第百四十九話 無償【ハリス】
「まったく・・・」
ベルが何度も鳴らされている。
一度で気付くというのに・・・。
「やれやれ・・・睡眠の邪魔だけはやめてほしい・・・」
不死と言っても私は死なないだけ、食事や睡眠は取る必要がある。
「・・・聞こえていますよ」
寝起きで聞くと不愉快だ。
対価は何を貰おうか・・・。
◆
「すみません、お客様がお呼びのようなので出ます」
まずは出かけることを伝えた。
心配させたくはない・・・。
「夜遅くに申し訳ありません。なるべく早く戻りますので」
「・・・」
「呼んでいるのはシロ様です。女性ではありませんのでご安心ください。・・・では、行ってきますね」
着替えを済ませて影に潜った。
戻ったら詳しく話してあげよう。
「私の姿が見えるまでやめるつもりはないのですね・・・」
ベルの音が鳴り止まない。
ここまで急かすということは・・・緊急か?
シロ様からの呼び出しは初めてだ。
こんな夜更けにいったいなにがあったのだろう。
・・・倉庫が燃えたか?
◆
「ベルは一度鳴らせばわかりますよ。・・・用件をお伺いしましょう」
私は言いながら周りを見渡した。
ここは・・・雷神の土地だ。
「よかった・・・頼みがある」
「仰ってください。そして状況を教えていただきたい」
シロ様の腕には、凍りついたアリシア様が抱かれている。
また愉快なことが起こったらしい。
しかし・・・これはただ凍らせたのではない。
たしか以前にも使われた氷の棺だ。
ニルス様とミランダ様の流れを止め、死を回避させたもの。
・・・興味深いですね。
「今は時間が無い・・・家の中にルージュがいる。すぐに連れ出してニルスの所へ連れてってほしい」
「・・・ニルス様の所へ?ですがそれは・・・」
「言う通りにして!」
シロ様は、今まで見たことも無い顔をしていた。
・・・感情的にならないでいただきたいものだ。
クライン家の事情はすべて聞いている。
だからこそ、理由くらいは知っておきたい。
「冷静になってください。まったくわけがわかりません。ニルス様は知っているのですか?」
「そんなわけないだろ!!時間が無いんだ!!」
「あまり大声を出さないでくださ・・・」
地面を擦る音が聞こえた。
「・・・シロ?」
遅かったか・・・。
「あれ・・・お母さん?」
ルージュ様が家から出てきてしまった。
まあいい、少し様子を見よう。
「ルージュ・・・あの・・・これは・・・」
「なにがあったの・・・お母さんはどうしちゃったの!」
ルージュ様が駆け寄ってきた。
詰め寄られたシロ様はどうするか・・・。
これで少しは事情がわかりそうだ。
「ルージュ、お母さんは・・・誰かに死の呪いをかけられてしまった・・・」
「え・・・え・・・何言ってるの・・・」
「君も狙われている・・・早くここから離れないといけない」
「二人で・・・わたしを驚かそうとしてるの?」
なるほど・・・それで氷の棺というわけか。
そして、ルージュ様にも危険が迫っている。
「僕はお母さんを精霊の城に連れて行く・・・君のことはハリスに頼んだ・・・」
「シロ!ふざけないでよ・・・なんでお母さんを凍らせたの?早く元に戻して!」
「死なないようにこうしたんだ!今は僕の言うことを聞いて!」
「・・・なんで・・・怒るの?」
ルージュ様は混乱しているようだ。
この状態で預かるのか・・・疲れそうですね。
「ごめんね・・・でも、早く安全なところに行かないといけない。そこには・・・君のことを必ず守ってくれる人がいるから」
「やだ・・・シロ・・・」
「僕の鞄を置いていくね・・・すぐに荷物をまとめて・・・」
「やだ・・・一緒にいる・・・」
ルージュ様がシロ様の腕を掴んだ。
・・・こんな事態なのに、記憶が顔を出そうとしている。
『大丈夫だよ。また一緒にいようね』
すみません、今はそういう状況ではないのです。
・・・また今度にしましょう。
「ルージュ・・・僕は・・・お母さんを運ばないと・・・」
「ダメ・・・連れて行かな・・・」
「お母さんが死なないようにするんだ!」
シロ様がルージュ様を振りほどいた。
余裕が無いのはわかるが、あれでは辛い・・・。
「なんで・・・どうしたのシロ?明日は一緒に帽子を買いに行くんだよ・・・」
「・・・ごめんね。僕も楽しみにしてたんだけど・・・」
