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Our Story  作者: NeRix
地の章 第二部
20/481

第十八話 未知の世界【ニルス】

 旅人になるために鍛えるのはとっても楽しい。

なにより、母さんが褒めてくれるから続けられる。

 

 強くなればもっと・・・。



 「おっ、ニルスじゃん」

「こんにちは」

街を走っているとジーナさんと出くわした。

 「子どもは元気いっぱいだね」

昔は戦士で自分の隊を率いていたらしい。

もう戦場は引退していて、自由にのんびり暮らしてる人だ。


 「一人?アリシアは?」

「母さんはひと月くらい戻らないよ。寂しがりに会いに行った」

きのうの朝にセイラさんの馬車で街を出たから、たぶんそのくらいは帰ってこない。

 「ふーん、ニルスの弟か妹はいつできるんだろうね」

「どういうこと?」

「なんとなく思っただけだよ。それより、一人でどこに行くつもりだったの?」

「ただの鍛錬だよ。母さんからできることをやっててって言われたから」

隠すことでもないし正直に教えた。

一人でも続けることが大事だからな。


 「最近あんたにずっと構ってるらしいけど、どんな修行してんの?」

「剣とか、戦い方を色々教わってる。母さんの殺気にもやっと耐えられるようになったんだ」

「は?戦士にでもなるの?」

「違うよ。旅人に必要だから」

前にセイラさんから聞いていたことだった。


 『魔物とか獣の野生ってのはけっこう恐いんだよ。本気で殺しに来るから、その気配に当てられたら動けなくなっちゃう人も多いんだ』

『動けなくなったら?』

『終わり、ニルスみたいなかわいい子はがぶって食べられちゃうね』

だから自分からお願いして鍛えてもらった。

 でも、最初はかなり恐かったな。

気を張ってないと殺される・・・そんな感じだった。


 「でもすごいね。アリシアの殺気に耐えられるなら何が襲ってきても恐くないと思うよ」

「母さんに殺される夢を何度も見たんだ」

「ふふ、アリシアはそんなことしないよ」

「知ってるけど・・・あの気配はわかってても恐かった」

でも「つらい」って言えばそこでやめてくれた。

その時も「頑張ったな」って褒めてくれる。


 ふた月くらいかかったけど、今じゃ受け流せるようにもなった。

「もう平気だよ」って教えた時はすごく喜んでくれたから、オレも嬉しかったな・・・。


 「鍛えてばっかだと疲れない?」

「そんなことないけど・・・」

「休むのも必要だよ。というわけで、今から私の家に来ない?おいしいお菓子買ってきたから一緒に食べようよ」

ジーナさんがニッコリ笑った。

・・・行きたい。


 「どう?」

「行く」

一人でできるのは基礎くらいだから、遊びに行ったあとでもいい。

それに今日は走るだけにしようと思ってたしね。


 「ありがと。・・・最近悲しいことあって落ち込んでたのよ。ニルスの顔見てたら元気になれそうなんだ」

「・・・なにかあったの?」

「私生まれは北部なんだけど、仲良しだった子が病気で死んじゃったんだ。一緒にアカデミー通ったり、遊んだり・・・」

ジーナさんの顔が急に寂しいものに変わった。

 「体・・・弱かったの?」

「ちょっと違う。うつされたんだって・・・そういうお仕事の子だったから」

「病気をうつされる仕事もあるの?」

「まあ・・・そうだね。気を付けててもそうなる時はある」

なんか恐いな。

旅人は・・・大丈夫だよね?


