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Our Story  作者: NeRix
風の章 第二部
159/481

第百五十一話 また【ミランダ】

 「ルージュは・・・また眠ったよ・・・」

ニルスが妹を寝かしつけて戻ってきた。


 あたしの頭の中はわけのわからない状態だ。

一睡もしてないのに、眠気も酔いも醒めちゃってる・・・。


 「あの子は責任を感じている・・・全部・・・オレが悪いのに・・・」

ニルスがあたしの隣に座った。

 なんとなくわかる。自分がテーゼにいれば今回のことは防げた・・・きっとそんな感じだ。


 「・・・そうとも限りません、アリシア様は家に剣を置いていました」

ハリスが自分の手を見つめた。

 「油断していたのでしょう。雷神も平穏に慣れて・・・」

「ハリス!!」

大声を出してしまった。

 「・・・ミランダ様も感情的にならないでください。事実を言っているのです。まずは私の話を聞いていただきたい。もうすぐ終わりますので」

「・・・早く話しな」

今みたいな言い方、次は許さない。

悪いのは、アリシア様に呪いをかけた奴なのに・・・。


 「私は犯人を見てはいませんが、ルージュ様も狙われていたようです」

「だからシロはあんたに頼んだってわけ?」

「別行動を取った意図はまだ不明ですが、そうだと思います。まあ、私なら安全にここまで連れ出せますので」

テーゼにはティムもいるけど、敵の正体がわからない以上あたしがシロでもそうする。

危険もなく遠くにすぐ行ける・・・ハリスしかいない。


 「ですが、シロ様はのちほどここに来ると仰っていました。今日か明日か・・・遅くとも二日以内には真相がわかるでしょう」

「・・・ハリス、ルージュを連れてきてくれてありがとう」

ニルスは俯いたまま呟いた。

この再会は本意ではなかったけど、あの子を危機から遠ざけてくれたわけだしね。

 「シロ様から対価をいただきますのでお礼は必要ありません。ただ・・・なにがあるかわかりません。あとはあなたにお任せします」

「言われなくても守るさ・・・」

なんにしても、シロが来るまで待つしかないのか。

あたしもここに来る日をずらしていれば・・・。


 「敵については聞いてるのか?」

「いいえ、男なのか女なのか・・・それすらわかりません」

「それもシロなら・・・」

「・・・どうでしょうね。誰かに・・・という言い方をしていましたから」

あの子は大丈夫なのかな?

 焦ると周りが見えなくなるから心配だ。

その証拠に、なぜかルージュとアリシア様を分けた。


 『ただ・・・シロ様は解呪ができるのでしょう?精霊の城でなければできない・・・それ以外に思い浮かびませんね』

ハリスの予想が当たっていたとしても、氷の棺を使ったのなら問題ない。

だから、まずここに来ればよかったのに・・・。


 「できるなら精霊の城に行きたいですが、向こうから来ると仰っていたのですぐに行くのは避けたい。・・・初めて見た顔でした。刺激を与えてはいけないと思います」

「解呪をしてるのかな・・・」

「どうでしょうね・・・。取り乱していましたので、心を静めるのが先です」

「・・・だろうな。まあ、メピルがいるから大丈夫だろう。一日、二日なら待つよ」

それしかないよね・・・。


 「もしくは、イナズマ様に呼びかけていただければすぐにわかると思います」

「最近来るのは三、四日に一度だ。・・・きのうの朝に来たよ」

「なるほど・・・チル様とオーゼ様はどうですか?」

「チルは来ない。祭りの初日はリリとテーゼ、二日目はミントとキビナ・・・教えてくれた。・・・オーゼはわからない。ジナスが消えてからは、他の土地に長居することも増えたらしい」

