第百六十五話 笑うな【ニルス】
オレの身体に何が起こったんだ?
この状態はどういうことだよ・・・。
大抵のことでは揺らがない・・・そう思っていた心が激しく震えていた。
本当は叫んだり、うずくまったりしたい。
でも・・・抑えなければいけない。
ルージュが不安になるようなことは、絶対にあってはならない・・・。
◆
「ぐ・・・ふ・・・なんですかその姿は・・・ははははは」
ハリスがミランダを連れて現れた。
オレの姿を見るなり大声で笑いだし、しばらく治まりそうもない。
「笑うな・・・」
「実は小人だったのですか?ふふ・・・それに衣装もかわいらしい・・・女装の趣味を隠していらっしゃったのですね・・・ふ・・・ははは」
「く・・・まともな服をルージュが作ってくれる!これは間に合わせだ!」
緊急事態で呼んだっていうのにこの態度・・・。
「なにこれ・・・」
「わたしもなにがなんだか・・・」
「・・・」
ミランダは青ざめていた。
こっちが普通の反応だよな・・・。
なんにしても、二人がまともに話を聞けるようになるまで待つしかないみたいだ。
◆
「さて・・・ふざけないでいただきたい。何があったか教えていただきましょうか」
ハリスが上着を直した。
やっと治まったか。
恩人ではあるけど、さっきまでのは許せん・・・。
「ふざけてたのはお前だ」
「ふざける?呆れていたのですよ。こちらがあなた方のために尽力しているというのにそのあり様ですからね。・・・睡眠時間も減っているのですよ」
「う・・・」
なにも言い返せなくなった。
現状で一番動いてくれているのはハリスだ。ツキヨでも手こずっていた潜入を難なくこなし、情報を集めてくれている。
平気な顔してるけど疲れていないはずはない。
「あのさ・・・とりあえずハリスもニルスも座ろうよ」
「そうですよ、みんなで落ち着いて話しましょう。ニルス様はテーブルの上で聞いてくださいね」
「ニル・・・あ?」
ミランダがオレを変な目で見てきた。
・・・なんだよ。
「・・・ルージュ、なにか飲み物ちょうだい。落ち着くくらい冷たいのがいいわね・・・」
「私にもお願いします」
「あ、すみません。わたしの冷気でどのくらいになるかわかりませんが・・・すぐご用意します・・・」
ルージュが炊事場に向かった。
え・・・飲み物よりも、まず話を聞・・・。
「わっ・・・なんだよ・・・」
オレの体がミランダの手に捕まった。
けっこう屈辱だな・・・。
「バカじゃないの・・・なにこれ・・・」
指で頭を小突かれた。
「ふ・・・怪しい魔女からおかしな薬でも買ったのでしょう」
「・・・そんなことあるわけないだろ」
「あるわけがないことが起きています・・・」
腹を潰された。
なんでオレが悪いみたいになってるんだよ・・・。
「それに・・・ニルス様ってなに?実の妹に様付けで呼ばせてるって・・・変態じゃん」
「そういった趣味にルージュ様を巻き込まないでいただきたい」
「正体バレてないのをいいことに好き勝手してんじゃないの?夜の鍛錬だ・・・とか、こっちの扱い方も教えてやる・・・とか言ってさ」
「するわけないだろ。師匠って呼ばれるよりはマシだっただけだ」
様付けはオレのせいじゃないのに・・・。
呼び方は今までと同じでいいって言ったのに・・・。
◆
ルージュが戻り、ここ数日の出来事を話した。
「・・・申し訳ありませんが、そちらまでは手に負えません」
ハリスはずっと顔を隠して聞いている。
この野郎・・・。
「ニルスがそんなんじゃルージュ守れないじゃん。ティムも怒ると思うよ」
ミランダは真面目だ。
ティム・・・怒るのか・・・。
「あ・・・ティムさん・・・」
ルージュが俯いた。
会いたいんだろう。
「あいつずっとあんたのこと気にかけてる。セレシュのとこも時間作って行ってるし・・・。自分がいればって何度も言ってたよ」
ルージュとセレシュをずっと見ててくれたみたいだからな。
オレも・・・会いたい・・・。
「まあ、今ティムのことは置いといて・・・どうすんのよ?」
「わたし・・・少しは戦えるようになっていますが・・・」
ルージュが申し訳なさそうに顔を上げた。
少しは・・・だけどな。
「・・・男に襲われ、すぐに対応できなかったのでしょう?」
ハリスがルージュを見つめた。
「う・・・そうですけど・・・これからその修行をする予定でした」
「ルージュ様はまだまだ未熟です。ニルス様が戦えないとなると、場所を移した方がいいでしょう」
