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Our Story  作者: NeRix
風の章 第二部
157/481

第百四十九話 無償【ハリス】

 「まったく・・・」

ベルが何度も鳴らされている。

一度で気付くというのに・・・。


 「やれやれ・・・睡眠の邪魔だけはやめてほしい・・・」

不死と言っても私は死なないだけ、食事や睡眠は取る必要がある。


 「・・・聞こえていますよ」

寝起きで聞くと不愉快だ。

対価は何を貰おうか・・・。



 「すみません、お客様がお呼びのようなので出ます」

まずは出かけることを伝えた。

心配させたくはない・・・。


 「夜遅くに申し訳ありません。なるべく早く戻りますので」

「・・・」

「呼んでいるのはシロ様です。女性ではありませんのでご安心ください。・・・では、行ってきますね」

着替えを済ませて影に潜った。

戻ったら詳しく話してあげよう。


 「私の姿が見えるまでやめるつもりはないのですね・・・」

ベルの音が鳴り止まない。

ここまで急かすということは・・・緊急か?


 シロ様からの呼び出しは初めてだ。

こんな夜更けにいったいなにがあったのだろう。

・・・倉庫が燃えたか?



 「ベルは一度鳴らせばわかりますよ。・・・用件をお伺いしましょう」

私は言いながら周りを見渡した。

ここは・・・雷神の土地だ。


 「よかった・・・頼みがある」

「仰ってください。そして状況を教えていただきたい」

シロ様の腕には、凍りついたアリシア様が抱かれている。

また愉快なことが起こったらしい。


 しかし・・・これはただ凍らせたのではない。

たしか以前にも使われた氷の棺だ。

 ニルス様とミランダ様の流れを止め、死を回避させたもの。

・・・興味深いですね。


 「今は時間が無い・・・家の中にルージュがいる。すぐに連れ出してニルスの所へ連れてってほしい」

「・・・ニルス様の所へ?ですがそれは・・・」

「言う通りにして!」

シロ様は、今まで見たことも無い顔をしていた。

・・・感情的にならないでいただきたいものだ。

 クライン家の事情はすべて聞いている。

だからこそ、理由くらいは知っておきたい。


 「冷静になってください。まったくわけがわかりません。ニルス様は知っているのですか?」

「そんなわけないだろ!!時間が無いんだ!!」

「あまり大声を出さないでくださ・・・」

地面を擦る音が聞こえた。

 「・・・シロ?」

遅かったか・・・。


 「あれ・・・お母さん?」

ルージュ様が家から出てきてしまった。

まあいい、少し様子を見よう。

 「ルージュ・・・あの・・・これは・・・」

「なにがあったの・・・お母さんはどうしちゃったの!」

ルージュ様が駆け寄ってきた。

 詰め寄られたシロ様はどうするか・・・。

これで少しは事情がわかりそうだ。


 「ルージュ、お母さんは・・・誰かに死の呪いをかけられてしまった・・・」

「え・・・え・・・何言ってるの・・・」

「君も狙われている・・・早くここから離れないといけない」

「二人で・・・わたしを驚かそうとしてるの?」

なるほど・・・それで氷の棺というわけか。

そして、ルージュ様にも危険が迫っている。


 「僕はお母さんを精霊の城に連れて行く・・・君のことはハリスに頼んだ・・・」

「シロ!ふざけないでよ・・・なんでお母さんを凍らせたの?早く元に戻して!」

「死なないようにこうしたんだ!今は僕の言うことを聞いて!」

「・・・なんで・・・怒るの?」

ルージュ様は混乱しているようだ。

この状態で預かるのか・・・疲れそうですね。


 「ごめんね・・・でも、早く安全なところに行かないといけない。そこには・・・君のことを必ず守ってくれる人がいるから」

「やだ・・・シロ・・・」

「僕の鞄を置いていくね・・・すぐに荷物をまとめて・・・」

「やだ・・・一緒にいる・・・」

ルージュ様がシロ様の腕を掴んだ。

