第百八十七話 いっそのこと【ミランダ】
「おいニルス、どこいんだー」
バカの声が聞こえた。
足音が近付いてくる。
今あいつの相手なんかしてらんないのに・・・。
ていうか、なんでニルスが戻ったって知ってんのよ・・・。
「この壁は・・・」
カゲロウに敵意は感じないけど・・・。
「・・・」
「・・・」
ニルスとステラはかなり気を張っている。
どうする・・・結界はかなり頑丈に作ったつもりだ。
この子がなにかしてもすぐには無理なはず・・・。
◆
「ここか・・・おい!起きてんじゃねーかよ!」
バカが無神経に入ってきて、一気に騒がしくなった。
構ってられない、集中を切らさないようにしないと・・・。
「おめーら下がれ!俺が止める!」
ティムが剣を抜いた。
「あ・・・」
カゲロウは怯えて顔で震え出した。
あーもー・・・。
「落ち着けティム!そこを動くな!!」
「ニルス・・・どこにいやがる!」
「ちょっと二人で大声出さないでよ!あたしの集中切らす気かっての!」
みんな乱れてる。
これじゃ混乱が大きくなるだけ・・・。
「三人とも静かになさい!!!」
「・・・」「・・・」「・・・」
ステラが張り上げた声で、部屋の中が一瞬で静まり返った。
一大事にはこんな大声出すんだね・・・。
「・・・怖がってるわ。私が話すからミランダは結界を保ってて。ティムはそこでじっとしてなさい」
一人だけ冷静だ。
「・・・」
ティムも気圧されたっぽい。
「あなた、自分が何者かわかる?」
「・・・よくわかりません」
「じゃあ自分の名前は?」
「・・・わかりません」
ステラは淡々と質問をした。
今、精霊と対抗できるのはステラの魔法しかない。
あたしはなんとか結界を保つことに集中しなければ・・・。
「ジナス・・・この名前は知っている?」
「ジナス・・・いえ、初めて聞きます」
「あなたの名前はカゲロウと言うらしいんだけど」
「カゲロウ・・・それも・・・よくわかりません」
・・・演技には見えない。
本当に知らないって感じだ。
「ミランダ、結界を解いて」
ステラがニルスを拾い上げた。
解けって・・・。
「ニルス・・・」
ティムは動かずにニルスの姿を見つめている。
剣は抜いたままだけど・・・。
「無理、結界は解けない・・・」
「確かめるにはそれしかないわ。なら・・・彼女のを消して、私たちに張ってちょうだい」
「・・・わかった」
あたしはカゲロウを解放して自分とティム、ステラに結界を張り直した。
けど、これだと守れんのはあたしたちだけだ。
家ごと壊されたらどうすんのよ・・・。
あれ?ていうかカゲロウって結界壊せんじゃなかったっけ・・・。
「カゲロウ、立ち上がってみて」
「・・・はい」
カゲロウは言われた通りにしてくれた。
襲ってくる様子は一切無い。
「じゃあ次は・・・その椅子に座りなさい」
「はい・・・」
・・・ちゃんと言うこと聞いてる。
演技・・・じゃなさそうだ。
「ミランダ、私だけ結界を解いて」
「ステラ!まだわからないぞ!」
「静かにしてニルス。・・・ミランダ」
ステラは守護に触れた。
自信あるっぽい・・・。
「・・・本当にいいのね?」
「ええ、危なかったら自分で張る」
この場を動かしているのはステラだ。
・・・従うしかない。
「さて・・・私を襲うなら今よ?」
ステラがカゲロウに近付いた。
「・・・意味がわかりません」
あれでも大丈夫なのか・・・。
「ニルス、もう一度カゲロウに触れてみて」
「・・・わかった」
さっきはニルスが触れたと同時に光った気がした。
それを確かめるってわけか。
「小さい・・・」
「余計な口を聞くな・・・」
ニルスは座っているカゲロウの膝に飛び下りた。
「・・・なにも起きないわね。ニルスが原因じゃなかったのかしら・・・」
「あの・・・私は・・・」
「そのまま座って待ってなさい・・・」
ステラは部屋の雨戸を開けた。
太陽の光が入り込んできて、ちょっとだけ安心する。
◆
「で・・・これからどうすんの?」
あたしは全員の結界を解いた。
それでもカゲロウは襲ってこないから、一応安全てことよね。
「そうね・・・カゲロウ、なにか憶えていることはある?」
「いえ・・・あるのは暗闇だけ・・・一瞬の光も無い・・・」
カゲロウは声を震わせた。
・・・怖かったってことかな?
