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Our Story  作者: NeRix
風の章 第二部
171/481

第百六十三話 異変【ルージュ】

 ニルス様は体をよじらせて苦しんでいる。


 ・・・これは演技とかじゃない。

早く・・・早く運ばなければ・・・。


 本当に危ない時に助けてくれた人・・・。

今度はわたしが・・・。 



 「うう・・・ああ・・・」

「大丈夫ですよ。・・・んん!はあ・・・」

鍛えてきたおかげで、なんとかベッドまで運ぶことができた。

本当になんとかだったけど・・・。


 「どうしよう・・・やっぱり病気なのかな・・・」

「はあ・・・はあ・・・」

すごい汗・・・。

今回も前回も魔法を使ったらこうなった。

ニルス様の体はいったいどうなってるの・・・。


 「ん・・・うう・・・」

病気だとしたら治癒では治らない。

 ・・・お医者さんに連れてって薬を貰わないとダメだ。

でも、近くに診療所なんてないよ・・・。


 「え・・・」

「・・・」

急にうめき声が消えた。

 「ニルス様!どうしたんですか!」

「・・・」

静かだ・・・嘘・・・。

わたしはニルス様の胸に耳を当てた。

・・・大丈夫だ、鼓動は聞こえる。


 「・・・はあ、落ち着いたんだ・・・」

「・・・」

ニルス様は静かに眠っている。

ほんとによかった・・・。


 「お兄ちゃん・・・」

安心したと同時に、勝手に口から出てきた。

もう名前も知ってるのに変だな・・・。


 あ・・・そうだ、すごい汗をかいてた。

体を拭いて下着とかも取り換えてあげよう。

 「・・・ニルス様、ちょっと待っててくださいね」

わたしは静かに部屋を出た。

水・・・よりはお湯の方がいいよね。



 でも、またああなった時にどうしたらいいんだろう・・・。

お湯が沸くのを待っていると、不安が浮かんできた。

 

 ミランダさんもハリスさんも、このことは何も言っていなかった。

二人も知らない?どうなんだろう・・・。


 「・・・そうだ、聞いてみればいいんだ」

ハリスさんならベルを鳴らせばすぐに来てくれるはず。

物知りみたいだし、きっといい知恵をくれる。

というか、さっきも焦ってないでそうすればよかった・・・。

 


 わたしはベルを探した。

けど・・・。

 「どこにあるんだろう・・・」

見つからない。


 炊事場、お母さんとお父さんの寝室、物置き部屋・・・。

どこにも無い・・・。


 「うーん・・・困ったな・・・あれ?」

疑問が浮かんだ。

 よく考えたら、あれをしまったり隠したりってしないよね?

つまり、ニルス様の部屋か自分で持っている?

 ・・・うん、それしか考えられない。

それに探すのに夢中で体を拭いてあげるのも忘れていた。


 一度、ニルス様の部屋に戻ろう。



 「あれ・・・」

部屋に入ると、ニルス様の姿が無かった。

ついさっきまで眠ってたはずなのに・・・。


 「・・・どういうこと?」

さっきは膨らんでいた毛布が潰れている。

それに、起きたならわたしに声をかけてくれるはず・・・。

 

 「やっぱり・・・いないよね」

一応毛布を捲ってみた。

中には、ニルス様がさっき着ていた服だけが残されている。


 「・・・気持ち悪くて体を流しに行った?」

いや・・・おかしい、だって下着まである。

それにオーゼという精霊さんから授かった青く光る輝石・・・これも外すのは変だ。

 ミランダさんならともかく、ニルス様はたとえ家の中であっても丸裸で動いたりしない。

着替えたとしても、ベッドの上でする人じゃないし・・・。


 「なにが・・・」

わたしは、なんとなくそこにある服を調べた。

 「あ・・・ベルはポケットに入れてたのか・・・」

探し物が見つかった。

だけど、ニルス様はどこに行ったんだろう?