 「家族の人はもっと悲しんでた?」

なんとなく聞きたくなった。

 オレは母さんがそうなったら悲しい。

たぶん母さんもそう思ってくれるはず・・・。

 「私はお墓に行っただけだから家族には会えなかったんだ・・・。文通してたんだけど、急に返事が来なくなってね・・・なんか心配になったから行ってみたの。・・・死んだっていうのは、近所の人から聞いたんだ」

「そうなんだ・・・」

「もう成人してる息子がいるって手紙で教えてもらってたんだけど、その子もいなくてさ。・・・弔いの時はかなり大声で泣いてたんだって」

ああ、やっぱりそうか。

大人でも悲しいよね・・・。


 「教えてくれてありがとう。元気出してね」

「そうしたいから誘ったの。今日は一緒に遊んで忘れさせてね」

「うん」

ジーナさんと手を繋いだ。

母さんやルルさんと同じで暖かい・・・。



 「あ、いいの見つけた。ちょうどいいからあいつも誘いましょ」

ジーナさんの家に向かう途中で、母さんの隊のスコットさんを見つけた。

今日は訓練場に行ってないみたい。


 「付いてきてニルス、先回りよ」

「あ・・・うん」

オレはジーナさんに手を引かれて裏通りへ入った。

・・・急に足運びが変わったぞ。


 「抱っこしてあげよっか?」

「見たいからこのまま付いてく」

なにこれ・・・走ってるわけじゃないのに同じくらい早く歩いてる。地面に足が付いていないみたいに静かだ。

・・・やってみよ。


 「へえ、すごいね。アリシアから教わってたの?」

見て真似してみると、ジーナさんが気付いて振り向いた。

 「ううん、初めて。見ればなんとなくできるんだ」

「親譲りか・・・やるじゃん」

ジーナさんは楽しそうに笑って、すぐ横の路地に入った。

ここを抜ければさっき歩いていた大通りだ。



 「げ、ジーナさん・・・。ニルスも・・・」

路地を抜けると、スコットさんは目の前にいた。

手には新聞を持っていて急いでいる感じだ。


 「スコット、今から暇よね?」

「・・・いえ、帰らないと。あと・・・ニルスはダメですよ。アリシア様がいないからって・・・」

「話を誤魔化さない。暇でしょ?」

「いえ・・・大事な用が・・・」

残念だな。人数が多ければ楽しそうだったのに。


 「あんたに重要な用事なんてあるはずないじゃん」

「・・・」

「私の家に来なさい」

「・・・はい」

スコットさんは断ったはずなのに、いつの間にか一緒に行くことになってしまった。

・・・どういうことだ?

 「スコットさん、用事があるんじゃないの?」

「ニルス・・・いいんだ。大した用事はない」

スコットさんは悲しそうに笑った。

よくわからない、なんで嘘ついたんだろ・・・。


 

 「わあ・・・」

「ああそっか、ニルスは初めてだったな」

西区にあるジーナさんの家は、一人で住むにはとても大きかった。

すごいな・・・うちの何倍だろ・・・。


 「帰ったよー、お客さんもいるからー」

「おかえりなさいませ」

門を抜けると男の人が出迎えてくれて、深く頭を下げてきた。

えーっと、使用人さんって言うんだっけ?


 「着替えてくるから二人を中庭に案内して。紅茶を用意してちょうだい」

「かしこまりました。こちらです」

使用人さんは優しい顔で、本当にいい人そうだ。

ジーナさんよりも年下かな。


 「エディさんお久しぶりです。ニルス、この人はこの家で働いて・・・いや・・・ジーナさんの旦那さんでもあるかな」

「そうなんだ・・・。こんにちは・・・ニルス・クラインです」

「初めましてですね。エディ・マーテルです」

エディさんは子どものオレにも深く頭を下げてくれた。

あれ・・・マーテル?