・・・こんな事態なのに、記憶が顔を出そうとしている。


 『大丈夫だよ。また一緒にいようね』

すみません、今はそういう状況ではないのです。

・・・また今度にしましょう。


 「ルージュ・・・僕は・・・お母さんを運ばないと・・・」

「ダメ・・・連れて行かな・・・」

「お母さんが死なないようにするんだ!」

シロ様がルージュ様を振りほどいた。

余裕が無いのはわかるが、あれでは辛い・・・。

 「なんで・・・どうしたのシロ?明日は一緒に帽子を買いに行くんだよ・・・」

「・・・ごめんね。僕も楽しみにしてたんだけど・・・」

「シロなんか・・・大嫌い・・・」

「・・・」

シロ様は拳を硬く握り、泣きじゃくるルージュ様に背を向けた。


 「頼んだよハリス・・・あとで僕もニルスの所に行くから・・・」

シロ様も何が何だかわかっていないのかもしれない。

それでもルージュ様にこれ以上の不安を与えないように、心を精一杯抑えているのだろう。

 だがそれは逆効果だ。

余計不安にさせているだけ・・・。


 「・・・承知しました。対価は・・・」

「知っていることを全部話す。・・・協力もしてほしい」

「いいでしょう。今回の事態に興味があります。お待ちしていますよ」

「・・・」

シロ様は振り返らずにアリシア様をしっかりと抱いた。

・・・もう行かれるのですね。


 「シロ・・・嘘だよって・・・今言ったら許してあげるよ・・・」

ルージュ様は事態を飲み込む気が無いようだ。

これではシロ様も・・・私も辛い。

 「ルージュ、お母さんは僕が必ず助けるから・・・」

「待ってシロ!」

シロ様は飛び去ってしまった。

 なぜ私を呼んだのか、共に精霊の城ではダメだったのか・・・。

できれば知りたかったが・・・。


 ・・・さて、仕事を受けたわけだ。ニルス様の所へ連れて行こう。

早く立ち上がっていただければですが・・・。


 「お話しするのは初めてですが、私のことは知っていますね?」

私は座り込んで泣いているルージュ様に近付いた。

 「・・・」

「シロ様からあなたを連れ出すように申し付けられました。・・・まずは家に入りましょう。ここは危険なようです」

「・・・」

答えは無い。

聞こえてはいるはずだが、困りましたね・・・。


 「申し訳ありませんが運ばせていただきます」

ルージュ様を抱きかかえた。

 「え・・・やだ・・・離して・・・」

「なにもしません」

このまま家に入れてしまおう・・・。


 「やだ・・・やだ・・・」

「暴れないでください・・・」

意外と力がある・・・。



 「・・・待ちます。支度をしてください」

中に入ると同時にルージュ様を下ろした。

一応鍵を閉めたので、何者かが来ても時間は稼げる。


 「なに・・・なんなの・・・やだよ・・・恐いよ・・・。助けて・・・お兄ちゃん・・・」

ルージュ様の混乱はまだおさまりそうもない。

その兄のところに連れて行くというのに・・・。


 「少しは落ち着いていただきたい。・・・早く荷物をまとめてください」

「あなたは・・・わたしを・・・どうする気ですか・・・」

ルージュ様が棚の陰に隠れてしまった。

男性が苦手なのは知っているが、こんな時でもか・・・。


 「安全な場所・・・ニルス様の所へ連れて行くだけです・・・」

「誰ですか!知らない人の所になんて行きません!もう出て行って!!」

「・・・シロ様の必死だった姿を見たでしょう?あなたを助けるためです」

「シロ・・・」

ルージュ様はまた泣き出してしまった。

私が共にいる以上、危険は無いがどうしたものか・・・。


 「心が落ち着きましたら声をかけてください」

私はただ待つことにした。

今は感情がむき出しの状態、急かしても無駄だろう。



 時の鐘が聞こえた。

二つ・・・。


 「なにが・・・あったんですか?・・・呪いってなんですか?」

ルージュ様が棚の陰から弱々しく話しかけてくれた。

ようやくか・・・涙は枯れたようだ。


