第百五十三話 同じこと【シロ】
『シロなんか・・・大嫌い・・・』
嫌われちゃったよね・・・。
あの時にもっと冷静でいられたら、ルージュも少しは安心したのかな?
「・・・気配はちゃんと火山にある。だから・・・心配いらないからね」
僕はお母さんに触れた。
お母さん、ルージュは大丈夫だよ。きっとニルスが守ってくれる。
少し時間はかかるけど、僕が呪いを解いてあげるから・・・。
そしたら、ルージュは許してくれるかな・・・。
◆
「シロ・・・不安なの?」
メピルが僕の肩に手を置いた。
君もそんな顔してるよ・・・。
「平気だよ。メピルこそ大丈夫?」
「私はあなたの分身・・・お母さんを助けたいのは同じ。だからなにも怖くないよ」
「・・・うん、助けてあげよう」
「・・・私も娘だって言ってくれた・・・嬉しかったな」
メピルもお母さんに触れた。
この子はここから外に出れない。
だから、お母さんが来てくれるのを楽しみにしていた・・・。
「じゃあ・・・僕はニルスの所に行ってくるね」
「わかった。少し・・・ゆっくりしてきてもいいよ。私でも二日くらいは大丈夫だし、解けたらすぐに新しい棺を使うから・・・」
氷の棺は僕が近くにいなければ解けてしまう。
ニルスの時みたいにテーゼの街くらいの広さなら問題ないけど、ここから火山までの距離ではさすがに無理だ。
メピルも使えるけど、僕のままにしておきたい。
「大丈夫、すぐに戻るよ。説明・・・するだけだから」
「みんなは・・・なんて言うかな?」
「喜んでくれるはずだよ・・・じゃあ」
僕は精霊の城を出た。
もう決めたんだ。
明るく話さないと・・・。
ごめんねステラ。
僕は・・・君を迎えに行けない・・・。
◆
「シロ、ニルスの所に行くのか?」
火山が見えてきたところで、イナズマが目の前に現れた。
誰とも会いたくなかったのに・・・。
「ニルスの妹が来ているぞ。なにかあったようだ」
「話したの?」
「いや・・・」
「そう・・・」
イナズマはまだ何も知らないか・・・。
「事情を知っているのか?」
「・・・僕はすべてを知っているわけじゃない。でも・・・やるべきことはわかるよ」
「・・・急いでいるのか?それなら記憶を渡せ」
「・・・わかった」
僕たちは大地に下りた。
よく考えたら、精霊の誰かには伝えておかないといけない。
イナズマからチルとオーゼに話してもらおう。
◆
「・・・誰も望んでいないぞ?」
僕の記憶への返事が来た。
「勝手に決めるな」
イナズマは、僕がやろうとしていることを止めたいらしい。
「でも・・・お母さんも、ルージュも・・・ニルスも望んでいる」
「三人がそう言ったのか?」
「・・・言わなくても思ってる。だから・・・これでいい」
だって、お母さんが死んでいいなんて思ってる人は誰もいないもん。
それに・・・僕が助けるって約束した・・・。
「方法は、まだあるはずだ」
「もう決めた・・・僕はやる。記憶は全部渡した・・・止めても無駄だよ」
これ以上の言葉はいらない。
僕の心を・・・わかってくれたはずだから・・・。
「ニルスたちの所・・・俺も共にいていいか?」
「口出ししないならいいよ」
「ニルスたちがどういう反応をするのか・・・知りたいだけだ」
「わかった」
イナズマが約束を破ることは無い。
黙って聞いてくれるはずだ。
◆
「あ・・・シロ!!」
ニルスの家に入ると、すぐルージュに抱きしめられた。
「ごめんなさい・・・シロがお母さんを助けてくれたのに・・・ひどいこと言って・・・ごめんなさい」
あれ・・・嫌われてない。
またなにか言われたり、叩かれたりするのは覚悟してたんだけどな・・・。
「ルージュ・・・僕の方こそひどいことをしたと思う」
「そんなことないよ・・・シロがいなかったら・・・わたしも・・・」
「僕のこと・・・大嫌いって・・・」
「違う・・・シロのこと大好きだもん。家族だし・・・ずっと友達だもん・・・」
こう思ってくれてたらいいなって考えてた。
・・・その通りだったな。
どうして疑っていたんだろう?
