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Our Story  作者: NeRix
地の章 第二部
27/481

第二十五話 できること【ルル】

 ニルスをこれ以上あのままにしておいていいのか。

毎日、ずっと考えている・・・。


 本当はアリシアに言ってやった方がいいけど・・・できない。ニルスはあたしを信じて打ち明けてくれたからだ。

この約束を破れば、あの子は誰も信用できなくなってしまう。

 

 これを母親に伝えることは、例えるなら・・・あたしをからかっていたいじめっ子たちが、実は裏でアリシアと仲良くしていたみたいな感じだ。

もしそうだったとしたら、自分も人を信用できなくなっていたかもしれない。

 だからそんな残酷なことはできない。

あたしだけはあの子の味方でいないとダメなんだ。


 周りの大人はどうなんだろう?

あの子の変化に気付いて、声をかけているのかもしれない。

 じゃあどうして動かない?

・・・あたしと一緒か。


 『なにもしないでほしい。・・・お願いします』

でも、それでもなんとかしないといけない。


 あたしにできることってなんだろう・・・。



 あと二日で殖の月・・・。

なにもできずに、時間だけが過ぎてしまっている。


 「こういうのならどう?」

赤ん坊に飲ませるような味の薄いスープを作ってみた。

 次でニルスは三度目の戦場。

この子の体は、その三日前から食べ物を受け付けなくなる。


 「・・・ごめん、無理そう。匂いでダメだ」

ニルスは手すら出さなかった。

 「謝らないで・・・ねえ、アリシアから心配はされた?なにも食べないなんて・・・」

なんで気付かないのか不思議だった。

一緒に生活していて、この子の変化にどうして目がいかないの?

 

 「アリシアにはその方が力が出る気がするって説明した。・・・期待してるって・・・それだけ。あとはなにも言ってこない」

「なにも・・・」

手が勝手に拳を作ってしまう。

 ・・・許せない。その説明でなんで納得できるの?

