第四十七話 魔法【ミランダ】
たしかに買い物が長引いたのはよくなかったかもしれない。
でも、二手に分かれるって決めたのはニルスなのよね・・・。
『戻りが遅いから探してたんだ・・・心配させないでくれよ・・・』
まあ・・・大切に思ってくれてるってことではある。
だからニルスの言葉を聞いた時、幸せな気持ちになれたんだろうな。
あたしもそういうことを仲間にしてあげたい・・・。
◆
朝にエルケルを出て、南へ向かう街道をずっと歩いてきた。
他の旅人とか馬車に出逢うことはなくて、世界にあたしたち三人しかいないって気がしてくる。あ・・・鳥はいるな。
「ニルス、今日はこのへんで休もうよ。近くに川もあるし、ちょうどよさそうじゃない?」
あたしはニルスの背中を叩いた。
お喋りしながら歩くのは楽しいけど、そろそろ疲れが溜まってきてる。
それに暗くなる前に色々準備も必要だよね。
「・・・たしかにそうだね。じゃあ今日はここまでにしよう。シロ、鞄を貸して」
「あ・・・いよいよ?」
「うん。三人で初めての野宿だね。まずはこれを組まないと・・・」
ニルスはシロの鞄を受け取ると、テントとか食材を次々と取り出していった。
・・・やっぱあの鞄いい。
精霊のオーゼ・・・頼んだらあたしにも作ってくれるかな?できれば服とか下着なんかは自分で持っておきたいのよね。
「この食器はシロのだよ」
「僕の・・・猫が描いてある」
「大事に使おうね」
「うん」
まあ、この二人があたしのものに触ることはないから、別に問題はないんだけど・・・。
「あたしのもあるの?」
「あるよ。ミランダは・・・これかな」
見せてもらったお皿には子豚が描かれていた。
「・・・あたしはメス豚って言いたいの?あ・・・もしかしてそういう趣味?女を家畜扱いすると興奮すんでしょ!」
「は?五人分入ってるのを箱ごと買ったんだよ。一番上にあったのをシロのにしたから、二番目のを渡しただけじゃないか」
「・・・そう、ならいいよ。あんたのには何描いてあんの?」
「えーと・・・狸」
・・・まあいいか。
◆
「ミランダ、そっち引っ張って」
「はいよ」
「シロ、飛んでいいから真ん中持ち上げて」
「はーい」
三人で協力して、テントが組み上がった。
ニルスが色々わかってて、手際よかったからすぐできたわね。
「大きいね。今日はみんなで寝るんでしょ?僕が真ん中でいい?」
テントは六人用みたいだ。きっと、これから出逢うかもしれない仲間のためかな。
「これはシロとミランダ用だよ」
「え・・・ニルスは?三人で一緒がいいな。中で影遊びしようよ、氷で作った形をニルスとミランダが当てるの」
「楽しそうだけど、オレはすぐ動けるように外にいるよ。・・・影遊びは宿に泊まったときにしようか」
強がりみたいなのが聞こえた。
・・・それじゃニルスは楽しくないし休めないじゃん。
ここに来るまで何回か魔物と出くわしたけど、戦いは全部ニルスだった。
あたしでなんとかなりそうなのでも「二人は下がってて」なんて言って手を出されるのを嫌がる。
一番体力使ってんだから「オレはすぐに休む」とか言ってテント独占してもいいくらいなのに・・・。
それに見張りだったらあたしでもできる。
危ないって思ったら悪いけど起こすから交代でやればいい話よね。
「ニルス、あたし今日はすぐ眠れなさそうだから先に見張りするよ。あんたは一番休まないとダメでしょ」
「いや、別にオレは外でも寝れる。魔物とか盗賊とか・・・すぐ動けるようにしておかないと」
まったく・・・「うん」て言いやすいようにしたのに強情な奴・・・。
でもここであたしが折れたら、この先野宿の時はニルスがちゃんと休めなくなるかもしれない。
「それなら僕がやるからいいよ」
シロがニコニコし始めた。
たぶんこの子は、みんなで遊びたいんだろうな。
「僕は眠らないし、見張りの人形を置いておく。戦ったニルスはわかるよね?」
「あ・・・」
「探知の結界も張るから、テントで一緒にいようよ」
ニルスはどう出るかな?