 「えっと・・・なんで家族の名前が違うの?ジーナさんはプランジだよ」

「手続きをしていないだけですね。ジーナ様は煩わしいものを好かないので」

「しなくていいの?」

「心が繋がっていれば、そんなもの必要ないのですよ」

仲が良ければなんでもいいってことか。


 「エディさんって今いくつなの?」

「私ですか・・・二十五です」

「じゃあジーナさんより九歳も下なんだね」

「ふふ、年齢も関係ありませんよ」

エディさんがオトナって感じで笑った。

なんだか不思議な人・・・。


 「ジーナ様はニルス様のお話もよくされています。見込みがあると仰っていますね」

「見込み?」

「ジーナさんは整った顔の奴が好きなんだ。男も女も関係ないらしい、そして気に入られないと家に呼ばれないんだぞ」

スコットさんが教えてくれた。

 「ご成長を楽しみにされていますよ。初対面ですが、たしかに綺麗なお顔をされていますね」

自分の顔か・・・考えたことなかったな。

・・・たしかにエディさんもスコットさんも整ってると思う。

 

 「エディさんはいつからここにいるの?」

なんでも答えてくれそうだから、もっと聞きたい。

 「いつから・・・一年ほど前ですね。色々あって、ジーナ様に拾われたのです」

「色々?」

「ニルス様、人にはたくさんの事情があります」

答えてくれないこともあるみたい。

これは聞いちゃダメってことだな。


 「ずっとテーゼにいたの?」

「いえ、私は北部のルコウという地域の出身ですね」

「どんなところ?」

「うーん・・・ここでの普通が、普通ではないところですね」

エディさんはオレから目を逸らした。

 恐いところなのかな?

これもなんか話してくれなさそう。


 「じゃあ・・・なんでジーナ様って呼んでるの?」

「恩人だからですよ」

「どんな?」

「ふふ・・・私の話はここまでにしましょう。では、ご案内いたします」

結局詳しいことは教えてもらえなかった。

笑ってはいるけど、話したくないんだろうな。



 「お待たせー。ニルス、甘いものは好き?」

着替え終わったジーナさんが中庭に出てきた。

すごい・・・。


 「好き・・・なんでそんな服着てるの?」

「趣味、私の家だから誰も文句言わないしね。アリシアはこういうカッコしないの?」

「うん、しない」

ジーナさんは下着が透けて見えるくらい薄い服を着ていた。

服・・・なのかな?


 「私見られるの大好きだから遠慮しないでね」

「あ・・・うん・・・」

「ほら、エディ」

「はい」

エディさんが紅茶を注いでくれた。

綺麗な色・・・。

 「ニルスのは甘くしてあげてね」

「もちろんです」

それにいい香り・・・。

初めて来た家だけど、この匂いで緊張が抜けてく。


 「・・・で、ジーナさん。今日は何の用ですか?」

スコットさんが紅茶を一口飲んだ。

 「なにって・・・お茶会?楽しいことしたいなーって思ってたとこで、偶然あんたたちを見つけたから誘ったの。本当はお酒にしようと思ったけど、ニルスはまだダメだしね。エディ、お皿に切り分けて」

ジーナさんはさっき持っていた袋を取り出した。

おいしいお菓子って言ってたな。



 「どうぞ」

「ありがとうございます」

お皿に乗せられたのは、パンに近い見た目のお菓子だった。

でもそれよりもずっとふわふわしてる。

 

