第二十四話 保留【ニルス】
王との謁見か・・・どのくらいかかるんだろう。
その時間を使って、ルージュに本を読んであげたいんだけどな。
望むものは何もない・・・そう自分に思い込ませていた。
でも・・・「本当は違うだろ」って声が心の中で聞こえる。
・・・そうだよ。
夢が叶うなら欲しいものはたくさんあるんだ。
叶うなら・・・。
◆
戦場で勝った夜は、みんな酒場に集まってくる。
オレは騒がしくなる前に帰ってきていた。
「・・・ちょっとだけ見てみようか」
ルージュを抱きながら机の引き出しを開けた。
まだ・・・ここにある。
「旅に欠かせないもの・・・」
今は想像することもしなくなった夢の覚書・・・。
自分の馬車や船、野宿に必要な道具、幼い自分が必死に思い描いたものだ。
捨てられないってことは、諦めてないってことなんだろうな。
・・・未練がましい。ルージュがいるのに・・・。
「どうせこのまま続く・・・ルージュ・・・」
戦士でいるしかないのなら、せめて安らぎがほしい。
それには、この家じゃダメだ・・・。
「兄さんは来年の水の月で大人になるんだよ」
「・・・」
「・・・ルージュ、兄さんは別な家に引っ越そうって考えてるんだ。静かで、ずっと誰も住んでないとっても大きな家が外れの方にあってね・・・。ルージュも一緒に来てくれる?」
「・・・」
ルージュは眠っている。
返事・・・してほしいな。
◆
「ニルス、入ってもいいか?」
扉が叩かれてアリシアの声が聞こえた。
知られたくない。いや・・・思い出してほしくない。
オレはすぐに引き出しを閉じて鍵をかけた。
「・・・いいよ」
答えるとアリシアが入ってきた。
顔は上げたくないからルージュを見てよう・・・。
「ふふ、兄妹で仲良くしてたんだな」
「別に・・・」
「お前がいつの間にか帰ってしまって、みんなが残念がっていた。礼を言いたい者が大勢いたんだぞ」
アリシアの声が近付いてきた。
助けた人たちか。オレになにか言う時間があるなら、死なないように鍛えればいい。
「ルージュと二人でいたかったから・・・」
「それはわかっているよ。あと、隊から離れたことは気にしなくていい。暴れたければ好きにしていいぞ」
この人は何を言ってるんだろう。
オレがそうしたくて離れたと思ってるのか?
「だが、武器が壊れるのは煩わしいと思わないか?」
「仕方ないと思う・・・」
オレはアリシアを見た。
どんな顔で話してるん・・・。
「なに・・・それ」
顔よりも、持っていたものに目を奪われた。
「戦場で言ったじゃないか」
アリシアの手には、綺麗な装飾の剣が握られている。
『話は変わるが、この戦いが終わったら・・・お前に渡したいものがあるんだ』
ああ・・・言ってたな。
これのことだったのか。
「武器が壊れると煩わしい。まずはその気持ちを知ってもらってから渡そうと思っていたんだ。その方が嬉しいからな。・・・ルージュ、ちょっとだけこっちにいてくれ」
「あ・・・」
オレの腕からルージュが奪われた。
・・・こういう時は抱くんだな。
「ニルス、功労者おめでとう。私もだが、イライザさんも強く推してくれたんだ」
オレの手に剣が渡された。
この人、今日はいつになく機嫌がいいな・・・。
「見てもいい?」
「好きなだけいいぞ」
「そう・・・」
オレは持ち手を握った。
『ニルス君・・・』
鞘から抜いた瞬間に、懐かしい感覚に包まれた。
自分の一部が戻ってきたような・・・。
「聖戦の剣と似ている・・・」
「名前は・・・栄光の剣ニルスという。お前のために作られた」
オレのために・・・。
ずっと見ていられるほど美しい刃だ。
装飾は聖戦の剣よりも騒がしくなくて、オレ好みな気がする。
◆
アリシアがいるのも忘れて剣を見ていた。
『愛する息子へ』
色んな角度から見ていると鍔の裏になにか彫られているのを見つけた。
なんだこれ・・・アリシアがやったとは思えない。
「これはなに?」
「それを作ったのは・・・お前の父親だ」
「聖戦の剣と同じ・・・たしかケルト・・・」
「・・・そうなるな。そして、栄光を与えられるようにという願いがこめられている。だが・・・先に与えられてしまったな」
父親、死んだのはオレがまだ赤ん坊の頃・・・。
「ニルスへの愛もたくさんこめられている」
「そう・・・」
懐かしさを感じたのはそのせいなのかな。
・・・オレのためにこういうのを遺しててくれたのか。
父親・・・。あれ?そういえばルージュの父親って誰なんだ?
