第百五十二話 芸術【ニルス】
楽しみにしていた妹との再会は、思い描いていた形ではなかった。
本当は君が目覚めてから、分かち合うつもりでいたんだけど・・・。
ステラ、もう何かが起こってしまっている。
でも安心していいよ、君が起きる前には片付けておくからさ・・・。
◆
「まだ露店で買ってきたの余ってるから、夕食はそれでいいよね?」
ミランダが鞄から料理を取り出した。
どれだけ買っていたんだろう?
「ルージュには悪いんだけどさ、あたしもニルスも寝てないのよ。だから食べてお風呂入ったらすぐにベッド行こ」
「はい・・・わたしも疲れが取れていません」
料理は助かる。
オレも早く寝たい・・・。
◆
「ミランダ、ルージュを頼むよ。オレは二人が風呂に入ってる間に、家族だと知られるようなものがないか確かめる。出たらそのまま寝室に行って休んで・・・寝ながら結界も張ってほしい」
夕食を済ませたミランダにそっと告げた。
たぶん無いだろうけど、一応見ておかなければいけない。
「うん、任して。・・・じゃあルージュ、洗ってあげるから行こうね」
「はい・・・」
二人は風呂に向かった。
確認するのは、全部の部屋と・・・工房だ。
・・・明日見せてあげたいからな。
◆
「はあ・・・やっと休めるな」
すべての確認が終わり、風呂を済ませてベッドに入った。
今眠れば、疲れは無くなりそうだ。
母さん・・・シロ・・・。
目を閉じると二人の顔が浮かんだ。
いったい何があったんだろう?
まず、母さんがやられたって事実が信じられない。
あの人、剣が無くてもかなり強いぞ・・・。
死の呪いがどんなものかは知らないけど、雷神相手にかけられるものなのかな・・・。
できるとしたらかなりの力量なのは間違いない。
もしくは・・・毒か?
まったく、何してんだよ。やられる方が悪いって教えてくれただろ・・・。
本当に気が緩んでいたんだな。まあ・・・でも助けられる。
だから心配なのはシロの方だ。
ハリスに任せたってことは、なにかを抱え込もうとしているんじゃないか?ここに来た時に話してくれればいいけど、そうじゃなかったら・・・顔を見ればわかるか・・・。
今日は・・・寝てしまおう・・・。
◆
「おはようございます!」
ルージュの元気な声が炊事場に入ってきた。
充分休めたみたいだ。
これからどうなるかわからない。
でもこの子を不安にさせるものは、すべてオレが斬り崩してやろう。
「おはようルージュ、ミランダは?」
「まだ寝ています」
寝てる?結界はどうした・・・。
「あのさ、ミランダに守護の結界を張って寝るように言ったんだけど、やってなかった?」
ルージュは部屋を一人で出てきている。
守護があればできない・・・。
「あ・・・いえ、さっきちょっと起こして解いてもらったんです。で、また寝てしまいました」
なんだそういうことか。
「ニルスさんが起きたのがわかりましたので・・・朝の支度、わたしもお手伝いしたくて来ました」
「ありがとう、野菜のスープと魚を焼こうと思うんだ」
「はい、一緒に作らせてください」
ルージュが髪の毛を束ねて一つに結んだ。
かわいい・・・こんなにいい子になって・・・。
◆
「きゅん」
「きゃっ・・・ニルスさん!タヌキが入ってきました!」
ルージュが、野菜を切っている手を止めてオレの後ろに隠れた。
そうか・・・カクも紹介しないとな。
「ルージュ、この子はオレの友達なんだ。魔物だけど・・・」
「え・・・たしかに角がありますね・・・。でも・・・魔物は人を襲うと教わりました」
「大丈夫、名前はカク。朝の挨拶に来てるんだ。・・・おはよう」
オレはカクの頭を撫でた。
「きゅう・・・」
気持ちよさそうだ。
「わあ・・・かわいいかも」
ルージュも手を伸ばした。
「カク・・・おはよう」
「きゅう」
「わあ・・・体を擦り付けてきました」
「ルージュに自分の匂いを付けてるんだよ。これでもう友達だ」
ミランダには懐かないのに・・・何が違うんだろ?
