第二十三話 あなたが言った【ニルス】
迷い、戸惑い、焦り、不安・・・全部飲み込んだ。
何百、何千・・・それでも湧いてくる。
もっと・・・もっと冷やさなければ・・・。
◆
初めての戦場から四ヶ月が経った。
水の月、もう十四歳・・・。
「あとひと月で二歳になっちゃう・・・少しだけ立って歩けるようにはなってるのに・・・」
オレはルルさんにルージュのことを相談しに来ていた。
「あなたも遅かったからきっと大丈夫。そんな弱気な顔じゃお兄ちゃんて呼んでもらえないわよ」
「でもおかしい・・・」
ルージュがまったく喋らない。
『泣いたりはするんですよね?』
『はい・・・たくさん話しかけてもいます』
『・・・喉に異常はありません。遅い子は割といますので心配いりませんよ』
医者にも原因はわからなかった。
病気ではない、それだけは安心したけど・・・。
「セレシュは・・・」
「焦らないでニルス、ルージュも大丈夫だから」
ウォルターさんの所のセレシュは、意味はわからないけど言葉を発するようになっているって聞いた。
生まれたのは想の月、ルージュより九ヶ月もあと・・・。
いったいなにが違うんだろう。
「でも・・・」
「根気よく話しかけてあげて、あたしも預かる時はたくさんそうするから」
「うん・・・」
今まで以上に話しかけて、本を読んであげるようにしないと・・・。
「ねえニルス、アリシアには相談してみた?」
「・・・大丈夫だって言ってた」
「それは・・・あなたに寄り添う言い方だった?」
「・・・剣を磨きながらだった」
だからそれ以上は話さなかった。
相談しても意味が無い・・・。
「ニルス・・・やっぱりあたしからアリシアに話す。あなたが嫌な思いをしないようにするから・・・」
「しなくていい・・・」
オレはルージュを見つめた。
「なにもしないでほしい。・・・お願いします」
「ニルス・・・」
ルルさんが抱きしめてくれた。
「溜め込まないでね。誰にも言わないから吐き出したい時は来なさい」
「・・・うん」
「あたしはあなたが辛そうなのはすぐわかる。その時はまたこうしてあげるから・・・」
暖かい・・・ルルさんが母さんだったら・・・。
◆
「あ・・・ニルス・・・」
「・・・こんにちは」
帰り道でジーナさんと出くわした。
できれば、あまり会いたくなかった人だ。
捨てた夢を思い出す・・・。
スコットさんもだけど、そっちは仕方がない。
「なんか久しぶりだね」
「・・・そうですね。ルージュがいるから・・・」
「・・・うん。お兄ちゃんだもんね」
ジーナさんが乳母車で寝ているルージュを撫でた。
「ニルス、ルージュもうちに連れて来ていいんだよ?この子も世界の虜にしちゃおう」
「虜・・・」
「そうそう。アリシアがなんか言うなら、また私が黙らせるからさ」
「なにもしないでください!!」
大声を出してしまった。
よくない・・・勘繰られてしまう・・・。
「・・・ごめんなさい、もっと鍛えないといけないんです。・・・ルージュもまだ喋れないので、一緒に行っても楽しくないと思います」
「ニルス・・・いつでもうちに来ていいからね?エディに言って、お菓子も用意しておくからさ」
ジーナさんの声が優しくなった。
ああ・・・やっぱり・・・。
「ねえニルス・・・アリシアと何かあった?」
「なにもありません・・・。深読みしないでください」
「・・・友達が元気無いのは気になるよ」
「いつも通りです」
早く離れたい・・・。
「ねえニルス・・・私になにかできることある?」
「ありません。オレはなにも困ってないので・・・」
「・・・勝手に動くかもよ?」
「オレは・・・それを許しません」
もう・・・構わないでくれよ・・・。
「だから・・・黙っていてください」
「誰かとあんたの話するのは?」
答えずに睨んだ。
「・・・わかった。でも、私には話してほしいな」
「・・・もう帰ります」
「・・・」
ジーナさんは何も言わなかった。
突き放しちゃったかな・・・。
まあいい、きっともう話しかけてこない・・・。
◆
少しずつ、本当に少しずつ熱を下げていった。
冷えすぎてもう氷漬け・・・オレの心はそんな状態なんだろう。
「今日は風が気持ちいいね。ルージュもそう思う?」
でも、君と話す時は違うよ。
暖かく・・・ルージュのためにそうしている部分は残っている。
「まだ暑いけど、こういう日はのんびりできていいね」
「・・・」
「うんとか・・・言ってほしいな。ああでも・・・無理しないでね。焦っちゃダメだよ?」
母さんたちは走り込みに行っている。
オレは瞑想をしたいって言って、訓練場に残っていた。
『俺は訓練場に行かないで一人で鍛錬してたよ』
ずっと昔、テッドさんが言ってたっけ。
それなら毎日通わなくてもいい気がするけど・・・。
『ニルス、早く行こう』
オレはそれができない。
「ようニルス、暇だったら俺と勝負しないか?」
背中に明るい声が当たった。
・・・ウォルターさんだ。
「嫌だったら別にいいよ」
「いえ、やります・・・」
そういえば戦ったことなかったな。
突撃隊最強か・・・。
「ルージュはいいのか?」
「乳母車に乗せます」
たぶん、そんなにかからない。
「なあニルス、今の自分はどのくらい強いと思う?」
「・・・誰よりも弱いと思ます」
「・・・謙虚だね。行こうぜ」
戦闘のことを聞いているのはわかってたけど、強さはそれだけじゃない。
オレの心は誰よりも弱い、本気でそう思ってる。
自分の心を伝える勇気がない、だから・・・このまま流されていくのかな?
