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Our Story  作者: NeRix
地の章 第二部
25/481

第二十三話 あなたが言った【ニルス】

 迷い、戸惑い、焦り、不安・・・全部飲み込んだ。

何百、何千・・・それでも湧いてくる。


 もっと・・・もっと冷やさなければ・・・。



 初めての戦場から四ヶ月が経った。

水の月、もう十四歳・・・。


 「あとひと月で二歳になっちゃう・・・少しだけ立って歩けるようにはなってるのに・・・」

オレはルルさんにルージュのことを相談しに来ていた。

 「あなたも遅かったからきっと大丈夫。そんな弱気な顔じゃお兄ちゃんて呼んでもらえないわよ」

「でもおかしい・・・」

ルージュがまったく喋らない。

 

 『泣いたりはするんですよね?』

『はい・・・たくさん話しかけてもいます』

『・・・喉に異常はありません。遅い子は割といますので心配いりませんよ』

医者にも原因はわからなかった。

病気ではない、それだけは安心したけど・・・。


 「セレシュは・・・」

「焦らないでニルス、ルージュも大丈夫だから」

ウォルターさんの所のセレシュは、意味はわからないけど言葉を発するようになっているって聞いた。

 生まれたのは想の月、ルージュより九ヶ月もあと・・・。

いったいなにが違うんだろう。


 「でも・・・」

「根気よく話しかけてあげて、あたしも預かる時はたくさんそうするから」

「うん・・・」

今まで以上に話しかけて、本を読んであげるようにしないと・・・。


 「ねえニルス、アリシアには相談してみた?」

「・・・大丈夫だって言ってた」

「それは・・・あなたに寄り添う言い方だった?」

「・・・剣を磨きながらだった」

だからそれ以上は話さなかった。

相談しても意味が無い・・・。


 「ニルス・・・やっぱりあたしからアリシアに話す。あなたが嫌な思いをしないようにするから・・・」

「しなくていい・・・」

オレはルージュを見つめた。

 「なにもしないでほしい。・・・お願いします」

「ニルス・・・」

ルルさんが抱きしめてくれた。


 「溜め込まないでね。誰にも言わないから吐き出したい時は来なさい」

「・・・うん」

「あたしはあなたが辛そうなのはすぐわかる。その時はまたこうしてあげるから・・・」

暖かい・・・ルルさんが母さんだったら・・・。



 「あ・・・ニルス・・・」

「・・・こんにちは」

帰り道でジーナさんと出くわした。

できれば、あまり会いたくなかった人だ。


 捨てた夢を思い出す・・・。

スコットさんもだけど、そっちは仕方がない。


 「なんか久しぶりだね」

「・・・そうですね。ルージュがいるから・・・」

「・・・うん。お兄ちゃんだもんね」

ジーナさんが乳母車で寝ているルージュを撫でた。


 「ニルス、ルージュもうちに連れて来ていいんだよ?この子も世界の虜にしちゃおう」

「虜・・・」

「そうそう。アリシアがなんか言うなら、また私が黙らせるからさ」

「なにもしないでください!!」

大声を出してしまった。

よくない・・・勘繰られてしまう・・・。


 「・・・ごめんなさい、もっと鍛えないといけないんです。・・・ルージュもまだ喋れないので、一緒に行っても楽しくないと思います」

「ニルス・・・いつでもうちに来ていいからね?エディに言って、お菓子も用意しておくからさ」

ジーナさんの声が優しくなった。

ああ・・・やっぱり・・・。


 「ねえニルス・・・アリシアと何かあった?」

「なにもありません・・・。深読みしないでください」

「・・・友達が元気無いのは気になるよ」

「いつも通りです」

早く離れたい・・・。


 「ねえニルス・・・私になにかできることある?」

「ありません。オレはなにも困ってないので・・・」

「・・・勝手に動くかもよ?」

「オレは・・・それを許しません」

もう・・・構わないでくれよ・・・。


 「だから・・・黙っていてください」

「誰かとあんたの話するのは?」

答えずに睨んだ。

 「・・・わかった。でも、私には話してほしいな」

「・・・もう帰ります」

「・・・」

ジーナさんは何も言わなかった。

 突き放しちゃったかな・・・。

まあいい、きっともう話しかけてこない・・・。



 少しずつ、本当に少しずつ熱を下げていった。

冷えすぎてもう氷漬け・・・オレの心はそんな状態なんだろう。

 