「カクは痛いからケンカは嫌いなんだって。だから襲ってきたりもしないよ」
「そうなんですか?」
「チルが聞いてくれた。この森には、縄張り争いで負けたから引っ越してきたらしい」
「チル・・・うちにもよく来てました」
そうだったな。
あの子もいてくれれば、もっと明るくなっただろう・・・。
◆
「おはよ・・・」
スープができあがったところで、ミランダが起きてきた。
・・・寝ぐせがひどい。
「ミランダさん・・・ニルスさんがいるんですよ。それに、人の家でその格好はよくないです・・・」
ルージュがミランダの姿を注意した。
・・・もう見慣れてるから気にしてなかったな。
「え・・・あたしニルスの前でもこんな感じだよ」
「え・・・」
でも、この子がミランダみたいになったらやだな・・・。
「ミランダのことは気にしなくていいよ。だけど、ルージュは真似しちゃダメだよ?」
「はい、絶対に真似しません」
「いや、やった方がいい。夏はこれでシロを抱いて寝ると気持ちいいんだから」
「シロ・・・」
ルージュが俯いてしまった。
ミランダはそういうつもりで言ったわけじゃないけど、今のこの子にとっては心が曇る名前だ。
「あのさルージュ、シロは友達でしょ?名前聞いただけでそんな顔しちゃかわいそうだよ」
ミランダは明るく笑ってみせた。
よくわかってる。
「でも・・・嫌な気持ちにさせてしまいました。お母さんのことでいっぱいいっぱいだったのに・・・」
「シロも同じだと思うよ。ルージュは、僕のこと嫌いになったんだろうな・・・なんて思ってる」
「そんなことありません・・・」
「だから、次に会ったらごめんねとありがとうをあんたから伝える。それで仲直りできるよ」
シロがどう考えているかの予想は合っていると思う。
だから暖かい言葉をかけて安心させること、それだけでまた元通りになれるはずだ。
「でも・・・本当に許してくれるでしょうか・・・」
ルージュは不安そうな顔のままだった。
「大丈夫」って周りから言われても、すぐにそう思えるわけじゃない。
・・・こういうのは教えてあげよう。
「ルージュ、信じることは難しいんだ。オレもそんな時があったからわかるよ」
「ニルスさん・・・」
「だから、これから不安な時はオレが一緒にいるよ。さあ、早く食べてしまおうか」
「あ・・・はい」
ルージュは少しだけ元気になってくれた。
でも、まだ押し殺している感情があるんだろうな。
・・・オレも同じだけど。
◆
「お父さんにお祈りをしてきます」
朝食の片付けが終わると、ルージュが外へ出て行った。
花の香りに包まれれば、もっと心が落ち着くだろう。
「ニルス・・・あの子うなされてたよ。お母さんとか・・・シロごめんねとか・・・昔のあんたみたいだった」
ミランダの顔が、真面目な時のものに変わった。
昔のオレか・・・。
「ひと晩で色々ありすぎたから仕方ないよ。で・・・すぐに落ち着いたの?」
「・・・これ使った」
ミランダは、両手で自分の胸を持ち上げた。
ああ・・・。
「たしかにそれは安らぐ・・・柔らかいしね」
・・・チルの輝石は、ミランダが持っていて正解だな。
安らぐ柔らかさ・・・。
「ニルスも必要?」
「たまにはね・・・でも、今はあの子の為だけでいい」
「そう・・・残念」
オレもルージュのためになにかできることはないかな?
