第二十一話 話しかけないで【ニルス】
妹ができて、少しだけ周りの景色が変わった。
「ねえルージュ、どんな夢を見てるの?」
寝顔をただ見ているだけで暖かい気持ちになれて、たくさんある憂鬱なことは我慢できるようになれていた。
この子がいればなんだってできるし、なんでもする・・・。
だから・・・もっと笑ってほしいな。
◆
「寒くなってきたし、ルージュに厚めの毛布を買ってあげたい」
母さんの背中に話しかけた。
もう宵の月だ。
雪が降ってきたら、この子は寒くて耐えられないと思う。
「毛布か・・・」
「ルージュに似合うのを選んであげたいんだ」
今日はアカデミーが休み、だからそうしようってずっと考えていた。
「母さんも一緒に行こうか?」
「訓練場に行っていいよ」
「そうか・・・ニルスのために昼過ぎには戻るよ」
「・・・わかった」
オレはルージュを乳母車に乗せた。
付いて来てほしくない、ルージュと二人がいいんだ。
◆
「じゃあ行こうかルージュ、風邪ひかないように早めに帰ってこようね」
帽子を深く被って歩き出した。
髪の毛は目印になるから隠す。
雷神の息子だって知られたくない・・・。
「ルージュにとっては初めての冬だね。寒かったら抱っこしてあげるから教えてね」
「・・・」
まだ生まれて三ヶ月だから、当然だけど返事はない。
でもこれでいい。こうしてあげていれば、早くお喋りができるようになるはずってルルさんが言ってた。
「ここを歩いてくとノウサギ通りに入るんだよ。そこからは、青い柱をたどっていけば大通りに行けるから覚えておいてね」
「・・・」
「赤い柱もあるんだけど、そっちは裏町に続いてるんだ。危ないから子どもは入っちゃダメなんだよ。もちろんルージュもダメだけど、オレと一緒の時は守ってあげるから大丈夫」
「・・・」
話しかけると、ルージュが口元を持ち上げてくれる。
これだけでいいんだ。
帰るまでたくさん笑っててもらおう。
◆
大通りにある寝具屋に入った。
「いらっしゃい」
「こんにちは。あの・・・乳母車は中に入れていいですか?」
「ああ、いいよ」
「ありがとうございます。・・・よかったねルージュ」
店のおじさんは感じのいい人だった。
よし、ここで買おう。
「新しい枕でも見にきたの?」
「いえ、この子のために温かい毛布を買いに来ました」
「へえ、かわいいな・・・赤ん坊用か。あっち、角の棚にあるから選んでやりな」
おじさんが指差した棚には色とりどりの毛布が置かれていた。
「はい、見させてもらいます」
やっぱりここで正解だったな。
一つ一つ合わせてあげよう。
◆
「うーん・・・青はなんか冷たい感じがするな。夏ならこっちのほうがいいけど・・・」
「迷ってるの?」
選んでいるとお姉さんが話しかけてきた。
たぶん店の人だ。
「この子に似合うのを買ってあげたくて・・・」
「わあ、かわいいわね。じゃあ、ぼうやはお兄ちゃん?」
「そうです。・・・なかなか決まらなくて」
「じゃあ手伝ってあげる。それと・・・こっちには模様付もあるのよ」
見るのが増えてしまった。
いや、暗いのと冷たい色は選ばないから全部合わせる必要はないな。
◆
「またなにかあったら来てね」
「はい、ありがとうございました」
お姉さんが手伝ってくれたおかげで、そんなに時間はかからなかった。
ルージュもなんとなく喜んでいる気がする。
昼前に終わってよかった。
帰ったら鍛錬・・・いや、今考えるのはやめよう。
「ルージュは赤が似合うね。雪模様だけどあったかいでしょ?」
いい物を買えたと思う。
炎のように温かい赤、この子の髪の毛の色に合っている。
「母さんにも見せてあげようか。まだ戻ってないと思うから、それまでは本を読んであげる」
「・・・」
乳母車のルージュは、じっとオレを見ているだけ。
そう、オレを見てくれている・・・。
◆
「あ・・・ニルスか?」
大通りを出て小道に入った時、誰かが声をかけてきた。
