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Our Story  作者: NeRix
風の章 第三部
193/481

第百八十四話 雑踏【ヴィクター】

 明日はテーゼか・・・。

スナフから出たことない俺にとっては未知の世界だ。

どんな街なのか、どれくらい人がいるのか・・・けっこう不安になる。


 でも・・・ルージュの前でだけは堂々としていたいな・・・。

頼られたい・・・。



 「ニルスさんは、やっぱりアリシアさんよりも強いんですか?」

俺とニルスさんはステラ様たちの隣の部屋で休むことにした。

せっかくゆっくり話せるし、直接聞きたいことがたくさんある。


 「・・・今はどうかわからない。戦場が終わってからは本気でやってないからな」

「ですが、父上はニルスさんが戦士最強だと言っていましたよ」

「戦士の中でだったらシロが一番強いと思うけど・・・」

なんて謙虚な人なんだ・・・。

 強さをひけらかしたりしないところがかっこいい。

しかも「栄光もいらない」と功労者を断ったらしい。

 戦場を終わらせたのはこの人だってことを知っているのは一部の人間だけ・・・。

俺も同じように謙虚でいたいな。


 「次はオレからだ。・・・ルージュと戦ってみてどうだった?」

「ああ・・・受け流すのが巧いですね。下段はまだ弱いみたいですけど」

「よく見ているな」

「そりゃ毎日来られたらわかりますよ」

父上が教えていたことは気付かなかった。

俺がヴィクターを継いでからは出かけることが多かったから、不思議に思わなかったな。


 「そういえばルージュがここに来た日、強い殺気を出したことがありました。あれ以来気を当ててくることは無かったと思いますが、使わせないんですか?」

「初日・・・負けて泣いていただけだったはず・・・」

「いやいや、俺が顔を殴った時ですよ」

あれはよくなかった・・・。

ニルスさんがすぐに治したから次の日には痕が無かったんだろう・・・。


 「ああ・・・あれはオレだな。冷静に見ていようと思ったけど無理だったんだ」

「え・・・」

あれはニルスさんの殺気だったのか。

全身に寒気が走ったのを憶えてる・・・。

 「・・・怒ってたんですか?」

「あの時煽らせたのはオレだけど、顔を殴るとは思わなかったからな・・・」

「すみません・・・」

ていうか「腰抜け」はこの人が言わせたのか。

 ・・・なら怒るなよ。

あ・・・そしたら他にも思い当たることがある。


 「もしかして、ルージュが俺に抱きついてきた時もですか?」

「・・・そうだ、すまなかったな」

「あ・・・いえ・・・」

あの時、震えが止まらなかったのはこの人の気をずっと当てられていたからか・・・。

それが無かったら嬉しかったのかな?


 「そういえば・・・殺気じゃないですけど、ルージュは叫びの力を使わないんですか?」

疑問がどんどん浮かんでくる。

使われたのは、初めて来た時だけだ。


 『ふざけないでください!!真面目に挑戦しに来たんです!!』

自覚があったかはわからないけど、あの時体が動かなくなった。

もし使われていたら一撃くらいはもっと早くもらっていたはずだ。


 「・・・修行にならないからな。鍛えてはいたけど、君との戦いで使うことは禁じていた」

なるほど、厳しいな。

 「それに・・・あの子の叫びは雷神よりも強い」

「え・・・そうなんですか?」

「カザハナさんはそんなことないって言ってたけど、オレは耐えきれないんだ。意識を奪われて、あの子の肩から何度も落ちたからな」

「そうですか・・・」

俺はアリシアさんのがどのくらいなのかは知らない。

 でも、ニルスさんが言うならそうなのかな?

・・・ていうか、その身体だからじゃないのか?


