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Our Story  作者: NeRix
風の章 第三部
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第百八十五話 忘れていた【ニルス】

 テーゼに来るのも、この談話室に入るのも八年ぶりか。

まだ外には出ていないけど、この空間にいるだけであの頃に戻ったみたいだ。


 でも・・・なんだかちょっと色が薄い気がする。

母さんとシロがいないからかな・・・。



 「へえー・・・へえー・・・」

久しぶりの談話室・・・。

 「おおー・・・人間と同じ弾力・・・」

「そろそろ自由にさせてほしいんだけど・・・」

オレはエストの手に掴まっている。

 

 「クラインさんとこのニルスくん・・・」

「そんな呼ばれ方されたことない・・・」

紹介されてから放してもらえていない。

なんなんだこの子は・・・。


 「ミランダさん、大きくなってもこの顔なんですよね?」

「そうだよ、そのまんま」

「・・・ここまでかっこいいとは思いませんでした」

「ふふ、よかったねニルス」

ミランダとステラも助けてくれない。

まるで見世物・・・普通に接してくれよ・・・。


 「これって服の下はやっぱり男性・・・ですよね?」

やっと解放された。

逃げるか・・・。

 「そうだったよ」

「あら、ミランダも見たの?」

「うん、気になったんだもん」

「わたしも見たいなー」

もう無理だ・・・。

オレはテーブルの端に走った。

彼・・・ノアの所へ。


 「あ、待ちなさいよ!」

「嫌だ!」

オレは伸びてきたミランダの手を縫い針で刺した。

悪いけどここにはもういたくない・・・。

 「いった・・・悪い子はお仕置きでーす」

「く・・・」

結界に閉じ込められてしまった。

胎動の剣・・・無いんだった・・・。


 「ふふ、囚われの小人ちゃんだね」

ステラがいやらしく笑った。

 「・・・君はオレの味方じゃないのか?」

「んー・・・困ったニルスを見てたいかな」

そっち側なんだな・・・。


 「もういい・・・好きにすればいい」

「おお、出たー!ノアー聞いたー?」

「なんだよ・・・」

「ミランダさんから教えてもらってました。今のは口癖ですよね?」

もう何も言えないじゃないか・・・。



 やっとみんながオレの身体に飽きてくれた。

でも・・・。


 「でね、最後の戦いの時にニルスがちょっとだけ荒っぽい話し方したのよ」

オレの話題なのは変わらないらしい・・・。

 「なになに、早く教えて」

「ジナスの奴がね、ニルスのこと愛してるって言ったのよ」

ミランダはあの戦いを面白おかしく話している。

あんな目にあったのに強いな・・・。


 「ニルスはなんて答えたの?まさかオレも愛してる・・・とか?」

「ステラさんそれいいですね。愛し合ってるけど戦う運命の二人・・・決着が互いを分かつ・・・」

「あはは、ニルスはお断りしたのよねー?」

「当たり前だろ・・・」

ジナスのことまで話してたなんて・・・。


 「ちょっと真似するから見てよ・・・。気持ちわりーこと言ってんじゃねーよ」

ミランダは箒を剣に見立てて、あの時の動きまでやってくれた。

・・・ふざけるなよ。

 「おおー、まるでティムさんですね」

「・・・私も聞きたかったな」

「どうニルス、似てた?」

「うん、そっくりだよ・・・もういいだろ・・・」

シロがいれば庇ってくれたかな?

 こんなに騒がしいのは久しぶりだ。

前はここまで疲れなかったんだけど・・・数が増えたからか?



 「ヴィクターがルージュを守るって目の前で言ってあげたのよ」

また話題が変わった。

女の子はこうらしい・・・。


 「へー・・・ねえニルス、そしたら部屋も一緒の方がいいんじゃない?」

「いいわけないだろ・・・」

「アリシア様があんた作ったのいくつよ?」

「ルージュをあの人と一緒にするな!」

これいつまで続くんだ?