 「今日は風が気持ちいいね。ルージュもそう思う?」

でも、君と話す時は違うよ。

暖かく・・・ルージュのためにそうしている部分は残っている。


 「まだ暑いけど、こういう日はのんびりできていいね」

「・・・」

「うんとか・・・言ってほしいな。ああでも・・・無理しないでね。焦っちゃダメだよ?」

母さんたちは走り込みに行っている。

オレは瞑想をしたいって言って、訓練場に残っていた。


 『俺は訓練場に行かないで一人で鍛錬してたよ』

ずっと昔、テッドさんが言ってたっけ。

それなら毎日通わなくてもいい気がするけど・・・。

 『ニルス、早く行こう』

オレはそれができない。


 「ようニルス、暇だったら俺と勝負しないか?」

背中に明るい声が当たった。

・・・ウォルターさんだ。

 「嫌だったら別にいいよ」

「いえ、やります・・・」

そういえば戦ったことなかったな。

突撃隊最強か・・・。


 「ルージュはいいのか?」

「乳母車に乗せます」

たぶん、そんなにかからない。


 「なあニルス、今の自分はどのくらい強いと思う?」

「・・・誰よりも弱いと思ます」

「・・・謙虚だね。行こうぜ」

戦闘のことを聞いているのはわかってたけど、強さはそれだけじゃない。

 オレの心は誰よりも弱い、本気でそう思ってる。

自分の心を伝える勇気がない、だから・・・このまま流されていくのかな?



