてはいるけど、まだ孤立したまま・・・。

 あの人は簡単には死なないだろうけど、ティララさんと離れたのはあんまりよくない。

だから優先するのは治癒隊だ。復帰させてティララさんをアリシアに合流させる。これを最速で・・・。

 

 「面倒だな・・・」

陣形も各隊もバラバラ・・・。いつもは敵を端に追い詰めていく感じだったのに、今回はこっちが中心に追い詰められている。

そして散り散りになった各隊もドラゴンに阻まれ、中心へなかなか戻れずにいた。


 ・・・とりあえず、戦士を集めよう。



 「諦めんな!!こいつを倒せば治癒隊と合流できる。まだ希望はあるんだ!!」

出くわしたのはウォルターさんのいる隊だった。

飛竜の尻尾と火球で、攻撃の機会を掴めずにいるみたいだ。


 「合流する!オレのいた隊は全滅だ!」

「・・・ああ、一人でも多い方が助かるぜ」

兜のおかげで気付かれてはいない。

よりによって知り合いか・・・。


 「ウォルターさん槍を!オレをあいつの上まで飛ばしてくれ!」

まあ、話してる時間は無いから大丈夫だろ。

 「ああ?・・・いけるのかよ?」

「飛ばれたら厄介だ!その前に斬り崩す・・・」

助走のために後ろに下がった。

周りに岩も無いからこうするしかない。


 「合わせてくださいね!!」

「任せろ!!」

「信用してます!!」

オレは助走を付けて跳び、ウォルターさんが構えた槍に乗った。

 「速いな・・・頼んだぜ!」

振り抜かれると同時に槍を蹴り、普通に跳ぶよりも何倍も高い所まで行けた。

さすがだ、助走の勢いを一切殺されてない・・・。


 「遅い・・・」

飛竜がオレに気付き、飛び立つために翼を大きく広げた。

 「・・・もう、間に合わないよ」

ドラゴンが後ろ脚を崩した。

上にいるオレに気を取られた時、ウォルターさんがそこを貫いていたらしい。

 「終わりだ!」

胎動の剣がドラゴンの首を落とした。

残った体は、倒れると同時に大地に喰われていく。


 「すげー・・・」「一撃かよ」「あんなんいたか?」

見ていた戦士たちが固まった。

そんな場合じゃないだろ・・・。

 「時間が無い!走れ!!」

早く治癒隊と陣形を元に戻さなければ・・・。


 「治癒隊を抑えているドラゴンは四体いる。そいつらを片付けるまで気を抜くな!・・・行くぞおめーら!!」

ウォルターさんは真っ先に駆け出していた。

わかってる人で助かる。



 「おい、お前・・・誰だ?」

ウォルターさんが走りながら声をかけてきた。

ああそうだ、名前を教えておかないとな。


 「ロイド・・・ロイド・クリスマスだ!今回の功労者はオレが貰う!!」

鎧と兜のお礼、これで釣り合うはずだ。

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