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Our Story  作者: NeRix
水の章 第一部
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第四十三話 真実【ニルス】

 『・・・イナズマだ。精霊鉱を与えた者が、どうなったのかを見に来た』

『最後の一つを使うとは思わなかった・・・。今までに無かったことで驚いているのだ』

イナズマからは、他の精霊の話なんてなにもなかった。


 『ニルス、ミランダ。今日はここに泊まっていって。一階に客間を作る』

『メピル!!!』

でも、あの二人はオレと関わりがあるってわかった瞬間から様子が変わった。

いや・・・胎動の剣が精霊鉱だとわかったからか?


 『精霊鉱は、僕の命でできている・・・。そして、それは最後の一つ、完成したら僕は死ぬ・・・のかな』

父さん・・・父さんは、なにか知っていたの?



 「ここはどんな部屋かなー」

ミランダが綺麗な装飾の扉に手をかけた。


 『どの部屋も自由に見てていいから。私は、シロと少しだけ話したら行くね』

許可は貰ったし、まだ泊めてもらう部屋もわからない。

ここに来ることは二度と無いかもしれないから、全部見ておこう。


 「どの部屋も美術品って感じだよね」

「しっかり目に焼き・・・いやー―――!!!!!!」

部屋の中が見えた瞬間、ミランダが城中に響くほどの悲鳴を上げて暴れ出した。

 「ミラ・・・ちょっと落ち着いて・・・落ち着けって!」

柔らかい・・・。

 「落ちついてられるか!!早く閉めろ!!出てきたらどうすんのよ!!!」

「わかった・・・わかったから・・・」

オレは急いで扉を閉めた。

アリシアの叫びよりもよっぽど効くかもしれない・・・。

 