まあ、さすがにもう言い返せないでしょ。
「シロ・・・ありがとう。・・・ごめん、本当は一緒に中で寝たかったんだけど、なんかカッコつけちゃったんだ・・・」
ニルスが夕焼け色になった。
やっぱそうだよね。
「これからは正直に言ってよ。僕はそうしてくれた方がいいな」
「じゃあ・・・何かあったらすぐに起こして。守るのは・・・オレの役目だからさ」
こういう感じなら全然問題ないよね。
「・・・僕たちのために鍛えてくれてたって言ってたね。でも、楽しくないのはやだよ。それに・・・すぐ寝かすわけじゃないからね」
「・・・寝かせてよ」
ニルス問題はこれで解決だ。
シロは人形を三十体とか軽く出してたから、夜の心配はまったくない。
そして・・・あたしの出番も無し・・・。はあ・・・なにか「任せて」って胸を張れるものがあればな・・・。
とりあえずは、今できることをやろう。
「ねえ、なんかあたしに仕事ちょうだい。みんなで準備しようよ」
なんでもいいから負担を減らしてあげたい。ただ守ってもらうだけなんて嫌だよ。
「え・・・そうだな。じゃあ川で野菜を洗って、皮を剥いて・・・一口くらいの大きさに切ってきて」
ニルスが使う食材と道具を籠に入れた。
お、それならできる。こうやってどんどん言ってくれた方が助かるな。
「僕も一緒に行く。何か出るかもしれないし」
シロもいい子だな。小さいことだけど三人で助け合ってる感じがする。
◆
シロと二人で野菜を洗った。
献立はなにかな・・・。
「あんた皮むけんの?」
「むけるよ。そんな子ども扱いしないで」
「意識しすぎ。そんなつもりで聞いてないよ」
「む・・・綺麗にむけるから見てて」
シロが洗い終わった芋を手に取った。
素手でどうやるんだろ・・・。
「こんな感じだよね?」
「え・・・」
芋の皮が一瞬で剥がれた。
魔法だ・・・ずるい。これじゃシロ一人で全部できちゃうじゃん・・・。
「あとは切ればいいんだよね?」
「待って、それはあたしの担当。協力した方がおいしくなるんだよ」
「そうなの?わかった」
仕事を取られるのは防げた。
それに、今のは嘘じゃないよね。
◆
「ねえミランダ、きのうの夜にニルスがうなされてたよ。・・・苦しそうだった」
半分くらい終わったところで、シロが不安そうな声を出した。
「え、そうなの?気づかなかったな・・・」
いや、思えばきのうの夜はそうなりそうなことがあった。
油断してたな・・・。
「一人にしないでとか、見捨てないでとか言ってたの。あれってなに?よくあるの?」
「なにって言われると・・・」
ニルスは心が寂しくなるとそうなるんだと思う。アリシア様とのことずっと引きずってるみたいだし、一緒に寝てあげればよかったな。
・・・うん、気遣いを怠らない。そして二人が暗くならないように明るく、まずは気持ちの部分で頼ってもらえるようになろう。
「ミランダ?」
二の腕をつつかれた。
「あ・・・ごめん。シロ、次からそういう時はあたしを起こして」
「大丈夫だよ。朝まで安らぎの魔法をかけてあげたんだ」
「なにそれ?」
「不安を和らげる魔法だよ。そんな感じだったから」
聞いたことないな。精霊だけが使えるって感じ?
