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Our Story  作者: NeRix
風の章 第二部
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第百七十三話 目覚め【ステラ】

 どこまでも・・・どこまでも落ちていく・・・そんな感覚が続いている。

何千と夢の中を彷徨って、終わったと思ったらまた別の夢の中・・・。


 意識があるような・・・無いような・・・。

一瞬の光はすぐに消え、なにも見えなくなって・・・それをとても早く感じる時間の中で繰り返すだけ・・・。


 これがこのまま続くのはいやだ・・・。

早く・・・あなたに会いたい・・・。



 『・・・もうすぐみたいだね』

薄暗い部屋の中、私の前に男の人が立っていた。

 記憶に無い・・・。

でも、あなたに似ている人だ。


 『誰?なにがもうすぐなの?』

『・・・』

男の人は優しく微笑んだ。

質問・・・。


 『・・・今、僕の家族が大変みたいなんだ』

『あなたの?家族なら助けてあげればいいじゃない』

『できるならやってる・・・だから君にお願いしたい』

・・・私に?

 『頼んだよ』

『名乗りもせずに勝手な人ね』

『こうやって会うのは初めてだからね。恥ずかしいんだよ』

やっぱり似ている・・・だからなんとなくわかった。


 『家族を愛しているのね?』

『当たり前だよ。・・・じゃあよろしくね。あ、僕が君に頼んだなんて恥ずかしいから誰にも言わないでよ?』

目の前が暗くなった。

愛のある人か・・・。



 『あ、おはようステラ』

いつの間にか場所が変わっていた。

何百回、何千回と見た中で初めて明るい雰囲気の夢だ。


 『お寝坊さんだね』

誰かが現れたのは初めて、毎回一人だった。

 『て言ってもまだ早いけどね』

忘れてなんかいない・・・ミランダ。

 あなたがいるから明るい雰囲気なのかな?

それなら・・・ずっと一緒にいてほしい。


 『ここは・・・テントの中?』

起き上がって周りを見た。

テーゼに向かう旅で、みんなと眠っていた場所だ。

 『そうだよ、きのうの夜は楽しかったね』

『きのう・・・』

『シロが湖の上を凍らせて、みんなで滑って遊んだじゃん』

そんなことしてたんだ・・・。

うん、楽しそうだ。


 『・・・みんなは?』

『シロが魚焼いて食べたいって言うから三人で釣りしてるよ。おじいちゃんが張り切っちゃってる』

ヴィクターも一緒にいる。

そして三人・・・あなたもいるんだね。


 『じゃあ、私もやってみたいな』

『ふふ、出ればすぐいるよ』

私はミランダに手を引かれて外に出た。

 早く・・・顔が見たいな。

あなたからの「おはよう」が聞きたい。


 『ほら、大声出して驚かしてあげようよ』

湖畔には三人の後姿が見えた。

 ああ・・・本当だ。シロにヴィクターに・・・ニルス・・・。

元気に挨拶しないと・・・。


 あれ・・・声が出ない・・・。

どうやって出すんだっけ・・・。

早く振り返ってほしいのに・・・。



 「おはよう・・・」

やっと声が出た・・・だけどみんなが消えた。

 「あれ・・・」

声が出なくて苦しかったはずだったんだけど・・・。

 

 急に雰囲気が変わった。

いいところだったのに・・・。


 「眩しい・・・」

窓からの日差しが私の顔に当たっていた。

今度はどんな夢なんだろう・・・。

 「私の部屋だ・・・じゃあ、ここはスナフか・・・ん?」

・・・なんか変だ。

 さっきと違って自分の声がはっきりしているし、手には感覚がある。

・・・私は両手でなにかを握りしめているみたいだ。


 「・・・栄光の剣」

体の一部みたいに温かい・・・。


 『これを君に預けるよ』

『名前だけでも君のそばに置いておきたい』

目の前がぼやけ始めた。

憶えてるよ・・・だから一緒に眠らせてもらっていた・・・。


 「・・・夢じゃないよね・・・もう眠らなくていいんだよね・・・」

剣を抱いたまま体を起こしてみた。

この感覚は本物だ・・・。


 やっと・・・やっと目覚めることができたのね。

・・・どのくらい眠っていたんだろう?