 「二人ともどうしたの?ああ・・・その部屋・・・」

悲鳴を聞きつけてか、メピルがすぐに姿を現した。

・・・わかってたっぽいな。


 「なんなのよこの部屋・・・虫だらけ・・・」

この美しい城からは想像もできない異様な部屋だった。

 「ちょっとキツかったな・・・」

ほんの僅かな時間しか見えなかったけど、天井には無数のクモ、床にはムカデや毛虫がウジャウジャいて、オレも呼吸が止まるかと思った。

もし閉じ込められたらって考えると鳥肌が立つ・・・。


 「シロのお気に入りなの。なにも害は無いから心配しないで」

「無理無理、一匹二匹ならまだいいよ。・・・あの量は、あたしのこれくらいなら平気だなって線を簡単に跳び越えてきた。はっ・・・他の部屋にはいないでしょうね!」

「この部屋だけだよ。逃げないから大丈夫」

シロは虫が好きなのか。

人間の男の子と変わらない趣味だな。・・・規模は桁違いだけど。


 「メピルを信じるからね?」

「私の存在すべてを賭けてもいいわ。他の部屋に虫はいません」

「・・・わかった」

ミランダの顔がようやく落ち着いてきた。

またさっきみたいになったらけっこうキツい・・・。


 「じゃあ、お部屋に案内するね。行きましょう」

メピルは楽しそうに前を歩きだした。

 「ちゃんと過ごしやすい感じにしたんだ。でも、嫌な所があったら言ってね」

しばらく二人でいたみたいだから、客が来て嬉しそうだ。

あとでその辺の事情も聞いてみるか。



 「あー落ち着いた・・・。よかった、水晶だらけだったらどうしようかと思ってたよ」

「ここだけ違うね。・・・けっこういい宿って感じだ」

案内された部屋は、かなり暖かい雰囲気だった。

ベッドも柔らかそうでありがたい。


 「不満があったら言ってね」

「これでいいよ。ベッドもふかふかだし・・・もしかしてお風呂とかもあったりする?」

「お風呂・・・無いからあとで作ってあげる」

「え・・・精霊ってすご・・・」

オレたちに合わせてくれるみたいだ。

なんだか、入った時の気味の悪さが無くなっちゃったな。


 「帰らずにいてくれてありがとう。もっとお話しして仲良くなりたかったの」

メピルは用意してあった椅子に座った。

 「あたしたちは急いでるわけじゃないからね。それに泊めてもらってるんだからお礼を言うのはこっちだよ。さっきの部屋は別だけどね・・・」

ミランダもベッドに座った。

 たしかに、なにか大きな目的があるわけじゃない。

だから精霊でも人間でも、好意的ならオレも仲良くなりたい。


 「さっそくだけどさ、メピルとシロって姉弟みたいな感じ?」

気になったことを聞いてみた。

この城で二人きりみたいだし、どんな関係か興味がある。

 「私はシロの分身なの。精霊に姉弟っていうのはないから」

オレの知識の中には無い答えだった。

・・・これも聞けばいいな。

 

 「分身ってなに?」

「分身っていうのは、精霊が自分の役目を手伝わせたり、身代わりにするために作るの。その力を貰ったのはシロと・・・ジナスだけみたいなのよね。まあ、私の場合は寂しいからって理由で作られたんだけど」

「たしかにこの城にずっと一人だと寂しいよね。あたしだったら何人も作るかな」

「分身は一体しか作れないんだ。それに三百年前くらい・・・だったかな?まではこの城にもよく精霊が訪れて、賑やかな時もあったらしいの」

三百年・・・神が戦場を始めた頃か。


 「私の見た目は、シロが出会った精霊たちがいくつか混ざった姿らしいわ。どんな見た目になるかは、作るまでわからないらしいの」

「そうなんだ。シロは、まさに子どもって感じだからメピルの方がお姉さんに見える」

メピルとシロの身長は結構差がある。

そういえば・・・。

 「イナズマは人間でいうと大人だった。精霊も同じ見た目のはいないんだね」

「うん、色んな精霊がいたの・・・。でもね、見た目が子どもの精霊は、ちょっと幼い部分もあるみたいなんだ。あ・・・ええと、シロはしっかりしてる子だよ。それに・・・あなたたちよりもずっとずーっと長く存在してるんだからね」