「ちゃんと効いたの?」
「うん」
「そっか、シロはいい子だね。・・・ニルスは寂しいとそうなるみたいなんだ。あたしもよく見るようにするから、気付いたら寄り添ってあげようね」
「じゃあ今日はニルスを真ん中にしてあげよう」
それがいい。・・・ていうか、今も一人にしちゃってるな。
「最初は呪いかなって思ったの。でもそうじゃなくてよかった。・・・まあ本当に呪いだったら僕が解いてあげられるんだけどね」
「あんたそんなこともできんの?」
「うん、眠り、狂乱、不動・・・なんでも解けちゃうよ。呪えるくらい強い力を持ってる命も少ないけどね。でも・・・いるにはいるから気を付けて」
シロはちょっとだけ大人っぽい声を出した。
・・・話で聞いたことはあるけど、呪われた奴って見たことないのよね。
病気と見分けがつかないものもあるみたいだし、あたしにはわかんないや・・・。
「あっ・・・そういやあたしが狂乱の呪いにかかってるとか言ってなかったっけ?・・・忘れてないからね?」
「う・・・ごめんね。あっ、そ、それよりニルスの話だよ。昔なにかあったの?僕も知っておきたい」
シロの手が大袈裟に動いた。
・・・もう許してるんだけど、こんなにかわいく焦るならまた使うことがあるかもな。
「あたしが知ってる限りは教えてあげる。でも、シロが聞いても教えてくれるよ」
この子も信頼されてるはずだ。でも話しておいた方がいい。
◆
「そっか・・・だから僕に優しくしてくれたんだね」
ニルスについて知っていることをシロに話した。
ていうか、聞いたことそのままだ。
「優しくね・・・。あ・・・お城でなに話してたかまだ聞いてないよ」
「うん、教えてあげる」
仲間だからその方がいい。
なにで苦しいのか、シロの言葉で話してもらった方が一番伝わるだろうしね。
◆
「・・・だから、一緒に行きたいって思ったんだ」
シロは、ニルスと二人で話した時のことを教えてくれた。
恐いから戦いたくなんかない。そんな気持ちをわかってもらえたから、この子はすぐニルスに懐いたんだろうな。
じゃあ、あたしも・・・。
「あたしはニルスがアリシア様の子どもって聞いて、運命かもって思ったんだ。憧れてる女の人なんだよ」
「強い人だってニルスが言ってた。えっと・・・雷神だっけ?」
「そうだよ。でも・・・ニルス見てると、子育てはそこまで得意じゃないみたいね。かなり不器用な人だとは思うけど・・・」
「でもニルスは嫌ってるって感じじゃないよ。たぶん・・・愛を渡すのがうまくできなかったんだね」
そういうことだと思う。ニルスからアリシア様の悪口が出てこないのが証拠だ。きっとお父さんみたいにしてほしかったんだよね。
「あとニルスはお金持ちだし、楽できそうって思って付いてきた。実は・・・ふふ、こっちの理由が大きいんだ」
「そうなんだ・・・見てるとそんな感じはしないけど」
「うん、今は違うよ。なんかさ、一緒にいると楽しいんだ。ずっと旅をしてたいって思う・・・だから弱いところは支えてあげたい」
・・・割といい思いはさせてもらえてるしね。
「ねえ、僕は?」
「シロもだよ。だから弱いとこ、もっと見せてね」
「メピルは強くなってほしいって言ってた・・・」
シロは強くなりたいって気持ちはあるんだと思う。
時間はかかるかもしれないけど、その気持ちがあればきっとなれるよ。
◆
「野菜の皮むき終わったよー」
「二人でやったんだよー」
「おかえり、こっちも色々できたよ」
戻るとかまどに火が焚かれていた。
いつの間に・・・。
「ねえねえ、なんで二つあるの?」
かまどは大きいのと小さいのがあった。
ニルスの剣で岩を斬って作ったみたいだ。
「小さいのは料理用だよね?」
「そうだよ。大きい方は・・・ふふ」
ニルスは微笑んで、鞄からシロ五人くらいが余裕で入るくらいの大きな鍋を取り出した。
「あ・・・それなにに使うのか教えてくれなかったやつ」
きのう宿で見せてもらった。
・・・よくもまあこんなもの見つけてきたものね。たしか二十万エールもしたって言ってたな。・・・相場がわかんないから高いとも安いとも言えない。
「これは・・・お風呂にするんだ。清潔にしてないと病気になったりするんだよ」
「お風呂・・・」
うわ・・・嬉しい・・・。
どうしようかなって考えていたことだった。
とりあえずお湯を沸かして、体を拭くくらいかなって思ってたけど・・・。
「やるじゃんニルスくーん。野宿でお風呂入れる旅人なんてあたしたちだけじゃない?」
「嬉しいんだ?」
「当たり前じゃん。足伸ばせるくらいデカいし・・・」
「シロの鞄があったから思い付いたんだ。金物屋さんに聞いたら、倉庫の奥でずっと動かないのがあるって・・・半額にしてもらったんだよ」
なるほど、じゃあ安く買えたのか。うーん・・・きのうはニルスと一緒に買い物行った方が楽しかったんじゃないかな?