今まで湧かなかった疑問が浮かんできた。
まったく考えたことなかったけど、この子はいつ作ったんだ?
誰かと会ってる気配なんて・・・いや、いる。
ルージュができてからは行かなくなったけど、北部の寂しがりって奴か?
「あのさ・・・」
「なんだ?」
「いや・・・なんでもない・・・」
どうでもいいや・・・。
それにこんな話、この人としたくない。
自分の子どもなのに抱きにも来ないし、まとまな人間でもないんだろうな。
別にアリシアがどこで誰と何してようと、オレには関係ない・・・。
父親なんかいなくてもオレがかわりになる。
だから・・・本当にどうでもいいことだ。
「剣は気に入ったか?」
「少しだけ・・・」
この剣は暖かさを感じる。たぶん、本当に「愛」っていうものがこめられているんだろう。
だから凍りついた心が、少し溶けていくような感じがするんだ。
オレの父親は、目の前にいるアリシアと違って暖かい人だったんだろうな。
「聖戦の剣と同じ鉱石で作られているから絶対に壊れない。だが・・・大切にしてくれ」
「・・・そうする」
剣を触ればわかる。もし生きていたら、オレの味方になってくれる・・・そういう人だと思う。
なんで・・・いないんだよ・・・。
「本当に栄光を手にできたな。ニルスも嬉しいか?」
「・・・アリシアはどうなの?」
「もちろん嬉しい。願いが叶った気分だ」
「そう・・・」
オレの願いは・・・叶わないのに・・・。
「あまり嬉しくないのか?そういえば、名前の公表をしてほしくないとも聞いた」
「・・・ダメなの?」
「いや、変な噂が立つと迷惑だからそれでいいと思う。いちいち説明するのは面倒だからな」
アリシアはずっと笑顔だった。
・・・好きにすればいい。
◆
二日経ち、王との謁見のために城に来た。
「規則ですので持ち物をそこに置いてください。そして・・・ふふ、身に着けているものをすべて取らせていただきます」
まずは身体検査をされる。
暗殺を防ぐために必要なことらしいけど、聞いていた話と違う・・・。
「女が付くって普通なの?」
オレの担当は女性だった。
必ず同性が担当になる・・・じゃないのか?
「無理を言いました。わたしの母はアリシア様を担当したので・・・。それと・・・まあそんなところです」
歳は同じくらいに見える。
・・・もういい。騒ぐのも恥ずかしいし、すぐに済ませてもらおう。
「よろしいですか?」
「・・・好きにすればいい」
この子はただ仕事をしているだけ、そこにおかしな感情は無いはずだ。
◆
「危険なものはなにもありませんでしたね」
持ち物、衣服、身体の確認が終わった。
「服を着ていただいて問題ありません。・・・ニルス君」
女の子がオレの名前を呼んだ。
「・・・オレを知ってるの?」
来る人間の名前を把握してるのは仕方がない。
でも、呼び方は親しい人に対するものに聞こえた。
「え・・・同じアカデミーだったんだけど・・・」
なるほど、余計嫌だな。
・・・ていうかそんな話するなよ。
「オレは・・・君を知らない」
「あ・・・ひどいな。財布、取り返してくれたよね?」
「財布・・・あ・・・」
「あはは、今さらだけど・・・ジェニー・フレッシュよ。思い出してくれた?」
思い出した。
『どうしよう・・・叱られちゃうよ・・・』
『山吹色で・・・ツバメの刺繡が入ってる・・・。買ってもらったばかりだったの・・・』
あの時の子か・・・。
最初から知ってたら拒否してたよ。
◆
「ふふ、わたしが服を渡してニルス君が着てくれる・・・夫婦みたいだね」
やっと裸じゃなくなった。
そしてジェニーはお喋りだ・・・。
「・・・夫婦?」
「あはは、ごめんね。・・・あれから少しだけ、あなたが気になっていたの。でも話しかけないでって言われたから、ただ見ていただけ・・・。地図を眺めたり、変な新聞読んでたりしてたね」
