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Our Story  作者: NeRix
風の章 第二部
191/481

第百八十三話 愛があれば【ステラ】

 ルージュは本当に綺麗になった。

アリシアと似ている所はあるけど、雰囲気は全然違う。

たぶん、お父さんに似たのね。


 あの感じなら男の子に人気ありそうって思ったけど、女の子だけのアカデミーで守られてたって感じだ。

つまり、アリシアとは違う正真正銘の生娘・・・。


 ひたむきだし、嫌味な感じが一切無い所もいい。

あんな子と毎日会っていたんだから、そりゃ好きになるよね。


 あの二人・・・どうなるか見守っててあげたいな。



 「仲良くお買い物に行っちゃったね」

私はニルスを窓際に置いてあげた。

楽しそうな妹を見れば、少しは気持ちが晴れるはず。


 「オレも君と一緒に歩きたかったよ。・・・テーブルに戻して」

ニルスは視線を私に向けた。

 あんまり効果無かったな・・・。

じゃあ、話を変えるか。


 「ねえ、その服ってどこで買ったの?」

着替えた時から気になっていた。

 小さい身体に合った可愛らしい服だ。

お店があるんなら色々着せ替えしてあげたい。


 「ルージュが作ってくれてるんだ。修行中も、疲れているのに少しずつ服を増やしてくれた」

「へー・・・」

これをあの子が・・・。

 「とてもしっかりできているわ。じゃあ、ニルスに着せたい服はルージュに注文すればいいのね?」

「おかしな服は着ないからな。・・・最初は男物が無くて、ルルさんの店の女給の恰好をさせられたし・・・」

「ふーん・・・」

とりあえずそれを着ちゃうニルスもちょっと変だけど・・・見たい。

たぶん、お願いすれば二人きりの時だったら着てくれるよね。


 「そうだ・・・栄光の剣はそのまま持っていてほしい」

ニルスが真面目な声を出した。

まあ・・・そのつもりだったけど。

 「もちろんよ、あなたの身体が元に戻ったら私から返したい」

「それは嬉しいけど・・・今思い出したことがある」

「なに?」

「それ・・・」

ニルスが柄の裏を指さした。


 「あ・・・」

そこには『愛する息子へ』って彫ってある。

見ればルージュが勘付くかもしれない。

 「・・・私も忘れてたわ。それなのに・・・ずっと持ってた」

「気付かれなかったのは奇跡に近い・・・」

「どうするの?」

「・・・これを被せる。そこに置いてほしい」

ニルスが鞄から粘土みたいな物を取り出した。


 「それでなんとかなるの?」

「とりあえずはね・・・」

ニルスは小さな手で粘土を文字に被せていった。

ペタペタペタペタ・・・かわいいわね。



 「なるほど・・・綺麗に消えたね」

剣に掘られた文字が見えなくなった。

器用・・・けっこう近付かないとわからない。


 「薄くなったら教えてほしい」

「気を付けて見ておくね」

だけど、ここまで隠す必要ってあるのかな?

むしろあとから真実を話しにくくなっちゃう気がする。


 ・・・でもこれは兄妹の問題だから口出しはしないでおこう。

ただ、ルージュが困ってたら助けてはあげるけどね。



 「俺の勝ちだぜー!」

「はあ・・・はあ・・・年下相手に本気出しちゃって・・・」

「関係ない。でも、よく付いてきたな」

「・・・鍛えたもん」

門の方から楽しそうな声が聞こえてきた。

・・・わりと早く戻ってきたわね。


 「ねえお兄ちゃん、ルージュはヴィクターを気に入ってるみたいだよ」

「見てればわかるよ・・・」

「ふふ、妹を取られたくないのね」

「そういうわけじゃない・・・」

ニルスはそっぽを向いた。

小さい時はシリウスと一緒にいてもなにも言わなかったけど、さすがに今は気になるのね。


 「他の男に渡すよりかは、ヴィクターに任せるのがいいと思うな」

「渡すって・・・あの子は物じゃない」

「そんなつもりで言ってないよ。ヴィクターもルージュが気になってる感じだし、邪魔しないで見守ってあげてね」

「・・・そのつもりだよ」

とりあえずはそれでいい。

どうなるかはあの二人次第だし。


 

