第三十四話 ミランダ【ミランダ】
なんか、寂し気って感じな風が吹いてる。
あたしが今一人ぼっちだからなのかな?
・・・何考えても気が紛れない。
あー・・・お腹減った。
今回は勢いで飛び出したからな・・・。
山道をたった一人で歩く・・・。
雰囲気出るかと思ったんだけど、失敗だったかも・・・。
◆
「あ・・・」
湧水を見つけた。
すぐそばには「飲めます」って立て札もある。
「ありがとうございます・・・ありがとうございます」
親切な人はどこにでもいる。
こんな山道に来るのは地理学者か測量士か・・・あたしと同じ旅人か冒険者・・・。
「とりあえずいただきます。本当に助かりました!」
誰もいないけど、感謝の気持ちは必要だよね。
◆
「ふー・・・」
たくさん飲ませてもらった。
けど・・・これだけでお腹いっぱいになってもなんか虚しい。
「あ・・・」
ちょっと下りたところに渓流を見つけた。
・・・魚を取ろう。
今食べれば、ロレッタまでもつ・・・かな。
・・・着いたらまずはなにか仕事を探そう。新聞かミルクの配達ならすぐにやらせてもらえるはずだ。
いや・・・お風呂掃除でもいいな。いつでも募集してるし給金も日払い、前と変わり無ければけっこう稼げる。
「よし、お金貰ったら一番最初においしいものを食べよう」
ちょっと元気が出た。
旅は自由だけど、先立つものがないとどうにもならないのがつらいとこよね。
◆
「ふんふん、誰も知らない穴場って感じ」
渓流まで下りてきた。
流れは速いけど・・・。
「まったく・・・変な動きしないでよ・・・」
魚が浅いとこに来た瞬間に短剣を投げた。
これは叩きこまれたから自信ある。
「よし、命中!ミランダ様からは逃げられないんだよー」
あとは、はらわたを取って焼けばいいだけ・・・。
食べたら早いとこ山下りて街道に出よう。
◆
魚の下ごしらえも終わって、焚き木も集め終わった。
あとは・・・。
「あれ・・・無い・・・嘘・・・」
火打石が入っていなかった。
これじゃ焼けないじゃん・・・。
生で食べるのはお腹壊すよね・・・参った。
そろそろ帰った方がいいってことなのかな・・・。
『ミランダ、本当に行くのか?』
『うん、決めたから。・・・やりたいこと探すんだ』
旅立ちの時の記憶が蘇ってきた。
『ここでだって探せるだろ』
『・・・娼館で探せるわけないじゃん』
『言ってくれんじゃないか・・・』
あたしは色町で捨てられていたって聞いた。
『一つ約束してほしいんだ』
『なに?』
『あんたの体はとっても綺麗だろ?傷一つでも付けたら許さないよ』
『あはは・・・気を付けるよ。まあ・・・今までありがとメルダ・・・』
メルダは育ての親で、アカデミーを出るまで面倒を見てくれた女性だ。
『別に恩なんか感じなくていいよ。気まぐれで拾って、食べ物と寝る場所と着る物を与えただけだ』
『その割には待遇良かったよね』
『ふん・・・仮にもあたしの娘だ。粗末なもんを与えるわけないだろ』
メルダは娼館を営んでいた。
嫌々とか仕方なくって人は嫌いみたいで、楽しくできる女だけを置いている。
だからやる気のないあたしは、そこにいてもただの役立たずなのよね。
お姉さんたちから仕事の話はよく聞いてたけど興味も湧かなかったし・・・。
『ていうか・・・帰ってこないわけじゃないからね。なにがしたいか決まったら教えに戻ってくるし』
『金に困ったらが抜けてるよ。とりあえず・・・支度金だ』
『三十・・・少ないね』
『甘えるなよ。自分で稼ぐんだ』
メルダは背中を向けながら笑っていた。
『仕事か・・・まあなんとかするよ』
『稼ぐ大変さを学ぶといい。・・・じゃあ最後にありがたい言葉をやろう。ここの女たちから、色々話は聞いてきたみたいだし、あたしからはひとつだけ・・・』
『なになに?』
『生きるためにはなんでもしな』
そういや、意味は今でもよくわかんないんだよね・・・。
困ったら自分を売れってことを言ってたのかな?
