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Our Story  作者: NeRix
風の章 第二部
155/481

第百四十七話 呪い【アリシア】

 闘技大会が終わってしまった。

個人はもう四回目・・・。


 「私は強い者と戦いたい!!自信のある者は大会に出てほしい!!!」

大会の最後、観客になにか伝えてくれと頼まれて思いを叫んだ。


 「今年も良かったが、まだ足りない!!もっと滾らせてくれ!!!」

すぐに空を割るほどの歓声が起こり、訓練場が揺れた。


 ・・・毎回顔ぶれがほとんど同じだ。

たくさん広めてもらって、まだ見たことのない実力者を呼んできてほしい。

実力者・・・あの子が出てくるのはいつになるんだろう?


 

 「アリシア様、握手してください」「次の優勝も期待しています」「まだ興奮がおさまりません・・・感動しました」「本当に四十歳ですか?」

訓練場を出ると、人の群れに囲まれた。


 毎回こうですぐに帰らせてはもらえない。

・・・みんなルルの店に集まっているというのに。

早く行きたいな・・・。



 私目当ての者たちが去った。

 

 「やっと終わったか・・・」

「おめでとうございますアリシア様」

長いことかかったが、ティムとエリィが待ってくれていた。

ああ・・・やっと酒場に行けるな。


 「待たせてすまない。・・・それよりティム、今日はよかったぞ。来年も楽しみだ」

ティムを抱きしめてあげた。

本当によかったから・・・。


 「くっつくんじゃねーよ・・・」

「褒めているんだ。もっと喜べ」

「うるせー、来年は勝つ・・・」

ティムは、私の腕から逃げられずにもがいている。


 虚勢ではなく確かな自信が付いてきた。

以前のような驕りは無くなり、ニルスに近付いているのを感じる。


 「やめろつってんだろ!!」

力を抜いてやった。

恥ずかしいのか・・・。

 「欲しかったらいつでも言え」

「いらねー。・・・何見てんだよ、早く行くぞ」

「あ・・・はい」

エリィはティムを優しい目で見つめていた。

ティムの成長が著しいのは彼女のおかげなんだろう。


 それは愛、世界を変える力・・・。

だから私もニルスも強くなれた。


 「そうだティム、そろそろクラインを使え」

ティムは、また「ティル・スプリング」の名前で出ていた。

どうせ偽名なら「クライン」でもいいと思う。

 「冗談じゃねーよ。ニルスと同じは死んでも嫌だね」

「本名と比べたらどうだ?」

「うるせー・・・」

本当の名である「スウェード」は使いたくないらしい。

事情はわかるが、そのうちミランダと姉弟だと思われないだろうか?


 「次の一回だけでもいい。というか、ニルスは嫌でも私とルージュはいいのだろう?」

「断っただろーが・・・早く酒場行くぞ」

ティムの目が変わった。

・・・これ以上は怒らせてしまいそうだ。



 「風神がアリシア様のご子息だったとは思いませんでした。ここまで存在を隠せているのはすごいと思います」

三人で歩き始めたと同時に、エリィがとんでもないことを口走った。

おかしい・・・ニルスが風神だと知っている・・・。


 「ティム・・・話したのか?」

犯人は一人しかいない・・・。

 「こいつは大丈夫だよ。それに、ルージュにも会う機会は減るだろ?」

「ご安心ください。誰にも話したりしません」

秘密の話はそうやって広まっていくものだ。

ティムにも「誰にも話すな」と伝えていたからな・・・。



 「つーかお前、ほんとに酒場来んの?今日は遅くなるぞ」

ティムが立ち止まった。

エリィを帰すつもりなのだろうか?


