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Our Story  作者: NeRix
水の章 第一部
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第四十五話 春風【ミランダ】

 シロはどんな思いで旅立つことを決めたんだろう?


 きっかけはニルスと話したからなのかな?

出逢って一日も経ってないけど、決断できるくらいの安心を貰ったってことだよね。


 どうだったとしても、これから一緒なんだから色々教えてもらうことにしよう。

精霊の男の子・・・あたしもたくさんお喋りしたいな。



 「自分は精霊だよって言いふらしちゃダメだよ?」

「するわけないでしょ」

「街とかで大きな力は使わないようにね?絶対怪しまれるから」

「使わないよ」

メピルとシロが仲良く支度を始めた。

やっぱりメピルの方がお姉さんって感じだな・・・。


 「こら、鞄はちゃんと背負いなさい。だらっとしないの」

「うるさいな・・・」

「人間から見たらあなたは小さな男の子なのよ?ちゃんとしてないとカッコ悪いでしょ?」

「わかったから!」

あれは・・・いつ終わるんだろ?


 「オレも・・・本当はあんな感じがよかったんだと思う・・・」

ニルスが二人を見つめて、ぽつんと言った。

思わず出ちゃったって感じだ。

 「ニルスくん、仲間が増えたのに寂しい顔はよくないよ。楽しくするのが旅の心得なんでしょ?」

「・・・そうだね。ありがとう」

ニルスがいつもの感じに戻ってくれた。

 あたしにできることってこのくらいなのよね・・・。

戦いも得意じゃないし、治癒も半端・・・。なにかもっと役に立てることはないかな?


 「シロ、あなたは戦いに行くわけではないけど・・・イナズマ、オーゼ、チル・・・三人には会ってきなさい」

メピルの声が変わった。

 イナズマはニルスが会ったことある精霊の名前だったな。

シロの知り合いならそんなに恐い奴らじゃなさそう。


 「・・・近くを通ったらね」

「うん、それでいいよ。あ、一応繋がりは作らないようにしなさいね」

「・・・わかった」

繋がり・・・なんだそりゃ?


