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Our Story  作者: NeRix
水の章 第一部
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第四十四話 新鮮な風【シロ】

 『シロ、あなたに精霊たちの王様をやってほしいの』

女神様は、どうして僕に決めたんだろう・・・。


 『でも・・・ジナスは・・・』

『あなたがいいの。みんなのことを気にかけてあげてね』

ジナスを差し置いて選んでもらった時は嬉しかった。


 でも・・・女神様、ごめんなさい。

なんにもできませんでした・・・。


 だから、王様は僕じゃない方がよかったんだよ・・・。



 僕は二階に続く階段に座って、メピルを待っていた。

寂しいな・・・まだあの二人と一緒にいるみたいだ。


 ・・・情けないけど、なにを喋ってるか聞いてみよ。


 「え!!もう生えないようにできるの?」

「できるけど、本当にしていいの?今後必要になったら・・・」

ミランダとメピルの声が聞こえた。

・・・なんの話だ?

 「ならない!お願いメピル」

「・・・知らないからね」

「うん、誰のせいにもしない」

「じゃあ・・・服を脱いで」

ちょっと気になるけど・・・別にいい。


 呼びかけたら負けな気がするから、終わるのを待とう・・・。

早く・・・来ないかな。



 まだメピルは来ない・・・。


 「次は右脚ね」

「ほんとにありがとうございます・・・。すべすべの肌を触るたびにメピルを思い出すことにするよ・・・」

「大袈裟ね・・・」

二人の楽しそうな話をずっと聞いていた。

・・・もう盗み聞きはやめよう。余計寂しくなる。


 そういえば、ニルスの声が無かったな。・・・あれ?

廊下の奥から足音が聞こえた。

 ・・・一人で中を見てたのか。

こっちに来る・・・隠れようかな・・・いや、ここは僕の城だ。どこにいたって変じゃない。



 「あ・・・シロ、ここにいたんだね」

足音が僕の隣まで来た時、ふわりとした柔らかい風を感じた。


 「・・・どこにいたっていいでしょ」

「そうだね。君の城だから自由だ」

「・・・なにか用?」

「うん、シロとも仲良くなりにきたんだ。話をしようか」

ニルスは僕の答えを待たずに隣に座った。

わざとらしいな。そういうの嫌いなんだけど・・・。


 「どうして座ったの?」

「一緒にいないと仲良くなれない。もっとシロのことを知りたいんだ」

ああ・・・そういうことか。

たぶんメピルになにか言われて、僕を奮い立たせようとか思ってるんだろうな。

 たしかに僕が立ち上がれば、イナズマや他の精霊が力を貸してくれるかもしれない。

でも・・・そんなつもりないよ・・・。


 「別に仲良くならなくてもいい。・・・メピルから全部聞いたんでしょ?何を言われても僕はここから動かない」

無駄だってことを教えてあげた。

早く諦めて離れてほしい。


 「そんな話をしに来たんじゃないよ。それに、やりたくないんでしょ?」

「うん・・・恐いんだ。あ・・・」

自分に驚いてしまった。


 この気持ちを人間に話してしまうなんて・・・僕はどうしてしまったんだろう。

・・・この人だから?それとも、メピル以外にも聞いてほしかったのかな・・・。


 「精霊の王だって名前だけだよ・・・。なんにもできやしないのに・・・」

理由はわからないけど、もっと言いたく・・・吐き出したくなった。

君はどう思うかな・・・。

 「・・・名前とか肩書に操られるのは嫌だよね。シロほどじゃないと思うけど、オレもそういうことがあった・・・」

ニルスの話に、僕は返事をしなかった。

ひとり言・・・そんな感じに聞こえたから。


 「オレの母親は、雷神の隠し子って呼ばれてたんだ」

ニルスが僕を見てきた。

・・・今度は違う。

 「・・・変なの。お母さんは人間でしょ?」

「そうだよ。・・・あの人が叫ぶと、敵の動きが痺れたように止まる。それにとても強い人だからそう呼ばれたんだ」

ニルスは誇らしそうな顔をした。

お母さんか、僕にとっての女神様みたいなものなのかな?


 「でもオレは・・・それが少し苦しかった。雷神の息子だからって言われたり、思われたりするのが嫌だったんだ」

「僕は王様なんだからとか、言われたことない・・・」

「それなら自分で重くしてるだけだよ。だから、全部背負い込むことはないんじゃないかな」

む・・・そうなのかな?


