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Our Story  作者: NeRix
風の章 第三部
197/481

第百八十八話 厳しさ【ヴィクター】

 明日から修行か・・・どんな感じになるかな?

・・・自分のじゃないベッドで、なんだか寝付けない。


 「春風のお姉さんのお尻じーっと見てたじゃん」

「見てたらなんか悪いのか!」

「ステラにもおんなじカッコしてほしいんだって」

「余計なこと言うなよ!」

騒がしい・・・。

階段下りてすぐ談話室だからなんだろう・・・。


 「そういうのってどこで売ってるのかしら?ニルス、一緒に見に行こうねー」

「ニルス様が気に入るのであれば私も欲しいです」

「カゲロウ・・・二度とその話はするな」

部屋・・・変えてくんねーかな・・・。



 「あ、おはようヴィクター。寝られた?」

談話室に入るとルージュがテーブルを拭いていた。

早起きして、ステラ様とカゲロウさんの手伝いをしてたみたいだ。

そうだよ・・・よく考えたら、今っておんなじ家で生活してるんだよな・・・。


 「ああ、ちゃんと休んだよ。ルージュは?一人で眠れるかやってみたんだろ?」

「うーん・・・まだダメだったからミランダさんのところに行ったんだよね・・・」

「そうか・・・まあ気にすんなよ」

「気にしてないよ。それより、今日から一緒に修業頑張ろうね」

ルージュが手を止めて、胸の前で拳を作った。

今日からも一緒・・・。


 「あ・・・でも最初に家を見に行くんだろ?」

「・・・うん。どうなってるか・・・見たいから」

朝食を取ったら、まずルージュの家に行く。

 「それで気持ちができると思うんだ。ティムさん・・・たぶん厳しいから」

「そうか・・・俺も気合入れるよ」

そのあとはティムさんが俺たちを鍛えてくれるらしい。

 

 『お前らは緩すぎる。そんなんじゃ平気で殺しやるような奴のとこに行かせらんねーんだよ』

従うしかないと思った。

たしかに自分の実力にはまだ不安がある。

 『目標は凪の月の闘技大会だ。・・・優勝するぞ』

だからこの修業は願っても無いことだ。


 もっと強くなる。

俺一人でルージュを守れるくらいに・・・。



 「おはようございます。ヴィクター様」

食堂で座っていると、カゲロウさんが炊事場から出てきた。

シロもだけど、見た感じ人間と見分けつかないな。

 「あ・・・おはようございます」

「もう少しお待ち下さいね」

この人は精霊ジナスの分身だとニルスさんが教えてくれた。


 『なにが起こっているか今はわからない。ただ、オレの記憶に間違いはない』

顔を知ってるニルスさんが言うんだからそうなんだろう。

 『オレとステラが見張ってるから心配しなくていいよ』

まあ、とりあえず安心だけど・・・。


 「どうされましたか?」

「あ・・・すみません」

輝く銀髪と感情の足りない話し方・・・今は空っぽだって話だけど、そんなに危ない奴には見えない。


 「カゲロウ、なにか思い出したか?」

ニルスさんの声が聞こえた。

・・・テーブルにずっといたみたいだ。

 「いえ・・・なにも」

「そうか、なにかあれば誰かに相談しろ。隠し事はするなよ」

「はい、ありがとうございますニルス様」

カゲロウさんは嬉しそうな顔で炊事場に戻っていった。

何言われても、構ってもらえるのが嬉しいのか?


 「ヴィクター、奴の様子がおかしければすぐに言ってくれ」

「はい」

ニルスさんは、神鳥の果実は「自分でも持つ」と言って、小さな袋を背中にかけている。

ステラ様も一粒だけ持つことになった。

・・・そんなに警戒必要かな?