メピルは少しだけ焦りを見せた。

 失言・・・そんな雰囲気だったな。シロのことを悪く言いたくはないってことかな。


 「そういえば、ニルスの剣てなにかあるの?シロが恐い顔してたよね?」

「ああ・・・それは・・・ちょっと待ってね」

メピルは立ち上がり、廊下への扉を開けた。

 「わっ!」

外には驚いたシロがいた。

オレたちの話を聞いてたみたいだ。・・・メピルがさっき焦ったのは、いるのがわかってたからか。


 「シロ、あなたも気になってたんでしょ?・・・一緒に教えてあげようよ」

「・・・別に気になってたわけじゃないよ。メピルが僕のことを変に伝えてないか確認してたんだ」

「あはは、たしかにちょっと幼いとこもあるわね」

ミランダが笑い出した。

さっき出されたつららを思い出してほしい・・・。


 「・・・君は騒がしいね。狂乱の呪いにでもかかってるの?困ってるなら僕が解いてあげてもいいよ」

「うわー、見た目通り生意気って感じ」

「・・・生意気?僕は冷静に聞いてるつもりだよ。メピルも女の子の見た目だけど、君みたいにうるさくないからさ」

シロは容姿で判断されるのが気にいらないみたいだ。

・・・それもそうか、遥かに年下のオレたちにそんなこと言われたくないよな。


 「・・・ごめんなさいミランダ、シロを許してあげてね。シロ、お客さんが来て嬉しいのはわかるけどいじわるしちゃダメよ」

メピルが間に入ってくれた。

 「べ、別に嬉しくなんかないよ。まあ・・・僕が大人げなかったね。今の無礼はメピルに免じて許してあげるよ」

「ええ、こちらこそ王様に失礼を言って申し訳なかったわね」

ミランダはまだ納得していない雰囲気だ。

言えないけど、同じくらいだな・・・。でも、仲悪くなってほしくない。


 「シロ、ミランダは騒がしいけど優しい人だよ」

オレはいい印象を持ってもらえるように話した。

変な感じになるとお互い疲れるだろうし・・・。

 「優しいって・・・女神様やメピルよりも?」

「オレはメピルや女神様のことはよく知らないけ・・・ど・・・神って女の人なの?」

ミランダのことが吹き飛んだ。

 オレの記憶と違う。女神を信仰してる人は多くいるけど、戦場で聞く神の声は・・・。

 「そっか・・・人間は女神様のこと知らないんだね。僕たちやこの世界を作ってくれたんだよ」

「そうなのか・・・戦場に出ていた頃、声は聞いたことあるんだ。ずっと男だと思ってた」

戦いの終わりを告げる声、あれは神だと聞いていたけどどうなんだろう?

見た目は女だけど、声だけ男なのか?

それとも、シロが言ってるのは代替わりする前の神?


 「・・・それはジナスだ。あいつは神様なんかじゃないよ!この世界の神は女神様だけだ!」

シロが声を荒げた。

怒り、憎しみ、そういうのをすべて含んだ表情をしている。


 ジナス・・・さっきから出ている名前。

そいつとオレたちが「関係あるか」っても聞かれた。

オレの知っている神はジナス?


 「シロ、落ち着きなさい。順番があるでしょ?まずは精霊鉱の話を聞かせてあげて」

メピルに戻されてしまった。

今の話の方が気になるけど、「順番」ってことは全部関係ある?


 「・・・先に言っておくけど、その剣は僕たちに向けないでね」

シロはすぐに冷静な顔になって、胎動の剣を見つめた。

かなり警戒してるみたいだ。

 「そんなことしないよ。これってそんなに危ないの?」

「・・・僕たち精霊に人間の武器は通らない。でもその剣は別、心を削られるんだ。もし向けてきたら・・・さっきと違って本気で抵抗する」

それは雰囲気でわかる。

 もしだけど、敵対するってなったらメピルを人質にしないと厳しいだろうな。


 「約束できる?」

「できるよ」

オレは胎動の剣を外してベッドに置いた。

 父さんは『なんでも斬れる』って言ってたけど、精霊もっていう意味だったのかな?


 「ねえ、イナズマに会ったんだよね?なにか言ってた?」

「なにか・・・」

「イナズマはジナスを倒してほしいんだと思う。そういう話は聞かなかったかってこと。・・・協力してくれる精霊を探せとか」

「いや、なにも聞いてない」

イナズマは、ただ父さんの死を確認しにきただけだった。

・・・それだけじゃない。父さんの墓に、花も咲かせてくれたな。


 「どういうこと・・・なにも言わずに精霊鉱だけ・・・。メピル、どう思う?」

「わからないわ。でも重要なのはニルスがそれを持っているということ」

シロとメピルは不安そうな顔で胎動の剣に視線を移した。


 オレが持ってるからって、なにかあるのか?

精霊鉱だっていうのが重要なら・・・聖戦の剣と栄光の剣も?


