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Our Story  作者: NeRix
風の章 第三部
196/481

第百八十七話 いっそのこと【ミランダ】

 「おいニルス、どこいんだー」

バカの声が聞こえた。


 足音が近付いてくる。

今あいつの相手なんかしてらんないのに・・・。

ていうか、なんでニルスが戻ったって知ってんのよ・・・。


 「この壁は・・・」

カゲロウに敵意は感じないけど・・・。

 「・・・」

「・・・」

ニルスとステラはかなり気を張っている。


 どうする・・・結界はかなり頑丈に作ったつもりだ。

この子がなにかしてもすぐには無理なはず・・・。



 「ここか・・・おい!起きてんじゃねーかよ!」

バカが無神経に入ってきて、一気に騒がしくなった。

構ってられない、集中を切らさないようにしないと・・・。


 「おめーら下がれ!俺が止める!」

ティムが剣を抜いた。

 「あ・・・」

カゲロウは怯えて顔で震え出した。

あーもー・・・。

 「落ち着けティム!そこを動くな!!」

「ニルス・・・どこにいやがる!」

「ちょっと二人で大声出さないでよ!あたしの集中切らす気かっての!」

みんな乱れてる。

これじゃ混乱が大きくなるだけ・・・。


 「三人とも静かになさい!!!」

「・・・」「・・・」「・・・」

ステラが張り上げた声で、部屋の中が一瞬で静まり返った。

一大事にはこんな大声出すんだね・・・。

 「・・・怖がってるわ。私が話すからミランダは結界を保ってて。ティムはそこでじっとしてなさい」

一人だけ冷静だ。

 「・・・」

ティムも気圧されたっぽい。

 