「シロなんか・・・大嫌い・・・」
「・・・」
シロ様は拳を硬く握り、泣きじゃくるルージュ様に背を向けた。
「頼んだよハリス・・・あとで僕もニルスの所に行くから・・・」
シロ様も何が何だかわかっていないのかもしれない。
それでもルージュ様にこれ以上の不安を与えないように、心を精一杯抑えているのだろう。
だがそれは逆効果だ。
余計不安にさせているだけ・・・。
「・・・承知しました。対価は・・・」
「知っていることを全部話す。・・・協力もしてほしい」
「いいでしょう。今回の事態に興味があります。お待ちしていますよ」
「・・・」
シロ様は振り返らずにアリシア様をしっかりと抱いた。
・・・もう行かれるのですね。
「シロ・・・嘘だよって・・・今言ったら許してあげるよ・・・」
ルージュ様は事態を飲み込む気が無いようだ。
これではシロ様も・・・私も辛い。
「ルージュ、お母さんは僕が必ず助けるから・・・」
「待ってシロ!」
シロ様は飛び去ってしまった。
なぜ私を呼んだのか、共に精霊の城ではダメだったのか・・・。
できれば知りたかったが・・・。
・・・さて、仕事を受けたわけだ。ニルス様の所へ連れて行こう。
早く立ち上がっていただければですが・・・。
「お話しするのは初めてですが、私のことは知っていますね?」
私は座り込んで泣いているルージュ様に近付いた。
「・・・」
「シロ様からあなたを連れ出すように申し付けられました。・・・まずは家に入りましょう。ここは危険なようです」
「・・・」
答えは無い。
聞こえてはいるはずだが、困りましたね・・・。
「申し訳ありませんが運ばせていただきます」
ルージュ様を抱きかかえた。
「え・・・やだ・・・離して・・・」
「なにもしません」
このまま家に入れてしまおう・・・。
「やだ・・・やだ・・・」
「暴れないでください・・・」
意外と力がある・・・。
◆
「・・・待ちます。支度をしてください」
中に入ると同時にルージュ様を下ろした。
一応鍵を閉めたので、何者かが来ても時間は稼げる。
「なに・・・なんなの・・・やだよ・・・恐いよ・・・。助けて・・・お兄ちゃん・・・」
ルージュ様の混乱はまだおさまりそうもない。
その兄のところに連れて行くというのに・・・。
「少しは落ち着いていただきたい。・・・早く荷物をまとめてください」
「あなたは・・・わたしを・・・どうする気ですか・・・」
ルージュ様が棚の陰に隠れてしまった。
男性が苦手なのは知っているが、こんな時でもか・・・。
「安全な場所・・・ニルス様の所へ連れて行くだけです・・・」
「誰ですか!知らない人の所になんて行きません!もう出て行って!!」
「・・・シロ様の必死だった姿を見たでしょう?あなたを助けるためです」
「シロ・・・」
ルージュ様はまた泣き出してしまった。
私が共にいる以上、危険は無いがどうしたものか・・・。
「心が落ち着きましたら声をかけてください」
私はただ待つことにした。
今は感情がむき出しの状態、急かしても無駄だろう。
◆
時の鐘が聞こえた。
二つ・・・。
「なにが・・・あったんですか?・・・呪いってなんですか?」
ルージュ様が棚の陰から弱々しく話しかけてくれた。
ようやくか・・・涙は枯れたようだ。
「私も急に呼ばれたのです。なにもわかりません」
「お母さんは・・・大丈夫なんですか?」
「今の所・・・としか答えられません」
期待を持たせることは言えない。
あとで責められるのは嫌ですからね。
「では動きましょう。私もお手伝いしますので、必要な物を集めてください。すべて持っていきましょう」
「すぐには・・・帰れないということですか?」
「なんとも言えません。・・・着替えはどちらにありますか?」
「こっちです・・・」
ルージュ様が立ち上がった。
前向きとは言えないが、動く気になってくれたのは助かる。
「女性は荷物が多いでしょう。この鞄の使い方は知っていますね?」
「はい・・・なんでも入ります。そして・・・忘れてはいけない」
「その通りです。誰もが欲しがるようなものですね」
私も欲しいと思っていた。
対価は情報と、この鞄をもらってもいいかもしれない。
◆
「あの・・・まとめるまで、ここで待っていてください」
ルージュ様が寝室の扉を開いた。