「私たちは、その暗闇からあなたを助け出したの」
「そうなのですか・・・ありがとうございます」
「それだけじゃない。あなたが元気になるように協力してあげたいの」
・・・は?
ステラは何を言ってるんだろ・・・。
「しかし・・・私はあなたたちを知りません」
「私たちもあなたが何者なのかわからない。でも、何ができるかは教えてあげられる」
ステラはカゲロウをこっち側に引き込もうとしているみたいだ。
たしかに敵よりは味方の方がいい。
「なにを・・・すればいいのでしょうか・・・」
「ここで一緒に生活しましょう。お掃除、お洗濯、お料理、お仕事も少し・・・みんなと仲良くなって、自分がこれからどうしていくかを考えればいい」
ここ・・・なんだね・・・。
たしかに住み込みの使用人とかいたらいいなっては思ってたけど・・・。
「はい・・・ありがとうございます。なんでもしますので」
「ふふふ、まずはその格好じゃ恥ずかしいでしょ?着るものを用意してあげるわ」
「いえ・・・恥ずかしくはありません」
「恥ずかしがる子がいるの。あなたのためだけじゃないわ」
ヴィクターか・・・。
けどあの子、本当は見たいんじゃないのかな?
「ニルス、いいわね?」
「・・・どこかに放り出すわけにもいかない。オレが見張ろう」
「私も一緒に見るわ」
二人は眠んなくていいし、それなら安心・・・なのかな?
・・・さすがにどっかに置いてくるわけにもいかない。
まあ・・・部屋はたくさん空いてるし・・・。
「消した方がいいんじゃねーの?」
ティムが口を挟んできた。
こいつの意見も一応聞いとくか。
「そいつをここに置いとく理由が無い。匿っていいことなんかねーぞ」
「少しは考えなさいティム。この子は唯一ジナスと繋がっている。近くに置いておけば、すぐに手が打てるはずよ。シロに話せない今、これが最善だと思う」
「この状況は一大事なんじゃねーのか?消さねーなら女神に任せりゃいい」
「・・・理由は言えないけどまだできない。お願いティム、私を信じてほしい」
「寝首かかれたらどーすんだよ・・・」
ティムは舌打ちをしてカゲロウに近付いた。
「・・・なにか妙な真似したら俺がお前を斬る。・・・覚えておけ」
「はい・・・なにもしません。助けていただく方たちに失礼な態度も・・・取りませんので・・・」
顔に切っ先を向けられたカゲロウは震える声で答えた。
武器を恐がってるってことは、自分が精霊だってのもわかってないのか。
「俺から言うことはもうねーよ・・・あとは勝手にしろ」
「ありがとうティム」
「ニルス・・・お前に話がある。先に下行ってるからな」
「・・・わかった」
ティムは部屋を出て行った。
気に入らなさそう・・・。
「・・・あいつ、かなり強くなってるな。八年前とは別人だ」
ニルスはちょっと嬉しそうだ。
「そうなの?でもバカは治ってないよ。あの剣じゃ精霊は斬れないでしょ?」
「まあ・・・そうだけど」
「話はあとにしましょ。ミランダ、なにか服を貸してあげて。たしか分身は姿を変えたりとかはできないはずだから」
はあ・・・もういいや。
・・・面倒だなっても思わなくなってきてる。
もういっそのことなんでも来なよ・・・。
◆
「え・・・ミランダさん・・・」「勘弁してくださいよ・・・」
ノアとエストがカゲロウを見て固まった。
なにがどうであっても、これからの予定に変更は無い。
だから・・・受け入れてもらおう。
「今のところ害は無し。そして、今日から一緒に生活する仲間よ。カゲロウ、挨拶して」
カゲロウが空っぽなのは「ただ作られただけ」だからってステラは教えてくれた。
姿は一緒らしいけど、以前のカゲロウとは別な存在みたいだ。
だからこそ近くに置いておく。