 「じゃあ上手く避けろよ」

ウォルターさんは素早く槍を払った。


 「さすがですね・・・」

「・・・無駄な動きはしないんだな」

オレは体をほんの少し下げるだけで躱してみせた。

 当たれば骨が粉々になりそうだけど、動きが大きすぎるからわざわざ受けにいくバカなんかいないよ。


 「余裕って顔だな。思った通りだ」

あ・・・踏み込んだ。じゃあこっちも詰めよう。

オレは構えていた剣を捨て、腰に差していた短剣を抜きながら地面を蹴った。


 「はは・・・俺の負け」

逆手に持った短剣は、槍を振り抜いたウォルターさんの首に当ててやった。

これくらいか・・・。


 「いい動きだ」

「・・・本気じゃなかったですね」

「どうだったかな・・・でもお前は強いよ。戦場でも、一対一でも、お前に勝てる奴の方が少ない」

「・・・どっちでもいいです」

褒められても嬉しくない。

・・・でも、ルージュからなら別だろうな。


 『お兄ちゃんはすごいね』

なんてことをあの子に言われたらそれだけで戦える。

早く、話せるようにならないかな・・・。


 色の無い世界で、妹だけは違った。

今のオレにはそれしかない。



 「ニルス、ちょっと話そうぜ」

「・・・はい」

ルージュの所に戻ると、ウォルターさんが座り込んだ。

話・・・オレは無いんだけど・・・。


 「次からはアリシア隊だろ?お前の速さなら余裕で付いていけると思うよ」

「速さ・・・」

「強い風みたいな・・・あ!お前は風神でいいな」

「・・・変な呼び方はいりません」

おかしなこと言わないでほしいな。

ああ・・・血の匂いも薄れてきたのに、あと二ヶ月で嫌でも思い出すのか・・・。


 「・・・最近笑わないな。元気無いならセレシュに会いに来るといい。もちろんルージュも連れてこい」

頭を撫でられた。


 ルージュと同い年のセレシュ・・・。

父親のウォルターさん、母親のエイミィさんから溺愛されていて、オレも抱かせてもらったことは一度しかない。

ウォルターさんたちにとっては、ようやくできた子どもだからな。

 ルージュと同じ女の子だし、きっと仲良くなってくれると思う。

そう、この子にはちゃんとした友達が必要だ。


 「その内・・・ルージュが話せるようになったら行きます」

「たぶんさ、ルージュは恥ずかしがりなんだよ。本当はお兄ちゃんって呼びたいけど、お前が喜ぶのがこそばゆいから黙ってるんだ」

「そうなんでしょうか・・・」

「他に理由が思い浮かばない。大丈夫だよニルス」

ウォルターさんがルージュのほっぺをつついた。

 アリシアの「大丈夫」とは違う。

自分の娘じゃないのに、同じように考えてくれてる・・・。


 「ルージュ、うちのセレシュと仲良くしてやってくれよ」

「・・・」

「乳母車がいらなくなったら、セレシュと一緒にお出かけしないとな。その時はニルスに任せるか」

同じ親でもこんなに違う。

この人は、セレシュを戦場に出すことは絶対にしないだろうな。

 