◆
「じゃあ上手く避けろよ」
ウォルターさんは素早く槍を払った。
「さすがですね・・・」
「・・・無駄な動きはしないんだな」
オレは体をほんの少し下げるだけで躱してみせた。
当たれば骨が粉々になりそうだけど、動きが大きすぎるからわざわざ受けにいくバカなんかいないよ。
「余裕って顔だな。思った通りだ」
あ・・・踏み込んだ。じゃあこっちも詰めよう。
オレは構えていた剣を捨て、腰に差していた短剣を抜きながら地面を蹴った。
「はは・・・俺の負け」
逆手に持った短剣は、槍を振り抜いたウォルターさんの首に当ててやった。
これくらいか・・・。
「いい動きだ」
「・・・本気じゃなかったですね」
「どうだったかな・・・でもお前は強いよ。戦場でも、一対一でも、お前に勝てる奴の方が少ない」
「・・・どっちでもいいです」
褒められても嬉しくない。
・・・でも、ルージュからなら別だろうな。
『お兄ちゃんはすごいね』
なんてことをあの子に言われたらそれだけで戦える。
早く、話せるようにならないかな・・・。
色の無い世界で、妹だけは違った。
今のオレにはそれしかない。
◆
「ニルス、ちょっと話そうぜ」
「・・・はい」
ルージュの所に戻ると、ウォルターさんが座り込んだ。
話・・・オレは無いんだけど・・・。
「次からはアリシア隊だろ?お前の速さなら余裕で付いていけると思うよ」
「速さ・・・」
「強い風みたいな・・・あ!お前は風神でいいな」
「・・・変な呼び方はいりません」
おかしなこと言わないでほしいな。
ああ・・・血の匂いも薄れてきたのに、あと二ヶ月で嫌でも思い出すのか・・・。
「・・・最近笑わないな。元気無いならセレシュに会いに来るといい。もちろんルージュも連れてこい」
頭を撫でられた。
ルージュと同い年のセレシュ・・・。
父親のウォルターさん、母親のエイミィさんから溺愛されていて、オレも抱かせてもらったことは一度しかない。
ウォルターさんたちにとっては、ようやくできた子どもだからな。
ルージュと同じ女の子だし、きっと仲良くなってくれると思う。
そう、この子にはちゃんとした友達が必要だ。
「その内・・・ルージュが話せるようになったら行きます」
「たぶんさ、ルージュは恥ずかしがりなんだよ。本当はお兄ちゃんって呼びたいけど、お前が喜ぶのがこそばゆいから黙ってるんだ」
「そうなんでしょうか・・・」
「他に理由が思い浮かばない。大丈夫だよニルス」
ウォルターさんがルージュのほっぺをつついた。
アリシアの「大丈夫」とは違う。
自分の娘じゃないのに、同じように考えてくれてる・・・。
「ルージュ、うちのセレシュと仲良くしてやってくれよ」
「・・・」
「乳母車がいらなくなったら、セレシュと一緒にお出かけしないとな。その時はニルスに任せるか」
同じ親でもこんなに違う。
この人は、セレシュを戦場に出すことは絶対にしないだろうな。
「ウォルターさんは、奥さんも娘もいるからもう戦場には出ない方がいいと思います」
いい人だからやめてほしい。
戦う理由なんか無いだろうし・・・。
「・・・言えてるよ。でもな、俺やお前みたいに強い奴が出た方が戦死者は減る。だからまだ席を譲るわけにはいかないんだ」
「自分がそうなるっては思わないんですか?」
「・・・だから鍛えてる」
ウォルターさんは指を鳴らした。
何度か功労者になって、残りの人生はゆっくり過ごせるはずなのにまだやるのか。
悪く思いたくはないけど、この人も狂ってるんじゃ・・・。
「そういやお前、墓地には行ってないんだってな?」
「はい、あそこには何も無いんで・・・」
ただ名前が刻まれるだけ、行っても意味が無い。
「その通りだ。だから俺も行ってない」
「弔いは、戦場でしかできないと思います」
「ああ、それでいいのさ。けど・・・墓地に行ってる奴の前では言うなよ?イライザとかバートンとか・・・」
「わかってます」
それを否定はしない。
何も無い墓地に行くのは、死者のためじゃなくて自分のためだろうから・・・。