 「あなた、自分が何者かわかる?」

「・・・よくわかりません」

「じゃあ自分の名前は?」

「・・・わかりません」

ステラは淡々と質問をした。

 今、精霊と対抗できるのはステラの魔法しかない。

あたしはなんとか結界を保つことに集中しなければ・・・。


 「ジナス・・・この名前は知っている?」

「ジナス・・・いえ、初めて聞きます」

「あなたの名前はカゲロウと言うらしいんだけど」

「カゲロウ・・・それも・・・よくわかりません」

・・・演技には見えない。

本当に知らないって感じだ。


 「ミランダ、結界を解いて」

ステラがニルスを拾い上げた。

解けって・・・。

 「ニルス・・・」

ティムは動かずにニルスの姿を見つめている。

剣は抜いたままだけど・・・。


 「無理、結界は解けない・・・」

「確かめるにはそれしかないわ。なら・・・彼女のを消して、私たちに張ってちょうだい」

「・・・わかった」

あたしはカゲロウを解放して自分とティム、ステラに結界を張り直した。

 けど、これだと守れんのはあたしたちだけだ。

家ごと壊されたらどうすんのよ・・・。

あれ?ていうかカゲロウって結界壊せんじゃなかったっけ・・・。


 「カゲロウ、立ち上がってみて」

「・・・はい」

カゲロウは言われた通りにしてくれた。

襲ってくる様子は一切無い。

 「じゃあ次は・・・その椅子に座りなさい」

「はい・・・」

・・・ちゃんと言うこと聞いてる。

演技・・・じゃなさそうだ。


 「ミランダ、私だけ結界を解いて」

「ステラ!まだわからないぞ!」

「静かにしてニルス。・・・ミランダ」

ステラは守護に触れた。

自信あるっぽい・・・。

 「・・・本当にいいのね?」

「ええ、危なかったら自分で張る」

この場を動かしているのはステラだ。

・・・従うしかない。


 「さて・・・私を襲うなら今よ?」

ステラがカゲロウに近付いた。

 「・・・意味がわかりません」

あれでも大丈夫なのか・・・。


 「ニルス、もう一度カゲロウに触れてみて」

「・・・わかった」

さっきはニルスが触れたと同時に光った気がした。

それを確かめるってわけか。

 「小さい・・・」

「余計な口を聞くな・・・」

ニルスは座っているカゲロウの膝に飛び下りた。


 「・・・なにも起きないわね。ニルスが原因じゃなかったのかしら・・・」

「あの・・・私は・・・」

「そのまま座って待ってなさい・・・」

ステラは部屋の雨戸を開けた。

太陽の光が入り込んできて、ちょっとだけ安心する。



 「で・・・これからどうすんの?」

あたしは全員の結界を解いた。

それでもカゲロウは襲ってこないから、一応安全てことよね。


 「そうね・・・カゲロウ、なにか憶えていることはある?」

「いえ・・・あるのは暗闇だけ・・・一瞬の光も無い・・・」

カゲロウは声を震わせた。

・・・怖かったってことかな?

 「私たちは、その暗闇からあなたを助け出したの」

「そうなのですか・・・ありがとうございます」

「それだけじゃない。あなたが元気になるように協力してあげたいの」

・・・は?

ステラは何を言ってるんだろ・・・。


 「しかし・・・私はあなたたちを知りません」

「私たちもあなたが何者なのかわからない。でも、何ができるかは教えてあげられる」

ステラはカゲロウをこっち側に引き込もうとしているみたいだ。

たしかに敵よりは味方の方がいい。


 「なにを・・・すればいいのでしょうか・・・」

「ここで一緒に生活しましょう。お掃除、お洗濯、お料理、お仕事も少し・・・みんなと仲良くなって、自分がこれからどうしていくかを考えればいい」

ここ・・・なんだね・・・。

たしかに住み込みの使用人とかいたらいいなっては思ってたけど・・・。

 「はい・・・ありがとうございます。なんでもしますので」

「ふふふ、まずはその格好じゃ恥ずかしいでしょ?着るものを用意してあげるわ」

「いえ・・・恥ずかしくはありません」

「恥ずかしがる子がいるの。あなたのためだけじゃないわ」

ヴィクターか・・・。

けどあの子、本当は見たいんじゃないのかな?


 「ニルス、いいわね?」

「・・・どこかに放り出すわけにもいかない。オレが見張ろう」

「私も一緒に見るわ」

二人は眠んなくていいし、それなら安心・・・なのかな?