 「せっかくのお祭りなので、まだ一緒にいたいです。・・・ダメでしょうか?」

「・・・別に・・・じゃあ送ってやるよ」

「はい・・・ありがとうございます」

「遅くなんねーうちにな・・・」

ティムは不器用だが優しい。

・・・そうだ、私も手助けしてあげよう。


 「ティムの部屋に泊まればいいだろう。ルルの酒場から近い」

「ダメです!まだ結婚もしていないのに一緒の部屋で寝るなんて」

エリィが大きな声を出した。

 「まだ・・・か。考えてはいるようだな」

「お前何言ってんだ・・・」

「は・・・いえ・・・なんでもありません」

淑女か・・・私にはできない生き方だな。

 もしそんな考えがあったのなら、ケルトの家にいった時「住み込み」なんて言葉すら出なかっただろう。

・・・だから私はこれでいい。



 「あ、お母さん」

酒場の前にルージュがいた。

待ってくれていたようだ。


 「おめでとう。また優勝だね」

ルージュが抱きついてきた。

か、かわいい・・・。

 「ありがとうルージュ、みんないるのか?」

「うん、でもシロは今日来なかったみたい」

「・・・そうか、急ぎの配達が入ったのかもな」

「わたしもそうだと思う。でも明日は一緒にお祭り行くからいいの。ねえ、早く入ろうよ」

娘に手を引かれる・・・あとひと月か。


 ルージュの旅を許したことは、間違っていないはず・・・。

身の安全はシロが一緒だから心配していない。

自分・・・ただ・・・自分が寂しいだけ・・・。


 ルージュがアカデミーに行っている間も・・・一人ぼっちが寂しかった。

だから孤児院や衛兵団の所に通っていたが、本当に一人になったら夜はどうしよう・・・。


 ・・・これも罰なんだろう。

受け入れていかなければ・・・。


 「あ・・・ラミナ教官!ご、ごきげんよう」

ルージュがエリィに気付いて挨拶をした。

アカデミーを出ても淑女のままだな。


 「ごきげんよう。ふふ、よくできていますね」

「お前らの洗脳のせいで男と話せなくなったけどな」

「・・・ティムさん、洗脳ではないと何度も説明しましたよ」

「どうでもいい・・・」

たしかに男と話せなくなったのは、アカデミーのせいでもあると思う。

だが、本人の前でそこまではっきりと言わなくてもいいのに・・・。



 私は昔なじみのテーブルに着いた。

椅子も空いていたから・・・。


 「・・・変わらないなアリシア」

「べモンドさんもお元気そうですね」

「半年でそこまで変わるわけないだろう」

「私もそうですよ」

今はミランダの故郷にいるらしい。

戦場があった日・・・祭りの時だけ戻ってくる。


 「もう大会には出ないんですか?」

「そうだな・・・こいつらが組んでくれるなら凪の月は出てもいい」

べモンドさんは、ウォルターさんとジーナさんを見た。

 「えーめんどくさい・・・ていうかもう体動くわけないじゃん」

「まあ・・・いつの間にかみんな五十代だしな・・・。ジーナ、お前いくつになった?」

「ウォルター・・・二度と歳の話はしないで・・・」

戦士たちは今も仲がいい。

たしかに私と出逢った時よりも歳を取ってはいるが、それ以外は変わらない。


 「あーあ、風神が出ればもっと面白いんだけどな・・・」

ウォルターさんが私を見つめた。

たしかに早く出てきてほしいが・・・。

 「ウォルターさんは、まずティムに勝たなくては」

「・・・油断しただけだ」

「おいおっさん・・・認めろよ」

ティムは準決勝でウォルターさんを負かした。

いつまでも小僧ではないのだ。