 「私も急に呼ばれたのです。なにもわかりません」

「お母さんは・・・大丈夫なんですか?」

「今の所・・・としか答えられません」

期待を持たせることは言えない。

あとで責められるのは嫌ですからね。


 「では動きましょう。私もお手伝いしますので、必要な物を集めてください。すべて持っていきましょう」

「すぐには・・・帰れないということですか?」

「なんとも言えません。・・・着替えはどちらにありますか?」

「こっちです・・・」

ルージュ様が立ち上がった。

前向きとは言えないが、動く気になってくれたのは助かる。


 「女性は荷物が多いでしょう。この鞄の使い方は知っていますね?」

「はい・・・なんでも入ります。そして・・・忘れてはいけない」

「その通りです。誰もが欲しがるようなものですね」

私も欲しいと思っていた。

対価は情報と、この鞄をもらってもいいかもしれない。



 「あの・・・まとめるまで、ここで待っていてください」

ルージュ様が寝室の扉を開いた。

 ・・・なるほど、たしかに下着などは見られたくないでしょうからね。

しかし・・・待っていられない。


 「ルージュ様、まとめる必要はありません。衣装棚ごと入れてしまいましょう」

「え・・・そのニルスさんという方に・・・ご迷惑ではないでしょうか・・・」

「心配はいりません。部屋が余っていますので」

「そうですか・・・。枕も・・・持っていきたいです・・・」

「構いませんよ」

私はルージュ様に鞄を渡した。

もう自分でできるようなので動いてもらおう。



 「他に必要な物はありますか?小物や装飾品、本などもお持ちになった方がいいですね」

衣装棚と枕をしまった。

他にもあれば用意していただきたい。


 「じゃあ・・・これも・・・」

ルージュ様が箱を抱えた。

 「なにが入っているのですか?」

「裁縫道具と・・・たくさんの生地が入っています。なにか作っていれば落ち着くので・・・」

「いいことです。きっと穏やかな心になれるでしょう」

すぐに使いそうな物は揃った。

あとから必要な物があれば、のちに私だけが戻ればいい。

 

 「忘れ物はありませんね?」

「・・・はい」

ルージュ様は後ろへ下がり距離を取った。

冷静になったか・・・仕方ないですね。


 「ケルト様から頂いたブローチは持っていますか?」

ニルス様との再会まで話すつもりは無かったこと・・・。

しかし、今の状態では運ぶのも疲れそうなので教えておこう。


 「・・・お父さんを知っているんですか?」

「はい、友人です。そして、あれをアリシア様に届けたのは私です。お父様は私を信頼して託してくれました」

「そうだったんですね・・・ありがとうございます。失くしたくないので衣装棚にしまっています」

ルージュ様は、初めて私の顔をよく見てくれた。

 少しは心を開いてくれたらしい。

・・・目元はケルト様と同じか。


 「む・・・それと、そこにあるアリシア様の剣・・・あなたがお持ちください。私では無理です」

聖戦の剣が壁に立てかけられていた。

・・・雷神は油断していたようだ。


 「お母さんの・・・勝手に持ち出して大丈夫でしょうか?」

「ここにあるよりはいいと思います」

使いこなせるのはこの家族だけだが、一応持っていた方がいい。



 「では・・・影の中に入ります」

ルージュ様に自分の右手を差し出した。

もう移動しなければならない。


 「え・・・あの・・・」

ルージュ様は、私の手に触れることをためらっているようだ。

あのおかしなアカデミーのせいですね・・・。

 「抵抗があるなら、手でなくても構わないので私に触れていてください。そのかわり、絶対に離してはいけません」

「・・・わかりました」

「不安なら目を瞑っていた方がいいですね・・・」

私はルージュ様と共に影に沈んだ。

掴まれたのは右腕・・・手と何が違うというのか。


 北の火山まで一息では無理だ。

一度どこかで休まなければならない。


 

