第百八十話 優しい夜【ステラ】
またあなたと過ごせる夜・・・これだけで目覚められてよかった。
みんなを悲しませたくないから、もう隠し事をするつもりは無い。
でも、この身体のことはまだ言わないでおこう。
これは悲しいことじゃなくて、幸福なこと。
だから戦いが終わったあと・・・だよねニルス?
◆
「それでルージュは悩んでたんだよ。お兄ちゃんは気付いてた?」
私はしっかりと目を合わせて話した。
ニルスと二人きり・・・早くベッドに入って楽しいお喋りもしたいけど、ルージュのことは教えておかないとこれから困るかもしれない。
「あの子はあなたが本当のお兄ちゃんだって知らないのよ。なら女の子として接してあげないとダメ」
「女の子・・・」
「お風呂に入ってこられたり、下着を洗われるなんて嫌に決まってるでしょ」
「色々世話を焼きたくて仕方なかったんだ。・・・本当は修行で厳しくもしたくないんだよね」
ニルスが目を逸らした。
ルージュは自分でその道を選んだ。
お兄ちゃんは妹が大好きで仕方ないから、やりたいことを「ダメだ」なんて言えないよね・・・。
「でも、これからは気を付けるよ。たしかにオレだけ妹だって知ってるのはずるいからな」
悪いのは全部アリシアなんだけどね。
・・・呪いが解けたらお説教をしないといけない。
「あと・・・なんでニルス様なの?聞いてるとかわいいから別にいいけど」
「師匠って呼ばれたくなかったんだ。・・・距離を感じるし、それなら名前の方がいいと思って」
だから「様」なのね。
「ニルス師匠」じゃダメだったのかな?
「それに・・・あの子のことは、本当は君が起きたらのつもりだったんだ」
「どうして?」
ミランダから理由は聞いている。
でも直接聞きたい。
「色んなことを君とも分かち合いたかったんだ」
ニルスは私の目を見つめてくれた。
ああ・・・これだけで・・・これだけで心が満たされる・・・。
◆
「明日、オレの身体はまた縮んでしまう。・・・笑わないでほしいな」
ニルスが窓を閉めた。
もうベッドに入りたいんだろうけど、この話はしておきたい。
「まだ信じられないのよね・・・。なにも感じないんだもん」
「カザハナさんもそうだったよ」
縮む・・・そんなことあるのかしら?
ニルスは掌くらいの大きさって教えてくれたけど、どうにも信じられない。精霊であれば、身体の大きさや見た目を変えることはできるけどニルスは違う。
まあ・・・見るまではなんとも言えないわね。
それに・・・。
「でも果実があれば元に戻るんでしょ?」
「うん・・・でもそんなに数は無いんだ。残りは四つ」
「え・・・」
嘘・・・それも聞いてなかった・・・。
「・・・今回使ったのは、君がそれくらい大切な人だからだよ。それに目覚めに必要じゃなくても使ったから気にしなくていい」
ニルスは抱きしめながら言ってくれた。
気遣ってくれたのかな・・・。
「でも・・・知ってたら使わせなかったよ」
ニルスのことは自分で聞く・・・そう言ったからカザハナもみんなも黙ってくれていた。
・・・私が悪い。
「目覚めたことで・・・舞い上がっていたの。許して・・・」
口づけで目覚める・・・私の思い付きで貴重なものを一つ失った。
ちょっとだけ苦しい・・・。
あ・・・そしたらルージュが嫉妬するのなんて当たり前だ・・・。
「気にしてないよ。それにこれからも、今みたいに思っていることを話してほしい。分かち合いたいって言っただろ?あ・・・ちょっと待ってて」
ニルスは私から離れて、鞄の中から何かを取り出した。
貴重な果実を使ったことに、まったく後悔は無いって感じだ。
私はこんなに想ってもらえている・・・。
ルージュはそれに気付いたから嫌な気持ちになったんだろうな・・・。
嫌われないようにしていこう。
「・・・どうしたの?」
「え・・・なんでもないよ。で・・・何を出したの?」
「君を想って作っていたんだ。幸せな時間だったよ・・・」
「これ・・・」
私の指に指輪が通された。
一輪の花と風で舞い上がる花びらが彫られたもの。
そして魂の魔法・・・あなたの気持ちが指から全身に伝わってくる・・・。
「気に入って・・・くれたかな?」
「・・・うん、もう外さないよ」