 「あのさ、精霊鉱の剣はあと二つあるんだ。それも関係ある?」

「え・・・嘘だ・・・」

「これも本当だよ。えっと・・・君たちに偽りは通用しないんでしょ?」

どういう力かはわからないけど、嘘をつく必要も無い。


 「・・・同じ人間の精霊鉱?」

「そうだよ」

「ありえない・・・一つはイナズマが預かる掟だ。命までは取らないように・・・」

「え・・・そうなの?父さんは、最初から三つとも持ってたって聞いたけど・・・」

もし、シロの言う掟があるとすれば、胎動の剣は作れなかったはずだ。


 「最初から・・・君のお父さんは流れ・・・死んでしまうことを知ってた?」

「・・・知ってた。オレにはギリギリまで黙ってたけど」

「・・・伝えた上で渡した?なんで・・・」

「どういうことか説明してほしい」

まったくわけがわからない。

ここまで聞いたなら、全部知っておかなければ・・・。


 「言った通りだよ。精霊鉱を作る時、人間に渡すのは二つだけって女神様が決めてた。僕も聞いてたから間違いない」

「・・・死なないように?」

「うん。それに精霊鉱は、武器を作るためにあるわけじゃない」

シロの顔は真剣だ。嘘じゃないんだろうけど・・・。


 「じゃあなんのために?」

「世界が沈んだあと・・・生き残った人間たちを助けるためだよ」

「例えば?」

「木を伐る斧とか・・・軽いし壊れないでしょ?」

ああ・・・なるほど。

 「イナズマだけが与えられた力なんだ。お父さんは剣を作れって言われてたの?」

「たしかに父さんは鍛冶屋でもあったけど、なにを作れとかっては言われて無い感じだったよ」

「そうなんだ・・・。剣になったあと二つはどこにあるの?」

「どっちも・・・オレの母親が持ってる」

栄光の剣も、きっと取っていてくれてるはず・・・。


 「シロ、イナズマはやっぱり戦おうとしてるんだよ。ニルスがここに来たのは偶然かもしれないけど、今がその時なんじゃないかな」

メピルがオレを見つめてきた。

・・・なんとなく言いたいことはわかる。

 「それはジナスっていう奴をどうにかするって話?」

「そうよ。ニルス、シロに・・・私たち精霊に協力してほし・・・」

「メピル!!僕は戦う気なんか無いよ!!」

シロが大声でメピルを遮った。

 

 なんか・・・思い出す。

「戦う気なんか無い」か・・・オレが言えなかったこと・・・。


 「シロに戦ってって言ってるわけじゃない。・・・ただ、その剣を持っているニルスには教えた方がいいと思う」

「・・・好きにしたらいいよ!!僕は・・・思い出したくもない!!」

シロが壁をすり抜けて部屋を出て行ってしまった。

オレの知る神、ジナスとの間に何かあったらしい。


 「なにあれ・・・通り抜けた・・・」

ミランダがシロの消えた壁を見つめた。

精霊だからか?

 「困ったな・・・本当はシロから話すのがいいんだけど」

「あんなに取り乱してどうしたのよ?」

「オレも知りたい」

今の変わりようは普通じゃない。語ることもしたくないってことは、相当嫌な思いをさせられたんだろう。


 「私は話すつもりだけど・・・一つだけお願いがあるの。この話を聞いたらシロの助けになってあげてほしい」

「シロは戦う気は無いって言った。それ以外なら協力する」

たぶんそういうことなんだろうけど、やりたくないことはする必要ない。

 「・・・」

メピルは先にそれを潰されてしまって困り顔だ。


 これは譲れない。

自分が辛かったからわかる・・・。



 「・・・なら、シロを旅に誘ってほしい。外へ連れ出してあげて」

ほんの少しの沈黙のあと、メピルが顔を上げた。

旅・・・あの子が行きたいならいいけど・・・。


 「誘うことはできる。でも、シロはとても恐がってた。これも無理矢理はできない」

「シロはジナスに恐怖を植え付けられた。・・・立ち向かう勇気を削がれてしまったの」

「勇気・・・」

「私から見てもニルスは強いと思う。外に作った番犬・・・負けるとは思わなかったもの。だから、あなたと一緒にいればその気になるかもしれない。そして・・・そうなったら助けてあげてほしいの」

メピルの言う「勇気」は、オレには無いと思う。

むしろ、自分の考えをちゃんと言えるシロの方があるんじゃないかな・・・。


 「今日会ったばかりだけど、これは偶然じゃないと思うの。勝手なこと言ってるのはわかってる・・・」

「シロ次第だね。一緒に来るなら仲間だし、困ってるなら助けるよ」

オレは楽しく旅がしたい。だからそれを邪魔するものがあるなら何とかしてあげるつもりだ。

・・・ただ、望まないのなら話は別だけどな。

 