 「ニルス、食べてみて」

「いただきます。・・・わあ、おいしい。初めて食べた」

口に入れると、すごく甘くて幸せな気持ちになった。

こんなのあったのか・・・。

 「上等な砂糖を使ってるのよ。それと・・・なんとか蜂ってのが集めた高級なハチミツを練り込んであるんだって」

「ジーナ様、真夜中蜂です」

「そうだっけ?・・・とにかく上等なお菓子よ。スコットも食べなさい」

お菓子もいいな・・・旅に出たら色んなものを探してみよう。


 「これ好き・・・なんか幸せな気持ちになる」

「それならまた遊びに来てね。アリシアもいないし・・・今日は泊まってもいいのよ」

「え・・・でも、ルルさんが心配するから」

「ああ・・・ルルちゃんか。たぶん許可くれないな・・・」

ジーナさんはなんか寂しそうだ。


 「オレからルルさんに聞いてみるよ。一日くらいなら・・・」

「いや、聞かなくていいよ。絶対無理だもん」

「そうなんだ・・・。じゃあ、また遊びに来る。このお菓子もおいしいし」

すっかり気に入ってしまった。

 「うん、その時は用意してあげる」

「ありがとう」

これが食べられるなら何度でも来たい。


 「お昼にいらしていただければ食事もご用意しますよ。ニルス様は、苦手なものはございますか?」

エディさんが紅茶のおかわりをくれた。

苦手なものか・・・ある。

 「えっと・・・ニンジンだけは・・・ダメ」

「おいしく食べられる料理もありますよ。次の機会に試してみますか?」

「・・・母さんに無理矢理食べさせられて吐いた。それから口に入れるのもできなくなったんだ」

「・・・そうでしたか。では絶対に出さないようにしましょう」

エディさんはわかってくれた。


 『大丈夫だニルス・・・』

『や・・・やだ・・・』

『口を開けろ、食べればおいしい・・・』

『やだ・・・やだ・・・』

思い出すと苦しい・・・。

 『あんたバカじゃないの!少しずつ慣らしていけばよかったに』

『え・・・』

『余計苦手にさせてどうすんのよ!あんたのせいでニルスは一生ニンジン食べられなくなっちゃったじゃない!』

でも、ルルさんが怒ってくれたっけ・・・。

あれから出てくることは無くなったな。



 「ジーナさんって、まだ戦場に出れそうですけどもういいんですか?」

スコットさんはいつの間にか笑顔になっていた。

来るの嫌そうだったけど、お菓子でどうでもよくなったのかな?

 

 「戦場はもういいよ。充分稼いだし・・・それに体力が落ちてくのを感じてきたからさ」

「最後に出た戦場ではそういうの感じませんでしたけど」

「ケガすること増えてきてたんだ。だからもうすっぱり引くことにしたの。べモンドもウォルターもイライザもカーツもみーんなまだ戦うって言ってるけど、そろそろアリシアたちに譲ってもいいんじゃないかと思うのよね」

歳を取ると、やっぱり力は減ってくるのか。

母さんはまだ平気そうだけど、何年後かはそうなるのかな?


 「エディさんと子ども作ったりしないんですか?」

「無理・・・。そういう身体みたいなのよね。特級の医者にも診てもらった・・・」

ジーナさんは自分のお腹を擦った。

そういう身体?

 「え・・・す、すみません。知らなかったです・・・」

「うん、誰にも教えてなかったもん。ここだけの秘密ね・・・まあ、逆になんも気にせずに毎日できるから別にいいし・・・ねーエディ?」

「ジーナ様、ニルス様の前です。アリシア様がお怒りになりますよ」

「まだ早いか・・・」

もっと聞きたいけど、そうしちゃダメって雰囲気がある。

けど、どうしても気になったら教えてもらうことにしよう。

 

 「まあ変な話はやめましょ。あ・・・そういえば、なんか急いでたみたいだけど用事でもあったの?」

「・・・連れてきてから聞くんですね」

「ふ・・・」

横にいたエディさんが笑い出した。


 「・・・もういいです。付き合ってもらうことにしたので」

スコットさんは持っていた新聞を取り出して、テーブルに広げた。

 「難しい話はいやよ」

「楽しい話です。・・・これは未知の世界っていいます」

「未知の・・・聞いたことないわね」

「オレもない」

母さんは新聞読まないからな。

だから当然だけどオレも見たことが無い。


 「これは普通の新聞と違って月に一度です。内容も小難しいものじゃなくて、世界の不思議なことを掲載してます」

「へえ・・・霊峰キビナ・大陸一高い山で暮らす男。・・・鍾乳洞の奥に精霊の城の手がかり。・・・面白そう、興味あるかも」

「オレにも見せて!」

見出しだけで心を奪われた。

 この新聞は、世界中の不思議な場所も紹介してくれているみたいだ。

できれば、一人で集中して読みたいかも・・・。

 

