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Our Story  作者: NeRix
風の章 第二部
164/481

第百五十六話 ニルス様【ルージュ】

 わたしはもう決めた。

お母さんを悲しませて、シロを追い詰めた悪い人を許さない。


 絶対に捕まえて・・・二人に謝らせてやるんだ。



 ミランダさんとハリスさんがいなくなって、ニルスさんと二人きり・・・。

ちょっと気まずい雰囲気のまま・・・夜になった。


 「失礼します・・・」

わたしは自分の枕と毛布を持って、ニルスさんの部屋に入った。

だって・・・一人じゃ寝れない・・・。


 「それ・・・もう君には小さすぎる」

ニルスさんが、わたしの大事にしている毛布を指さした。

・・・たしかに小さい。ずっと使ってて、もう色も模様も薄くなってるしな・・・。


 「どうする気なの?」

なんか空気が緩くなってる。

・・・もう普通に話そう。

 「折りたたんで枕の上に置くんです。ちょうどいい高さになるんですよ」

「そうなんだ・・・。まだ取ってたんだな」

ニルス様は懐かしそうな顔で笑った。

・・・まだ?この毛布を知ってる?


 「君に似合うものを選んだ。・・・けっこう時間かかったんだ」

「え・・・」

「君が初めての冬を迎える時だ。元はもっと温かい赤に雪模様・・・気に入ってくれてて嬉しいよ」

これはニルスさんが買ってくれたもの・・・。

 ふふ、もっとお気に入りになりそうだ。

ああ・・・その時はどんな顔でわたしを見てくれていたのかな。


 「さあ、明かりを消すから早く入って」

優しい声だ。

じゃあ・・・。

 「・・・強がってた割に一人で寝れないなんてな」

「う・・・失礼します」

ニルスさんの大きなベッドに入れてもらった。

 もう暗くなってわからないけど、呆れた顔をしてるかも・・・。

恥ずかしいけど、これは仕方がない。


 「・・・すみません。あの・・・抱っこもしてください」

「・・・」

ニルスさんは、わたしの体を包んでくれた。

暖かい・・・。

 「なんか・・・お母さんと寝てるみたいで安心します・・・」

「オレは女じゃない。・・・早く休んでおくんだな」

骨を折られた時は恐かったけど、今は違う・・・。

それにあれは、わたしのためにしてくれたこと・・・そうだよね。


 「あの・・・ニルスさん」

「なに?」

「憶えてないかもしれませんけど、テーゼで別れる時に言ってくれた言葉・・・嬉しかったです」

「・・・今もそうだよ」

やっぱりそうなんだ。

わたしの幸せをずっと祈ってくれている。


 「だからあそこまでして止めてくれたんですね?」

「・・・考え直した?」

「いえ、やります。ただ・・・ニルスさんの優しさは感じました」

「なら早く寝ないとダメだ。体がもたないからな」

「ほら、優しいです・・・」

安心する・・・。


 「ティムも・・・優しいのか?」

「ティムさん・・・はい、とっても。たとえば・・・いじめられたらすぐに言えって」

「そう・・・あいつがいて良かった。大切な仲間・・・友達でもあるんだ」

「そうだったんですね・・・。わたしとセレシュのための時間ならいくらでも取れるって言ってくれました。あ・・・」

もっと強く抱きしめられた。


 ああ・・・気持ちいい・・・。

少しずつ頭の中がぼやけてきた。

 そうだ、明日からは「ニルスさん」じゃダメだ・・・。

なんて・・・呼ぼう・・・。



 「んん・・・」

森の鳥たちが、一斉に朝の挨拶を始めた。

でも、うるさくは感じない・・・。


 「明るい・・・いい天気みたい・・・」

気持ちよく起きられた。

なんだってできそうな気持ちだ。

さて・・・。


 「師匠!早く起きてください!」

わたしは寝ている師匠を揺すった。

今日からはこうなる。


 「うう・・・」

「師匠!おはようございます!朝食の支度はわたしがしますので早く起きてきてくださいね!」

「うう・・・ししょー?」

「そうです!」

教えてもらうわけなんだから当然だ。

「ニルスさん」じゃ失礼だよね。


 「では師匠、わたしは炊事場に行きますので!」

「そんな呼び方・・・しなくていい・・・」

「え・・・でもわたしは弟子です!」

「いちいち叫ばないでくれ・・・聞こえてる・・・」

師匠は辛そうな顔をした。

どうしたんだろう・・・寝起きが悪い人なのかな?