 「おはようございまーす。ふふ、炊事場が賑やかですね」

「おはようございます。あれ・・・ミランダさんはまだなんだ?」

「そのうち来るよ。声はかけてきたから」

エストさんとノアさんも起きてきた。

この人たちも警戒してない・・・。

 

 「あーあ、ねむ・・・」

「ほらきた」

ミランダさんがきのうと似たような姿で現れた。

服着ろよ・・・。

 「お・・・ヴィクターの隣にしよー」

「え・・・なんで・・・」

「文句?おじいちゃんもあたしの隣だったんだけど」

「・・・そうでしたか」

く・・・まあいい、左は空いてる。

きっとルージュが座ってくれるはずだ・・・。



 「あーん、ステラの愛・・・」

食卓に料理が並べられた。

きのうの夕食もだけど、かなり頑張って作ってくれてるみたいだ。


 「カゲロウのも入ってるけどね。じゃあ、たくさん食べてねミランダ」

「ステラさん、ミランダさんはこれから痩せるって言ってたんです。あんまり餌をあげないでください」

「おだまりノア、その分動けばいいのよ」

・・・動くたびに揺らすのをやめてほしい。

ノアさんはあんまり意識してないみたいだけど、慣れれば俺も平気になるのか?


 「じゃあミランダさんもティムさんに鍛えてもらいましょう」

「気が向いたらね。カゲロウにも仕事教えないといけないし」

「美容水の調合は覚えました。ただ、瓶がもうありません」

「昼間に届くからそれまでは洗濯でもしてて、シーツは晴れてたら毎日洗うのよ。あと、あたしの下着は優しく洗ってね。シミはちゃんと取らないとダメだよ」

「はい、ミランダ様」

そんなに働かせて大丈夫なのか?

 精霊とは言ってもジナスの分身だ。

突然怒り出したら大変なことになるんじゃ・・・。


 「ノアとエストもしっかり食べてお仕事頑張ってね」

「はい、ありがとうございます」

「エリィさんと同じくらいおいしいですよ」

「ティムの恋人だよね?私も早く会いたいな」

この緩い雰囲気は、ステラ様がいるからなのかな?



 朝食が済み、支度をして外に出た。

・・・今日もいい天気だ。


 「じゃあカゲロウのことお願いね」

「私がいるから大丈夫よ」

ステラ様はカゲロウさんの監視も兼ねて家にいることになった。

 対抗できるのってこの人しかいないからな。

けど・・・。


 「あの・・・本当に俺は離れて大丈夫ですか?」

聖女の騎士なのにそばにいなくていいのか・・・。

きのうも確認したけど、まだ不安だ。

 「まだ心配なの?」

「なんだか・・・役目を果たしていないような気がして・・・」

「危なかったらみんなを連れて転移で逃げるから大丈夫よ。・・・きのう何度も説明したでしょ?」

してもらったけど・・・。

俺・・・あなたの騎士なんだけどな。


 「ヴィクター、心配ないよ。前もステラ一人だけ残してとかけっこうあったし・・・」

ミランダさんに肩を叩かれた。

・・・は?

 「そんな・・・父上は何をしていたんですか・・・」

「酒場行って遅く帰ってきたりとかよくあったし」

嘘だろ・・・。


 「とにかく心配いらないわ。それよりも鍛錬に集中なさい。優勝しなきゃいやよ?」

「・・・わかりました」

「はい、いい子にはお弁当持たせてあげるわ」

「・・・ありがとうございます」

ここまで言ってくれるんならそうしよう。

優勝・・・しないと戦いに連れてってもらえないもんな。


 「ねえミランダ、近くの仕立屋さんを呼んでいい?カゲロウにかわいい給仕服を作ってあげたいの」

「いいよ。あ・・・帰りに下着買ってきてあげよ」

「お願いね」

「任して。・・・よーし、じゃあ行くわよ。ミランダ隊長についてきなさい」

ミランダさんが帽子を深く被って歩き出した。

 ルージュの言ってた通り、外に出る時はちゃんと服を着てくれてる。

・・・さすがに下着では出ないか。



 「なんだか・・・街も色褪せたな」

ルージュの肩からニルスさんが顔を出した。

故郷なのに寂しそうだな。


 「そう?そんな変わってないよ」

「わたしも変わったようには感じないですね」

「そうか・・・じゃあ褪せたのはオレの方かもな・・・」

懐かしさとか切なさとか、そういう気持ちが伝わってくる声だ。


 「あはは、じゃあまた染めてけばいいよ。一緒にさ」

「あ、なんかそれ素敵ですね。前よりも鮮やかになるかもしれません」

「でしょー、ミランダ語録に入れときなさいニルス」

「・・・そうだな。ちゃんと記憶しておくよ」

俺もスナフを離れすぎるとこうなったりするのかな?