 「ニルスもこういうの好きなのか?」

「うん、旅人になるんだもん。精霊の城とか・・・自分の目で見てみたいな」

「お前なら見つけられるかもな」

「うん、そしたら教えに戻ってくる」

ああ・・・早く旅に出たいな。


 「あ・・・それとジーナさん、これを読んでるのアリシア様には内緒にしてください。ニルスもな」

「どうして?」

「暇があるなら鍛錬しろって言われるからだよ。・・・俺はアリシア様を尊敬してるけど、これはやめられない。だから頼むぜ」

ああ、たしかに母さんは修行の時はけっこう厳しくなるからな。

よし・・・黙っておこう。



 オレは未知の世界に魅せられて、胸を押さえながら新聞を見ていた。

次からはお小遣いで買おうかな・・・。


 「でもこれってほとんど憶測じゃない?精霊の城だって、もしあるならこんな場所だろうみたいな」

「ジーナさんわかってないなあ。あると信じて話すのが楽しいんじゃないですか。想像力をもっと使ってください」

「まあ、山男は実際に話聞いてるから信頼できるけど。ん?ふふ、ニルスは夢中だね」

「うん」

霊峰キビナは、精霊が大事なものを隠した場所って書いてある。

たぶん前にセイラさんから聞いた雪山のことだ。

 そして精霊の城、想像で描いたっぽい絵もあってワクワクしてくる。

たぶん、人間の力では作れないくらいきれいなんだろうな。


 アカデミーの教官は絶対に教えてくれないような世界・・・。

この時間がいつまでも続いてほしい。


 「お・・・いい感じのがあるわね。見てみ」

ジーナさんは、まだオレが読んでいないところを指さした。

気分が乗ってきたんだろうな。


 「・・・恋を呼ぶ花?」

「本当かわかんないけど、その花の花粉を吸うと恋をしたくなるって書いてある」

恋・・・。


 「これからのニルスに必要なものだね」

「そうなの?よくわかんない」

「あはは、これもまだ早いか」

「でも、今はどこかにその種が残るのみって書いてありますね」

「あるって信じて楽しむんでしょ?ていうか・・・あはは、そこまでの情報はどこで仕入れてきたんだっての」

恋したくなるって・・・どういう感じなんだろう。

 「スコット、あとで切り抜いてニルスにあげなよ」

「あはは、見つけたら試す前に持ってきてくれよ」

「え・・・うん」

旅人になったらわかるかな?



 時の鐘が鳴った。

次で夕方の鐘、時間が経つのがすごく早い・・・。


 「いやー楽しかったよスコット。来月のが出たらまた来てよね、ニルスもよ」

オレたちは帰ることにした。

本当はずっと話してたいけど、戻らないとルルさんに心配をかけてしまう。


 「集まりたいですけど・・・アリシア様にはなんて言うかな・・・」

「任せてよ。その日は私が二人を鍛えるって言ってあげる。本当は泊まってほしいんだけど・・・」

「いや・・・それはティララが怒るんで」

スコットさんはすぐに断った。

オレは泊まりたい、こんな集まりならずっといてもいい。

 

 「オレは母さんがいいって言えば大丈夫だよ」

「ニルス様、おそらくアリシア様はお許しになりませんよ。ジーナ様も諦めた方がよろしいかと」

エディさんは母さんが「ダメ」って言うのをわかってるみたいだ。

そんなに仲良かったのかな?

