第百八十一話 生き方【ヴィクター】
これから毎日ルージュと一緒にいられるのか・・・。
なんだか・・・周りの景色がいつもより色付いて見えてくる。
『じゃあ、わたしのこともお前じゃなくてルージュって呼んで・・・ヴィクター』
女の子っていいな・・・。
『わたしもヴィクターさんは特別です』
いや、ルージュだからか?
『君にはルージュも守ってほしい。頼めるか?』
言われなくてもそうしたい。
もう・・・泣かせたくないしな。
◆
「あれ・・・まだ出てなかったか・・・」
水音が聞こえる。
母上もそうだけど、女は風呂が長いらしい。
『ずっと起きて動いてたから汗を流したいんだ。ちょっと待っててくれる?』
ニルスさんが小さくなったあと、ルージュは体を洗いに風呂へ向かった。
『俺も一回帰ってそうしてくるよ。服も着替えたいしな』
『わかった。ねえ、午後からも一緒に鍛錬しようね』
戻るの早すぎたかな?
まあいいや、庭園で待ってよ・・・。
◆
「あーあ・・・早く話してーな・・・」
俺は日陰で涼みながら待っていた。
退屈だから、ルージュのことを考えながら・・・。
「ヴィクター、なにをニヤニヤしているの?」
「うわーーー!!!」
「え・・・なに?」
ステラ様がいつの間にか目の前にいた。
なんだよ・・・ニルスさんと中にいたんじゃねーのか・・・。
「急に叫ばないでほしいな。・・・でも、なにかいいことあったの?」
「な、なんでもありません・・・」
「ふーん、なんかゆるゆるな顔してたから・・・」
ゆるゆるって・・・俺そんな感じだったのか?
たしかに周りに気は配ってなかったな・・・。
「あの・・・俺になにか・・・」
「ニルスがみんなで話したいって言うから呼びに来たの。ルージュには声をかけたから、あとはあなただけよ」
「はい・・・わかりました」
立ち上がって体を伸ばした。
・・・じゃあ行かなきゃな。
「ねえねえ、きのうの夜はルージュとどこに行っていたの?」
「え・・・」
体が固まった。
嘘だろ・・・。
「な、なぜそれを・・・」
「ふふふ・・・」
ステラ様はいじわるな顔をしている。
眠ってた時とは全然違うな。
・・・もっとおとなしい人かと思ってた。
「窓から外を見ていたら、ちょうどあなたたち二人が門の外へ出て行ったの。・・・朝まで一緒にいたんだよね?」
「あの・・・」
「鍛錬してたってことでニルスは許していたけど・・・そうじゃなかったら怒るかもしれない。あ・・・私から離れたから、カザハナは怒っちゃうね」
なんだこの人・・・脅してんのか?めんどく・・・いや、こんなこと思ってはダメだ!
俺は騎士、ステラ様の守り手。
だから・・・隠し事はできない。
「離れたことはすみません・・・二人で散歩に出ただけです。スナフを案内して、何の畑かを教えて・・・朝日を見て・・・それだけです」
「そうなんだ。ふふふ・・・」
ステラ様は緩い顔で笑った。
言いつけんのかな?
けど、悪いのは俺だし・・・。
「ニルスさんと父上に伝えて構いません。叱責、罰・・・あるなら受けます」
「へ・・・あなた、私を嫌な女だと思ってる?」
「離れたのは事実です。聖女の騎士としてあるまじき行動だったと思います」
「あなた堅いわね。もっと緩めなさい」
胸を叩かれた。
堅い・・・。
「まず、告げ口なんてしない。二人でどこに行っていたのかを知りたかったから、聞き出すために言っただけだよ」
「そうだったんですか・・・」
「それと、ニルスは怒らないと思う。あなたのことは頼りにしてるみたいだし」
「え・・・」
素直に嬉しい。もっとあの人に認められたい・・・ずっと夢見てきたことだ。
俺のために剣も打ってくれたし、嫌われたくない。
「安心なさい。・・・それよりも、ルージュってかわいいよね。そう思わない?」
ステラ様はまだ聞いてくるつもりらしい。
隠し事はしたくないけど、こういうのってあんまりペラペラ言いたくないな・・・。
「俺は・・・そういうのは・・・」
「女の子だけど、ルージュは平気なのね?」
「・・・毎日顔を合わせてましたから」
なんだよ、ニルスさんが呼んでるんだろ・・・。
「ルージュにも聞いたんだけど、あの子はきのうの夜楽しかったみたいよ」
「え・・・そう言ってたんですか?」
「うん。・・・あの子、一人では寝れないらしいのよ。私知らなかったから・・・あなたがいて助かったの。いえ・・・むしろあなたと一緒だったからよかったんだと思う」
「は・・・はい・・・」
手を繋いでいた時はずっと緊張してて、うまく話せたか自信が無かった。
でも、楽しいって思ってくれてたんだな・・・。
「で、あなたはどうだったの?」
「それは・・・ルージュと同じです」
「ふふふ、わかったわ。じゃあ行きましょうか」
「・・・はい」
このやり取りはなんだったんだろう?