もしそうなったら、ルージュやこの人たちは一緒に色を付けてくれるかな・・・。



 「待て、この先になんの用だ」

アリシアさんの家に続く道の途中で衛兵と出くわした。

俺とルージュが剣を下げているからか、緊張感と気合が入り混じった顔だ。


 「・・・観光客か?悪いが大した用件でなければ通すなと命令が出ている」

「待ってください。・・・自分の家に行くだけです」

ルージュが赤毛を外した。

男なのに普通に話せてるから知り合いか?


 「・・・ルージュちゃん」

「通してほしいんだけど。・・・あとこの子は護衛」

ミランダさんも帽子を取った。

 「英雄ミランダ・・・。わかりました、認めます」

「ありがとうございます」

「無事でよかったよ。事件に巻き込まれて、遠くで身を隠しているって聞いていたんだ。・・・帰るのかい?」

「帰るわけではありません・・・すぐに離れますので・・・」

ルージュは寂しそうに俯いた。

たぶん、よく顔を合わせていた衛兵で、その人にまで心配をかけていたことを知ったからなんだろう。



 「あの衛兵危なくない?」

離れると、ミランダさんがニルスさんを引っ張り出した。

たしかに・・・。


 「巻き込んでしまうかもしれないな」

「そ、そんなの嫌です・・・。うちの周りの担当になっている衛兵さんたちはみんな優しかったので・・・」

「わかった。オレがなんとかしてやろう」

え・・・できんのかよ・・・。


 「あんたがどうする気よ?」

「・・・テッドさんが衛兵団の団長と仲がいい。このあと頼みに行く」

「カッコつけてたけど、あんたが直接言いに行くわけじゃないんだね」

「この姿で行けるわけないだろ・・・。ミランダ、家を見たら下町に行ってほしい」

テッドさん・・・父上が認めたって人か。

じゃあ、相当強いんだろうな・・・。


 