 「それと、私への呼びかけもしなくていいわ。寂しい時はニルスかミランダに言って、そばにいてもらいなさい」

「・・・寂しいのはメピルじゃないの?二人は人間だし夜は眠る。その時に呼びかけるよ」

「・・・私ね、シロには強い子になってほしいの。だから、ここに戻るまでは呼びかけも禁止ね」

「メピル・・・うん、頑張る」

シロはちょっとだけオトナっぽく頷いた。

呼びかけってなによ・・・。


 「大丈夫だと思うけど心配ね・・・。もう一度忘れ物がないか見てきなさい」

「わかった。ちょっと待っててね」

シロがお城の奥へ飛んで行った。

虫とか持ってこないよね・・・。


 「なんかきのうは生意気な子って思ったけど・・・割と素直なのね」

「ふふ、シロはいい子よ。たぶんミランダのことも気に入ってるわ。仲良くしてあげてね」

メピルは子どもの心配をするお母さんみたいな顔をした。

まあ、久しぶりに外に出すんだから当然なのかな。


 ・・・とりあえず戻るまで待つか。


 「ねえメピル、繋がりとか呼びかけってなに?」

ニルスが椅子に座った。

あたしも聞こうと思ってたことだ。


 「繋がりはそのままの意味だよ。私たち精霊は、触れることでそれを作れる。他の精霊とか、命の居場所がわかったりするの」

「・・・ジナスはシロの居場所がわかるってことか」

「そうね、でも二百年以上はシロの気配を探っていないみたいなの。精霊はそれをされたらわかる。だから旅立たせてもいいと思ったのよ」

へー、便利・・・。


 「でも変だな。それなら精霊同士で繋がりを作らなかったのはどうして?」

「本当はあったの。でも、ジナスに断たれたんだって。だから作ってはいけないと思ったの」

「そいつはなんでもできるんだな・・・」

「女神様からとても大きな力を貰っているって言ったでしょ。でも警戒はしてる。・・・たぶん、結託されないようにだと思う」

・・・余計なことするなってことか。


 「でもオレはシロに触れている。もう繋がりができてしまったってこと?」

「うん、できてる。でも精霊同士じゃないから大丈夫だと思うよ。まあ、万が一ジナスが探ったら危ないかもだけど」

「逆にシロはジナスの居場所がわかるの?」

「無理みたいなの。ジナスとの繋がりは向こうからの一方的なものだって言ってた。だからシロから触れなければダメ」

力の差がかなりあるらしいからそうなんだろうな。


 「じゃあ、呼びかけっていうのは?」

「繋がりのある精霊同士は、遠く離れていてもお話ができるの」

「それはすごいね」

「まあ、今シロが呼びかけられるのは私だけなんだけどね。ちなみに女神様とジナスは、精霊以外にもできる」

・・・なんか遠い世界の話だ。

でも、その世界にいるシロと旅をするから慣れてくのかな。


 「・・・もう一つ聞いてもいい?」

「いいよ」

「・・・シロがいない間に、ジナスがここに来るってことはありそう?」

ニルスが囁くように言った。

あ・・・それはちょっと心配。


 「無いと・・・思う・・・」

メピルは少しだけ震えていた。

言い切れはしないのか。

 「でも大丈夫だよ。シロが無事ならそれで・・・」

「一緒には・・・どうしても無理なの?」

「うん・・・。私はこの土地から出られない」

「わかった。なら・・・」

ニルスはメピルをそっと抱いた。

繋がりを作ったのか・・・。


 「これでオレとも繋がったね」

「あ・・・あの・・・ほ、本当に大丈夫だから。私はジナスに認知されていないの。シロはすぐに見つかっちゃうから、もし来るんなら直接そっちだと思う」

メピルはちょっとだけ顔を赤くしている。

精霊も人間みたいな体の反応があるみたいだ。

 「だからそんなに心配しないで。それに、なにかあればシロに呼びかける。その時は・・・助けてね?」

「わかった。どこにいてもすぐに駆け付ける」

「まあ・・・なにも無いと思うよ。ふふ・・・なんかいい気持ち。ニルス、シロが来るまでこうしてて。あと・・・どこにいるかはたまに探るからね」

あら・・・もしかして落としちゃったのかな・・・。

 