「ニルスだろ?」
別の声・・・もう一人いるみたいだ。
心が一気に冷えた。
帽子を被ってるのにわかるってことは、たぶんアカデミーの奴だ。
どうしよう・・・答えないで行くか。
「あ、ちょっと待てって」
無視して通り過ぎようとしたら肩を掴まれた。
「・・・なに?」
なんだよ、ルージュと二人きりだったのに・・・。
「やっぱりニルスじゃん」
「用が無いなら話しかけないでほしい」
「・・・用はある。回り道した方がいいよ」
「回り道・・・」
オレは顔を上げた。
・・・男の子が二人、少し怯えた感じだ。
やっぱりアカデミーの奴、名前は・・・憶えてないかも。
「ノウサギ通りの方が家に近いんだ。構わないで・・・」
「年上の奴らが道を塞いでるんだよ。行ったら絡まれてお金を取られる」
「来た時は誰もいなかった。それにあそこは誰の道でもないよ。・・・じゃあ」
「やめとけって、ジェニーは財布取られちゃったんだ」
一人が振り返った。
気付かなかったけど、後ろで泣いている女の子がいる。
また別の女の子に肩を抱かれて、静かに・・・。
「だからなに?ていうか、友達なのに黙って見てたの?」
「一緒にいなかった時だよ。ここで泣いてんの見つけたんだ」
「取り返してあげたらいい」
「無理だろ・・・ずっと年上だぞ。体もデカいし、たぶんお前でも勝てない」
「そう・・・」
オレは乳母車を押して、その子・・・ジェニーに近付いた。
「財布取られたんだ?」
「うん・・・」
「何人いたの?」
「三人・・・」
ジェニーは裏返った声で答えてくれた。
泣いててどうにかなるのか?
「お母さんにお使いを頼まれたんだって、中には三万エールも入ってたみたいなの」
慰めてた女の子が聞いてないことまで言い出した。
この子も・・・名前わかんないや。
「どうしよう・・・叱られちゃうよ・・・」
「・・・衛兵を呼べばいいんだよ」
「お母さんに心配かけたくない・・・」
ジェニーは声を出して泣き始めた。
どっちにしろそうなるだろ・・・。
本音で言ったら、この子がこれからどうなるかとかはまったく興味ない。
オレが考えたのはルージュの未来・・・。
妹が大きくなった時、こんな感じで泣いていたら?
この先にいる奴らはずっと同じことを続けてて、ルージュが出くわしたらどうする?
そう思ったら声をかけていた。
「大丈夫だよジェニー、みんなでお母さんに事情を話しに行ってあげるから」
慰め係の女の子は、優しくジェニーの背中をさすっている。
そうするしかないだろうけど・・・。
オレはルージュを見つめた。
『助けてあげないの?』
そう言われた気がした。
大丈夫だよルージュ、お兄ちゃんは・・・。
「あのさ、妹が恐がるから泣かないでよ」
「・・・ごめん・・・ごめんね」
「妹を見ててほしい、泣いたら抱いて揺すってあげてね。おしめはさっき変えたから大丈夫だと思う」
「え・・・あ・・・手・・・」
オレはジェニーの手を取って、乳母車を握らせた。
「財布ってどんなの?」
「山吹色で・・・ツバメの刺繡が入ってる・・・。買ってもらったばかりだったの・・・」
「わかった」
見れば大丈夫そうだな。
「ニルス・・・」
「お、おれたちも・・・」
男の子たちが、不安そうな顔で付いてこようとしている。
でも・・・。
「一人でいい、四人で妹を見てて」
足手纏いはいらない。年上だろうと、何人だろうと、母さんより強いはずないからな。
それに、未来のルージュのためだ・・・。
◆
「この道に入ったらさ、俺たちに有り金全部出す決まりなんだよ」
小道に入るとそいつらがいた。
近付いたオレを取り囲んでニヤニヤしている。
「出したら通っていいぜ」
「とりあえずお財布見してよ」
「その鞄か?」
聞いてた通り三人だ。
周りには誰もいない。他の人たちは、気付いてすぐに引き返したんだろうな。
「さっき女の子から財布取ったでしょ?返して」
早く終わらせたい・・・。
「へー、かっこいいなお前。一人で来たのか?」