・・・なるほど、たしかに下着などは見られたくないでしょうからね。
しかし・・・待っていられない。
「ルージュ様、まとめる必要はありません。衣装棚ごと入れてしまいましょう」
「え・・・そのニルスさんという方に・・・ご迷惑ではないでしょうか・・・」
「心配はいりません。部屋が余っていますので」
「そうですか・・・。枕も・・・持っていきたいです・・・」
「構いませんよ」
私はルージュ様に鞄を渡した。
もう自分でできるようなので動いてもらおう。
◆
「他に必要な物はありますか?小物や装飾品、本などもお持ちになった方がいいですね」
衣装棚と枕をしまった。
他にもあれば用意していただきたい。
「じゃあ・・・これも・・・」
ルージュ様が箱を抱えた。
「なにが入っているのですか?」
「裁縫道具と・・・たくさんの生地が入っています。なにか作っていれば落ち着くので・・・」
「いいことです。きっと穏やかな心になれるでしょう」
すぐに使いそうな物は揃った。
あとから必要な物があれば、のちに私だけが戻ればいい。
「忘れ物はありませんね?」
「・・・はい」
ルージュ様は後ろへ下がり距離を取った。
冷静になったか・・・仕方ないですね。
「ケルト様から頂いたブローチは持っていますか?」
ニルス様との再会まで話すつもりは無かったこと・・・。
しかし、今の状態では運ぶのも疲れそうなので教えておこう。
「・・・お父さんを知っているんですか?」
「はい、友人です。そして、あれをアリシア様に届けたのは私です。お父様は私を信頼して託してくれました」
「そうだったんですね・・・ありがとうございます。失くしたくないので衣装棚にしまっています」
ルージュ様は、初めて私の顔をよく見てくれた。
少しは心を開いてくれたらしい。
・・・目元はケルト様と同じか。
「む・・・それと、そこにあるアリシア様の剣・・・あなたがお持ちください。私では無理です」
聖戦の剣が壁に立てかけられていた。
・・・雷神は油断していたようだ。
「お母さんの・・・勝手に持ち出して大丈夫でしょうか?」
「ここにあるよりはいいと思います」
使いこなせるのはこの家族だけだが、一応持っていた方がいい。
◆
「では・・・影の中に入ります」
ルージュ様に自分の右手を差し出した。
もう移動しなければならない。
「え・・・あの・・・」
ルージュ様は、私の手に触れることをためらっているようだ。
あのおかしなアカデミーのせいですね・・・。
「抵抗があるなら、手でなくても構わないので私に触れていてください。そのかわり、絶対に離してはいけません」
「・・・わかりました」
「不安なら目を瞑っていた方がいいですね・・・」
私はルージュ様と共に影に沈んだ。
掴まれたのは右腕・・・手と何が違うというのか。
北の火山まで一息では無理だ。
一度どこかで休まなければならない。
◆
「ここで少しだけ休みます。・・・影の旅はいかがでしたか?」
どこかの森で影から出た。
もう北部に入っている。
とりあえず敵からは離れることができたか・・・。
「影・・・よくわかりません。不思議な・・・気分です。魔法ですか?」
「・・・同じようなものです」
ステラ様は『転移とも違う』と仰っていた。
・・・私からすれば呪いだ。
「・・・綺麗な森ですね・・・木も石も光っています・・・」
ルージュ様が首を動かした。
「妖精がいるのでしょう。人が踏み入らない場所のほとんどはこんな景色ですよ」
「夢では・・・ないんですね・・・」
たしかに幻想的な雰囲気ではあるが、ただそれだけのこと・・・。
現実はなにも変わらない。
「美しいものを感じる余裕ができたのであればよかったです。少し景色を眺めてみてはどうですか?テーゼと違って空気が澄んでいるので、心を落ち着かせてくれるはずです」
だが誤魔化すことはできる。
「・・・はい」
それくらいは待とう・・・。
◆
「あの・・・ハリスさん」
ルージュ様は聖戦の剣を置いて、大木の根に腰を下ろした。
膝を抱く姿でさえも品がいい。
・・・ミランダ様も少しは見習ってほしいものだ。
「・・・ニルスさんというのは、どんな人なんですか?シロは、わたしを守ってくれる人だと・・・」
「そうですね・・・とても、愛のある方だと思います」
「愛・・・」
「だから守ってくれるのですよ」