 「小さくなってしまったからではないのですか?」

「いや・・・その前からだ。待てよ・・・雷神の叫びも戦場が終わってから受けていない。オレが弱くなったのかもな・・・」

「まあ・・・そんなに気にしないでください。アリシアさんとルージュ以外で使える人間はいないんですよね?」

「そうだな。敵になることは無いだろうから心配ないか」

ニルスさんの動きも止めちまうほどの力・・・。

ルージュはうまくやれば風神に勝てるのかもな。


 「・・・今日はここまでにしよう。もう休んでくれ」

「あ・・・はい」

もっと聞きたかったけど、これからは一緒にいるからいいか。

・・・そういやこの人、ステラ様みたいに寝なくて大丈夫らしいけど、俺だけいいのかな?



 「オレはあの子を守ると母さんに約束した。だけど・・・この姿では無理なんだ」

灯りを消して目を瞑った時、ニルスさんが呟いた。

今のは俺に言ってんだよな・・・。


 「ステラとルージュ、この身体が元に戻るまで君にも守ってもらいたい」

なんか優しい声だ。

長い付き合いの人たちと同じくらい俺を信用してくれてる・・・。


 「それと・・・ルージュは君に気を許している。そっちはどうだ?」

「俺もルージュといると、なんか楽しいっていうか・・・」

「ならこれからも仲良くしてあげてほしい。・・・今の師匠としてのオレではダメなんだ。君にしか話せないこともあると思う」

真剣に妹のことを考えてるんだな。

まあ、俺は頼まれなくてもルージュと仲良くするけど・・・。


 「あの子は・・・アリシアに呪いをかけた者への憎しみを力に変えている時がある。できれば仲間や大切な人への愛で強くなってほしい。・・・だから君も必要だ」

恨みか・・・仕方ないことなのかもしれないけど、俺もそうなってほしくねーな。


 「任せてください。守るし、仲良くもなりますよ」

「昼間も言ったけど・・・あまり妙な真似はするなよ?」

あれ・・・声が変わったぞ。

 「目線・・・戦っている時に太ももをよく見ていたな。普通は一点じゃなく、全体を見る」

やば・・・気付かれてた・・・。


 「・・・動きとか癖を見てたんですよ」

「興奮はしていなかったのか?」

「当たり前ですよ・・・いって!」

また針で刺された・・・。


 「少しは反応しろ。あの子は綺麗な肌をしている・・・色気に惹かれないのか?」

「いや・・・」

なんだこの人・・・どっちなんだよ・・・。

正解がわからない・・・。



 「では・・・行ってきます」

朝起きてすぐ、出発の挨拶をしに家に戻った。

どのくらい空けるかわからないけど、しっかりやってこないとな。


 「ヴィクター、騎士としての自覚を常に忘れるなよ」

父上がにやけながら俺の胸を叩いてくれた。

こういう時くらい真面目にしろ・・・。

 「はい!ありがとうございます!」

「大丈夫ですよ、わたしもいますから」

ルージュも付いてきてくれていた。

・・・けっこう嬉しい。


 「よろしくねルージュちゃん。ヴィクターは優しい子だから仲良くしてあげてね」

「もう仲良しですから心配しないでください」

「ふふ、そうなのね」

母上が微笑んだ。

やめろよ・・・いくつだと思ってんだ・・・。


 「あ、そうだ。ここの人たちに美容水を教えたのはルージュちゃん?二日前のお昼過ぎに大勢来たのよ・・・」

「え・・・わたしはお姉さん一人にしか教えていませんよ」

「なるほど・・・まあいいわ。・・・こういう日が来るとは思ってたけど、ルージュちゃんからなら許せるから・・・これ、みんなからの申込書・・・テーゼに持っていってちょうだい」