 「ヴィクター、ここがわたしの家だよ」

だだっ広い野原に、ぽつんと一軒だけ家があった。

ほんとに他の家が無い・・・。


 途中から異様な雰囲気ではあった。

この辺りは「雷神の土地」って呼ばれてて、誰も引っ越してこないらしい。


 「二階だけど、うちと同じくらいだな。雷神の娘だからもっとデカい家に住んでると思ってたよ」

「お母さんは、家族とあんまり距離を取りたくないんだって言ってたよ」

「・・・」

ニルスさんはなんとも言えない顔で自分が育った家を見つめていた。


 「ニルス様もここに住んでたことがあるんだよ。やっぱり懐かしいですか?」

「まあな・・・。警戒を忘れるな」

「あ・・・はい」

ルージュは少し緩んだ顔を引き締めた。

油断してたな・・・。

 ここはさっきまでいたミランダさんの家じゃない。

敵が近くにいるかもしれないから、もっと緊張感を持たないと。


 「・・・相変わらず周りに家が建たないな」

「そりゃそうですよ。たまにお母さん目当てで観光の方が来るくらいですね・・・。あと、お母さんが毎朝叫んでるのもあると思います」

「昔からそうだったよ。・・・この辺りは雷神の土地、本当はそうじゃないのに誰も住もうとしない」

たしかに静かな所だ。

 通りの方と比べると、テーゼじゃないって言われても信じてしまう。

なんていうか・・・ここだけスナフみたいだ。


 「あ、ニルス様。あの花は元気ですよ」

「・・・そうだな、殖の月から放っておいてるのに・・・強い花だ」

兄妹は庭に咲いている赤い花を懐かしそうに見つめた。

 「なにか意味があるんですか?」

「これは夕凪の花って言うんだよ」

「え・・・」

そうなのか・・・。


 『それにこの庭園は儂の趣味じゃ。息子であっても手を加えてほしくない』

父上から庭師のことは何も教わってない。

花の名前くらいは聞いときゃよかったな・・・。


 「どうしたヴィクター?」

「い、いえ・・・」

焦るな・・・大丈夫だ。

 「これはニルス様が買ってくれたお花なんだよ」

「そうなんですか?」

「そうだな・・・」

「わたしこのお花大好き、名前も素敵だよね」

俺はまた胸を押さえてしまった。

ルージュが好きな花の名前か・・・。


 「ステラさんの庭園の隅にもあったんだよ」

「え・・・わからなかったな」

「毎日いたのに?」

「父上から庭園に手を出すなって言われてたんだよ」

父上め・・・。

 「それにね、これは咲く場所で色が変わるんだ。スナフだと真っ白で、ニルス様の所だと濃い藍色だったの」

「テーゼは赤か・・・」

「うん、太陽と同じだなって思ってたんだ。だからどこで咲いても綺麗なんだよ」

なるほどね・・・。

まったく・・・教えとけよ・・・。


 「ニルスがこの花付けて帰ってきた時、気持ち悪いくらいニタニタしてたんだよ」

ミランダさんがニルスさんの頭を指で小突いた。

 「そうなんですか?嬉しいな・・・」

その辺の話はよくわかんないな。

・・・あとでルージュに教えてもらおう。


 「ニタニタした記憶は無い。・・・早く入るぞ。ルージュ、鍵は持ってきたな?」

「あ・・・はい、開けますね」

ルージュが扉に鍵を差し込んだ。

俺は周りに気を配っておこう・・・。



 「あ・・・忘れてた・・・」

扉が開くと同時にベルの音が鳴り響いた。

これは・・・ハリスさんの?


 「仕掛けたって言ってたな・・・」

「どうすんのよ・・・あいつ怒んじゃないの?」

「わたしがあとで謝ります。・・・入りましょう」

ルージュは胸を押さえながら中へ入った。

俺も一緒に謝ろう・・・。


 「少し・・・埃が溜まっています・・・」

「そうだな・・・なにか変わりがないか見ておこう」

「俺はここで入り口を見張ってます」

誰かが入った形跡は無い。

ずっと放置されていたって感じだ。



 「妙だな・・・普通は調べに来るだろ・・・」

ニルスさんが目を細めた。

特に変化は無かったみたいだ。


 「本当にルージュはどうでもよかった?」

「・・・だとしても、シロを放っておくか?敵にしたらやばいってわかるだろ」

「ああ・・・なんでだろうね」

敵は何を考えているんだろう?

そりゃ、なにも無いに越したことはないけど・・・。


 「・・・」

ルージュは何も言わず、家具や小物を悲しそうに見ていた。

そんな顔してほしくないな・・・。

 「大丈夫だルージュ、俺も・・・みんなもいるだろ。全員でアリシアさんを助けよう」

「ヴィクター・・・」

ただ思ったことを口に出しただけなのに、ルージュはほんの少しだけ笑ってくれた。

あんまりうまいことは言えないけど、これでよかったみたいだ。


 「なら・・・あまり勝手に動いてほしくはありませんね」

突然暗い声が聞こえた。

 「あ、ハリスだ」

「侵入者かと思えば・・・」

いつの間にか現れていた。

影を移動ってどうなってんだろ・・・。

 

 「すみませんハリスさん・・・」

「いえ、ルージュ様は謝らなくて結構です。どこかの悪い魔女と小人に唆されたのでしょう?」

「そんなことは・・・」

・・・けっこう言う人だな。

というよりなんかピリピリしてるって感じだ。


 「・・・もうじきジェイスの正体がわかります。こちらは私に任せて、あなた方はニルス様を元に戻す方法を探ればいいのですよ」

「けどさ、そいつが犯人じゃなかったら振り出しじゃん」

ミランダさんがハリスさんに近付いた。

この雰囲気で意見できるのか・・・。

 「そうだぞハリス、みんないるんだから手分けしたっていいだろ」

「・・・それを待てと言っているのです。情報も無しに動くべきではありません。もし敵が見ていたらどうするのですか?対策は打っているのですか?大人でしょう?どちらでもいいので答えてください」

