第百八十六話 今日だけ【ルージュ】
やっぱりヴィクターと一緒に来てよかった。
家を出た時から明るく振る舞ってきたけど、実はけっこう不安だったんだよね・・・。
でも、あなたと手を繋いでいるとそういうのが薄れていく感じがする。
騎士・・・だからなのかな?
◆
「ここがセレシュの家か?」
ヴィクターが緊張した顔で扉を見つめた。
「うん・・・」
わたしも緊張している。
ここに続く道を歩き始めた時から、少しずつ不安が重なってきた。
わたしとシロがいなくなってもうすぐ四ヶ月・・・セレシュはどう思ったんだろう。
ミランダさんはなんて説明したのかな?
事情はちゃんと話したって言ってたから怒ってはいないと思うけど・・・。
「・・・呼ばないのか?」
「なんか・・・いざってなると会いづらいなって・・・」
市場を出るまではそんなこと無かった。
「早くごめんねって言わなきゃ」でいっぱいだったんだけど・・・。
「友達なんだろ?そんなに縮こまってないでさ」
「そうなんだけど・・・」
「とりあえず、これは外した方がいいな」
ヴィクターが、そっとわたしの変装を解いてくれた。
「しまっといてやる。友達が急に赤毛になってたらびっくりしちゃうだろ?」
「あ・・・うん。ありがとう騎士さん」
少しだけ楽になれた。
・・・呼びかけるなら今しかない。
わたしは繋いでいた手を優しくほどいて扉の前に立った。
「ちょっと家の周り見てくる。・・・すぐ戻るよ」
わたしが扉を叩こうとした時、中からおじさんの声が聞こえた。
・・・すぐそこにいるみたいだ。
「あ・・・ルージュ・・・」
色々考えていたせいで先を越された。
「あの・・・えーと・・・」
こうなるって考えてなかったから体が固まる・・・。
「戻ってきたのか!おいセレシュ、ルージュが帰ってきたぞ!」
あ、ああ・・・そんな大声で・・・。
「ルージュ!」
奥から走る足音が聞こえて、セレシュが飛び出してきた。
ああ・・・わたしから行きたかったのに・・・。
◆
「ずっと心配してたんだよ・・・シロも・・・二人ともいなくなっちゃって・・・」
セレシュはわたしを抱いて泣いてくれた。
な・・・なにか言わないと・・・。
「ごめんねセレシュ、約束・・・すっぽかしちゃって・・・」
変なことしか言えない。
考えてくればよかったな・・・。
「気にしてない・・・」
こんなに心配させてしまったのは、何も言わずにいなくなったからだよね・・・。
わたしだってこうなっちゃうと思う・・・。
「セレシュ、中で話した方がいい。ルージュ、事情は聞いてる。とりあえず入ってくれ・・・連れもな」
おじさんにも心配をかけたかもしれない。
わたしからもちゃんと話さないと・・・。
◆
「大変だっただろ?こっちは変わりないぞ」
「本当に無事でよかったわ」
おじさんとおばさんは優しく微笑んでくれた。
よく来てた家なのに、なんだか今日は違って見えるな・・・。
「・・・」
セレシュはさっきまでのヴィクターみたいに、わたしの手をぎゅっと握ってくれている。
このまま繋いでいれば安心してくれるかな?
「不安でしたけど・・・ニルス様がいてくれたので・・・」
「様・・・。ああ・・・そうだな・・・ニルスと一緒だって聞いてたから心配はしてなかった」
「うん、ニルス以上に頼れる人はいないものね。あの子のところって聞いた時は驚いたけど、じゃあ大丈夫だなっても思ったのよ」
ああ・・・おじさんとおばさんもニルス様のことは知ってたんだね・・・。
・・・戦士だったんだから当然か。
「あいつが小さくなったってミランダから聞いたけど本当か?どうにも信じられない」
「本当です・・・今はわたしの掌と同じくらいになってます」
「・・・できれば顔出せって言っておいてくれ」
「私も見たいわ。この目で確かめないと・・・」
そりゃ信じられないよね・・・。
わたしはもう慣れてしまったけど、二人にとっては嘘みたいな話だ。
「まあ・・・なにかあれば協力する。ミランダにもそう言ってるから頼りにしてくれよ」
「はい、ありがとうございます」
「ところで・・・そいつは誰だ?お前が男と一緒にいるのはどういうことだ?」
「あ・・・俺は・・・」
ヴィクターの体が一瞬びくっとした。
わたしの話だけで放っておいたままだったな・・・。
◆
「それで・・・わたしの修行に付き合ってもらってたんです」
「・・・よろしくお願いします」
「とっても強いんですよ」
ヴィクターの紹介が終わった。
どう思われたかな?
