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Our Story  作者: NeRix
風の章 第二部
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第百六十二話 虫唾【ニルス】

 雨が降ってきたな・・・。

風は・・・少し強い。


 濡れてたらかわいそうだし、迎えに行ってやるか。

体も冷えてるかな?

・・・戻ったら風呂を沸かしてあげないと。



 「・・・カク?」

久しぶりにマントを被り、森に入った所で遠吠えが聞こえた。

・・・なにかあったのか?


 「急ぐか・・・」

足を滑らせた?

それとも強い魔物が出たのか・・・。


 『ニルス君・・・もっと速く・・・』

聖戦の剣から声を感じた。

・・・父さん?


 ・・・胸騒ぎがする。

オレの足は少しずつ速くなっていった。



 「させるかあああああ!!!!!!」

突然体が固まった。

・・・ルージュ?


 近くで雨宿りをしていた鳥たちが一斉に飛び立ち、離れた木へと移り出した。

森中に響く声・・・ずっと奥の方だ。


 今のは叫びの力・・・。

なにか起こっているのは間違いない。

 なにが「守る」だよ・・・。

ここは安全だと気を緩め過ぎた・・・。



 「はあ・・・はあ・・・あのガキ、絶対に許さねえ」

向かう道から、男が悪態をつきながら走ってきた。

 誰だ?それに・・・「ガキ」?

カクが呼んだのは・・・あいつのせいか。


 「許さないってのは誰のことだ?」

オレはマントの帽子を深く被り、走ってくる男に声をかけた。

腕から血が出て・・・いや、切り落とされている・・・。


 「なんだ・・・ああ・・・もう一人ってお前か・・・」

男は治癒をかけながら止まった。

・・・もう一人?

 「合流できるのは二日後って聞いてたぞ・・・」

・・・二日後?