 「ここで少しだけ休みます。・・・影の旅はいかがでしたか?」

どこかの森で影から出た。

 もう北部に入っている。

とりあえず敵からは離れることができたか・・・。


 「影・・・よくわかりません。不思議な・・・気分です。魔法ですか?」

「・・・同じようなものです」 

ステラ様は『転移とも違う』と仰っていた。

・・・私からすれば呪いだ。


 「・・・綺麗な森ですね・・・木も石も光っています・・・」

ルージュ様が首を動かした。

 「妖精がいるのでしょう。人が踏み入らない場所のほとんどはこんな景色ですよ」

「夢では・・・ないんですね・・・」

たしかに幻想的な雰囲気ではあるが、ただそれだけのこと・・・。

現実はなにも変わらない。

 「美しいものを感じる余裕ができたのであればよかったです。少し景色を眺めてみてはどうですか?テーゼと違って空気が澄んでいるので、心を落ち着かせてくれるはずです」

だが誤魔化すことはできる。

 「・・・はい」

それくらいは待とう・・・。



 「あの・・・ハリスさん」

ルージュ様は聖戦の剣を置いて、大木の根に腰を下ろした。

 膝を抱く姿でさえも品がいい。

・・・ミランダ様も少しは見習ってほしいものだ。


 「・・・ニルスさんというのは、どんな人なんですか?シロは、わたしを守ってくれる人だと・・・」

「そうですね・・・とても、愛のある方だと思います」

「愛・・・」

「だから守ってくれるのですよ」

ケルト様と同じ優しさ、そして・・・女神の愛と言ったところか。

だから・・・からかいたくなる。


 「わたしが知らない人なのに、そうしてくれるのはなぜですか?」

「ああ・・・そうでしたね」

余計なことを言ってしまった。

この再会は誰も意図しなかったもの・・・できれば傍観者でありたい。

 「それはご本人に聞くのがいいでしょう」

「ニルスさんは・・・わたしを知っているんですか?」

「はい、ですが私から話せるのはここまでです。もし深く知りたいのであれば、相応の対価をいただきます」

「・・・お金、あんまり持ってないです」

金銭以外でも釣り合うものは持っていないだろう。


 「じゃあ・・・お父さんはどんな人だったんですか?」

今度はケルト様か・・・。

 「変わり者です・・・が、私を友と呼んでくれました」

「あなたは・・・そう思っていなかったのですか?」

「・・・いえ、友ですよ。これ以上は対価をいただきます」

早くニルス様に預けたい・・・。


 「明日は・・・シロと一緒にお揃いの帽子を買いに行く予定だったんです・・・友達のセレシュも・・・」

「それは残念でしたね。その予定はもう崩れてしまいました」

「旅にかぶっていくものだったんです・・・」

黙っていては保てないようだ。

 引き受けたのは連れて行くことだけ・・・心の支えまでは頼まれていない。

そちらは兄に任せればいい。


 「今は事情があり留まっていますが、ニルス様は旅人です。色々お話を聞くといいでしょう」

「・・・そうなんですね。ニルスという名前・・・なんだか憶えがある気がします。不思議な気持ちが湧いてくるというか・・・。」

「言葉で説明できますか?」

「・・・できません」

繋がりは残っている。

なので慰めは再会まで待っていただこう。



 「人間さん・・・治癒を使えますか?」

「え・・・」

いつの間にか、ルージュ様の頭の上に妖精がいた。

 人間に近付いてくるとは珍しい。

それとも女神と繋がりがあるからか?


 「あの・・・治癒を・・・」

妖精がルージュ様の目の前に移動した。

 「あなたは・・・誰?」

「この辺りにいる妖精でしょう」

「初めて見ました・・・」

街から出たことのないルージュ様が驚くのも無理はないか・・・。


 「お願いします・・・治癒が使えるなら友達を助けてほしいんです・・・」

妖精は随分と焦っていた。

面倒な話だ・・・休み過ぎたせいですね。


 「・・・何があったの?」

「友達の鳥さんを驚かせたら・・・木にぶつかって羽が折れてしまったんです。向こうで・・・痛いって・・・」

「・・・どこにいるの?」

ルージュ様が立ち上がった。

まさか・・・。

 「助けるおつもりですか?手を出すなら責任が伴いますよ」

「わかっています・・・」

「先に言っておきますが、私はなにもするつもりはありません。対価も無いでしょうしね」

「・・・あなたには頼りません。妖精さん、鳥さんのところに連れていって」

「こっちです・・・」

ルージュ様は妖精と共に森の奥へと向かった。


 「女神の愛・・・か」

私はあとを追った。

・・・どうなるかは興味がある。



 「この子なの・・・」

「本当だ・・・羽が折れてる・・・」

ルージュ様は鳥へそっと手を当て、治癒を始めた。

 「大丈夫だよ・・・治してあげるから」

そうは言うが・・・弱い。

素質はニルス様と同じくらいで、擦り傷を治すのが限界のようだ。

・・・傷が塞がっても、あれでは飛ぶことはできなくなる。


 「ルージュ様、手を引くなら今しかありません。あなたの力では無理です」

諦めてもらうしかない。

こちらに非があるわけではないのだから・・・。

 「治します・・・放っておけません」

「人間さん頑張って」

・・・理解できませんね。

 おそらくルージュ様も「自分では無理だ」と気付いている。

ではなぜやめないのか・・・理由はわかる。

 

