第四十四話 新鮮な風【シロ】
『シロ、あなたに精霊たちの王様をやってほしいの』
女神様は、どうして僕に決めたんだろう・・・。
『でも・・・ジナスは・・・』
『あなたがいいの。みんなのことを気にかけてあげてね』
ジナスを差し置いて選んでもらった時は嬉しかった。
でも・・・女神様、ごめんなさい。
なんにもできませんでした・・・。
だから、王様は僕じゃない方がよかったんだよ・・・。
◆
僕は二階に続く階段に座って、メピルを待っていた。
寂しいな・・・まだあの二人と一緒にいるみたいだ。
・・・情けないけど、なにを喋ってるか聞いてみよ。
「え!!もう生えないようにできるの?」
「できるけど、本当にしていいの?今後必要になったら・・・」
ミランダとメピルの声が聞こえた。
・・・なんの話だ?
「ならない!お願いメピル」
「・・・知らないからね」
「うん、誰のせいにもしない」
「じゃあ・・・服を脱いで」
ちょっと気になるけど・・・別にいい。
呼びかけたら負けな気がするから、終わるのを待とう・・・。
早く・・・来ないかな。
◆
まだメピルは来ない・・・。
「次は右脚ね」
「ほんとにありがとうございます・・・。すべすべの肌を触るたびにメピルを思い出すことにするよ・・・」
「大袈裟ね・・・」
二人の楽しそうな話をずっと聞いていた。
・・・もう盗み聞きはやめよう。余計寂しくなる。
そういえば、ニルスの声が無かったな。・・・あれ?
廊下の奥から足音が聞こえた。
・・・一人で中を見てたのか。
こっちに来る・・・隠れようかな・・・いや、ここは僕の城だ。どこにいたって変じゃない。
◆
「あ・・・シロ、ここにいたんだね」
足音が僕の隣まで来た時、ふわりとした柔らかい風を感じた。
「・・・どこにいたっていいでしょ」
「そうだね。君の城だから自由だ」
「・・・なにか用?」
「うん、シロとも仲良くなりにきたんだ。話をしようか」
ニルスは僕の答えを待たずに隣に座った。
わざとらしいな。そういうの嫌いなんだけど・・・。
「どうして座ったの?」
「一緒にいないと仲良くなれない。もっとシロのことを知りたいんだ」
ああ・・・そういうことか。
たぶんメピルになにか言われて、僕を奮い立たせようとか思ってるんだろうな。
たしかに僕が立ち上がれば、イナズマや他の精霊が力を貸してくれるかもしれない。
でも・・・そんなつもりないよ・・・。
「別に仲良くならなくてもいい。・・・メピルから全部聞いたんでしょ?何を言われても僕はここから動かない」
無駄だってことを教えてあげた。
早く諦めて離れてほしい。
「そんな話をしに来たんじゃないよ。それに、やりたくないんでしょ?」
「うん・・・恐いんだ。あ・・・」
自分に驚いてしまった。
この気持ちを人間に話してしまうなんて・・・僕はどうしてしまったんだろう。
・・・この人だから?それとも、メピル以外にも聞いてほしかったのかな・・・。
「精霊の王だって名前だけだよ・・・。なんにもできやしないのに・・・」
理由はわからないけど、もっと言いたく・・・吐き出したくなった。
君はどう思うかな・・・。
「・・・名前とか肩書に操られるのは嫌だよね。シロほどじゃないと思うけど、オレもそういうことがあった・・・」
ニルスの話に、僕は返事をしなかった。
ひとり言・・・そんな感じに聞こえたから。
「オレの母親は、雷神の隠し子って呼ばれてたんだ」
ニルスが僕を見てきた。
・・・今度は違う。
「・・・変なの。お母さんは人間でしょ?」
「そうだよ。・・・あの人が叫ぶと、敵の動きが痺れたように止まる。それにとても強い人だからそう呼ばれたんだ」
ニルスは誇らしそうな顔をした。
お母さんか、僕にとっての女神様みたいなものなのかな?
「でもオレは・・・それが少し苦しかった。雷神の息子だからって言われたり、思われたりするのが嫌だったんだ」
「僕は王様なんだからとか、言われたことない・・・」
「それなら自分で重くしてるだけだよ。だから、全部背負い込むことはないんじゃないかな」
む・・・そうなのかな?