 ・・・さすがにどっかに置いてくるわけにもいかない。

まあ・・・部屋はたくさん空いてるし・・・。


 「消した方がいいんじゃねーの?」

ティムが口を挟んできた。

こいつの意見も一応聞いとくか。

 「そいつをここに置いとく理由が無い。匿っていいことなんかねーぞ」

「少しは考えなさいティム。この子は唯一ジナスと繋がっている。近くに置いておけば、すぐに手が打てるはずよ。シロに話せない今、これが最善だと思う」

「この状況は一大事なんじゃねーのか?消さねーなら女神に任せりゃいい」

「・・・理由は言えないけどまだできない。お願いティム、私を信じてほしい」

「寝首かかれたらどーすんだよ・・・」

ティムは舌打ちをしてカゲロウに近付いた。


 「・・・なにか妙な真似したら俺がお前を斬る。・・・覚えておけ」

「はい・・・なにもしません。助けていただく方たちに失礼な態度も・・・取りませんので・・・」

顔に切っ先を向けられたカゲロウは震える声で答えた。

武器を恐がってるってことは、自分が精霊だってのもわかってないのか。

 「俺から言うことはもうねーよ・・・あとは勝手にしろ」

「ありがとうティム」

「ニルス・・・お前に話がある。先に下行ってるからな」

「・・・わかった」

ティムは部屋を出て行った。

気に入らなさそう・・・。


 「・・・あいつ、かなり強くなってるな。八年前とは別人だ」

ニルスはちょっと嬉しそうだ。

 「そうなの?でもバカは治ってないよ。あの剣じゃ精霊は斬れないでしょ?」

「まあ・・・そうだけど」

「話はあとにしましょ。ミランダ、なにか服を貸してあげて。たしか分身は姿を変えたりとかはできないはずだから」

はあ・・・もういいや。

 ・・・面倒だなっても思わなくなってきてる。

もういっそのことなんでも来なよ・・・。



 「え・・・ミランダさん・・・」「勘弁してくださいよ・・・」

ノアとエストがカゲロウを見て固まった。

 なにがどうであっても、これからの予定に変更は無い。

だから・・・受け入れてもらおう。


 「今のところ害は無し。そして、今日から一緒に生活する仲間よ。カゲロウ、挨拶して」

カゲロウが空っぽなのは「ただ作られただけ」だからってステラは教えてくれた。

姿は一緒らしいけど、以前のカゲロウとは別な存在みたいだ。

 だからこそ近くに置いておく。

あたしたちに情が移れば、ジナスの命令でも躊躇いと迷いが生まれる。

 分身は本体に意見はできても逆らうことはできない。

だけど、そこで揺らいでくれるだけでもこっちが有利になる。


 「カゲロウと言います。なんでもしますのでよろしくお願いします」

「・・・はい」

「・・・わかりました」

受け入れが早い、二人も鍛えられてきたみたいね。

ごめんね・・・ちゃんと埋め合わせはするからさ。


 「とりあえず家事と・・・美容水と石鹸を作る担当ってことにする。ノア、作り方教えてあげて」

「・・・エスト、一緒に来てよ」

「・・・わかった」

「私も見てるから安心していいよ。・・・そうだ、香りが付いた美容水を作りましょ。きっと売れるはず」

ステラが三人を引っ張って研究室に入っていった。

まあ、聖女がいるなら平気か・・・。



 談話室には、あたしとティムとニルスが残った。

ちょっと休むか・・・。


 「ニルス、ルージュのこと泣かせてねーだろーな」

ティムがニルスをつまみ上げた。

話って妹のことか・・・。


 「オレがあの子を泣かせるわけないだろ」

「・・・あいつは優しい。その分、心はそんなに強くない。おめーとおんなじだな」

「・・・」

「・・・なんかあったら殺すからな」

ティムは殺気まで出してニルスを睨んだ。

ああ・・・あれのことか。

 「なにも無いって・・・」

「森で襲われたって聞いたぞ」

「・・・汚されてはいなかった。・・・反省してるよ」

「・・・何よりも優先しろよ?」

血の繋がりがある本当の妹よりも、ルージュとセレシュを大切に思ってる。

 あの子たちもティムのことは信用してる。

こいつはそれが嬉しかったんだろうな。


 「返事しろよ」

「約束しよう」

「わかりゃいいんだよ」

お兄ちゃん二人で妹の心配しちゃって・・・。

仲良く見てやればいいじゃん。

 

 「恐い思いはさせてしまったけど、今は笑えているからそんなに心配しなくていい。戻ったら顔を見せてやってくれ」

「・・・さっき会った」

ああ・・・だからニルスが戻ったのを知ってたのか。

 「今の騎士・・・まだまだだな」

「若いから仕方ない。だから、あの二人は危ないことから遠ざけようと思ってる」

「どうすんだよ?お前が腕折っても聞かなかったんだろ?」

「そこでなんだけど・・・お前にやってほしいことがあるんだ」

ニルスがティムに微笑んだ。

・・・何頼むんだろ?


 「気持ちわりー・・・なんだよ?」

「ルージュとヴィクターを鍛えてやってほしい。オレはこの身体だから無理なんだ」

「さっき会った時に俺からも鍛えてやるって言った。・・・けど俺でいいのか?優しくねーぞ」

「あの二人は・・・できれば戦いに出したくないんだ。修業ってことで見ながら守っていてほしい」

ふふ、お兄ちゃん二人でちゃんと仲良く協力できんじゃん。

 たしかにヴィクターはともかく、ルージュには危ないことはしてほしくない。

だから修業を続けるってことにして、ティムと一緒にいさせれば安全ってことよね。

 で、その間にあたしたちが動いて「解決しちゃいましたー」の方がいい。

あの子はちょっと怒るかもしれないけど、アリシア様が戻ってくればすぐ治まるでしょ。

 

 「まあ・・・別にいーけど。どこまでやればいい?なんか目標あった方がいいんじゃねーの」

「目標・・・そうだな・・・」

「誰かに勝つとか」

「あー・・・あ、凪の月に闘技大会があるんだろ?団体戦って聞いてる。三人で出て優勝を目標にしろ」

あたしの耳が反応した。

うわ・・・面白そうじゃん。


 「・・・お前凪の月っていつか知ってるか?もう水の月になるから、あとふた月しかねーぞ。・・・それにそっちには出たことねー」

「泣き言か・・・」

「ああ?舐めんな、優勝してやるよ!!!」

ティムもやる気だ。

あいつ、連携とかできんのかな?