食べないで力が出るわけないのに・・・。


 名前呼びもそうだ。

初めての戦場に出て帰ってから、ニルスがアリシアを「母さん」と呼ばなくなっていた。

 『戦場で家族って呼ばないでくれ・・・だからやめた。使い分けるのも面倒だし・・・』

本当に切ない顔で教えてくれた。

 バカじゃないの?まだ十五にもなっていない、それも自分の子どもを突き放すようなことを・・・。


 「ねえニルス・・・今からでも間に合うと思うの。王子にやっぱり護衛の話を受けますって言いなさい」

前回の戦場のあと、功労者として王城に呼ばれた時に第一王子から直接誘われたらしい。・・・あたしにだけは話してくれた。

 王子がテーゼを発つのは次の花の月、あとひと月後だ。

きっとニルスから願えば通るはず・・・。


 「・・・その話はしないで。忘れないといけないから・・・」

「ニルス・・・」

「ごめんなさい」

「いいのよ・・・」

本当は行きたかったって知ってる。

 『そうしてもいいかなって思ったんだけどさ・・・』

話してくれた時にぽつんと言っていたから・・・。


 ニルスは旅人を諦めている。

でも、その夢はこの子を見捨てていなかったんじゃないかって思えた。

王子からの話はその証拠だと思う。


 「それに・・・ルージュを置いていけない。この子はオレを支えてくれてる・・・必ず幸せにしないといけない」

「ルージュは、お兄ちゃんに好きなことをしてほしいって思ってるかもしれない」

「なら・・・直接言ってほしい」

ニルスはルージュを抱きしめた。


 話を聞けば聞くほど、アリシアへの怒りが増えていく。

ルージュはもう二歳と七ヶ月、それなのに喋らない。

 ニルスも遅かったけど状況が違う。

毎日優しいお兄ちゃんにたくさん話しかけてもらえて、読み聞かせも充分にしてもらっているのに遅すぎる。

 自分の娘なのにニルスに任せきりにして・・・。

なんで寄り添ってあげないの・・・。


 「アリシアに、オレとルージュは先に帰ったって伝えておいてほしい」

ニルスが立ち上がった。

結局口にしたのは水だけだ。


 「ニルス、ちょっと裏に来なさい」

「ルルさん・・・うん」

この子のためにあたしができることはとても少ない。

それでもやれることはしているつもりだ。



 店の裏、暗闇の中でニルスを抱きしめた。

戦場に出る前とか、不安な顔をしている時はいつもこうしてあげている。


 「あたしにはなんでも話しなさい。ちゃんと約束は守るから・・・」

「戦場・・・本当に嫌なのに・・・戦ってると気持ちが昂る・・・そんな自分も嫌でしょうがない・・・」

昂る・・・アリシアもそうだ。

母親との血の繋がりまでこの子を苦しめている。


 「ニルスは何も悪くない。だから自分を嫌いにならないで」

「うん・・・ありがとうルルさん。・・・ルルさんが母さんならよかったな。アリシアがいつもこうしてくれていたら・・・きっと話せていたと思う・・・」

「ニルス・・・」

より強く抱いた。

こんなことまで言わせるほど・・・。


 「・・・戻らなくていいの?」

「大丈夫よ。ねえニルス、もう辞退しなさい。誰もあなたを責めたりしない」

考えは変わらないだろうけど、言わなければならない。


 「・・・それはしない。・・・がっかりさせてしまう。せっかく鍛えた時間が全部無駄になっちゃうのは辛いだろうし・・・」

この子はあんな母親にも優しい。だけど・・・。

 「あなたの時間は?・・・旅人ならすぐにでもなれる。たとえば今飛び出したって・・・」

「・・・」

「ルージュは心配いらない。ちゃんとアリシアに言えば・・・」

「この子にはオレがいないとダメだ。・・・あの人には任せられない」

ダメか・・・。

 ここまで自分を殺してる子どもなんかいない。

孤児だったあたしよりもかわいそうだ。


 あたしはやりたいことができているけどニルスは違う。

雷神の名前に泥を塗らないようにして、妹を自分と同じにしないために必死でもがいている。

あなたのやりたいことを優先していいのに・・・。


 アリシアはどこで歪ませてしまったんだろう。

・・・たぶんだけど、あの時言っていたことがすべてなんだと思う。

 

 『雷神の息子は臆病者じゃダメだし、戦うこともしないといけないんだ。そうじゃなきゃ・・・きっと見捨てられる・・・それだけは嫌なんだ』

そう思うってことは、母親を信じられなくなっているんだ。

 でも「見捨てられたくない」って気持ちは残っている。

あれでもニルスと笑い合っていた時期はあったからな。

 

 体は大きくなったけど、ニルスはまだ幼い。

だから、あたしみたいにもっと寄り添って愛してほしいんだ。

まったく・・・どうして教えてあげられなかったの・・・。



 戦いの日の朝、あたしは寝ないであの子の帰りを待っていた。


 「今回も奪還軍の勝ちだーー!!!」

外から結果を報せる大声が聞こえた。

そうか・・・じゃあ、今夜は忙しくなる。


 「ルージュ、もうすぐお兄ちゃんが迎えに来るよ。・・・おかえりって言ってあげないと」

「・・・」

ルージュはなにも知らずに眠っている。

 「ねえ、お兄ちゃんはどうすればいいのかな?」

「・・・」

「ルージュがお喋りできるようになれば、とっても喜ぶと思うよ?」

「・・・」

原因はいったいなんなんだろう?

ニルスを一番癒せるのはこの子しかいないのに・・・。



 「ただいまルージュ・・・」

ニルスが妹を迎えに来た。


 嫌々でも、空腹でも、この子は誰よりも強い。

それにルージュがいるから危ない真似はしない。

だから必ず生きているとわかっていた。


 「ほらルージュ、お兄ちゃんにおかえりって」

「・・・」

ルージュは言葉無く微笑むだけだった。

表情は作れるんだけど、一緒に声は出せないものなのかな?


 「とりあえず一度帰る」

「わかった。なにか食べる?」

戦士たちは戦場から戻ったらまず寝る。

だから朝食は必要ないんだけど、この子は別だ。


 「夜まで平気だよ」

「本当に?」

「うん」

「・・・じゃあ、用意しておくからね」

少しやつれたように見えるけど、まだ空腹を思い出してないか・・・。



 酒場は晩鐘前から戦士が集まっていた。

テーブルはすぐにいっぱいになって、新しい椅子を詰められるだけ用意しても足りない。


 「大岩駆け上がってそのまま首落とした」「飛竜はニルスだけでなんとかなるよな」「あの剣隠してたらしいぞ」「将来結婚してあげようかなー」

戦士たちはかなり明るい。

またニルスが活躍してくれたからだ。


 「死者が百切ったのって初めてらしいぞ」「ニルスは速いからな・・・」「あいつが来なかったら、俺はここにいなかった」「避けきれないって思った時に、ニルス君が私を抱えてくれたのよ」 