心が安らぐような、ひと時でも不安が消えるような・・・。
◆
オレも外に出てきた。
ルージュは、花畑の前で両手を組んで目を閉じている。
「ここは落ち着くでしょ?」
ルージュの横に立った。
春の柔らかい風が気持ちいい・・・。
「あ・・・はい、お花がたくさんあって綺麗です。ニルスさんがこうしたのですか?」
「この花は、精霊のイナズマが咲かせてくれている。とう・・・師匠が死んだ時からずっとだ」
「この石の精霊さんですね・・・」
ルージュが輝石を取り出した。
・・・変わらずに赤く輝いている。
たぶん、力が無くなるってことはないんだろう。
「あの、夕凪の花が一つだけあります。これもイナズマさんですか?」
ルージュの指が、花びらを優しく撫でた。
よくわかったな・・・。
「いや、これは君から貰ったものだよ」
「え・・・あの時のですか?」
ルージュの顔が、太陽みたいに明るくなった。
「そうだよ。なんか色は違うけど・・・」
「咲く場所で色が変わるんですよ。だからこれでいいんです」
「そうだったんだ・・・。ルージュは物知りだね」
「あ・・・えへへ」
思わず頭を撫でてしまう。
それくらいかわいい・・・。
◆
「ニルスさん、シーツを持ってきました」
「ありがとう。天気がいいから綺麗にしようか」
ルージュと一緒に洗濯をすることになった。
なんだか平和だ・・・。
「あと、ミランダさんのも預かってきました」
「じゃあ、そっちの桶に入れておいて」
ミランダは中で何をしてるんだろ?
・・・オレとルージュだけの時間にしてくれてるのかな。
「そうだ、ニルスさんは一日をどのように過ごしているんですか?」
ルージュがシーツを水に浸けた。
「え・・・オレの一日・・・」
「ここでの生活が気になります。わたし・・・テーゼから出たことがなかったので、お店も広場も無くて・・・何をしてるのかなって思いました」
お喋りがしたいのもあるんだろうけど、今は色んなことをごまかすためでもあるのかな。
「そうだな・・・朝を食べたら洗濯をして、昼までは鍛錬。昼過ぎからは工房に行って、鉄を叩いたり装飾品を作ったりかな」
「鍛錬・・・わたしも体を動かしたいです」
「いいよ、じゃあ干し終わったら少し教えてあげよう」
「ありがとうございます」
鍛錬か・・・そうだ、これなら気も紛れるだろうし、教えられるな。
◆
「好きに打ち込んできていいよ」
ルージュに木を削っただけの剣を持たせた。
刃物はダメだ。
治癒ですぐに治せるけど、万が一にも痛い思いをさせたくない。
「好きに・・・でも、構えとか振り方とかあるんじゃないですか?」
「体を動かすだけならなにも気にしなくていいよ。頑張ったら工房を見せてあげよう」
「はい。じゃあ・・・いきます」
ルージュが剣を振った。
ふふ・・・軽い。
普通の女の子ならこんなものなんだろうな。
「はっ!」
「全部止められるから色々やってみていいよ」
「はい」
か、かわいい・・・。
◆
「はあ・・・はあ・・・」
ルージュが息を切らした。
体力はそこまで無いらしい。
「どう?」
「えっと・・・こうしてるだけでなんだか楽しいです」
よかった、こういうのでいいならいくらでも付き合ってあげられる。
それか、森の中を案内してもいいな。
「お、二人で遊んでたの?」
ミランダが家から出てきた。
手にはグラスを持っている。
「遊んでません、鍛錬です」
「ふーん・・・はい、果物とハチミツあったからさ」
「ありがとうございます。わ・・・甘酸っぱい」
作ってくれてたのか。
こうやって雰囲気に合わせてもらえるのはけっこう助かる。
◆
「・・・熱気がありますね。火山の近くだからでしょうか?」
ルージュを工房に連れてきた。