 「メピル、あたしも触るね。あ・・・そのままでいいからね」

「うん・・・ありがとうミランダ」

あたしはメピルの頭に触れた。

うーん・・・お兄ちゃんに甘える妹みたいにも見えるな・・・。



 シロが戻ってきて、改めて旅立ちの時が来た。


 「ニルス、ミランダ、シロをお願いね」

「大丈夫よ。シロは大人だもんね?」

「そうだね、逆に僕がミランダの子守りをしないと」

シロがいじわるな顔で笑った。

・・・やっぱりちょっと生意気ね。


 「シロ、ミランダ、出発だ。メピル、またね」

「待ってるよ」

「メピル、行ってきます」

「うん、強い子になって帰ってきてね」

シロを連れて、また旅が始まる。

次はどこへ行くんだろう。



 三人で鍾乳洞に入った。

まだお城からそんなに離れてないんだけど・・・。


 「大丈夫?」

「うん・・・」

シロは気を張ってるみたいで、ずっとニルスにしがみついている。


 「この洞窟は綺麗だよね」

「・・・うん」

あたしが話しかけても同じだ。

弱虫・・・ちょっとかわいいかも・・・。



 「うわ・・・生き返ってる・・・」

洞窟の外に出た。

まず見えたのは、きのうニルスが倒した狼・・・。


 「くーん・・・」

でもきのうと違う。

尻尾を振ってかわいく鳴いてくれた。

 『じゃあ、あたしを見たら尻尾振ってかわいく鳴くようにしておいてね』

さっき言ったばかりだけど、本当にそう作ってくれたみたいだ。


 「ずっと強くなってるはずだよ・・・。今までのも弱くはないけど・・・」

シロが小さい声で教えてくれた。

見た目じゃわかんないわね。


 『私から見てもニルスは強いと思う。外に作った番犬・・・負けるとは思わなかったもの』

メピルも言ってたっけ。

 うーん、けどニルスはけっこう余裕な感じがあったな。

じゃあ・・・あれでも本気じゃない?実際どんくらい強いんだろ・・・。


 「襲ってこないならかわいく見えるな」

ニルスが狼の鼻を撫でた。

 「わ・・・凍った・・・」

「ふふ・・・」

シロがちょっとだけ笑ってくれた。

もう外に出ちゃったし、ちょっとずつ不安が薄れてきたみたいだ。



 「シロ、どこか行きたいところはある?」

岩場を離れて、街道に出た。

陽射しはあったかくて、風も柔らかい。・・・今日はいい天気だ。


 「うーん、なんにも考えてないよ。でもメピルに言われたし、みんなに会いに行ってもいいかな」

シロはいつの間にか元気になっていた。

監視もされてないってことね。


 「ああ、イナズマたちか」

「まずは・・・オーゼがいい。一番優しいから」

歩くのもやめて、ふよふよと飛びながらニルスの横についている。

 「じゃあ、そうしようか」

ニルスは特に反対しなかった。

 色々知ってるのはイナズマなんだろうけど、戦うって話になるかもしれない。そういうのから遠ざけたいって感じかな。


 「オレも・・・ひと月ちょっとで帰ったらなんか恥ずかしいし」

ニルスの事情もあったみたいだ。

帰ってもお父さんはいない。寂しくなっちゃうもんね。


 「オーゼって川の名前でもあるけど、その精霊から?」

話を戻してあげた。

なんにしても、どの方向に行くかは決めないといけない。


 「名前になってたのか・・・。この大陸の真ん中を流れる川ならそうだよ」

「じゃあ、ほんとに川の精霊がいたんだ・・・」

「オーゼは川じゃなくて水の精霊だよ。イナズマは大地、チルは風、僕は気の精霊。役目は同じだけど得意なことが違うんだ。・・・勉強になった?」

「・・・なったよ。教えてくれてありがと」

シロがまた生意気になってる気がする。

・・・考えすぎかな?


 「じゃあまずはオーゼの川だね。えっと・・・ここから南に宿場があるみたいだ。今日はそこを目指そう」

ニルスが地図を確認した。

 「うん、ありがとう」

シロがニルスに抱きついた。

・・・ニルスには懐いてんのよね。二人きりで話したから?


 「ねえシロ、きのうの夜はニルスと何話してたの?」

あたしも話さないとわかんない。歩きながらお喋りしよう。

 「え・・・」

「気になるから教えてよ」

「うーん・・・おしえなーい」

・・・嫌な子。

ずーっと昔からいた割に、性格は見た目と同じってどうなのよ?


 「じゃあ、気が向いたらでいいよ」

まあいい、ここはあたしが大人になろう。

 ニルスと同じように、なにかきっかけがあればあたしとも仲良くしてくれるはずだ。



 宿場を目指して、街道をひたすら歩いた。

・・・太陽が一番高い所にある。

 

 「あーあ、お腹減ったな・・・」

ちょっと疲れてきた。

 食べ物は、きのうの夜で使い切ったから無いのは知ってる。

朝はメピルがくれた木の実だけ・・・。


 「・・・歩いてると熱くなってくるわね」

「なんで?」

シロがあたしのぼやきに答えてくれた。

あ、お喋りしてくれるんだ・・・。

 「人間は動くと体が温まってくるんだよ」

「へえ、じゃあ涼しくしてあげる」

「え・・・ひゃあ!」

首の周りに薄い氷が現れた。

 「あはは、涼しくなった?」

この子、わかってやってる・・・。


 「ふざけないで。早く消してよ!」

「ふっふっふ・・・」

なに笑ってんのよ・・・

どうしよ・・・飽きるまで溶かしてくれなさそうだ。


 「・・・シロ、そんなことしないで」

ニルスが気付いてくれた。

まあ、さすがにこれはあたしに付いてくれるよね。

 「あ、はーい。今消すね」

「もうダメだよ?」

「わかった」

けど・・・頭にくる。

あたしの言うことは聞けないってこと?