あたしたちに情が移れば、ジナスの命令でも躊躇いと迷いが生まれる。
分身は本体に意見はできても逆らうことはできない。
だけど、そこで揺らいでくれるだけでもこっちが有利になる。
「カゲロウと言います。なんでもしますのでよろしくお願いします」
「・・・はい」
「・・・わかりました」
受け入れが早い、二人も鍛えられてきたみたいね。
ごめんね・・・ちゃんと埋め合わせはするからさ。
「とりあえず家事と・・・美容水と石鹸を作る担当ってことにする。ノア、作り方教えてあげて」
「・・・エスト、一緒に来てよ」
「・・・わかった」
「私も見てるから安心していいよ。・・・そうだ、香りが付いた美容水を作りましょ。きっと売れるはず」
ステラが三人を引っ張って研究室に入っていった。
まあ、聖女がいるなら平気か・・・。
◆
談話室には、あたしとティムとニルスが残った。
ちょっと休むか・・・。
「ニルス、ルージュのこと泣かせてねーだろーな」
ティムがニルスをつまみ上げた。
話って妹のことか・・・。
「オレがあの子を泣かせるわけないだろ」
「・・・あいつは優しい。その分、心はそんなに強くない。おめーとおんなじだな」
「・・・」
「・・・なんかあったら殺すからな」
ティムは殺気まで出してニルスを睨んだ。
ああ・・・あれのことか。
「なにも無いって・・・」
「森で襲われたって聞いたぞ」
「・・・汚されてはいなかった。・・・反省してるよ」
「・・・何よりも優先しろよ?」
血の繋がりがある本当の妹よりも、ルージュとセレシュを大切に思ってる。
あの子たちもティムのことは信用してる。
こいつはそれが嬉しかったんだろうな。
「返事しろよ」
「約束しよう」
「わかりゃいいんだよ」
お兄ちゃん二人で妹の心配しちゃって・・・。
仲良く見てやればいいじゃん。
「恐い思いはさせてしまったけど、今は笑えているからそんなに心配しなくていい。戻ったら顔を見せてやってくれ」
「・・・さっき会った」
ああ・・・だからニルスが戻ったのを知ってたのか。
「今の騎士・・・まだまだだな」
「若いから仕方ない。だから、あの二人は危ないことから遠ざけようと思ってる」
「どうすんだよ?お前が腕折っても聞かなかったんだろ?」
「そこでなんだけど・・・お前にやってほしいことがあるんだ」
ニルスがティムに微笑んだ。
・・・何頼むんだろ?
「気持ちわりー・・・なんだよ?」
「ルージュとヴィクターを鍛えてやってほしい。オレはこの身体だから無理なんだ」
「さっき会った時に俺からも鍛えてやるって言った。・・・けど俺でいいのか?優しくねーぞ」
「あの二人は・・・できれば戦いに出したくないんだ。修業ってことで見ながら守っていてほしい」
ふふ、お兄ちゃん二人でちゃんと仲良く協力できんじゃん。
たしかにヴィクターはともかく、ルージュには危ないことはしてほしくない。
だから修業を続けるってことにして、ティムと一緒にいさせれば安全ってことよね。
で、その間にあたしたちが動いて「解決しちゃいましたー」の方がいい。
あの子はちょっと怒るかもしれないけど、アリシア様が戻ってくればすぐ治まるでしょ。
「まあ・・・別にいーけど。どこまでやればいい?なんか目標あった方がいいんじゃねーの」
「目標・・・そうだな・・・」
「誰かに勝つとか」
「あー・・・あ、凪の月に闘技大会があるんだろ?団体戦って聞いてる。三人で出て優勝を目標にしろ」
あたしの耳が反応した。
うわ・・・面白そうじゃん。
「・・・お前凪の月っていつか知ってるか?もう水の月になるから、あとふた月しかねーぞ。・・・それにそっちには出たことねー」
「泣き言か・・・」
「ああ?舐めんな、優勝してやるよ!!!」
ティムもやる気だ。
あいつ、連携とかできんのかな?