 「・・・わかったわ。ニルス、アリシアには今の話も含めて全部秘密よ」

「う、うん」

母さんに隠し事・・・でもこういうの楽しいな。

来月もこんな時間があると思うとなんでも頑張れそうだ。


 「じゃあまたね。ジーナさんが元気になってよかった」

「ありがとうニルス。誘ってよかったよ」

オレも楽しかったからお礼なんかいいんだけどな・・・。

 


 帰り道もずっと楽しい気分が続いていた。

なんだか周りの色がいつもより濃い気がする。


 「まさかジーナさんと気が合うとは思わなかったよ。来月は今までのもいくつか持ってってやる」

「やった。楽しみだな」

「ニルスも男だしわかるよな。これの愛読者は世界の虜って呼ばれてるんだぜ」

世界の虜か・・・こんな世界があるなら早く教えてほしかった。

あ・・・母さんがいたからか・・・。


 「いつから読んでたの?」

「スナフにいた時からだよ。ずっと南だからさ、こっちよりも買えるの遅れてたんだよな」

スコットさんとティララさんの故郷か。

 たしか、不死の聖女がいて・・・。

あ、そうだ。オレにとって未知なものは場所だけじゃない。


 「スコットさん、不死の聖女ってどんな人なの?」

「お、気になるか。実は・・・俺もわからないんだ」

スコットさんは頭をかきながら笑った。

なんで知らないんだろう・・・。

 「聖女の騎士に教わってたんじゃないの?」

「その騎士に認められないと聖女様には会えない決まりだ」

「勝つってこと?」

「まあそうだな。本当にすごい人らしいよ」

不死の聖女は、死んだ人を生き返らせるほどの力を持っているって習った。

嘘か本当かは誰も知らないけど・・・。


 「けど、でっかいお屋敷に住んでるのは知ってる。修行はそこの庭園でつけてもらってたからな」

「でも会ったことないんだ?」

「だから簡単に会えないんだって・・・」

たしか・・・神様がこの世界のためにつかわせて、初代王の助けとなったって話だ。

 今はすべて王に任せて、その力を利用されないためにとても強い騎士が守っている。

だから、気軽に外へ出られる人ではないみたい。


 「じゃあ・・・騎士と母さんってどっちが強い?」

「師匠だとは思うけど・・・もう何年も会ってないし、けっこう歳だからな。昔は師匠ってすぐ言えたけど、今のアリシア様もかなり強いからわかんないんだ」

母さんよりも強い人・・・どのくらいだろう?


 「ただ、師匠はアリシア様のことを新聞で知ってから気になってたみたいだ。ずっと昔だけど、どんな娘か一度会ってみたいって言ってた。雷神に勝つまで帰ってくるなっても言われたしな」

「そしたらまだ帰れないね」

「それでいいよ。アリシア様と一緒に戦うのが夢だったからな」

スコットさんは胸を押さえた。

そうか、夢を叶えているんだな・・・。



 「あ、スコット!すぐ戻るって言ってたのに!」

「あ・・・」

通りの向こうからティララさんが走ってきた。

まずいな、オレも怒られるかも・・・。


 スコットさんとティララさんは一緒に住んでいる。

仲良しなんだけど、夫婦ではないって聞いた。

あ・・・ジーナさんとエディさんみたいな感じに近いのかな。



 「説明してくれる?納得いくように」

ティララさんはとっても恐い顔をしていた。

こんなに時間がかかるとは思ってなかったんだろうな。


 「ごめんなさい。母さんがいないから修業に付き合ってってオレが無理に頼んだんだ」

先にオレが頭を下げた。

楽しい話を聞かせてもらったからこれくらいはしないとね。

 「ニルス君・・・。んー、しょうがないなあ」

ティララさんはすぐに許してくれた。

信用してくれてるみたいだ。


 「ニルス・・・ありがとな」

スコットさんが頭を撫でてくれた。

感謝してるのはこっちなんだけど・・・。


 「ていうかそれだったら私を仲間外れにしないでよ。アリシア様もいないし、三人でやればいいじゃん」

「うんいいよ。一人でだと退屈だったんだ。でも、もうすぐ晩鐘が鳴っちゃうから・・・」

「関係無し、スコットがすっぽかしたのは変わらないんだから。ていうか、酒場の前でやればいいわ」

きっちりしてる人だ。戦場って命がけだしそういうもんなのかな?