別に急いでるわけじゃないし、もう一泊してもよかったよね。
「じゃあ水を入れればいいの?」
シロが鍋を持ち上げた。
力・・・いや、精霊は重さ感じないって言ってたな。
「うん、川で・・・」
「出せるよ」
シロが指を動かすと、鍋が綺麗な水で満たされた。
「水の魔法か・・・」
「やっぱり人間もできる人がいるんだね。でも、僕以上は無理だと思う」
シロがいるだけでかなり助かるな。・・・そしたら、野菜の皮むきも川に行かなくてよかったじゃん。あ・・・野宿も水辺とか関係なくなる。
「すごいなシロ。これって飲めたりもするの?」
「えへへ、川の水よりも綺麗だよ」
すげー・・・。
「じゃあこっちの鍋にも水が欲しい。えっと・・・ミランダって実は嫌いって食べ物とかある?」
「ないよ。なんでも食べれる」
「だよね・・・」
ニルスはあたしに聞こえるかどうかの声で呟いた。
・・・今日は許してあげよう。
「ニルスは料理もできるんだね。僕楽しみだな」
「まあ・・・アリシアの手伝いもしてたから自然と覚えたんだ。父さんの所でも作ってた。味は・・・なんか違うんだけどね」
「僕はアリシアの味知らないからな。ねえ、ニルスは嫌いな食べ物あるの?」
「・・・ニンジン」
・・・子どもか。そういや、たしかに買った食材の中にそれは無かったな。
「アリシア様の料理にも入ってなかったの?」
「・・・無理に食べさせられて吐いてからはね」
「そういうことか・・・」
本当に不器用な人なんだな・・・。
「ちなみに今日の献立は?」
「シチューだよ」
ふーん・・・楽しみ・・・。
できるまで焚き木を集めてきてあげよう。
◆
「うん・・・いいな。じゃあみんなで食べよう」
ニルスのシチューが完成した。
もうペコペコだよ・・・。
「はいミランダ」
「ありがとー・・・え、シチューって言ってたよね?」
あたしの知ってるのとは色が違う・・・。
「そうだよ、なに驚いてんの?」
「え・・・でも茶色い」
「他にあるの?」
ニルスは「なにか変?」みたいな顔であたしを見ている。
「シチューは白だよ」
「白・・・家によって違うのかな?でも、きっとおいしいから食べてみてよ」
ニルスは笑顔でよそってくれた。
・・・たしかに食欲を刺激する香りだ。作ってもらったわけだし、まずは口に入れてみよう。
「おー・・・いけるじゃん。ていうかおいしー」
「そりゃシチューだし・・・」
「あ・・・肉が鶏じゃないんだ?」
「羊と牛だよ」
初めて食べるけどいいじゃん。知ってるのとは違ったけど、こっちも好きだ。
「おいしいね。このゴロゴロ入ってるお肉が好き」
シロも幸せそうに口へ運んでいる。
「気に入ってもらえてよかっ・・・いいの?」
ニルスが眉間に皺を寄せた。
「なにが?どうしたの?」
「・・・シロの役目って、命の流れを見守ることだよね?」
・・・急になんだ?
「そうだよ」
「オレたちは他の命を食べてる。これっていいの?」
ああ、そういうことか。けど、シロも食べてるよね?