「あ・・・はい」

ルージュは不思議そうな顔をした。

 ああ・・・そういや誰にも教えてなかったな。

倉庫もいっぱいになってたしちょうどいいだろ。


 「母上・・・そろそろ出ますね」

「ええ。頑張ってくるのよ」

「土産はいい酒を頼む」

遠く離れるってのにこの二人はいつも通りだな。

まあ、しばらく顔が見れなくなるけど父上も一緒だから大丈夫だろ。



 「私もカザハナの奥さんに会いたかったんだけどね・・・」

屋敷に戻ると、ステラ様が庭園で待っていた。

別に会わなくていいだろ・・・。


 「それならわたしも一緒に行くので、今から戻りましょう」

「ダメなのよ、そういうしきたりなんだって。・・・いつの間にか変な決まりごとが増えてていやよね」

「そうなんですね・・・」

「まあ・・・解決したらいいらしいからその時にするわ」

しきたりか・・・。

そういうもんだって言われて育ったからなんとも思わなかったな・・・。


 「ごめんね、ちょっと言いたかっただけなの。・・・もうテーゼに行くけど忘れ物は無いわね?」

ステラ様が俺に微笑んでくれた。

・・・特に無いな。


 「足りないものは向こうで揃えます。ルージュが街を案内してくれるので」

「ふふ、わかったわ。・・・じゃあ私に触れてちょうだい」

いよいよスナフから出る。

テーゼ・・・よし、ここから胸を張っていこう。



 一瞬で景色が変わった。

家の中・・・本当にテーゼに来たのか?


 「お、意外と早かったじゃん。あたしもうちょっとかかるのかと思ってたよ」

「あ、ルージュ。心配してたんだよ」

「顔が見れて安心したよ」

「ノアさん、エストさん・・・。すみませんご心配をかけてしまいました」

ここはミランダさんの家か。

ルージュと楽しそうに話す二人は、ここで働いている人みたいだ。


 「ヴィクターも来てくれたんだね。部屋も準備してあるよ」

ミランダさんが俺の目の前に来た。

・・・待てよ。

 「は、はい・・・お世話になります。・・・この家、うちと同じでいい香りがしますね・・・」

「あはは、石鹸と香料だね。あんたの部屋はあたしの隣だから、なんかあったら声かけてよ」

「・・・ありがとうございます」

この人・・・大丈夫か?


 「・・・なに?なんで下向いてんのよ?」

「ミランダ、ヴィクターはあなたの格好に慣れてないのよ」

ステラ様が気付いてくれた。

なんで下着なんだよ・・・。

 「ああ・・・暑いからね。ヴィクターも脱いでいいからねー」

「いえ・・・遠慮しておきます」

「なーんだ。まあ、あたしんちだから慣れてちょうだい」

「・・・はい」

ミランダさんにとってはこれが普通らしい。

一緒にいる二人は感覚がおかしくなってんのかな?


 「あとあたしは、視線感じても気にしないから。・・・好きなだけ見ていいんだよー」

参ったな・・・なんで隠さないんだよ。

スナフの方が暑いけど、ここまで脱いでんのはおっさんとかじいさんくらいで、この人みたいのはいなかったぞ・・・。


 「ヴィクター、ノアさんとエストさんだよ」

ルージュが二人を俺の前に連れてきてくれた。

そうだ・・・挨拶しないと・・・。

 「あの・・・ヴィクターです。よろしくお願いします」

「よろしくね。あはは、聖女の騎士と一緒に生活なんて想像してなかったよ。でも、困ったらなんでも聞いて」

「おじいちゃんよりも君みたいに若い方が雰囲気あるよね。あ・・・わたしも大抵ここにいるから声かけてね」

「はい、ありがとうございます」

うわあ・・・まともそうな人たちだ。

仕事の邪魔とかにならないようにしよう。


 「ミランダさん、ティムさんは配達ですか?」

ルージュはミランダさんの恰好は気にしてないみたいだ。

・・・俺が慣れるしかないのか。

 「うん、出てる」

「えっと・・・ステラさんから聞いたんですが、ラミナ教官も一緒に住んでるんですよね?」

ティムさんはわかるけど、ラミナ教官って・・・ルージュのアカデミーだったっけ?

