第百八十三話 愛があれば【ステラ】
ルージュは本当に綺麗になった。
アリシアと似ている所はあるけど、雰囲気は全然違う。
たぶん、お父さんに似たのね。
あの感じなら男の子に人気ありそうって思ったけど、女の子だけのアカデミーで守られてたって感じだ。
つまり、アリシアとは違う正真正銘の生娘・・・。
ひたむきだし、嫌味な感じが一切無い所もいい。
あんな子と毎日会っていたんだから、そりゃ好きになるよね。
あの二人・・・どうなるか見守っててあげたいな。
◆
「仲良くお買い物に行っちゃったね」
私はニルスを窓際に置いてあげた。
楽しそうな妹を見れば、少しは気持ちが晴れるはず。
「オレも君と一緒に歩きたかったよ。・・・テーブルに戻して」
ニルスは視線を私に向けた。
あんまり効果無かったな・・・。
じゃあ、話を変えるか。
「ねえ、その服ってどこで買ったの?」
着替えた時から気になっていた。
小さい身体に合った可愛らしい服だ。
お店があるんなら色々着せ替えしてあげたい。
「ルージュが作ってくれてるんだ。修行中も、疲れているのに少しずつ服を増やしてくれた」
「へー・・・」
これをあの子が・・・。
「とてもしっかりできているわ。じゃあ、ニルスに着せたい服はルージュに注文すればいいのね?」
「おかしな服は着ないからな。・・・最初は男物が無くて、ルルさんの店の女給の恰好をさせられたし・・・」
「ふーん・・・」
とりあえずそれを着ちゃうニルスもちょっと変だけど・・・見たい。
たぶん、お願いすれば二人きりの時だったら着てくれるよね。
「そうだ・・・栄光の剣はそのまま持っていてほしい」
ニルスが真面目な声を出した。
まあ・・・そのつもりだったけど。
「もちろんよ、あなたの身体が元に戻ったら私から返したい」
「それは嬉しいけど・・・今思い出したことがある」
「なに?」
「それ・・・」
ニルスが柄の裏を指さした。
「あ・・・」
そこには『愛する息子へ』って彫ってある。
見ればルージュが勘付くかもしれない。
「・・・私も忘れてたわ。それなのに・・・ずっと持ってた」
「気付かれなかったのは奇跡に近い・・・」
「どうするの?」
「・・・これを被せる。そこに置いてほしい」
ニルスが鞄から粘土みたいな物を取り出した。
「それでなんとかなるの?」
「とりあえずはね・・・」
ニルスは小さな手で粘土を文字に被せていった。
ペタペタペタペタ・・・かわいいわね。
◆
「なるほど・・・綺麗に消えたね」
剣に掘られた文字が見えなくなった。
器用・・・けっこう近付かないとわからない。
「薄くなったら教えてほしい」
「気を付けて見ておくね」
だけど、ここまで隠す必要ってあるのかな?