他の精霊からの呼びかけてもらうのは難しいみたいだ。

大事な時に・・・仕方ないわね。


 「まあ・・・幸い誰も死んでいませんので、前向きに考えましょう。・・・飲み物、酒をいただけますか?」

「こんな時に何言ってんのよ・・・」

「疲れたのです・・・私もほとんど寝ていませんので」

「・・・」

ニルスはすぐに棚からお酒を取り出した。

労いか・・・。


 「それと・・・窓や扉をすべて開けてください。少しでもいい空気が吸いたいです」

「・・・オレもそうだよ」

「あたしも・・・」

外はいい天気だ。

あたしたちの心とは正反対・・・。



 「ルージュ様が寝ている間に確認したいことがあります」

窓を開け終わって戻ると、ハリスが新しい酒瓶を取り出していた。

あたしが買ってきた高いやつ・・・。


 「なんの確認だ?」

「あなたたちの関係は話すのですか?私から伝えたのは、ここがサンウィッチ領の火山ということだけです。それでルージュ様は、アリシア様が年に一度来ていた場所だと気付きました」

そうだ・・・一緒にいる以上、どうするか決めないといけない。


 「・・・まだ話すべきではないと思っている」

ニルスが置いてあった聖戦の剣を持ち上げた。

・・・あたしもその方がいいと思う。


 憧れていたお兄ちゃんが家族だったと知ればあの子はとても喜ぶ。

でも、敵の正体がわからない以上はなにがあるかわからない。

 考えたくはないけど・・・ニルスにもしものことがあった時、それが実の兄だと知っていたら、あの子はより責任を感じて壊れてしまう可能性がある。

だから「話す」って言ってたら反対した。


 「あたしもそれに賛成。最初の予定通り、誰も戦う必要が無くなったら・・・でしょ?ニルス」

「ありがとうミランダ」

「・・・そうですか。では今の内に辻褄の合う話を考えておくといいですね。なぜニルス様の存在を隠していたのか・・・。全員で騙していた・・・ルージュ様が傷付かない説明が必要です」

胸が痛んだ。

そうだよね・・・こんな形で再会なんて誰も思ってなかったわけだし・・・。


 「オレに任せてくれ。ミランダとハリスはうまく合わせてくれればいい」

「・・・無理を言わないでください。打ち合わせもせずにできるわけがないでしょう」

「あたしも自信無いよ。今話して」

「・・・わかった」

ニルスも疲れてるんだな。

 いきなりこんな状況じゃキツイよね・・・。

ハリスも避けられてんのにたいへ・・・あれ?


