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Our Story  作者: NeRix
水の章 第一部
39/481

第三十六話 ロレッタ【ミランダ】

 ニルスのこと、もっと知りたいな。

アリシア様となにがあったのかとか・・・。


 無理に聞き出すつもりは無いけど、触れちゃいけないとこってなんか知りたくなるんだよね。

また・・・夜かな。



 ロレッタ、ここに来るのは三年ぶり・・・くらいか。

遠くからでも見える湯煙と硫黄の香りは、入る前からあたしたちを呼んでるって感じだった。


 「初めて入る街ってなんかドキドキするね」

ニルスが子どもみたいな顔で笑った。

・・・あたしは初めてじゃないんだけどな。


 「けっこう明るいうちに着いたね」

「あんた速いのよ・・・」

「楽しみだったから」

「まあ・・・あたしもだけど」

また来たいと思って目指してた街ではあるけど、誰かと一緒にっては考えてなかった。

でも、ニルスとなら楽しそう。


 「うわあ、いっぱいいるね」

「まあ、温泉が枯れない限りはこんな感じだと思うよ」

街に入ってまず見えるのは、大きな荷物を持った観光客や旅人たちだ。

 北部で「旅行に行くか」ってなった時、必ず話題に出る街でもあるから当然だよね。

だから馬車の停車場はいつも混み合ってて騒がしい。


 「無理だっつってんだろ!!」

近くから怒鳴り声が聞こえてきた。

よくあること、なんかで揉めてんだろうな。


 「なんだろ・・・ミランダ、見に行ってみようよ」

「え・・・」

あたしの手が引っ張られた。

なんだこいつ・・・面倒そうなことに首突っ込むんじゃないっての・・・。



 「お願いします・・・」

「お前いい加減にしろよ!!」

「なんとか・・・」

揉めていたのは運び屋っぽいおじさんと、あんまりお金持ってなさそうな男だった。

・・・値切ってんのかな?


 「ミランダ、どうなってんだろうね?」

「首突っこんでもいいことないよ。ほっとこ」

「最後どうなるかは気になる」

ニルスはニコニコしながら二人を見ていた。

 バカかこいつは・・・。

旅に出たばっかで浮かれてんだろうな。

まったく・・・。


 「ちょっと、なんかあったの?」

あたしは事情を聞かせてもらうことにした。

たぶん、ずっと見てるよりこっちの方が早い。

 「関係ねーだろ。・・・もしかして客か?」

「いや・・・なんか騒がしいからどうしたのかなって」

「ちっ・・・」

舌打ちしやがった・・・。


 「怒鳴ってんだから気になるじゃん。どうしたってのよ?」

「・・・俺はこれからテーゼに荷物を運ぶんだ。そんなに多くねーからついでに人間も一緒に乗せて稼ごうって思ったわけよ」

「ふーん・・・で、こいつが乗せろってこと?」

「ああ、けど金が足りねー」

まあ・・・他に無いよね。


 「いくらなんですか?」

ニルスも入ってきた。

あんたは黙ってろ・・・。

 「荷物のついでだから十五万」

「え・・・そんなに安いんですか・・・」

「見ての通り荷馬車だからな。それに相乗りだ。で、もう二人は運ぶのが決まってる。次の時の鐘で出発だ」

なるほど、おんなじことやってる運び屋はけっこういるしね。

とりあえず事情はわかったし、あたしたちにはどうしようも無いな。


 「あの・・・お兄さん、ここからテーゼまでで十五万は破格ですよ」

ニルスが余計踏み込んだ。

あーあ・・・もういいや。

 「そうだよ。あんたこっから値切ろうなんてひどい。世間も許してくれないよ」

「でも・・・十万しか無いんです。他の所だと倍以上はかかってしまいますし・・・」

「諦めなよ。ていうかなんでテーゼ?」

「大きな街がいいかなって・・・」

男は俯いた。

大した理由無いのか・・・。


 「ゴーシュは?あそこだってデカいじゃん」

「南部がいいです・・・。こっちと違って、優しくて柔らかい女性が多いって聞きますし・・・」

「あ、出た。あんたみたいに女から相手にされない男が悔しくて広めた噂」

北部はたしかに気の強い女が多いけど、南部とそんなに違いがあるとは思えない。だからあたしの考えは正しいと思う。


 「・・・あなたみたいな人はいないんでしょうね」

「あんたと言い合いする気はないんだよね。ていうか歩けばいいじゃん、いつかは着くよ」

「・・・野宿したことないです。それに、魔物に襲われたらどうするんですか?」

こいつは後ろ向きなことしか考えらんないのかな?