「・・・」「・・・」

二人とも考えてなかったみたいだ。

ただ調べに来ただけで、そのあとは状況に合わせてって感じだったんだな。


 「・・・戦いや人数が必要になれば声を掛けます。ぜひ賢明な判断をしていただきたい」

「すみませんハリスさん・・・」

ルージュが謝った。

俺も・・・。

 「すみませんでした・・・」

「おや・・・お若い方たちは礼儀をわかっているようですが・・・魔女と小人は学んでいないのですね。・・・親の顔が見てみたいものだ」

「悪かった・・・」

「ごめんね・・・」

「ふ・・・」

ハリスさんはピリついた雰囲気を解き、勝ち誇った顔をした。

誰も逆らえないのか・・・俺もこの人には気を付けよう。


 「それと、しばらく私を呼ぶのはやめていただきたい。次の潜入は少し神経を使います。心を乱されたくありませんので・・・」

「しばらくっていつまでよ?」

「本当の緊急時は別ですが・・・私から顔を出すまでです。ステラ様にもお伝えください」

この人でも心が乱れるってあるんだな・・・。

 「それと今回の集金分です。無理を言って三ヶ月分頂いてきました」

「う・・・ありがとうございます」

「しばらく商会は休暇をいただきます。・・・よろしいですね?」

「はい、休んでください」

ハリスさんは一番動いている。

充分に休息を取って備えてほしい。


 「あ・・・それとカゲロウが目覚めた。原因はわからない・・・気になるなら見ていってくれ」

「・・・面倒ですがそうしましょう」

ハリスさんは見てわかるくらいイライラを顔に出した。

心配かけないように黙ってた方がよかったんじゃないか?


 「では、また仕掛け直しますのでみなさん出て下さい。ルージュ様、持っていきたいものがあれば今の内にお取りください」

「なにもないです。お気遣いありがとうございます」

「あ、そうだ。ルージュが凪の月の闘技大会に出るからさ、時間あったら見に来なよ」

ミランダさんは気楽だな・・・。

 「・・・そうなのですか?」

「はい・・・すみません」

ルージュは俯いた。

自分たちのために頑張ってる人だし、そりゃ後ろめたいよな。


 「わかりました。あなたが出るのであれば時間を作りましょう」

「本当ですか?ありがとうございます」

「それに解決しているかもしれませんしね。そうでなくとも気晴らしにはなります」

ハリスさんから今さっきまでのイライラが消えていた。

 この人、ルージュにだけは優しいみたいだ。

子ども好きってことなのかな?


 「あの・・・もう一つ・・・ご存じであれば教えていただきたいことがあります」

ルージュはハリスさんの腕を掴んだ。

 「仰ってください」

「わたしを襲ってきた人と・・・囚われているかもしれない女性がどうなったのか知りたいです」

「・・・」

ハリスさんの雰囲気が変わった。

 森での話か?

俺がその時一緒にいれば・・・。


 「・・・男は捕らえました。女性も無事です」

「本当・・・ですか?」

ルージュの雰囲気も変わった。

たしかに、変な間があったからな。

 「申し上げた通りです・・・」

「信じて・・・いいんですね?」

「・・・」

なんとなくわかる。ハリスさんはルージュに隠し事をしたくないんだろう。

でも、言いにくいことなんだ・・・。


 「女性は・・・無事だったんですよね?」

「・・・ニルス様、ルージュ様には少々刺激の強いお話になります。すべてを伝えるかどうか・・・あなたが判断してください」

けっこうやばい話なのかな?