 「ニルス、今の見てたんでしょ?シロを叱ってよ」

ちゃんと言い聞かせてもらわないとダメだ。

 「シロ、ミランダが嫌がることはしないでね」

「うん、わかった」

素直過ぎる返事に余計イライラする。

・・・あたし、嫌われてるのかな?


 「シロはいい子」か・・・朝聞いた言葉が霞んできてる。

ていうか、メピルがいたからいい子だったんじゃないの?



 宿場にはもうすぐ着く。

でも、なんかあんまり楽しくないな。

ニルスと二人の時はもっと笑ってた気がする。


 「はあ、疲れた・・・」

だから溜め息もつきたくなる・・・。

 「ふーん、ニルスは疲れてないみたいだよ」

またシロが来た。

今はニルスにくっついててほしい・・・でも無視するのも嫌な感じよね。


 「ニルスとあたしじゃ体力が違うんだよ」

「ミランダはひ弱なんだね。情けないなあ」

あ・・・やっぱりあたしをからかうためか。

 「へえ、子どもだから口だけは達者ね」

疲れてて受け流せなかった。

よく考えたら我慢する必要は無い気もする。


 「・・・」

シロは口の端を曲げた。

思った通り、けっこう扱いやすいみたいね。

 「もしかして構ってほしかったのかな?」

「む・・・」

「きゃあ、それはしないってニルスと約束してたでしょ!」

また氷を使われた。

今度は足を凍らされて動けない。


 「二人ともやめろ」

先を歩いていたニルスが振り返って戻ってきた。


 「ニルス、この子あたしにいじわるばっかりするのよ」

「ミランダが僕を子ども扱いした」

あたしとシロは同時に訴えた。

 「・・・」

ニルスは溜め息をついて呆れ顔をしている。


 「・・・二人とも仲良くできないの?」

「僕はしてるつもりだよ」

「よく言えるわね。あたしを怒らせてどうしたいの?」

「勝手に怒ってる・・・」

原因はあんたでしょうが・・・。

そういうこと言うならあたしにも考えがある。


 「メピルからきのうの夜にあんたの恥ずかしい話聞いちゃったんだよねー。ニルスにも教えてあげよっかなー」

メピルと二人きりになった時、シロのことをたくさん話してくれた。

子どもだし、こういうのが効くはず・・・。

 「な・・・どれ?」

ほらね。

 「へー、いっぱいあるんだ?どれかしらねー」

「ニルス、ミランダが・・・」

「あら、ニルスはあたしの味方だよね?」

ニルスは、きっとあたしを庇ってくれるはず・・・。


 「宿場まで声を出すのを禁止する。黙って移動して・・・行くよ」

・・・どっちの味方もしてくれなかった。

ていうか怒ってるな。


 「・・・あんたのせいだからね」

あたしはシロを睨んだ。ここで「ごめんね」って言えたら許してあげよう。

 「ねえ、ニルスは怒ったの?なんで?」

シロはきょとんとしていた。

 今言い合いしてたあたしに聞くのはどうかと思うけど・・・仕方ない子ね。

純粋な顔を見て、あたしの熱が少しだけ冷めた。


 「ニルスも疲れて、頭に血が上りやすくなってんのよ。その内冷めるから気にしなくていいよ」

「頭に・・・」

「うわっ!」

シロはニルスの髪の毛を凍らせた。

冷ますってそういう意味じゃないんだけど・・・。


 「ニルス、冷めた?」

「二人ともなにもするな!静かに歩け!」

「あ・・・」

シロは、今回ばかりはしゅんとしてしまった。

 ちょっとかわいそう。

ニルスへは親切でやったはず・・・。氷の厚さが違うのよね。


 