ケルト様と同じ優しさ、そして・・・女神の愛と言ったところか。
だから・・・からかいたくなる。
「わたしが知らない人なのに、そうしてくれるのはなぜですか?」
「ああ・・・そうでしたね」
余計なことを言ってしまった。
この再会は誰も意図しなかったもの・・・できれば傍観者でありたい。
「それはご本人に聞くのがいいでしょう」
「ニルスさんは・・・わたしを知っているんですか?」
「はい、ですが私から話せるのはここまでです。もし深く知りたいのであれば、相応の対価をいただきます」
「・・・お金、あんまり持ってないです」
金銭以外でも釣り合うものは持っていないだろう。
「じゃあ・・・お父さんはどんな人だったんですか?」
今度はケルト様か・・・。
「変わり者です・・・が、私を友と呼んでくれました」
「あなたは・・・そう思っていなかったのですか?」
「・・・いえ、友ですよ。これ以上は対価をいただきます」
早くニルス様に預けたい・・・。
「明日は・・・シロと一緒にお揃いの帽子を買いに行く予定だったんです・・・友達のセレシュも・・・」
「それは残念でしたね。その予定はもう崩れてしまいました」
「旅にかぶっていくものだったんです・・・」
黙っていては保てないようだ。
引き受けたのは連れて行くことだけ・・・心の支えまでは頼まれていない。
そちらは兄に任せればいい。
「今は事情があり留まっていますが、ニルス様は旅人です。色々お話を聞くといいでしょう」
「・・・そうなんですね。ニルスという名前・・・なんだか憶えがある気がします。不思議な気持ちが湧いてくるというか・・・。」
「言葉で説明できますか?」
「・・・できません」
繋がりは残っている。
なので慰めは再会まで待っていただこう。
◆
「人間さん・・・治癒を使えますか?」
「え・・・」
いつの間にか、ルージュ様の頭の上に妖精がいた。
人間に近付いてくるとは珍しい。
それとも女神と繋がりがあるからか?
「あの・・・治癒を・・・」
妖精がルージュ様の目の前に移動した。
「あなたは・・・誰?」
「この辺りにいる妖精でしょう」
「初めて見ました・・・」
街から出たことのないルージュ様が驚くのも無理はないか・・・。
「お願いします・・・治癒が使えるなら友達を助けてほしいんです・・・」
妖精は随分と焦っていた。
面倒な話だ・・・休み過ぎたせいですね。
「・・・何があったの?」
「友達の鳥さんを驚かせたら・・・木にぶつかって羽が折れてしまったんです。向こうで・・・痛いって・・・」
「・・・どこにいるの?」
ルージュ様が立ち上がった。
まさか・・・。
「助けるおつもりですか?手を出すなら責任が伴いますよ」
「わかっています・・・」
「先に言っておきますが、私はなにもするつもりはありません。対価も無いでしょうしね」
「・・・あなたには頼りません。妖精さん、鳥さんのところに連れていって」
「こっちです・・・」
ルージュ様は妖精と共に森の奥へと向かった。
「女神の愛・・・か」
私はあとを追った。
・・・どうなるかは興味がある。
◆
「この子なの・・・」
「本当だ・・・羽が折れてる・・・」
ルージュ様は鳥へそっと手を当て、治癒を始めた。
「大丈夫だよ・・・治してあげるから」
そうは言うが・・・弱い。
素質はニルス様と同じくらいで、擦り傷を治すのが限界のようだ。
・・・傷が塞がっても、あれでは飛ぶことはできなくなる。
「ルージュ様、手を引くなら今しかありません。あなたの力では無理です」
諦めてもらうしかない。
こちらに非があるわけではないのだから・・・。
「治します・・・放っておけません」
「人間さん頑張って」
・・・理解できませんね。
おそらくルージュ様も「自分では無理だ」と気付いている。
ではなぜやめないのか・・・理由はわかる。
「ハリスさん・・・」
ルージュ様が震えた声を出した。
「なんでしょうか?」
「・・・手伝ってほしいです」
やはり救えないと悟っていたようだ。
そして・・・私もいるから諦めなかった。
「私には頼らないと・・・先ほど仰っていましたね」
「お願いします・・・」
「どうしてあなたがそこまでする必要があるのですか?」
「もう・・・悲しいことはいやなんです・・・」
ルージュ様の頬には涙が伝っていた。
「悲しい・・・ですか・・・」