 「ニルス様は知っているんですか?」

「いや・・・オレもその後はわからない。でも、君は聞かない方がいいと思う」

「わたし・・・知りたいです」

「ハリス・・・なるべく柔らかく・・・」

俺・・・いていいのかな・・・。


 「・・・男はすでに罰を受けています。女性は男の家の・・・地下の物置に監禁されていましたが、救出されています。無事ではありましたが、心に深い傷を負っている状態です」

「傷・・・教えてください」

「女性は仕事帰りに無理矢理連れ去られたそうです。・・・夫も方々を探し回っていたようですね」

「旦那さんが・・・」

聞きたくねーかも・・・。


 「女性が救出された時、夫も同行させました。ですが・・・拒まれてしまったようです」

「なぜ・・・ですか・・・」

「数ヶ月・・・欲望の捌け口にされながら、夫への罵倒もさせられていたようです。夫はもう捨てる、あんな男を愛していた自分が愚かだった・・・これはまだ優しい一例ですね。・・・従うしかない、仕方の無い状況ではありましたが・・・ひどく心を痛めてしまったのです」

「ハリス・・・それ以上は・・・」

ニルスさんが止めた。

そうだな・・・。


 「いえ・・・全部教えてください」

「ルージュ様・・・話してしまいましたが、ケルト様は我が子にこういった世界は見せたくないと仰っていました」

「聞きます・・・」

ルージュは今までにないほど真剣な顔をしていた。

気落ちしてたら、俺がなんとかしてやろう。


 「・・・女性は近付いた夫を突き放し、もう一緒にはいられないと・・・その場では錯乱していたようです。一旦二人を分け、数日後・・・少し落ち着いた頃にまた会わせました。ですが、同じ結果に・・・」

「旦那さんは・・・」

「拒まれても抱きしめ続け、無事を喜んでいたそうですよ。妻は何も悪くない、自分を責めずにこれからの二人の生活を話そうと・・・」

「・・・」

ルージュは胸を押さえた。

それで、どうなったんだろう・・・。


 「夫は自分の生涯をかけて妻の心を癒し、共に歩くと誓いました。・・・拒まれても毎日続けたそうです」

「・・・奥さんは、本気で拒んでいたんですか?」

「十日目・・・意地を張るのをやめました。汚れてしまった自分には、夫といる資格が無いと思い込んでいたのです。それでも抱きしめてくれた夫にやっと甘える気になったのでしょうね」

「・・・」

ルージュの顔が緩んだ。

愛・・・救いのある話でよかった。


 「まあ・・・これからが大変でしょうね。妻の罪悪感は消えていない、ふとしたことで苛まれる・・・」

「その旦那さんなら受け止めてくれると思います」

「そうですね。・・・聞いて後悔はありませんか?」

「・・・はい」

ルージュは力強く頷いた。

 「ルージュ様には申し訳ありませんが、夫婦の再会はあなたが男と出くわしたことがきっかけです。恐い思い出ではなく、いい思い出と捉えることですね」

「・・・はい、ありがとうございました」

ハリスさんって、すげーいい人だな・・・。


 「長くなってしまいましたが・・・みなさんさっさと出てください」

たしかに、ティムさんとこも行かないといけない。

 「あ・・・そういえばヴィクターってルージュの制服見たことないよね?」

ミランダさんが俺の胸をつついてきた。

雰囲気を変えるためか・・・。


 「見たことないですね・・・」

「見たい?」

うわー見て―・・・。

 「ふふ、じゃあヴィクターには今度見せてあげるね」

「本当かルージュ?」

「・・・お話はここから離れてからにしてください。では・・・また会いましょう」

楽しみができた。

まあ・・・色々片付いてからがいいかな。



 俺たちはハリスさんを残して家を出た。

手がかりは無かったな。

やっぱり情報を待つしかないみたいだ。


 「あたしたちは下町に行くね。あんたたちは鍛錬でしょ?」

「ミランダさんもあとで来ますか?」

「やだよ疲れるもん。あ・・・ティムがおかしなこと始めたらあたしに言うのよ。さあニルス君、一緒に行こうねー」

「やめろ・・・」

ニルスさんが胸の間にしまわれた。

あの大きさなら全部隠れるんだな・・・。


 「揺らすな・・・ルージュはそうならないように歩いてくれたぞ」

「何言ってんのよ。大きさが違うでしょ?」

二人は仲良く下町に向かっていった。

胸に挟まれるって、なんか羨ましい・・・。


 「ヴィクター、早く行こ」

「あ・・・おう」

これから鍛錬、雑念はいらない・・・。

 それにここから集合場所までルージュと二人きりだから、俺が守らなければいけない。

ニルスさんも信用してくれてるからなにも言わなかった。

・・・期待に応えるんだ。



 「・・・早かったな」

「特に・・・なにも無かったので」

ティムさんとは街の外で待ち合わせをしていた。

訓練場でやるわけじゃないみたいだ。

 