 「ニルス様、戻りましたよ!」

ルージュが勢いよく扉を開けて入ってきた。

きのうの夜一睡もしてないのに元気いっぱいだ。


 「早かったな。ヴィクター、色々揃ったのか?」

「いや・・・ルージュと話して、テーゼで買えばいいかなって」

「わたしが街を案内するんです。いいですか?」

「・・・二人一緒に行動するなら構わない。じゃあ、向こうに行くのは予定通り明日だ。・・・今日は休むといい」

鍛錬はお休みか、まあテーゼに行ってからでもできるしいいのかな。

向こうなら鍛えてくれる人はたくさんいるだろうしね。


 「それよりもニルス様!一番弟子ルージュは、とんでもないものを手に入れてしまいました!」

ルージュはニコニコしながら、鮮やかな群青色のなにかが入った瓶を取り出した。

なにあれ・・・。


 「なんだそれは・・・」

「ふっふっふ・・・これはですね・・・なんと!ニルス様の身体を元に戻す薬です!大陸一の薬師さんに調合していただきました!」

「・・・」

ニルスが口を半開きにして固まった。

あの危なそうな色・・・綺麗過ぎて逆に怪しい。


 「あ、驚いてますね。今開けるので、ちょっと待ってください・・・よっと」

ルージュは瓶の蓋を外した。

・・・まずい、窓を開けなきゃ!

 「ヴィクター!扉を開けて!廊下の窓もよ!!」

危ない香りを感じた。

 「急ぎなさい!!」

「は・・・はい!!!」

これは調香で嗅いだことのある匂いだ。

動物の・・・体液が入ってる・・・。


 「ひどいな・・・これを・・・どうしろというんだ・・・」

ニルスは虚ろな目をしていた。

・・・わかってて聞いてるわね。

 「たしかにちょっとキツいですけど・・・飲むんです」

「これを・・・」

「お薬ですから・・・」

ルージュが小皿に少しだけ液体を垂らした。

粘り気もある・・・喉を通るのかしら?


 「さあ、早く飲んでください。このあとヴィクターの荷物を手伝わないといけないんですから」

「・・・」

「さあ・・・」

ルージュの目は「必ず効く」と確信しているものだ。

ニルスはどうするか・・・面白いからちょっと見てよ。


 「ま、待てルージュ・・・。オレのは病気じゃない、飲み薬で治るわけないだろ・・・」

「何を嫌がっているんですか?なんだってするって、わたしの力も必要だって言ってたじゃないですか」

「たしかに言った・・・でもこれは無理だ。治るわけがない!」

「やってみなければわかりません。さあ・・・飲んでください!」

ルージュがニルスを捕まえた。

あの身体じゃなきゃ逃げられたんだけどね。


 「待て・・・待て待て待て!中身だ、これは何でできているか聞いたか?」

ニルスは悪あがきをするみたいだ。

かわいい妹がせっかく手に入れてきたんだから、一口くらいなんてことないのに。

 「ああ・・・そうですね。・・・ふっふーん、もちろんです。ニルス様がそう言うと思ってちゃんと聞いてますよ。あ、配分は教えてはくれませんでしたけど・・・」

「別にいい、早く言ってくれ。それと、一度放してほしい・・・」

「はい、動かないで聞いてくださいね」

ルージュはニルスを一度手離し、服の中から紙きれを取り出した。

なにが入っているのか・・・私も興味あるな。

 