ジェニーは、はにかみながら上着を渡してくれた。
変な新聞じゃない・・・。
「なにが言いたいの?」
「えっとね・・・久しぶりの再会って感じだけど・・・わたしのこと、どう思う?」
「どうって・・・はっきり言ってほしい」
「ニルス君から見て、わたしって女の子の魅力あるかなって・・・」
ジェニーは困った顔で笑った。
女の子・・・意識したことなかったな。
オレには必要ないから・・・。
「あ・・・そんなに深く考えなくていいよ。聞いてみたかっただけだから・・・」
「ジェニーは、オレとどうにかなりたいってこと?」
「ううん・・・違う」
ジェニーは胸を押さえた。
「わたしには親が決めた相手がいる。ニルス君にはほんの少し憧れただけ・・・」
「親が・・・。そういうの嫌じゃないの?」
「そうでもないかな・・・」
オレと同じような感じだけど、この子は嫌がってないみたいだ。
たぶん、相手はいい人なんだろう。
「でも・・・ニルス君に助けてもらって、ちょっとだけ考えが変わったかな」
「どう変わったの?」
嫌になったのかな?
「わたしを奪いに来ないかなって。あなたが連れ去ってくれたらって・・・たまに考えるようになっちゃった」
「オレとルージュをそうしてほし・・・」
「え・・・」
「・・・なんでもない」
オレは今何を言おうとした?
しかもジェニーに・・・。
「気になるんだけど・・・」
「なんでもないよ。・・・まだあの時いた三人とは話してるの?」
「うん、たまにね。・・・ちなみに三人とも、ニルス君はどうしてるかなって言ってるよ」
「そう・・・」
なんかやだな。本人のいないところで話すなよ・・・。
「雷神の息子って言われると嫌な顔してたでしょ?それに十歳くらいの時からかな・・・近付かないでって雰囲気出してて」
「ふーん・・・わかってたんだね」
「あいつも大変だよな・・・って」
「大変だよ・・・ありがとう」
少しだけ救われた。
誰も寄ってこなくなっていたけど、気を遣わせていたのか。
ジェニーたちと一緒に遊んでいたら違ったのかな?
なんだろう、凍らせた心が溶けそうなのに嫌じゃない・・・。
もう少し、話してたいな。
「まだかかりそうですか?」
扉が叩かれた。
そういうわけにもいかないみたいだ
「いえ、もう終わります」
「では、ここで待ちます」
このあとの案内はジェニーじゃないのか・・・。
「じゃあ、頑張ってねニルス君」
「・・・知り合いなら服を脱がなくてもよかったと思う」
「規則だから無理だね。でも・・・危険なものを持ってたのは見逃したよ」
ジェニーの視線はオレの下半身を見ている。
・・・知るかよ。
「それと・・・お母様から聞いていた通りだった。アリシア様はとても美しい体だったから、あなたもきっとそうだって」
ジェニーは妖しく笑った。
今は澄ましてるけど、家では親子で品のない会話してそう・・・。
「・・・そういうのやめてほしいな」
「本当に綺麗だったんだもん。でも、いっぱい触ってごめんね」
「・・・もういいよ。あ・・・それと、さっき変な新聞って言ってたけど、未知の世界はおもしろいんだ」
「あ・・・笑顔になってくれたね。未知の世界・・・今度読んでみるよ」
ジェニーが扉を開けた。
「それと・・・オレのことは誰にも話さないでほしい」
「王からそのように言われています。・・・友達にもダメ?」
「やめてほしい」
「うん、わかった。わたしとニルス君だけの秘密ね」
大丈夫そうだ。
少し落ち着いたら、また会ってもいいかもな。
あの家を手に入れてから・・・。
◆
「この廊下の先が玉座の間です」
案内係はジェニーと違って堅そうな人だった。
また・・・心を冷やさなければいけない。
「待ってくれ!」
後ろから駆ける音が聞こえた。
廊下にはオレと案内人しかいない・・・どっちだ?