「そうだよ・・・」
目の前にいた男を蹴り飛ばした。
油断しすぎ・・・避けろよ。
「なにしてんだよ!」
横にいた男が殴りかかってきた。
この人、母さんよりずっと遅い・・・。
「ぐ・・・」
足をかけて転ばせた。
やっぱり戦いに慣れてないんだ。・・・あと一人。
「あの人はしばらく起きないと思う。早く財布返して」
「ちっ・・・」
「あ・・・待て!」
無事だった男が逃げ出した。
「ちょっと・・・財布は・・・あ!!」
気を取られたその隙に、転ばせた男も走り去った。
残ったのは最初に蹴り飛ばして気絶した人だけ・・・。
「まあいいや、この人が持ってればいいだけだし・・・」
もっと軽く蹴ればよかったな。
・・・起こさないと。
「早く起きて」
オレは倒れた男の頬を叩いた。
「・・・」
「仕方ないな・・・」
火の魔法を使った。
指先から少しだけ・・・。
「う・・・あっつ!!!」
「あ、起きた」
男の鼻先をちょっとだけ焦がすと、すぐに飛び起きてくれた。
「てめー・・・」
「財布返して」
腕を締め上げた。
「いって・・・放せよ」
「返したら放すよ」
今度は逃げられないようにしないとな。
「お前・・・衛兵に見つかったらどうすんだよ。魔法は人を傷付けるために使っちゃダメだってアカデミーで教わんなかったか?」
「お兄さんたちは衛兵が来ない時間を狙ってやってるみたいだね。・・・ていうか、人のものを奪ってはいけないって教わらなかった?」
「お前捕まるぞ・・・」
「そっちもね」
けど、たぶんオレは大丈夫だ。
使いたくないけど、自分と母さんの名前を出せばすぐに解放される。
「だから・・・早く財布返して」
「俺は持ってない・・・。証拠になんないように、定期的に回収する奴が・・・ぐあ!!」
嘘かどうか確かめるために指を一本折った。
「その嘘・・・本当?」
「嘘じゃねーよ!」
動かないといけないのか・・・。
「じゃあその回収の人のとこか、ありそうなとこに連れてって」
「・・・」
「連れてって」
「・・・どうなっても知らねーからな!」
次の指に手をかけると観念してくれた。
まったく・・・ごめんねルージュ、ちょっと遅くなる。
◆
「ここ?」
「そうだ・・・。諦めろよ、ここにいる人はこえーぞ」
「雷神よりも?」
「雷神ほどじゃないと思うけど・・・」
案内されたのは、昔は酒場だったんだろうなって感じの建物だった。
中は絶対綺麗じゃなさそう・・・。
「裏町かと思ったけど違うんだ?」
「あっちは別な奴らの縄張りだ。俺らよりずっとやべーのが大勢いるんだよ」
「そう・・・どっちでもいいや」
「なん・・・うわ!」
オレは扉を開いて、押さえていた男を中に蹴り飛ばした。
「うるせーな・・・なんだよ!」
すぐに奥から別な男の声が聞こえた。
一番上が出てきてくれればいいな・・・。
「すみませんライズさん・・・あのガキが・・・」
「・・・ガキ?」
「案内しろって、指を折られて・・・」
「あれか・・・」
ライズって呼ばれた男の姿が見えた。
赤毛・・・大きいな・・・。
「財布を返してほしいんだ」
でも、一緒だ・・・。
「財布か・・・知らねーな」
「早く帰りたいんだ」
「帰れると思ってんのか?」
「思ってる・・・」
答えた瞬間、酒瓶が飛んできた。
脅しか・・・ぶつけにこい・・・。
「なんで当てないの?」
「次はそうするぞ」
「えっと・・・ライズさんだっけ?財布だけ・・・」
「オレはガキだからって容赦しねーぞ。おい!」
ライズさんの声で、何人かが立ち上がった。
四人・・・思ったより少ないな。
でも、みんな短剣を持ってる。
「誘拐されて消えるガキなんかしょっちゅういるらしいぜ。どこに行っちまったんだろうな?」
やるしかないみたいだ。
「経験ないからわかんない」
「そうだろうな。けど、これからわかるかもしんねーぞ」
・・・全然恐くない。
『それが斬られた痛みだ。相手に与えることになるから覚えておけ』