むしろあとから真実を話しにくくなっちゃう気がする。
・・・でもこれは兄妹の問題だから口出しはしないでおこう。
ただ、ルージュが困ってたら助けてはあげるけどね。
◆
「俺の勝ちだぜー!」
「はあ・・・はあ・・・年下相手に本気出しちゃって・・・」
「関係ない。でも、よく付いてきたな」
「・・・鍛えたもん」
門の方から楽しそうな声が聞こえてきた。
・・・わりと早く戻ってきたわね。
「ねえお兄ちゃん、ルージュはヴィクターを気に入ってるみたいだよ」
「見てればわかるよ・・・」
「ふふ、妹を取られたくないのね」
「そういうわけじゃない・・・」
ニルスはそっぽを向いた。
小さい時はシリウスと一緒にいてもなにも言わなかったけど、さすがに今は気になるのね。
「他の男に渡すよりかは、ヴィクターに任せるのがいいと思うな」
「渡すって・・・あの子は物じゃない」
「そんなつもりで言ってないよ。ヴィクターもルージュが気になってる感じだし、邪魔しないで見守ってあげてね」
「・・・そのつもりだよ」
とりあえずはそれでいい。
どうなるかはあの二人次第だし。
◆
「ニルス様、戻りましたよ!」
ルージュが勢いよく扉を開けて入ってきた。
きのうの夜一睡もしてないのに元気いっぱいだ。
「早かったな。ヴィクター、色々揃ったのか?」
「いや・・・ルージュと話して、テーゼで買えばいいかなって」
「わたしが街を案内するんです。いいですか?」
「・・・二人一緒に行動するなら構わない。じゃあ、向こうに行くのは予定通り明日だ。・・・今日は休むといい」
鍛錬はお休みか、まあテーゼに行ってからでもできるしいいのかな。
向こうなら鍛えてくれる人はたくさんいるだろうしね。
「それよりもニルス様!一番弟子ルージュは、とんでもないものを手に入れてしまいました!」
ルージュはニコニコしながら、鮮やかな群青色のなにかが入った瓶を取り出した。
なにあれ・・・。
「なんだそれは・・・」
「ふっふっふ・・・これはですね・・・なんと!ニルス様の身体を元に戻す薬です!大陸一の薬師さんに調合していただきました!」
「・・・」
ニルスが口を半開きにして固まった。
あの危なそうな色・・・綺麗過ぎて逆に怪しい。
「あ、驚いてますね。今開けるので、ちょっと待ってください・・・よっと」
ルージュは瓶の蓋を外した。
・・・まずい、窓を開けなきゃ!
「ヴィクター!扉を開けて!廊下の窓もよ!!」
危ない香りを感じた。
「急ぎなさい!!」
「は・・・はい!!!」
これは調香で嗅いだことのある匂いだ。
動物の・・・体液が入ってる・・・。
「ひどいな・・・これを・・・どうしろというんだ・・・」
ニルスは虚ろな目をしていた。
・・・わかってて聞いてるわね。
「たしかにちょっとキツいですけど・・・飲むんです」
「これを・・・」
「お薬ですから・・・」
ルージュが小皿に少しだけ液体を垂らした。
粘り気もある・・・喉を通るのかしら?
「さあ、早く飲んでください。このあとヴィクターの荷物を手伝わないといけないんですから」
「・・・」
「さあ・・・」
ルージュの目は「必ず効く」と確信しているものだ。
ニルスはどうするか・・・面白いからちょっと見てよ。
「ま、待てルージュ・・・。オレのは病気じゃない、飲み薬で治るわけないだろ・・・」
「何を嫌がっているんですか?なんだってするって、わたしの力も必要だって言ってたじゃないですか」
「たしかに言った・・・でもこれは無理だ。治るわけがない!」
「やってみなければわかりません。さあ・・・飲んでください!」
ルージュがニルスを捕まえた。
あの身体じゃなきゃ逃げられたんだけどね。
「待て・・・待て待て待て!中身だ、これは何でできているか聞いたか?」
ニルスは悪あがきをするみたいだ。
かわいい妹がせっかく手に入れてきたんだから、一口くらいなんてことないのに。
「ああ・・・そうですね。・・・ふっふーん、もちろんです。ニルス様がそう言うと思ってちゃんと聞いてますよ。あ、配分は教えてはくれませんでしたけど・・・」
「別にいい、早く言ってくれ。それと、一度放してほしい・・・」
「はい、動かないで聞いてくださいね」
ルージュはニルスを一度手離し、服の中から紙きれを取り出した。
なにが入っているのか・・・私も興味あるな。
「えーと、砂漠ネズミの房水、氷モグラの血漿・・・」
効果を高める素材・・・集めるのが面倒なものだ。
「溶岩蝶の鱗粉・・・」
媚薬に使うもの・・・まさか・・・。
「空カエルの精巣・・・」
「ふふ・・・あはは・・・」
笑ってしまった。
「ステラさん・・・何がおかしいんですか?」
「いえ・・・楽しいことを急に思い出しただけよ」
古い調合・・・知ってる人まだいたのね。
毒ではないけど・・・。
「あとは・・・」
「・・・もういい、それは捨ててこい」
「何言ってるんですか?これで元に戻れるんですから我慢して飲んで・・・」
「バカかお前は!こんなものでどうにかなるわけないだろ!!」
あ・・・お兄ちゃんが怒った。
「え・・・」
「危なすぎて病気のやつにも飲ませられない!お前はその薬師に騙されたんだ。ヴィクター、一緒にいてなぜ止めなかった!」
「いや・・・でもルージュは、ニルスさんの症状をちゃんと伝えていました」
「そ、そうです・・・これで治るって・・・」
ルージュの勢いが無くなった。
しゅんとしちゃってかわいそう。
あんな大声出すことないのに・・・。
「ルージュ、その薬師さんにジナスとか精霊のことは話した?」
「いえ・・・ただ・・・師匠が小さくなって元気が無いとだけ・・・」
なるほど・・・それならこの調合でも仕方がない。
・・・かなり強めの精力剤だ。
夜に健康な男性に飲ませたら、相手は次の日のお昼まで休ませてもらえないくらい・・・。
これならおじいちゃんのカザハナだって元気になる。
だから・・・考えようによってはいいものなのよね。
・・・もしこれをヴィクターに飲ませて、ルージュと二人きりで閉じ込めたら・・・どうなっちゃうんだろ?