「王子・・・どうされましたか」
案内人は振り返ったと同時に姿勢を正した。
「ニルス・クライン・・・こちらを向いてくれ」
オレか・・・面倒だな。
でも拒否したら長引きそうだし、素直に従っておこう。
「なるほど・・・」
「・・・なにか」
第一王子ヴェルミュレオだ。
わざわざなんの用だろう・・・。
「自分より年下の男が功労者となった。どんな人間か見たかったのだ」
「・・・そうですか。たしか五つ年上でしたね」
「そうは思えないほど落ち着いているな。歳の差はあまり意味がないようだ」
「もう、よろしいでしょうか・・・」
顔は見せた。
オレから用は無い・・・。
「ニルス、そなたがよければだが騎士団に入る気はないか?」
オレの手が持ち上げられた。
「・・・騎士団」
「私の護衛に付いてほしい。来年の花の月からになるが、見聞を広めるために大陸の各地を巡る旅が始まる・・・共に行こう」
「旅・・・」
凍り始めていた心が溶け出した。
大陸を巡る・・・。
「幸福な民あってこその世界、私たち王家の掲げる信念だ。・・・ただ、それを保つためには物理的な力も必要だと考えている。そして、若い者がいい。・・・どうだろう?」
「オレは・・・」
「民が平和に過ごせる世界、私と共に作っていかないか?」
これを受ければ、オレは戦場に出なくてもよくなる。
だけど・・・。
「お断りします・・・」
「・・・興味は無かったか?」
「話すつもりはありませんが、テーゼに残らなければならない理由があります・・・」
「・・・そうか、事情があるなら仕方がない。・・・気にしないでくれ。引き留めてすまなかったな」
王子はすぐに引いてくれた。
殺気を当てたからかな。
でも・・・これでいい。オレがいなくなったらルージュが一人になる。
だから、これでよかったんだ。
そして・・・もう忘れてしまおう。
◆
「若いな・・・名前を教えてくれるか?」
王がオレの前に立った。
あと少しだ・・・これが終われば帰れる。
「・・・ニルス・クラインです」
「クライン・・・雷神の息子か。素晴らしい活躍だったと聞いている」
周りの兵士や騎士がざわついた。
ここでもアリシアの名前が付いて回るみたいだ。
ジェニーとの会話で少しなごんだのに・・・うんざりしてきた。
「べモンドから名前は公表するなと言われているが本当にいいのか?」
「・・・感謝します。私はまだ修行中なので、自分に自信が持てるまで必要ありません」
たまにアリシアに会いに来る人がいる。
雷神の噂を聞いてどんな人なのか確かめるためだ。
「息子も」なんて言われてオレも呼ばれたら溜まったもんじゃない。
「名誉はいらないか。謙虚だな、気に入ったぞ。城の者たちには他言を禁じている。戦士の方まではわからないがな」
「構いません」
そっちはべモンドさんが約束してくれた。
だから大丈夫だ。
「ではニルス、望むものを用意しよう。遠慮せずに言ってくれ」
望み・・・ここに来るまでに考えていた。
でも、今のオレに欲しいものは何もない。
「私には望むものはありません。なので保留というわけにはいかないでしょうか」
できなければそれでもいい。
先送りが通るなら、ルージュが大人になった時に必要なものを望もうと思った。
「保留か・・・初めてだな」
王が腕を組んだ。
どっちでもいいから早く答えてくれ・・・。
「いいだろう。そなたの望みは保留と記録しておく。たしかにまだ若いからな」
問題ないみたいだ。
これでルージュのために使うことができる。
そういえば報奨金も使い道は無い。
まあいい、これも保留だ。
あの子がお喋りできるようになったら、欲しいものを買ってあげよう。