 「あ・・・お着替えはここに置いておきますね!!」

「何度も言わせるな・・・」

師匠の目付きが変わった。

あ・・・なんか怒らせたみたい・・・。

 ・・・炊事場に逃げよう。

おいしいので機嫌を直してもらわないと・・・。

でも、先にお父さんに「おはよう」を言ってから支度をしよう。



 「ルージュ、おいしかったよ。昼はオレが作ろう」

師匠の機嫌は、朝食を食べ終わると良くなっていた。

ふふふ・・・嬉しいな。


 「じゃあ・・・今から修行ですね?」

「・・・気合が入りすぎている。少し肩の力を抜くといい」

「はい、師匠の言う通りにします」

「・・・」

師匠は大きなため息をついた。

あれ・・・また?


 「・・・やめろって言っただろ」

そんなこと言われても・・・。

 「師匠もお父さんのこと・・・師匠って呼んでます・・・」

「・・・」

黙った・・・。

 あれ・・・今のって口答えしたって思われてるかな?

わたしは弟子だからよくないよね・・・。


 「すみませんでした。では・・・なんと呼べばいいですか?」

「今までと同じでいい」

「それはダメです。それなら・・・」

うーん・・・師匠、目上・・・。

 「ニルス様・・・だとどうでしょうか?」

「・・・好きにすればいい」

よし・・・この言い方は大丈夫ってことだ。

今日からは「ニルス様」って呼んでいこう。


 「じゃあ外に出るぞ、鍛錬を始める」

「はい、お願いします!」

わたしはニルス様の背中を追いかけた。

 なにをするんだろう?

剣術を教えてくれるのかな?



 「まずは体力だな。頑張って走ってくれ」

「え・・・」

わたしの予想は外れた。

強くなるなら、素振りとかしないといけないんじゃ・・・。


 「あの・・・剣は・・・」

「まだ早い・・・ちょっと待ってて」

ニルス様は指笛を鳴らした。

高い音・・・。



 「きゅう」

森の奥からカクが現れた。

・・・今ので来たの?


 「家来みたいですね・・・」

「友達だ・・・。そして、今日からルージュの師匠になる」

「え・・・カクが?」

「・・・」

ニルス様はカクの前で膝を付いた。


 「ルージュを鍛えてやってほしい。君くらい走れるようにね。・・・なにかあれば呼ぶんだよ」

「きゅっ」

返事してる・・・。

言葉わかるのかな・・・。


 「ルージュ、カクに付いて行って」

「それだけですか?」

「そう、どんな場所でも見失わないようにな」

簡単そう・・・こんなのでいいのかな?


 「ニルス様は何をするんですか?」

「朝の片付けと・・・天気がいいから洗濯だ」

「あ・・・すみません・・・」

「ルージュの服も綺麗に洗っておくよ。それが終わったらそっちに行く」

わたしの分まで・・・あれ?ということは・・・。


 「あの・・・洗濯してからじゃダメですか?」

「どうして?」

「わたしの下着も洗うんですよね・・・」

「なにかおかしい?」

そんな普通に返されるとなにも言えない・・・。


 もしかして、ミランダさんやステラさんのもニルス様がやってたのかな・・・。

いや・・・八年前はステラさんがしてるって聞いたことある。

じゃあ、やっぱりダメだよ・・・。


 「きゅう!」

「いた・・・」

ふくらはぎに硬いものが押し付けられた。

カクの角だ・・・。

 「きゅ!」

「カク・・・刺さないで」

「頼んだよカク。さあ、行ってこい」

「きゅ!」

カクが走り出した。

行かないと・・・。


 ・・・頭を鍛錬に切り替えよう。

とりあえず・・・今日の夜から下着だけは自分で洗おう・・・。



 どれくらい時間が経ったのかな?

