第四十八話 神鳥の森【シロ】
三人で話しながら歩いて、夜は野宿をして、夜が明けたらまた歩いて・・・。
オーゼの川には、あと三日くらいで着くらしい。
世界は・・・今の所平和だ。
こんな日々が、ずっと続けば幸せなんだろうけど・・・。
◆
大きな、とても大きな森に入った。
『まっすぐ行くか、迂回するか・・・どうする?』
『迂回・・・歩く距離変わる?』
『地図見てよ。相当広い・・・』
『よし、突っ切ろう。たまには困難な道も行かないとね』
ミランダの意見でこっちを選んだ。
ここを抜けて、さらに南へ歩けばオーゼの川だ。
「ニルスが深爪なのは女の子を触るため・・・」
ミランダは、疲れるとひとり言を聞こえるように話す。
「・・・」
ニルスは疲れてると喋らなくなる。
二人のことがわかるようになってきていた。
一緒にいるんだから自然とこうなるよね。
「・・・この森ってなんか地面が硬い気がする」
ミランダが嘆いても、今日はこの森を抜けないといけない。
自分で言いだしたことだから、ニルスに「背負って」っても頼めないんだろうな。
「もう足が痛いよ・・・」
人間がほとんど通らないせいか獣道しかないみたい。だから歩きにくくて疲れるのが早いって感じか・・・。
方角は、僕が上空から見て伝えながらだから迷うことは無いけど、二人は大変だろうな。
「シロはふよふよ浮いてて楽そう・・・」
ミランダの標的が僕に変わった。
ニルスが答えてくれないから諦めたのか。
「ミランダは疲れてるみたいだね。紛れるかわかんないけどお菓子食べる?」
「うん、食べる。シロはいい子だねー」
僕は鞄から焼き菓子を取り出してミランダに渡した。
残り少ないな・・・。
僕のお小遣いで買ったのに、けっこうミランダに食べられてる気がする。
「シロ・・・オレにも甘いものを」
「あー、あたしの話は無視したくせに」
「・・・オレが深爪なのは、拳を握った時に爪が当たるのが気になるから。それと、たしかに女の子だけどルージュを引っ搔いたりしないように・・・」
「今さら答えても遅いのよ。シロ、ニルスには生野菜をあげなさい」
ふふ、この二人のやり取りは面白いな。
今日までジナスから見られている感じは無かった。
最初はけっこう恐かったけど、今は忘れてることの方が多い。
『シロ、監視が無くなったから私を作ったんでしょ?きっともう私たちに興味ないのよ』
メピルの言ったことは本当だ。どうせ逆らってこないって思われてるんだろうな・・・その通りだけどさ。
でも、ニルスたちと城を出てよかった。
こんなに楽しい気持ちは、女神様が封印されたあとは無かったから・・・。
それに二人は僕に「戦わないの?」とか「女神様を助けなくていいの?」っては聞いてこない。
本当の所は恐くて聞けないけど、そういうのから遠ざけてくれてるっていうのは感じる。
『なにをどうするかは自分で決める。・・・ただ、大切な人たちが危険な目に遭うならオレは戦うよ』
僕もそうならないといけないって気持ちはある。だけど・・・まだ恐怖に立ち向かう決意はできていない。
それができる日は・・・来るのかな?