 「そういやあんた、あの子をよく連れ出せたわね?」

ハリスとルージュは二人きりでここに来た。

さっき見た感じだと、なんか普通に接してた気がする。


 「・・・ケルト様の友人だと伝えただけです」

「ああ・・・なるほど」

「そんなことを話している場合ではありません。・・・ニルス様」

「そうだな・・・ちゃんと考える」

ニルスは聖戦の剣を置いた。

ちゃんとね・・・あとからほころびが出ないようにしないとな。



 「すみません・・・また眠ってしまいました・・・」

ルージュがお兄ちゃんの服を掴みながら戻ってきた。

本当ならとっても嬉しい光景なんだけど、素直に喜べないな。


 「落ち着いたの?」

「・・・少しですが」

「ルージュ、君は何も心配しなくていい。全部オレがなんとかしてあげるよ」

「ニルスさん・・・」

ルージュがニルスに抱きついた。

お兄ちゃんだし、安心するんだろうな。


 「わたしはみなさんに頼るしかありません。・・・ご迷惑をおかけします」

「迷惑なんて誰も思っていないよ。だから・・・元気を出してほしい。シロだって怒ってないよ」

「あ・・・不思議だったのですが、どうしてシロはニルスさんを頼るように言ったのでしょうか?」

あ・・・来た。

 「それに・・・お母さんもミランダさんも・・・ニルスさんのことを知っていたんですよね?」

あたしとハリスは、ニルスが困ってたら助ける係だ。

だからとりあえずは見させてもらおう。


 「そうだね・・・色々聞きたいこともあると思うけど、まずは一緒に来てほしい」

「はい・・・」

二人が外に向かった。

あたしたちも行こう。



 「あ・・・朝は気付かなかったです。・・・綺麗ですね」

外に出てすぐ、ルージュが花畑に気付いた。

まずはここからだ。


 「ここは、君のお父さんのお墓でもあるんだ」

「え・・・お父さん・・・」

「オレは、君の父親であるケルト・ホープの弟子だ」

「そうだったんですか・・・」

なるべく嘘はつかないように、でも本当のことは隠すように。


 「もうわかってるみたいだけど、アリシアとも顔見知りだよ。そうだ・・・これは胎動の剣と言って、オレと師匠が一緒に作ったものなんだ」

ニルスは腰に付けていた剣を外した。

 「あ・・・はい。それじゃあお母さんは、あなたを手伝いに来ていたのではなく・・・お父さんのお墓に・・・」

「それもあるだろうけど・・・どちらかというと鍛錬かな。相手ができるのはオレくらいだし」

「え・・・」

これでルージュは察しがついたはずだ。

雷神の相手ができる人間と言えば・・・。


 「もしかして・・・ニルスさんは風神と呼ばれていた方ですか?」

よし、思った通りだ。

 「その呼ばれ方は嫌いだったけどね・・・」

「以前は・・・旅人だと言っていましたが・・・」

「間違ってはいない。・・・オレは十三から三回戦場に出て、一度戦士をやめた。これから何をしようかと考えていた時に、アリシアからケルトさんを紹介されて弟子になったんだ」

ニルスの話し方には迷いが無い。

まあ、親子だっていうのを隠してるだけで、なにも間違ってないからね・・・。


 「だけど弟子になって一年と少しした時に、師匠が亡くなってしまった。・・・君も聞いていると思うけど、病気だったからね。・・・それで心に穴が空いてしまってさ、だから旅に出たんだよ」