 「じゃあ働けばいいよ。お風呂掃除して、新聞とミルク配達、掛け持ちして頑張れば馬車代くらいいけるでしょ」

「すぐ出たいんです・・・」

男は溜め息をついた。

めんどくさい奴・・・。

 「なんでよ?」

「信じていた女性に裏切られました・・・」

「ニルス行こ。このバカが悪いよ」

「え・・・。なにをされたんですか?」

ニルスが心配そうな顔をした。

こいつもバカか・・・。


 「商売を始めたいって・・・それで・・・稼いだお金を毎月渡していたんです・・・」

「・・・現実見ろ。それは貢いだっつーんだよ」

運び屋のおじさんはあたしと同じ考えみたいだ。

 「一回でも抱かせてもらったのか?」

「いえ・・・一度も・・・。五日前・・・知らない男と宿から出てくるのを見ました・・・。問い詰めたら・・・さよならって・・・」

「それで終わらしたのか?情けねー奴・・・俺だったらそこまで舐められたら気が済むまでぶん殴るぞ。そんで働かせて返させる」

たぶん、あたしもそうするな。


 「一回目は仕方ねーかもしんねーけど、二回か三回で気付けよ」

「そうだよバーカ」

そんなんに騙されたこいつが悪いし、これくらい言ってもいいよね。

 「ぐ・・・うう・・・」

「あ・・・ちょっと二人とも言いすぎ・・・。大丈夫ですよ、まだ若いじゃないですか」

ニルスだけが庇った。

同情してどうすんのよ・・・。


 「今いくつなんですか?」

「うう・・・二十五・・・」

「ほら若いじゃないですか。やり直せますよ」

「だから出て行くんです・・・。借りてた部屋も引き払って・・・この人みたいに、ついでに乗せてくれる運び屋を探してて・・・」

こいつ、泣けばどうにかなるとか思ってんじゃないかな?・・・だから変な女に利用されるんだよ。


 「だからって俺は安くしねーけどな。んなことしたら、先に金払った二人もそうしねーといけねーだろ」

おじさんは、はっきりと言ってくれた。

そうだ、甘やかすことない。


 「変わりたいんです・・・。テーゼに行ったら・・・もっと男らしく・・・」

「知るかよ。あ・・・残念だな兄ちゃん。もう出る時間だ・・・じゃあそっちの二人、乗っていいぜ」

時の鐘が鳴った。

 「そ、そんな・・・お願いします!」

「春に女房が三人目産むんだよ。あ・・・お前が女とできなかったことだな」

「・・・」

「だから俺は稼がなくちゃいけねー。早くそこどけ」

おじさんは御者台に乗り込んだ。

 ・・・もうニルスを引っ張って行こう。

自業自得ってやつだし、これ以上関わる前に離れた方がよさそうだ。


 「十五万、オレが出します」

「え・・・」

・・・は?

 「い、いいんですか?」

「どうぞ」

ニルスがお金を取り出した。

・・・あ?