 「ウォルターさんは、奥さんも娘もいるからもう戦場には出ない方がいいと思います」

いい人だからやめてほしい。

戦う理由なんか無いだろうし・・・。

 「・・・言えてるよ。でもな、俺やお前みたいに強い奴が出た方が戦死者は減る。だからまだ席を譲るわけにはいかないんだ」

「自分がそうなるっては思わないんですか?」

「・・・だから鍛えてる」

ウォルターさんは指を鳴らした。

 何度か功労者になって、残りの人生はゆっくり過ごせるはずなのにまだやるのか。

悪く思いたくはないけど、この人も狂ってるんじゃ・・・。


 「そういやお前、墓地には行ってないんだってな?」

「はい、あそこには何も無いんで・・・」

ただ名前が刻まれるだけ、行っても意味が無い。

 「その通りだ。だから俺も行ってない」

「弔いは、戦場でしかできないと思います」

「ああ、それでいいのさ。けど・・・墓地に行ってる奴の前では言うなよ?イライザとかバートンとか・・・」

「わかってます」

それを否定はしない。

 何も無い墓地に行くのは、死者のためじゃなくて自分のためだろうから・・・。


 「そうだ、まだ聞いてなかったな。なあニルス、一度戦場に出てみてどうだった?・・・恐かったか?」

「え・・・」

体が固まってしまった。

 「どうしたよ?どんどん前に出てたけど、実際どうだったんだ?」

「別に・・・」

たぶん、何気ない会話のつもりだったんだろう。

だけど、オレは図星を突かれたような気がしてなにも返せなくなった。


 「あはは、気にすんなよ。そうか、恐かったか・・・」

「そんなことない!オレは雷神の息子・・・恐かったら・・・次は出ないよ」

呼吸が乱れていた。

気持ちに嘘をつくと息が苦しくなる。


 「・・・悪かったよ、なんとなくわかった」

「いえ・・・。生意気を言いました」

「いや・・・気にしてないよ」

「でも、すみませんでした」

変な空気になるのも嫌だし、こうするのが一番いい。

感情的になっていいことなんかないからな。


 「あのさニルス、できれば正直に言ってほしいんだ」

ウォルターさんはとても優しい声で立ち上がった。

 「なんですか・・・」

「今のお前に・・・俺からなにかできることはあるか?」

「・・・意味がわかりません」

見上げると、ジーナさんと似たような顔があった。

かわいそう・・・そう思われてるらしい。


 「なにか困ってることがあれば力になってやる。例えば・・・アリシアのこととか・・・」

差し出された手を見た時、少しだけ氷が溶けた気がした。

 「アリシアは関係ない・・・なにも気にしないでください。・・・なにかするつもりなら・・・黙ってはいません」

勘付かれたのかもしれない。

でも、もういいんだ。


 「ニルス・・・もう少し人に心を開くことをした方がいい。疲れるだろ?」

「別に・・・。気が向いたらそうします」

・・・気付いてるんだろうな。

 「アリシアには・・・なにも言わないでください」

「・・・」

「オレは・・・なんでもします・・・」

釘を刺した。

この人は約束を守ってくれる・・・。



 戦場まであと三日になってしまった。

また吐き気が・・・。


 「今日からなにも食べない」

アリシアに伝えた。

吐いたら体力が減る。できるだけ動かないようにしていよう。

 「今回もか・・・前と違ってかなり走るぞ」

「この方が力が出る気がする。迷惑はかけないから安心していいよ」

「そうか・・・期待しているよ」

こんな嘘で通る・・・だからもう期待しない。


 「当日までは瞑想してる」

「わかった」

ルージュに本を読んでやろう・・・。



 凪の月、また戦場に来てしまった・・・。


 大地に染み込んだ血の匂いはどうしても慣れない。

だから呼吸はなるべく抑えていた。

早く終わらせてルージュの元に・・・。


 「大丈夫ニルス君?」

「・・・はい」

「緊張してない?」

「・・・はい」

ティララさんも優しい・・・。


 みんながオレのことを知っているような気がした。

でも、アリシアにはなにも言ってないみたいだ。

もしそうなっていたら、全員殺して街を出ようかな・・・。



 夜明けまであと少し、魔族の姿も見えてきた。


 「・・・巨人がいますね、見えるだけで五十くらい。ドラゴンも・・・けっこういますね。遊撃隊だけじゃ手に負えないと思います」

「飛ぶのは何体だ?」

「確認できるのは三・・・四ですかね。・・・どうします?」

スコットさんがアリシアにどう動くかを聞いている。

 アリシア隊に作戦なんか無い。

ただ突っ込んで強そうなのを片付けていくだけ・・・。


 「どうするか・・・ふふ」

アリシアは笑いながらオレの肩を叩いてきた。

 「私の息子の意見を聞こう。どう思う?」

激しい憤りを感じた。

