第百五十話 ずっと会いたかった人【ルージュ】
ずっと抑えこんでいた不安は、妖精さんたちを助けられたことで少し落ち着いていた。
よくわからないまま知らない場所に連れられてきたけど、この扉が開けば・・・もう安心していいんだよね?
「・・・悪いけど客が来ている。昼過ぎにしてもらえないか?」
「あの・・・」
話が違う・・・。
『そこには・・・君のことを必ず守ってくれる人がいるから』
『そうですね・・・とても、愛のある方だと思います』
シロとハリスさんから教えてもらったニルスさんは、きっとすぐに助けてくれる人だと思っていた。
わたしが探そうとしていたお兄ちゃんみたいに・・・。
「こんな時間にどういうつもりだ?それに、オレの名前を誰に聞いた?」
「・・・いえ・・・すみませんでした・・・」
とても冷たい声・・・きっと恐い人なんだ・・・。
それに男の人だから無理だよ・・・。
連れてきてもらったけど、テーゼに帰りたい。
知らない人よりも、ティムさんの方がいい・・・。
◆
「ハリスさん・・・愛なんてないですよ・・・」
わたしは隠れていたハリスさんの所に戻った。
この人が呼べばいいのに・・・。
「・・・仕方ないですね。必ず扉が開く魔法の言葉を教えましょう」
「また・・・行かないとダメですか?急ぎじゃないって答えてしまいました・・・」
もう行きたくない・・・。
「それに・・・お母さんとシロの知り合いといっても、わたしにとっては違います・・・だからもう・・・」
「泣き出すのは扉が開いてからにしてください」
「・・・やっぱりハリスさんは怖い人です」
いい人だと思ったのに・・・。
わたしが男の人とうまく話せないって知ってるはずなのに・・・。
「いいですか?もっと強く扉を叩き、今度はご自分の名前も伝えるのです。先ほどは名乗らなかったでしょう?」
ハリスさんは薄ら笑いを浮かべている。
楽しんでそう・・・。
「・・・はい、恥ずかしかったので」
「ではもう一度行きましょう。これでうまくいかなければ私がかわります」
「はい・・・」
嫌なのに返事してしまった。
逆らっても、どうせ言い負かされる・・・。
◆
ああ・・・やだな・・・。
わたしはさっきよりも強く扉を叩いた。
「今じゃなければダメなのか?」
ニルスさんの声はさっきと同じで冷たかった。
絶対「いい加減にしてくれ」って思われてる・・・。
お母さん・・・ここに来て、この人と何をしていたの?
シロ・・・なんでこの人って思ったの?
「・・・とりあえず用件は聞こう。そのまま話してみてくれ」
わたしはハリスさんを見た。
「・・・」
口だけが動いて「話しなさい」って言ってる・・・。
恐いよお母さん・・・。
わたしはお母さんの剣を強く握った。
「わ、わたしは・・・」
雷神の勇気を・・・ちょっとだけ分けて・・・。
『大丈夫だよ』
声を感じた。
誰?男の人・・・。
『名前を言って』
・・・うん。
「わたしはルージュ・クラインといいます!ニルスさんを訪ねてきました!」
少しずつ零れていた涙が、一気に溢れてきた。
「助けてください・・・お母さんが・・・」
扉がゆっくりと開いていく・・・。
◆
「ルージュ・・・」
ニルスさんの姿を見た時、すべてが繋がったような気がした。
わたしがずっと会いたかった人・・・。
こんな時にきっと助けてくれる人・・・。
顔も思い出せなくなっていた人・・・。
「・・・お兄ちゃん?」
ぼやけていたお兄ちゃんの顔が、はっきりと浮かび上がってきた。
間違いない!
思った瞬間、わたしの体は勝手にニルスさんに抱きついて、あの時と同じように大声で泣いていた。
「助けてお兄ちゃん・・・助けて・・・・」
「なんだ・・・なにが・・・」
「上出来ですルージュ様。そして先ほどの魔法はもう必要ありません。・・・忘れて結構ですよ」
ハリスさんの声が近付いてきた。
・・・なんでもいい。
今はこの人から離れたくない・・・。
「ハリス・・・どういうことだ・・・」
「睨まないでください。私もすべてを知っているわけではありません」
「なんで・・・ルージュがここにいるのよ・・・」
奥に女の人もいるみたいだ。
よく聞く声に似てる・・・。
「ルージュ様は昨晩一睡もしておりません。お部屋を用意していただきたい」
「・・・寝ていない?」
「説明はいたします。ですが・・・休ませてあげたい」
ハリスさんの暖かい手がわたしの肩に乗った。
やっぱり優しい人だ・・・。
「部屋を用意する・・・ミランダ」
「・・・あんたにくっついてんだから一緒にいてあげなよ」
・・・ミランダ?