「お父さんのこと・・・好きだったんですね」

「そうだよ・・・とても愛のある人だった・・・」

・・・鼻水が流れてきた。

ニルスの気持ちを思うと泣いちゃいそう・・・。


 「でもその穴はすぐに埋まった。ミランダやシロ・・・そしてステラと出逢ったんだ」

「ステラさん・・・」

「大切な仲間だ・・・今は眠っているけど」

そう・・・大切な・・・。


 「・・・」

ハリスがあたしの肩をそっと抱いてくれた。

・・・いい奴じゃん。


 「あの・・・もっと色々聞きたいです・・・」

「いいよ、中に戻ろうか」

たぶんルージュが一番気になってるのは、どうしてみんな隠していたか・・・これを乗り切ればなんの問題もない。



 「あの、わたしと同じ髪の毛なのは・・・なにか理由があるんですか?」

座ってすぐに質問が来た。

これは考えてなかったな・・・。


 「気になる?」

「はい・・・ステラさんからは、同じ色の人は割といると言われたことはあるのですが、実は生き別れたお兄ちゃんなのかもって・・・」

・・・正解。

どうするニルス・・・。


 「・・・それは、君のお母さんの生まれとも関係している」

「お母さんの・・・孤児だと聞いていました。親は・・・知らないと」

「・・・これも隠していたことだね」

ニルスが自分の髪の毛を触った。

必死で繋がるように考えてるんだろうな・・・。


 「・・・」

横を見たら、ハリスが口元を押さえて肩まで揺らしていた。

・・・面白がってるな。


 「君のお母さんは、ステラと同じ・・・女神から作られた聖女なんだ」

「え・・・」

「そして・・・オレも女神と繋がりがある。だから髪の毛が一緒なんだよ」

「そんな話・・・聞いたことありません」

これは説明するつもりだった話だ。

ルージュには教えていなかったことだけど、納得させるには仕方ないよね。


 「アリシアを悪く思わないでほしい。君には普通の女の子として幸せになってもらいたかったんだよ」

「わたしは・・・雷神ではなく、聖女の娘ということですか?」

「お母さんは今・・・四十歳だったね。でも、とても若く見えるだろ?普通の人間よりも老化が遅いんだ」

「はい・・・ミランダさんと同じくらいに見えます」

「ふ・・・」

ハリスが顔を隠した・・・。

ニルスめ・・・余計なことを・・・。


 「オレも自分の存在についてはあとから知った。でもなにも変わらないよ」

「ニルスさんの目元はお母さんと似ていますが・・・それは女神様が作ったからですか?」

「そうだよ・・・似ているとよく言われていた。ええと、作られた時期が近かったかららしい。アリシアの十四年あと・・・だね。ステラだけがかなり年上なんだ」

「・・・わかりました」

うまく辻褄は合わせられた。

目元は隠しようがないからな・・・。


 「ニルスさんは・・・どうやって自分のことを知ったんですか?」

「・・・これから教えることは、本当に一部の人しか知らない。まず戦場なんだけど・・・」

ニルスは世界のことを話し始めた。


 女神、ジナス、精霊、聖女、大地、境界・・・アカデミーでは絶対に教わらないし、教官だって知らない話。


 『説明するなら、この世界のことをすべて話した方がいいだろう』

『ご自由にどうぞ。困ったら補足してさしあげましょう』

『本当にいいの?』

『家族であること以外は知っておいてほしい。オレたちの繋がりを説明するために必要だし、できるだけ隠し事はしたくない』

正解かどうか、あたしにはわからない。

たしかにややこしい話だから全部教えるのは仕方ないのかもな・・・。



 「すぐには・・・信じられません」

説明が終わると、ルージュの目はとても細くなっていた。

これはあたしも入った方がいいな。


 「あたしだってそうだったよ。でも・・・実際にこの目で見た。今の話は全部本当だよ」

「ミランダさん・・・」

「ふふ・・・私は知っていましたよ。まあ・・・誰にも話したことはありませんが・・・」

ハリスが薄ら笑いを浮かべた。


 そういやこいつ不死だったな。

昔のことはなんにも教えてくれないけど、今聞いたら話してくれんのかな?

 「じゃあ・・・」

「ミランダ様・・・今は私の話ではありません」

読まれてるみたいでムカつく・・・。


 「なにもわからない頃から、アリシアはオレを鍛えてくれていた」

「似たものを感じていたのでしょうか・・・」

「・・・そうだろうね。オレも・・・孤児みたいなものでさ、十五になってここに来るまでは、アリシアの家でお世話になっていたんだ。・・・君のめんどうも見ていたんだよ」

ニルスは淡々と話している。

・・・本当は兄妹だって打ち明けたいはずよね・・・。


 「え・・・うちにですか・・・」

「君は他の子と比べてお喋りができるようになるのが遅かった。よく話しかけたり、本を読んであげたりしていたよ」

「あ・・・じゃあ・・・」

ルージュの顔が少しだけ明るくなった。


 『たまに見る夢でね、顔はわからないけど優しい男の人がわたしを抱っこしてお話をしてくれてるの』

ルージュが以前話してくれた夢の男はニルス。

・・・この子の中で色々繋がってきたはずだ。


 「テーゼで再会したときはわからなかったよ。髪の毛も隠していたからね・・・」

「・・・あの時は・・・ありがとうございます・・・」

「オレもすぐに会いに行けなくて悪かった・・・」

「あ・・・そうです。お母さんにもミランダさんにも・・・シロにもステラさんにも話しました。・・・もう一度会いたいと思っていること、聞いていましたか?」

「・・・」

ニルスはルージュの頭を撫でた。


 『難関よ、どう説明する気?』

『難しくない、真実を話す』

『・・・一応だけどさ、ステラは恋人じゃなくて大切な仲間って言い方してね』

『・・・一応ね』

今はルージュを少しでも傷つけたくない。

旅に出てまで探そうとしていたから、恋心は強いだろうからね。


 「オレも君に会いたかった。だけど・・・ジナスとの戦いで命を落とすことがあるかもしれない。だからすべてが終わったらと決めて、みんなには黙っていてもらうように頼んだ」