「それならオレも嬉しいよ」
「あ、でも・・・」
私は指輪を外した。
言ったばかりだけど・・・。
「ひどいな・・・」
「確認したいものがあるの」
ニルスは言葉を刻んでいるはずだ。
ケルトさんがそうだったらしいからね。
『愛するステラへ』
刻まれた言葉を確認して、すぐにまた指に嵌めた。
物はいらない・・・なんて思っていたけど、実際に渡されると強がりだったのかもな・・・。
◆
「・・・なにも言わないんだね」
ニルスはちょっとだけ頬を赤くして私を見ていた。
もう、そんなに言葉はいらないから・・・。
「明かりを消すね・・・」
部屋は窓から入る薄い月明かりだけになった。
これはお互いが望んでいたこと・・・。
「・・・ニルス、愛しているわ」
私はあなたの胸に顔を押し付けた。
「もっとぎゅっとして・・・」
「ふふ、暗いと甘えてくるね」
「・・・あなたもでしょ?」
なんて優しい夜なんだろう・・・。
思い描いた再会ではなかったけど、これはこれでいい。
「寂しくさせてごめんなさい・・・本当のこと話せなくてごめんなさい・・・」
絶対に許してもらえるのをわかっていて謝った。
もっと優しい言葉が欲しい。
「君も・・・シロも辛かったと思う。でも、生き返らせてくれて・・・また目覚めてくれて、ありがとう」
「もうあんなことは無いからね・・・」
「させもしない。本当は、ちょっと変だなって思ってた。・・・次からは答えるまで問い詰める」
「そうしてね・・・私、隠し事って大嫌いなの・・・」
だから辛かった。
一番大切なあなたにそれをしてしまったことは、思い返すだけで胸が締め付けられる・・・。
これを和らげてくれるのはあなただけ・・・。
早く一つになりたい・・・。
「ねえニルス・・・私を愛して・・・」
「もう・・・愛しているよ」
またあなたと繋がれる。
身体も心も鼓動も・・・。
今ここには二人だけ・・・。
◆
「ミランダとは・・・こういうことあった?」
心も体も満たされた。
あとはあなたが眠るまで声を聞かせてほしい・・・。
「・・・寂しかったら慰めてあげることはできるって言われたことはあったよ」
「・・・慰めてもらったの?」
「いや、ない」
「そうなんだ・・・」
じゃあずっと我慢してたのかな?
ミランダなら別にいいんだけど・・・。
無理には迫らなかったのね。
「アリシアとは会ってたの?」
「・・・年に一度、少しだけだよ」
「変なことされてない?」
「なにもないよ。親子なんだから当たり前だ」
ならいい、母親として接していたってことだ。
もし女としてだったら・・・。
「ごめんステラ・・・もう・・・眠い。・・・小さい時は、君と同じで眠らなくてよかったんだけど・・・久しぶりの感覚だ」
「いいよ、でもそばにいるからね・・・」
「・・・」
私から口づけをすると、すぐに寝息が聞こえてきた。
「おやすみニルス」
・・・眠る必要が無いっていいな。
月明かりは微かだけど、あなたの姿はちゃんと見える。
この寝顔ならずっと見ていられるわね。
そうだ、目を開けたらまた抱きしめてもらおう・・・。
「ん?」
外から足音が聞こえた。
「・・・ふーん」
窓に近付くと、ルージュとヴィクターが二人で門の外へ出て行く所だった。
いつの間に仲良くなったのか・・・きっとこの夜のおかげね。
お兄ちゃん、しっかり見てないと妹は遠くに行ってしまうかもよ。
・・・まあ、それはあの二人が決めることか。
ふふ、しばらくは見てて面白そうだ。
◆
「おはよう・・・ステラ」
あなたは目が覚めると、すぐに私の髪を撫でて抱きしめてくれた。
ずっと見ていた甲斐があったわね。
「おはようニル・・・」
強引に唇を奪われた。
こういうのも・・・いい。
「まだ・・・朝には早そうだ」
「そうだね。次が朝の鐘だ・・・よ」
ベッドに押し倒されて、両腕を押さえつけられた。
「今の内に・・・」
「ふふ、嬉しいよ」
もっとくれるみたいだ。
ああ・・・幸せ・・・。
◆
「朝の支度をするね。あなたは顔を洗ってルージュとヴィクターを呼んできて」
私は服を着て、髪を整えた。
何を作ろうかな・・・。
「ルージュ・・・あ!忘れてた!」
ニルスが飛び起きて上着を羽織った。
・・・焦ってる?