・・・俺をからかっただけなのかな?
◆
「あ、ヴィクター。ほらここ座って」
部屋に入ると、ルージュが椅子を引いてくれた。
隣・・・いいのか。
「よかったのうヴィクター」
「父上・・・」
この人も俺をからかうように見る。
ちょっと気に入らない・・・。
「みんな集まったな。・・・今後の話をしたい。ここに残るか、動くか・・・」
俺が座るとニルスさんが話し出した。
この人の中では、まだどうするか決まってない感じだな。
◆
「神の言霊とジェイスって人はハリスが追っているんでしょ?」
「そう・・・だからオレとルージュは、この身体を元に戻す方法を探していた」
「私の記憶にも無いのよね・・・」
今の状況を教えてもらった。
でも・・・話してるのはステラ様とニルスさんの二人だけだ。
俺と父上は決まったことに従うだけ、ルージュもきっとそう・・・。
「教団のことは王も知っているんでしょ?」
「直接話してはいないけど知っている。色々協力してくれているはずだよ」
「そうなんだ・・・悠長なことやってないで解体しちゃえばいいのに」
「まだアリシアを襲った男がジェイスって奴だと確定したわけじゃないからな・・・」
それをハリスさんが調べてるってのが現状だ。
さすがに関係がはっきりしないと王も動けないんだろう。
「私の意見なんだけど、もうテーゼに行こうよ。ミランダもいるし、みんなで固まった方が絶対いい。あなたの身体のことで移動するにしても、最南端のここよりは動きやすいと思う」
ステラ様が大胆なことを言い出した。
自分も危ないかもしれないってのに、あんまり気にしてないんだな・・・。
「テーゼ・・・オレも考えていたけど、敵も近付きやすくなるかもしれないぞ」
俺もニルスさんと同じ意見だ。
人も多いし、どうする気なんだろ?
「固まるって言ったでしょ、一人で行動しなければいいのよ。ミランダだって不安なはずだから一緒にいてあげたいの。・・・実はそうするねってもう話しちゃってる」
え・・・勝手に決めてんのかよ・・・。
「そうなんだ・・・ルージュ、どう思う?テーゼに戻るのが恐かったら正直に言ってほしい」
ニルスさんは優しい声を出した。
そこだよな、ルージュが行きたくないならその通りにした方がいい。
「わたしは大丈夫です」
ルージュはしっかりと顔を上げて答えた。
だけど、俺にしか見えない場所・・・テーブルの下で手が震えている。
「ルージュ、無理すんな。恐いなら言えばいい」
見えてた俺は、この子の味方でいないといけない。
ステラ様に逆らうことになるけど・・・。
「・・・平気だよヴィクター。わたしだって鍛えたし、みんなと一緒のほうがいい。・・・ニルス様、テーゼに行きましょう」
ルージュは不安そうに笑った。
・・・本当にいいのか?