あたしもニルスも一度死んだからな。


 「でも・・・戦いは終わりました」

「ステラがまだ眠っている。大切な仲間だから・・・彼女が起きてから会いに行くつもりだったんだ」

「ステラさん・・・」

「オレとミランダが、本当に命を落とした・・・その蘇生の代償だ。本当は・・・三年くらいで済むはずだったらしい」

「命を・・・」

ルージュが切ない顔をした。

ステラとも仲良かったから、けっこう衝撃だったみたいだ。

 「わかりました。・・・みんな事情を知っていたからわたしを止めたんですね・・・でもそのせいでお母さんが・・・」

やっぱりそう思っちゃうか・・・。


 「ルージュ、あんたは何も悪くないよ。悪いのは呪いをかけた奴でしょ?」

こういうのは言った方がいいよね。

 「そうだな。だから自分を責めないでくれ・・・。それにもうなにも心配は無い。オレが君を守るし、アリシアも助かるんだから」

「はい・・・ありがとうございます・・・」

ルージュがまた泣き出した。

 この子は、きのうから何年分の涙を流したんだろう?

乾いたと思ったらまた溢れる・・・ニルスの服も重くなりそうだ。


 「そして・・・遅くなったけど、最初の質問の答えはもうわかったかな?」

「わたしを誰かに託すなら・・・ニルスさんしかシロは思い浮かばなかったということですね?」

ルージュはニルスの腕をぎゅっと抱いた。

それは間違ってはいないけど、たぶんシロだけじゃない。


 「いや・・・シロに託したのはアリシアだと思うよ」

「お母さんも?」

「シロは相当焦っていたんだと思う。だから、道を教えたんだ」

それで合ってると思う。

 焦って・・・困って・・・泣きそうになっていたはず。

だからアリシア様は、そんなシロを導いた。

たぶんだけど・・・「一緒に行け」っても言ったんじゃないかな?


 「ルージュ様、昨夜シロ様へぶつけた言葉は憶えていますね?」

ハリスが真剣な顔になった。

 ぶつけたか・・・どっちも混乱してただろうから仕方ないけど、けっこう言っちゃったっぽいな。


 「はい・・・謝らなければいけません」

「事情を知らなかったとはいえ、あの時のシロ様は必死でした。それでもあなたがあれ以上心を乱さないように精一杯冷静に振る舞ったのです。・・・誠心誠意の謝罪をすることをお勧めします」

「はい・・・わたしが悪いです・・・」

シロ・・・けっこう辛かったんだろうな。

それでもルージュのことを考えて・・・。


 「ルージュ、お礼も言わなきゃいけない」

「はい・・・ちゃんとありがとうも伝えます」

「シロが来たら一番最初にしなければいけないことだ」

「・・・はい」

ルージュの周りにあった不安が少しだけ無くなっていた。


 長い話はやっと終わりかな?

とりあえずシロが来るまではなにもできない。

それまでは、ルージュが元気を取り戻せるように明るくしてあげよう。


 「あ・・・そういえばニルスさんもクラインということですか?」

ルージュがちょっと小さい声を出した。

・・・そういやこれも考えてなかったな。

 「ああ・・・まあ・・・そうだな・・・」

「じゃあ、わたしと家族みたいなものですね」

「・・・最近はホープを名乗っていたよ」

「ふ・・・ぐ・・・」

ハリスは不意打ちに耐えられなかったみたいだ。

今の説明だったら別にクラインでもいいでしょ・・・。



 「・・・聞き忘れていましたが、ルージュ様はアリシア様を襲った者を見ていますか?」

落ち着いたハリスが、ルージュを見つめた。

 ああそうだ、みんな助かって終わりじゃない。

アリシア様を襲った奴を捕まえないとダメだ。


 「・・・すみません。家の前で話しかけてきて・・・わたしはすぐお母さんの後ろに隠れてしまいました・・・」

「つまり、犯人は男ということですね?」

「はい・・・それしかわかりません」

「・・・あとはシロ様に期待しましょう」

ハリスは眉間にしわを寄せた。

 あれはイラついてるな。

・・・ルージュのため?