 「エリィもお前に会いたいってさ」

ティムさんがルージュの頭を撫でた。

俺もやってみたい・・・。

 「あ・・・ラミナ教官はお元気なんですか?」

「元気だよ。今日はアカデミーだから今度な」

「はい、楽しみにしています」

ルージュの教官か・・・俺もどんな人か見てみたいな。


 「あの・・・今って一緒にいるんですよね?」

「そうだ、あいつの親は測量士で家を空けてることが多い。一人じゃ不安だろーからな」

「・・・一緒に寝てるんですか?」

「んなわけねーだろ。・・・無駄話は終わりだ」

ティムさんは急に恐い顔になった。

でも・・・恋人なら別に一緒に寝てもいいんじゃ・・・。


 「あ・・・無駄じゃない話なんですけど、今日からは師匠って呼べばいいですか?」

「・・・いらねー」

「じゃあ・・・ティムさん?」

「ああ・・・それでいーよ」

ティムさんはちょっとだけ笑ってくれた。

堅いのは好きじゃないみたいだ。


 「じゃあ早速お願いします。訓練場じゃなくてここでやるんですよね?」

ルージュが胎動の剣を抜いた。

いい・・・似合う。

 「いや、まずは体力だ。・・・走れ」

「え・・・俺も剣だと思ってたんですけど・・・」

たしかに体力は戦い抜くために重要だ。

でも今は技術を教えてほしい。


 「体力はけっこう付いたんで大丈夫ですよ。森の中とか、スナフでも走ってました」

「俺も毎日走ってました。剣を教えてください」

「・・・大丈夫かは俺が判断すんだよ」

睨まれてなんにも言い返せなくなった。

・・・すげー威圧感だ。


 「まあ、自信があるなら見せろ。それでわかる」

「どこを走るんですか?」

「隣町・・・半日で往復、できるまでやる」

「え・・・」

ルージュが口を開けたまま動きを止めた。

隣町・・・どのくらいの距離だ?


 「ティムさん、隣町って・・・デンバーのことですか?」

「そうだ」

「あの・・・馬車で半日って、グレンさんから聞いたことあります・・・」

それ・・・「隣」町じゃねーだろ・・・。

 「・・・弱音吐いたらスナフにいてもらうってニルスが言ってたぞ。やめんのか?」

「う・・・」

「それにニルスは、十歳の時には半日で往復してたらしいぜ」

「えー!!!」

ルージュが叫んだ。

俺もいつの間にか全身が震えている。


 嘘だろ・・・十歳って・・・。

自分の未熟さを思い知るにはとてもわかりやすい実力の差・・・。

 あの人やべー・・・。

でも、追いつくには・・・。


 「俺はやります・・・半日ですね?」

「そうだ。ルージュはどうする?」

「・・・やります!」

「まあ、すぐには無理だろうな。剣はお前ら二人がそのくらいの体力を付けてからだ。とりあえずついてこい」

俺たちは走り出した。

半日・・・やってやる!