 「ちょっとニルス!そこまでする必要ないでしょ!」

「え・・・だって関わっちゃったし・・・放っておけない」

「いやいや、知らない奴に十五万も・・・」

「そこで揉めんな!もう出んだよ!」

おじさんが怒鳴った。

・・・なんなのよ。


 「はい、十五万です。この人も乗せてください」

「俺は払ってくれんなら誰でもいいよ。おい、乗んなら早くしろ!」

「あ・・・ありがとうございます!このご恩は一生忘れません!」

「テーゼは本当に大きな街です。仕事もたくさんあるので幸せになってくださいねー」

馬車が走り出した。

ニルスは嬉しそうに手を振ってる・・・。



 「このバカ!!」

ニルスの脛を蹴った。

これは言わなきゃダメだ。


 「いたい・・・なにすんの?」

「何考えてんのよ!!あいつ行っちゃったじゃん!!」

「行かせたんだよ・・・」

こいつわかってない・・・。

 「名前は?あんたも名乗ってないじゃん!!」

「あ・・・そういや聞いてなかったな」

「それじゃお金返ってこないじゃん。初対面に十五万渡すとかふざけんじゃないっての!!」

ここまでヤバい奴だとは思わなかったな・・・。


 「まあまあ、いつか会えたらでいいよ」

「・・・十五って大金だよ?それも知らない奴、せめて足りない五万だけでもよかったのに・・・」

「ミランダのお金が無くなったわけじゃないんだから気にしないで。ほら、早く行こうよ」

全然わかってない・・・。

 「あいつのためにもなんないよ」

「どういうこと?」

「自分はかわいそうって話すればお金くれる人がいるってのを覚えちゃった。これから努力しなくなるかもしれないし、あんたみたいに善意でお金くれる人を裏切るようなことするかも」

「・・・考えすぎじゃない?ほら、行こうよ」

ニルスは楽しそうな顔で、あたしの手を掴んだ。


 ・・・なんか疲れる。

とりあえず忘れて、説教は夜にしよう・・・。



 「わあ・・・全部宿だ。迷うねミランダ」

停車場を抜けて大通りに入った。

ここからたくさんの宿が見えてくる。


 「すごいな・・・」

ここに来るまでに説明はしたけど、実際に自分の目で見たニルスには想像以上だったみたいだ。

 大勢の人たちがそれぞれの入り口に吸い込まれて、同じくらい吐き出されていくのは見てるとちょっと面白いんだよね。


 「ねえ、みんなが着てるのが湯浴み?」

出てくる人たちはみんなそれを着ている。

この街では宿に入ったら湯浴みになるのが決まりだ。

 「そう、あれで温泉に浸かるの。だから男も女も一緒に入れるんだよ」

逆に裸で入るのは禁止されている。

そういうところは色町にあるけど、入る人の目的はまた別だ。


 「湯浴みは買わないといけないの?」

「宿にある。まずはそれ着てみ」

「わかった。でもあとで自分のを買いたい。そうだ・・・お揃いのを買おうよ」

ニルスが微笑んできた。

浮かれてんだろうな・・・。


 「温泉も早く入りたいね」

「そうね、あたしも汗くさいなんてもう言われたくないし」

「あはは・・・ごめんね」

街に入る前に綺麗な服に着替えた。

 少しの時間は誤魔化せるだろうけど、元を流さないといけない。

だから急ぎたかったってのに・・・。


 「色々買い物もしようね」

「まずは体を洗いたいの」

通りを過ぎると民芸品なんかを売る店が並んでて、その奥に温泉がある。

 「楽しみだな・・・」

「あんたはアカデミーの女かっての・・・」

歩きながら脇道を覗くとそっちにもたくさんの宿がある。

どの道に入っても宿・宿・宿、普通の街と違うところだ。

 


 「まだ行くの?まずは宿を決めないと・・・」

「宿なんてすぐに見つかるよ。まずは買い物、石鹸とか持ってないでしょ?」

あたしたちは宿のある通りを抜けて、湯浴みや石鹸、民芸品が並ぶ商店通りに入った。


 「ああ・・・たしかに持ってない」

「でしょ?先に必要な物買ってから宿に行こ。あとから荷物増えんのやだしね」

「なるほど・・・ミランダは頼りになるね」

・・・ちょっと嬉しい。


 「あー、自分の桶を絵付けしようだって」

「はいはい、そういうのはあと」

「見て見て、温泉用の履き物があるんだって」

ニルスは周りを珍しそうに見ながらあたしに付いてくる。

 ちゃんと周り見てない感じなのに、人にぶつかる前に軽く体を逸らして躱している姿は曲芸師みたいだ。

 

 「履き物も宿にあるんだよ。とりあえず石鹸」

「じゃあ適当に入ってみようよ。あっ、そこがいい」

ニルスは近くにあった店に入った。

 「あ・・・ちょっと待ちなさいよ」

勝手に決めちゃって・・・どんな感じか見てから入りたかったのに。


 