 「よし、二人とも声を出していいよ」

あたしもシロも、宿場までは本当に静かにしていた。

なんにも話せないとつらいな・・・。


 「ニルス・・・もう怒ってない?」

「怒ってないよ。まずは夕食にしよう。シロはなにが食べたい?」

「よかった・・・。僕は必要ないからニルスに任せるよ」

辿り着いた宿場は、意外と賑わいのある所だった。

食堂もいくつかあって、とってもいい匂いがしている。

 

 「じゃあそこにしよう。ミランダ、いい?」

「お腹減ったからなんでもいい」

とりあえず空腹を満たさなければ・・・。



 「はい、これがぼうやのね。お肉は焼き立てだからふーふーしてから食べるといいよ」

シロの前にも料理が置かれた。


 「わあ、いい匂い・・・ありがとうお姉さん」

「ちゃんとお礼が言えてえらいね」

「ふふん・・・」

子どもだけなにも無いっていうのも変だから頼んだ。

虐待してるとか思われてもやだしね。


 「・・・おいしい」

シロはひと口食べて幸せそうな顔をした。

・・・こういうのはかわいいんだけどな。

 「ねえねえ、ミランダのもちょっとちょうだい」

「い・や」

あたしは自分のお皿を引いた。

昼間のこと謝ってもらってないし・・・。


 「・・・シロ、オレのを食べていいよ」

「ありがとう。・・・ニルスはミランダと違って優しいね」

シロはまたいじわるな顔をした。

いちいち嫌味を言わないといけない理由でもあるのかしら・・・。



 食事も済んで、三人で宿に入った。

お風呂付き、ベッドも三つある広めの部屋だ。


 「わ・・・なんで脱いでるの・・・」

「あたしはこれが普通なの・・・先に寝るね」

部屋に入ってすぐ服を脱いだ。

今日は、もうなんにもしたくない。


 「ごめんニルス、今日は自分で洗って・・・」

「わかった。大丈夫?明日も疲れてたらもう一泊しようか?」

「・・・大丈夫だよ」

やっぱりニルスは優しい。

お風呂・・・あたしは明日の朝にしよう・・・。


 「見てシロ、今いるのがここ。で、オーゼの川がここ。・・・で、歩きやすい街道を行くから・・・こんな感じで行くんだよ」

「ふーん・・・じゃあまだまだだね」

「そうだね。あ・・・ここに町があるでしょ?それから宿場がないみたいだから色々揃えないとね」

「町・・・楽しみだな・・・」

シロとニルスは、窓辺のテーブルに座って話をしている。

なんであたしには、あの感じで接してくれないんだろ・・・。


 「ちょっと肌寒いね・・・あたし、もう休むから・・・」

「町までどのくらいかかるかな?」

「・・・うーん、五日くらいだと思う。毎日宿に泊まれるように行くから」

二人とも話に夢中で返事は無かった。

もういい・・・疲れた。


 シロに振り回されてるな・・・。

楽しい旅にしたいのに、これじゃちょっと・・・。


 かわいそうな子ではあるけど、だからってこんな感じが続くのはやだな。

・・・眠い。朝起きたらニルスに相談して、ちゃんと三人で話をしてみよう・・・かな・・・。



 ん・・・あれ、暗い・・・まだ夜だ・・・。

なぜか目が覚めてしまった。

部屋の中は静かで、窓から入り込んでくる風の音しか聞こえない。


 ん・・・窓・・・誰かが開けた?

ニルスのベッドを見ると、うつ伏せで枕に顔を埋めて寝ている。

苦しくないのかしら・・・。


 あ・・・なんか気持ちいいな。

ベッドから放り出していた脚に夜風が当たった。

 ぬるめの春風・・・まだ種の月になったばかりなのに・・・。

さっきは少し寒いって思ったけど、疲れてただけなのかな。


 

 風を浴びていると、椅子の足と床が擦れる音が聞こえた。

 

 なんだろ・・・あの子か・・・。

薄目で音のした方を確認したら、シロが開けられた窓から夜空を見ていた。

 椅子から下りた時に鳴ったのか・・・。あの子は眠らないのかな?それとも眠れない?