気持ちはわかるけどやめてほしい。

本人がどんな顔してるのかわからないのかしら・・・。


 「まずはスープからにしなさい。残してもいいからゆっくりと食べなさい」

あたしはニルスのためだけに作った料理を並べた。

 ずっと空っぽにしてたお腹にみんなと同じものは厳しい。だからこの子のだけは特別製だ。

・・・本当は母親がこうしてあげるべきなのに。


 「ありがとうルルさん。・・・ここは騒がしい、早く帰りたいんだ」

「無理はしちゃダメよ。騒がしかったらあたしが静かにさせるからね」

「ルージュに夜更かしさせたくない」

自分は二の次・・・優しい子だ。

まあ、アリシア隊で座ってるのもあるんだろうけど・・・。


 「ニルス君はアリシア様と違って安心感があるよね」

「俺もわかる。三人の時よりも安定してるよな。それにアリシア様と違って取りこぼしがない」

スコットとティラがニルスを褒めた。

たぶん、この二人にも本当の気持ちは話してないんだろうな。


 「・・・できることをやってるだけです」

「ニルスはすごいよ。俺ももっと頑張んないとな」

「うん、見習わないといけないところがたくさんあるよ」

この二人は一番近くで見ていた。

だからニルスの様子がおかしいことはきっと気付いている。

 でも・・・どっちにしてもアリシアには言えない。

だから褒めて、少しでも自信が付くようにしてあげてるって感じかな。


 「ニルス、今回も功労者だ。なにか欲しいものはあるのか?」

アリシアが無神経なことを言い出した。

せめてあんたは黙ってればいいのに・・・。

 「・・・新しい靴とルージュに読んであげる本」

「そうか。前回と合わせて四億だ。戦士の報酬も全然使っていないから、まだまだ余るな」

アリシアの態度にイライラする。

ニルスが許してくれるなら、ここで怒鳴りつけてやりたい。


 「別に欲しいものなんてそんなにない・・・」

ニルスはここにいたくないって顔だ。

功労者への報奨金も願いも考えたくないんだろうな。

 自分を抑えつけているニルスにはなんの意味もないし、その話をされるともっと強い力で抑えなければいけなくなる。

 欲しいものが無いはずない。

旅人になるなら必要なものはあるだろうし、お金もあった方がいいに決まってる。


 「ようニルス、こっちのテーブル来ないか?」

ウォルターさんがニルスの肩を叩いた。

たぶん助けるためだ。この人もニルスをどうにかしたいって思ってる。

 「ジーナも来てんだ。お前と話したいってさ」

「・・・」

ニルスは答えずに目を閉じた。

・・・行きたくないってことか。


 「そうか・・・気が向いたら来いよ」

「ウォルターさんは、セレシュのところに帰らないんですか?」

「帰るよ。あと一杯飲んだら出るんだ」

「その方がいいと思います。・・・ルージュ、口元が汚れちゃってるよ」

放っておいてほしいみたいだ。

たぶん、ニルスもすぐに帰る・・・。


 「なんか・・・騒がしい。アリシア、ルージュが眠そうだから先に帰るよ。・・・ルルさん、ごちそうさまでした」

ニルスが辛そうな顔で立ち上がった。

あたしには・・・。


 「ニルス・・・裏に来て」

・・・これしかできない。



 「ニルス、ルージュはあたしが何とかする。だからあなたはやりたいことをしていいのよ?」

本気で説得しようと思った。

これ以上はダメだ。


 「・・・ずっと付いてるわけにはいかないでしょ?アリシアとルージュ、二人きりの時間はほんの少しでも作りたくない」

「・・・べモンドさんにも話さないの?あの人はきっとあなたの味方になってくれる。ここに呼んで打ち明けてみない?」

「アリシアはなってくれないんだ・・・いや・・・いいや。ありがとう、もう・・・帰るよ」

抱きしめていた腕が優しく解かれた。


 「ニルス・・・」

「大丈夫だから・・・」

ニルスから離れる・・・初めてだ。

その内あたしも拒まれるような・・・そんな気がする。


 「ルージュ、ちょっと歩いて帰ってみようか」

「・・・」

「抱っこ?・・・いいよ」

「・・・」

・・・あの子を変えるのはあたしには無理だ。

ルージュ・・・ルージュなら・・・。



 あたしは酒場に戻ってアリシアを探した。


 「ニルスはとても強いだろう?」

「ああ・・・そうですね。俺の域はとっくに越えています」

「鬼気迫る・・・みたいなのがあります。そういう鍛え方をしてきたんですか?」

同じテーブル、まだスコットたちと話しているみたいだ。


 「まあ私の息子だからな。正直、お前たちよりも熱を入れた」

息子だから・・・それだけであの子は苦しまなきゃいけなかったの?