 「じゃあ、ニルスはどう思う?僕は戦わないといけないの?」

「オレは嫌なら戦う必要はないと思う」

「でも・・・でもメピルから聞いたんでしょ?いつか世界は枯れてしまう。それに女神様も封印されたままだ・・・。僕は・・・王様で、全部・・・知っているから・・・」

自分で言って嫌になる。

 僕は今の状況を、やらなければいけないことを・・・わかっているじゃないか。


 「オレとミランダも知ってしまった。・・・もう背負ってしまったのかもしれない。まあ、このままにするか、どこかで降ろすかは決めてないけど・・・。シロはさ・・・どうにかしたいっては思ってるの?」

「どうにかしたいよ!でも、できない・・・恐いんだ・・・」

「・・・仲間たちが消されたって聞いた。それを見せられていたんだよね?」

「・・・そうだよ。ジナスは僕たちの力を封じることができる。僕は使えないけど、精霊の力を無くす結界があるんだ。そうじゃなくても、あいつの力は他の精霊のものよりもずっと強い・・・」

僕は目を閉じた。


 思い出すのは苦しい・・・。

でもニルスには知ってほしいと思った。

 ・・・僕の苦悩をわかっているような。

そんな雰囲気だからなのかもしれない。


 「本来、僕たちに痛みとかはない。でも精霊の力を封じられると、人間と同じ状態になる。仲間が傷付けられて、悲鳴を上げるのを・・・僕はずっと見ていた・・・。たくさん・・・たくさんいたのに・・・」

「酷いことをする・・・」

そこまでされたから僕たちは戦意を無くした。

どうしたって勝てない・・・。


 「話してくれてありがとう。さっきは思い出したくもないって言って出て行ったからさ・・・」

「うん・・・思い出したくない・・・」

「・・・もう少し一緒にいていい?静かにするからさ」

「うん・・・いいよ」

ニルスがそばにいると楽になるから話せた。

なんだか、女神様と同じ優しさを感じる・・・。



 ニルスはなにもしないで、本当に静かにしてくれた。

でも・・・早く話しかけてほしい。


 「・・・シロ、ここにずっといるのは退屈じゃない?」

隣から、暖かくて柔らかい声が聞こえた。

・・・待っててよかったな。


 「退屈だよ。だからメピルを作ったんだ」

「メピルはシロを大切に思ってるみたいだね」

「・・・知ってるよ」

心も自我も与えたんだ。それに分身が本体を嫌うはずが無い。


 「二人きりでずっと何をしてたの?」

「僕たちは命の流れを見守るのが役目。大地を清め、水を流し、風を吹かせ、気を飛ばす。命は地、水、風、気でできている。死ぬって言葉を人間は使うけど、本当はそんなものないんだ。えっとね、巡り巡るものなんだよ。・・・知ってた?」

「・・・そういえば、知り合いが命は流れるって言ってたな。そういうことだったのか」

ニルスが難しい顔をした。

 知ってる人間がいたのか。

それとも・・・誰かが教えたのかな?


 「流れに異常が無い限り、僕の役目はそんなに大変じゃないんだ。だからほとんどは好きに過ごしてるよ。メピルとは絵を描いたり、お城全部を使ってかくれんぼしたりとかかな」

「あんまり人間の子どもと変わらないね」

「あ、子ども扱いした。ニルスよりも長生きだよ」

「あはは、ごめんね」

ニルスが笑ってくれた。


 君と一緒にいると安心する。

・・・だから、もっと聞きたい。


 「・・・ねえ、ニルスは全部知ってしまった。これからどうするの?」

「どうする・・・。うーん・・・旅人は自由なんだよ。だからなにも決めてない」

「旅人・・・。」

「なにをどうするかは自分で決める。・・・ただ、大切な人たちが危険な目に遭うならオレは戦うよ」

ニルスは自分の手を見つめた。

僕は、女神様が封印されているのになにもできない・・・。


 ニルスの強さは、大切な存在を守るため。

僕もそんな強さを持てるようになるのかな・・・。


 「・・・ねえ、ニルスの大切な人ってたくさんいるの?」

「まあ・・・すぐに浮かぶ人はけっこういる。・・・故郷にいるルルさんにセイラさんにテッドさん。・・・えーと、ジーナさん、エディさん、スコットさん、ティララさん、イライザさん、ウォルターさんにべモンドさん・・・」

「本当にけっこういるね」

「まだいるよ。一緒にいるミランダ、ここに来る前に友達になったロゼ。・・・妹のルージュ」

ニルスは最後だけ声色を変えた。

たぶん、一番大切な存在・・・。


 「妹がいるんだね」

「うん、残してきてしまったけど・・・」

「みんな大切?」

「そうだよ。・・・今言った人たちが悲しむことがあればオレは戦う」

なんか羨ましいな。

僕も・・・。


 「ねえシロ、オレたちと一緒に旅をしない?」

急に話が変わった。

 「旅・・・」

「そう、風を追いかけたり、知らない街に行ったりだね」

ニルスは僕の目をまっすぐに見つめている。

 突然どうしたんだろう・・・。

僕はここから動く気はないって、さっきも言ったのに・・・。


 「あ・・・そんな構えないで。ただの気晴らしだよ。閉じこもってるよりはいいんじゃないかなって」

「でも、もしそれでジナスが怒ったら・・・」

「ジナスが怒らなければいいってこと?」

「それは・・・」

行きたい・・・ニルスと一緒にいれば僕も強くなれる気がする。

でも・・・ジナスがいる・・・。



 答えられないまま、静寂が続いた。

いきなりのことだったから、どうしていいかわからない。

 断ったら悲しい顔をするかな?それとも「あっそ」って言われてそれで終わり?