 「・・・」

よく見ると、シロは切ない顔で涙を流している。

月明かりが溢れる雫を反射して流星みたいだ。

 ・・・綺麗、ずっと見てたいな。

けど、泣いてる子を放ってもおけない。


 はあ・・・ニルスもシロもずるいんだから。


 「シロ・・・どうしたの?寝ないとダメよ」

「ミランダ・・・放っておいてよ」

シロはすぐに涙を払った。

あたしに見られたのが恥ずかしかったのかな?

 「僕は精霊だから眠ることはない。ミランダこそニルスよりも体力がないんだからもっと寝ておきなよ」

昼間と同じ生意気なシロ・・・。

でも、さっきの涙を見ちゃうとかわいく思えてくる。


 「夜に目を覚ますなんてミランダは子どもだね。寝付くまで隣で頭でも撫でてあげようか?」

シロは、またあたしをからかおうとしているみたいだ。

昼間のあたしならムッとしただろうな。

 「じゃあそうして」

あたしはベッドの半分を開けてシロの場所を作った。

 「え・・・」

シロは予想外の答えに戸惑ってるみたいだ。

ふふ、わかりやすいな。


 「ほら、精霊の王が嘘ついていいの」

「む、僕をからかってるつもり?本当にやって・・・明日ニルスに教えるからね」

「いいよー。だからおいで」

「・・・」

シロはおどおどしながらあたしの横に入ってきた。

でも、体はくっつけてくれない。

 「ほら、あたしが寝るまで頭を撫でてくれるんでしょ?」

「・・・うん」

シロの手があたしの髪の毛に触れた。

・・・ひんやりだ。あ・・・今ので繋がりも作れたのかな?



 小さい手は、ずっとあたしの頭を撫でてくれていた。

そっと、壊れないように・・・そんな感じだ。


 「・・・冷たくない?」

シロが話しかけてくれた。

優しい声・・・別な子と入れ替わったみたい。


 「大丈夫だよ。ねえ、なんで泣いてたの?」

「・・・二人とも寝ちゃったのを見たら・・・寂しくなったの・・・」

シロは手を止めて、かわいく囁いた。

ふーん・・・。

 「精霊は眠ることはないんだ。本当はお喋りしてたいけど・・・僕に合わせると二人とも疲れちゃうでしょ?」

夜はずいぶんしおらしくなるのね。

 ああ・・・いつもはメピルが一緒にいたからか。「呼びかけもしないで」って言われてたっけ・・・。

 まあ、なんにしても正直に気持ちを教えてくれたのは嬉しい。

ニルスもだけど、男の子は明かりがないと素直になってくれるってことなのかな。


 「そうね、たしかに寝ないと疲れちゃう」

「・・・だよね。・・・じゃあ僕は出るよ」

「ダメ。ここにいて」

あたしはシロの冷たい体を抱きしめた。

 「・・・ミランダ?」

「たしかにあたしたちは眠らないわけにはいかないけど、寂しいなら一緒にいようよ。仲間なんだからさ」

「・・・いいの?」

「あたしたち三人の中で寂しいは禁止、ニルスもそう思ってるよ」

楽しくないってことだしね。


 「だから誰かがそういう時は寄り添ってあげようね。ごまかしかもしれないけど、それだけで楽になるんだよ」

「・・・」

胸元が濡れてきてる。あの綺麗な雫か・・・。


 「・・・いじわるしてごめんなさい。ミランダは、ニルスよりも表情が変わるから見てると楽しかったんだ。・・・もうしないから許して」

シロは、胸から顔を離さずに昼間のことを謝ってきた。

なんだ、いい子じゃん。ならあたしも・・・。

 