『ちょ・・・何してんですか!!』
『いや・・・だからティララに来てもらって・・・』
『こんなことする必要ありません!!ニルス君見せて、すぐ治すから・・・』
あれの方が・・・恐かった。
でも、強くはなれたかな・・・。
「妹が待ってるんだ・・・」
オレは一番近い男に飛びついた。
舐められてるのはこっちを見る目でわかる。
だから負けるはずがない・・・。
「ぐ・・・」
「寝てて・・・みんなで治癒をかければ治ると思う・・・」
力いっぱいに腕を捻じって折った。
「うあああ!!!」
「武器持ってるくせに覚悟してなかったんだ・・・」
「・・・」「・・・」「・・・」
他の三人が怯んだ。
ここは床が脆い、本気で踏みこんだら壊れてしまう。
でも、こうなったらあとは楽だ。
◆
「く・・・」
「とりあえず話を聞いてほしい」
ライズさんの首元に刃を当てた。
制圧ってこんなに簡単なんだな。戦士だったらきつかったかもしれないけど。
「お前・・・俺たちを潰しに来たのか?」
「話聞いてなかったの?財布を返してもらいに来たんだ」
「・・・誰に頼まれた?」
「自分で決めてだよ・・・。山吹色でツバメの刺繍が入ってる財布だ」
さっき昼の鐘が聞こえた。
早くしないと母さんが帰ってきてしまう。
「お願い・・・早くして」
「おい!回収した奴探して連れて来い!!」
すぐに男たちが駆けだした。
あとは待つだけだな・・・。
◆
「なんもしねーからほどけよ」
オレはライズさんを縛り上げて床に寝かせた。
ずっと押さえてるのは疲れる。
「財布が戻ったらオレは帰る。そのあと誰かにやってもらって」
「・・・お前、名前は?」
「教えない」
絶対に・・・。
「ねえ、子どもを誘拐したりもするの?」
「・・・俺らはやってねーよ」
「さっきのは?」
「脅しだ・・・」
「そう・・・」
まだかな・・・。
◆
「ライズさん!」
そこまで待たずに一人が戻ってきた。
すぐ見つかったんだな。
「実は・・・財布はどっかに捨てたみたいで・・・」
「・・・おいガキ、いくら入ってた?」
「三万エールって聞いた」
「金は返す・・・ぐ!!」
ライズさんの顔を床にぶつけた。
お金だけ戻ってもダメだ。
買ってもらったばかりって言ってたし、それだけ消えたら親も心配するはず・・・。
「探させて・・・」
オレはライズさんの耳元に口を近付けた。
「時の鐘が一つ鳴ったら左腕を落とす。次は右腕、両脚、鼻、耳・・・目は落ちてくとこが見えるように最後にするけど・・・順番はどうしてもって言うなら変えてやってもいい」
殺気も当てた。
言う通りにしてもらう。
「・・・なに突っ立ってんだ!全員集めて早く探しに行け!!俺の腕が落ちる前に見つけろよ!!!」
・・・最初からこうしてれば、もう見つかってたかもな。
「・・・お前をガキだと思わねーことにする」
「そう・・・」
「よくわかったよ・・・。お前は敵にしちゃいけねー奴だ」
「財布が見つからなかったらそうなるよ」
腕を落とすなんて脅しだ。
本当に見つからなければ、あの子の家に謝りに行かせよう。
あとは、その辺の衛兵につき出せばいい。
◆
「山吹色・・・ツバメ・・・たぶんこれだ」
財布は、本当に時の鐘が鳴る前に見つかった。
こうやってみんなで協力できるんなら、もっと役に立つことすればいいのに・・・。
「名前は教えないけど、オレの顔を忘れないでほしい。オレはここにいる全員の顔を覚えた。関わってきたら殺す・・・」
「わかったよ・・・」
「まだ赤ん坊の妹がいるんだ。あの子が大きくなった時に同じことがあって、ここにいる誰かが犯人だったら・・・」
「ああ・・・わかってるよ!」
ライズさんはふてくされた顔で約束してくれた。
元気もあるのに、なんでこんなことしてるんだろ・・・。
「奪わずにまともな仕事をすればいいと思う。元気もあるし・・・」
なんか言いたくなってしまった。
オレは、この人たちを心配してるのかな?
