第五十話 オーゼ【ニルス】
神鳥の森を出て二日、大陸を南北に分かつ川に辿り着いた。
とわに流れる・・・戦場で勝つたびにこっちの水が無くなっていくって聞いたけど、ここを見てるとそんな感じはまったくしない。
・・・アリシアも、毎回この川を見てたのかな?
なぜ考えてしまうんだろう。あの人はもういいのに・・・。
◆
「やば・・・こんなおっきいんだー・・・。しかも綺麗・・・」
「オーゼが清めてるからだね」
「ていうか、橋作った人たちもすごくない?」
ミランダがオレの肩から腕を擦った。
もしかして・・・初めてなのか?
「旅してたのに見たことなかったの?」
「北部だけで広いからねー。南部にもそのうち行くつもりだったけど」
「ああ・・・そういうことか」
「まあ、一人で来るよりもよかったかな。ねえねえ、早く下まで行ってみよ―よ」
ミランダは一番先に岸辺までの坂を駆け下りた。
「オレたちも行こうか」
「うん。連れてって」
シロがオレの背中に張り付いてきた。
ふふ、仕方ないな・・・。
『ゆっくり見たいかもしれないけど、仲間ができたら一緒に来た方がいいと思う』
セイラさん、本当にそれができたよ。
いつか・・・二人を紹介したい。
◆
「うーん・・・前よりも広くなってる気がする。・・・オーゼはどこにいるんだろ?」
岸辺に近付いたシロは、その大きさに驚いていた。
オレたちがいるのは大体真ん中くらいだ。上流と下流のどっちに目を向けても果ては見えない。
「え・・・シロくん?居場所知ってんじゃないの?」
ミランダと同じことをオレも思った。
とりあえず川に辿り着けばいいって思ってたけど・・・まさか探すのか?
「シロが呼べば出てくるんじゃ・・・」
「たぶん・・・」
自信無いのか・・・。
◆
「育む優しさ・・・水の精霊・・・愛する暖かさ・・・気の精霊から・・・女神の・・・命の流れ・・・とわに・・・」
シロは両手を川に入れ、なにかを呟き始めた。
あれが終わるまでは動けなさそうだ。
「・・・ねえニルス、なんか出てこなそうな感じしない?」
「・・・そうなったら歩いて探すしかないな」
「あはは・・・はあ、そうだよね・・・」
オレとミランダは、ただ待っていた。
川の始まりか終わり、どっちにいるかくらいの手がかりは欲しいな。
「・・・水に意識を乗せた。とりあえずここで待ってみよう。オーゼはのんびりしてるけど、きっと大丈夫だと思う」
シロが振り返った。
・・・聞こえてたか。
「・・・気付いてくれるかな?」
「・・・近くにいればね。少しずつ流れるように送ったから、いつかは気付いてくれるよ。だから動かないほうがいい」
今日はここで野宿だな。まだ昼前・・・なにをしてようか。
「あー・・・きもちいー・・・」
ミランダは、いつの間にか靴を脱いで素足を水に浸している。
探して歩き回る気は最初から無かったっぽいな・・・。
◆
「シロ、人形を出してほしい。強いのがいいな」
しばらく川の流れを見ていたけど、体を動かしたくなった。
シロがいるから質のいい鍛錬ができそうだ。
「・・・僕が相手じゃダメかな?」
「シロと・・・」
「僕だって戦える・・・」
シロが自分と同じ大きさのつららを二本出した。
・・・けっこう楽しみ。
「まだ気持ちは弱いけど、僕は精霊の王だ!本当は一番前に立たなきゃいけない!」
「シロ、かっこいいよ!あんたならニルスにだって勝てる勝てるー」
ミランダが顔だけをこっちに向けて声援を贈った。
せっかくシロに勇気が芽生えてきたんだから、緩い言い方はやめてやれよ・・・。
◆
「じゃあ、やってみようか」
距離を取った。
あのつららだけでやるのかな?