◆
「この森の魔物は温厚なのばかりだな」
ニルスはお菓子を食べて元気になってくれた。
「頭いいのかもね」
ミランダもだ。
「戦わなくていいのは助かる」
「余計な体力使わなくて済むしねー」
何度か魔物に出くわしたけど、僕たちが縄張りを荒らしたりしないことがわかると離れていった。
それに、ジナスの気配も薄いから全然恐くない。
「あ、ニルスの手から血が出てる。どっかで引っかけたのね。ん・・・それともあたしに治してほしくてわざと傷を作った?」
「・・・わざとじゃないけど治してはほしいな」
「仕方ないな―ニルスくんは・・・ほら見せて」
「・・・なんで胸を触らせるの?」
二人は言い合うこともあるけど仲がいい。
絆が強いのは見てればわかる。だから一緒にいる僕も二人を信頼できるし、旅が楽しいって思えるんだろうな。
「シロ、日暮れまでには抜けられそう?開けた場所がないとテントも置けないし火も焚けない」
ニルスのケガが治った。
「二人の足ならもっと明るいうちに出られるよ。このまま進むと、森に入る前から見えてたおっきい木がある。そこを通り過ぎていけば近いから」
間違ってはいないけど嘘をついた。
本当に巨大な木。十年、二十年どころじゃない。
二人には悪いけど、あれを間近で見たい。だから、もっと近い道があったけど教えなかった。
・・・僕のお菓子と交換ってことにしておこう。
◆
「大樹はもうすぐだよ。近くで見たら二人もびっくりすると思う」
僕は二人を急かした。
早く見てほしいな。
「そこまで言って驚かなかったら、シロは三日間あたしの枕ね」
「うん、いいよ」
そんなことありえないけどね。
「あ・・・ちょっと先に行く」
ニルスが駆け出した。
大樹が木々の合間から見えたみたいだ。たぶん最初から「木を見て行こう」って言っても賛成してくれたっぽい。
「・・・急に走り出しちゃって。まったく子ども二人の相手は・・・えー!遠くから見えたのと全然違うじゃん。ニルスー待ってー!」
ミランダも走り出した。
もう枕の話は忘れてそう・・・。
◆
「すごーい、てっぺんまで見えないよ。・・・見て、なんか大きい鳥もいる」
三人で大樹を見上げた。
「高いな・・・オレの身長の五十倍くらいか?太さはミランダ何十人分だろ・・・」
目の前で見ると圧倒される大きさだ。
高さ、太さ、枝の数も周りのものとは比べ物にならない。
どのくらい生きてるんだろうな・・・。
「なんで太さをあたしにしたのよ?たかーい、おおきいーでいいでしょ?」
「いて・・・」
見上げると自然に口が開く。
・・・僕の城より大きいや。ここに根を張って、大きくなって、いくつも季節を重ねて、森の命を見守って・・・。
「この森の王様なのかな?」
「この森っていうより、大陸中の木の王様なんじゃない?シロとは王様同士ね」
僕は名前だけ・・・。
この木はどうなんだろう?僕にはこんなに威厳はないし、誰かの心を動かすこともできない。
なんか恥ずかしいな・・・。
でも声・・・意志を聞きたい。
僕は大樹に触れた。
『なにも無い頃に生まれ・・・この先もここに・・・』
なるほど・・・大きくても植物、命をまっとうしているだけって感じか。
それなのに・・・僕たちの心を揺らせる。
「静かだからよかったのに、なんか鳥の声がうるさいな・・・」
見上げていたニルスが呟いた。
たしかに、上の方から騒がしい鳴き声が響いている。
「・・・魔物かな?あれ・・・なんか落ちてくるよ。あ、ニルス・・・」
ミランダが何かに気付くと同時にニルスが大樹の幹を蹴り、それに向かって跳び上がった。
「・・・速すぎでしょ。あの足どうなってんだろうね」
「目もいい。集中してなかったのもあるけど、僕は捉えられなかった。人間が普段の状態であれはすごいよ」
ニルスは難なく落ちてきたなにかを両手で受け止め、枝を伝って下りてきた。
僕が人間だったら絶対できないな・・・。
「・・・見て」
ニルスの手には、りんごくらいの大きさのフクロウがいた。
右の翼が少し裂けてる・・・。
「この子ケガしてるよ・・・」
「うん、治してあげよう」
「あたしもやるよ・・・あ、そんなに大ケガじゃないみたいね」
二人が治癒魔法をかけてあげると、フクロウの体が少しだけ動いた。
これならすぐに治るはず。
◆
「うん、傷はもう・・・無いな。・・・なんかかわいいよ」
ニルスはフクロウの嘴を指で撫でてあげた。
無事でよかったけど、どうしてケガなんかしてたのかな?