時の鐘が無いから全然わかんない・・・。


 「はあ・・・はあ・・・カク、ちょっと休もうよ。朝に挨拶した時は優しかったでしょ・・・」

わたしは辛くて座ってしまった。

胸が痛くなるまで体をいじめたのは初めてだ。


 「きゅっ」

「痛い・・・わかったよ・・・お尻つつかないで・・・」

今自分が森のどこにいるかもわからない。

まだなんとか付いていけるけど、足が痛いな・・・。

喉も乾いた・・・。


 『でも・・・約束した・・・必ず助けるって・・・。お母さんは・・・僕が助けるんだ!』

シロは、大切な人の為なら自分を投げ出せる・・・。

 ダメだ、こんなことで躓いていられない!

辛くなったら思い出そう・・・。



 「きゅう」

「うん・・・頑張るよ・・・」

痛みを我慢して走った。

カクはわたしが遅れると引き返して角で突いてくる。


 「本当に・・・体力あるね」

「きゅ」

わたしの脛くらいの体なのに・・・負けてる。

ニルス様の言った通り、わたしはまず体力を付けないとダメみたいだ。


 「・・・まだまだだな。カク、一旦止まって」

木の上から涼し気な声が聞こえた。

 「ニルス様・・・」

「もうお昼だよ。近くに川があるからそこで取ろう」

なんでここがわかったんだろ・・・。

ニルス様は森の中を全部知ってるのかな?