「初めて会った時は、もっとたくさん出してたよね?」
「数だけじゃないよ。これは当たるまで追いかけるから気をつけてね・・・」
シロの目付きが変わった。
集中してる・・・今までの幼さが嘘みたいだ。
精霊とオレ、どのくらい差があるんだろう・・・。
「早く剣を抜いた方がいいよ・・・」
二つのつららがまっすぐオレに向かってくる。
・・・剣はまだ必要なさそうだな。
「オレは運動がしたかっただけだよ。それに剣は・・・抜かせてみろ!」
「・・・」
揺さぶってみたけど効果はなかった。
まあ、こんな挑発に乗るようなら話にならない。
◆
「・・・やっぱり二本じゃ足りないか。じゃあ、あと三本増やすね」
全部避けていたせいでつららが増やされた。
「それでいいよ」
自分に向かってくるっていうのはわかってるから、五本が今どの位置にあるかしっかり見ておけば平気だな。
◆
「む・・・これでも当たらないか」
「まだ全然本気じゃないよ」
「え・・・」
シロに少しだけ焦りが見えた。
掠りもしないとは思わなかったんだろう。
「ニルス、本気でやるね」
「好きにすればいい」
シロが両手をオレに向けた。
本気・・・どのくらいだろ。
◆
「やっぱり・・・これくらいできるんだね・・・」
無数のつららが全方位からオレを囲み、逃げ場がなくなった。
これ全部操れるなら無理かも・・・。隙間がないわけじゃないけど、小さな鳥が抜けられる程度だ。
まあ、やってみるしかないか・・・。
「・・・剣を抜かせられたな」
ちょっと悔しい。でも、こうしないと死ぬ・・・。
「ふっふーん、いくら精霊鉱の剣でも無理だよ。負けを認めた方が賢いと思うな」
シロが笑顔を見せた。
もう勝った気になって緩めたな。さっきまでのシロなら厳しかったかもしれないけど、なんかいけそうな気がしてきた。
最後まで集中切らしちゃダメだよシロ・・・。
「まあケガはさせないよ、刺さる前に砕けるから」
シロが拳を握った。
・・・来る。
初手を間違えなければ問題ない。
オレは目の前から向かってくるつららへ踏み込んだ。
剣で薙ぎ払い、道を作る。抜け出せればオレの勝ちだ。
「え・・・そこまでできるのか・・・」
シロが困ったような声を上げた。
「これくらいで焦るな!!」
オレは切り開いたつららの隙間へ水平に飛び込み・・・抜けた。あとは・・・。
「まだできるはずだ!諦めるな!!」
手から着地して前に転がり、その勢いを殺さずに地面を蹴り走った。
つららはオレを追いかけてくるはずだ。
シロは冷静さを欠いた。
たとえば、オレが抜けたとわかったら目の前につららを出すとかすればよかったんだ。・・・まあ、本当にここまでできるとは思われてなかったんだろうな。
まあいい、あとは距離を取れたら振り返ってすべて斬り崩す。・・・そろそろ大丈夫なはずだ。
「あれ・・・」
剣を払いながら振り返ると、後ろに来ていたはずのつららがすべて消えていた。
なんだ・・・。
「なにが・・・わっ!」
オレの顔に水がかけられた。
「ふふ、強いわね。動きは精霊の目でも捉えきれないくらい速い・・・人間の域を越えてそう」
顔の水を払って目を開けると知らない女の人が立っていた。
「オーゼ!」
「久しぶりねシロ、会いたかったよ」
これがオーゼ・・・割と近くにいたらしい。
◆
「そうね。繋がりは作らない方がいいわ」
「うん・・・だから話だけ」
シロとオーゼは岸辺に座って話し始めた。
三百年ぶりの邂逅か、邪魔はできないな。
「ニルスがつららの檻を抜け出してすぐに出てきたんだ。シロが驚いて固まっちゃったの」
ミランダがオーゼを見つめた。
・・・気になるからだ。
「・・・けっこう大胆なカッコしてるよね」
「けど・・・なんか品がある」
体を覆う薄い布一枚、オーゼはそんな姿だった。
光の向きによっては、素肌が透けて見えるところもある。だから・・・目を奪われてしまう。
「シロよりも精霊って感じだよね。・・・神秘的っていうか。人間が触れちゃいけないような美しさ?」
「シロも初めて話した時はあんな感じだったよ」
「そうだったかな?あ、そういえば首飾りを勝手に触った時すごい怒ってた。あの時は恐かったな・・・」
「シロからしたらオレたちは盗人だったしね」
普通に考えたら怒るに決まってる。
精霊の城は別に観光地じゃない、ちゃんと「引き返せ」って立て札もあった。オレとミランダは、勝手に他人の家に入っていたわけだから、住人からしたらたまったもんじゃない。
「あ・・・でもメピルはああいう感じじゃないよね?ちゃんと女の子って服着てたし・・・シロの趣味かな?」
「そうかもね・・・」
「・・・あんたお尻見過ぎじゃない?」
「・・・そんなことないよ」
そういえば、ジーナさんも自分の家ではあんな姿だったな。
『私見られるの大好きだから遠慮しないでね』
オーゼもそうなのかな?・・・聞けないけど。
◆
「じゃあ、そっちの二人とも話したいわ」
オーゼが立ち上がった。
シロとの話は終わったみたいだ。
「こっち来る・・・あたしよりは小さいけど、形良すぎ・・・」
「・・・失礼なこと言うなよ」
「ふふ、全部聞こえてるわ」
オーゼが目の前まで来た。
・・・すごいな。
「まず・・・その剣を見せてほしいの」
「あ・・・はい。今・・・」