 「香りのオーロラへお越しいただいてありがとうございます。お買い物のお供をさせていただきますね」

あたしたちが店に入ると、すぐに女の店員が寄ってきて頭を深く下げた。


 中は意外と広い、明るさも眩しすぎず柔らかい感じだ。

光の魔法で調節してるのか・・・。


 「石鹸の専門店なんですか?」

「その通りです。この街で一番多くの種類を取り扱っています」

正面の平台には色とりどりの石鹸が並んでいる。

 「階段の先もですか?」

「はい、なのでどれにしようか迷ってしまうお客様が多いのです。そのために私たちがお供をさせていただくことになっています」

吹き抜けで二階もあって、そっちにもたくさんの石鹸があるみたい。

床とか壁にはシミも汚れも一切なくて、平台や棚も綺麗に磨かれている。


 つまり・・・絶対高い店だ。

だから見てから入りたかったのに・・・。


 「・・・ここたぶん高級店だよ。高いのしか置いてないと思う」

あたしはニルスにそっと耳打ちした。

今なら引き返せる。

 「そうなんだ。でも、普通の石鹸よりもいい香りなんじゃないかな」

「そうです。香りは大事ですよ」

・・・黙ってろ店員。

ニルスも話の切り口見せてんじゃないっての。


 「オレたち旅人なんです。疲れが飛ぶようなのはありますか?」

ニルスが笑顔で店員に尋ねた。

え・・・ここで買う気なの?

 「かしこまりました」

店員はあたしたちから離れずに、別の店員に合図を送った。

 逃がさないためか・・・それにずっと付かれてると「やめよう」とかの相談もできない。



 「お疲れであれば、こちらなどいかがでしょうか?」

さっき合図を出された店員が、何種類かの石鹸を上品な籠に入れて持ってきた。

どうする気よ・・・。


 「うわ、これはキツいかも。鼻について眠れなくなりそうです」

「ふふ、甘すぎるのは苦手なようですね。では、こちらはどうでしょう?」

「・・・あ、なんか果物の香りがする。こっちの方がいいですね」

「お客様はとても魅力的なので、どんな香りでも合うと思います」

ニルスと店員が楽しそうに話し始めた。


 「お客様がよろしければ、温泉をご一緒しませんか?正しい洗い方などを実践できますよ」

「え・・・洗い方に正しいとかあるんですか?」

「ございますよ。・・・使っているお姿も素敵でしょうね」

なんだこの女・・・客に色目使ってんじゃないっての。

 

 「ちょっと見せてね・・・」

あたしも一つ受け取って、香りは確かめずに値段を見た。

・・・やっぱり高い。


 「・・・ニルス、それ一つで八千エールよ」

「八千・・・そうなんだ」

わかってないのかな?アリシア様もお父さんもそういう教育はしてないの?

 「かなり高めよ。別に体洗うだけなら五百エールで二人分買える」

あたしはニルスの腕をつついた。

店には申し訳ないけどここで出ないと。


 「え・・・あの、ここの石鹸は高いんですか?」

「それは使う方が決めることです。合わなければ高いお買い物をしただけになりますね」

「なるほど、オレが決める・・・」

「はい」

・・・まあものは言いようよね。

よく考えたら財布はニルスだし、文句を言って気を悪くさせるのもな・・・。


 「ただ、お値段がすこーしばかり張るものはそれなりに理由がございます」

「どういうことですか?」

「当店お抱えの調香師が作った香りだからです。香りの世界では名の知れた方ばかりなのですよ。そして当然ですが、他では買えません」

「ふーん、なんか信頼できそうですね」

今ニルスの腕を引っ張って出たら・・・悲しい顔しそう。


 「ニルス、ここで買うのね?」

「うん、ミランダも好きなの選んでいいよ」

「・・・ありがとう。あたし二階見てくるね」

ニルスから離れた。

こんな高い店で好きなの・・・いいのか。


 ・・・アリシア様すみません。ここを出たらちゃんと教えます。

とりあえず石鹸は買ってもらいます。ニルスが気を悪くしないように、切り替えてお買い物を楽しもうと思っただけです。



 「おひとりですか?」

二階で石鹸を見ていると、近くにいた店員が近付いてきた。

こっちでもか・・・。


 「下にいる男の子と一緒、好きに見たいんだけど」

「・・・」

店員が一歩下がった。

まあ、客から不快に思われないようにはしてくれるよね。



 香りを確かめながら三つ目の棚に入った。

まだこれっていうのは見つからない。ていうか、棚ごとに調香師の名前書いてあるけど誰も知らないな・・・。


 「そちらは男性を誘う香りでございます」

店員はあたしが手に取るものを全部説明してくれる。

 鬱陶しいけど、店の雰囲気もあるから怒ることはしたくない。

まあ「買え」ってまでは言ってこないから気楽だ。


 「素敵な恋人ですね」

「・・・あの子とはそういうんじゃないの」

「私がお誘いしてもよろしいのですか?」

「・・・ダメ」

次の棚に入った。

あれ・・・なんかここだけ他よりも高級感がある・・・。


 「とうとう辿り着いてしまいましたね」

店員が妖しく笑った。

・・・なによ?