きのう一気に言われたから覚えきれてねー・・・。


 「いや・・・きのう出てっちゃったんだよね」

「え・・・」

「ニルスと一緒に生活したくないってさ。エリィの家に一緒に行ったよ。あたしらは大丈夫だろって勝手に決めてさ」

会ったことない人の知らね―話されてもな・・・。

 「一緒に・・・そんなはずは・・・」

「ああ・・・たぶんなんもされてないよ。淑女なんでしょ?」

「そ、そうです。淑女ですから・・・」

「ティムもわかってるから手を出したりとかはないと思うよ」

朝からそういう話すんなよ。

・・・夜されても困るな。


 「そうですよね。ティムさんは優しいですから。・・・ヴィクター、荷物置きにいこ」

「ああ・・・そうだな」

「ルージュもあたしの隣ね。ヴィクターが階段そば、あんたは奥」

「はい、ありがとうございます」

自分の部屋か・・・綺麗に使わなければ。


 「あと、ナツメさんから定期の注文書を預かってます」

ルージュが書類の束を取り出した。

 「え・・・なにこれ・・・いっぱいある・・・」

「お願いしますね」

「急になんで・・・まあ、いいけど・・・」

スナフの客は母上が止めてたからな・・・。



 荷物を置いて部屋を出た。

ベッド、机、衣装棚、本棚・・・ありがたいけどなんか申し訳ないな。


 「ヴィクター、早く行こうよー」

ルージュが階段を下りた先で手を振ってくれた。

そんなに楽しみなのか・・・。


 「ルージュ、一応赤毛で行きなさい」

「あ、はい」

「おお、あたしとお揃いだ」

ステラ様とミランダさんも出てきた。

たしかにあの髪のままじゃ危険かもしれない。


 「へー、雰囲気変わるわね」

「だから私も最初わからなかったのよ」

「えへへ、この姿の時はルーンて名乗ってました」

俺にとっては赤毛の方が見慣れている。

ルーンもいいんだよな・・・。


 「ヴィクターから離れちゃダメよ?人の多い所では手を繋ぎなさい」

「わかりました」

「あと、晩鐘が鳴るまでに戻りなさい」

「はい」

母親かよ、一緒に行く俺は大人なんだけど・・・。


 「あなたの家には明日みんなで行きましょう。だから今日は近付いてはダメよ」

「・・・はい」

ルージュの声から元気が無くなった。

そっか、気になるよな。

 「それと、今日あなたは剣を置いて楽しんできなさい。セレシュにも会ってくるんでしょ?」

「はい、心配をかけたので・・・」

「友達に会うのに武器はいらないわ」

ステラ様がルージュの剣を二つとも外した。

・・・俺がいるから問題ない。


 「いいことヴィクター、なにがあっても守りなさい」

「はい」

「平気ですよ。じゃあ行ってきますね」

ルージュが俺の手を引いてくれた。

・・・もう繋ぐのかよ。



 「なあ、ミランダさんのあの恰好・・・」

家を出てすぐに声をかけた。

あれをどう思っているのか聞いておきたい。


 「え・・・ああ、夏は普通だよ。家の中だけだから」

「おかしいと思わないのか?男もいるんだぞ」

「はしたないっては思うけど、言っても聞かないし・・・ラミナ教官も諦めたんだと思うんだよね。まあ・・・その内慣れるよ。ほら行こう?」

「・・・そうだな」

・・・意識しないようにするしかないのか。

あんまり見ないようにだな・・・。


 「あ、そうだ。そっちに行くとわたしが通ってたアカデミーがあるんだけど、男の人が近寄るとみんな恐がっちゃうからまた今度ね」

「それだったらあんまり行きたくないな」

「あはは、そうだよね。じゃあ大通りの方に行こう」

はしゃいでる姿はいつものルージュよりも幼く見える。


 なんかこういうのいいな。

たぶん、なにも起こらなければ、これがいつも通りの姿だったんだろう。

 だけど、そしたら俺とこの子が出逢うことはあったのかな?