「親切なガキだな・・・昔はしてたよ」
「なにしてたの?・・・教えて」
なんで聞きたくなったんだろ・・・。
「そのやべー感じ出すな。北部で・・・建築の設計士をやってた。ムカつく客殴って、出てかなきゃいけなくなったからここに来たんだよ。・・・こいつらもはぐれもんだ」
「設計士・・・」
「ムカつくこと思い出させやがって・・・」
ああそうか・・・。
「血の気が多いなら戦士にでもなったらいいよ・・・」
こういう人たちの方が向いてるって思ったからかな・・・。
「あー?冗談だろ。命かけてまで戦うなんてバカだぜ」
「・・・千人に選ばれればかなり貰える。功労者に選ばれれば・・・」
「死んだら意味ねーだろ」
「言われてみれば・・・そうだね」
苦しくなってきた。
この人は当たり前のことを言ってる・・・。
「それにガキの頃から、戦士にだけはなるなって母ちゃんに言われてたしな」
「・・・なんで?」
「俺に死んでほしくねーからだよ。これでも愛されてたんだぜ?」
「そう・・・もう、関わらないでね」
オレは財布を持って走った。
今の言葉・・・振り払わないといけない・・・。
聞くんじゃなかった・・・。
すぐに出ればよかった・・・。
◆
「ね・・・お兄ちゃんはもうすぐ戻るから泣き止んで・・・」
「訓練場に行って雷神に話した方が・・・」
「そうだよ、さすがに大人が相手だし・・・」
「次の時の鐘まで戻らなかったらそうしよう」
四人の所に戻ると、ルージュの泣き声と困った感じの話が聞こえてきた。
待たせすぎたか、知らない人と一緒は恐かったよね・・・。
「あ・・・ニルス・・・」
「ニルス君!」
「どうなったんだ?」
「なにかされた?」
四人がオレに気付いた。
鬱陶しい・・・。
「はい、返してもらったよ。中身も三万エール入ってる」
「え・・・」
「妹を返して・・・」
ジェニーに財布を渡して、ルージュを受け取った。
「すご・・・」
「私たちがあやしても全然ダメだったのに・・・」
ルージュはオレが抱くとすぐに泣き止んだ。
ごめんね・・・。
「中身は間違いない?」
「うん・・・ありがとうニルス君・・・」
「じゃあね・・・。オレも早く帰らないといけないから」
思ったより遅くなった。
たぶん、母さんはもう戻ってる。
ルージュも連れてだから叱られるかもしれない。
「出てけ」とか・・・言われないよな・・・。
「あの・・・ニルス君、なにかお礼を・・・」
背中にジェニーの声が当たった。
うるさいな・・・。
「いらない、アカデミーでも話しかけないで」
「え・・・」
「それと、今日のことは誰にも言わないでほしい。喋ったら許さない・・・」
オレは答えを待たずに四人から離れた。
なんでこんなことに・・・。
◆
帰り道は少しだけ早く歩いた。
周りの風景から色が消えていく・・・。
「大丈夫だよ。悪い奴もいるみたいだけど、君が危ない時は兄さんが助けてあげるからね」
「・・・」
でも、ルージュだけは違う。
君だけはちゃんと色がある。
「しばらくお出かけはやめようか。今日みたいになったら面倒だしね」
「・・・」
少しだけ体が熱い、冷まさないと・・・。
「ルージュ、赤にしてよかったね。兄さんに似合うのは・・・どんな色だろ?」
母さんには選ぶのに時間がかかったって言おうかな。
ルージュの笑顔を見れば、信じてくれるよね・・・。