行きたいけど・・・。


 「・・・迷ってるの?」

「あ・・・」

僕の頭が優しく撫でられた。

 何百年ぶりか、それくらい久しぶりに心が揺れている。ニルスと繋がりができたことも気にならないくらい・・・。


 「一緒に来るならオレが守るよ」

「ニルスが・・・」

「うん、オレは仲間を・・・大切な人を守るために強くなった。ジナスだろうと、シロに手出しはさせない」

目の前に暖かそうな手が出された。


 掴めば・・・守ってくれるの?

僕も、大切な存在にしてくれるの?


 「どうかな?それに、重いなら一緒に持ってあげることもできるよ」

たしかにニルスは強い、それに精霊鉱の剣もある。

ジナスに対抗できる力を持ってはいる・・・だけど。

 「・・・ごめんね。僕は・・・行けない」

その手は掴めなかった。

対抗できるだけで勝てるとは限らない。負けたらきっと・・・。


 「わかった・・・泊めてくれてありがとう」

「・・・ごめんね」

「気にしないで」

ニルスが立ち上がった。

 「オレたちは、明日ここを出るよ」

「明日・・・」

「ちなみに、ミランダもシロを歓迎するって言ってた。・・・もし気が変わったら言ってね」

「変わらないと思う・・・」

そう・・・変わらない。だから言わない・・・。


 「まだそんなに遅くないから、みんなでお喋りしない?」

「しない・・・ここでメピルを待ってる・・・」

「じゃあ、伝えておくね」

「うん・・・」

ニルスは笑顔のまま背中を向けた。

・・・これでいい。



 「シロ、二人は明日には出て行くんだって。楽しかったからもっといてほしいね」

やっとメピルが戻ってきた。

ニルスともたくさん話してきたんだろうな・・・。


 「ねえメピル、ニルスが一緒に旅をしないかって・・・」

教えたくなった。

僕も話したこと、僕だけが話したこと・・・。


 「旅?いいじゃない。私はお留守番でいいよ。どうせ動けないし、そのための分身なんだから」

メピルは妙に喜んでいる。

・・・まだ誘われたって話しただけなのに気が早いな。


 「でも、僕は行かない。ジナスに知られたら・・・」

「シロ、監視が無くなったから私を作ったんでしょ?きっともう私たちに興味ないのよ」

「言い切れない・・・」

「私を作ってから一度も来てないし、呼びかけも無いんでしょ?」

たしかにそうだけど・・・。

 「ジナスは私の存在も知らないと思う。このまま旅に出ても気付かれないから行ってきたらいいよ」

メピルが僕のほっぺを撫でてきた。

・・・僕の分身なのに、なんでこんなに前向きに考えられるんだろう?