・・・けっこう複雑。



 「やっぱり空気はスナフの方がいいね。こっちは色んな匂いが混ざってる」

「ああ・・・たしかに」

しばらく歩くと、建物と人が増えてきた。

手はずっと繋いだままだ。


 「青い柱を追っていくんだよ。そうすれば大通りに出るの」

「赤いのはどこに行くんだ?」

「裏町・・・怖いから入っちゃダメだからね」

ルージュの顔が少し曇った。

裏町になにか嫌な思い出があるらしい。


 「俺が守るから入っても大丈夫だよ」

「あ・・・ふふ、そうだね。でも今は大通りに行くんだよ。とりあえずわたしの手を離さないで付いてきて。もう少し行くと人が増えてくるから」

「たしかに騒がしくなってきてるな。・・・こんくらい?」

「そう、それくらいぎゅっと握ってないとはぐれるからね」

俺はまた引っ張られた。

はぐれるって・・・そんなことあるのかよ・・・。



 「げ・・・なんだあれ・・・」

大通りが見えた時、俺の足が止まった。

嘘だろ・・・何人いるんだ?


 目の前はたくさんの人々の波・・・。

今歩いてきた路地以外からも多くの人が出入りしていて途切れそうもない。

いったいこいつらはどこから来て、どこに向かってるんだ・・・。


 「今日はなにか催し事でもあるのか?」

「え?これが普通だよ。だから離さないでね」

嬉しいけど、年下の女の子に引っ張られるのは恥ずかしいな。



 二人で大通りを歩き回った。


 『あっ、あのお花屋さんは親切なお兄さんがいるんだ。お花のことで知りたいことがあったら教えてくれるよ』『あそこの道を入って、奥にあるのがこの街で一番おいしいパン屋さん。お母さんが言ってたし、わたしも大好きなんだ』『あ・・・新しい生地入ったかな?ちょっと寄ってこうよ』

ルージュはなにか見つける度に指で教えてくれた。


 俺はただ付いていくのが精いっぱいだ。

この人混みでよく道とか店の場所がわかるな・・・。

 やべー、くらくらしてきた。

服とかは今日じゃなくてもいいな・・・。



 「・・・ここはまだ人が少ないな」

通りを抜けたところにある広場で休ませてもらった。

修行より疲れる気がする・・・。


 「戦場が終わってから、観光で来る人が前よりも増えたんだよ。闘技大会のある殖の月と凪の月はもっと多くなるんだ」

「もっと?嘘だろ・・・」

「あ、疑ってるの?じゃあ、凪の月のお祭りは一緒に回ろうね。嘘じゃないって教えてあげる」

「え・・・」

これ、祭りに誘ってくれたってことだよな?