「・・・命を食べるのは普通だよ。何が気になるの?」
「あ・・・いいのか・・・」
「食べないと飢えるでしょ?」
「うん・・・そうだね」
つまり気にしなくていいってことだ。
じゃあ・・・。
「ニルス、おかわりほしいなー」
「いっぱい作ったからどんどん食べてね」
「そうするー。あ、お肉いっぱい入れて」
「僕も欲しい」
三人とも笑顔、一人の野宿よりも全然楽しい・・・。
後片付けは、あたしがやらないとね。
◆
「ありがとうミランダ」
お皿を洗い終わると、ニルスが寄ってきた。
何言ってんだこいつ・・・。
「あのさ、分かち合いって教えたよね?作ったのがニルスなら、片付けるのはあたしなの」
「ミランダ・・・」
「で、お風呂沸かすのがシロ。誰もさせられたなんて思ってないよ」
「うん・・・ありがとう」
ニルスは照れくさそうに笑った。
まだ遠慮してんのかな?
「もうお湯は沸いてんの?」
「うん。シロ、ミランダが入るよ」
「もうちょっと待って」
周りには誰もいないし、鍋であっても外でお湯に浸かれるのはちょっと楽しみだ。
「ねえミランダ、ニルスが服を脱ぐときは少し隠したりしてほしいって言ってたよ」
「シロ・・・別に言わなくてもいいよ」
「はあ?もう見られてんだからいいのよ。それに仕切りもなんにも用意してないし、堂々と見たいってことでしょ?」
「う・・・そんなことは・・・」
なに恥ずかしがってんだか。
まあ、男の子だし仕方ないのかな?待てよ・・・それを言うならあたしは女の子だから恥ずかしがらないといけないのか?
◆
「ミランダ、お湯が沸いたよー」
「やったー・・・って、何よこれ・・・」
鍋の中は凄い勢いで沸騰していた。
バカじゃないの・・・。
「こんなの入れるわけないじゃん!!あたしを茹でる気かっての!!」
「ちょ・・・裸でくっつかないでよ・・・。湯浴みあるんだから着てほしい・・・」
「話をすり替えんな!」
「落ち着いて・・・シロ・・・」
「う、うん、任せて」
シロが慌てた顔で鍋を火から降ろしてお湯に触れた。
・・・頭が冷えてくる。
そっか・・・そうだよね・・・。
「シロは熱くないってわけ?」
「熱気や冷気は感じるよ。でも熱いとか痛いとかは僕らにはないんだ」
シロはお湯に冷気の魔法をかけてるみたいだ。
思ったけど、沸かさなくてもあったかいお湯を出してくれればそれでいいんじゃ・・・。
それに今さら言えないけど、シロに頼めばメピルみたいにお風呂作ってくれたんじゃないのかな・・・。調理器具とか、テントも・・・やめとこ、せっかく買ったんだから・・・。
「加減がわからないけど、たぶんこれくらい?」
シロが鍋から手を離した。
見た感じ大丈夫そうだし、触ってみよ。
「・・・あ、いい感じ。でもちょっと恐いから先にニルスが入ってみてよ。洗い屋ミランダが全身綺麗にしてあげる」
「え・・・ここで・・・」
「戦いで疲れてるでしょ?もっと上達したいからさ」
宿ではよくて、こっちでダメな理由なんかあるはずない。
「仕方ないな・・・」
「湯浴み無しでやってみたいなー。やっぱり大事なとこは丁寧に洗わないとダメだと思うんだよね」
「・・・絶対やだ」
なんだかんだ付き合ってくれんのよね。
◆
「・・・うまくなってきてるね」
「当然でしょ」
ニルスは泡に包まれながら気持ちよさそうな顔をした。
あとどれくらいでロゼみたいになるかな?