 「あー楽しい、もっと早く起きてればな・・・」

ステラが寂しそうに笑った。

お喋りが落ち着きそうだ。


 「何言ってんのステラ、今回のこと全部片付いたら毎日もっと楽しいよ」

「そうだね・・・じゃあそろそろ真面目な話をしましょうか」

ステラの目が変わった。

楽しい時間は終わりらしい。

 「・・・」

エストがノアの所に戻っていった。

こういう所は察せるみたいだ。


 「じゃあ・・・寝室に行きましょう」

「え・・・もう見せちゃうの?」

「隠してたって仕方ないでしょ?どうせ見せないといけないなら今よ」

ステラとミランダが、オレにはわからない話を始めた。

寝室・・・なにがあるんだ?

 「話が見えない、隠してるってのはなんのことだ?」

「連れていくわ。あなたが取り乱すかもしれないから、ルージュが出かけてからって決めてたの」

「え・・・」

オレは持ち上げられてステラの肩に乗せられた。


 オレが取り乱すものが寝室にある?

これ以上揺れることなんてあるかな・・・。



 「・・・女?」

ステラと二人で使っていた寝室のベッドには、裸の誰かが横たわっていた。

 縛られて・・・目も口も塞がれてるな。

部屋は雨戸が閉められて薄暗く、近付かなければよく見えない。


 「・・・誰?なんで縛ってる・・・」

「そばでよく見てほしいの」

妙な胸騒ぎがした。

ステラの歩みが遅いせいもあるんだろう。



 「・・・どう?」

女の拘束が解かれた。

どうって・・・。

 「嘘だろ・・・」

目の前の顔と銀髪には憶えがあった。

そして、もしそうだとしたら・・・考えると体がどんどん熱くなってくる。


 『カゲロウ・・・そう呼ばれている』

『気の揺らぎ、風の声・・・聞こえれば充分だ』

あの時の感覚が一気に戻ってきた。

・・・やばい。


 「これはどういうことだ!なんでこいつがここにいる!」

そりゃ取り乱すに決まってる。

世界がひっくり返るかもしれない・・・。

 「やっぱ・・・そうなんだ」

「納得しないでくれ!・・・全部話せ!なにがあった!こんなことになっててよく楽しそうに話せたな!!」

「ニルス落ち着きなさい、熱くならないで」

「できるか!・・・わかってるのか?こいつがいるってことはジナスは・・・」

これ以上は言えない・・・。

急に胸が締め付けられて、声が音にならなかった。

・・・身体が拒んでいる。


 「ハリスが連れてきたの・・・」

ミランダは落ち着いた声で呟いた。

動揺してるの・・・オレだけか?