私の足が動いた。
なぜ・・・体が勝手に向かおうとしているのだろう・・・。
「大丈夫?」
「うん・・・大丈夫だよ」
「そっちの人間さんは・・・」
「・・・」
ルージュ様から生まれた雫が、森の光を反射して落ちていく。
それが、記憶の扉を叩いている・・・。
『子どもってかわいいよね。ちょっとしたことで笑ってくれるからこっちも嬉しいし。ふふ、困ってたら助けてあげたくなっちゃう』
そうでしたね・・・。
「あ・・・ありがとうございます」
「私は無償で働くのは好きではありません。・・・今後忘れないようにしてください」
ルージュ様の手に自分の手を重ねた。
「わたしの何十倍も素質があるんですね・・・」
「ルージュ様が弱すぎるだけです」
鳥の羽がどんどん元に戻っていく。
「わあ・・・すごい」
それに合わせてルージュ様の口元も持ち上がり、かわいらしい笑顔を見せてくれた。
無償のはずだったのに・・・。
◆
「もう痛くないって言ってます」
「よかったね」
鳥の治癒が終わった。
もう去ってもいいのだろうか・・・。
「人間さん、ありがとうございます」
「もう驚かせちゃダメだよ」
「はい・・・あの、お礼がしたいです」
妖精と鳥が並んだ。
そちらも去ってほしい・・・。
「ねえ鳥さん、二人で集めた宝物をあげようよ」
「・・・」
鳥が森の奥に飛んでいった。
「あの・・・なにもいらないよ」
「待っててください」
まだここにいなければならないようですね・・・。
◆
「お二人で分けてください」
妖精は鳥の嘴から薄汚れた革の袋を外し、ルージュ様に差し出した。
・・・私には必要なさそうだ。
「別にいいよ・・・わたし、お礼が欲しかったわけじゃないし・・・」
「・・・受け取ってください」
「う・・・うん」
ルージュ様は押しに負けた。
なんでもいい、これでケルト様の家に向かえる。
「・・・ありがとう。中には何が入ってるの?」
「綺麗な石や形のいい木の実です。鳥さんと一緒に集めていました」
「え、じゃあ大事なものでしょ?」
「また集めます。ありがとう人間さん・・・」
妖精と鳥は仲良く並んで飛び、光る森に消えていった。
まったく・・・友なら大切にしてほしいものだ。
◆
「あ・・・これ宝石じゃないですか?」
ルージュ様はお礼の袋を開けて、青い石を取り出した。
遠慮はしていたが、中身は気になっていたのか。
「ハリスさん、本物かわかりますか?」
「はい、本物です・・・が、傷だらけですね。本来宝石や貴金属は、そのようにしまうものではありません。なので価値など無いものです」
逆にお金を払って加工してもらう必要がある。
・・・タダ働きだったようだ。
「・・・木の実が多いですね。他には・・・指輪に・・・首飾り、あ・・・鎖が切れちゃってます」
「おそらく旅人が落としたものなどを集めたのでしょう」
「あの・・・ハリスさんが全部もらってもいいと思いますけど・・・」
「いえ、無償にすると決めました。すべてあなたがお持ちください」
正直、いわくつきのものなどが混ざっていそうで触りたくない・・・。
「本当にいいんですか?物じゃなくて、気持ちを受け取ってほしかったんだと思います」
「今回のことで対価はなにも受け取る気はありません。先を急ぎたかっただけです」
「んー・・・じゃあわたしが預かっておきます。やっぱり欲しいなって思ったら言ってくださいね」
「ふ・・・必要ありません」
それに・・・もういただいてしまった。
あの笑顔だけで充分な対価だ。
「もうよろしいですか?すぐに移動しますよ」
「あ・・・はい」
ルージュ様がしっかりと手を握ってくれた。
腕はやめてくれたのか。
「わたし・・・ハリスさんのことをずっと避けていたんです」
「知っていますよ。男性が苦手なのでしょう?」
だから私も近寄らないようにしていた。
まあ、友の大切な娘だ。
なにかあれば助けるつもりではあった。
「いえ、あなたは・・・ちょっと違います」
「教えていただけますか?」
「男の人だからというより、なにか得体のしれない怖さがありました・・・」
やはりニルス様やアリシア様と同じだったのか・・・。
「でも・・・今日で怖くなくなりました。とても優しい人です。・・・みんなからもハリスさんはいい人だよって聞いていたんですが、それでも近付くのが怖かったんです。・・・今まで避けていてごめんなさい」