何言ってんだこいつ・・・。


 「けど・・・ちょうどいい。今来た方に小娘がいる。俺の腕をこんなにしやがった!」

男は手首から先が無くなった腕を見せてきた。

ルージュ・・・戦ったのか・・・。

 「なにがあった?その小娘はどうした?」

「油断してただけだ。・・・なあ、一緒に戻ってやっちまおうぜ。まだガキだが具合はよさそうだ」

「具合・・・」

拳に力が入った。

こいつ、あの子になにをしようとしてるんだ・・・。


 「・・・どうする気だ?」

「壊れるまで奴隷に決まってんだろ。お前にも使わせてやるよ」

「使う・・・」

「森渡りもいたんだけどよ、襲ってきたからやっちまった。・・・黙っててくれよ?」

カクを・・・。


 ああ・・・憶えがある。

ミランダの傷痕を見た時も、同じような気持ちになった。


 「その腕はなんだ?やられて逃げてきたのか?」

その辺の男ならなんとか勝てるくらいにはなっている。

ただ、実戦経験が無いだけ・・・。

 「関係ねーだろ・・・二度と姿を見せるなだってよ。けど、今戻ったらいい顔しそうだな。そうだ・・・この腕突っ込んでやる」

男は不気味に笑った。

もう、冷静でいられそうにない・・・。


 二度と姿を見せるなか・・・。

ああ、ならそうしてやらないとな・・・。

オレは聖戦の剣を抜いた。


 「な、なんだお前・・・仲間じゃ・・・」

「誰がそんなこと言った?・・・妹を辱めること、お前の想像だとしても虫唾が走る」

あの子が汚れないように・・・。


 「待て・・・」

男の顔が恐怖に染まっている。

命乞いか・・・。


 『・・・許すな』

聖戦の剣・・・父さんも同じ気持ちか・・・。

 「もう二度とあの子に顔を見せることがないようにしないとな・・・そう言われたんだろ?」

わかってるよ。

許すわけないだろ・・・。



 息絶えた男は、火の魔法で燃やした。

ルージュの前に顔を出すことは、もう二度と無い。


 手がかりになるかはわからないけど、服を漁った時に納税証明を見つけた。

カゲウソさんに渡して調べてもらおう。

でもまずは・・・。



 「カク・・・ごめんね・・・頑張って・・・」

男の走ってきた方向に進むと、すぐにルージュは見つかった。

強い雨の中、自分の体でカクを水滴から守っている。


 「ルージュ!」

「あ・・・ああ・・・ニルス様・・・。お願いです・・・カクに治癒を・・・わたしじゃ血も止められない・・・」

「生きているか?」

「はい・・・はい・・・」

ルージュはずっと泣いていたみたいだ。

それでもカクをしっかりと抱きしめ、治癒をかけ続けていた。


 よかった・・・早く泣き止ませてやらないとな。

オレはルージュにマントをかけて、カクの前に膝を付いた。


 「そんなに強く抱いたら苦しいと思うよ。もう大丈夫だから・・・」

できるだけ優しい声を出して、カクに触れた。

戦ってくれたんだな・・・ありがとう。



 「きゅう・・・」

カクの傷は瞬く間に塞がった。

すぐ意識が戻ったみたいで、泣いているルージュの手を舐めている。


 「あ、ああ・・・よかった。ごめんね・・・わたしがもっと強かったら・・・ごめんね・・・恐かったよね」

「きゅう・・・」

カクは、よりルージュにすり寄った。

このままじゃよくないな・・・。


 「カクは君を恨んでいない、気持ちが伝わっているからそうしてくれるんだ。・・・泣き止まないと、いつまでも心配させてしまうよ」

「はい・・・はい・・・わかってるんですけど・・・」

ルージュはずっと顔を隠して泣いている。

よっぽど恐い思いをしたんだろう・・・。


 「カク、ありがとう。ルージュは大丈夫、でも・・・今日はもう休ませるよ」

「きゅ・・・」

カクはルージュから離れて、オレの右手の袖を噛んで引っ張った。

見ると手首にあいつの返り血が付いている。

 「・・・ありがとう」

「きゅう」

カクはそれを綺麗に舐め取ると、森の奥へと帰っていった。

そうだな、見せる必要のないものだ。


 「ルージュ、今日はここまでだ。体も冷えているみたいだし、戻って休もう。風呂も沸かす、食べられるならなにか作ろう」

「ニルス様・・・わたし・・・恐くて・・・せっかく鍛えてもらったのに・・・すぐに動けなくて・・・」

ルージュはオレの胸に顔を押し付けて、より大きな声で泣いた。

泣き方・・・本当に変わらないな・・・。


 やっぱりこの子に戦いを教えるべきではないのかもしれない。

それにもう恐い思いはしたくないだろう。

落ち着いたらもう一度気持ちを確かめてみるか。


 それに・・・あの男は何だったのかも。


 「さあ、おぶってあげ・・・殴られたのか」

顔を上げさせると、頬が腫れていた。

唇が裂けて血も出ている。

 「カクに比べたら・・・全然平気です・・・」

すでに報いは受けてもらった。

それでも新たな怒りが湧いてくる・・・。


 「・・・すぐに治す」

「すみません・・・」

「・・・一人にして悪かった」

「わたしが悪いんです・・・」

とりあえず帰ろう。

オレはルージュを背負い、戦場の時と同じ速さで走った。



 「オレが見張ってる。安心して入ってきていいよ」

「・・・」

戻ってすぐに風呂を沸かした。

どうやら服を脱がされたりまではされなかったらしい。


 「ニルス様も・・・濡れたので冷えているのでは・・・」

「オレはあとでいい・・・」

「雨で薄暗いです・・・明かり取りを閉めれば平気です・・・」