 「あの強さなら自分の隊を持たせてもいいと思うんだ。待てよ・・・やっぱり一緒の隊の方がいいな」

当の本人は、少女みたいな顔で息子にとってとても残酷なことを話している。

ああわかる。

本気でそれがニルスのためになるって思ってるんだ。


 アリシアは子どもの時からなんにも変わってない。

そうだよね・・・ずっと戦場に出ることだけ考えてたんだから。


 「ニルスはずっと私と一緒に戦ってほしいな」

あんたがどう思ってるのかはわかった。

だからもう・・・我慢する必要はなさそうだ。


 この母親に子どもは救えない、ルージュも不幸になる・・・。


 『ルル、もうお前をからかわないと約束させた。だからもう泣き止んでくれ』

『アリシア・・・』

『また言われたら教えてくれ。誰だろうと守ってやる』

感謝はしている。

でも・・・。

 『オレは・・・戦士になりたいなんて一度だって言ってない・・・』

ニルスの方が大切だ。


 目の前には誰のかわからない剣が立てかけられていた。

ニルスが自由になるなら・・・。


 「え・・・ルルさん?」

スコットが気付いた。

 でも関係ない・・・。

あたしは手にした剣を振り下ろした。


 「アリシア様!」

ティララがとっさにアリシアを突き飛ばした。

テーブルに乗っていた食器や酒瓶が床に飛び込んでいく・・・。



 「はあ・・・はあ・・・」

酒場は静まり返り、そこにいた全員の目があたしに向いている。

・・・構わない。あたしはあの子の味方なんだ。


 「邪魔・・・しないで・・・」

もう一度剣を振り上げた。

 「待て、なにがあった?」

あたしの腕が押さえられた。

・・・べモンドさんだ。


 「アリシアを殺します・・・」

「え・・・ルル?」

アリシアはただ戸惑っていた。

そりゃそうだ・・・わかってたらこうなってない・・・。

 

 「あんたに親の資格はない!!!これ以上ニルスを苦しめないで!!!」

動けないかわりに精一杯の声で叫んだ。

もっと・・・。

 「一緒に住んでてなんで気付かないのよ!!!ニルスは・・・」

「落ち着きなさい!急にどうしたのよ・・・ね、ちょっと深呼吸して・・・」

あたしの手から剣が奪われた。

・・・ジーナさんか。


 「まず話を聞かないとわかんないよ。私も間に入る・・・べモンド」

「・・・私も付き添う」

ニルス・・・。



 あたしたちは店の奥にある事務所で話すことになった。


 「事情を聞かせてほしい」

「そうそう・・・手は出しちゃダメだよ」

べモンドさんとジーナさんはすぐ動けるように構えている。

またあたしが荒れないように・・・。


 「冷静になるまで待つ。水が必要なら用意しよう」

「・・・大丈夫です」

少しだけ心が落ち着いた。

そうなると後悔が押し寄せてくる。


 ・・・さっきのはよくなかった。

あの子のためを考えれば、あれはしてはいけないこと・・・。


 「ルル・・・私はなにかしたのか?ニルスを解放とはどういうことだ?」

アリシアは不安そうな顔をしている。

 ああ・・・本当にわかっていないんだ。

ニルスとの約束を破って、もっと早くに教えていたらなにか変わったかもしれない。


 「・・・アリシア、ニルスと話はしてる?」

「してるさ、ただあの子は無口だ」

「戦場に出る三日前からなにも食べないことも知ってるよね?」

「・・・」

アリシアは黙って頷いた。

いつもより真剣な顔・・・遅すぎる。


 「理由は聞いたことある?」

「・・・その方が力が出ると言っていた。実際強い」

「そう・・・なんにも気付いてないんだね・・・」

だからかわいそうだ。

 「ニルスがそう言ったんだ。・・・違うのか?」

「あの子、本当は戦いに行きたくないんだよ。・・・食べないで力が付くはずないでしょ?嫌で嫌で体が食べ物を受け付けない。だからすぐに吐いてしまうの・・・知らなかったでしょ?」