「どうでもいいことです。困ってもいませんでした」
「でも、ごめんなさい・・・」
ルージュ様は心を打ち明けてくれた。
それならば・・・。
「・・・私は不死です。世界が沈む前から生きています」
「え・・・」
「ルージュ様の感じた怖さは、それが原因でしょう」
これはあなたの心への対価、おそらく釣り合うはずだ。
「・・・本当ですか?」
「信じなくても構いません。ただ、嘘をつく理由もありませんね」
「・・・信じます。いい人だとわかったので」
「ふ・・・行きましょう」
長い夜だった。
だが・・・いい夜でもあった。
◆
「ここがニルス様の家です」
もう夜明け前、私たちは目的の場所に辿り着いた。
夜と朝の狭間・・・帰ったら謝らなければいけませんね。
「あれは・・・山?ここは・・・どこなんですか?」
「北部、サンウィッチ領ですね」
「あ・・・お母さんが、年に一度来ていた場所・・・鍛冶屋さんがいる」
「その鍛冶屋がニルス様です」
さて・・・あのニルス様がどんな顔をなさるか楽しみだ。
そういえば、きのうミランダ様も連れてきた。
二人でどう誤魔化すか・・・ふふ、疲れが飛ぶような反応を期待しよう。
「とりあえず、ここは確実に安全です。そして・・・まだ起きているようですね」
明かりが灯っている。
ミランダ様に付き合って寝ていないようだ。
「ではルージュ様、呼びかけてください」
「え・・・ハリスさんがやるべきでは・・・」
「嫌です」
「・・・わかりました」
ルージュ様は途端に不安な顔になってしまった。
そうだ・・・もっと愉快にしよう。
「それと、シロ様と私の名前は出さないでください」
「え・・・」
「アリシア様もですね。ではお願いします」
私は扉から離れ、中からは見えないように身を隠した。
ミランダ様が気付き、二人で慌てふためいていただければ満足だ。
◆
「あの・・・ニルスさんという方を・・・訪ねてきました」
ずっと深呼吸をしていたルージュ様がやっと扉を叩いた。
さて、どう出てくるか・・・。
「・・・悪いけど客が来ている。昼過ぎにしてもらえないか?」
「あの・・・」
「こんな時間にどういうつもりだ?それに、オレの名前を誰に聞いた?」
「・・・いえ・・・すみませんでした・・・」
ルージュ様はすぐに引いてしまった。
頼ってきた妹に対してひどい対応だ。
これでまたからかえる・・・。
◆
「ハリスさん・・・愛なんてないですよ・・・」
ルージュ様は泣きそうな顔で私のところに来た。
諦めるのが早い・・・。
「・・・仕方ないですね。必ず扉が開く魔法の言葉を教えましょう」
「また・・・行かないとダメですか?急ぎじゃないって答えてしまいました・・・」
そんなものは関係無い。
今入れてもらわなければ困る。
「それに・・・お母さんとシロの知り合いといっても、わたしにとっては違います・・・だからもう・・・」
「泣き出すのは扉が開いてからにしてください」
「・・・やっぱりハリスさんは怖い人です」
そんな気持ちはすぐに吹き飛ぶ、私はそれが見たいのだ。
「いいですか?もっと強く扉を叩き、今度はご自分の名前も伝えるのです。先ほどは名乗らなかったでしょう?」
「・・・はい、恥ずかしかったので」
「ではもう一度行きましょう。これでうまくいかなければ私がかわります」
「はい・・・」
これで問題無い、真偽を確かめるために出てくるだろう。
◆
「・・・」
ルージュ様がまた扉の前に立ち、今度はさっきの倍くらいの力で叩いた。
あれなら眠っていても起きる。
「今じゃなければダメなのか?」
「・・・」
「・・・とりあえず用件は聞こう。そのまま話してみてくれ」
「・・・」
ルージュ様がこちら向いたので「話しなさい」と声を出さずに口を動かした。
目から零れているものは、兄の服に吸い取ってもらえばいい。
「わ、わたしは・・・」
ルージュ様は聖戦の剣を強く握った。
さあ、魔法の言葉を・・・それで扉が開く。
「わたしはルージュ・クラインといいます!ニルスさんを訪ねてきました!」
同時に中で何かが割れた。
・・・期待以上の反応だ。
「助けてください・・・お母さんが・・・」
固く閉ざされていた扉が、いとも簡単に開いていく。
さあ、早く顔を見せていただこう。