 「例えば・・・こちらをお試しください」

「うん・・・。あ、これ好きかも・・・」

受け取った石鹸は、花と果実が合わさったような香りだった。

甘いのに鼻につかないし落ち着く・・・。


 「それは色付く朝という香りです」

「へー・・・あれ、ここだけ調香師の名前が無いよ」

「とある方・・・これ以上は教えられません。そういった条件で取り扱いをさせていただいております。そしてこの方は当店のお抱えとは違います。とても恐れ多いので・・・」

「変なの・・・」

有名になりたいなら、自分の名前も一緒に売らなきゃいけないんじゃないのかな?

 「恐れ多いってどういうこと?」

「申し訳ありません・・・」

「言えないんだ?」

「というより・・・お名前もわからないのです」

もっと変・・・。

どこまで教えてくれるか聞いてみよ。


 「じゃあどうやってやり取りしてんのよ?」

「取り次いでくださる方がいますので」

「どこで見つけてきたの?」

「大陸中を渡り歩く行商人が持ち込んできたのです。すぐにお手紙を出しました・・・ここまでですね」

店員が顔を引き締めた。

・・・まあいいや、これ気に入ったし。


 「あれ・・・値段付いてない」

「こちらの棚はすべて二万エールとなっています」

にま・・・「好きなの選んでいい」って言われたけど、さすがに悪いな。

やっぱりここを出て他で買った方がいいかも・・・。


 「ミランダ決まった?もうオレのは包んでもらってるよ」

迷ってると、ニルスが二階まで上がってきた。

いいと思ったけど、さすがに二万はな・・・。


 「お連れ様は、こちらの香りが気になっているようですよ。色付く朝といいまして・・・」

あたしに付いていた店員が、笑顔でそっちに行ってしまった。

誰がお金出すかわかってる・・・。


 「・・・わあ、これすごくいい香りですね。さっき選んだのよりもいいかも」

「お取り替えいたしますか?」

たぶん、店側はそうしたいはずだ。

 さっきまで見た石鹸で一万以上は無かった。

この棚だけ特別っぽいしね・・・。


 「でも・・・包んでもらってるのに悪いですよ」

「いいと思った物を使うのが一番ですよ」

「あ・・・じゃあさっき選んだ五つはやめてこっちにします」

五つも買う気だったのか・・・。

 

 「同じ数でよろしいですか?」

「そうですね・・・あ、でもミランダのもあるから十個ください」

え・・・。

 「はい、では包みますのでそちらでかけてお待ちください。・・・お客様にお茶のご用意を」

・・・やっと店員が離れた。


 「ニルス、あれ一つで二万よ。二万エール!宿代よりも高く付く」

あたしと感覚が違い過ぎる。合わせてもらわないとキツい・・・。

 「ミランダ?お金はあるし、必要な物ならいいと思う。それにミランダは初めての仲間だしさ・・・」

「ニルス・・・」

・・・また罪悪感が湧く。

 いい思いできるかもって軽い気持ちで付いてきたけど、逆に遠慮させられることになるとは思わなかったな・・・。



 「あの・・・ありがとう」

店を出たところでお礼を言った。

石鹸にあんな大金を出させてしまって申し訳ない・・・。


 「気にしないでよ。それに一緒に旅するんだから、これからも欲しいものがあったら言ってね。お金で解決できることは我慢する必要ないと思ってるし」

ニルスは嬉しそうに石鹸の袋を揺らした。

そうは言われても、あたしはそこまで厚かましくはなれないよ。

 