「じゃあ、ニルスはどう思う?僕は戦わないといけないの?」
「オレは嫌なら戦う必要はないと思う」
「でも・・・でもメピルから聞いたんでしょ?いつか世界は枯れてしまう。それに女神様も封印されたままだ・・・。僕は・・・王様で、全部・・・知っているから・・・」
自分で言って嫌になる。
僕は今の状況を、やらなければいけないことを・・・わかっているじゃないか。
「オレとミランダも知ってしまった。・・・もう背負ってしまったのかもしれない。まあ、このままにするか、どこかで降ろすかは決めてないけど・・・。シロはさ・・・どうにかしたいっては思ってるの?」
「どうにかしたいよ!でも、できない・・・恐いんだ・・・」
「・・・仲間たちが消されたって聞いた。それを見せられていたんだよね?」
「・・・そうだよ。ジナスは僕たちの力を封じることができる。僕は使えないけど、精霊の力を無くす結界があるんだ。そうじゃなくても、あいつの力は他の精霊のものよりもずっと強い・・・」
僕は目を閉じた。
思い出すのは苦しい・・・。
でもニルスには知ってほしいと思った。
・・・僕の苦悩をわかっているような。
そんな雰囲気だからなのかもしれない。
「本来、僕たちに痛みとかはない。でも精霊の力を封じられると、人間と同じ状態になる。仲間が傷付けられて、悲鳴を上げるのを・・・僕はずっと見ていた・・・。たくさん・・・たくさんいたのに・・・」
「酷いことをする・・・」
そこまでされたから僕たちは戦意を無くした。
どうしたって勝てない・・・。
「話してくれてありがとう。さっきは思い出したくもないって言って出て行ったからさ・・・」
「うん・・・思い出したくない・・・」
「・・・もう少し一緒にいていい?静かにするからさ」
「うん・・・いいよ」
ニルスがそばにいると楽になるから話せた。
なんだか、女神様と同じ優しさを感じる・・・。
◆
ニルスはなにもしないで、本当に静かにしてくれた。
でも・・・早く話しかけてほしい。
「・・・シロ、ここにずっといるのは退屈じゃない?」
隣から、暖かくて柔らかい声が聞こえた。
・・・待っててよかったな。
「退屈だよ。だからメピルを作ったんだ」
「メピルはシロを大切に思ってるみたいだね」
「・・・知ってるよ」
心も自我も与えたんだ。それに分身が本体を嫌うはずが無い。
「二人きりでずっと何をしてたの?」
「僕たちは命の流れを見守るのが役目。大地を清め、水を流し、風を吹かせ、気を飛ばす。命は地、水、風、気でできている。死ぬって言葉を人間は使うけど、本当はそんなものないんだ。えっとね、巡り巡るものなんだよ。・・・知ってた?」
「・・・そういえば、知り合いが命は流れるって言ってたな。そういうことだったのか」
ニルスが難しい顔をした。
知ってる人間がいたのか。
それとも・・・誰かが教えたのかな?
「流れに異常が無い限り、僕の役目はそんなに大変じゃないんだ。だからほとんどは好きに過ごしてるよ。メピルとは絵を描いたり、お城全部を使ってかくれんぼしたりとかかな」
「あんまり人間の子どもと変わらないね」
「あ、子ども扱いした。ニルスよりも長生きだよ」
「あはは、ごめんね」
ニルスが笑ってくれた。
君と一緒にいると安心する。
・・・だから、もっと聞きたい。
「・・・ねえ、ニルスは全部知ってしまった。これからどうするの?」
「どうする・・・。うーん・・・旅人は自由なんだよ。だからなにも決めてない」
「旅人・・・。」
「なにをどうするかは自分で決める。・・・ただ、大切な人たちが危険な目に遭うならオレは戦うよ」
ニルスは自分の手を見つめた。
僕は、女神様が封印されているのになにもできない・・・。
ニルスの強さは、大切な存在を守るため。
僕もそんな強さを持てるようになるのかな・・・。
「・・・ねえ、ニルスの大切な人ってたくさんいるの?」
「まあ・・・すぐに浮かぶ人はけっこういる。・・・故郷にいるルルさんにセイラさんにテッドさん。・・・えーと、ジーナさん、エディさん、スコットさん、ティララさん、イライザさん、ウォルターさんにべモンドさん・・・」
「本当にけっこういるね」
「まだいるよ。一緒にいるミランダ、ここに来る前に友達になったロゼ。・・・妹のルージュ」
ニルスは最後だけ声色を変えた。
たぶん、一番大切な存在・・・。
「妹がいるんだね」
「うん、残してきてしまったけど・・・」
「みんな大切?」
「そうだよ。・・・今言った人たちが悲しむことがあればオレは戦う」
なんか羨ましいな。
僕も・・・。
「ねえシロ、オレたちと一緒に旅をしない?」
急に話が変わった。
「旅・・・」
「そう、風を追いかけたり、知らない街に行ったりだね」
ニルスは僕の目をまっすぐに見つめている。
突然どうしたんだろう・・・。
僕はここから動く気はないって、さっきも言ったのに・・・。
「あ・・・そんな構えないで。ただの気晴らしだよ。閉じこもってるよりはいいんじゃないかなって」
「でも、もしそれでジナスが怒ったら・・・」
「ジナスが怒らなければいいってこと?」
「それは・・・」
行きたい・・・ニルスと一緒にいれば僕も強くなれる気がする。
でも・・・ジナスがいる・・・。
◆
答えられないまま、静寂が続いた。
いきなりのことだったから、どうしていいかわからない。
断ったら悲しい顔をするかな?それとも「あっそ」って言われてそれで終わり?