声が震えてきた。

もっと早くこうできていれば・・・。


 「あの子の悩みはたくさんある。・・・ルージュがお喋りできないこと、あんたどう考えてんの?」

「・・・」

「ニルスから相談されなかった?ちゃんと寄り添ってあげられたの?」

「・・・」

アリシアは何も言い返してこない。

思うところがあるからだ。

 「ルージュのこと、任せきりにしてない?」

「・・・」

「あんた、本を読んであげたことある?」

「・・・」

ごめんねニルス・・・。でも、これ以上は言わないから。


 「・・・様子がおかしいとは思っていた。功労者になってもまったく喜ばない、名前も公表するなと言っていたくらいだ。・・・無理にでも聞き出せばよかったな」

べモンドさんは肩を落とした。

あの子は優しい、だからそれがせめてもの抵抗だったんだ。


 ・・・溜め息が出る。

大人が何人もいて情けない・・・。


 「べモンドさん、あの子は、周りの人間を敵・・・みたいに思っています」

「敵・・・そこまで・・・なぜだ?」

「・・・原因はアリシア、あなたよ」

「私・・・私があの子に何をした?」

勢いでこんなことになったけど、どこまで話すのがいいんだろう?

 教えてあげるんじゃなくて気付かせないといけない。

ニルスとの約束・・・直接は言えない。


 「これはアリシアがちゃんとニルスと話さなければいけない。あたしはあの子の味方だから絶対に教えない」

そう、私だけはニルスを裏切ってはダメだ。


 「私やジーナもニルスの敵か・・・」

べモンドさんは衝撃だったみたいだ。

ちょっと違う・・・。

 「すみません。敵とまでは言い過ぎました。でも、それに近いです」

「ねえ、ニルスがあなたにだけ話すのはなぜ?私がなにかあった?って聞いても教えてくれなかった」

ジーナさんはやっぱりわかっていたっぽい。


 「あの状態のニルスは、ただ聞くだけじゃ答えてくれません」

「・・・どうやったのよ?」

「あたしは抱きしめてあげました・・・。あの子は、目に見える愛が欲しいんです。ジーナさんもそれをしてあげたら違ったと思います・・・」

「・・・そっか、踏み込めばよかったのね・・・」

そう、この人が踏み込んで抱き寄せていれば解決している今があったのかもしれない。


 「なにかあれば話せと伝えていたんだがな・・・」

「できるわけないじゃないですか。あなたたちに相談したら、必ずアリシアにも知られると考えていたんです。本音は本当に信頼してくれているあたしと・・・ルージュにしか話していないと思います」

「・・・」

アリシアはずっと目を瞑って、記憶をたどっているみたいだ。

いい機会かもしれない、もっと自分の子どもについて考えて悩めばいい。



 全員が黙ってどれくらい経ったか、アリシアはまだ目を開けない。

まだ思い出せないのか・・・。


 「アリシア、ずっと気になってたけど、あの子があんたを母さんて呼ばなくなったのはなんで?」

ジーナさんが沈黙を破った。

 そう、それもある。

話してくれた時、ニルスは泣いていた。


 「・・・初めての戦場の時からです。私が家族と呼ばないでくれと言いました。でもそれは戦場だけの話で・・・」

「初めての戦場って・・・十三でしょ?あんたと違うんだよ・・・」

「・・・」

きっとその時に、母親への信用はほとんど流れてしまったんだと思う。

でも・・・あの子はまだアリシアを・・・。


 「ニルスもよくないとは思うけどね。・・・嫌なら鍛えることもやめればよかったのに。それに戦場が恐いならべモンドに言えば・・・」

「ジーナさん、ニルスは雷神の息子です。それが戦うのが恐い臆病者ではダメだ・・・そう考えてます。あの子はずっと前から、自分がニルスとして見られていないことは知っていました」

「雷神の息子か・・・たしかに私も憶えがある。戦果を上げたときもそう見えていた・・・」

「気付いてくれて嬉しいです。でも、今さらあなたたちに気を遣ってもらってもあの子は聞き入れない。・・・意地もあるんです。だからなにかいい方法を考えてあげてください。・・・あの子は強くなるしかなかった。それが無駄になれば壊れてしまう」