 「え・・・」

上着を持ち上げた時、人形のようなものが落ちた。

 「ニルス様が・・・服の中に人形?」

ベッドに落ちた人形はうつ伏せだ。

 丸裸・・・わたしのじゃない・・・。

でも・・・見覚えがある。


 「まさか・・・」

ゆっくりと人形に顔を近付けた。

 髪の毛・・・綺麗なプラチナ。

右腕の傷痕・・・ミランダさんに治してもらったものだって・・・。


 「ニルス様・・・」

心臓の音が勝手に大きくなっていく。

 「うそ・・・そんなこと・・・」

わたしは人形らしきものをひっくり返した。


 本の物語では、こういうことがあったりする。

悪い魔法使いの呪い、神様からの罰、怪しい薬・・・でもそれはあくまで作り話で、これは現実・・・。


 「なんで・・・縮んでるの・・・」

人形じゃない・・・ニルス様が小さくなってしまっていた。

わたしの手の平と同じくらいの大きさ、目は閉じているけどほんのりと温かい・・・。


 「え、え、え・・・」

わたしの手は自然と頭を抱えていた。

髪の毛がぐしゃぐしゃになりそうだ・・・。


 「うう・・・」

「は・・・」

ニルス様が、ベッドの上で寝返りをうっていた。

間違いない・・・。

 「と、とりあえず起こさないと・・・きゃっ」

縮んだのは体だけで、服はそのままだ。

今のニルス様は裸・・・。


 だ、大丈夫・・・。

シロのだってお風呂で見てたし・・・触らせてもらったこともあるし・・・。

でも・・・ちょっと違う気がする・・・。


 「あ・・・す、すみません・・・見ちゃいました・・・」

そうだ・・・薬箱に包帯があった。

あれを巻きつけよう・・・。



 「ニルス様・・・ニルス様・・・」

包帯をひと巻きして、指で揺らしてみた。

感触は・・・人間って感じだ。

 でも起きたとして、なんて説明したらいいんだろう?

わたしだってわかんないし、見たまんま言えばいいかな?


 「ん・・・大丈夫だ・・・楽になってきた」

あ・・・口が動いた。

まさかね・・・なんて気持ちが少しはあったけど、もう目の前で起こっていることを受け入れるしかない。


 「あの・・・大変です。体が・・・」

「ああ・・・悪かった。ケガを治してなかったな・・・」

ニルス様は、目を開けて起き上がった。

うん、動いてるから間違いないんだな・・・。


 「ここは・・・どこだ?ルージュが大きい・・・」

ニルス様が部屋の中を見渡した。

 ・・・わかってない?

そうか・・・ニルス様もこうなるなんて知るはずないもんね・・・。


 「あの、ここはニルス様の部屋です」

「オレの・・・なんか変なんだ。ルージュが・・・部屋もとても大きく見える」

「違います、ニルス様が小さくなっちゃったんです」

「・・・」

ニルス様は自分の体と、わたしと、部屋の中を何度も繰り返し見ている。

・・・とりあえず待ってよう。



 「・・・夢か」

ニルス様は倒れ込んで目を閉じた。

・・・受け入れられなかったのか。


 「あの・・・夢じゃないです・・・。わたし、どうしたらいいか・・・」

「・・・現実感の強い夢はたまに見るんだ」

うつ伏せになって顔まで隠された。

 「そんなはずはない・・・絶対に違う・・・こんなバカなことが・・・」

「あの・・・ニルス様・・・」

「嘘だ・・・嘘だ・・・」

困り果ててる姿を初めて見た。

 あれ・・・これって、わたしが冷静にならないとダメだよね?

そうだよ、師匠を支えなきゃ!