 「来年は私も出てみようかな。ウォルターさんにならそろそろ勝てそうですし・・・入りたての時の恨みはまだ忘れてないですからね?」

ティララが目を光らせた。

ずっと煽られていたことをまだ根に持っているようだ。

 「じゃあ俺も出よっかな。・・・憶えてます?いつかぶっ殺してやろうと思ってたって」

スコットもか・・・懐かしいな。


 「まだお前らに負けるほどじゃないぜ」

「あら・・・いつまで若い気でいるんですか?」

「なんだお前ら、今日は挑発的だな」

「ふふ、なんか懐かしくなっただけですよ」

みんなそうなのだろう。

 以前は毎日のように顔を合わせていたが、戦場が終わってからは変わった。だからこうやって久しぶりに顔見知りが集まるとそういう話になる。

・・・ここにニルスもいれば、昔の話を笑いながらできたかもしれない。


 「あれ・・・そういえばミランダがいないな。べモンド、知ってるか?」

「なぜ私に聞く・・・ハリスと一緒にキビナへ行った。そのあとは風神の所に行くと聞いたな」

そうだったのか・・・。

 「居場所知ってんじゃん・・・」

「祭りにいないのは珍しいな。どおりでいつもより静かだと思ったよ」

たしかにミランダがいると賑やかになる。

だから仲間たちからも大切に思われているんだろう。


 ニルスのところに行ったのは、ルージュの話をするためなのかな?

旅をすること、あの子は反対しないだろうが驚くだろうな・・・。


 「ねえべモンド、メルダって人は連れてこないの?あんたの女の顔見たいんだけど」

ジーナさんがべモンドさんのグラスに酒を注いだ。

そういえば、私も見たことが無いな。

 「ネルズまで来い。帰る時に一緒に行くか?」

「やめとく・・・気分じゃない」

「そうか・・・機会があれば紹介しよう」

「まあ、楽しみにしとくよ」

私も機会があればでいいな・・・。


 「・・・話していたら会いたくなってきたな。明日にでも帰るか」

「え・・・あんたのそういう感じ初めてかも」

「そうだな・・・見せなかった顔だ」

今のべモンドさんは、とても軍団長には見えない。

大切な女性を愛する一人の男・・・。


 「あ・・・まだあった。この骨付きお肉ちょうだい」

小さな子どもが私たちのテーブルに現れた。

・・・チルだ。

 「お・・・精霊のお嬢ちゃんだ。ねえねえ、今日私の家に泊まってかない?」

ジーナさんが妖しい顔に変わった。

こんな子どもに何をする気だ・・・。


 「えー・・・やだ」

「おいしいお菓子もあるよー。全身に美容水やってほしいの」

「ごめんね・・・チルは明日ミントとキビナのお祭りに行くの。だからリリが寝たら、夜のうちにテーゼ出てくんだ」

「残念・・・」

他の地域でも、戦場の終わりを祝う祭りをやっているらしい。

テーゼほどではないだろうが、盛り上がっているのだろう。


 「なるほど・・・お嬢ちゃん、私も一緒に運んでほしい。途中にあるネルズという町に行きたいんだ」

べモンドさんがチルに骨付き肉の皿を渡した。

本当にすぐ帰りたいんだな・・・。


 「えー・・・お仕事ってこと?お駄賃は?」

「・・・これで明日の祭りを楽しむといい」

「わあ・・・いいよ、じゃあチルの鷹で運んであげる。じゃあ、出る時声かけるからまたあとでね」

チルはお金をかわいい財布にしまった。


 鳥の人形か・・・。

私も精霊の城からの帰りに使わせてもらっているが、たしかに早いから便利だ。



 みんなが懐かしい顔の待つテーブルへそれぞれ移っていった。

残ったのは・・・。

 

 「ルージュが旅に出るそうだな」

べモンドさんだけだ。

この話をされるとは思わなかったが、ミランダから聞いたのか?