「・・・なら、一度テーゼに行こう。オーゼもここよりずっと近いし、情報を早く受け取ることができる」
「そうしましょう。早くお母さんを助けて、ニルス様の身体も元に戻さないといけないですからね」
こういう時どうすればいいのかはわからない。
でも、俺ができること・・・。
「ルージュ、俺が一緒にいて守ってやる。だから安心してくれよ」
これくらいしか・・・。
「・・・ふふ、平気だよ。でも恐い時は・・・そうしてね」
ルージュの震えが止まった。
合ってたみたいだ
・・・こういうことをしていこう。
「ルージュ、オレは君が辛いことをさせるつもりはない。もし気が変わったらすぐに言ってほしい」
「ニルス様・・・大丈夫ですよ。だって・・・ヴィクターがいます」
「わかった・・・ヴィクター」
「はい、俺が守ります!」
なんだろう・・・俺はステラ様の騎士なのに、ルージュを守るって思った方が力が湧いてくる気がする。
◆
「私、できればニルスの身体を優先したいの。だけど、鳥とシロの記憶探しを待つよりかは、解決が早そうなアリシアを先に片付けてもいいと思うのよね。そっちの方が近道な気がする」
テーゼに行くことは決まった。
次はどう動くかだ。
「なにか考えがあるの?」
「テーゼに着いたら、私が来たことを広めてもらう。こっちから攻めればいいのよ」
「君を囮に使うのか・・・」
ニルスさんの顔色が変わった。
ステラ様って、けっこう無茶する人なんだな。
父上はこれに付き合ってきたのか?
「それと・・・あの呪いって不死の私にも効くみたいなのよね。それで・・・」
「ダメだ!それじゃステラが危ないだろ!!」
ニルスさんは、小さい体なのにとても迫力のある声で叫んだ。
すげ・・・あの見た目なのに圧迫感がある。
「慌てないでニルス、オーゼの輝石を貸してくれればいいのよ。それで私は平気」
「あ・・・これですね」
「ありがとうルージュ」
輝石は四つ・・・今持っているのはルージュ、ミランダさん、ハリスさん、そしてステラ様・・・この四人は敵に近付いても問題無い。
あ・・・俺もだ。
騎士のしるしも同じ効果がある。
なら・・・守れるな。
「ステラ・・・話した以外で危ないことをやろうとしていないか?隠していたら・・・」
ニルスさんの目が鋭くなった。
こえー・・・。
「すぐに信じるのは難しいよね・・・。それならシロとかオーゼとか、精霊たちの前で確認してもいいよ」
「・・・わかった、信じる。それと、君の作戦をやるかどうかは状況を見てオレが決める」
「・・・心配性ね。でも嬉しい、あなたに従います」
ステラ様はニルスさんの言うことは素直に聞くのか・・・。
無茶をしそうだと思ったらニルスさんに相談すればいいな。
「・・・儂はここに残ってもいいかのう?少し老い過ぎた・・・」
父上が弱気な顔で俺たちを見てきた。
何言ってんだよ・・・。
「父上、動かない気ですか?」
「・・・お前が動けば充分じゃろ」
「俺・・・」
一緒に来てくれんじゃねーのかよ・・・。
老いたとか言ってるけど、俺よりもまだずっと強い。
共にいてくれれば心強いのに・・・。
「まあ、ミランダ殿の尻はまた触りたかったがのう・・・」
「おじいちゃん・・・そんなことしてたんですか?」
ルージュが椅子を浮かせて、父上から少し距離を取った。
さすがに今のはよくないよな。
「今のルージュ殿にはなにもせんよ。・・・成熟してからじゃな」
「うう・・・それはそれで失礼な気がします」
「ふふ、カザハナは私が寝たふりをしていると触りにきてたわね」
「父上!なんてことを・・・」
知らなかったことだった。
それなら「なにもしない」ってのも信用ならない。
あんまりルージュの近くにいてほしくねー。
「冗談はここまでにしよう。・・・本当は、ナツメのそばにいてやりたいんじゃ」
父上がルージュの頭を撫でた。
「あ・・・その方がいいと思います。おじいちゃんはナツメさんの騎士・・・なんか素敵です」
「挑戦者が来たら全員儂が相手をする。怪しい者がいれば、すぐハリス殿を呼ぼう。ニルス殿、それでよろしいか?」
「はい、わかりました。カザハナさんは、ナツメさんのそばにいて下さい」
ていうか、そういうのは母上のいる所で言ってやれっての・・・。
◆
「テーゼか・・・どうなってるんだろうな」