 「ニルス様!」

わたしはニルス様をつまみ上げて手の上に乗せた。

まずは落ち着いてもらおう。

 「わたしにもよくわかりませんけど、気持ちを強く持ってください」

「ルージュ・・・オレに何をした?」

「なにもしてません。気付いたらこうなってたんです」

「ベッドに戻せ。早く起きなければ・・・こんな体じゃ守れない・・・」

いつもあんなに余裕なのに、こんなに取り乱すのか・・・。


 「落ち着いてください。痛むところとか、変なところはありますか?」

「・・・」

「答えてください!」

「・・・無い」

泣きそうになってる・・・かわいい。

いや・・・違う。いつもみたいに冷静になってもらわないと。


 「えっと、ベッドまでわたしが運んだことは憶えていますか?」

「ああ・・・憶えてるよ。ありがとうルージュ・・・」

「見たものを全部話します」

まずは状況を整理しないといけない。

話してるうちに落ち着いてくれるはずだ。



 「現実か・・・」

「そうです・・・なにもわかりません」

「冗談だろ・・・」

ニルス様は落ち着いてくれなかった。

 「あの、わたしはどうしたら・・・」

「え・・・ああ・・・」

絶望・・・そんな顔だ。

なにかできることはないかな・・・。


 「ニルスさーん」

外から馬車の音と行商さんの声が聞こえた。

ああ・・・女神様が助けを出してくれたんだ・・・。


 「あの・・・わたし出てきます」

「待て・・・オレも連れていってくれ・・・」

「え・・・は、はい」

わたしはニルス様を肩に乗せて、襟の内側に隠した。

まず話をしてから見てもらおうと思ったけど、先でもいいのかな?


 「んあ・・・ちょっとニルス様・・・」

小さな手に首筋を撫でられた。

 「変な声を出すな・・・」

「そんな勝手なことを・・・」

首筋なんて普段誰にも触られない場所なんだから、しがみつかれたらこうなるよ・・・。



 「ルージュさんこんにちは」

行商さんはいつも通りの笑顔で待っていた。

どう切り出そう?


 「こ、こんにちは」

「ニルスさんは?工房?」

「あの・・・えっと・・・」

ここで説明していいのかな?

 「・・・中に入ってもらえ」

「ひゃっ」

耳元で声・・・変な感じだ。


 「あの、中で話します。・・・どうぞ」

「え・・・そう・・・」

「座ってください」

「長居するつもりはないんだけどな・・・」

行商さんは、怪しんでいたけど中に入ってくれた。

悪いことをしてるわけじゃないのに緊張する・・・。


 「ニルス様・・・話していいんですよね?」

「オレが説明するからテーブルに乗せてくれ」

「はい・・・」

あとは・・・知らない・・・。


 

 「え・・・」

行商さんはニルス様を見て固まった。

 