「そうだ、まだ聞いてなかったな。なあニルス、一度戦場に出てみてどうだった?・・・恐かったか?」
「え・・・」
体が固まってしまった。
「どうしたよ?どんどん前に出てたけど、実際どうだったんだ?」
「別に・・・」
たぶん、何気ない会話のつもりだったんだろう。
だけど、オレは図星を突かれたような気がしてなにも返せなくなった。
「あはは、気にすんなよ。そうか、恐かったか・・・」
「そんなことない!オレは雷神の息子・・・恐かったら・・・次は出ないよ」
呼吸が乱れていた。
気持ちに嘘をつくと息が苦しくなる。
「・・・悪かったよ、なんとなくわかった」
「いえ・・・。生意気を言いました」
「いや・・・気にしてないよ」
「でも、すみませんでした」
変な空気になるのも嫌だし、こうするのが一番いい。
感情的になっていいことなんかないからな。
「あのさニルス、できれば正直に言ってほしいんだ」
ウォルターさんはとても優しい声で立ち上がった。
「なんですか・・・」
「今のお前に・・・俺からなにかできることはあるか?」
「・・・意味がわかりません」
見上げると、ジーナさんと似たような顔があった。
かわいそう・・・そう思われてるらしい。
「なにか困ってることがあれば力になってやる。例えば・・・アリシアのこととか・・・」
差し出された手を見た時、少しだけ氷が溶けた気がした。
「アリシアは関係ない・・・なにも気にしないでください。・・・なにかするつもりなら・・・黙ってはいません」
勘付かれたのかもしれない。
でも、もういいんだ。
「ニルス・・・もう少し人に心を開くことをした方がいい。疲れるだろ?」
「別に・・・。気が向いたらそうします」
・・・気付いてるんだろうな。
「アリシアには・・・なにも言わないでください」
「・・・」
「オレは・・・なんでもします・・・」
釘を刺した。
この人は約束を守ってくれる・・・。
◆
戦場まであと三日になってしまった。
また吐き気が・・・。
「今日からなにも食べない」
アリシアに伝えた。
吐いたら体力が減る。できるだけ動かないようにしていよう。
「今回もか・・・前と違ってかなり走るぞ」
「この方が力が出る気がする。迷惑はかけないから安心していいよ」
「そうか・・・期待しているよ」
こんな嘘で通る・・・だからもう期待しない。
「当日までは瞑想してる」
「わかった」
ルージュに本を読んでやろう・・・。
◆
凪の月、また戦場に来てしまった・・・。
大地に染み込んだ血の匂いはどうしても慣れない。
だから呼吸はなるべく抑えていた。
早く終わらせてルージュの元に・・・。
「大丈夫ニルス君?」
「・・・はい」
「緊張してない?」
「・・・はい」
ティララさんも優しい・・・。
みんながオレのことを知っているような気がした。
でも、アリシアにはなにも言ってないみたいだ。
もしそうなっていたら、全員殺して街を出ようかな・・・。
◆
夜明けまであと少し、魔族の姿も見えてきた。
「・・・巨人がいますね、見えるだけで五十くらい。ドラゴンも・・・けっこういますね。遊撃隊だけじゃ手に負えないと思います」
「飛ぶのは何体だ?」
「確認できるのは三・・・四ですかね。・・・どうします?」
スコットさんがアリシアにどう動くかを聞いている。
アリシア隊に作戦なんか無い。
ただ突っ込んで強そうなのを片付けていくだけ・・・。
「どうするか・・・ふふ」
アリシアは笑いながらオレの肩を叩いてきた。
「私の息子の意見を聞こう。どう思う?」
激しい憤りを感じた。
隠して握った拳は、今までで一番力が入っている気がする。
「戦場で家族と呼ぶな。・・・あなたが言った」
触れられた手を振り払った。
「ニルス・・・悪かった」
「・・・」「・・・」
ティララさんとスコットさんが気まずそうな顔をしている。
今のやり取りを見ていてどう思っただろう。
ああ・・・普通に受け流せばよかったのに・・・。
「オレはルージュの所に早く帰りたい」
「・・・私もそうだ。ならどうする?」
「簡単だ。オレが斬り崩す」
「ああ、問題ない」