行きたいけど・・・。
「・・・迷ってるの?」
「あ・・・」
僕の頭が優しく撫でられた。
何百年ぶりか、それくらい久しぶりに心が揺れている。ニルスと繋がりができたことも気にならないくらい・・・。
「一緒に来るならオレが守るよ」
「ニルスが・・・」
「うん、オレは仲間を・・・大切な人を守るために強くなった。ジナスだろうと、シロに手出しはさせない」
目の前に暖かそうな手が出された。
掴めば・・・守ってくれるの?
僕も、大切な存在にしてくれるの?
「どうかな?それに、重いなら一緒に持ってあげることもできるよ」
たしかにニルスは強い、それに精霊鉱の剣もある。
ジナスに対抗できる力を持ってはいる・・・だけど。
「・・・ごめんね。僕は・・・行けない」
その手は掴めなかった。
対抗できるだけで勝てるとは限らない。負けたらきっと・・・。
「わかった・・・泊めてくれてありがとう」
「・・・ごめんね」
「気にしないで」
ニルスが立ち上がった。
「オレたちは、明日ここを出るよ」
「明日・・・」
「ちなみに、ミランダもシロを歓迎するって言ってた。・・・もし気が変わったら言ってね」
「変わらないと思う・・・」
そう・・・変わらない。だから言わない・・・。
「まだそんなに遅くないから、みんなでお喋りしない?」
「しない・・・ここでメピルを待ってる・・・」
「じゃあ、伝えておくね」
「うん・・・」
ニルスは笑顔のまま背中を向けた。
・・・これでいい。
◆
「シロ、二人は明日には出て行くんだって。楽しかったからもっといてほしいね」
やっとメピルが戻ってきた。
ニルスともたくさん話してきたんだろうな・・・。
「ねえメピル、ニルスが一緒に旅をしないかって・・・」
教えたくなった。
僕も話したこと、僕だけが話したこと・・・。
「旅?いいじゃない。私はお留守番でいいよ。どうせ動けないし、そのための分身なんだから」
メピルは妙に喜んでいる。
・・・まだ誘われたって話しただけなのに気が早いな。
「でも、僕は行かない。ジナスに知られたら・・・」
「シロ、監視が無くなったから私を作ったんでしょ?きっともう私たちに興味ないのよ」
「言い切れない・・・」
「私を作ってから一度も来てないし、呼びかけも無いんでしょ?」
たしかにそうだけど・・・。
「ジナスは私の存在も知らないと思う。このまま旅に出ても気付かれないから行ってきたらいいよ」
メピルが僕のほっぺを撫でてきた。
・・・僕の分身なのに、なんでこんなに前向きに考えられるんだろう?