「そうだね。炉に火が入っていたら、かなり汗をかくよ」
たくさんの思い出がある場所。
そして、父さんが終わった場所・・・。
「ここで師匠と仕事をしていた時はとても幸せだった。よく褒めてくれたんだよ」
「お父さん・・・わたしも会ってみたかったです・・・」
ルージュはオレと違って父さんと触れ合ったことが無い。
「ブローチを貰ったんだよね?つけていないのはどうして?」
父さんもそれが心残りで・・・だから、思いだけを遺した。
「失くしたくないので、大切にしまっています」
・・・気持ちはわかる。
でも、それじゃかわいそうだ。
「それにはきっと魂の魔法が込められている。できればつけていた方がいいよ」
そのために贈ったんだからな。
「魂の魔法?」
「特別な魔法だよ。作るものに思いを込められるんだ」
ずっとしまわれていては、込められた気持ちも届かない。
「思い・・・あ、だから暖かさがあるんですね。・・・わかりました、でも服の内側にします」
「うん、近くにあった方がいい」
身につけていれば、父さんの愛が伝わるはずだ。
この剣と同じ・・・。
「その剣は、あの時も持っていましたよね?」
ルージュが胎動の剣を指さした。
自分と同じ名前・・・まだ教える必要は無いか。
「そうだね」
「うちにあった二つと似ていたのは、思い過ごしじゃなかったんですね」
「正解、三つとも師匠の作品だ。そして、素材も特別なんだよ」
「素材ですか?」
きのうの説明では省いたけど、このくらいは話しても大丈夫だろう。
「精霊鉱という金属で作られているんだ」
「精霊鉱・・・」
「ジナスに対抗できる力だったんだ。・・・師匠はそれを知らなかったけどね」
「どうしてお父さんが持っていたんですか?」
そりゃ気になるよな。
・・・父さんの最期はまだ話せない。
オレとアリシアの関係に繋がってしまう。
「腕のいい鍛冶屋だったからね。だからイナズマが父さんに託したんだよ。で・・・それを知ったアリシアが頼みに来た」
「あ・・・なるほど・・・」
「そして、大きな愛も持っていた。とても・・・すごい人だったんだよ」
オレのために最後の一つを使い、そして完成間近になるまで胸に秘めていた。
ああ・・・また話したいな。
「精霊鉱の武器は他にもあるんですか?」
「いや、三つだけなんだ。そして加工は師匠にしかできない。だから・・・残さず作品にしようと思ったんだろうね」
胸が痛む・・・。
父さん・・・ごめん。
「魂の魔法もかなり強く込められている。たぶんだけど、精霊鉱以上の武器はこの世に存在しないと思う」
「すごいものなんですね。・・・そういえば、うちにあった一つはステラさんが持っていると聞きました」
「あれは栄光の剣って言うんだ。少しだけオレが使っていた」
「ニルスさんが・・・」
オレのだからな・・・。
「最後の戦場ではあんまり使わなかったんだ。だから・・・ステラに預けていた」
「お母さんはあげたって言ってましたけど、ちょっと違うんですね」
「・・・まあ、どっちでも一緒だ。さあ、家に戻ろう」
ちょっと苦しくなった。
これ以上は無理・・・どこかで辻褄が合わなくなってしまう。
たぶん、気付いてないだけで穴はたくさんある。
寝る前に考えて、準備をしておかなければ・・・。
◆
「変わりなかったですね。誰かが侵入した形跡もありません・・・」
昼近くにハリスが入ってきた。
当然だけど、あまり穏やかな顔はしていない。
「狙われているにしては妙だな」
ルージュはすぐに隠れたみたいだけど、姿を見られているなら放っておくはずがない。
「祭りは今日までです。観光客も多いので、紛れるなら今しかないはず・・・動きが無いのはなぜなのでしょうね」
「見当もつかないな」
敵がわからない以上どうしようもない・・・。