 「あたしは怒ってないよ。子どものやることだしね」

「ん・・・大人だよ」

「じゃあ、これからも変わらないでね。あと、熱い夜はあたしの抱き枕になってね」

「・・・うん、いいよ。実はあったかくもできるの。さっき寒いって言ってたから部屋を暖めてたんだよ」

早めの春風はシロの仕業だった。

無視されてると思ってたけど、気にしてくれてたんだね。


 「ニルスとは違うけど・・・ミランダも安心する」

「男の子はみんなこれが好きなのよ」

もうニルスに相談する必要も無さそうだ。


 メピル、たしかにシロはいい子だよ。

もう仲良くなったから安心してね・・・。


 「ねえ、ニルスも頼んだら一緒に寝てくれるかな?」

「明日話してみたら?」

「んー・・・また今度・・・」

今日は・・・このまま眠ってしまおう・・・。



 「ニルス、ミランダ。朝だよ、早く出発しようよ」

シロがあたしの体を揺すった。

暗い・・・まだ日の出前だ・・・。


 「シロ・・・おはよう・・・早すぎるよ・・・」

ニルスは一度顔を上げたけど、すぐにまた戻した。


 「ニルス、早く起きてー!!」

シロはニルスの上に乗って叫んだ。


 「シロ・・・宿の旦那さんもまだ起きてない・・・」

「早くー!」

朝からあんなことされちゃたまらない・・・。

あたしは急いでベッドから出た。

お風呂も入らなきゃ・・・。


 

 「早くやってる食堂もあるんだな・・・。おいしい・・・」

ニルスが眠そうな顔でパンを口に入れた。

ゆっくり噛んで、その間に眠気を取ろうとしてるって感じだ。


 なんとかシロを落ち着かせて、太陽が全部顔を出してから宿を出た。

まずは朝をしっかり食べないとね。


 「わ・・・そんなに取っていいの?」

「当たり前でしょ。二千エールで焼き立てのパン取り放題・・・ちゃんと書いてあるからね」

こういうお店ばっかりになってくれればいいんだけどな。


 「じゃあ僕もいっぱい食べよ。あ・・・りんごのジャム塗り放題だって」

「え・・・あたしも塗り放題するー」

「・・・オレも欲しい」

なんか楽しくなってきたな。

シロともちゃんと仲間になれたしね。



 「・・・これくらいあればいいか」

近くにあったパン屋でお昼の分を買った。

 「景色のいいとこで食べようね」

「そうだね。じゃあ、出発しよう」

お腹がいっぱいになって、元気が溢れてきている。

今日は楽しく歩けそうだ。


 「あれ、シロは?」

「え・・・あ、いた。あたしが連れてくるよ」

シロはパン屋の脇の空き地で、小さい穴を見つめていた。

あれは・・・。


 「こらシロ、それは羽蛇の巣よ。飛び出すから覗いちゃダメ」

「え、そうなの?わかった」

シロはすぐあたしにくっついてくれた。

きのうみたいにいじわるする気はもうないみたいね。


 「ちゃんと仲良くできるじゃん。今日もきのうと一緒だったら話し合うつもりだったんだけどね」

ニルスが微笑んだ。

気にかけてくれてたのか。

 「最初から仲良しだよ。ね、ミランダ」

「そうよねシロ」

「じゃあ、行こうか・・・」

シロがあたしにくっついているのを見てニルスは安心したみたいだ。

でも、なんか声は暗い。


 「今日は・・・そっちなんだね」

ニルスは少しだけ寂しそうに振り返って歩き出した。

・・・なるほどね。


 「シロ、ニルスが寂しいんだって」

「あ・・・じゃあ」

「そう、ほら行くよ」

「うん」

あたしたちはニルスのそばまで走った。



 「うわっ、なんだ急に!歩きにくいだろ」

二人でニルスにくっついてあげた。

 「なんなんだよ・・・」

ニルスは無理にあたしたちを引き離すつもりはない。むしろ喜んでる感じだ。


 「ね、寂しそうじゃなくなったでしょ?」

「うん、ミランダの言った通りだね」

「まったく・・・」

こうやって寄り添って歩くのもいいな。

よし、今日は三人で景色を見ながら行こう。


 あたしたちの背中を風が押してくれている。

暖かい・・・これは本当の春風だね。

どうでもいい話 6


全70話の前作の文字数を越えてしまった。

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