ていうか、今のお腹減った状況をどうにかしたいんだけど・・・。
人もいないこんなとこで「なんでもしろ」って言われてもどうしようもないよね・・・。
ああ・・・飛び出してもう四年くらい経ったんだっけ・・・。
色んな街を回ってきたけど、自分がなにをしたいかはまだはっきりわからない。
出逢いも何度かあったけど、なんかいつも冷めちゃう・・・。
『愛してるよ』
これを言われたら、どんなに仲が良くてももう無理だって思う。
うまく言えないけど、なんか縛られる感じがして、今までの感情も全部飛んでいく。そうなったらすぐにお別れを言って旅に出て・・・その繰り返しだった。
今回出てきた理由も同じだ。
仕事もいくつかやってはみたけど、ずっと続けてもいいなって思うのは無かった。
・・・また旅に出たはいいけど、このまま答えは見つかるのかな?
正直、今の根無し草みたいな生き方が合ってるような気もする。
「なんでもしろね・・・」
今までやったことないものに目を向けてもいいかもしれない。
なんだろう・・・たとえば悪いこととか?あたしにできるかな?
「あー・・・お腹減ったな・・・」
考えていると水だけで膨らんだお腹はもうへこんでいる。
とりあえずは火を起こさないと魚が食べられない。
誰か通らないかな・・・。
◆
渓流を離れて山道に出てきた。
「やっぱ・・・いないよね・・・」
こんなとこに人が来るはずない。
よく考えたら、いたとしても変わり者か盗賊・・・。湧水に立て札付けてくれた人みたいなのは稀だ。
もったいないけど、魚は諦めて街道まで急ごう。
夜になると魔物も出るし、木の上で寝るのは背中とお尻が痛くなるから嫌なのよね。
ていうか明の月だからなにより寒い・・・。たくさん着こんでなんとかなるだろうけど、早くベッドで寝たいよ。
温かい寝床のために先を急ぐ・・・そうしよう。
荷物だけ取ってくるか。・・・ごめんねお魚くん。
◆
また山道に戻ってきた。
とりあえず天気がいいってのと道が広いのだけが救いだな。
「・・・ん?お・・・」
視界の端で動くものが見えた。
人間・・・だ。歩いてくる。
男・・・一人・・・あたしと同じくらいか?
男なら助けてくれるはず・・・。
「・・・こんくらいかな。ふっふっふ、あたしの人生ってのは、なんだかんだ全部うまくいくようにできてんだなー」
上着を大きくはだけさせて胸の谷間を出した。
『こうやって媚びれば、ほとんどの男は言うこと聞いてくれるよ。ミランダは十三の割に大きいから特にね。成人する頃にはもっと・・・』
娼館のお姉さんに教わった。
堅そうな男でも、本当にお願いを聞いてくれる。
・・・情けないって思わないのかな?
「ん、んん・・・」
ふふ、声も作んないとね。
あと・・・寒いけど短いスカートにしとくか・・・。
◆
「・・・」
準備が完璧に整ったと同じくらいに、男もあたしに気付いて立ち止まった。
とりあえずどんな奴か・・・。
うわ・・・背高いな。
お・・・綺麗な髪の毛だ・・・。
ふーん・・・顔もいい感じだけど・・・なんか暗そう・・・。
あ・・・違う違う・・・。
「あの、旅の方ですか?」
普段出さないような媚びた声で話しかけた。
これで何度も成功してる・・・。
「・・・まあ、そうだけど」
男はせっかく出した胸に見向きもしなかった。
・・・そこだけじゃない、顔も見やしない。
失敗すると自分が情けなくなる。・・・そして認めたくない。
「ああ、よかった。実はお腹が空いていて・・・食べ物を分けてほしいの。魚を取ったのですが火も起こせなくて・・・」
「・・・」
もう少しだけ胸元を開くと、男は初めてそこを見てくれた。
・・・どうかな?