「ねえねえ、これって風と水と気の魔法を組み合わせてるんだよね?」
隣で見ていたシロが真面目な顔で泡を見ている。
そういや、宿のお風呂は『僕は必要ないから』って言って一緒に来なかったっけ。
「友達に教えてもらったんだ」
「・・・洗うために考えたのかな?便利だけど、なんでもかんでも魔法に頼るのはよくないんだよ」
シロはいつもより大人びた話し方をした。
あんたも魔法で皮剥きしてたじゃん・・・。
「なんで?便利なんだからどんどん使えばいいと思うけど」
「魔法って本当は精霊しか使えない力なんだ。頼りすぎると、無くなった時に困るよ?それに、女神様は人間に力を与えることはしちゃダメって言ってた」
「でも現にあたしたちは使ってるよ。治癒なんて子どもでもできるし」
「人によって差はあるみたいだけど、手を当てて傷が治るとか、念じて火が出るとかって異常だからね?」
あたしたちにとっては当たり前のことなんだけど・・・。
「そういえば、なんで差があるの?素質ってどういうこと?」
「才能ってことだよ。精霊の力を命が操るんだからそういうのが必要なんだと思う。・・・本来は今の状況じゃなきゃ使えないんだからね」
「じゃあなんで使えんの?」
「・・・境界ができたせい。僕の・・・精霊の姿が見えるのも普通じゃないことなんだよ」
シロはずっと真剣な顔をしている。
歴史ではなんて習ったっけ?
・・・大地が沈んだのが五百年前。一度世界のほとんどが沈んで・・・人間もかなりの数が死んで・・・たしか資料が残ってないって聞いたのよね。
あれ・・・魔法っていつからだったかな?
「メピルの話と辻褄が合うな。女神が封じられて、ジナスが境界を作ったのが約三百年前・・・」
「うん、そうなんだと思う。僕もジナスから戦場の記憶を見せられて初めて知ったから・・・」
「魔法が使われ始めたのはそのくらいだ。初代王が民に伝えたって教わってる」
ニルスが腕を組んだ。
詳しいな、たぶんあたしより勉強できる・・・。
「初代王・・・人間が最初から使えるはずない。きっと誰かが力を渡したんだ」
そっか、始まりが人間のはずないんだよね。
「誰か?」
「うん・・・僕は恐くて調べてない。けど、今残ってる精霊は絶対ありえない。だからジナスに捕まって消された誰か・・・」
「なるほどな・・・」
「ただ・・・治癒の力がよくわからない。ニルスの剣とか例外はあるけど、ケガが無い僕たちにその力は必要ない。だから精霊で使える者はいないはずなんだよ。ジナスに消されちゃった中に使える精霊は絶対にいなかった」
消された精霊か・・・。
「治癒を使えるとしたら女神様しかいないと思う。でも、境界ができたあとっていうのが真実なら女神様じゃない・・・自分で決めた掟を破ったりもしないはずだし・・・」
シロの顔がどんどん暗くなっていった。
でも頑張って説明してくれてるのは、それだけ女神様の言葉は守らなければいけないものってことだ。けど・・・見てられない。
「シロ、もう話さなくてもいいよ。昔のことは思い出す必要ないって」
「大丈夫、二人が一緒だから・・・。とにかく、境界ができて世界が半分になったことで、自然の力が濃くなってるんだ。だから人間は魔法を使えるし僕たちも見えるってことだよ」
「・・・じゃあ、あたしたち人間も精霊と同じみたいになってる感じ?」
「違いはあるよ。人間は魔法の力を使うと疲れちゃうみたいだけど、僕らは無尽蔵に使える」
シロはあたしに抱きつきながら教えてくれた。
・・・魔法とか戦場とか女神とか、なんか危ない世界に踏み込んでる気がする。
だけど、今の話でそれよりもっと大きな不安が生まれた。
こういうことも言っていかないとな・・・。
「ねえ、もし・・・もしだからね。ジナスってのを誰かが倒して、境界が無くなったらシロとメピルにはもう会えないの?」
「んーん、ニルスとミランダは大丈夫。もう僕が二人に触れて繋がりができてる。境界が無くなったとしても、こうやって話せるよ」
「本当?」
「本当だよ。心配なら毎日二人に触るからね」
シロはいつもの子どもっぽい顔で笑った。
じゃあ大丈夫か、これは今のあたしにとってなによりも重要なこと・・・。
◆
「ミランダ、お酒とミルクどっちがいい?」
「・・・お酒」
あたしも体を洗って、三人で焚き火を囲んだ。
まだこうやって話してたい。
「そうだ・・・。戦場の話が印象的で忘れてたけど、世界を沈めたのは女神って聞いたぞ」
ニルスが鍋にミルクを入れた。
・・・あたしも気になるな。
「うん・・・沈めたのは女神様だよ・・・」
シロはまた暗い顔になった。
聞いていいのかな?