「それに精霊鉱を人間に渡していたイナズマも消されていない。ニルスに聞いたけど、今まで十一人に渡してたんだって。十一人目がニルスのお父さん」
「そんなに・・・」
「でも気付かれてもいない。大丈夫だよ」
「ジナスが見逃してるだけって可能性は?」
僕はこういうことを考えてしまう。
精霊鉱の武器があったとしても、ジナスと対峙できなければ意味が無い。あいつもそれがわかっているから放っておいてるだけかも・・・。
「消されてないって事実だけで充分だと思う。イナズマは他にも色々やってるかもよ?」
そうなのかな?あ・・・そしたら・・・。
「ねえ、人間に魔法を伝えたのもイナズマだと思う?ジナスは、誰が伝えたか知ってる感じだったけど教えてくれなかった」
「・・・魔法は違うと思う。人間が使い始めたのは、女神様が封じられたあとでしょ?」
「そうだと思う。あいつに見せられた戦場の記憶で初めて知った」
「その時期にそんなことしてたら消されてるんじゃないかな?」
・・・言う通りだ。
「・・・じゃあ、消された精霊の誰か・・・」
「そうだと思う・・・死者の記憶、探ってみる?姿を見せたかはわからないけど、伝えた精霊の手がかりはわかるかもしれない。もしかしたら、どういう意図だったのかも」
「しないほうがいいと思う。対抗する手段を調べていた・・・メピルも消されちゃうよ」
「・・・わかった」
メピルは僕にとって大切な存在だ。危険なことは絶対にさせない・・・。
「じゃあ・・・ニルスのお父さんの記憶もダメかな?」
「ダメ・・・メピルは大切だから・・・」
「シロ・・・ありがとう。・・・とっても愛のある人って教えてもらったから、どんな人間か知りたかったんだ」
「ニルスを見ればわかると思う」
ちゃんと自分の子どもに愛を渡せた人なんだろう。
だからニルスも優しい・・・。
「精霊鉱の最後の一つを使うくらいだもんね。ニルスのためにって言ってくれたんだって」
「そうなんだ・・・」
三つ使い切れば流れてしまうことも知っていたみたいなのに・・・。
「ニルスは、そういう愛を貰っていたからシロを気にかけてくれたんだよ。そうじゃなきゃ誘わないと思うよ。ミランダもいいよって言ってたし」
「それも聞いた・・・。あの子は騒がしいけど明るい・・・」
「そうね。だから一緒に旅に出たら、きっと楽しいんじゃないかな。・・・話を戻すけど、イナズマは大丈夫だったでしょ?」
「たしかにそうだけどさ・・・」
僕は服の中から首飾りを取り出した。
精霊の輝石・・・女神様がくれたもの・・・。
不安になったらこれを握って、メピルとまじわっていると気が紛れる。
「シロ、難しく考えなくていいのよ。やりたいことをしなさい」
「メピル・・・僕は、どうしたらいいかわからない」
「一度ジナスはいないものだと思ってみたら?」
ジナスがいなかったら・・・ニルスも同じようなことを言ってくれた。
僕は・・・。
「精霊鉱は心が削られる・・・。切り刻まれると消える・・・までは言わなかったけど、そこまで話してたから二人を信用したんだなって思ったけど?」
言われてみればそうだ・・・なんで教えたんだろう。
「違うよ・・・イナズマを信用してるだけ・・・」
「ふふ、そういうことにしておくわね」
なんだか・・・あの二人は信じてもいいかなって思えただけ・・・。
「一緒にいるからよく考えてね」
「うん・・・」
僕はメピルを抱きしめた。
明日には・・・。
◆
「シロ、メピル、ありがとう。またニルスと遊びに来るよ」
夜が明けて、僕たちは二人を見送りにお城の門まで出てきた。
「うん、二人なら歓迎する。一応言っておくけど、誰にも言わないでね?」
「言わないよ。あたしはちゃんと約束守るし」
「ミランダ、あたしはってなんだ?オレも守るよ」
この出逢い、ここで終わらせていいのかな・・・。
ひと晩考えたけど、決心はできなかった。
どうしても恐怖に負けてしまう・・・。
「次は番犬をもっと強くしておくから楽しみにしててね」
「げ・・・勘弁してよ」
「ふふ、冗談だよ。あなたたちは通すようにしておく」
「なーんだ。じゃあ、あたしを見たら尻尾振ってかわいく鳴くようにしておいてね」
ミランダはやっぱり明るい。
もっと・・・色んな顔が見たいな。
「シロ・・・また来るからね」
ニルスが僕に微笑んでくれた。
次にいつ来てくれるかはわからない。言うなら・・・今しか・・・。
「あの・・・ニルス・・・」
「なに?」
「えっと・・・僕も・・・。いや、なんでもない・・・」
言えなかった。
ジナスがいなかったら僕は付いていったと思う。
そう、いなかったら・・・。
「シロ、オレがきのうの夜に言ったこと憶えてる?一緒に来るなら・・・」
ニルスはまた僕の頭を撫でてくれた。
嬉しかったから忘れるわけない・・・。
「守って・・・くれるって・・・」
「うん、オレは仲間を・・・シロを守るために鍛えたんだ」
心が震えた。
それなら・・・僕は君たちと一緒なら・・・外に出てみたい!
「僕・・・戦うのは恐い!それでもいいならニルスと一緒に旅を・・・自由な旅をしてみたい!」
言えた・・・。
「・・・ニルス、王様はこう仰っていますよ?」
ミランダが恥ずかしくなることを言った。
ニルス・・・早く答えて。
「シロ、必ず守るよ。ほら・・・」
目の前に出された手、今度はためらわずに掴んだ。
「よし、一緒に行こう」
引っ張られた時に感じたのは、どんよりした心を入れ換えるような新鮮な風・・・。
「うん・・・連れてって」
離さないようにしっかりと繋いだ。
それは、僕の弱い部分も一緒に受け入れてくれるとても暖かい手だった。