再会できた嬉しさと、もう大丈夫なんだっていう安心感で満たされた心。
そして知っている名前を聞いたことで、いっぱいになっていた所へさらに期待が注がれた。
・・・ミランダさん?
涙が引いていく。
わたしの目は早く確かめたいみたいだ。
わたしはニルスさんから少しだけ顔を離して、声の方向を見た。
「あはは・・・ごきげんよう・・・」
そこには、やっぱり知っている顔があった。
よかった・・・ここに危ないことはないんだ・・・。
「ルージュ様が落ち着きましたら・・・お話しましょうか」
緊張と意識が・・・体から離れていく・・・。
◆
「ん・・・」
気付くとベッドの上にいた。
「・・・目が覚めたみたいだね」
横にはお兄ちゃん・・・ニルスさんが座っていて、優しい顔でわたしを見てくれている。
そうだ・・・なにか話さないと・・・。
「あの・・・わたし・・・」
「久しぶりだね・・・ルージュ。・・・あの頃よりも背が伸びたし、ずっとかわいくなった」
ああ・・・お兄ちゃんだ。
・・・もっと声が聞きたい、もっと顔が見たい。
なのに・・・わたしはまた抱きついて泣いてしまった。
「大丈夫だよルージュ・・・」
ニルスさんは嫌がらずに抱き寄せてくれた。
なんだか・・・お母さんと同じ感じがする・・・。
うまく言えないけど似てる・・・。
だから男の人なのに・・・安心できる・・・。
「君が泣き止んだら二人の所へ行こう。まだ何も聞いていないんだ」
ニルスさんは暖かい手で頭を撫でてくれた。
「・・・はい・・・ごめんなさい」
この人の腕と胸の中は安全だ。
きっと、世界で一番・・・。
◆
しばらく抱っこしてもらって、心の揺らぎが落ち着いてきた。
・・・お兄ちゃんを見たい。
わたしは顔を上げた。
「・・・目が腫れてるね」
「あの・・・お母さんが・・・」
「・・・その話は向こうで聞こう。立てる?」
「・・・はい」
わたしは手を引かれてベッドから下りた。
繋いでるだけで気持ちが楽になる・・・。
「今日は、いい天気なんだよ」
ニルスさんが窓の外を見つめた。
明るい・・・。
「わたしは・・・どれくらい寝ていたんですか?」
「そんなに長くない、まだ昼前だよ。・・・ハリスの話を聞いたらなにか食べようか」
ニルスさんは扉を開いた。
『私も急に呼ばれたのです。なにもわかりません』
でも、ハリスさんも事情を知らない。
『ルージュ、お母さんは・・・誰かに死の呪いをかけられてしまった・・・』
たぶん、知っているのはシロだけ・・・。
◆
「あ・・・起きたんだ・・・」
テーブルのある部屋に入ると、ミランダさんがわたしを見てきた。
そういえばいたんだった・・・。
商会の話で来てたのかな?
「・・・まずはいきさつをお伝えしましょう。ルージュ様、こちらに座ってください。あなたもわけがわからないと思いますが私も同じです。なので、とりあえず見たものをお話します」
わたしはハリスさんの隣へ、ニルスさんとミランダさんの二人と向かい合って座った。
「ニルス・・・こいつなんにも喋んなかったよ。ずーっと黙ってんの」
「今から聞こう・・・何があった?かあ・・・アリシアはどうした?」
二人はとても真剣な顔だ。
早くお母さんの話を・・・あれ?
疑問が浮かんできた。
ニルスさんはお母さんのことを知っている。
年に一度来ていたから当たり前だけど、どうしてわたしに隠してたの?
ミランダさんも、シロも・・・。
「私はきのうの夕方、あのあとすぐに自宅へ戻りました」
ハリスさんが話し始めた。
「あんたが何してたじゃなくて、この状況が知りたいんだけど」
「黙って聞きなさい。深夜ですね・・・シロ様からベルで呼び出しがあり、テーゼへ向かいました」
シロから?ベルってなに?
また疑問が湧いてくる・・・でも、今はハリスさんの話を聞こう。
「私が着いた時、アリシア様は氷の棺で流れを止められていました」
「あれか・・・でもなんでそんなことになってんのよ?」
「シロと話したんだろ?内容を教えてくれ」
「アリシア様は死の呪いをかけられたらしいのです。それですべてを止める氷の棺ですね」
死の呪い・・・シロが言っていた。
じゃあ、氷の棺とかすべてを止めるってなに?