「どうしたの?」
「あの子はまだ一人で眠れないんだ。きのうはどうしたんだろう・・・」
「え・・・」
・・・一人で寝れない?
もしかして、私がニルスを取っちゃったからヴィクターを付き合わせたのかな・・・。
ということは、わざわざ起こしに行った?
それならかわいそうなことしちゃったな・・・。
「とりあえずきのうの夜は心配ないよ」
「え・・・」
「ヴィクターが一緒にいたみたいだから」
ニルスはこれで安心してくれるはず・・・。
「ヴィクターが・・・」
「二人でいたみたいよ」
「なんだと・・・」
ニルスが部屋を飛び出した。
少し怒ってたな・・・余計なこと言っちゃった?
「は・・・止めなきゃ・・・」
私も急いでニルスを追った。
ヴィクターは悪くない・・・これは庇わないと。
◆
「あ、ニルス様おはようございます」
「おはようございますニルスさん」
ルージュとヴィクターは庭園で剣を振っていた。
いけないコトをしていたって感じじゃないわね。
「・・・鍛錬をしていたのか?」
「はい・・・眠れなかったので・・・。ヴィクターにも付き合ってもらいました」
ルージュがかわいく微笑んだ。
へえ・・・「さん」はやめたのね。
「そうか・・・鍛えていただけか・・・」
「あ・・・もしかして鍛錬は全部ニルスさんに聞かなければいけなかったでしょうか?」
「いや・・・かまわない・・・」
ふふ、お兄ちゃんは何を想像したのかしら。
けど、もし一緒のベッドにいたりとかだったら、ヴィクターは斬られていたかもしれないな・・・。
◆
「きのうの夜は二人で楽しかったの?」
朝食のあと、ルージュを呼んで聞いてみた。
気になって仕方がない・・・。
「はい、なんだか・・・不思議な夜でした。それに、全然眠くないんです」
「いいと思うよ。これから一緒に行動すると思うし、仲良くしてあげてね」
「仲良く・・・はい」
かわいい・・・アリシアとは全然違う。
「なにか困ったらまた相談してね」
「ありがとうございます」
ルージュならニルスにすり寄ってても嫌な気持ちにならないしね。
◆
「そろそろ・・・保てない。ルージュ、着替えを出しておいてくれ」
「はい、あ・・・小さくなっちゃった・・・」
お昼前、ニルスは本当に縮んでしまった。
こんなバカなことが・・・。
「ほんと・・・だったんだね・・・」
「説明したじゃないか・・・」
目の前で見ると衝撃が大きい。
ああ・・・果実は本当に貴重な物だったんだ・・・。
知ってたら・・・絶対にあんなことさせなかった・・・。
なにより・・・これじゃ抱きしめてもらえない・・・。
「ニルス・・・早く元に戻れるように頑張りましょう!」
掌くらい・・・かわいいけど・・・。
「できることはなんでもするからね」
「あ・・・うん、ありがとうステラ」
アリシアの呪いなんてどうでもいい。
私の中ではこっちの方が優先度は上だ・・・。
ニルス・・・今度は私が頑張るからね。