「えっと・・・ステラが起きたんだな?」
おじさんはそっちの方が驚いたみたいだ。
そりゃ・・・そうか。
「ルージュ・・・私もステラさんに会いたい」
セレシュもだ。
「うん、ステラさんも会いたいって言ってた。大丈夫そうだったらまた一緒に話そうね」
シロとシリウスもいれば、もっとよかったんだけどな。
・・・いや、そうなるようにするんだ。
「ヴィクター、ルージュのこと頼んだぞ。まあ、騎士なら心配無いだろうけどな」
おじさんがニヤニヤしながらヴィクターを見つめた。
「はい、そのために一緒にいます」
「おー、いい男じゃねーかよ。ステラにはニルスがいるし、ルージュが貰っちまえ」
「な・・・そういうんじゃ・・・」
わたしがヴィクターを貰う・・・。
「そうね、せっかく仲のいい男の子ができたんだから逃げられないようにしないと」
おばさんはおじさんと同じ顔でわたしを見てきた。
「あ・・・あの・・・」
「よかったねルージュ」
「セレシュ・・・」
もう・・・こういう話やだな。
「・・・」
ヴィクターも顔を赤くして俯いていた。
困らせちゃったよね・・・。
◆
「入って。一緒に話そうよ」
わたしとヴィクターはセレシュの部屋に入れてもらった。
ここも久しぶりだ・・・。
「あの・・・セレシュ・グリーンです。ごきげんよう」
「あ、ああ・・・ヴィクターだ・・・ってさっきも言ったな」
おお、二人ともなんとか挨拶できてる。
セレシュもシリウス以外の男の子の友達はいないけど、わたしと仲がいい人から頑張って自分から話しかけたんだろうな。
「なんか・・・すごいのあるな。入ってすぐ目に付く」
ヴィクターが棚の上にある水晶のお城を指さした。
たしかに目立つよね。
「あれはシロが作ってくれたんだよ。ね、セレシュ?」
「うん・・・」
「シロが?」
「あ・・・シロのこと知ってるんだね」
そうだ・・・これも教えてなかった。
「ヴィクターもシロと友達なんだよ。わたしたちの話は聞いてたんだって」
「そうなんだ・・・私は聞いたことなかった」
わたしもだけどね・・・。
「恥ずかしいから話すなって言ってたんだって」
「おい、言うなよ・・・」
「別にいいでしょ。それとね、ヴィクターも友達のしるしを持ってるんだよ」
「まあ・・・俺のは騎士のしるしでもあるけどな」
だから、セレシュとも友達だ。
「ふーん・・・」
セレシュはヴィクターを見つめた。
「な・・・なんだよ・・・」
「二人は仲良いなって思って」
「・・・仲?」
「うん・・・」
どうしたんだろ・・・。
「ねえ・・・ルージュのこと・・・好きなの?」
え・・・。
「ちょっとセレシュ、なに言ってるの!」
「ヴィクターに聞いたんだけど・・・」
「あの・・・俺は・・・」
「違うよ!ヴィクターはそういうんじゃなくて・・・」
うう・・・なんでわたしはこんなに焦ってるんだろ・・・。
恥ずかしい・・・。
「えっと・・・まだ、知り合ったばかりだ・・・」
「そうなんだ・・・わかった」
「もう、ヴィクターを困らせないで」
「ごめんねルージュ。もう聞かないよ」
セレシュはわたしを見てにっこり笑った。
なんか・・・気になる顔だ。
「あのね・・・シリウスも心配してたんだ」
セレシュがベッドに座った。
急に真面目な声になったな・・・。
「・・・返事が来ないって。だから絶対内緒って書いて、知ってることを教えちゃったの」
絶対内緒なら・・・。
「気にしなくていいよ。・・・シリウスにも謝らないと」
お返事・・・忘れてた。
シロもだろうし、心配になるのは当たり前だよね・・・。
「謝ることないよ。それよりも・・・私もニルスさんに会ってみたい。ルージュの憧れのお兄ちゃん」
「え・・・今は・・・ちっちゃいよ?」
セレシュもニルス様のことは、今回のことがあって初めて知ったみたいだ。
仲間がいた・・・。
「それでもいいよ。どんな人か知りたいの」
「わかった。ニルス様に言ってみるよ。ダメってなったらごめんね」
「よろしくね。あ・・・それかお父さんと一緒なら、そっちに行っても大丈夫かも」
「そうかもね・・・」
わたしが何度も話してたから会ってみたいって思うのは当然か・・・。
「今日は他にもどこか行くの?」
「そうだなあ・・・ルルさんの所に行って、あとはミランダさんの家に戻るよ」
「しばらくはあそこにいるの?」
「わからない、なにかあれば動くから」
ハリスさんや鳥さんたちの情報が来て、ニルス様が動くならわたしも一緒に行くつもりだ。
「本当は一緒にいたいけど・・・」
「わたしたちといると、危ない目に遭うかもしれないから・・・」
「うん・・・わかってる」
セレシュ・・・ずっと寂しかっただろうな。
「でも、また会いに来るね。そうだ・・・これ、スナフで売ってた櫛なんだ。お土産と・・・心配かけてごめんね・・・」
「ふふ、別にいいのに。でもありがとうルージュ。ヴィクターもまた来てね」
「あ、ああ・・・」
「私とも仲良くしてね」
やっぱりセレシュはわたしの一番の友達だ。
まあ、だからこそあんまり巻き込みたくないんだ・・・けど・・・。
・・・あれ?