オレは胎動の剣を抜いて、しっかり見えるように差し出した。
たぶん持てないだろうから、これでいいはずだ。
「・・・なるほど、本当に精霊鉱でできている・・・。それに魂の魔法も。・・・たしかにこれならジナスにも通用する。イナズマは人間にも協力してもらおうとしたのかしら・・・」
「何も言われませんでした」
「それがよくわからないわね。ただ渡しただけ・・・偶然にすべてを任せた?」
オーゼにもイナズマの真意はわからないらしい。
「オレだって知りたいです・・・たしかにシロと出逢わなければ、なにも起こらなかった」
「じゃあ、他に目的があったってことなのかしら・・・」
「やっぱり、なにも聞いていないんですね」
「関わらないようにしていたの。地脈を見るためだろうけど、たまにどこかへ行くのは見てたけど・・・」
ジナスのせいか。見えているのに話もできないなんて・・・。
◆
「ありがとう、剣はもうしまっていいわ。・・・あなたがニルスですね。そしてあなたがミランダ」
オーゼは剣から離れて上品に微笑んだ。
さっきから思ってたけど、とても澄んだ声・・・。川の流れと同じように心を落ち着かせてくれる。
「はい、シロと旅をしています」
「今あの子から聞きました。私はオーゼ、シロと同じ精霊です。それと、楽な話し方で構わないわ」
「はい・・・」
とは言われても、見た目は大人だからな・・・。
でも、王様には普通に話してるからオーゼにだけ丁寧な言葉遣いは変か?・・・意識して変えていくしかない。
「私もジナスには恐怖を感じています。仲間たちは、初めて味わう恐怖や痛みで悲鳴を上げて消えていきました。ただ、いつまでもこの状態ではいけないとも思っています。いつか、王であるシロが立ち上がることを信じて待っていました」
「まだ震えながらだけどね。・・・けどニルスたちと逢えなければなにも変わらなかった」
「でも出逢えた。女神様をなんとか救い出してあげましょう」
精霊、女神、色々と複雑な話だな。手っ取り早いのは・・・。
「とりあえずジナスを何とかしようよ」
ミランダが元気よく声を張った。
オレの気持ちと同じこと・・・心が通じてるって感じで嬉しい。
「ふふ、心強いわ。そう、まずはジナスをどうにかしなければ女神様の封印は解けない」
「もうやめなよって言って通じる相手じゃないんだよね?」
「話し合いに応じるとは思えないわね。・・・面白がって聞くだけはするかもしれないけど」
けっこう単純でよかった。
話を付けるか・・・戦うかだ。
「ニルス、ずいぶん速いけど・・・あれが全力なの?」
「さっきのは半分・・・いや、六割くらい」
「・・・心強いわ。なにかされる前に斬り込めれば・・・」
オーゼの顔には期待が浮かんでいた。
ジナスはシロよりも大きな力を持っているらしいけど、人間のオレでも可能性があるみたいだ。
「やれるだけはやってみる。だから、オレを導いてほしい」
「そうしてあげたいんだけど・・・私たちは、普段ジナスがいる場所に入ることができないの」
「そこに行けるのは・・・女神様とジナスだけだと思う・・・」
オーゼとシロがお互いの顔を見た。
それじゃ困るな・・・。
「じゃあ、向こうから来るまでどうしようもないのか?」
「そうでもないわ。おそらくだけど・・・」
オーゼがオレの目を見つめた。
「確実とは言えないけれど、機会は年に二度あります。ニルスは行ったことがあるのよね?」
「二度・・・まさか・・・」
「こっちに来ているのかは・・・わからないけど・・・」
「・・・戦場か」
手が震えた。
戦いの終わりを告げる時、近くにいたのかもしれない。
「調べてみてもいいと思う」
「あ・・・」
オレの頬が撫でられた。
調べる・・・いい考えかもしれないけど、どうやって?
「恥ずかしい話だけど、戦場がどこにあるのか知らないんだ。オレたちはいつも魔法陣で移動していた」
「あら、そうだったの?じゃあ・・・」
「うわ・・・」
「すご・・・見えるのに向こうが透けてる・・・」
オーゼが指を立てると、なにも無い宙に大陸の地図が浮かび上がった。
「絵・・・じゃない?街も山も森も・・・」
「そうね、上空からそのまま見た感じかな」
なんだこれ・・・欲しいぞ。
「とりあえず私たちがいるのが・・・ここ。で、戦場が・・・」
オーゼの指がずっと北西に進んでいく。
「・・・ここにあるわ」
指が止まった場所には島があった。
「シロ、ちょっと・・・」
「え・・・」
「見比べたい」
オレはシロの鞄から自分の地図を取り出した。
こんな島・・・載ってたか?
◆
「・・・こっちには無いな」
オーゼの地図と照らし合わせてみた。
でも、オレのには海しか描かれていない。
「人間はまだ見つけていない島なのね。・・・私が運んであげるわ、今夜出ましょう」
「今夜・・・急な話だな」
「明日は戦いの日、ちょうどいいと思う」
「・・・なるほどね」
もう殖の月・・・たしかにそうだな。
「今から休んでおいたら?月が上る頃に出ても、夜明け前には着く」
ただ調べに行くだけ、それなのに鼓動が早くなっていた。
もう二度と行くことはないと思っていた場所・・・。
ああ・・・ということは、きっとあの人もいるんだろう・・・。
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