でも、今日はもう体を動かす気分じゃない・・・。


 「ねえティララさん、オレに治癒の素質あるか見てほしいな」

座学の方向へ持っていってみた。

どっちにしても知りたかったことだ。

 

 「素質か・・・いいよ。アリシア様からはもう教わってる?」

「うん、もっとずっと前に」

魔法は、使える人が教えたい人に触れて「伝えたい」って強く思いながら発動することで覚えさせることができる。

治癒なんかは近くの大人、親から子どものうちに教わるのが普通だ。


 治癒魔法は誰でも使える。

擦りむけとか切り傷なんかは一人で何度も治してきた。

 ケガしたところを放っておくと、そこから悪いものが入って病気になることもあるらしい。

そうなると魔法じゃなくてお医者さんに行かないといけない、だから小さな傷はすぐ治すのが常識だ。


 「スコット、ごめんね」

「いって!!」

ティララさんは、短剣でスコットさんの腕を切った。

 赤い血がぽたぽたと地面に落ちていく。

この匂い、あんまり好きじゃないな・・・。

 

 「ニルス、治してみて」

「頼むぜ・・・ニルス」

魔法は人ごとに素質がある。

治癒の素質、炎の素質、風の素質、守護の素質・・・色々あるけどそれぞれにだ。

 例えば治癒だと、素質が無い人は大きな傷を負った時にどうしようもないし、治せても痕が残ったりする。

 母さんには治癒の素質が無い。

でもオレは母さんに治してもらうのが好きだった。

教えてもらってからは無くなったけど、暖かかったのを憶えている。


 「すぐ治るといいな」

オレは傷に手を当てて治癒魔法をかけた。

けっこう深い・・・よくここまで切れるな・・・。



 「ふーん・・・なるほどね」

ティララさんが呟いた。

 

 かなり時間がかかったけど、血は少しずつ出なくなっていく。

傷口ももうすぐ塞がるけど・・・綺麗にはならなそうだ。


 「そこまでかな・・・」

ティララさんが手を重ねてくれた。

 「あ・・・すごい」

一瞬で治った。

傷痕もまったく残っていない。

 ティララさんはかなりの素質を持っている。

母さんが、戦場でお腹に風穴を開けられた時も一瞬で治したって聞いた。


 「やっぱり、母さんと一緒でオレにも治癒の素質は無いんだね」

「ニルス、これは親とは関係ないよ。私の両親はどっちも素質は無かった」

「でもオレはティララさんみたいになれないよね?」

「それは仕方ないよ。正直に言うけどニルス君の治癒はかなり弱い、血を止めるだけでも時間がかかりすぎてる。大きな傷だと治る前に死んでしまうわね」

はっきり言われると心も傷つくな・・・。


 「気にするなよニルス、俺も同じくらいだ」

「うん・・・」

「人には役割がある。俺やアリシア様は戦う担当、ティララは・・・戦うけど治癒担当だ。つまり、全部一人でやろうとしなくていい。自分の得意なことを伸ばして、ダメなところは仲間に任せるんだ」

「仲間・・・」

「スコットもいいこと言うじゃない。ニルス君にもそういう仲間ができるといいね」

仲間か・・・欲しいな。


 一人で旅して大きなケガをしたら大変みたいだ。そんな時に治癒の素質がある人がいてくれれば助かる。

 それに仲間がいた方が楽しそうだ。母さんがオレには戦いの素質があるって褒めてくれた。

スコットさんが言うようにそっちを伸ばせばいいな。


 まだ会えてないけど、どんな人かわからないけど、オレはその仲間を守るために鍛えよう。

一緒に旅をする仲間・・・どこにいるんだろうな。

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