全然わかんない・・・。
「・・・信じられない話だ。アリシアはイナズマの輝石を持っている。呪いが効くはずないだろ」
ニルスさんの目が鋭くなった。
イナズマ・・・輝石・・・憶えがある・・・。
『・・・これは、お父さんと仲の良かったイナズマという精霊がくれたものだ。精霊の輝石と言って、災いから守ってくれる力がある』
二日前だ・・・。
『いつも持っていないとダメだぞ。外すと効果が無くなるらしい』
わたしの・・・。
「シロ様がそう仰っていたのです。間違いはないでしょう」
「輝石の力が無くなってるってこと?」
「そんなことあるのか?」
「知りません・・・」
わたしの首にかけられているもの・・・。
「あの・・・輝石とは・・・これのことですか・・・」
わたしは首の紐を引っ張って、服の中からそれを取り出した。
「・・・」「・・・」「・・・」
三人の顔が一気に強張った。
ああ・・・これなんだ・・・。
「なぜ・・・ルージュが持っている?」
「旅に出るならと・・・お母さんがくれたんです・・・災いから守ってくれるって・・・」
「なるほど・・・そういうことか・・・」
ニルスさんが目を隠した。
わたしの・・・せい?
「はあ・・・はあ・・・」
「ルージュ・・・大丈夫?」
「はあ・・・はあ・・・」
なんだろう・・・息苦しい・・・。
でも、確かめないと・・・。
「これを・・・わたしに渡さなければ・・・お母さんは助かっていたんですか?」
「そんなこと考えなくていい!」
ニルスさんが立ち上がった。
「わたしが・・・旅に出るって言わなければ・・・」
「落ち着けルージュ、君は悪くない!」
ニルスさんに抱きしめられた。
さっきとは違う、安心できない・・・。
「・・・そのまま聞いてください。シロ様は私にルージュ様を託し、精霊の城へアリシア様を運びました」
ハリスさんが話を続けた。
この人はなんで冷静なんだろう・・・。
「そうだ・・・なんでシロがいないんだ?一緒にここに来れば・・・」
「なぜかは私にもわかりません。ただ・・・シロ様は解呪ができるのでしょう?精霊の城でなければできない・・・それ以外に思い浮かびませんね」
・・・かいじゅ?
「解呪・・・たしかにできるらしい・・・。でも、それならハリスを呼ばなくても一緒に精霊の城に行けばいい」
たしかにそうだ・・・。
どうしてわたしを連れて行ってくれなかったの・・・。
「私もシロ様の行動には疑問があります。ルージュ様は混乱していましたが、昏睡の魔法をかけて共に運べば私を呼ぶ必要は無かった」
「そんなに深いことは考えられなかったんだと思う。あの子・・・焦ると周り見えなくなるし・・・。でも、大丈夫だよルージュ」
「そうだな。ルージュ、アリシアの呪いはシロがなんとかしてくれるはずだ。そういう力を持っている」
「はあ・・・はあ・・・はい・・・」
そうか・・・シロはお母さんの呪いを解ける・・・。
・・・あれ?
『ルージュ、お母さんは僕が必ず助けるから・・・』
助けるって・・・そういうことだったの?
じゃあ・・・。
『シロなんか・・・大嫌い・・・』
ひどいことを言ってしまった・・・。
「はあ・・・はあ・・・」
また苦しい・・・どっちにしても、わたしの旅が原因だったんだ・・・。
「・・・ルージュ様は一度席を外していただけますか?」
「ハリス・・・そんな言い方をするな・・・」
「・・・失礼しました。少し休みましょう」
「ルージュ、さっきの部屋に戻ろう・・・」
わたしは抱きかかえられた。
体に力が入らない、自分で立つこともできなさそうだ。
◆
「すみません・・・わたしが・・・悪いんです・・・」
ベッドに寝かせてもらった。
だけど、落ち着きそうもない。
「違う・・・悪いのはオレだ・・・」
「え・・・」
ニルスさんは泣いていた。
・・・なんとなくわかる。
これはわたしと同じ種類の涙だ・・・。
気持ちがまた揺らぎだした。
わからないことが多すぎる・・・どうして急にこんなことが起こったの?
「君は悪くないよ・・・ごめんね。でも・・・必ず守るから安心して・・・」
どうしてニルスさんはこんなに泣いているんだろう・・・。
どうでもいい話 14
このお話は、初期構想の段階で一番最初にぼんやりと浮かんでいたエピソードでした。
「ルージュ」という名前はまだ決まっていませんでしたが、危機に陥った子どもが、とても強くて頼りになり、そして絶対になんとかしてくれる人に助けを求めるというのが書きたいと思ったのです。
じゃあ、その助けてくれる人である「ニルス」はどうして強くて頼りになるのか?
その説得力を持たせる設定を考えながら、地の章と水の章の物語を作りました。