 「えーと、砂漠ネズミの房水、氷モグラの血漿・・・」

効果を高める素材・・・集めるのが面倒なものだ。

 「溶岩蝶の鱗粉・・・」

媚薬に使うもの・・・まさか・・・。


 「空カエルの精巣・・・」

「ふふ・・・あはは・・・」

笑ってしまった。

 「ステラさん・・・何がおかしいんですか?」

「いえ・・・楽しいことを急に思い出しただけよ」

古い調合・・・知ってる人まだいたのね。

毒ではないけど・・・。


 「あとは・・・」

「・・・もういい、それは捨ててこい」

「何言ってるんですか?これで元に戻れるんですから我慢して飲んで・・・」

「バカかお前は!こんなものでどうにかなるわけないだろ!!」

あ・・・お兄ちゃんが怒った。

 「え・・・」

「危なすぎて病気のやつにも飲ませられない!お前はその薬師に騙されたんだ。ヴィクター、一緒にいてなぜ止めなかった!」

「いや・・・でもルージュは、ニルスさんの症状をちゃんと伝えていました」

「そ、そうです・・・これで治るって・・・」

ルージュの勢いが無くなった。

 しゅんとしちゃってかわいそう。

あんな大声出すことないのに・・・。


 「ルージュ、その薬師さんにジナスとか精霊のことは話した?」

「いえ・・・ただ・・・師匠が小さくなって元気が無いとだけ・・・」

なるほど・・・それならこの調合でも仕方がない。


 ・・・かなり強めの精力剤だ。

夜に健康な男性に飲ませたら、相手は次の日のお昼まで休ませてもらえないくらい・・・。

これならおじいちゃんのカザハナだって元気になる。

 だから・・・考えようによってはいいものなのよね。

・・・もしこれをヴィクターに飲ませて、ルージュと二人きりで閉じ込めたら・・・どうなっちゃうんだろ?

見てみたいかも・・・。


 「とにかくオレは飲まないからな!次からは・・・ルージュ?」

ニルスの語気が弱まった。

あ・・・。

 「ごめん・・・なさい・・・ただ、ニルス様が・・・元気がないので・・・きっと喜んでくれると・・・すみませんでした・・・」

ルージュは声を震わせながら部屋を出て行った。

泣いてた・・・なんてことを・・・。


 「ニルス、今のはよくないわ。ルージュはあなたのために行動してくれたのよ?」

「・・・だとしても、君はあれを飲めるのか?」

ニルスはもうちょっと大人だと思ってたけど・・・仕方ないわね。


 「ええ、愛があれば飲めるわ」

「・・・」

ニルスは黙った。

とりあえず今の内に・・・。

 「ヴィクター、ルージュのそばにいなさい。慰めてあげて」

「・・・はい」

ヴィクターも部屋を飛び出した。

 近くにいてあげるだけでもいい。ただ寄り添って話を聞いてあげるだけで、あの子の心は楽になるはずだ。

・・・本当はすぐに追ってほしかったな。

  

 まあいい、私はお兄ちゃんを諭さないと・・・。


 「ニルス、ちゃんとルージュに謝るのよ?」

「・・・そうするよ。泣かせる気は無かった・・・」

こっちまでしょんぼりして・・・。

 「あの子もお兄ちゃんを怒らせる気は無かったの。落ち着いたら仲直りしなさい」

「許して・・・くれるかな?」

「大丈夫、ルージュはお兄ちゃんが大好きなんだから」

でも今回のことはあなたから歩み寄らないといけない。

たぶん初めてのケンカ・・・なのかな?