アリシアは特に気にしていないみたいだ。
それでいい、これで手のひらを返したら斬っていた。
「話は変わるが、この戦いが終わったら・・・お前に渡したいものがあるんだ」
「・・・なに?」
「まだ秘密だ。でも、きっと喜ぶ」
「・・・そう」
アリシアの顔がまた少女に見えた。
ああ・・・どうせ戦いに使うものなんだろうな。
◆
ルージュ、すぐに終わらせて帰るからね。
そしたら「おかえり」って言ってほしいな・・・。
ずっと妹のことを考えて戦っていた。
あの子のためにオレは死ねない。この気持ちの方が恐怖よりも強い・・・。
「ドラゴンを守っているのか。邪魔だな、スコット片付けろ。その間に私たちはドラゴンを叩く」
向かっている先に巨人が三体いた。
「一人で・・・厳しいです!」
「相手にしていたらドラゴンが羽ばたいてしまうかもしれない。行け!」
「・・・」
スコットさんは返事をしなかった。
アリシアはいつも無茶な命令を出してるみたいだ。
信頼があるからなのかは知らないけど、もっと言い方を考えられないのか・・・。
「・・・羽を広げた!!ニルス、お前が巨人に行け」
「はい、アリシア隊長」
「スコット、ティララ、駆け抜けるぞ!」
オレは強く踏み込んだ。
そうか・・・やっぱりオレが死ぬかもしれないっては一切思っていないんだな。
まあ・・・死なないけど。
◆
「すげー、もうやってきたのかよ」
「動きが遅かったのでだいぶ楽でしたよ」
すぐにアリシアたちと合流できた。
時間かけてもよかったな・・・。
「ドラゴンは・・・」
「アリシア様が叫んだ。その前は、落としてこいとかとんでもないこと言われたよ」
「大きな岩が多い・・・。駆け上がって飛び乗れます」
「・・・練習しとくよ」
変な指示出さないで、最初から叫べ・・・。
「武器は大丈夫?」
「まだいけます」
「壊れたらすぐ言ってね」
ティララさんは予備の剣を背負っている。
支援隊はこんな奥まで来ない。だからその役割もやらされてるみたいだ。
「聖戦の剣みたいなのがたくさんあればね・・・」
「・・・そうですね」
アリシアの武器はどんな使い方をしても、敵を何体斬っても壊れない。
オレの死んだ父親が、とても貴重な鉱石を使って作り上げたものらしい。
貴重・・・どんな見た目をしてるんだろう。
たくさん採掘できる場所を探し当てたら・・・。
ダメだ、熱を上げてはいけない・・・。
「休んでいる暇はないぞ!敵を片付けながら戻る!」
アリシアが声を張った。
興奮しているのか顔が蕩けている。
異常者・・・。
◆
「次は・・・あいつだな。飛ばない奴だが邪魔そうだ」
オレたちの向かう先には、狂ったように火球を吐くドラゴンがいた。
あとどのくらい走ればいいんだろう。
すいぶん奥まで来てしま・・・。
「ニルス!どこへ行く」
「すぐに戻る!」
目の端で見えてしまった。
巨人に囲まれて苦戦している遊撃隊、治癒領域まで引き返すこともできなそうだ。
・・・オレの足なら間に合う。
◆
「道を開いた!!治癒領域に走れ!!」
囲んでいた巨人たちを倒して駆けつけた。
こんなの・・・何とかしろよ・・・。
「ニルス・・・助かった」
「いいから早く下がれ!」
目の前の巨人が、オレを踏み潰すために足を上げた。
「遅いんだよ!!」
オレは地に付いていた片足へ剣を突き刺した。
巨人は怯んで体勢を崩し、正面へ倒れる。ついでに他の敵も何体か潰してくれた。
「悪いとは思わない。自分で決めて来てるんだろ?」
地に伏した巨人の頭へ剣を突き立てて殺した。
「・・・もう使えないな」
剣も欠けてしまい、もう使い物にならない。
「はあ・・・はあ・・・まったく世話の焼ける人たちだ」
死者の残した剣を拾い、オレはまた走った。
・・・吐き気がする。
巨人を倒した時、オレは高揚していた。
呼吸を整えて落ち着こう・・・。
まだ、五体くらいいるからな・・・。
◆
一人だと気持ちが楽だな・・・このまま戻らなくてもいいや。
残っていた巨人も片付けた。
そういや、巨人とかドラゴンってそんなに繁殖しないのかな?