実はすぐ次の日・・・だったらいいな。



 「ステラ様、失礼します」

扉の外から知っている人の声が聞こえた。

ふふ、驚かせてあげよう。


 「おはよう、ヴィクター」

私は顔が見えた瞬間に声をかけた。

 「・・・ステラ様!!!」

ヴィクターは皺の増えた顔で目を見開いている。

・・・お化けでも見たって感じでちょっと失礼ね。


 「少し老けたわね、おじいちゃん」

「・・・おはよう・・・ございます・・・ステラ様・・・」

ヴィクターは目を抑えて、鼻まですすり出した。

 こんなことで泣く人じゃなかったはずなのに・・・。

でも、なんだかとっても素敵な気持ちだ。



 「長かったような、短かったような・・・不思議な気持ちなの。私は・・・どのくらい眠っていたの?」

ヴィクターの嗚咽がようやく静かになった。

まず聞きたかったことだ。


 「あれから・・・八年です。今は深の月・・・もうじき水の月になります」

「八年・・・」

覚悟はしていた。

まあ・・・前向きに考えれば、十年までいかなくてよかったってところね。

 「儂は老けましたが・・・みなは成長しましたよ」

ということは、ニルスもミランダもあの頃より大人になってるのかな?

早く・・・会いたい・・・。


 「早速だけど、ベルを鳴らしてちょうだい」

「あ・・・はい」

ヴィクターは一瞬暗い顔をした。

ハリスと仲が悪いわけではないはずなんだけどな・・・。

 「どうかしたの?早くみんなに伝えてもらわないと」

「・・・ええ、ハリス殿を呼びましょう。立てますか?」

「大丈夫よ、結界の外で鳴らせって言われてたものね」

ベッドから下りてみた。

ちゃんと立てるし・・・歩けるわね。



 「おはようございます!今日もよろしくお願いします!」

部屋を出ようとした時、外から女の子の声が聞こえた。

若い・・・まだ子どもって感じだ。


 「誰?」

私は窓に近付いた。

 「あ・・・挑戦者ですね。ヴィクターは、もう息子に譲りましたので」

ということは・・・カザハナに戻ったのか。

 「ふーん・・・挨拶をしないといけないわね」

今のヴィクターは、庭園にいる若い男の子らしい。

たまに稽古してるのは見てたけど、あの頃とは違う・・・。

 「眠っている間にお顔は見ていただきました」

「え・・・勝手なことして・・・」

寝顔を見られたのか・・・恥ずかしいな。


 「弱気になるなよ。もっとぶつかってきていいんだぜ」

「はい!」

剣が触れ合い、石畳を蹴る音がここまで響いている。

 挑戦者が来ているのなら、終わるまで外には出れないな。

じゃあ、それまで新しい騎士をよく見させてもらおう。


 「ふふ・・・なんとなくあなたの若い頃に似てるわね」

「親子ですから・・・まだまだ未熟ですよ」

相手の女の子は赤毛・・・ミランダみたい。

 「はい、隙あり」

「きゃっ・・・」

あ・・・転ばされた。

実力差はかなりあるみたいね。


 「・・・ありがとうございました。明日もよろしくお願いします!」

女の子は立ち上がると、深く頭を下げた。

挑戦者っていうより、弟子って感じだ。


 「今日は・・・もう帰るのか?」

「はい、なにか掴めそうだったんです。近いうちに認めてもらえると思います」

かわいい子だ。

あんな子が挑戦しに来ているのはどんな理由なんだろう?

 「・・・そうか。まあ、頑張れよ」

「余裕な顔していられるのも今の内ですからね」

それに何度も来てる感じだよね?

私に会いたいのかな・・・。



 「では行きましょうか。新しいヴィクターにも挨拶をさせます。そして、みながどう過ごしていたのかもわかる限りお話ししましょう」

女の子が門の外に出たところでおじいちゃんが扉を開いた。

挨拶はいいけど・・・。


 「ダメ・・・みんなの話はまだしないで」

「・・・承知しました」

たくさん気になることはあるけど、全部取っておきたい。

 みんなが迎えに来てくれたらその夜に話を聞く、朝になっても寝かさない・・・。

だからこの八年の間の出来事は、なるべく入れないようにしよう。


 でも・・・一つだけ・・・。


 「ニルスとミランダは・・・怒ったり、呆れたりしてないよね?」

眠りにつくことは話せなかった。

シロに説明をお願いしたけど、どうなんだろう・・・。

 「・・・話してよろしいのですか?」

「それだけ教えて・・・」

「心配いりません。儂の命を賭けましょう」

「そうなんだ・・・ありがとうおじいちゃん」

本当によかった。

もう不安は無い。



 屋敷の外へ出た。

空が青い・・・。


 「気持ちいいわね。お散歩でもしたい気分」

「お控えください」

カザハナは途端に厳しい顔をした。

テーゼでは自由に外を歩かせてくれたのに・・・。


 「もう戦場は終わったんだからいいじゃない。それに、ニルスたちが来たら騎士は解放するつもりよ?」

「まだ来ておりません。それまでは外出をお控えください。・・・お願いします」

なんか変だ・・・。

私が寝ている間のこと、やっぱり聞いておいた方がいいのかな?