まあ・・・でも、それなら賭けてもいい。
きっと倍率もかなり高くなる・・・やば、興奮してきた。
「そうだ・・・三人で出るかわりに条件がある。お前だけにだ」
「条件・・・面倒だな。あ・・・じゃあ、その剣の代金はいらないってことでいいよ」
「あ?ミランダから貰ってるはずだぞ。払ったって聞いてる」
「え・・・」
二人があたしを見てきた。
やっば・・・バレないと思ってたのに・・・。
「ミラ・・・」
「ニルス!あたし渡したよね!」
「え・・・」
勢いで押すしかない、今は合わせてもらわないと・・・。
「なに忘れてんのよ!あれ受け取った時に渡したでしょ!!」
「あ、ああ・・・そういえば貰ってた・・・かな・・・」
「なんだよ、バカ言ってんじゃねーよ」
はあ・・・はあ・・・誤魔化せた。
こうなるとは思わないって・・・。
「まあいいや・・・で、条件ってなに?」
「・・・来年の殖の月、個人の方だ。その身体なんとかして闘技大会出ろ」
「え・・・そんなことか・・・わかった」
「約束だぞ。・・・そこでお前を潰す」
もしその時にアリシア様も元気になっていたら・・・そっちも面白そうね。
「おいミランダ・・・明日から休みて―。街の配達は運び屋に・・・」
「うん、いいよ」
「早すぎだろ・・・」
この理由なら休みくらい出す。
待てよ・・・凪の月には解決してる可能性もあるな。
そしたら・・・ニルスも誰かと組ませて出させるか。
・・・荒れるぞー。
◆
「この剣かなりいい。俺の手に馴染む」
ティムはニルスに作ってもらった剣を出した。
落ち着いたのか・・・。
代金のことにはもう触れないよね?
「ちょっと見たい、抜いてテーブルに置いてくれ」
「あ?ああ・・・」
「・・・へー、ちゃんと手入れしてるな」
「毎日磨いてるよ・・・」
あーよかった。
もう疲れんのやだよ・・・。
「名前は聞いた?」
「ああ、凶暴な剣ツリガネだろ?変な名前だ」
「は?バカかお前・・・」
「ああ?」
二人はまたあたしを見てきた。
そこまで知るか・・・。
「強襲の剣シロガネだ。もう忘れるなよ?」
「・・・ミランダに言えよ」
「バカには難しかったんじゃない?」
「・・・そういうことか」
「なに納得してんだ!」
騒がしいけど・・・いいな。
こんな状況だけど、ニルスがいるといつもより楽しい。
「そうだ・・・お前なんで出てった。一緒に暮らそう」
「絶対に嫌だね」
「これ見ただろ?大切な友へ・・・だからここにいても・・・」
「気持ちわりーこと言ってんじゃねーよ!」
ああ・・・なんか全部うまくいく気がする。
「静かにしなさいよ!楽しそうにしちゃって・・・騒ぐのは夜まで待っててよね!」
研究室からステラが飛び出してきた。
遊んでたわけじゃないのに・・・あたしまで。
「・・・ニルス、ルージュとヴィクター。癖があるなら今の内に教えろ」
「わかった・・・」
あたしも少し鍛え直そうかな。
・・・気が向いたらだけど。
ハリスは風の月にジェイスが来る集会があるって言ってた。
うまくいけば、アリシア様のことはそこで何とかなるかもしれない。
そしたらシロもここに来れる。
シロ・・・そうなるようにあたしも頑張るからね。