 「こんにちは・・・」

「・・・」

自分で説明するって言ったんだから任せよう。



 「・・・」

「・・・」

沈黙が続いていた。


 「・・・」

「・・・」

耐えきれない時間だ。

早くどっちか話してよ・・・。


 いや・・・もうわたしが・・・。



 「こういうのは聞いたことないですね・・・」

わたしはさっき起こったことを説明した。

冷静に話したことと、証拠があるわけだから信じてくれたみたいだ。


 「病気なのか呪いなのか、それもわからないんです」

「原因は本当にわからないんですか?」

「そうだ・・・。あ・・・精霊に聞けばわかるかも・・・」

ニルス様が窓の外を見た。

そうか、イナズマさんが来てくれれば・・・。


 「とりあえず・・・これ、ルージュさんのです」

行商さんが手袋を取り出した。

 「わたしの・・・」

フラニーさんに頼んでくれたって言っていたものだ。

今渡されても・・・。


 「今日は・・・特にお伝えすることは無いんです。・・・食材は見ますか?」

行商さんは、顔を引きつらせて立ち上がった。

早くこの場を去りたいって感じだ。


 「待て・・・オレからはある。耳元で話すから肩に乗せてくれ」

「ニルスさん・・・」

溜め息つかれてる。

そりゃそうだよね・・・。


 「・・・わかりました」

ニルス様が何か言うと行商さんの顔が変わった。

 「えっと・・・あれですね?」

行商さんが入り口の横にあった籠から何かを取り出した。

なんでわたしに聞こえないようにするんだろ・・・。



 「食材は置いていきますね」

行商さんは急いで荷物を降ろすと、すぐに出発した。

一気に変わったな・・・。


 「・・・何を話したんですか?」

「あの人は情報屋に知り合いがいる。きのう森にいた男のことを調べてもらうように頼んだ。囚われの人がいるかもしれないんだろ?」

「あ・・・そういうことでしたか」

じゃあ、さっき籠から取ったのは納税証明か。

 ・・・ん?それならわたしに聞こえても別にいいんじゃ・・・いや、気を遣ってくれたんだね。


 「それよりもハリスを呼んでくれ」

「あ、はい」

そうだ、なんにしてもこの状況を伝えないといけない。

やらないといけないことが重なると忘れちゃうな・・・。



 ベルを鳴らして、しばらく経った。

でも・・・。


 「遅いですね・・・」

ハリスさんはまだ来ない。

この状況でただ待つのはしんどいな・・・。

 「・・・ミランダを拾ってくるのかもしれない」

ニルス様がいつも通りの感じで答えてくれた。

すごいな、ちっちゃいのにもう冷静になってる。


 「じゃあ、もうすぐ来ますね」

「・・・この恰好は落ち着かないな」

ニルス様が、体に巻き付いた包帯を伸ばしている。

そっちを気にする余裕も出てきたみたいだ。


 「すみません・・・それしか思い浮かばな・・・あっ!」

「なんだ?」

「ちょっと待ってくださいね」

わたしは裁縫箱を取り出した。

今の大きさなら・・・。



 「・・・ちゃんと着れる。でもこれは女物だ・・・」

「我慢してくださいよ・・・まだニルス様の服は途中だったんですから。でも・・・お城のメイドさん似合ってますよ?」

人形のために作ったものが、そのままニルス様の服になった。

嬉しいな、着せ替えできるならたくさん作ろう。


 「あの、こっちも着てみてくださいよ」

わたしは、ルルさんのお店の女給さんの服を取り出して見せた。

たぶん着れるはずだ。

 「・・・ふざけているのか?」

「いえ・・・ふざけては・・・」

着れるなら・・・見たい・・・。


 「ちゃんとしたのは無いのか?たくさん入ってたし・・・一着くらい男物があるだろ・・・」

「ああ・・・女の子の衣装はたくさんあるんですけど、男の子のは全部置いてきたんです。シロの服もあったんですけどね・・・」

捕まえた・・・。

 「なんだ・・・やめろ・・・」

「お着替えしてみましょうね。あ・・・そうだ、下着もいくつか作らないと・・・それに、ちゃんと寸法を測りましょうねー」

楽しい・・・。



 「バカ者が・・・」

ニルス様がふてくされてしまった。

でも、着替えてはくれたんだよね。


 「すみません、調子に乗りました」

「・・・」

怒ってるけど全然恐くない。

治まった頃にまた着替えさせてもらおう。


 「非常事態なんだぞ」

「う・・・そうでした」

でも、女給さんの恰好・・・。

 「なにを見てる・・・はあ、もう好きにすればいい」

「すみません・・・」

・・・切り替えないと。

 ニルス様がすぐ冷静になってくれたから薄れていたけど、この状態は危ない。

 もし、今敵が来たらわたしだけじゃ対応できないもんね・・・。

あ・・・だからニルス様は、焦りを押し込んで冷静になるしかなかったんだ。


 「・・・気を引き締めます」

「そうだ、今のオレは戦えない。ハリスが来るまでは緊張感を持っていろ」

その通りだよね。ニルス様が約束させたと言ってたけど、きのうの男が仲間を連れてまた来るかもしれない。

次は・・・最初から戦う。


 「剣はどっちも持っておけ」

「はい!」

胎動の剣は腰に、聖戦の剣は背負った。

準備はできたけど・・・早くハリスさんに来てほしい・・・。


 ・・・でも気になる。

ニルス様は、女給さんのままでいいのかな?

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