 「わあ、綺麗・・・」

ニルス様に付いて行くと本当に川があった。

綺麗だと思っていたテーゼの水路とは、比べ物にならないほど澄んでいる。


 「街のよりも、こっちの方がずっと綺麗です。流れる水が柔らかそう・・・」

「魚もたくさんいるんだ。と・・・師匠と釣りに来たりもしていたんだよ」

「・・・お父さんも体力があったんですね」

「帰りはオレがおぶってやってたけどね・・・」

ニルス様は、とても優しい顔で話してくれた。

 きっと幸せな思い出なんだろうな。

だから、聞くだけでわたしも同じ気持ちになる。


 「はい、お腹減ってると思ってたくさん作ってきたよ」

ニルス様は鞄からお皿とお鍋を取り出した。

雰囲気は幸せそうなままだ。

 「わあ、やっぱりその鞄は便利ですね」

「とりあえず食べて。夕方までもつくらい」

「あ・・・はい」

野菜がたくさん入ったスープと、お肉が挟まったパンがいっぱいある。

たしかに食べないと夕方までしんどいかも・・・。


 「あれ・・・そういえばカクは・・・」

いつの間にかいなくなっていた。

 「野生の生き物は、食べ物を自分で探すんだ。タヌキだからなんでも食べる」

「そうなんですね・・・」

「本当はタヌキじゃなくて森渡りって言うんだけど、見た目があれだからね。それに本物のタヌキは夜行性で・・・」

ニルス様・・・頭もいいんだな。



 「・・・ごちそうさまでした」

お昼を食べ終わった。

また・・・走る。


 「少し休んで。君が楽になったらカクを呼ぶ」

「・・・はい」

助かった・・・。

入るだけ詰め込んだから、今動くときついなって思ってたところだ。


 「・・・あの、わたしはふた月でどのくらい強くなれますか?」

でもお喋りはしたい。

気になるからだ。

 「・・・まずは余裕でカクに付いていけるようになることだけを考えるんだ。何度もつつかれてたし・・・」

「・・・見てたんですか?」

「まあ、ね」

涼しい顔で言われた。

わたしはあんなに息が苦しかったのに・・・。


 「頑張ります・・・」

「焦らなくていい・・・アリシアも言ってただろ?」

む・・・それはそうだけど・・・。

 「敵が今来たらどうするんですか?」

「オレがいる。午後からは一緒に走ろう」

ニルス様は、また涼しい顔で言った。

 ・・・今のかっこいいな。

お母さんがわたしを誰に任せるかって考えた時に、ニルス様がすぐに出てきたのもわかる。

雷神よりも強かった風神さん・・・わたしもそれくらい強くなるんだ。



 「うう・・・」

空が赤くなった頃、やっと家に辿り着いた。

 「ああ・・・」

靴を脱ぐと、足にできたマメが潰れて血が出ている。

こんなことになってたのか・・・。


 「大丈夫だ、すぐに治る」

「あ・・・すごい・・・」

「じっとしてて」

ニルス様が治癒をかけてくれた。

足の裏だけじゃない・・・筋肉の痛みも引いていく。


 「ありがとうございます。わたしには治癒の素質が無いので羨ましいです」

「その内治癒はいらなくなる。そうなったら逆にカクを連れまわせるようになるよ」

ニルス様の雰囲気が鍛錬の時と違う。

 お昼もそうだった・・・。

鍛えてくれている時は、あえて厳しくしてくれてるんだろうな。



 「わたしはお母さんみたいに強くなれますか?」

ベッドに入った。

 ・・・わたしはまた包まれている。

今は優しいニルス様、憧れていたお兄ちゃんと一緒に・・・。


 「努力次第かな。だけど・・・可能性はあるよ」

「可能性・・・」

「女神が言ってたらしいけど、アリシアの子は戦闘能力も受け継ぐんだってさ。まあ、鍛えなければ意味は無いけどね」

そうなんだ・・・。いつかはわたしも、みんなを助けられるくらい強い力を持てるんだね。

 

 「でも・・・オレがいるからそこまでは必要ないよ」

「いじわるしないでください・・・強くなるんです」

「なら早く寝るんだな。治癒で疲れは取れない」

「はい・・・」

実はもう眠い・・・。

でも心地のいい疲れだ。



 毎日同じことを繰り返して、今日で十五日目・・・。


 「ほら、カク行くよ」

「きゅ・・・」

嫌がってる・・・。

 もうわたしは、カクと一日中走り回っても平気だ。

森の中もけっこう覚えたし、足も痛くない。


 「あんまりいじめないであげて。・・・午後からは剣を持たせてやる」

ニルス様が頭を撫でてくれた。

剣・・・。

 「はい!ごめんねカク」

「きゅ・・・」

「明日からは昼までカクと走り、午後からは素振りだな」

やった、ようやく剣を教えてもらえる。

風神の技、全部教えてくれるのかな・・・。



 家まで戻ってきて、お昼を食べ終わった。

早く・・・剣を・・・。


 「ルージュ、これは今日から君のものだ」

ニルス様が、自分の腰から剣を外した。

・・・いいの?

 「あの・・・でも・・・」

「剣を持たせるって言っただろ」

胎動の剣・・・ニルス様のものなんじゃ・・・。

それに使うなら・・・聖戦の剣がいい。


 「ニルス様の剣が無くなってしまうのでは・・・」

「オレは聖戦の剣を借りる」

「え・・・生意気かもしれませんが、わたしは・・・お母さんの剣がいいです」

「・・・なら持ち比べてみるといい」

ニルス様は聖戦の剣をわたしに持たせてくれた。


 「抜いてみて」

「はい」

なんでも斬れそうな刃が姿を見せた。

 お母さんの剣・・・けっこう軽いな。

これなら扱いやすそう。


 「・・・こっちがいいです」

「持ち比べるって言っただろ。違いは抜けばわかる・・・交換だ」

「はい・・・」

聖戦の剣を返して、胎動の剣を受け取った。

 違いなんてあるのかな?

装飾は・・・どっちも綺麗だけど、やっぱり聖戦の剣がいい・・・。

まあ、とりあえず試すけど・・・。


 『ルージュ・・・』

「え・・・」

胎動の剣を抜いた時、とても暖かいものを感じた。

 ここに来た時に感じた声と同じ・・・。

わかる・・・これは・・・。

 「全然違います・・・。ニルス様には悪いですが、この剣はわたしのためにあるような・・・」

人のものなのに・・・不思議な感覚・・・。


 「間違っていない、それは君のために作られた」

「わたしのため?・・・お父さんとニルスさんが二人で作ったんですよね?」

「そうだ、君を想う気持ちが込められている。だから手に馴染むだろ?」

「はい・・・」

じゃあ、剣を抜いた時に感じた声はお父さん?

・・・嬉しい。


 「師匠も喜ぶ、君に会いたがっていたからな。・・・使わせる気は無かったんだけどね」

「お父さん・・・」

「でも、それが一番君に合う。使いこなせるようになることだな」

「はい・・・ありがとうございます」

この剣を使えば、お父さんも一緒に戦ってくれるような気がした。

なら・・・その方がいい。


 「あれ?でも胎動の剣はいいとして、聖戦の剣をニルス様が持てるのはどうしてですか?」

「・・・弟子だからな」

「なるほど・・・家族というより、お父さんが認めた人しか持てないってことですね」

「気にすることじゃない、とにかくそれは君のだ」

たしかに気にすることじゃないか。

それより・・・今日からわたしも剣士だ。



 「素振りはここでやる」

わたしたちは風呂焚き場まで移動した。

なぜここ・・・。


 「あの・・・文句ではなく疑問ですが、素振りはどこでもできるのでは?