「ルージュ・・・」
「だから・・・わたしのこと嫌いにならないで・・・」
そうだ・・・最後の戦場の時も同じようなことがあった。
『信じることは難しいだろう?』
うん・・・こんなに難しい・・・。
まだ僕にはうまくできないみたいだ。
「シロ、大変だったな。オレもいてあげていれば・・・」
ニルスが僕の頭を撫でてくれた。
最近してもらってなかったけど、実はニルスにされるのが一番好きだ。
「ニルス・・・ごめんね。何も言わずにルージュを・・・」
「そんなこと気にしなくていい。シロはアリシアとルージュを守ってくれた。ありがとう」
「そうだよ・・・シロは必死だったのにわたし・・・」
ルージュはなんだか泣き虫になってる。
早く笑えるようにしてあげよう・・・。
「ニルス、ルージュに自分のことは・・・」
少しだけ気になった。
兄妹だということを教えたのか・・・それともまだ黙っているのか。
「シロ・・・」
ミランダが口元に指を当てた。
・・・まだみたいだ。
「戦いが終わったらだよ」
「わかった・・・」
じゃあルージュは、憧れていたお兄ちゃんとまた会えたって思ってるんだな。
・・・再会できたってことは、もう旅に出る必要は無い。
だから・・・ちょうどよかったんだ。
◆
「ルージュ、そろそろシロの話を聞こうか」
「あ・・・はい」
ルージュはやっと落ち着いてくれた。
お兄ちゃんと一緒にいる姿、テーゼにいるみんなも早く見たいだろうな・・・。
「・・・やっとですか」
ハリスはテーブルで待っていた。
「ハリス・・・ルージュのこと、ありがとう」
「お気になさらず・・・みなさん、早く座ってください」
「はい・・・。え・・・あの、その人は・・・」
ルージュがイナズマに気付いた。
見た目は男の人だから仕方ない。
「・・・俺はイナズマだ。シロと同じ精霊だな」
「イナズマ・・・さん?お父さんのお墓にお花を・・・」
「・・・ケルトは美しいものが好きだったからな」
「あ・・・すみません。ありがとうございます」
ルージュは深く頭を下げた。
たぶんニルスから聞いていたんだろう。
どこまでかはわからないけど、お父さんとの関係を知っていて怖がるのは失礼だからな。
「・・・俺はただ同席したいだけだ。構わないか?」
「はい」
「・・・」
イナズマは座らずに奥の壁に寄りかかった。
僕との約束があるからだろう。
「ではシロ様、対価をいただきます。あなたが見聞きしたもの、すべて話していただけますか?」
「うん、ちゃんと教えるよ」
わけがわからないのは僕も同じだけど、知っていることを教えなければ・・・。
◆
僕は、アリシアと一緒にいた男のことを話した。
見たことのない結界、死の呪い・・・。
みんなは静かに聞いてくれている。
「・・・あの状態だと解呪をしている時間が無かった。だから氷の棺ですべてを止めたんだ」
「顔を確認できていないのですか・・・。ルージュ様もでしたね・・・」
「う・・・すみません。すぐにお母さんが家に入れてくれて・・・」
ルージュは無事だったから、アリシアの判断は間違っていない。
・・・ニルスともやっと会えたしね。
「シロ様とイナズマ様に伺いたいのですが・・・私の記憶では、死の呪いはかけた者の命と引き換えのはずです。今回の件はどうお考えですか?」
ハリスが笑顔で尋ねてきた。
君にとっては愉快なことなんだろうね・・・。
「精霊なら別だが・・・俺もチルもオーゼもそんなことはしない」
「では、その男は何者でしょうか?精霊だと考えれば納得できます」
「それは無いだろう。だが・・・精霊に近い力を使っている。結界かはわからないが、黒煙・・・俺も知らないものだ」
僕もイナズマと同じだ。
きっとチルとオーゼもわからない・・・。
「あのさ・・・今は犯人よりも、アリシア様を助けた方がいいんじゃないかな・・・」
ずっと黙っていたミランダが口を開いた。
僕が来た時からあんまり話さなかったけど、なにかあったのかな?