 「あの薬・・・いったいなんなんだ?」

「古い調合だけど害は無い、知識はかなりある薬師だと思うよ。だけど、あなたの身体が戻るものではないわ」

「そうか・・・」

「なにかに使えるかもしれない・・・いらないなら私が貰うね」

いいものを手に入れた。

これだと強すぎるから純水で希釈すれば・・・。



 「ルージュ、さっきは強く言ってすまなかった。反省している・・・」

ルージュが戻ると、お兄ちゃんはすぐに謝って仲直りを申し出た。

妹に嫌われたくはないものね。


 「わたしこそすみませんでした・・・。ご迷惑ばかりかけているので・・・お役に立ちたかったんです」

「迷惑だと思ったことは一度も無いよ。あの薬だって気持ちは嬉しかった。だから・・・一口飲んでみようと思う」

え・・・嘘・・・。


 「・・・本当ですか?」

「もちろんだ。ステラ、薬を出してほしい」

「え、ええ・・・」

出すか・・・大丈夫なのか・・・あの体でこれを飲んだらどうなるのか・・・。



 私は薬を出してしまった。


 「とりあえず・・・試してみなさい」

探求心が勝った。

大丈夫、なにかあっても私がなんとかできる・・・。


 「・・・」

ニルスは戦う時の顔になっていた。

それくらい真剣に挑もうとしているのね・・・。

 「あの・・・無理はしないでくださいね」

「・・・」

たぶん私の言葉を何度も頭の中で繰り返している。

妹への愛は本物・・・。


 「大丈夫だ・・・」

ニルスが薬を飲み込んだ。

いった・・・どうなる・・・。

 「どうですかニルス様?」

「・・・」

「あ、ニルス様!」

倒れた・・・。

刺激が強すぎたのね・・・。


 「はあ・・・はあ・・・なんだこれ・・・全身熱いぞ・・・」

ニルスは苦痛に顔を歪めていた。

今の状態で代謝は無いはずなんだけど、これはちょっとまずいわね・・・。

 「ニルス、吐き出しなさい!それと水よ!水をたくさん持ってきて!!」

これは半分精霊のニルスにも効く・・・考えが甘かったな・・・。


 「水・・・どこ・・・井戸?・・・うわあああ!!」

「ルージュ落ち着け!俺も行く、来い!」

大騒ぎだ・・・やっぱり薄めないとダメか。



 「はあ・・・もう大丈夫そうだ・・・」

なんとかなった。

 「すみません・・・ニルス様の言う通りでした・・・」

「いや・・・君は悪くないよ・・・」

ニルスは氷水の入った桶で浮かんでいる。

体内の水を入れ換える魔法・・・私がいなければ何日か苦しんだわね。

 

 「このお薬は私が管理します。いいわねルージュ?」

「はい・・・お願いします・・・」

「四万もしたのにな・・・」

・・・安すぎる。

 この調合でこの量、私なら十倍は取る。

・・・本当にいい薬師だったのね。


 「わたし・・・騙されたのかな?」

「許せねーな・・・」

「まあまあ落ち着いて。これから気を付ければいいわ」

私もその薬師に会いたかった。

きっと話が合う。


 「とりあえず二人は明日の支度をしなさい。私は夕食の準備をする」

明日・・・テーゼ・・・。



 夕食も済み、あとは休むだけ・・・。


 「ニルスは今夜ヴィクターと一緒にいなさい」

「いいんですか?・・・戦いの心構えを教えていただきたいです」

「いいだろう・・・行こうヴィクター」

「ニルス様、ヴィクター、おやすみなさい」

色々終わった。

騒がしい一日だったわね・・・。


 「ルージュ、ずっと起きてて疲れたでしょ?もう眠ってもいいのよ」

「はい・・・瞼が重いです・・・」

ルージュは遠慮しながらベッドに入ってくれた。

大きくなったけどかわいい・・・。


 「あの・・・できれば、ぎゅっとしてほしいです・・・」

「ニルスもそうしてくれたの?」

「はい・・・してくれました」

「じゃあ・・・いらっしゃい」

ルージュを抱きしめた。

 まあお兄ちゃんは妹からのお願いを断れないよね。

・・・私もだけど。

 「ステラさんもおんなじです・・・」

「なにと?」

「お母さんとニルス様・・・」

・・・アリシアはいやだ。


 「ニルス以外の男性からこうしてもらったことはある?」

「シロとティムさんと・・・五つの時にシリウス・・・です」

シロを含まなければ二人か。

 ・・・ティムはいい人がいるみたいだし、たぶん妹って感じでやってるのね。

ということは、ちゃんと男性として意識した人からは無い・・・。


 「ぎゅっとしてもらうの好き?」

「はい・・・」

「ヴィクターも頼んだらしてくれると思うよ」

「・・・」

ルージュは縮こまってしまった。

意識してるのね。


 「ヴィクターが気になるの?」

「よくわからないです・・・」

「そうなんだ。もっとわからなくなったら私に言いなさい。助けてあげるよ」

「はい・・・」

・・・寝ちゃった。

 安らぎの魔法をかけているからかな?

勝手に使ったけど、ニルスへの報告は・・・明日でいいか。


 ルージュはその感情の正体をまだ知らないみたいだ。

でも、自分で気付くかもしれないから基本は見守ることにしよう。

 「愛・・・早く見つけてあげてね」

それがあれば何だってできるんだから・・・。

ここまで読んでいただいてありがとうございます。


次回から第三部となります。


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