「これを使ってやるんだよ」

ニルス様は大きな斧を取り出した。

 なんだあれ・・・あんなの、絵本の挿絵でしか見たことない。

たぶん薪じゃなくて、大木を伐る用・・・。


 「あの・・・この剣でやるんじゃないんですか?」

「それじゃ軽すぎて力はつかない。基礎からに決まってるだろ」

「じゃあ剣術は・・・」

「まだだ。胎動の剣は体力が付いたご褒美、使うとは言ってない」

・・・文句は言わない。

わたしが頑張ればいいだけだ。


 「持ってみて」

「はい・・・おも・・・」

斧を地面に付けてしまった。

でも、持てなくはない・・・。


 「まずは両手でやることだ。構えはどうでもいい、左右片手で振れるようになったら剣術に入る」

「お母さんも・・・できるんですね?」

「あの人は両手に一つずつ持って戦えるよ」

「え・・・」

ほっぺに冷や汗が伝った。

今のわたしには想像もつかない・・・。


 「あの、質問をしていいですか?」

そして、疑問が生まれた。

 「なんだ?」

「お母さんは・・・そんなに力があるようには見えません。強いのは見ているから知っていますが・・・」

引き締まってはいるけど、女性らしい体つきをしている。

 聖戦の剣を振るっているのは、闘技大会で見てるけどこれは違う。

わたしと同じくらいの斧を持って戦っている姿が浮かばない・・・。


 「鍛えても美しさを保つ身体なんだ。・・・君もそうなっている」

「じゃあ・・・ニルス様も?」

「・・・そうだな」

うーん、言われてみれば・・・。

 背は高いけど、ティムさんよりも肩幅は狭いし・・・お腹周りはミランダさんと同じくらい・・・な気がする。

脚も・・・お母さんより少し太いってだけだ。


 「見た目では強くなってるかわからないってことですか?」

「ルージュは女の子だからその方がいいだろ?」

あ・・・そういう気持ちはあるんだ・・・。

 「そう思っているのならお風呂に堂々と入ってこないでください・・・」

十日くらい前・・・恥ずかしい思いをしたから絶対に忘れない・・・。


 「え・・・石鹸を持っていっただけだろ」

ニルス様はまったく気にしていなかった。

そうじゃない・・・ニルス様の言う通り、わたしは女の子なんだから気を遣ってほしいって話だ。

 それに、下着はお風呂で洗ってるから入ってこられると困る。

ずっと想っていた人だけど、そういう所は考えてほしい。

いくら好きな人でもこれは別・・・。


 「ニルス様は男性、わたしは女性なんですよ?わかっているんですよね?」

「・・・なら同じベッドも変だろ」

く・・・。

 「・・・それは話が違います。誰かと一緒じゃなきゃ寝れないんです。今日もぎゅっとしてください」

「そう・・・じゃあ夕方までに三百回振ってみろ。オレは風呂を洗う・・・」

簡単に流されてしまった。

・・・もういい、鍛錬をしよう。



 空の色が変わってきてる・・・。

お風呂場からは湯気が上がり、家からはおいしそうな香りが漂ってきた。


 「何回だ?」

ニルス様がニヤニヤしながら出てきた。

 わかってて聞いてる・・・。

お風呂を沸かしている時も、同じ顔でちらちら見てきてたもん・・・。


 「黙ってないで教えてくれ」

「・・・三十回です」

全然ダメだった。

 できる限りやって三十、三百までは程遠い・・・。

二十回あたりから腕が震えてきて、もう持ち上げることもできない。


 「・・・今日はここまでだ。腕を出して」

ニルス様は毎日痛んだ筋肉に治癒をかけてくれる。

すぐに終わってしまうけど、とても好きな時間だ。


 「すみません、ありがとうございます」

「まだまだかかりそうだな」

「でも・・・いつかはニルス様も守れるくらいになります」

「ふふ・・・楽しみにしてるよ」

あ、またバカにされてる気がする。


 ・・・明日は今日より一回でも多く振ってやろう。

少しずつでも・・・お母さんを助ける力を付けるんだ。

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