 「ハリスさん・・・」

ルージュ様が震えた声を出した。

 「なんでしょうか?」

「・・・手伝ってほしいです」

やはり救えないと悟っていたようだ。

そして・・・私もいるから諦めなかった。


 「私には頼らないと・・・先ほど仰っていましたね」

「お願いします・・・」

「どうしてあなたがそこまでする必要があるのですか?」

「もう・・・悲しいことはいやなんです・・・」

ルージュ様の頬には涙が伝っていた。

 「悲しい・・・ですか・・・」

私の足が動いた。

なぜ・・・体が勝手に向かおうとしているのだろう・・・。


 「大丈夫?」

「うん・・・大丈夫だよ」

「そっちの人間さんは・・・」

「・・・」

ルージュ様から生まれた雫が、森の光を反射して落ちていく。

それが、記憶の扉を叩いている・・・。


 『子どもってかわいいよね。ちょっとしたことで笑ってくれるからこっちも嬉しいし。ふふ、困ってたら助けてあげたくなっちゃう』

そうでしたね・・・。


 「あ・・・ありがとうございます」

「私は無償で働くのは好きではありません。・・・今後忘れないようにしてください」

ルージュ様の手に自分の手を重ねた。


 「わたしの何十倍も素質があるんですね・・・」

「ルージュ様が弱すぎるだけです」

鳥の羽がどんどん元に戻っていく。

 「わあ・・・すごい」

それに合わせてルージュ様の口元も持ち上がり、かわいらしい笑顔を見せてくれた。

無償のはずだったのに・・・。



 「もう痛くないって言ってます」

「よかったね」

鳥の治癒が終わった。

もう去ってもいいのだろうか・・・。


 「人間さん、ありがとうございます」

「もう驚かせちゃダメだよ」

「はい・・・あの、お礼がしたいです」

妖精と鳥が並んだ。

そちらも去ってほしい・・・。


 「ねえ鳥さん、二人で集めた宝物をあげようよ」

「・・・」

鳥が森の奥に飛んでいった。

 「あの・・・なにもいらないよ」

「待っててください」

まだここにいなければならないようですね・・・。



 「お二人で分けてください」

妖精は鳥の嘴から薄汚れた革の袋を外し、ルージュ様に差し出した。

・・・私には必要なさそうだ。


 「別にいいよ・・・わたし、お礼が欲しかったわけじゃないし・・・」

「・・・受け取ってください」

「う・・・うん」

ルージュ様は押しに負けた。

なんでもいい、これでケルト様の家に向かえる。


 「・・・ありがとう。中には何が入ってるの?」

「綺麗な石や形のいい木の実です。鳥さんと一緒に集めていました」

「え、じゃあ大事なものでしょ?」

「また集めます。ありがとう人間さん・・・」

妖精と鳥は仲良く並んで飛び、光る森に消えていった。

まったく・・・友なら大切にしてほしいものだ。



 「あ・・・これ宝石じゃないですか?」

ルージュ様はお礼の袋を開けて、青い石を取り出した。

遠慮はしていたが、中身は気になっていたのか。


 「ハリスさん、本物かわかりますか?」

「はい、本物です・・・が、傷だらけですね。本来宝石や貴金属は、そのようにしまうものではありません。なので価値など無いものです」

逆にお金を払って加工してもらう必要がある。

・・・タダ働きだったようだ。


 「・・・木の実が多いですね。他には・・・指輪に・・・首飾り、あ・・・鎖が切れちゃってます」

「おそらく旅人が落としたものなどを集めたのでしょう」

「あの・・・ハリスさんが全部もらってもいいと思いますけど・・・」

「いえ、無償にすると決めました。すべてあなたがお持ちください」

正直、いわくつきのものなどが混ざっていそうで触りたくない・・・。


 「本当にいいんですか?物じゃなくて、気持ちを受け取ってほしかったんだと思います」

「今回のことで対価はなにも受け取る気はありません。先を急ぎたかっただけです」

「んー・・・じゃあわたしが預かっておきます。やっぱり欲しいなって思ったら言ってくださいね」

「ふ・・・必要ありません」

それに・・・もういただいてしまった。

あの笑顔だけで充分な対価だ。


 「もうよろしいですか?すぐに移動しますよ」

「あ・・・はい」

ルージュ様がしっかりと手を握ってくれた。

腕はやめてくれたのか。


 「わたし・・・ハリスさんのことをずっと避けていたんです」

「知っていますよ。男性が苦手なのでしょう?」

だから私も近寄らないようにしていた。

 まあ、友の大切な娘だ。

なにかあれば助けるつもりではあった。


 「いえ、あなたは・・・ちょっと違います」

「教えていただけますか?」

「男の人だからというより、なにか得体のしれない怖さがありました・・・」

やはりニルス様やアリシア様と同じだったのか・・・。


 「でも・・・今日で怖くなくなりました。とても優しい人です。・・・みんなからもハリスさんはいい人だよって聞いていたんですが、それでも近付くのが怖かったんです。・・・今まで避けていてごめんなさい」