 「まあ・・・この話はここまでにしましょう。ニルス様、ルージュ様のお荷物はどちらへ運びますか?」

「さっきの部屋を使ってもらおう。とう・・・師匠とアリシアが使っていた部屋だ」

「では運びましょう。ルージュ様、入れたものを憶えているのはあなたです。一緒に来てください」

「はい、ありがとうございます」

ハリスとルージュが部屋を出ていった。

あの感じだと大荷物で来たのかな?


 「はあ・・・疲れたな・・・」

ニルスが椅子に沈んだ。

あの子が来てから、ずっと気を張ってただろうから仕方ない。


 「そういえば寝てなかったね・・・」

「・・・」

「休んだら?」

「・・・なにが起こってるんだよ!」

ニルスはテーブルを殴った。

行き場のない怒りはとても大きいみたいだ。


 「落ち着いてよ・・・せっかく再会できたんだから仲良くしてあげてね・・・」

「なんであの子が・・・」

「大丈夫だよ。きっとうまくいくからさ」

せっかく会えたんだから兄妹だってことは教えなくても、一緒にいれる時間を大切にしてほしい。



 「ニルス様・・・ルージュ様はきのうから体を洗っていません」

「ハリスさん・・・やめてください・・・」

二人が戻ってきた。

 早いから棚ごと入れてきたんだな。

そして間の抜けた話・・・でもこういうのが安らぐ。


 「・・・すぐに風呂を用意しよう。大きいから気持ちいいよ」

ニルスもルージュを見て顔が緩んだ。

 「あ・・・あの、わたしはお世話になる身です。なにか手伝わせてください」

あの子も気を紛らわせたいんだろうな。


 「そうだな・・・火の魔法は使える?」

「いえ・・・」

「じゃあ、オレが教えてあげるよ。一緒に沸かそうか」

「はい!」

ルージュは、ニルスが出した手をためらわずに握った。

アリシア様にも見せたいな・・・。



 「・・・ミランダ様には無い礼儀ですね」

あたしと根暗影男だけが残った。

・・・いちいち嫌味を言わないと気が済まないのかっての。


 「なにが言いたいのよ?」

「いえ・・・ただ、立ち居振る舞いや言葉遣いくらいはルージュ様を見習った方がいいですよ」

「なにあんた、ひと晩であの子の虜になっちゃったの?」

「・・・くだらないですね」

ハリスは視線を外した。

 あ・・・これはなんかあったな。

いくらお父さんの友達っていっても、ひと晩で信頼を得るのは難しい。


 「ルージュになにしたの?変なコトしてたらニルス怒るよ」

「・・・しつこいですね。ルージュ様は私の不死の気配が怖かった・・・それだけです。クライン家は鼻が利く、ニルス様とアリシア様にも人間かと聞かれたことがあります」

「つまり・・・話してみたらいい人じゃんってなったってこと?」

「そういうことです。誤解が無くなったので、お話もしやすくなりました」

なるほど、それとお父さんの友達で安心してくれたわけか。

それに危機から遠ざけてくれたってのもあるのかな。


 「さて・・・私はテーゼに戻り、少し様子を見てきます。それと、シロ様の鞄は私が預かっていてもよろしいでしょうか」

ハリスは立ち上がった。

 「シロは気にしないと思うけど・・・頼んでいいの?」

「興味があります。報告は明日に・・・」

「頑張ってね」

こういうとこは信用できるのよね。

危ないこととかも平気な顔で躱してきそうだ。


 まだなにもわからない。

なにか大きなことが起ころうとしてるのかな・・・。

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