 「あたしもシロが付いてきたいなら別にいいよ。生意気なとこもあるけど、悪い子じゃなさそうだし」

ミランダがベッドから立ち上がって、メピルの横に座った。

歓迎してくれるみたいだ。


 「ありがとうミランダ。ニルス、話を聞いたらシロを誘ってあげてね」

「シロがどう思うかだね。断られたら仕方がないよ?」

「うん、それはわかってる。・・・お願いね」

メピルはなにか確信がある顔で笑った。

シロの分身だし、長い間一緒にいたから思うところがあるんだろう。


 「じゃあ、順番に話すね。・・・今になってからで悪いけど、人間たちにも深く関わる話なの。二人の運命を変えるかもしれない。まずは口を挟まずに最後まで聞いて」

「ニルスもこっち来てよ・・・」

「・・・わかった」

なにか大きなものに飲み込まれていく感覚がした。

 オレがここに来たのは本当に偶然だ。ロレッタで精霊の城の話を聞かなければ、また別の所に行っていたはず・・・。

 

 「じゃあ、私の知っていることを話すね・・・」

メピルは目を閉じた。



 もう三百年以上前・・・ある精霊が、この世界を作った女神を封印した。

その精霊の名はジナス・・・女神様によって一番最初に作られた精霊よ。

 ジナスは女神様と同等の力を与えられている。だから精霊とは言っても神に近い存在でもあるの。遥か昔は、女神様と手を取り合って世界を作っていたそうよ。


 その二人の間に何があったのかはシロもよく知らない。だから、どういう理由でジナスが女神様を封印したのかはわからないの。 

簡単に封印されるはずも無いと思うんだけどね・・・。


 自分を止められる者がいなくなったジナスは・・・敵意を持った精霊たちを消していった。

 シロは、この話は詳しく教えてくれないの。

今残っているシロを含めた他の精霊たち四人は、その様子をずっと見せつけられていたらしいわ。



 「・・・それで恐くなっちゃった?」

ミランダが話を止めた。

「口を挟むな」って言われてたのに・・・。


 「うん、たぶん他の精霊も一緒だと思う。イナズマは・・・わからないけど」

「直接なにかをしてるわけじゃないから恐怖はあるんだと思う」

そうじゃなければ、会った時に教えてくれたはずだしな。


 「私もそうだとは思う。ジナスもそれがわかっていて、誰も歯向かってこないから好き勝手やってるの。役目は私たちにやらせて、戦場で遊んでるって感じだよ」

「遊んでるっていうのはどういうこと?大地はちゃんと返してくれている」

「そうね・・・ちゃんとその話もするわ」

メピルはまた目を閉じた。



 五百年前・・・大地を沈めたのは女神様なの。

事情はあなたたちに話すことはできないけど・・・。


 戦場が始まるまでの二百年は、精霊たちも命に協力して世界を元に戻そうとしていたの。

 えっと・・・少し省くけど、ジナスはその状況を利用して戦場を始めたって感じかな。

・・・で、遊んでいるっていうのは言葉の通りよ。

 さっきニルスは魔族って言ったでしょ?・・・そんなものいない。

全部ジナスが作った人形、私の番犬やシロの作った兵隊と同じものね。だから似てて当たり前なのよ。

 でも違いはある。ジナスは私たちよりずっと強い人形をいくらでも作り出せるの。


 それと、大地は返しているっていうか・・・。



 「待ってくれ!魔族はオレたちと同じ条件で戦っているって聞いてる。・・・今の話が本当なら、境界の向こうには何があるの?」

思わず話を止めてしまった。

教わってきた歴史が偽りかもしれない・・・。