ルージュがオレの腕を引いた。

一人になるのは不安みたいだ・・・。



 「少しは楽になった?」

「はい・・・申し訳ありませんでした」

ルージュをベッドに寝かせた。

 よく洗ったみたいで、血の匂いは消えている。

でも・・・鼻は覚えてしまっただろう。


 「食欲はどう?」

「今は・・・なにもいりません」

「少し眠るといい、ずっとそばにいるから安心して」

「はい・・・ぎゅっとしてください・・・」

そうだな・・・。


 「離れないから・・・」

「・・・」

抱きしめると、ルージュの瞼が閉じた。

 「大丈夫だよ・・・」

「・・・」

頭を撫でていると、すぐに寝息が聞こえてきた。


 雨音は続いている。

今日は止まないだろうな・・・。


 『ルージュのことだ。・・・うまくは言えないが、嫌なものを感じた』

『大丈夫だよ、オレがずっとそばにいるんだから』

約束をしていた。

これからは確実に見える所にいなければならない。


 一緒にいれば、捕まえてどこの誰かを直接聞き出すこともできたな・・・。

・・・何もわからなかった。

 そういや「仲間」って言ってたっけ。

合流できるのは「二日後」っても・・・。


 ルージュは思い出したくもないかもな。

話してくれるだろうか・・・。



 「ん・・・ニルス様・・・ああ、よかった・・・」

ルージュが目を覚ました。

まだ暗い顔だな・・・。


 「ご迷惑を・・・」

「謝るのはオレの方だ。君から目を離してしまった・・・油断していたんだ」

この子が自分を責める必要は無い。

なんなら、母さんがああなったのもオレが離れていたせいだ。


 「男の人がいたんです・・・ニルス様に報せるために離れようとしたら・・・腕を掴まれて・・・」

「・・・無理に話すことはないよ」

オレはルージュを抱き寄せた。

見ていられない、声も体も震えている。


 「こうしてもらっていれば、話せます・・・」

「辛かったら途中でやめてもいいからね?」

「・・・はい」

教えてくれるのはありがたいけど、詳しく聞くのはやめておこう・・・。



 「住むところと魔物の保護・・・」

「はい・・・そう言っていました」

ルージュの話から男の正体がわかってきた。

おそらく神の言霊・・・。


 あいつらは土地を探しているって、ハリスが調べた情報としてカゲウソさんが教えてくれていた。

たしかにこの辺りは開拓も進んでいないし、オレしか住んでいない。

・・・偶然か?


 「わたしが聞いたのはこれだけです・・・」

「ありがとう・・・もう思い出さなくていいからね」

「・・・」

ルージュの震えは治まっている。

修行の話も今しておいた方がいいな。


 「ルージュ、もう恐い思いはしたくないだろ?」

「・・・あの男の人は、カクを平気で斬りました。・・・わたしのことも・・・恐い目で・・・」

オレの胸に顔が押し付けられた。

だから・・・。

 「もうそんな思いをさせたくない。・・・鍛えるのはここまでにしよう」

「・・・」

ルージュが胸から顔を離し、オレを見上げた。


 「でも・・・あの人はまた来ると思います。・・・恨み言を叫んで逃げました。わたしは、次こそカクを守らないと・・・」

「もう二度と来ない、そうさせた」

「・・・会ったんですか?」

「少し痛めつけて、ここには近づかないことを約束させた」

これでいい・・・この子はもう戦いから離さなければ・・・。


 「じゃあ・・・」

「もう会うことは無いよ」

「・・・あの人・・・わたしを飼うと言っていました。今もそうなっている人がいるような言い方も・・・壊れそうだからって・・・」

ルージュの声が震え出した。

見せたくなかった世界だ・・・。


 「それも心配いらない。逃げる時に納税証明を落としていった」

「そうなんですね・・・」

「調べてもらうことにする。囚われている人がいるなら、必ず助かるよ」

明日はカゲウソさんが来る。

すぐに動いてもらおう。


 「だからもう大丈夫だ。そして君は、戦いから手を引いた方がいい」

「わたしは・・・」

「まあ、たまに一緒に体を動かすくらいはしようか」

完全に取り上げることはしない。

だけど、剣はもう必要無いだろう。


 「少し・・・考えたいです」

「わかった。・・・今日は、北部の白いシチューを作ってあげよう」

オレは立ち上がった。

 考えるってことは迷いが生まれているんだな。

無理に止めなくても、自分で身を引くだろう。


 「あの・・・離れたくないです。手伝います・・・」

ルージュがオレの腕を「逃がさない」って感じで抱いた。

 「・・・そうだね。作り方を教えよう、一緒にやろうか」

「はい・・・」

これからは、普通の女の子に・・・。



 「無理そうなら残していい。戻すとよけい元気がなくなるよ」

「すみません・・・」

ルージュの食事は、シチューを二回だけ口に運んで終わった。

 まったく食べないよりはいい。

それに、夜にお腹が空いたら温めればいいからな。


 「雨・・・止みませんね。暗いです」

「今日はゆっくり過ごそう。・・・そうだ、裁縫を見せてもらいたいな」

「あ・・・はい・・・」

ルージュは裁縫箱を取り出して、約束していたオレの服の続きに取り掛かった。

 そうやっている姿の方がいい。

憂鬱なことはすべて忘れさせてあげたいな・・・。



 「ニルス様・・・明日からも鍛錬をお願いします」

ルージュが針を止めた。

・・・は?