隠して握った拳は、今までで一番力が入っている気がする。


 「戦場で家族と呼ぶな。・・・あなたが言った」

触れられた手を振り払った。

 「ニルス・・・悪かった」

「・・・」「・・・」

ティララさんとスコットさんが気まずそうな顔をしている。

 今のやり取りを見ていてどう思っただろう。

ああ・・・普通に受け流せばよかったのに・・・。


 「オレはルージュの所に早く帰りたい」

「・・・私もそうだ。ならどうする?」

「簡単だ。オレが斬り崩す」

「ああ、問題ない」

アリシアは特に気にしていないみたいだ。

それでいい、これで手のひらを返したら斬っていた。


 「話は変わるが、この戦いが終わったら・・・お前に渡したいものがあるんだ」

「・・・なに?」

「まだ秘密だ。でも、きっと喜ぶ」

「・・・そう」

アリシアの顔がまた少女に見えた。

ああ・・・どうせ戦いに使うものなんだろうな。



 ルージュ、すぐに終わらせて帰るからね。

そしたら「おかえり」って言ってほしいな・・・。


 ずっと妹のことを考えて戦っていた。

あの子のためにオレは死ねない。この気持ちの方が恐怖よりも強い・・・。


 「ドラゴンを守っているのか。邪魔だな、スコット片付けろ。その間に私たちはドラゴンを叩く」

向かっている先に巨人が三体いた。

 「一人で・・・厳しいです!」

「相手にしていたらドラゴンが羽ばたいてしまうかもしれない。行け!」

「・・・」

スコットさんは返事をしなかった。

 アリシアはいつも無茶な命令を出してるみたいだ。

信頼があるからなのかは知らないけど、もっと言い方を考えられないのか・・・。


 「・・・羽を広げた!!ニルス、お前が巨人に行け」

「はい、アリシア隊長」

「スコット、ティララ、駆け抜けるぞ!」

オレは強く踏み込んだ。

 そうか・・・やっぱりオレが死ぬかもしれないっては一切思っていないんだな。

まあ・・・死なないけど。



 「すげー、もうやってきたのかよ」

「動きが遅かったのでだいぶ楽でしたよ」

すぐにアリシアたちと合流できた。

時間かけてもよかったな・・・。


 「ドラゴンは・・・」

「アリシア様が叫んだ。その前は、落としてこいとかとんでもないこと言われたよ」

「大きな岩が多い・・・。駆け上がって飛び乗れます」

「・・・練習しとくよ」

変な指示出さないで、最初から叫べ・・・。


 「武器は大丈夫?」

「まだいけます」

「壊れたらすぐ言ってね」

ティララさんは予備の剣を背負っている。

支援隊はこんな奥まで来ない。だからその役割もやらされてるみたいだ。


 「聖戦の剣みたいなのがたくさんあればね・・・」

「・・・そうですね」

アリシアの武器はどんな使い方をしても、敵を何体斬っても壊れない。


 オレの死んだ父親が、とても貴重な鉱石を使って作り上げたものらしい。

貴重・・・どんな見た目をしてるんだろう。

 たくさん採掘できる場所を探し当てたら・・・。

ダメだ、熱を上げてはいけない・・・。


 「休んでいる暇はないぞ!敵を片付けながら戻る!」

アリシアが声を張った。

 興奮しているのか顔が蕩けている。

異常者・・・。



 「次は・・・あいつだな。飛ばない奴だが邪魔そうだ」

オレたちの向かう先には、狂ったように火球を吐くドラゴンがいた。


 あとどのくらい走ればいいんだろう。

すいぶん奥まで来てしま・・・。


 「ニルス!どこへ行く」

「すぐに戻る!」

目の端で見えてしまった。


 巨人に囲まれて苦戦している遊撃隊、治癒領域まで引き返すこともできなそうだ。

・・・オレの足なら間に合う。



 「道を開いた!!治癒領域に走れ!!」

囲んでいた巨人たちを倒して駆けつけた。

こんなの・・・何とかしろよ・・・。


 「ニルス・・・助かった」

「いいから早く下がれ!」

目の前の巨人が、オレを踏み潰すために足を上げた。

 

 「遅いんだよ!!」

オレは地に付いていた片足へ剣を突き刺した。

 巨人は怯んで体勢を崩し、正面へ倒れる。ついでに他の敵も何体か潰してくれた。


 「悪いとは思わない。自分で決めて来てるんだろ?」

地に伏した巨人の頭へ剣を突き立てて殺した。

 「・・・もう使えないな」

剣も欠けてしまい、もう使い物にならない。


 「はあ・・・はあ・・・まったく世話の焼ける人たちだ」

死者の残した剣を拾い、オレはまた走った。


 ・・・吐き気がする。

巨人を倒した時、オレは高揚していた。

 呼吸を整えて落ち着こう・・・。

まだ、五体くらいいるからな・・・。

 


 一人だと気持ちが楽だな・・・このまま戻らなくてもいいや。

残っていた巨人も片付けた。


 そういや、巨人とかドラゴンってそんなに繁殖しないのかな?