 「・・・苦しいの?」

「いや・・・大丈夫だ」

また胸を押さえてしまった。

凪の月・・・一緒に祭り・・・。


 「じゃあ次は服?」

「いや・・・服は今度にするよ。それより案内してほしい」

「そしたら市場に行ってみよー。中央区のは東区よりも広いんだよ。そこでお昼にしよっか」

俺の背中が叩かれた。

休憩はもう終わりみたいだ。


 「待ってくれルージュ、もうちょっと休んでからでいいだろ」

「あれれー、ヴィクターってわたしより体力無いの?」

「なんだと・・・」

「ふふん」

いじわるな顔・・・これは挑発だ。

・・・乗ってはいけない。


 「わたしはまだ全然平気なんだけどなー」

「く・・・いいよ、どこだって付き合ってやる」

乗っちまった・・・。

本当はもう少し休みたかったのに・・・。



 「あ?・・・おい気を付けろ、邪魔だ」

また通りに入った時に誰かとぶつかった。

男・・・剣持ってる・・・。

 「あ・・・すみません」

「観光客か・・・端歩けよ」

悪いのは周り見てなかった自分だけど・・・ひどい言い方だ。

テーゼの奴はそんな優しくねーんだな・・・。


 「あ・・・ティムさん・・・」

「あ?」

「あの・・・ごめんなさい・・・」

ルージュが俺と繋いでいた手を離して、その男に抱きついた。

え・・・なんだよ・・・。


 「お前・・・ルージュか?」

「そうです・・・心配かけてごめんなさい・・・」

「髪の毛・・・ミランダになってるぞ」

ティム・・・父上の話で、何度も出てきていた名前だ。

最後の戦場の最年少・・・俺よりずっと格上って言われたのを憶えてる。

 「泣くなよ・・・。俺もニルスのこと黙ってて悪かった」

「いえ・・・気にしてません・・・」

そして、ルージュが俺よりも優先する存在らしい・・・。



 「・・・泣き止んだな?」

「はい・・・」

「べちゃべちゃだ・・・配達終わっててよかったよ」

「・・・すみません」

ルージュは落ち着くと俺の隣に戻ってきてくれた。

でもなんか負けてる気がする・・・。


 「つーかそいつ誰だ?」

「あ・・・えっと」

「いや、どっかで話すか。・・・ちょっとついて来い」

ティムさんは振り返って、横の小道に入って行った。

 「ヴィクター」

「あ、ああ・・・」

ルージュは、ああいう荒い感じが好きなのかな・・・。



 「三人」

「奥のテーブルへどうぞ。お飲み物のご注文をお願いします」

「紅茶でいい。冷てーのだ」

「かしこまりました」

ティムさんは軽食を出している店に入った。

テーゼって、みんなこんな感じで注文すんのか・・・。


 「おい座れ。両方俺に顔見せろ」

「はーい」

「はい・・・」

俺とルージュは並んで座り、ティムさんと向かい合った。

この人・・・顔はかっこいいな・・・。



 「そいつは誰だ?」「なんで赤毛になってんだ?」「セレシュが心配してたぞ、謝ったか?」「ニルスの野郎は?」

ティムさんはどんどん言葉をぶつけてきた。

でも・・・俺じゃなくてルージュにだ。


 「新しい騎士のヴィクターです。仲良くなりました」「上から被せてるだけです。変装ですね」「セレシュにはこれから会いに行きます」「ニルス様はミランダさんの所にいます」