 「十五になるまでなので、一年と約半年ですね」

「お前はどうするんだ?一人になってしまうな」

「・・・考えていません」

ルージュがいない間どうするか、今は考えたくなかった。

それよりも、旅立つまで少しでも長く一緒にいて・・・話をしてあげたい。


 「辛い時は、それが終わったあとのことを考えていた・・・ニルスが話してくれたんだ」

「・・・ルージュが近くにいます。風神と呼んでください」

「ああ、すまなかった。・・・嫌々戦場に出ていた時だ。あいつは早く戻って妹を抱いてあげたい・・・そればかり考えていたそうだ」

私も聞いた。

ニルスは笑いながら話してくれたが、当時はとても辛かっただろう。


 「それが・・・なんだと言うんですか?」

「お前もそうしたらいい。子どもたちと食卓を囲む未来を思って待っていろ」

「ですが・・・長すぎます」

日の出前に出て、昼前には戻る・・・そんな短い期間ではない。

 「一人でとは言っていない・・・まだステラ様は起きないのだから、風神と二人で待てばいいだろう。年に一度と言わず、しばらく一緒に過ごせばいい」

「あたしはそれに賛成よ」

ルルがいつの間にか近くに来ていた。

べモンドさんのグラスを見ていたみたいだ。


 「ニルスに鍛冶を習ってもいいんじゃない?装飾は・・・素質が無いみたいだけど・・・」

「鍛冶・・・」

「別に親子で仲良く過ごせればなんでもいいのよ。じゃあ、また空いたころに来ますねー」

ルルは酒を置くと奥へ戻っていった。

親子で・・・ニルスと・・・。


 「親友もああ言っているぞ?」

べモンドさんが微笑んだ。

私の顔も緩んでいる気がする。

 「ええ、そうですね」

「そういう笑顔でルージュを送り出してやればいい」

そうだな・・・言われてみればそれもいい。

 たとえば、その間にステラが起きたとしてもケルトの思い出が残る場所なら寂しくはない。

 そして、ルージュが帰る頃テーゼに戻ればいい。

それなら私も寂しくはならないだろう・・・。


 「決めるのはお前だがな」

「はい・・・考えておきます。ですが・・・いいお話でした」

私の心は決まっていた。

親子で仲良く過ごす・・・とても明るい話じゃないか。

罰は・・・そのあとで受けよう・・・。


 「おいべモンド、こっちに来いよ。ミランダと寝たのか真相を教えろ」

遠くのテーブルから、からかいが聞こえた。

 「バカどもが・・・私は説教をしに行くよ」

べモンドさんが席を立った。

・・・なぜだろう?一瞬だけ、ニルスの将来を話していたケルトと重なった。


 『・・・私も子どもの一人くらい作っておけばよかったな』

ニルスを初めて抱いてくれた時に、少し後悔が残る言い方をしていた憶えがある。

 あの人なら、いい父親にもなれただろうに・・・。

いや、メルダという人がいるから別に遅くはないか。



 一人になってしまったから、ルージュたちのテーブルに来てみた。

セレシュ、エリィと三人でお喋りをしていたみたいだ。


 「ラミナ教官は、もう自分からティムさんに言った方がいいと思います」

「グリーンさん、教えたことを忘れてしまったのですか?女性から行くものではありません」

「でも・・・気持ちを伝えないと相手がどう思ってるかはわかりません」

「私は・・・それでも待ちます。ただ・・・いつでも応えられるようにはしているので大丈夫です」

・・・大人らしい会話をしている。


 ティムを見ていれば、エリィを気に入っているのはわかる。

一緒に歩いているのもよく見るしな・・・。


 「アリシア様はどうだったのですか?」

「え・・・」

考えている間に私の話になっていたようだ。

 「すまない・・・私のなにが聞きたいんだ?」

「愛した方と・・・どのように結ばれたのかです」

「ラミナ教官、もっと聞いてください。いつも恥ずかしがってあんまり詳しく教えてくれないんです」

ルージュも聞きたいらしい・・・。


 「お願いします・・・雷神の恋を教えてください」

エリィが頬を染めながら私の目を見てきた。

参ったな・・・裸でベッドに潜り込んだなんて、ルージュもいる前で言えるわけがない・・・。

 