「・・・なんで?メピルはあたしたちには教えられないって言ってた」
「二人には教える・・・。・・・ある人間と精霊が、しちゃいけないことをしたんだ」
シロは炎を見つめた。
かなり重い話し方だけど、教えてくれるみたいだ。
「その二人は・・・命を作ろうとした」
「命・・・子どもってこと?そんなん普通でしょ。なんなら・・・今あたしとニルスで作ることもできる。ていうか、今も世界中で作ってる奴らいっぱいいるでしょ」
「バ、バカ・・・何言ってんだよ・・・」
ニルスが焦り出した。
生娘かっての・・・。
「君たちで言う生殖じゃない。その二人は、繋がり合うこと以外で命を作ろうとした。・・・命の流れが澱む。だから、女神様が絶対しちゃダメって言ってたこと・・・」
「それをその人間と精霊がした?」
「・・・」
シロが不安そうな顔で頷いた。
これもあんまり思い出したくないみたいね。
「ごめん・・・シロ」
「え・・・なんで謝るの?」
「そんな顔されたら、これ以上聞けないよ」
「あ・・・ごめんね」
謝んなくていいのに。
いくらあたしたちと一緒でも、思い出して辛いことは誰にだってある。
それは精霊も同じ、楽しくなくなるならやめた方がいい。
「少し落ち着こう。シロ、ミルクができたよ」
「ありがとう。・・・甘い」
ニルスもわかってる。
悲しい顔は無い方がいいもんね。
「砂糖を多めに入れたんだ」
「砂糖・・・懐かしいな」
「そっちの思い出は楽しそうだね」
「楽しいとは違うけど・・・教えてあげる」
シロが微笑んだ。
辛い思い出じゃないみたい。
「世界が沈んだあと・・・生き残った命たちは必死だったんだ。姿を見せたりはしなかったけど、精霊たちがいっぱい手を貸してたんだよ」
あたしたちの先祖のことか。
沈む・・・大雨でびちゃびちゃ・・・そんな甘い感じじゃなかったんだろうな。
「シロも手伝ってくれたの?」
「僕はお城でみんなに指示を出してたんだ」
「指示か、そっちの方が気になるな」
たしかにそうね。歴史とかよりも、シロが王様として何をしてたかの方が興味ある。
「え・・・じゃあちょっとだけ教えてあげる。獣や虫、鳥や魚たち、木や草花は割と強い。だからほとんどは人間のために動いてたんだ」
シロの声が明るい。
本当に楽しい記憶みたいね。
「着るものとか食べ物をくれたの?」
「ううん、直接手は貸してない。作り方の記憶とか、作物の種をそっと渡してた」
「着るものだと・・・服とか下着とか靴とかの?」
「そうだよ」
シロが誇らしそうに頷いた。
記憶・・・そういうのを渡したりもできるのか。
「じゃあさ、例えばあたしに医術の記憶を渡したりもできるの?」
「女神様が許可をくれたらだけど・・・流れたお医者さんの記憶を渡すことはできる」
「誰かのなんだ・・・」
「流れた命の記憶は水に溶ける。僕がそれを探してから渡すんだ。必要そうなのだけ選別してからだね」
知らない人のを貰うのはちょっと恐いな・・・。
「まあいいや。医者になる気もないしね。とにかく、シロたちが昔の人たちを助けてたんでしょ?」
「うん、無いと困るような知識は渡していった。まずはみんなの言葉を一つにしたんだ」
「・・・言葉?」
「そう、前はその土地によって違ったりしてたんだよ。話ができないと意思の疎通がやりづらくなる。だから生き残った人たちがみんなで協力できるようにしたの」
そうなんだ・・・。あ・・・そういやかなり古い本とかで、なんて書いてあるか解読できてないのもあるって話聞いたことある。
「・・・急に知らない言葉の記憶が入ってきたらごちゃごちゃしそうだな」
「したみたいだね。だから今使われてる言葉は、その名残で色々混ざったような感じかな」
「へー・・・他には?」
ニルスはもっと知りたそうな顔だ。こういうの好きなんだろうな。
「あとは・・・例えば服を知ってても、機織りの作り方を知らなかったり、加工の仕方とかも」
「ああ、たしかにそうね。あたしも縫物はちょっとできるけど、糸の紡ぎ方までは知らない」
「そういうのだね。僕はわからないけど、肌着とか下着って感触が柔らかくて、伸縮する方がいいんでしょ?それに合う素材の植物を授けたりとか。それが無いままだったら、ミランダのお尻はすぐ破けちゃう」
・・・なんであたしのお尻を出すのよ。
まあ、本当なんだろうけどなんか信じらんないな。見た目のせい?