 太陽が沈み、夜空と入れ替わって月が高く昇った頃・・・やっとテーゼに戻ってこれた。


 「はあ・・・はあ・・・」

「晩鐘はとっくに鳴り終わってる。あぶねーから家まで送ってやるよ。エリィも衛兵詰所で待ってるからな・・・」

「う・・・ラミナ教官も待たせてしまったんですね・・・」

「遅くなるかもって言ってあるから大丈夫だ。おら立てルージュ」

この人もやべー・・・。


 「剣をやりて―なら死ぬ気で走ることだな」

「・・・はい」

「・・・頑張ります」

父上よりもずっと厳しい・・・。

あの人は「無理をしても体に毒じゃ、息を整えろ」って・・・けっこう甘かったんだな。


 「まあ、頑張ろーぜ。それに、早く帰んねーと休む時間減るぞ」

でも、これでいい。

 さすがニルスさんも認めている人だ。

ティムさんに付いてけばもっと高い所に行ける気がする。



 「あんたバカじゃないの!晩鐘までに帰しなさいって言ったよね!!」

家に戻ると、ミランダさんがすごい剣幕でティムさんを責めた。

・・・でも下着だからふざけてるようにしか見えない。


 「なんだよ・・・俺のせいじゃねー。こいつらがモタモタしてっからだ」

「デンバーまで半日とかさー、あんたじゃないんだからできるわけないじゃん!」

「あー?おい待て!ニルスは十歳の時にはできてたんだよな!」

「え・・・」

ミランダさんは急に勢いを失くした。

・・・どうしたよ。


 「おめー言ってただろーが!おいニルス、おめーが十歳でできんならこいつらもできるよな!」

「デンバーまで・・・十歳・・・どうだったかな・・・」

ニルスさんは矛先が自分に向いたことで困っている。

 「ニルス!話してくれたよね!十歳の時には軽く往復してたって、あたし聞いたことあるよ!」

「あ・・・え・・・そうだったな・・・」

まあ疑ってはいない、だからこそあんなに強いんだ。


 「ならこいつらも問題ねー!できるまでやらせるぞ!」

「頑張れば・・・できるよ・・・でも、やるならもっと早めに出た方が・・・いいかな」

「おいミランダ!構わねーな!」

「うん・・・いいよ・・・」

隣とかに家が無くてよかった。

こんなに騒がしいの始めてだ・・・。


 「あはは、さあ二人は早く食べちゃって。体を洗ったらすぐに休みなさいね。明日に響かないようにあとで治癒をかけてあげるから」

ステラ様が笑いながら俺たちを三人から遠ざけた。

これ、いつも通りなんだな・・・。



 「ヴィクター・・・空いたよ」

部屋の扉が開かれた。


 ・・・ルージュか。

夕食のあと、先に風呂に入らせた。

どう考えても俺より疲れてるから、早く休ませなければいけない。


 「先にお風呂もらっちゃってごめんね。・・・明日も頑張ろうね」

うーん・・・湯上りだからか、肌がつやつやで色っぽい・・・。

 「気にすんな、それより早く休めよ。あ・・・一人で寝れるのか?」

「今日はエストさんが一緒に寝てくれるんだ。でも、ありがとう・・・おやすみ」

ルージュが扉を閉めた。

俺が一緒に寝ようとしたら、ニルスさんとティムさんに殺されるんだろうな・・・。



 「ヴィクター様・・・」

「え・・・」

「失礼します」

脱衣場で服を脱いでいた時、カゲロウさんが現れた。

なんだよ・・・。


 「どうしたんですか・・・」

「お体を綺麗にします」

「は?何言ってんですか・・・いらないです」

冗談じゃねーぞ・・・これ以上疲れたくない。


 「ミランダ様からの言いつけです。私の体を使って全身磨けと・・・」

「いいんです!勘弁してください!」

「・・・わかりました」

なんでしょんぼりしてんだよ・・・。

俺は悪くないぞ・・・。



 体を洗い終わって、ベッドに入った。

ミランダさんには困ったな・・・眠い・・・。


 「さーて・・・あたしもお風呂入って寝よーかなー」

「待てミランダ!全員いなくなるまで待ってたんだ!」

「な・・・なにかなー・・・」

一階の談話室が騒がしい・・・。


 「剣のことは見逃したけどもう我慢できないぞ!ティムに話したオレのことを全部吐け!」

「ああ・・・許してニルス・・・悪気はないんだって・・・」

「ルージュが真似して同じことを始めたらどうするんだ!あの子を魔女にはしないぞ!」

「あはは、二人ともおかしい」

なんか・・・今日は気にならないな。

もう眠ってしまおう・・・。

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