あいつらだけで来れば、人間側はかなりキツくなるのに・・・。

まあいいや、どうでもいい・・・。


 あとは適当な岩陰にでもいて・・・。

見渡すと、また苦戦していそうな部隊が見えた。

 その方がいいか・・・感謝はされても怒られる筋合いはないしな。

それにアリシアたちは簡単に死なないだろ。


 「見ちゃったからな。助けてやるよ・・・」

あまりアリシアのそばにいたくなかったこともあった。

高揚した顔を見られて、おかしな勘違いをされるのも嫌だ。

 「足止めを食らった」とか適当なこと言えばいい。目に見える奴を片付けたら戻ろう。



 「ニルス・・・ありがとう」

苦戦していたのはイライザさんの隊だった。

無茶しなくていいのに・・・。


 「他の隊と合流して!」

「ああ、立て直すさ」

イライザさんも優しい、だから死んでほしくない・・・。


 「こうなるなら・・・次はもう出ないでください」

「大丈夫さ。私は死なない」

「・・・好きにすればいい」

なんだ・・・みんなどうかしてる・・・。



 「戻ったかニルス、どうだった?」

「別に・・・」

「びっくりしちゃったよ」

「まあニルスはそう簡単にやられないよな」

追いついたオレに、アリシアは何も言わなかった。

心配も無し・・・そんなもんか。


 あれだけやってもまだ戦いは終わらないみたいだ。

まあ、デカいだけで一体だからな。


 ああルージュ、オレを待っていてくれてるかな?

泣いたりしていないかな?


 『そこまでだ。また人間側の勝利だな』

妹を思ったところで戦いは終わった。



 訓練場に戻ってきた。

早く出たいけど、功労者の選出が終わるまでは帰れない。


 「俺たちを囲んでた巨人をニルスが全部倒したんだ」「退路を作ってくれたのよ」「・・・雷神の血か」「アリシアとニルスがいれば面倒なのは片付けてくれるな」「ニルスは脚がやばい。踏み込んだ時の音聞いたことあるか?」

戦士たちのざわめきの中からオレの名前が聞こえてくる。

・・・うるさい。


 「ニルス、助かったよ。命を救われたな」「あなたが来てくれたから無事に帰ってこれたわ」「借りができたな。夜は奢るからよ」

話しかけてくるなよ・・・。

 「目の前の敵を倒しただけです。功労者の発表が終わったら、早く家族の所に帰ってあげてください」

オレは誰の話も聞かずに身支度を整えていた。

終わったら、最速でここを出る。


 早く体を洗って服を着替えたかった。

嫌な匂いが付いたままルージュを迎えに行きたくない。

洗い流せば、この気持ちの悪い昂ぶりもおさまりそうなのに・・・。



 「そして・・・ニルス・クライン。以上が今回の功労者だ」

べモンドさんがオレの名前を口にした。


 「やっぱそうだよな」「名前呼ばれなかったら抗議してたよ」「イライザが推したんだろ」

周りからは納得の声も聞こえてきている。


 そう・・・じゃあもう帰っていいんだな。



 「待てニルス・・・」

外に出た時、後ろからべモンドさんの声が聞こえた。

追いかけてきたのか。なんだよ・・・


 「改めて・・・よくやったぞ。活躍は多くの者が見ていた。・・・嬉しくないのか?」

「面倒なだけです・・・」

オレは目を瞑っていた。

どうでもいい話だ。なんなら誰かに譲ってもいい。


 「・・・珍しいな。その歳で栄光を手にする者は少ない。アリシア以来だ」

栄光・・・それも面倒な話だ。

 「あの・・・オレの名前は公表されるのですか?」

「そうだな。雷神の息子だ、嫌でも新聞に載るだろう」

冗談じゃない、これ以上縛るなよ・・・。


 「名前を公表しないわけにはいかないでしょうか・・・」

「・・・」

べモンドさんは顔色を変えた。

怒りや驚きと違う。


 「そうか・・・まだ十五にもなっていないからな。王にもそう伝えよう。戦士にも一応口止めをしておく」

「できるんですね・・・」

「あいつらも外で話したりはしないはずだ。お前は好かれているからな」

「・・・感謝します」

よかった。

これでいい・・・これでいいんだ。


 「だが王への謁見は断れないぞ。望みを考えておくといい、二日後だからな」

ああ、一度だけ願いを聞いてくれるんだっけ。


 望みか・・・無いよ。

オレは死ぬまで戦って、ルージュを守るためだけに生きるんだろうから。

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