 「ルージュ?なにを言ってるんだ・・・」

「わたしは・・・もっと強くなりたいです。カクはあんなに小さいのに・・・わたしが傷付かないように戦ってくれました」

なんで戦う方向に考えがいくんだよ・・・。


 「体を触られた時も恐くて動けませんでした。・・・そうならないように鍛えてほしいです」

「・・・それは君の意思か?責任を感じる必要は無い。カクは友達を助けただけだ」

「わたしの意思です。カクを守りたい気持ちもあります。変に思われるかもしれませんが、腕を落とした時・・・なんて言うか・・・快感のようなものが全身に走りました。わたしの体は・・・それを求めています」

「あんな目に遭って・・・まだ戦いたいのか?」

「・・・」

ルージュは真っ直ぐにオレを見て頷いた。


 理解できないわけじゃない。認めたくない時期もあったけど、オレも闘争の時は昂る。

母さんもそうだ。

あの人は快感を隠さず・・・身を任せてたな。


 たぶんそういう身体なんだろう。

そして、叫びの力も目覚めた。

 恐怖はもちろんあるだろうけど、乗り越えて闘争に身を置きたいという気持ちの方が強いんだ。

・・・女神め、そういうのは母さんだけにしとけよ。


 「お願いします・・・わたしはニルス様に教わりたいです」

「・・・できれば、オレはそうしたくない」

「知っています・・・でもやらせてください。お母さんもやりたいことは色々やってみろと言ってくれました」

その色々に戦いは入ってない。

街で暮らす普通の女の子としてって意味だろ・・・。

 

 「お願いします・・・」

「わかった・・・」

返事をしてしまった。

ルージュはこれから目の届くところに置く・・・。

 「ありがとうございます」

「辛かったら言ってほしい」

そして、なにかあれば戦うのはオレ・・・。

受け入れはするけど、それは変わらない。


 なにより、この子が「やりたい」っていうことを否定するのは・・・オレにはできない。



 「ニルス様、起きてください」

ルージュの元気な声が耳の奥を揺らした。

 「お着替えは準備してありますからね」

いつも通りだ。


 ひと晩でここまで・・・。

吹っ切れたのかな・・・。



 「さあ、外へ行きましょう」

ルージュが扉を開いた。

 朝食もしっかり食べて、きのうみたいな暗い顔はもうしていない。

クライン家の女はどうなってんだよ・・・。


 「きゅう」

外にはカクが待っていた。

自分は「元気だ」って言いに来たんだろう。


 「あ、おはようカク。わたしはもっと強くなろうと思うの」

「きゅっ!」

「次は・・・わたしが守るからね」

空元気じゃなきゃいいけど・・・。



 「まずは敵に睨まれても平気なようにしよう。体力は後回しだ」

「はい」

ルージュと向かい合った。

ここまでやる気は無かったんだけど・・・。


 「じゃあ・・・いつでもかかってこい」

「はい・・・う・・・」

ルージュの体が震え出した。

 「はあ・・・はあ・・・」

動けないか・・・剣を握る手から力が抜けてきてるな。


 「どうした?」

「何・・・したんですか?」

「気を当てているだけだ。その状態を治したいんだろ?」

ルージュは、相手の悪意や殺意に慣れていない。

 たぶん、明確に向けられたのは五歳の時ときのうくらいだろう。

だから動けなくなるのは当たり前だ。


 「この状態でやる・・・」

「・・・はい」

乗り越えたいなら力になろう。


 

 「はあ・・・はあ・・・変です。いつもはまだ動けるのに・・・」

ルージュが地面に膝を付いた。

そこまで動いてないのに、たくさんの汗をかいている。


 「緊張感が違うからだ。殺気の中でいつも通り動けるようになればずっと強くなれる」

「・・・はい」

休憩を多く取らないといけないな。

ミランダも慣れるまでけっこうかかったし、時間が必要だ。


 「・・・腕を擦りむいてる。治してやる」

「ありがとうございます」

戦いをしていても傷一つ残すわけにはいかない。

綺麗なままで・・・そして、純粋なままで・・・。

 

 「う・・・ああ・・・」

治癒をかけた瞬間、激痛が襲ってきた。

 「ニルス様?」

また・・・脇腹に痛み・・・今まで以上の・・・。

 「はあ・・・はあ・・・うう・・・」

「ニルス様!」

体を動かせない・・・なんで急に・・・。

体が崩れる・・・。


 「すぐ・・・ベッドに運びます」

ルージュが倒れそうなオレを支えてくれた。

まずい・・・どうしようもない痛みだ・・・。

 「ニ・・・様!・・・ルス・・・」

声が遠のいていく・・・。


 なんだよ・・・オレの体・・・どうしたんだ・・・。

これじゃルージュを・・・守れないじゃないか・・・。

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