 「あたしも・・・アカデミーでそう教わったよ。どういうことなの?」

「人間の中で真実を知る者はいないと思うわ。境界・・・それで世界が半分になっているのは知ってるんだよね?」

「ああ、人間側と魔族側で分かれている。そして神が大地を沈めたのは、二つの種族が争いをやめなかったからだ。戦場が始まるって時に神からそう言われたって・・・」

「ジナスが考えた偽りね。女神様が世界を海に沈めたのは間違いない、それが五百年前」

とりあえず大地が沈んだってのは合ってる。


 「でも女神様は、さっき言った通り世界を元に戻そうとしていたの。ジナスも協力していたはずなんだけど・・・その時に隙を突いて封印したんだと思う」

「女神が自分の作った精霊に負けるってあるかな?」

「実際にそうなったからあるんだよ」

なんかもやもやする。

例えば、自分の子どもに負ける親なんか・・・オレがやったじゃないか。じゃあ、あるのか?


 「そのあとは、世界の半分を守護の結界で分けて境界というものを作った。そして大地を返すと言って戦場を始めた」

「境界の向こうは?」

「そうだったわね。向こう側には何も無い」

参ったな、頭の中がこんがらがってきた。

ちょっと整理しよう・・・。


 魔族・・・たしかに薄気味悪い奴らだったけど、そういうものなんだろうと思って戦ってきた。

 あの無機質な感じは人形だったからなのか・・・。それなら少しだけ気持ちも楽になるな。

 戦場に出ている魔族にも、自分と同じように家族がいるかも・・・なんて思うこともあったけど、そうじゃなかったんならもう気にしなくていい。


 次に境界・・・世界は元々分けられていたわけじゃなくて、ジナスって精霊がそうした。

そして戦場を作って遊んでいるか・・・。


 『魔族は負け続けているな。・・・お前たちは何をしている?このままでは、いつまでも大地は戻らないぞ』

あれはオレたちに疑わせないため?

 そういえば、ドラゴンと巨人だけで出てきてもいいんじゃないかって思った時もあったな。

あれがすべて人形なら・・・辻褄が合う。


 合ってるのは、勝てば大地を返してくれてるってことだけか。

これは疑わなくていいと思う。測量士がちゃんと調べてるし、毎年新しい地図が作られてるからな。

だから、たとえ向こうに何もなくても・・・。


 「ねえ、沈んだのが五百年前でしょ?で、戦場が三百年前じゃん。・・・それまでは魔族の存在なんて無かったんじゃないの?急に教わってきた歴史が変わったのに、なんで人間は信じちゃったのよ?」

ミランダが難しい顔で腕を組んだ。

言われてみればそうだな・・・。


 「信じるしか無かったんじゃないかな?現にジナスの思い通りになってるでしょ。神が言うんだから、今までの歴史が間違っていた・・・そう思っても普通じゃないかしら。・・・ミランダだって、私の話を信じてくれたみたいだし」

「う・・・そりゃ、こうやって存在を知っちゃった・・・あ、こういうことか」

「そうね、実際戦場ができた。魔族って呼ばれてる存在もいる。神の言った通り、勝てば大地が返ってくる・・・疑う必要はないわね」

メピルの言う通りかもしれない。

 結局歴史は書物でしか残っていないから、当時の人々がどんな気持ちだったのかまではわからない。

本当に神が出てきて、言った通りになってるなら信じるしかないだろう。


 「あのさメピル、神・・・ジナスは約束通り大地を返してくれている。女神が封じられているから、精霊たちは思うところがあるかもしれないけど・・・なにか危機があるって感じには思えない」