「人間にとってだけど、昔はもっと便利だったみたいだよ。一気にたくさん作れるようなものもあったんだけど、そういうのは授けてない」
「今もそんなに不自由は感じないけどな」
「人が増えて余裕ができたってことだよ。昔は少ない人数でたくさんのことをやっていたんだ」
「なるほど・・・」
五百年前か・・・。大変な時期に生まれなくてよかった。
たぶんその時の人たちが考えてたのは、生きることとか増えることだよね。
そして未来にいるあたしたちのために、残せるものをたくさん作ってくれていたんだ。
だから今、呑気に旅なんかできる。・・・感謝しよう。
◆
焚き火を消して、三人でテントに入った。
シロのおかげで、安心して眠れそうだ。
「あはは、広ーい。毛布も新しくてふかふか・・・」
「ニルスが真ん中ね」
「シロかミランダでいいよ」
「じゃあ、あたし真ん中にして」
シロには悪いけど、もう眠ってしまいたい。
「いいのニルス?」
「うん、ミランダが楽しそうだから」
「シロ、もう光の魔法はいらないよー」
「影遊びだね」
・・・憶えてたか。
「まあまあ、ニルスも早く寝っ転がって。服も脱いじゃえ、野菜の皮もむいたし、ついでにあんたも」
「オレはいいよ・・・。あれ、待てよ・・・。作物の種も与えたって言ったよね?」
ニルスがシロを見て目を細めた。
さっきの続きかな?そっちで話すならあたしは寝ちゃお・・・。
「うん。そっと渡してた」
「・・・ニンジンもか?」
「え・・・」
あらら・・・。
「さっき指示を出してたって・・・。つまりニンジンを与えようって決めたのも・・・」
「ぼ、ぼ、僕じゃないと思う!全部はさすがに多いもん。えっと・・・紅茶とかはあげたかな・・・」
「・・・そうか、よかった。・・・昔から考えてたんだ。あれを作り出した奴は絶対に許さないって・・・」
「信じてニルス。僕は・・・ニンジンに関わってないからね」
シロがあたしに抱きついてきた。
・・・仕方ない王様ね。
本当にケンカはしないと思うけど、こんなことで二人が険悪になったらやだな・・・。
「ニルス、ニンジンはこれからも食べなきゃいいでしょ?シロは違うって言ってんだからさ」
「まあ・・・そうだね。ごめんシロ」
「気にしないで・・・。ニルス、疲れたでしょ?もう寝なよ」
「うん・・・少し眠いんだ。影遊びはまた今度にしよう・・・」
すぐにニルスから寝息が聞こえてきた。
本当に疲れてたんだな。
「どうしようミランダ・・・。僕憶えてるよ、ニンジンは僕が決めた・・・色も綺麗だし・・・」
シロがあたしの胸の中でひそひそ言った。
・・・あの反応はそうだよね。
「大丈夫よ、あたしとあんただけの秘密」
「約束だよ?僕ニルスに恨まれたくない」
「そんなことにはなんないよ。なんかあったらあたしが守ってあげるから」
「ん・・・ありがとう」
シロは安心してくれたみたいだ。
優しい言葉は魔法と一緒だと思う。
本当に気持ちが込められていたら、心を癒してあげられる。
「・・・ニルスも守ってくれるって言ってくれた」
「あたしも言ってもらったよ。嬉しかったよね」
「ミランダのも・・・嬉しかった」
必要なのは素質じゃなくて信頼ってやつなのかな。
癒せたんだから、そういうことだよね。