 「いや、でもさ・・・」

「オレ、楽しく旅がしたいんだ。それが旅の心得だって、オレに夢をくれた人も言ってたし」

「そうなんだ・・・」

付いてきたのがあたしでよかった。


 ニルスは危ない。お金の使い方に頓着ない奴は、さっきのバカみたいに変なのにすぐ騙される。

 だから見過ごせない。今回はしょうがないとしても、ちゃんと言って聞かせないといけないな。

買い物ならまだいいけど、さっきの十五万みたいなこともこれからまたあるかもしれないし・・・。


 「ねえニルス、ちょっと大事な話するね」

「なに?」

「あたしたちは仲間じゃん?だから、これからはなにを買うかとか、どの店に入るかとか・・・お金をどう使うかって、ちゃんと二人で相談して決めていこうよ」

「ミランダ・・・」

ニルスの目が輝いた。

 「仲間」って言葉に弱いのはなんとなくわかってたんだよね。

・・・実際仲間だし、嫌な思いはさせたくない。


 「うん、そうしよう。仲間・・・だし、オレが勝手に決めるのはよくないよね」

「そうそう、それにあんたは旅の初心者でしょ?必要無いものまで買わないようにしないといけないしね」

ニルスがちゃんと分別ができるようになるまでは、あたしが手綱を取らないとダメね。

うーん・・・若いうちに大金持つとこうなるんだな・・・。


 「じゃあ、宿はどうしようか?二人で決めよう」

ニルスは早速相談してきてくれた。

 「どの宿でも温泉に入れるから、なるべく静かな所がいいわね」

「静かなところか。探してみよう」

いいことだけど、早く体を洗って休みたい。

・・・いや、お腹も減った。肉・・・肉がいい。



 「困ったな・・・」

「困ったね・・・」

大問題が発生した。


 『すみません今日はいっぱいです』『明日なら空いてるよ。予約してく?』『この時間だとどこも同じだと思うよ』『遅すぎる。夕方の鐘が鳴る頃に探しても見つかるわけない』

どの宿も部屋が空いていなかった。

まだ時間はあるけど、次が晩鐘・・・。


 石鹸で時間かけすぎたか・・・。

本当はさっと買ってすぐに出れたはずだったからな。


 「今日も野宿?」

「それは避けたいわね・・・」 

たぶん探せばあるだろうけど、あとどれくらいかかるかな?


 「うーん・・・ねえミランダ、あそこはどう?」

「あそこか・・・」

「うん」

ニルスが指差したところは、建物からして確実に高い宿だった。

たしかに安そうなとこしか行ってないけど・・・。


 「・・・ニルス、あそこはきっと高いよ。予想してあげよっか、一晩一人六万ってとこかな」

「まずは空いてるか聞いてみようよ。ほら立って」

「まあ・・・うん・・・行ってみよ」

疲れが止める気力を上回ってる・・・。



 「あの、一晩二人で・・・空いてますか?」

ニルスは真剣な顔で受付の男に聞いた。

 ・・・どうだろう。

店の前には「お部屋で温泉を楽しめます」って立て札があった。

だから・・・たぶん高いだろうけど・・・。


 「お待ちください。・・・一部屋だけ空きがございます」

「え・・・本当ですか?」

「はい。・・・ただ、こちらは温泉を用意しているお部屋ではありません。そのかわり、お一人様三万エールとなりますが・・・どういたしますか?」

男は「申し訳ない」って顔で教えてくれた。

 

 ・・・予想より安い。

あたしはニルスの背中を指で突いた。

「いいよ」ってこと・・・。


 「泊まります」

「かしこまりました。では、こちらにお名前を・・・」

「はい。よかったねミランダ」

「うん・・・ありがとうニルス」

夜の心配がなくなって、少しだけ元気が出てきた。


 「外に出る際はこちらを着用してください。お気に召さなければ、商店通りでご自身に合ったものを選ぶといいでしょう」

受付の男は、二人分の湯浴みをニルスに渡した。

これで安心できる。まずは着替えて、先にどこかでおいしいものを食べよう。


 「こちらがお部屋の鍵です」

「ニルス、急ぐよ。晩鐘が鳴ったらどの料理店も混むからね」

「わかった」

「走んのよ!」

ふふ、疲れてた足が「まだ動ける」って言ってる。

でも温泉でしっかり休ませてあげよう。夜もベッドでゆっくりできるしね。


 夜・・・夜は、また眠くなるまでお喋りをしよう。

できれば、色々話してくれるといいんだけどな。

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