見てみたいかも・・・。
「とにかくオレは飲まないからな!次からは・・・ルージュ?」
ニルスの語気が弱まった。
あ・・・。
「ごめん・・・なさい・・・ただ、ニルス様が・・・元気がないので・・・きっと喜んでくれると・・・すみませんでした・・・」
ルージュは声を震わせながら部屋を出て行った。
泣いてた・・・なんてことを・・・。
「ニルス、今のはよくないわ。ルージュはあなたのために行動してくれたのよ?」
「・・・だとしても、君はあれを飲めるのか?」
ニルスはもうちょっと大人だと思ってたけど・・・仕方ないわね。
「ええ、愛があれば飲めるわ」
「・・・」
ニルスは黙った。
とりあえず今の内に・・・。
「ヴィクター、ルージュのそばにいなさい。慰めてあげて」
「・・・はい」
ヴィクターも部屋を飛び出した。
近くにいてあげるだけでもいい。ただ寄り添って話を聞いてあげるだけで、あの子の心は楽になるはずだ。
・・・本当はすぐに追ってほしかったな。
まあいい、私はお兄ちゃんを諭さないと・・・。
「ニルス、ちゃんとルージュに謝るのよ?」
「・・・そうするよ。泣かせる気は無かった・・・」
こっちまでしょんぼりして・・・。
「あの子もお兄ちゃんを怒らせる気は無かったの。落ち着いたら仲直りしなさい」
「許して・・・くれるかな?」
「大丈夫、ルージュはお兄ちゃんが大好きなんだから」
でも今回のことはあなたから歩み寄らないといけない。
たぶん初めてのケンカ・・・なのかな?
「あの薬・・・いったいなんなんだ?」
「古い調合だけど害は無い、知識はかなりある薬師だと思うよ。だけど、あなたの身体が戻るものではないわ」
「そうか・・・」
「なにかに使えるかもしれない・・・いらないなら私が貰うね」
いいものを手に入れた。
これだと強すぎるから純水で希釈すれば・・・。
◆
「ルージュ、さっきは強く言ってすまなかった。反省している・・・」
ルージュが戻ると、お兄ちゃんはすぐに謝って仲直りを申し出た。
妹に嫌われたくはないものね。
「わたしこそすみませんでした・・・。ご迷惑ばかりかけているので・・・お役に立ちたかったんです」
「迷惑だと思ったことは一度も無いよ。あの薬だって気持ちは嬉しかった。だから・・・一口飲んでみようと思う」
え・・・嘘・・・。
「・・・本当ですか?」
「もちろんだ。ステラ、薬を出してほしい」
「え、ええ・・・」
出すか・・・大丈夫なのか・・・あの体でこれを飲んだらどうなるのか・・・。
◆
私は薬を出してしまった。
「とりあえず・・・試してみなさい」
探求心が勝った。
大丈夫、なにかあっても私がなんとかできる・・・。
「・・・」
ニルスは戦う時の顔になっていた。
それくらい真剣に挑もうとしているのね・・・。
「あの・・・無理はしないでくださいね」
「・・・」
たぶん私の言葉を何度も頭の中で繰り返している。
妹への愛は本物・・・。
「大丈夫だ・・・」
ニルスが薬を飲み込んだ。
いった・・・どうなる・・・。
「どうですかニルス様?」
「・・・」
「あ、ニルス様!」
倒れた・・・。
刺激が強すぎたのね・・・。
「はあ・・・はあ・・・なんだこれ・・・全身熱いぞ・・・」
ニルスは苦痛に顔を歪めていた。
今の状態で代謝は無いはずなんだけど、これはちょっとまずいわね・・・。