母親から教わったから、周りの期待があったから、あの子は必死だった。


 だから、さっきあたしがやろうとしたことは間違っている・・・。

わかっていても、ダメだった・・・。


 「・・・わかった。私たちも動こう」

「そうね、避けられるの・・・けっこう辛かったんだ。あーあ、ぎゅっとしてあげればよかったのか・・・」

外側からは何とかしてくれそうだ。

・・・もっと早く話せばよかった。


 「ルル・・・私はどうしたらいい・・・。あの子はどうしたいんだ・・・」

アリシアが目を開けた。

 「本当にわからないの?」

「・・・」

あの子が何をしたいのかは、絶対に知っているはずだ。


 内側は母親にしかできない。

全部は言えないけど・・・。


 「アリシア、ニルスは将来なにをしたいかって教えてくれたことはない?絶対にあるはずだよ。・・・真剣に思い出して」

「将来・・・あ・・・ああ!!」

未熟な母親は察しがついたみたいだ。

 「あの子が言ってたのは戦士だった?」

「・・・違う・・・戦士じゃない・・・」

やっと・・・やっと思い出してくれた。

あとは、立ち上がるまで言いたかったことを・・・。


 「あたしがニルスを見ようかって、何度か言ったことあったよね?寂しくさせないでとか、一番に考えてあげてとか・・・。あんたは大丈夫って言ってた」

「・・・できていなかった」

「セス院長からも同じようなこと言われなかった?」

「・・・」

言われてたみたいだ。


 「ニルスはあんたが・・・お母さんがやりたいようにしてくれてたね。随分楽だったんじゃない?」

「・・・」

「まだ・・・縛るの?」

「・・・行かなければ!」

アリシアは部屋を飛び出した。

まったく・・・。



 「ていうか、なんで戦士になったんだろっては思ってたんだよね。あの子、旅人になりたいって言ってたし・・・」

ジーナさんは事務所の長椅子に寝転がった。

顔はとっても暗い。


 「ジーナ・・・それはいつからだ?」

べモンドさんの顔が青ざめている。

ああ・・・この話はしない方がよかったかもしれない。

 「アカデミー入る前からっぽい。セイラの話聞いてて憧れたって」

「・・・本当か?」

「本人が言ってたんだよ。スコットとエディも憶えてる。・・・毎月四人で集まってたし」

「・・・」

べモンドさんからより血の気が引いた。

この人には辛い事実だ・・・。


 『アリシアから鍛えられているそうだな。ニルスがよければだが、将来戦士になる気はないか?』

あたしも聞いていた。

あれがニルスの逃げ道を塞いだって言ってもいい・・・。


 「私は・・・私が・・・」

「どうしたのよべモンド・・・」

「原因は・・・私じゃないのか・・・。たしか・・・ニルスが十歳の時・・・戦士に誘った」

そうなるよね。でも、あたしはそう思わない。


 「べモンドさん、ニルスはあなたを悪く思っていません」

「みんな酔っていて・・・大勢がニルスを煽った。・・・言えなくなったんじゃないのか?」

それはあるけど、ニルスの心は・・・。

 「あの子は・・・お母さんは庇ってくれるって考えてました」

「・・・アリシアはそうしなかった。戦士に引き込んだぞ・・・」

「でもあなたが原因だとは思っていません。むしろ信頼しています。・・・名前の公表をしないでくれたことを感謝してましたし」

「・・・」

べモンドさんは自分の胸を殴った。


 「まあ、ニルスがどう思ってるかは別だよね。客観的に見たらべモンドが元凶、あの子から夢を奪った」

ジーナさんは真っ直ぐに言ってしまった。

気は遣えないのかな・・・。


 「けど、それでもあの子はあんたを信用してる。だから・・・絶対になんとかしてやんないといけない」

「・・・その通りだ。・・・すまないジーナ」

「・・・私も責任感じてるからね」

なるほど、付き合いが長いから言えたのか。


 「そんで・・・全員でやろう」

「・・・ジーナ、ここにいる奴らから酒を取り上げろ。奪還軍全員、待機兵も含めて訓練場に集める」

「・・・了解。ここの代金は?」

「くだらないことを聞くな。すべて私が持つ・・・」

二人は事務所を出て行った。

 あとはアリシアがニルスと話してどうなるか・・・。

いや、どうなってもみんなで助けてあげるんだ。


 ニルスとアリシア、二人ともお互いを想っていることは間違いないけど方向が違った。


 アリシアはもう家に戻ってニルスと話しているのかな?

手遅れになってなければいいけど・・・。

どうでもいい話 3


第十二話は割と明るい話のイメージで作りましたが、読み返すと不穏だなと思いました。

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