「・・・悪いけど信用できない、離れて」
拳を握りたいのを我慢した。
「あの・・・なにもしませんよ?」
「女を使って近寄る人には気を付けろって教わった。君は・・・まさにそれ」
・・・・あったまきた。じゃあもう見してやんない。
「なによあんた、格好はどうでもいいでしょ?」
「・・・声が変わった」
「う、うるさいな。あたしお腹が減ってんの、同じ旅人なんだから助けてくれてもいいじゃん」
「・・・」
男は初めてあたしの顔を見てくれた。
でも、眉間に皺を寄せて「めんどうだな」って目をしてる。
「・・・旅人になったばかりなんだ。そういう決まりは知らない」
「決まりがあるわけじゃないけど、女の子が困ってんだからさ。・・・助けてよ」
あ・・・結局女を使っちゃった。
自分で自分が情けない・・・。
「・・・君いくつ?」
思った通り、男は呆れ顔だ。
「・・・十七、次の殖の月で十八」
「オレより年上なんだ・・・。困ってるなら武器を外してから話しかけた方がいい、そしたら食べ物くらい分けてあげられる」
同じくらいかと思ったら年下なんだ・・・いや、でも一つか二つでしょ?なんの問題があんのよ。
「本当にくれんの?」
「いいよ」
とりあえず、武器を外せば食べ物をくれるみたい。旅人になったばっかりって言ってたし、相当警戒してるんだろうな。
・・・仕方ない、腰の短剣は取ろう。
「これでいい?」
目の前で武器を外して見せた。
襲ったりする気ないし、この子もそんな感じじゃないから従っても問題なさそうだ。
「・・・仕込んでるのが気になる。左脇の下、背中、あとは太もも・・・いや脚の付け根?」
「へ・・・」
たしかに言われた場所に、男に襲われた時用の刃を隠していた。
なにこの子・・・見抜かれてる。
◆
「・・・なんでわかったの?」
警戒を解いてもらうために、仕込んでいた刃物もすべて外した。
なんか強そうな感じなのに、そんなにあたしが恐いのかっての・・・。
「はい・・・食べていいよ」
男の子は、やっと食べ物をくれた。
・・・干し肉。
「ふふ、ありがと・・・わ、うま」
いい味付けだ。
「・・・近付いた時と大きく動いた時に見えた」
見えた?
「もう一枚ちょうだい」
まあいい、おいしいお肉・・・あるだけ欲しくなる。
「いいよ。父さんがお酒を飲む時に食べてたやつなんだ。いっぱい作ってたから・・・」
「ふーん、お父さんに鍛えてもらってたの?普通の目じゃなさそう」
「いや、こっちは母親・・・オレは昔戦士だったんだ」
男の子は、触れてほしくないみたいな顔をした。
ふーん・・・戦士ね。
「それに君はわかりやすい。わりと大きめの服を着てるのは、隠すためと取り出しやすくするため。それにこんなところでスカートは変だよ」
「・・・正解」
戦士だったんなら、こういうの色々知ってて当然か。
・・・たしか戦場に出ればかなり稼げるのよね。
功労者の報奨金は・・・たしか二億。
「戦場には出たことあんの?功労者になったらいっぱいお金貰えんだよね?」
「・・・三回だけ出た」
三回・・・いくつの時に出た?あたしより年下なら成人前?
「・・・功労者になったのは二回」
「にか・・・」
口元が緩んだ・・・気がする。
は・・・いけないいけない。
「じゃあお金持ちってことだよね。それにとっても強いんだ?」
「そこまで強くはないと思う。でも、たしかにお金はある。・・・報奨金と戦士の報酬で四億以上・・・かな」
「わあすごーい」
やば・・・意識してないのに媚びた声出ちゃう・・・。
抑えないと・・・。でもお金いっぱい持ってる・・・。
そしてペラペラとどんくらい持ってるかまで教えてくれた。
つまり世間知らず・・・性格も絶対いい奴だ。
この子と一緒に行けば、働かなくてもいい思いができる。
もともと自分探しみたいな旅だし、やりたいことも見つかるかもしれない。
暗いけど顔はいいし背も高い。
恋人になる気は無いけど、一緒に歩ってれば優越感もありそう。
だから・・・うまいこと言って付いていこう。
「ねえ、あんた名前はなんていうの?」
少しずつ、安心させて・・・。
「・・・ニルス・クライン」
「え・・・」
クライン・・・戦士で・・・。
あたしが尊敬している女性と同じ名前だ。
「雷神の隠し子」って呼ばれてる有名人・・・。
戦士になるつもりはないけど、強い女性代表みたいな感じで憧れていた。
子どもがいたの?それなら成人前から戦場に出てても普通か?でも・・・功労者って新聞で公表されるよね?