 まあ・・・でも、それなら賭けてもいい。

きっと倍率もかなり高くなる・・・やば、興奮してきた。


 「そうだ・・・三人で出るかわりに条件がある。お前だけにだ」

「条件・・・面倒だな。あ・・・じゃあ、その剣の代金はいらないってことでいいよ」

「あ?ミランダから貰ってるはずだぞ。払ったって聞いてる」

「え・・・」

二人があたしを見てきた。

やっば・・・バレないと思ってたのに・・・。


 「ミラ・・・」

「ニルス!あたし渡したよね!」

「え・・・」

勢いで押すしかない、今は合わせてもらわないと・・・。

 「なに忘れてんのよ!あれ受け取った時に渡したでしょ!!」

「あ、ああ・・・そういえば貰ってた・・・かな・・・」

「なんだよ、バカ言ってんじゃねーよ」

はあ・・・はあ・・・誤魔化せた。

こうなるとは思わないって・・・。


 「まあいいや・・・で、条件ってなに?」

「・・・来年の殖の月、個人の方だ。その身体なんとかして闘技大会出ろ」

「え・・・そんなことか・・・わかった」

「約束だぞ。・・・そこでお前を潰す」

もしその時にアリシア様も元気になっていたら・・・そっちも面白そうね。


 「おいミランダ・・・明日から休みて―。街の配達は運び屋に・・・」

「うん、いいよ」

「早すぎだろ・・・」

この理由なら休みくらい出す。

 待てよ・・・凪の月には解決してる可能性もあるな。

そしたら・・・ニルスも誰かと組ませて出させるか。

・・・荒れるぞー。



 「この剣かなりいい。俺の手に馴染む」

ティムはニルスに作ってもらった剣を出した。

 落ち着いたのか・・・。

代金のことにはもう触れないよね?


 「ちょっと見たい、抜いてテーブルに置いてくれ」

「あ?ああ・・・」

「・・・へー、ちゃんと手入れしてるな」

「毎日磨いてるよ・・・」

あーよかった。

もう疲れんのやだよ・・・。

 「名前は聞いた?」

「ああ、凶暴な剣ツリガネだろ?変な名前だ」

「は?バカかお前・・・」

「ああ?」

二人はまたあたしを見てきた。

そこまで知るか・・・。


 「強襲の剣シロガネだ。もう忘れるなよ?」

「・・・ミランダに言えよ」

「バカには難しかったんじゃない?」

「・・・そういうことか」

「なに納得してんだ!」

騒がしいけど・・・いいな。

こんな状況だけど、ニルスがいるといつもより楽しい。


 「そうだ・・・お前なんで出てった。一緒に暮らそう」

「絶対に嫌だね」

「これ見ただろ?大切な友へ・・・だからここにいても・・・」

「気持ちわりーこと言ってんじゃねーよ!」

ああ・・・なんか全部うまくいく気がする。


 「静かにしなさいよ!楽しそうにしちゃって・・・騒ぐのは夜まで待っててよね!」

研究室からステラが飛び出してきた。

遊んでたわけじゃないのに・・・あたしまで。

 

 「・・・ニルス、ルージュとヴィクター。癖があるなら今の内に教えろ」

「わかった・・・」

あたしも少し鍛え直そうかな。

・・・気が向いたらだけど。


 ハリスは風の月にジェイスが来る集会があるって言ってた。

うまくいけば、アリシア様のことはそこで何とかなるかもしれない。

そしたらシロもここに来れる。


 シロ・・・そうなるようにあたしも頑張るからね。

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