 「特に面白い話は無い・・・」

「では出逢いを教えてください」

「出逢い・・・」

「・・・」「・・・」「・・・」

三人がじっと答えを待っている。

・・・話せるところだけは教えてやるか。


 「私は・・・絶対に壊れない武器が欲しかった。それを作れる人間・・・ケルトのことを偶然知って、頼みに行ったのが出逢いだ」

ああ・・・随分時間が経ってしまったな。


 『へー、綺麗な顔だね。歳はいくつ?』

少し思い出しただけで、ケルトへの想いが集まり・・・重なる。

もう・・・いない・・・。


 「その武器が聖戦の剣ですね?」

「その通りだ。貴重な鉱石を使うから、初対面の私では信用が無いので作れないと言われた。だから・・・住み込みで身の回りの世話をさせてほしいと頼んだんだ」

「お母さんは信用されたんだよねー」

「まあ・・・そうだな」

というか、初めて話した時から好きだったらしい。


 『うーん・・・君は一目惚れかな』

ニルスを見せに行った時に教えてくれたからな。

ああ・・・またあなたの声を思い出す・・・。


 『まだお互いちゃんと名乗っていなかったね。もう知ってるみたいだけど・・・ケルト・ホープだ』

『アリシア・・・美しい名前だ。君に合ってると思うよ』

どうしてしまったんだろうな・・・もうどうしようもないのに・・・。


 「共に生活をしていく内に惹かれていったということですね?」

「そうだが、最初は自分の中で生まれた感情がなんなのかわからずに戸惑った」

この辺りまではルージュにも話している。

恥ずかしいから寝る前の暗闇の中で・・・。

 「戸惑っていたから、あまり顔を見ないようにしていた。だが、ケルトはそれでもよく話しかけてくれたんだ」

笑顔で何度も・・・。


 『戦場に出てるんだよね。君の性格だと前線?』

『雷神?あはは、どうして?』

『・・・なんか僕の顔を見なくなってきてない?』

・・・とても優しい声だった。

よくわからなくて、突き放すようなことを言ってしまっていた記憶がある・・・。


 「・・・ひと月ほど経った頃だ。ケルトがわたしのために剣を作ってくれると言ってくれた」

今でもはっきりと思い出せる。


 『アリシア・・・君に剣を打とう』

体温が上がって、全身が熱かった。

体は心よりも正直で・・・だからケルトを求めたんだろう。


 「そこで自分の心に気付いたんだ。そして・・・気持ちを先に伝えたのは私からだった・・・と思う」

「うう・・・そうなんですね。私にはできませんが・・・参考になりました。ありがとうございます」

エリィは胸を押さえて聞いていた。

できないのになんの参考になるのか・・・。


 好きなように、後悔の無いようにすればいい。

・・・私は後悔の無いようにはできなかったがな。


 『はじめまして・・・ニルスくん。僕は・・・君のお父さんらしいね・・・』

『アリシア、ニルス君はどんな大人になると思う?』

ケルトは息子の成長を楽しみにしていたな・・・。

再会したときはどんな気持ちだったんだろう・・・。


 『もう一度あなたに会いたいと言っていた。ルージュも抱いてみたかったって・・・』

私が・・・しっかりしていれば・・・。


 「・・・お母さん?」

「だ、大丈夫ですか?」

目の前がぼやけていた。

涙・・・いつの間に・・・。


 『ふふ、仕方ないなあ。・・・アリシア、愛しているよ』

優しい声を・・・思い出してしまうとダメなようだ。


 「すまない・・・少し疲れただけだ」

「申し訳ありません・・・興味本位で聞いてしまいました」

「気にしないでくれ、私は幸せなんだ。でも、お前たちは私よりももっと幸せになってほしい」

ルージュ、セレシュ、エリィ・・・三人ともまだとても若い。

私のように・・・なってはいけない・・・。



 夜も更け、みんな帰り始めた。


 「ティム様、エリィ様と共に泊まっていきませんか?明日の朝に素敵な朝食をご用意いたしますよ」

「近付くんじゃねー変態野郎!!・・・頭撫でんな!!」

「じゃあエリィちゃんだけでもうちに来なよ。一緒に楽しいコトしよ・・・」

「いえ・・・私は・・・自分の家に・・・」

私たちも帰ろう・・・。



 「お母さん、本当に大丈夫?」

帰り道で、ルージュが不安そうな声を出した。

さっきのことか?