「一応、何者かが入ればわかるように仕掛けを用意してきました。扉や窓が開けばベルが鳴ります」
「おお、やるー」
「すみませんハリスさん・・・」
「今は後手に回るしかありませんが、反撃の準備は必要です」
いつもは嫌味言ってきて腹が立つ時もあるけど、ハリスの力ってよく考えたらすごいよな・・・。
「それと・・・きのうルージュ様の家を見に行った時、ちょうどセレシュ様がいらっしゃいました。扉を叩き、何度も呼びかけていましたね」
「あ・・・セレシュ・・・」
「ご両親にも話さないことを条件に現状をお伝えしています。なので、約束を破ったとは思われていません。そして・・・ベルを渡しました。彼女にもなにかあればすぐに動きます」
「・・・ありがとうございます。セレシュにも心配を・・・」
ルージュの顔がまた曇ってしまった。
本当なら、きのうは友達三人で買い物の予定だったらしい。
楽しい一日になるはずだったんだろう・・・。
「気にしても現状は変わりません。・・・さてニルス様、せっかく調べてきたのです。昼食くらいはご用意いただけるのでしょうね?」
ハリスが偉そうに座った。
まあ、それくらいはするけど・・・。
「あの・・・わたしが作ります。ハリスさんは何が食べたいですか?」
「そうですか・・・ふふ、実はとてもおいしそうなニンジンが売っていたので買ってきたのです。これを使っていただければ、なんでもいいですよ」
ハリスはオレを見ていやらしい顔で笑った。
こいつ・・・セレシュのことを話したのは、こうなることを予想してか・・・。
「わかりました。お肉と一緒に煮込みます」
「ありがとうございます。・・・ニルス様もきっと喜びますよ」
ダメだ、それだけはさせられん・・・。
「ミランダ・・・ルージュを手伝ってあげてほしい」
「え・・・ああ・・・」
「平気です。ミランダさんは座っていてください」
「だってさ・・・」
食べるしか・・・ないのか。
◆
「さて・・・呼び出しはありませんでしたが、シロ様はまだいらっしゃっていないのですね?」
ルージュが炊事場に入ると、ハリスが顔を引き締めた。
オレへの嫌がらせもあったけど、あの子に気を遣ったのか・・・。
「飛んで行ったんでしょ?どう考えてもお城には付いてるはずだから、今日には・・・いや、きのうの時点で来ててもいいんだけどね・・・」
ミランダの目も鋭くなった。
「思い詰めてなければいいけど・・・」
「あたしはそれあると思うんだ。あの子、自分を責めて変なこと考えてそうな気がする。本当にこっち来るかも怪しい感じがすんのよね・・・」
ミランダの言う通りだ。
待つだけは気持ちが落ち着かない。
やっぱり・・・。
「ハリス、明日の昼までにシロが来なかったらオレたちの方から行こう。運んでほしい」
「・・・いいでしょう。私も早く知りたいですから」
メピルが励ましたりしてるだろうけど、今回はけっこう堪えたのかもしれない。
「まあ、思い詰めているのは当たっているでしょう。あなたたちやルージュ様が気を揉んでいることは知っているはず。それなのに、イナズマ様に呼びかけるなどして状況を伝達してもらうこともしていない」
「そうよね・・・」
「鳥の人形に手紙を付けて飛ばすこともできるはずですね」
「まったく・・・早くあたしたちに相談すればいいのに・・・」
ミランダが溜め息をついた。
気にするなよシロ。
君のおかげで犠牲がでなかったんじゃないか・・・。
◆
「お待たせしました」
ルージュができあがった料理を運んできた。
・・・あーあ。
「ありがとうございます。ふふふ・・・どうされましたニルス様?」
「いや・・・」
「じゃあ食べましょう。おいしくできていると思いますので」