『勢いで飛び込む世界じゃないんだ。・・・落ち着いてくれ』
『・・・そうですよ。今のルージュ様は、シロ様の行動に胸を打たれて感動しているだけです。冷静になってください』
『ルージュ、ニルスを困らせないであげて。それに痛い思いなんてしたくないでしょ?』
・・・ああ、ちょっとだけわかった。
みんながわたしを止めてくれたのはこういう気持ちだったからか。
もしここでセレシュが「私も戦う!」なんて言い出したらどうしていいかわからない。
・・・わたしはニルス様たちを困らせてしまったんだな。
◆
「はあ・・・緊張した・・・」
「ふふ、カチコチだったもんね」
セレシュの家を出た。
次はルルさんの所だ。
「女の子の部屋に入ったのなんて初めてだよ・・・」
ヴィクターは溜め息を零した。
なるほど、だから余計緊張してたのか・・・。
「でも、もうセレシュと友達だね」
「・・・そうなのか?」
「うん、いい子だったでしょ?」
「そうだな、何度か会えば慣れると思う」
よかった。
変なこと聞かれたけど悪い印象は無かったみたい。
◆
「・・・ルージュ!」
「わ・・・」
「ああ・・・よかった・・・」
ルルさんもわたしを見るとすぐに抱いてくれた。
わたしって、みんなに大切に思われてたんだな・・・。
◆
「それで・・・お母さんは今のところ大丈夫」
ルルさんにわたしの今までを話した。
もちろんヴィクターのこともだ。
「アリシアの心配なんかしてないわよ。お腹に風穴空いても生きてたっていうし、そんな簡単に死なないって知ってるから」
ルルさんはいつも通りの顔で笑った。
さすが長年の友達・・・。
「それにしても・・・あのお母さんは子どもたちに苦労ばかりかけるわね」
「わたしとシロのこと?」
「え・・・あ・・・うん、そうよ」
ルルさんが突然焦り出した。
・・・なんか変なこと聞いたかな?
「ま、まあ・・・落ち着いたらみんなでいらっしゃいね」
「そうする。ルルさんの料理も食べたいし」
「ありがとう。・・・ニルスの顔も見たいわ」
「・・・やっぱり知ってたんですね」
戦士だけじゃなくてルルさんもか・・・。
知らなかったのは、わたしとセレシュだけなんじゃ・・・。
「騙すつもりはなかったんだけどね・・・。みんなニルスのこと大好きなのよ。もちろんあなたのこともね」
「もう気にしてないよ。わたしもニルス様のこと大好きだから、頼まれたらそうすると思う」
「うん・・・でも、ごめんね・・・」
ルルさんは一粒だけ涙を流した。
どういう意味でなのか、わたしにはよくわからない。
ただ、わたしが理由を聞くのはいけない気がする・・・。
◆
「じゃあ、わたしたちは戻るね」
いつの間にか夕暮れ間近になってしまった。
晩鐘前に帰らないと叱られる・・・。
「わかったわ。・・・ヴィクターちょっといい?」
ルルさんがヴィクターの腕を掴んだ。
「はい・・・なんでしょうか・・・」
「アリシアは、弱い男にルージュはやりたくないって言ってた」
「え・・・な、なんの話ですか・・・」
「あら、違うの?」
ルルさんまで・・・。
どうしてヴィクターをからかうんだろう?
困った顔・・・あんまり見たくないんだけどな。
◆
「この辺は歩きやすいな」
「人が多いのは大通りの近くだけだからね」
賑やかになっていく通りを抜けて静かな道に入った。
夕方の夏の風は昼間よりも涼しい。
・・・今日のお風呂は気持ちよさそうだ。
「はあ・・・知らない人たちと会うのって疲れるな」
ヴィクターが夕焼け空を見上げた。
わたしはみんなとまた会えて嬉しかったけど・・・。
「ごめんね・・・けっこう歩かせちゃったのもあるよね・・・」
「いや、今日はルージュの騎士だからな。戻るまではしっかり務めるよ」
「あ・・・うん・・・」
なんだか、とっても寂しくなった。
「今日は」と「戻るまで」って言われたから・・・。
「ねえヴィクター・・・」
わたしは繋いていた手を引っ張った。
・・・伝えたいな。
「なんだ?」
「あの・・・なんでもない」
「ん?疲れたんならおぶってやろうか?」
「んー・・・じゃあお願い」
本当はこうじゃない。
わたしが言いたかったのは・・・。
「みんなに見られたくないから、途中までにしてね」
「恥ずかしがってる顔見たいかも」
「あれれー、騎士はわたしの気持ちを優先してくれると思ったけど?」
「あはは、そうだな。家が見えるまでにしようか」
今日だけは・・・いやだなって・・・。
「へー・・・これがヴィクターの高さ・・・」
「頭一つ分だしそんな変わんないだろ」
「でも・・・風が気持ちいいよ」
「そうか?一緒だよ」
でも・・・また言える時はあるよね。
『またわたしの騎士になってくれる?』
伝えられなかった気持ちは風に預けておこう。
言葉にできるようになった時、また吹いてね。