 「・・・ハリス?」

「隠し事はしない。全部話すから落ち着いて聞いてね・・・」

「早く・・・」

場合によってはハリスも呼ばなければいけない・・・。



 「・・・それで、ここに寝かしてたってわけ」

ミランダは真剣な顔のまま話してくれた。

 ハリスが戦場の島でずっと眠っている者がいるという話を聞き、行ってみたらこの女・・・カゲロウがいたらしい。

鳥たちか・・・オレの身体のことよりは、目に見えるこっちの方が気になるもんな・・・。


 「でも安心して、ステラが目覚めてここ来た時に調べてもらったの」

「そう、今は空っぽ。だから急に起きて暴れ出す心配は無いわ」

「問題はそこじゃないだろ・・・」

「これ以上はわかんないよ・・・。でもジナスがいるんなら、シロが気付いてるはずでしょ?」

たしかにそうだ。


 『間違いないよ。・・・だから女神様も解放された。それでも・・・僕はまだ不安があるから日に三度はあいつの気配を探ってる』

シロが気付かないはずはない。

じゃあ・・・今目の前にいるこいつは何だ・・・。


 アリシアの呪い、オレの身体、そしてこれ・・・。

なんで重なるんだよ・・・。

憤り、怒り・・・頭の中が絡まっていく・・・。


 「シロは・・・知ってるのか?」

目も開けたくない。

 カゲロウの姿、こんなオレを見る二人の姿・・・見たくない。

でも・・・シロのことは気になる。

 「教えてない・・・でも、それで正解だよね。あんたがこんなになるんだもん。あの子だったらどうなるかわかんないよ・・・」

「・・・そうだな」

声が震える・・・泣き出しそうだよ。

・・・ルージュがいなくて本当によかった。


 「大丈夫よニルス、不安なら私がいるじゃない」

「ステラ・・・」

「あたしもいるよ。あんただけが抱えてるわけじゃない、一緒なんだから頼ってよ。仲間でしょ?」

「ミランダ・・・」

二人とも前向きだな・・・。


 「それに、全部吹き飛ばしてあげるって前に約束したでしょ?忘れちゃった?」

「あたしもそうしてあげるよ。逆にさ、誰も気付かなかったらもっと面倒だったかもよ?どうせ片付けなくちゃいけないなら前向きになろうよ」

八年・・・一人でいた時間が長かったせいかもしれない。

だからわからなくなっていたんだろう。


 そう、一人じゃない。

・・・離れるべきじゃなかったのかもな。


 「・・・頼りにしていいのか?」

零れそうな涙が引いた。

そのおかげで二人の顔が見れる。

 「ニルスと一緒ならなんだってできるよ」

ステラが微笑んだ。

 「うん、みんなで解決すんのよ」

ミランダも頷いた。

やっぱり・・・忘れてたのはオレだけみたいだ。


 「ただ、あたしたちは的確な指示に自信が無いの。だからあんたに指揮権を渡す・・・うまく使ってね」

「承知しました・・・ミランダ隊長」

「よろしい」

また心に刻まないといけない。

この気持ちがどこにも行かないように・・・。


 「ステラ、本当に今は大丈夫なんだな?」

ミランダの言う通り、前向きに考えよう。

この事実が今わかったのは、きっといいことなんだ。


 「ええ、なにも無いの」

ステラがカゲロウの髪を撫でた。

 こうなったらもう起きてくれた方がいい。

神鳥の果実があるから、あいつがいるんならまた消せばいいだけだ。


 「もっとよく見たい」

「はい」

「ありがとう」

オレはベッドに飛び乗り、カゲロウに近付いた。

・・・足を取られる。



 「・・・記憶にある顔と同じだ」

近付いて光の魔法で照らした。

うん・・・間違いない。


 「あたしちょっとおっぱい揉んじゃった。柔らかかったよ」

「だからなんだよ・・・」

「・・・本当だ」

ステラまで・・・少しは緊張感を持ってほしい。

 「ほら、ニルスも触ってみてよ」

「待て・・・こら・・・」

抵抗する暇もなくオレの体はつままれ、カゲロウの胸に落とされた。

 

 「うわっ!」「きゃっ!」「なに・・・」

落ちてカゲロウに触れた時、稲妻のような閃光が走った。

なんだ・・・今の・・・。

 「ちょ・・・あんた何したのよ・・・」

「なにもしてない。勝手に光ったんだ」

自分の身体に異常は無い。

なにがなんだかさっぱりだ。


 「ん・・・」

誰かが喉を鳴らした。

ステラでもミランダでも・・・もちろんオレのでもない音・・・。

 「あら・・・」

「今のって・・・」

もう起きててくれた方がいい・・・たしかに思ったよ。

でもさ・・・本当にそうなることないだろ・・・。


 「・・・」

カゲロウが目を開き、首を動かした。

バカな・・・。


 「ミランダ結界だ!閉じ込めろ!」

「あ・・・うん!」

暴れ出されたら危険だ。

それに果実は・・・全部ルージュが持っている・・・。



 三人で動けずにいた。

できるのは、ただ様子を伺うことだけ・・・。


 「あなたたちは・・・誰?これは・・・なに?」

目覚めてしまったカゲロウは、オレたちを不思議そうな目で見て、守護の結界を初めて触るもののように確かめている。

危ないって感じはしないけど・・・。


 「ねえ・・・なんか変じゃない?」

「・・・そうね、様子がおかしいわ」

「油断するな、そう演じているだけかもしれない。ステラ、栄光の剣を抜いておいてくれ」

「ここは・・・どこ?」

オレの顔は知っているはずだ。

そういう素振りがあればステラに攻撃させるしかない。


 「おいニルス、どこいんだー」

気の緩みが一切許されない中、ぶち壊しそうな奴の声が聞こえた。

ああ・・・久しぶりだな・・・ティム。

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