そうするしかないな。
『合流できるのは二日後って聞いてたぞ・・・』
あの男が言っていたのは今日だ。
誰が何人来ても問題無いと思ってたけど、そうもいかなくなった。
どこに行くかを決めなければ・・・。
「ミランダ様、ルージュ様の荷物をまとめてください。ニルス様の鞄があるでしょう」
「わかった、すぐ用意しよ」
「はい・・・」
二人が部屋を出て行った。
「さて・・・お二人がいないうちに話しておきましょうか」
ハリスの声が低くなった。
・・・そうだな、今しかない。
◆
「・・・ルージュ様を襲った男は神の言霊で間違いないでしょう。逃がしてしまうとはあなたらしくない」
「逃がすわけないだろ。・・・殺した」
さっきは言えなかったことを打ち明けた。
ツキヨとハリス以外には話せない・・・。
「なるほど、ルージュ様には隠していましたか。・・・それであれば余計厄介です。戻らないとなれば、人数を集めて調べに来る可能性があります。・・・軽率でしたね」
「生かしておくことはできなかった・・・」
ルージュを「奴隷」にとか言ってたからな。
「納税証明でわかるのは身元程度です。囚われているであろう女性は救出できるでしょうが、教団と関係があったのかまではわかりません。独立が認められるまでは、迫害を避けるため自宅に教団と関係ある物は置くなと指示しているようです」
「わかるかもしれないだろ・・・」
「・・・捕らえていれば多くの情報が手に入ったかもしれません。・・・調べるのがかなり楽になったでしょうね」
ねちねちと・・・。
「まあ、済んでしまったことは仕方ありません。だからこそ離れる必要があります」
「それは賛成なんだけどさ・・・この家とか父さんの墓を荒らされたりしないか?」
「・・・王家所有と立て札を用意しておけばいいでしょう。彼らも摩擦は避けたいはずです」
ハリスがシロの鞄から道具を取り出した。
悪知恵で君以上はいなそうだ・・・。
「作りながらですが・・・私からも簡単に報告をしてもよろしいですか?」
「頼む」
カゲウソさんからの報告もあるけど、実際に見ている本人の口から聞きたい。
「彼らが魔物を集めていることは知っていますね?」
「知ってる」
セイラさんとメルダさんの二人からも聞いていたことだ。
ルージュを襲った男も言っていたらしい。
「どうやら魔物には、ジナスの力が残っているようなのです」
「・・・あいつが作ったものだ。不思議ではないな」
「その血肉を取り込むことで、彼らで言う神の力を使えるようになった者がいるそうです」
胡散臭い・・・こんな状況じゃなきゃな。
「ジェイスと呼ばれている男・・・教団の創設者です。まだそれ以上はわかりません。アリシア様の呪いが神の力であるのなら・・・」
「そいつが犯人か」
「集会や報告会に姿を見せることはほとんど無いそうです。ハルフクロウには
報告済み」
「そうか・・・」
偽名の可能性もある。
見つかるか・・・まだ何とも言えないな。
「他に判明したことですが、教団はジェイスがカゲロウという者に導かれて作ったそうです」
「・・・は?」
「幹部たちも姿を見たことは無いらしいのですが、彼らの中では神の使いと呼ばれていますね」
「カゲロウ・・・」
記憶にある名前だ。
八年前・・・。
『カゲロウ・・・そう呼ばれている』
『気の揺らぎ、風の声・・・聞こえれば充分だ』
ジナスの分身・・・けっこう強かったな。
そういえば、ハリスには話していなかった。
「カゲロウはジナスの分身だ」
「分身・・・容姿も教えてください。一応覚えておきます」
「見た目は銀髪の女、背丈は母さんに近い・・・だけど、もう消えている。母さんが倒して、それはシロも見ているから間違いない。というか、ジナスが消えたからどっちにしろもういない」
「・・・であれば、動いていたのは最後の戦場以前かもしれません。その分身がなにか人間に入れ知恵でもしていたのでは?」
ありえなくはない、だから奴らはジナスの名前を知っている。
「だとしても・・・目的がわからないな」
「私はカゲロウを知りません。幹部の集会でその話を聞いただけなので・・・」
「・・・妙な話だな。ジナスは戦場を永遠に楽しむつもりだった。オレに負けるなんて思ってもいなかったはずだ。ていうか・・・戦士以外に興味なんか無さそうだったぞ」
教団を作って、自分を信仰させるなんてやりそうもない。
けど・・・本当にあのカゲロウだとしたらなにか考えがあったのか?