うーん・・・テーゼに住んでればわかったんだろうけど・・・まあ、聞くくらいはいいよね。
「ねえねえ、ニルスのお母さんて、もしかして雷神の隠し子のアリシア様?」
「・・・よくわかったね」
「やっぱり・・・」
運命みたいなものを感じた。
憧れの人の息子・・・あたしはニルスと出逢うべくして出逢ったんじゃ・・・。
絶対そうでしょ、こんな誰も来ないとこで偶然とかある?・・・いやないでしょ。
それに・・・当面お金の心配もいらない。
だからもう・・・逃がさない。
「あたしミランダ・スプリング、よろしくね。じゃあ早く街道に出よっか。あたしがいれば、きっと全部うまくいくよ」
返事は聞かないでニルスの腕を引っ張った。
強引でいい、一緒に歩きながら仲良くなろう。
「・・・待って、なんで一緒に行くことになってんの?」
冷静・・・そこは「うん行こう、ミランダ」でしょ。
でも、押し切ってやる。
「あはは、旅人は自由なんだよ。・・・ほら、あの白い雲も、空も、今吹いてる風も、一緒に行けって言ってるよ。だから・・・あたしたちはもう仲間だね」
・・・恥ずかしくなってきた。
ちょっとお芝居みたいだったかな?
「・・・」
「ちょっと、なんか答えてくれ・・・ても・・・」
「・・・」
反応が気になって振り返ったら、ニルスは幼い顔で微笑んでいた。
「仲間・・・うん、なんとなくだけどミランダはいい人だと思う。それに雲とか風の声が聞こえるなんてすごいよ。精霊と契約したの?」
あれ、今のでコロッと落ちた?
アリシア様の息子にしてはゆるゆる過ぎない?
・・・ちょっと罪悪感。
アリシア様、あたしはニルスを騙しているわけではないので安心してください。
いや、それよりもこんな簡単に気を許すニルスが悪いと思います。
だから変なのに引っかからないように、あたしが助けてあげるってことですからね。それで・・・かわりに宿や食事のお金を出してもらうだけなんです。
◆
二人で歩き出した。
こんな簡単に気を許してくれるのか・・・。
「ねえねえ、ミランダはどこに行こうとしてたの?」
ニルスはさっきまでの堅い感じをやめたみたいだ。
まあ・・・楽しくできるならなんでもいいや。
「ニルスはどこ行こうとしてたの?」
「いや・・・特に決めてなかったんだ。とりあえず街道に出て、風の吹く方に行こうかなって」
「そうなんだ・・・。あたしはロレッタって街に行こうとしてたんだ」
「じゃあそこを目指そう。どのくらいかかるの?」
ニルスは地図を取り出した。
話してて嫌な感じが無い。・・・純粋ってやつ?
「ここだよ。歩きだから・・・着くのは明日の夕方くらい。平気?」
「大丈夫。けっこう近いね」
「近くはないよ・・・。あ、今夜は野宿になるけど、あんた火は起こせる?」
「任せて」
たぶん、一度気を許しちゃうとこうなるんだろうな。
勢いとか押しにも弱いみたいだけど、戦場にいたって本当かな?
・・・まあ、これから知っていけばいいよね。
寂しい風はどこかに行っちゃったみたい。
てことは、きっとこれからいいことが待ってるんだろうな。
まずはロレッタ・・・ふふ、疲れも取れる。
どうでもいい話 5
水の章はちょうど100話あります。