あいつらだけで来れば、人間側はかなりキツくなるのに・・・。
まあいいや、どうでもいい・・・。
あとは適当な岩陰にでもいて・・・。
見渡すと、また苦戦していそうな部隊が見えた。
その方がいいか・・・感謝はされても怒られる筋合いはないしな。
それにアリシアたちは簡単に死なないだろ。
「見ちゃったからな。助けてやるよ・・・」
あまりアリシアのそばにいたくなかったこともあった。
高揚した顔を見られて、おかしな勘違いをされるのも嫌だ。
「足止めを食らった」とか適当なこと言えばいい。目に見える奴を片付けたら戻ろう。
◆
「ニルス・・・ありがとう」
苦戦していたのはイライザさんの隊だった。
無茶しなくていいのに・・・。
「他の隊と合流して!」
「ああ、立て直すさ」
イライザさんも優しい、だから死んでほしくない・・・。
「こうなるなら・・・次はもう出ないでください」
「大丈夫さ。私は死なない」
「・・・好きにすればいい」
なんだ・・・みんなどうかしてる・・・。
◆
「戻ったかニルス、どうだった?」
「別に・・・」
「びっくりしちゃったよ」
「まあニルスはそう簡単にやられないよな」
追いついたオレに、アリシアは何も言わなかった。
心配も無し・・・そんなもんか。
あれだけやってもまだ戦いは終わらないみたいだ。
まあ、デカいだけで一体だからな。
ああルージュ、オレを待っていてくれてるかな?
泣いたりしていないかな?
『そこまでだ。また人間側の勝利だな』
妹を思ったところで戦いは終わった。
◆
訓練場に戻ってきた。
早く出たいけど、功労者の選出が終わるまでは帰れない。
「俺たちを囲んでた巨人をニルスが全部倒したんだ」「退路を作ってくれたのよ」「・・・雷神の血か」「アリシアとニルスがいれば面倒なのは片付けてくれるな」「ニルスは脚がやばい。踏み込んだ時の音聞いたことあるか?」
戦士たちのざわめきの中からオレの名前が聞こえてくる。
・・・うるさい。
「ニルス、助かったよ。命を救われたな」「あなたが来てくれたから無事に帰ってこれたわ」「借りができたな。夜は奢るからよ」
話しかけてくるなよ・・・。
「目の前の敵を倒しただけです。功労者の発表が終わったら、早く家族の所に帰ってあげてください」
オレは誰の話も聞かずに身支度を整えていた。
終わったら、最速でここを出る。
早く体を洗って服を着替えたかった。
嫌な匂いが付いたままルージュを迎えに行きたくない。
洗い流せば、この気持ちの悪い昂ぶりもおさまりそうなのに・・・。
◆
「そして・・・ニルス・クライン。以上が今回の功労者だ」
べモンドさんがオレの名前を口にした。
「やっぱそうだよな」「名前呼ばれなかったら抗議してたよ」「イライザが推したんだろ」
周りからは納得の声も聞こえてきている。
そう・・・じゃあもう帰っていいんだな。
◆
「待てニルス・・・」
外に出た時、後ろからべモンドさんの声が聞こえた。
追いかけてきたのか。なんだよ・・・
「改めて・・・よくやったぞ。活躍は多くの者が見ていた。・・・嬉しくないのか?」
「面倒なだけです・・・」
オレは目を瞑っていた。
どうでもいい話だ。なんなら誰かに譲ってもいい。
「・・・珍しいな。その歳で栄光を手にする者は少ない。アリシア以来だ」
栄光・・・それも面倒な話だ。
「あの・・・オレの名前は公表されるのですか?」
「そうだな。雷神の息子だ、嫌でも新聞に載るだろう」
冗談じゃない、これ以上縛るなよ・・・。
「名前を公表しないわけにはいかないでしょうか・・・」
「・・・」
べモンドさんは顔色を変えた。
怒りや驚きと違う。
「そうか・・・まだ十五にもなっていないからな。王にもそう伝えよう。戦士にも一応口止めをしておく」
「できるんですね・・・」
「あいつらも外で話したりはしないはずだ。お前は好かれているからな」
「・・・感謝します」
よかった。
これでいい・・・これでいいんだ。
「だが王への謁見は断れないぞ。望みを考えておくといい、二日後だからな」
ああ、一度だけ願いを聞いてくれるんだっけ。
望みか・・・無いよ。
オレは死ぬまで戦って、ルージュを守るためだけに生きるんだろうから。