「ふ・・・その姿で悩まないでください。笑うのを我慢しているのです」
「黙れ・・・他には?」
「報告は以上です」
「わかった。ありがとう」
ジナスが関係しているかもか・・・黙って消えてろよ。
この体もお前か?
もうオレに纏わりつくな・・・。
「ふた月と言いましたが、まだしばらくはかかりますね。・・・その姿はシロ様に一度見ていただきましょう。呪いの類いであれば頼むしかないですね」
ハリスが目を細めた。
「呪い・・・そうするしかないか」
シロ・・・この姿を見て不安にならないかな・・・。
「ふふ・・・それにしてもよく冷静でいられますね。泣き喚いて取り乱したりは無かったのですか?」
ハリスがまたニヤけた。
本当は、叫んだりなにかに当たったりしたいよ・・・。
「・・・ルージュが不安になるだろ」
「ご立派ですよ。ふふ・・・服は早いうちに作っていただいてください」
「言ってろ・・・」
ルージュはきっと思いを込めたものを作ってくれる・・・。
◆
「ねえねえニルス、ちょっと服脱がしていい?」
ミランダとルージュが荷物を纏め終わって戻ってきた。
さっきまでの真面目な感じはどうした・・・。
「ダメですよミランダさん・・・」
「だってどうなってるか気になるじゃん・・・風神もこの状態なら簡単に捕まえられるしね」
オレの体がつまみ上げられた。
「触るな・・・やめろ」
「はいはい、脱ぎ脱ぎしよーねー」
抵抗しても無駄だった。
「・・・」「・・・」
ルージュは後ろを向いてしまい、ハリスは黙って見ている。
そうか・・・。
「なるほどなるほど・・・そのまんま小さくなったのね。お・・・右腕の傷痕もそのままだ」
「人間と同じなのかは気になりますね。食欲、睡眠欲、性欲はどうです?」
「知るか。まだこうなってそんなに経ってない。・・・早く服を返せ!」
「まあいいでしょう。ミランダ様、ニルス様は女給に戻りたいようです」
またバカにしやがって、そういうことじゃないんだよ・・・。
「ニルス様ごめんなさい・・・すぐに作りますから・・・」
ああルージュ、君だけはオレの味方なんだな。
「・・・ニルス様の荷物はどうしますか?」
「一応持っていくものはある。元に戻れた時の服は必要だ」
「そっか、丸裸になっちゃうしね・・・」
他に大事なものは鞄に入っている。
ステラへの指輪も・・・他には・・・。
「あ・・・工房に剣を置きっぱなしだ」
「剣・・・」
「あれは盗まれたら困る」
ヴィクターさんに頼まれていたものだ。
ステラの指を測ってもらった時、返事に「息子に剣を打ってくれ」と書かれていた。
ティムのものもそうだけど、全身全霊で作り上げたもの・・・誰かに奪われるわけにはいかない。
◆
「では、シロ様の所へ行きましょう」
必要な物はすべて持った。
あそこに行くのもふた月ぶりだ。
もしシロに解けるもので、負担が少ないのなら元に戻れる。
でも、そうじゃなかったらどうするか・・・。