「どうでもいいことです。困ってもいませんでした」

「でも、ごめんなさい・・・」

ルージュ様は心を打ち明けてくれた。

それならば・・・。


 「・・・私は不死です。世界が沈む前から生きています」

「え・・・」

「ルージュ様の感じた怖さは、それが原因でしょう」

これはあなたの心への対価、おそらく釣り合うはずだ。

 「・・・本当ですか?」

「信じなくても構いません。ただ、嘘をつく理由もありませんね」

「・・・信じます。いい人だとわかったので」

「ふ・・・行きましょう」

長い夜だった。

だが・・・いい夜でもあった。



 「ここがニルス様の家です」

もう夜明け前、私たちは目的の場所に辿り着いた。

夜と朝の狭間・・・帰ったら謝らなければいけませんね。


 「あれは・・・山?ここは・・・どこなんですか?」

「北部、サンウィッチ領ですね」

「あ・・・お母さんが、年に一度来ていた場所・・・鍛冶屋さんがいる」

「その鍛冶屋がニルス様です」

さて・・・あのニルス様がどんな顔をなさるか楽しみだ。

 そういえば、きのうミランダ様も連れてきた。

二人でどう誤魔化すか・・・ふふ、疲れが飛ぶような反応を期待しよう。


 「とりあえず、ここは確実に安全です。そして・・・まだ起きているようですね」

明かりが灯っている。

ミランダ様に付き合って寝ていないようだ。


 「ではルージュ様、呼びかけてください」

「え・・・ハリスさんがやるべきでは・・・」

「嫌です」

「・・・わかりました」

ルージュ様は途端に不安な顔になってしまった。

そうだ・・・もっと愉快にしよう。

 「それと、シロ様と私の名前は出さないでください」

「え・・・」

「アリシア様もですね。ではお願いします」

私は扉から離れ、中からは見えないように身を隠した。

ミランダ様が気付き、二人で慌てふためいていただければ満足だ。



 「あの・・・ニルスさんという方を・・・訪ねてきました」

ずっと深呼吸をしていたルージュ様がやっと扉を叩いた。

さて、どう出てくるか・・・。


 「・・・悪いけど客が来ている。昼過ぎにしてもらえないか?」

「あの・・・」

「こんな時間にどういうつもりだ?それに、オレの名前を誰に聞いた?」

「・・・いえ・・・すみませんでした・・・」

ルージュ様はすぐに引いてしまった。

 頼ってきた妹に対してひどい対応だ。

これでまたからかえる・・・。



 「ハリスさん・・・愛なんてないですよ・・・」

ルージュ様は泣きそうな顔で私のところに来た。

諦めるのが早い・・・。


 「・・・仕方ないですね。必ず扉が開く魔法の言葉を教えましょう」

「また・・・行かないとダメですか?急ぎじゃないって答えてしまいました・・・」

そんなものは関係無い。

今入れてもらわなければ困る。


 「それに・・・お母さんとシロの知り合いといっても、わたしにとっては違います・・・だからもう・・・」

「泣き出すのは扉が開いてからにしてください」

「・・・やっぱりハリスさんは怖い人です」

そんな気持ちはすぐに吹き飛ぶ、私はそれが見たいのだ。


 「いいですか?もっと強く扉を叩き、今度はご自分の名前も伝えるのです。先ほどは名乗らなかったでしょう?」

「・・・はい、恥ずかしかったので」

「ではもう一度行きましょう。これでうまくいかなければ私がかわります」

「はい・・・」

これで問題無い、真偽を確かめるために出てくるだろう。



 「・・・」

ルージュ様がまた扉の前に立ち、今度はさっきの倍くらいの力で叩いた。

あれなら眠っていても起きる。


 「今じゃなければダメなのか?」

「・・・」

「・・・とりあえず用件は聞こう。そのまま話してみてくれ」

「・・・」

ルージュ様がこちら向いたので「話しなさい」と声を出さずに口を動かした。

目から零れているものは、兄の服に吸い取ってもらえばいい。


 「わ、わたしは・・・」

ルージュ様は聖戦の剣を強く握った。

さあ、魔法の言葉を・・・それで扉が開く。


 「わたしはルージュ・クラインといいます!ニルスさんを訪ねてきました!」

同時に中で何かが割れた。

・・・期待以上の反応だ。


 「助けてください・・・お母さんが・・・」

固く閉ざされていた扉が、いとも簡単に開いていく。

さあ、早く顔を見せていただこう。

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