オレも思っていた疑問を投げかけた。

戦士が死んでいくのはいい事じゃないけど、戦った意味はある・・・。

 「・・・ジナスがやっているのは、海の水を境界の向こう側へ移動させているだけだよ」

「海・・・なんにしても、オレたちからすれば大地を返してもらっているのと同じだ」

それに境界の向こうに誰もいないのなら何も問題ない。


 「わかってないわね。勝ち続ければいずれ海は枯れる。水が無くなってしまうということよ。そうなったらあなたたちは生きられなくなる・・・」

「現実感が無いな・・・」

「でも本当のことよ。だから遊んでいるって言ったの。必死に戦っているあなたたちはジナスにとってただの駒・・・」

「駒・・・」

なんか、心が冷えてきた。

死んだ戦士たちは、遊びでやっていたわけじゃない。大地を、未来を・・・。


 「ねえメピル、あたしもそんなやばい話には聞こえない。海の水が無くなるのはいつの話なの?」

「・・・無理もないわ。人間たちが異常に気付くのはあと二百年くらい先だと思う」

「・・・だよね」

「ただ、それはジナス次第。飽きたら一気に・・・ということもある」

また心の温度が下がった。

手の上ってことか・・・そういうの気に入らないな。


 「そして魔物を作っているのもジナスよ」

「え・・・」

「本当だよ。昔は、ジナスがシロの様子を見によく来てたらしいの。その時に話してたって・・・」

大地を返すという偽り、戦場の人形、女神や他の精霊への仕打ち・・・そして魔物まで・・・。


 「戦場に出す人形の研究なんだと思う。動物や人間を捕まえて手を加えたものもいれば、それを元に新たに作り出したものもいる。攻撃的でないのは大体前者ね。後者は誰彼かまわず襲う」

「ねえ、人間も捕まってるって言ったよね?頭だけ狼とか、イカみたいな手足のやつとか見たこと・・・あんだけど・・・」

「別に不思議はないわ。ジナスがそこまで考えているかはわからないけど、例えば旅人なんてどこで消えようが誰も気付かないでしょ?」

メピルはオレを指さした。

 たしかにそうだ。

そして人間を襲わない温厚な魔物は、元々そうだったから変わらないだけってことか。


 「じゃあ、魔物が出るようになったのも三百年前からか・・・そっちも人間は受け入れちゃったのね」

「いるんだから受け入れるしかないよ。魔族の存在もあるし、境界の向こうからどうやってか来た・・・そんな感じで解釈したんじゃない?」

「なるほど・・・なんかもやもやするけど、考えても仕方ないか・・・」

ミランダの言う通りだな。今さらどうしようもない。


 「私が知っているのはこれくらいよ。さっきも言ったけど、シロに無理矢理戦ってと言う気はない。・・・私はシロに幸福でいてほしいの。ここに閉じこもっているよりはいいと思うんだ」

メピルの気持ちはわかる。

オレがミランダやルージュに持っている感情と同じだ。


 「もしシロが行くならメピルも一緒だよね?女の子もいた方が楽しいよ」

「ごめんね・・・。私、このお城からは出られないように作られてるの。だから・・・お願いね」

「ああそうなんだ・・・。こっちこそごめん」

「あなたたちなら託せると思ったんだ・・・。特に、ニルスはなんだか暖かいなって・・・」

メピルは寂しそうに笑った。


 「ねえニルス、あの子を連れ出してあげて」

「恐くて嫌だって言ったらそれまでにするよ?」

「それでいい。でも・・・勇気が出るような言葉はかけてあげてほしいな」

「わかった。やってみるよ」

オレにそれを渡せるかはわからないけど、一緒に来るなら守ってあげよう。

 


 オレは部屋を出て、シロを探した。


 恐くて、でもどうしようもなくて・・・。

シロ、君の気持ちはよくわかる。だから、できるなら助けになりたいんだ。

そうしたいって気持ちだけでも伝えるよ。


 『ねえニルス・・・私になにかできることある?』

『今のお前に・・・俺からなにかできることはあるか?』

オレもしてもらったけど、手は掴めなかった。

でも・・・そうしやすいようには話してみよう。


 味方になってくれる存在、それが心を支えてくれるから・・・。

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