それぞれの前に置かれた器には、この家にあってはならないものがたくさん入っている。
ニンジン・・・これだけはなにがあっても一生食べることはないと思っていた。
だから手が動いてくれない。
愛する妹が作ったものを残すわけにはいかないのに・・・。
「あ・・・あたしニンジン好きなんだよね・・・ニルスのちょうだい」
「あ、ああ・・・仕方ないな」
ミランダが助けてくれた。
・・・ありがとう。
「ミランダさんはいつも通り食いしん坊ですね」
「・・・今日だけよニルス」
しばらくは魔女なんて呼べないな・・・。
「はあ・・・つまらないですね」
ハリスはだるそうにニンジンを食べた。
許さん・・・。
◆
「退屈ですね・・・ルージュ様、ニルス様の作品はご覧になりましたか?」
食事の片付けが済むと、ハリスがニヤニヤしながら話し出した。
なんなんだよ・・・もう帰れ・・・。
「いえ、まだです」
「ハリス・・・なんのつもりだ?」
「芸術を・・・ふふ・・・見ていただきたいと思いまして」
こいつはオレを笑いものにする気だ。
それも・・・ルージュの前で・・・。
「ぜひ見せていただきたいです」
「ルージュ・・・先に言っておくけど、芸術がわからないとおかしく見えるらしいんだ」
「・・・理解できるように頑張ります」
いいだろう・・・見せてやる。
「ハリス・・・なんか憂さ晴らし?性格悪いよ」
ミランダは呆れている。
たしかに今日はわかりやすい・・・。
「とんでもない、楽しい時間が欲しいだけです。ツケもありますしね」
「待ってろ・・・部屋から持ってくる」
「本当に部屋に飾っていたのですね・・・理解できません」
何とでも言えばいい。
・・・もうオレは泣かない。
◆
「わあ、すごく綺麗ですね。とっても素敵だと思いますよ」
「バカな・・・正気ですかルージュ様・・・」
ハリスの読みは外れた。
少しだけ自信が戻ってくる・・・。
「どうしたハリス、そんな顔できるんだな?」
「あはは、ルージュはニルスと一緒ってことね」
「・・・」
勝った・・・。
ルージュはわかってくれる子だ。
オレの妹なだけはある。
「ルージュ、この宝石の並びを見てなにか思い浮かばない?」
「そうですね・・・季節風・・・木枯らし?」
並びの意味も感じてくれている・・・。
「ルージュは芸術がわかる子だね。じゃあこっちは?」
「ええと・・・花ですね。椿・・・いや、山茶花・・・きゃっ」
ルージュを抱きしめた。
オレと同じ感性・・・よりかわいく見える。
「に・・・ニルスさん・・・」
「・・・面白くないですね。アリシア様に見せた時は、気を遣っているのがわかって笑えたのですが・・・」
「黙れ、やはり芸術はわかるもの同士でしか楽しめない」
「・・・帰らせていただきます。私も忙しいので・・・」
ハリスは不機嫌な顔のまま消えた。
奥歯噛みしめてたな・・・いい気味だ。
◆
「ほーら見てニルス、これがアカデミーでのルージュよ」
退屈したミランダがルージュを着替えさせた。
「ごきげんようニルスさん・・・」
目の前には可愛らしい制服を纏った妹・・・見たいと思っていた姿だ。
「かわいい・・・世界で一番だよ」
「あ・・・えへへ・・・」
照れてはにかむ顔がオレの胸を打った。
送り迎えとか・・・してあげたかったな。
◆
「ルージュ、明日の昼までにシロが来なければ、オレたちから会いに行く」
寝る前に予定を伝えた。
この子もそうしたいだろうからな。
「はい・・・早く会いたいです」
「ミランダ、今夜も頼んだよ」
「うん、早く寝ちゃお」
「では、おやすみなさいニルスさん・・・」
扉が閉まる前、妹はまた不安そうな顔を見せた。
シロ・・・君もそうなのか?
元気な顔を見せてくれればいいんだけど・・・。