「大丈夫だよ・・・アリシアの呪いは僕が解くから・・・」
「シロ・・・あんたなんか隠してる?」
「隠してることなんかないよ。ルージュも早くアリシアと会えたら嬉しいよね?」
「うん・・・ありがとうシロ」
ほら、やっぱりそうだよね。
だから・・・きっとこれで正解なんだ。
「でも・・・解呪にはちょっと時間がかかる。たぶんひと月以上・・・そのくらい強い呪いだった」
「じゃあ、お母さんが元気になったら悪い人をやっつけてもらおう」
「そうだね・・・アリシアも怒ってるだろうし・・・」
「・・・」
ニルスが僕を見てきた。
なにかを言いたいって顔だ。
「どうしたのニルス?」
「いや・・・疲れてないかなって思ったんだ」
「ふふ・・・もう忘れちゃったの?僕は眠らなくていいし、休む必要もないんだよ」
「心は・・・どうだ?」
僕は答えずにできる限りの笑顔を作った。
本当は・・・辛い・・・。
「・・・外で頭の中をまとめたいです。・・・少し、息苦しくなってきましたので」
ハリスが急に立ち上がって、外に出て行ってしまった。
・・・彼はなにかを感じたのかもしれない。
「何よあいつ・・・」
「ミランダ、今回の件はハリスの力も必要だと思う。戻るのを待とう」
ニルスがミランダをなだめてあげた。
今の感じだと、やっぱり戦うんだね・・・。
「ごめんね、僕があいつを捕まえられていれば・・・」
「シロが気にすることじゃないよ。足を凍らせて、五百のつらら・・・これでも逃げられるならどうしようもない」
そうでもない。
守護の結界で閉じ込めるとか・・・他にも方法はあったのに・・・。
「・・・ニルス、墓の前に来てくれ。伝えていなかったことがある」
イナズマがニルスを呼んだ。
まさか・・・。
「・・・ここじゃ話せないことか?」
「お前がいいなら構わないが・・・」
イナズマはルージュを見つめた。
なんだ、家族の話か・・・。
早くそんな壁を無くしてあげたいな。
「わかった。外に行こう、みんなも少し休んでくれ」
僕とルージュとミランダの三人が残された。
まあいい、今のうちに伝えておきたいことがたくさんある。
「ごめんねルージュ、ニルスのことずっと隠してて・・・」
これも謝らなければいけない。
旅に出て探そうとするくらい想っていたし・・・。
「事情はニルスさんから全部聞いたよ。わたし・・・わたしだけの気持ちでわがままは言わない」
「でも・・・友達に隠し事してた・・・」
「・・・シロ?」
ルージュの手が僕のほっぺに触れた。
「なんで泣いてるの?友達だから・・・気にしてないんだよ」
「うん・・・」
「シロもルージュのこと許してあげてね?」
「ミランダ・・・僕は最初から気にしてないよ・・・」
また強がってしまった。
本当はとても気にしている・・・でも、もういいんだ。
この気持ちは・・・伝える必要はない。
「シロ、ここでしばらく休んでいったら?」
「ごめんミランダ、氷の棺は僕が近くにいないとダメなんだ」
「そうなんだ・・・あたしも一緒にお城に行こうか?ノアとエストはなんだかんだうまくやってくれるだろうし」
「あ・・・」
伝えなければいけないことが、まだあったのを思い出した。
でも・・・ルージュの前では言えない・・・。
「ミランダ、ちょっとだけお話があるんだ。メルダからミランダだけにって言われてるから、ルージュはちょっと待ってて」
「うん。そうだ、飲み物を用意しておくね。シロの好きな甘いの」
「ありがとう・・・」
大事な友達のこと・・・ルージュの前ではまだ言えないこと。
きっと「いいよ」って言ってくれるよね。
◆
「メルダがあたしになんか言ってたの?」
僕はミランダと一緒にニルスの部屋に入った。
防音の結界も張ったし、ルージュに聞こえることは無いだろう。
「たまに手紙よこすけど、あんたから美容水塗ってもらうと気持ちいいってさ。・・・そんな内容ばっかだから、そこまでの話じゃない気がするけど」
「ごめん、それ嘘なんだ。シリウスのことなんだけど・・・」
王様から頼まれていたこと・・・。
あとはミランダの許可があればいい。
◆
「ノアとエストにはもう言ってあるんだ。・・・いいかな?」
シリウスのことをお願いした。
これ以外に頼むことは・・・もう無いかな。
「・・・あたしは構わないよ。部屋も空いてるしね」
「ありがとうミランダ。それとね・・・シリウスには僕の部屋をあげようと思うんだ。どうせ・・・使わないし・・・」
声が震えた。
なんでこんなことを言ってしまったんだろう・・・。
「シロ・・・」
「だって・・・あの家にいる時は、ミランダと一緒だし・・・。ステラが起きたら・・・旅に出るし・・・」
また嘘をついてしまった。
僕は・・・もう旅には出れない。
「あんた・・・何する気なの?」
「どういう意味?あ・・・」
僕の顔が、ミランダの大きな胸に埋められた。
「また・・・本当のこと言わない気?」
暖かい・・・ミランダにこうしてもらうのも一番好き・・・。
「僕は・・・アリシアの呪いを解くだけだよ。これが本当のこと・・・」
「シロ・・・」
「でも・・・もうちょっとだけぎゅっとしててほしい・・・」
「・・・」
ミランダの腕に力が入った。
安らぐ柔らかさ・・・もっとしてもらっておけばよかったな。
『ステラ様は、自分の身や感情よりもあなたたちを優先できるようですね』
僕は、ステラと同じことをしようとしている。
違うのは、僕の存在と引き換えということ・・・。
話すつもりは無い。
止められたら迷ってしまう。
僕は早くお母さんを助けてあげたいんだ・・・。