「ニルス、吐き出しなさい!それと水よ!水をたくさん持ってきて!!」
これは半分精霊のニルスにも効く・・・考えが甘かったな・・・。
「水・・・どこ・・・井戸?・・・うわあああ!!」
「ルージュ落ち着け!俺も行く、来い!」
大騒ぎだ・・・やっぱり薄めないとダメか。
◆
「はあ・・・もう大丈夫そうだ・・・」
なんとかなった。
「すみません・・・ニルス様の言う通りでした・・・」
「いや・・・君は悪くないよ・・・」
ニルスは氷水の入った桶で浮かんでいる。
体内の水を入れ換える魔法・・・私がいなければ何日か苦しんだわね。
「このお薬は私が管理します。いいわねルージュ?」
「はい・・・お願いします・・・」
「四万もしたのにな・・・」
・・・安すぎる。
この調合でこの量、私なら十倍は取る。
・・・本当にいい薬師だったのね。
「わたし・・・騙されたのかな?」
「許せねーな・・・」
「まあまあ落ち着いて。これから気を付ければいいわ」
私もその薬師に会いたかった。
きっと話が合う。
「とりあえず二人は明日の支度をしなさい。私は夕食の準備をする」
明日・・・テーゼ・・・。
◆
夕食も済み、あとは休むだけ・・・。
「ニルスは今夜ヴィクターと一緒にいなさい」
「いいんですか?・・・戦いの心構えを教えていただきたいです」
「いいだろう・・・行こうヴィクター」
「ニルス様、ヴィクター、おやすみなさい」
色々終わった。
騒がしい一日だったわね・・・。
「ルージュ、ずっと起きてて疲れたでしょ?もう眠ってもいいのよ」
「はい・・・瞼が重いです・・・」
ルージュは遠慮しながらベッドに入ってくれた。
大きくなったけどかわいい・・・。
「あの・・・できれば、ぎゅっとしてほしいです・・・」
「ニルスもそうしてくれたの?」
「はい・・・してくれました」
「じゃあ・・・いらっしゃい」
ルージュを抱きしめた。
まあお兄ちゃんは妹からのお願いを断れないよね。
・・・私もだけど。
「ステラさんもおんなじです・・・」
「なにと?」
「お母さんとニルス様・・・」
・・・アリシアはいやだ。
「ニルス以外の男性からこうしてもらったことはある?」
「シロとティムさんと・・・五つの時にシリウス・・・です」
シロを含まなければ二人か。
・・・ティムはいい人がいるみたいだし、たぶん妹って感じでやってるのね。
ということは、ちゃんと男性として意識した人からは無い・・・。
「ぎゅっとしてもらうの好き?」
「はい・・・」
「ヴィクターも頼んだらしてくれると思うよ」
「・・・」
ルージュは縮こまってしまった。
意識してるのね。
「ヴィクターが気になるの?」
「よくわからないです・・・」
「そうなんだ。もっとわからなくなったら私に言いなさい。助けてあげるよ」
「はい・・・」
・・・寝ちゃった。
安らぎの魔法をかけているからかな?
勝手に使ったけど、ニルスへの報告は・・・明日でいいか。
ルージュはその感情の正体をまだ知らないみたいだ。
でも、自分で気付くかもしれないから基本は見守ることにしよう。
「愛・・・早く見つけてあげてね」
それがあれば何だってできるんだから・・・。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
次回から第三部となります。