 「え・・・は?ええ!!!」

若いヴィクターは、私を見て叫び声を上げた。

 「取り乱すようでは修業が足りんのう」

「いや・・・だって・・・」

親子揃って失礼ね・・・。


 「あ・・・あの・・・自分は・・・」

「カザハナから聞いているわ。十三代目の騎士でしょう?」

「はい・・・えっと・・・」

ヴィクターはなんだかモジモジしている。

威圧したつもりは無いんだけど・・・。


 「ステラ様、息子は女性に慣れていないのです」

「え・・・さっきの女の子は?普通に話してたように見えたけど・・・」

「彼女は・・・別なようですね」

「父上!」

ヴィクターが顔を赤くした。

 ああなるほど・・・ふふふ、恋模様ってことね。

まあ私はどちらでもいい。

 とりあえずこの子が、これから私を守る騎士か。

まだ・・・青いわね。


 「ハリスさんを・・・呼ぶのですね?」

「その通りよ」

私は答えると同時にベルを鳴らした。

 すぐに来てもらわないと困る。

みんなも支度があるだろうし・・・。


 「父上・・・ニルスさんたちのことは話されたのですか?」

「・・・黙れ」

「う・・・はい」

カザハナは恐い顔で我が子を止めた。

そこまでしなくてもいいんだけど・・・。


 「鍛錬を続けていろ。それと・・・他言するな」

「・・・はい」

けっこう厳しく育ててるのかな?

まあいい、それもあとで聞こう。



 「・・・おはようございますステラ様。もう少し眠っていらしてもよかったのですよ・・・」

ハリスはすぐに来てくれた。

・・・憎まれ口は気にしない。


 「なにを言われても今の私には通用しないわ。・・・じゃあ、みんなに伝えてくれる?」

「・・・」

「約束・・・忘れてないでしょ?シロにミランダに・・・ニルス、三人よ」

「・・・」

ハリスはずっと難しい顔をしている。

・・・演技?私を驚かそうとしているのかしら?


 「・・・カザハナ様、現状はお伝えしていないのですね?」

「その通りじゃ」

二人の間には緊張感がある。

この部屋で緩んでいるのは私だけなんじゃ・・・。


 「現状?なにかあったの?」

「・・・」

「・・・」

・・・黙ってる。

「そうだ」って言ってるようなものだ。


 「話しなさい」

「目覚めたばかりで負担はかけたくありません。解決までここで待っていただくわけにはいきませんか?例えば新しい香りを作るなど・・・」

あったまきた・・・。

 「私は三人に伝えなさいと言ったの。それができない理由はなに?解決っていうのはどういうこと?」

「・・・」

言いづらいことか・・・せっかくいい気分だったのに・・・。


 「話しなさい!」

「・・・感情的にならないでいただきたい。すべて真実なので、静かに聞いてくださいね」

「前置きはいらない、早く説明なさい」

「殖の月・・・約四か月前です。テーゼで・・・」

ハリスは目を閉じて淡々と話し始めた。

私に「待っていろ」と言うほどの事情・・・なにが起こったのかしらね。



 「死の呪い・・・」

物騒な言葉が出てきた。

想像以上に大きなことが起こっているみたいだ。


 「偶然シロ様が駆け付け、氷の棺で流れるのを抑えました。今は精霊の城にいらっしゃいます」

アリシアが何者かに死の呪いをかけられていた。

 そして・・・敵は私も狙っている可能性があるらしい。

だから外に出るなってことか・・・。


 「今の状況が知りたいわ。ニルスとミランダは?そうだ・・・ルージュはどうしたの?」

「・・・」

「もういい・・・精霊の城に行く。シロに聞けば教えてくれるでしょ?」

じれったくてイライラする。

あの子ならきっとすぐに話してくれるはずだ。


 「そうですね・・・。私一人であなたの相手は荷が重い。シロ様に会いに行きましょう。先ほどまで一緒にいたので、ステラ様が目覚めたことは知っています」

ハリスは無表情で袖を直した。

予定と違う・・・。

 「こんなのは期待してなかったんだけどな・・・」

「そういうことは誰しもあります。前向きにお考えください・・・」

「私が起きたことで負担が増えるって顔してるわね・・・」

奥歯に力が入る。

なにが起こってるのよ・・・。


 「転移は使わずに・・・私がお連れします」

「状況がよくないなら私も動く・・・早く連れて行きなさい。カザハナ、あなたも来るのよ」

「・・・承知しました」

なによ・・・あとはみんなが迎えに来るのを楽しみに待っているはずだったのに・・・。

来たら・・・謝るつもりだったのに・・・。


 『ステラ、愛しているよ』

ニルス・・・。


 私はまだ眠っていた方がよかったの?

あなたは今どこにいるの?

すぐにでも声が聞きたい・・・。

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