「私も楽しみだなー」
とりあえず話はまとまった。
近いうちに、俺もテーゼへ・・・。
「ニルスさん、出発はいつでしょう?母上に報告と、色々準備をしたいです」
どのくらい離れるかわからないからな。
スナフから出るのも初めてだし、心の準備もしたい。
「私はいつでもいいよ。すぐ飛べるしね」
ステラ様が微笑んだ。
あ、そういや転移で一瞬だったな・・・。
「・・・ステラ、テーゼへの転移でどのくらい眠る?」
「四人だし、お昼寝くらいかな」
「縛るつもりは無いけど、これから聞くことが増えると思う」
「はい、全部正直に答えます」
ステラ様はニルスさんを持ち上げて、小さな顔に唇を付けた。
・・・ここですんな。
「・・・食べられるかと思ったよ」
「本当はそうしたいけど・・・」
「ダメですよ、ニルス様を食べないでください・・・」
ルージュの動く唇はとても柔らかそうだ。
触ってみたい・・・。
「・・・ヴィクター、一つ言っておきたい」
ニルスさんがテーブルを駆けて俺の前まで来た。
かなり真剣な顔だ。
「な、なんでしょうか・・・」
「君にルージュを託すことが増えると思うけど・・・妙なことはするなよ?」
「え・・・」
「父親と同じようなことだ」
「儂・・・」
そういうことか・・・なら安心してもらおう。
「大丈夫ですよ。ルージュにそんなことしませ・・・いって!」
俺の手に縫い針が突き刺さった。
なんだ・・・速い・・・。
「ニルス様なにを・・・大丈夫ヴィクター?」
ルージュが治癒をかけてくれた。
なんで刺されたんだ・・・。
「なぜ・・・」
「・・・ルージュに魅力がないと言ってるように聞こえた」
「あの・・・そんなつもりでは・・・」
「あはは・・・魅力って・・・あはは」
ステラ様がお腹を押さえて笑い出した。
大丈夫かこの人たち・・・。
「ニルス様、ヴィクターはそんなことしません。とっても優しいんですよ」
ルージュが庇ってくれた。
ああ、妹はまともなんだな。
「すまなかった・・・体が勝手に・・・」
「い、いえ・・・気にしないでください。・・・わかりますから」
これからこの人とルージュの話をする時は、しっかりと言葉を選ばなければいけないらしい。
じゃなきゃ、また刺される・・・。
「とりあえず、ナツメさんに言ってくるといい」
「はい・・・」
「ヴィクター、わたしも一緒に行く」
ああ・・・やっぱルージュは優しいな・・・。
◆
「待ってヴィクター」
部屋を出るとステラ様が追いかけてきた。
「なんでしょうか・・・」
「大事な話があるの。・・・その部屋に入りましょう」
さっきのやりとりで笑っていた人とは別人に見えた。
「はい・・・」
だから自然に背筋が伸びる。
「ルージュ、すぐに済むから待っててちょうだい」
「あ・・・わかりました」
俺だけにしか言えないことなのか・・・。
◆
「・・・今回の件が解決したあとの話なの」
空き部屋に入って向かい合った。
・・・あと?
「ニルスの身体、アリシアの呪い・・・どっちも解決したら、聖女の騎士を解放しようと思ってるんだ」
「え・・・」
「ちゃんと説明するわ。あなたにも隠し事はしない」
「はい・・・」
うまく頭が働かない。
解放ってどういうことだ?
◆
「あなたでもう十三代目・・・とても感謝しているわ。それにまだ若いし、なるべく早く解放してあげるね」
ステラ様は、ニルスさんたちと共に生きると教えてくれた。
だから、俺を自由にしたいらしい。
「・・・わかりました」
とても幸せそうな顔を見るとなにも言えなかった。
本当はそうしてほしくないのに・・・。
「でも、それまではよろしくね」
「はい・・・ステラ様も・・・ルージュも守ります」
「うん、頼りにしてるからね」
ステラ様に悪気は無い。
心から俺の幸福も願っているからそうしようと思ったんだろう・・・。
だけど・・・聖女の騎士でなくなったら俺はどうなるんだ?
思い描いていた未来は・・・なくなるのか?
子どもの頃から、ヴィクターの名前を継ぐために鍛錬を続けてきた。
そして時期が来たら聖女の騎士としてニルスさんたちと旅に出て、世界を変えるようなことをしたい・・・。
夢があったからこそ、別の道なんて一切考えてこなかった。
なのに・・・いまさら他の生き方なんてできるのかな・・・。