「・・・あったかい。誰・・・女神様?」
ニルスの手の上から声が聞こえた。
「え・・・ニルス?」
「いや、オレじゃない・・・もしかして」
「起きてる・・・」
フクロウが目を覚ましてこっちを見上げていた。
え・・・。
「女神様じゃない・・・人間?」
喋ったのはフクロウだった。
ありえない・・・。
「なにこの子・・・喋った」
「話せる鳥なんていたんだな・・・」
ミランダとニルスもわかっているみたいだ。つまり、本当に話ができている。
おかしい・・・。僕だけ聞こえるならわかる。精霊の僕なら命の心がわかるけど、ただの人間の二人にまで・・・。
「ボクは・・・あ!行かなきゃ!」
フクロウはなにかを思い出したみたいで、すぐに羽ばたき大樹の上へ飛んでいった。
「どうしたんだろうな・・・」
「変なの、上になにかあんじゃない?」
「・・・追いかけてみるよ」
僕も飛び上がった。
あの子の存在がなんなのか・・・気になる。
◆
フクロウはどんどん上に飛んで行く。
そろそろてっぺんに着いてしまうぞ。
「・・・荒らされてない。よかった・・・」
大樹の頂点より少し下、ぽっかりと口を開けた樹洞にフクロウが入っていった。
・・・この子のおうちか?
「ねえ、僕も中を見ていい?」
「わあ!なんでいるの?人間は飛べないはずだよ」
鳥だって喋らないはずなんだけど・・・。
「僕は精霊だから」
「精霊・・・。あ・・・ずっと昔はこの森にもいたよ。でも、いつの間にかどこかに行っちゃったんだ」
フクロウは羽をたたみ直した。
ずっと昔・・・ジナスに捕まった?
ということは、このフクロウは少なくとも三百年以上は生きている。・・・精霊でもないし、どういうことなんだろ?
「精霊なら見てもいいよ」
フクロウが外に出てきた。
「ありがとう・・・意外と広い・・・」
「これくらいじゃないと、この子たちをみんな置けないから」
「君の卵・・・じゃなさそうだね」
そこには、大きさや色の違う五つの卵が置かれていた。
ちゃんと命になっているものだ。
「ここに住む鳥たちのだよ」
「どうして君のおうちにあるの?」
「神鳥の森の掟なの。ここはすごく広いでしょ?東西南北、そして中央の五つに区切ってるんだ。それぞれの卵が、将来五つの場所の長になる。長の卵は神鳥であるボクが孵さないといけないんだ」
・・・神鳥?聞いたことないな。
女神様のことは知ってるみたいだけど、僕の記憶や知識にはない存在だ。
「僕、シロって言うんだ。君の名前は?」
「ボクはシル、女神様が付けてくれた」
「シル・・・僕たちの名前似てるね。もしかして女神様が君を作ったの?」
「んーん、女神様が死なないようにしてくれたの。ずっとこの木と森を守っていてってお願いされたんだ」
・・・不死の力か。
よく考えたら女神様が命を作るはずがない。だからたぶん、ジナスも知らない存在だと思う。
もしくは、力も害もなさそうだから放っておいてるだけ?
「ねえ、ジナスって知ってる?」
「え・・・わかんない」
シルも知らないみたいだ。
じゃあ、女神様だけか・・・。
「シル教えて。女神様はよくここに来てたの?」
「え・・・うん。来たらさっきの人間みたいに嘴を撫でてくれてたんだ。でも、もう三百年くらいは来てないよ。なにか忙しいのかな?」
たしかこの辺りは沈んでいない場所だ。
静かで綺麗な場所だし気に入ってたんだろう。
「シロは女神様がどこで何をしてるか知ってる?」
「え・・・えーと・・・」
シルは女神様に会いたいのか。今はジナスに封印されて囚われている・・・なんて言えない・・・。
「もしかしてシロもわからない?どこに行ったんだろうね。また撫でてほしいな」
「ん・・・うん」
僕は本当のことを教えることができなかった。
『どうしてなにもしないの?早く助けに行ってあげてよ』
そう言われるのが恐かったから・・・。