 「それに精霊鉱を人間に渡していたイナズマも消されていない。ニルスに聞いたけど、今まで十一人に渡してたんだって。十一人目がニルスのお父さん」

「そんなに・・・」

「でも気付かれてもいない。大丈夫だよ」

「ジナスが見逃してるだけって可能性は?」

僕はこういうことを考えてしまう。

 精霊鉱の武器があったとしても、ジナスと対峙できなければ意味が無い。あいつもそれがわかっているから放っておいてるだけかも・・・。


 「消されてないって事実だけで充分だと思う。イナズマは他にも色々やってるかもよ?」

そうなのかな?あ・・・そしたら・・・。

 「ねえ、人間に魔法を伝えたのもイナズマだと思う?ジナスは、誰が伝えたか知ってる感じだったけど教えてくれなかった」

「・・・魔法は違うと思う。人間が使い始めたのは、女神様が封じられたあとでしょ?」

「そうだと思う。あいつに見せられた戦場の記憶で初めて知った」

「その時期にそんなことしてたら消されてるんじゃないかな?」

・・・言う通りだ。


 「・・・じゃあ、消された精霊の誰か・・・」

「そうだと思う・・・死者の記憶、探ってみる?姿を見せたかはわからないけど、伝えた精霊の手がかりはわかるかもしれない。もしかしたら、どういう意図だったのかも」

「しないほうがいいと思う。対抗する手段を調べていた・・・メピルも消されちゃうよ」

「・・・わかった」

メピルは僕にとって大切な存在だ。危険なことは絶対にさせない・・・。


 「じゃあ・・・ニルスのお父さんの記憶もダメかな?」

「ダメ・・・メピルは大切だから・・・」

「シロ・・・ありがとう。・・・とっても愛のある人って教えてもらったから、どんな人間か知りたかったんだ」

「ニルスを見ればわかると思う」

ちゃんと自分の子どもに愛を渡せた人なんだろう。

だからニルスも優しい・・・。


 「精霊鉱の最後の一つを使うくらいだもんね。ニルスのためにって言ってくれたんだって」

「そうなんだ・・・」

三つ使い切れば流れてしまうことも知っていたみたいなのに・・・。

 「ニルスは、そういう愛を貰っていたからシロを気にかけてくれたんだよ。そうじゃなきゃ誘わないと思うよ。ミランダもいいよって言ってたし」

「それも聞いた・・・。あの子は騒がしいけど明るい・・・」

「そうね。だから一緒に旅に出たら、きっと楽しいんじゃないかな。・・・話を戻すけど、イナズマは大丈夫だったでしょ?」

「たしかにそうだけどさ・・・」

僕は服の中から首飾りを取り出した。


 精霊の輝石・・・女神様がくれたもの・・・。

不安になったらこれを握って、メピルとまじわっていると気が紛れる。


 「シロ、難しく考えなくていいのよ。やりたいことをしなさい」

「メピル・・・僕は、どうしたらいいかわからない」

「一度ジナスはいないものだと思ってみたら?」

ジナスがいなかったら・・・ニルスも同じようなことを言ってくれた。

僕は・・・。


 「精霊鉱は心が削られる・・・。切り刻まれると消える・・・までは言わなかったけど、そこまで話してたから二人を信用したんだなって思ったけど?」

言われてみればそうだ・・・なんで教えたんだろう。


 「違うよ・・・イナズマを信用してるだけ・・・」

「ふふ、そういうことにしておくわね」

なんだか・・・あの二人は信じてもいいかなって思えただけ・・・。


 「一緒にいるからよく考えてね」

「うん・・・」

僕はメピルを抱きしめた。

明日には・・・。



 「シロ、メピル、ありがとう。またニルスと遊びに来るよ」

夜が明けて、僕たちは二人を見送りにお城の門まで出てきた。


 「うん、二人なら歓迎する。一応言っておくけど、誰にも言わないでね?」

「言わないよ。あたしはちゃんと約束守るし」

「ミランダ、あたしはってなんだ?オレも守るよ」

この出逢い、ここで終わらせていいのかな・・・。


 ひと晩考えたけど、決心はできなかった。

どうしても恐怖に負けてしまう・・・。


 「次は番犬をもっと強くしておくから楽しみにしててね」

「げ・・・勘弁してよ」

「ふふ、冗談だよ。あなたたちは通すようにしておく」

「なーんだ。じゃあ、あたしを見たら尻尾振ってかわいく鳴くようにしておいてね」

ミランダはやっぱり明るい。

もっと・・・色んな顔が見たいな。


 「シロ・・・また来るからね」

ニルスが僕に微笑んでくれた。

次にいつ来てくれるかはわからない。言うなら・・・今しか・・・。

 「あの・・・ニルス・・・」

「なに?」

「えっと・・・僕も・・・。いや、なんでもない・・・」

言えなかった。


 ジナスがいなかったら僕は付いていったと思う。

そう、いなかったら・・・。


 「シロ、オレがきのうの夜に言ったこと憶えてる?一緒に来るなら・・・」

ニルスはまた僕の頭を撫でてくれた。

嬉しかったから忘れるわけない・・・。

 「守って・・・くれるって・・・」

「うん、オレは仲間を・・・シロを守るために鍛えたんだ」

心が震えた。

それなら・・・僕は君たちと一緒なら・・・外に出てみたい!


 「僕・・・戦うのは恐い!それでもいいならニルスと一緒に旅を・・・自由な旅をしてみたい!」

言えた・・・。

 「・・・ニルス、王様はこう仰っていますよ?」

ミランダが恥ずかしくなることを言った。

ニルス・・・早く答えて。

 

 「シロ、必ず守るよ。ほら・・・」

目の前に出された手、今度はためらわずに掴んだ。

 「よし、一緒に行こう」

引っ張られた時に感じたのは、どんよりした心を入れ換えるような新鮮な風・・・。


 「うん・・・連れてって」

離さないようにしっかりと繋いだ。

それは、僕の弱い部分も一緒に受け入れてくれるとても暖かい手だった。

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