ルージュは動じずに笑顔で答えている。

それくらいこの人に慣れてるってことか・・・。


 「まあ・・・また顔が見れてよかったよ。・・・元気そうで安心したぜ」

「わたしもティムさんに会いたかったです」

昔からの知り合いだからだろうけど、なんか二人が話してるともやもやするな・・・。


 「でも、なんで出て行ったんですか?一緒にいましょうよ」

「・・・ニルスと同じ家にいられるかよ」

「でもニルス様はティムさんと一緒にいたいみたいですよ」

「・・・気持ちわりーな」

ルージュは俺に向ける笑顔を他の奴にも・・・なんか変な気持ちになってくる。

それに、除け者にされてるみたいで苦しい・・・。



 「お前、じーさんより弱そうだな」

ティムさんがやっと俺に話しかけてくれた。

初対面なのにそんなはっきり言うなよ・・・。


 「ルージュもまだまだって感じだ」

「わたしはそうですけど・・・ヴィクターは強いですよ」

「・・・なんか二人して雰囲気が緩いんだよ。じーさんは顔緩んでても、気は常に張ってたからな」

ルージュはまだ仕方がないけど俺はたしかにそうだ。

 「・・・仰る通りです。自分はまだ未熟です」

言い返せず、認めるしかない自分が情けなくなってくる。

ルージュは俺を立ててくれたけど、あくまで自分と比較しての意見だ。


 「なんだお前ら・・・ずいぶん卑屈だな」

「そんな言い方してるじゃないですか。それにわたしは本当にまだまだですから・・・」

「ちげーよ、今のは感想だ」

ティムさんが鼻で笑った。

あれ・・・なんか優しい感じになったぞ。

 「お前らはまだ伸びるって話だよ」

「え・・・」

「その雰囲気ってさ、実戦が少ないだけなんだよ。時間あれば俺も鍛えてやるから言えよ」

「は・・・はい!ありがとうございます」

一瞬で嫌な印象が無くなった。

 雰囲気は荒っぽいのになんかかっこいい・・・。

しかも・・・教えてくれる。



 「俺はミランダの所に行く、お前らどうすんだ?」

店を出た。

ティムさんはニルスさんたちと合流するみたいだ。


 「ヴィクターに街を案内するんです。セレシュにも謝りに行きます」

「わかった。危ねーことすんなよ?」

「しません。それに今日だけヴィクターはわたしの騎士ですから・・・えへへ」

ルージュが俺の腕を抱いてくれた。

今は、聖女じゃなくてルージュの騎士・・・。


 『ニルスの身体、アリシアの呪い・・・どっちも解決したら、聖女の騎士を解放しようと思ってるんだ』

・・・思い出しちまった。 

とりあえず、今はルージュの騎士・・・これだけを考えよう。


 「ヴィクターがいればどこに行っても平気だと思います」

「ああ、任しとけよ」

嬉しい・・・だから、嫌なことを忘れられる。


 「・・・おい、お前ちょっと来い。ルージュはそこを動くな」

ティムさんに腕を引っ張られて、ルージュと離れてしまった。

なんだよ・・・もっと今の言葉を噛みしめたかったのに・・・。



 「お前、ルージュのなんだ?」

店の陰に入ると、いきなり迫られた。

え・・・さっきの優しい感じは?


 「あの・・・今は友達と言うか・・・」

「・・・」

こえー・・・なんで睨むんだよ・・・。

 「あいつに傷一つ付けんじゃねーぞ」

「そ・・・そのつもりです」

父上の言ってた通り、俺よりずっとずっと格上だ・・・。


 「泣かせたら殺すからな・・・返事しろよ」

「・・・はい」

ニルスさんと同じ類いの威圧感に襲われた。

泣かせる気はないけど、脅すなよ・・・。

 

 「じゃあな」

「はい、あの・・・鍛えてくれるんですよね?」

「・・・」

ティムさんは口元を持ち上げて俺の胸を叩き、そのまま通りに消えて行った。


 ああわかる・・・頼りになる人だ。

そりゃルージュもあんな顔で笑うよ。

・・・あの人やニルスさんに近付かなければいけないな。



 「ねえねえ、もしかして修行の話?」

戻るとルージュが手を繋いでくれた。

まあ・・・間違ってはいないな。


 「そうだよ」

「わたしもティムさんに教えてもらいたい。一緒にやろうね」

「もちろん。・・・ティムさんっていい人だよな。恐い時あるけど」

「恐くないよ、ああいう人なだけ」

俺もそう思えるようになってくるのかな?


 「じゃあ、改めて・・・市場に行ってみよー」

「セレシュって子の所にも行くんだよな?」

「うん、楽しみにしててね」

セレシュか・・・気合いを入れよう。

 あんまり緊張するとなにも話せなくかもしれない。

年上だし、そういう所はカッコつけないと。


 ・・・ルージュの前でも。


 「あ、休んだから元気出たんだね?」

俺は引っ張られるのをやめてルージュと並び、雑踏の中を堂々と歩いた。

 「俺が後ろにいたらルージュを守れないだろ?でも、どう進むのかは教えてほしい」

「ふふ、じゃあそこを左に曲がるんだよ。わたしの騎士さん」

今日はずっとこの感じでいこう。

少しでも頼りになるって思われるように・・・。

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