 「もう平気だよ、お父さんのことを話したのは久しぶりだったからな」

心は落ち着いた。

だから、なんの心配も無い。


 「そうじゃないよ、わたしが旅に出ても平気?」

「ルージュは自分がやりたいことをしていいんだ。周りに振り回されることはない」

「でも・・・寂しくない?」

「一年と少しだから平気だ。明日はシロとおそろいの帽子を買いに行くんだろう?」

「・・・」

娘の手に力が入った。

迷わないでほしい、本当に寂しくないんだからな。


 ・・・もう決めてある。

この子とシロを笑顔で送り出したら、ハリスに頼んで火山へ行く。

ニルスと一緒に、ルージュの帰りを待っていよう。



 「あの・・・もしや、雷神アリシア様でしょうか?」

家の前に着いた時、男が話しかけてきた。

一人・・・若い、ニルスやティムと近いな。


 月明かりのおかげで、姿ははっきりとわかる。

腰には剣を下げていて、姿を見る限りは旅人か冒険者といった装いだ。


 「・・・」

ルージュが怖がり、私の後ろに隠れた。

知らない男だからな・・・。


 「・・・そうだ、私がアリシアだ」

「ああよかった。他に家も無いですし、間違っていたらどうしようかと思っていた所です」

「こんな夜更けになにか用事か?」

「そうですよね・・・遅くに申し訳ありません。・・・ぜひお会いしたいと思いまして」

男は深々と頭を下げた。

 本当に悪いと思っているのなら明日の昼間まで待てばいい。

迷惑だが・・・追い返すのも悪い気がする。


 「すまないが娘を家に入れてもいいか?話は少しならいいだろう」

「構いません。明日の朝にはテーゼを出るので、その前にお会いしたかったのです」

そういうことか・・・。



 「ルージュ、母さんは少しだけあの人と話してから戻るよ。そうだ、剣を部屋に持っていってくれるか?」

「うん、いいよ。早くね」

「そうするよ」

娘の安心した笑顔を見て扉を閉じた。

とりあえず、握手でもすれば帰ってくれるだろう。


 「気を遣わせてしまってすみません」

後ろから「本当に申し訳ない」といった声が聞こえた。

 「いや、明日の朝に発つなら仕方ない。少し話すくらいは構わないよ」

「ありがとうございます。あの・・・大会を見ていました。噂通りとてもお強い。それにすごい人気ですね」

「ああ、こちらこそありがとう」

なら他の者と同じように、訓練場の外で待っていてくれればよかったのに・・・。


 「お嬢さんはとても可愛らしいですね。もしや戦いも教えているのですか?」

「いや、娘には一切教えていない。普通の子に育てている」

「そうなのですね・・・。いいことだと思います」

男はまだまだ話したそうな雰囲気だ。

・・・どれくらいかかるんだろう?


 「お嬢さんを恐がらせたくありませんので、少し離れましょうか」

「・・・そうだな」

長く話すつもりらしい・・・。


♦︎


 家から少し離れた。

ここならルージュに男の声は聞こえないだろう。


 「お伺いしたかったことがあるのですが・・・」

男の声が、さっきよりも少しだけ低くなった。

真面目な話か?


 「もし・・・もしも戦場がまた始まったら・・・アリシア様は嬉しいですか?」

戦場・・・。

 「・・・いや、もう必要無いだろう。むしろ、無くなって良かったものだ。つまり・・・お前の言うもしもはまったく嬉しくない」

「・・・神がまた始めると言ったらどうです?」

「全力で潰す・・・。戦いは好きだが、戦場はいらない」

「そうですか・・・」

男はひどくがっかりしていた。


 ・・・なぜか幼い頃の息子と重なる。

戦場は私を昂らせ、快感をくれるものだったが、ニルスを苦しめていたものでもあった。

 ・・・だからもうあんなものは必要無い。

今の闘技大会が一番いいのだろう。


 「すまないが、娘が待っているんだ。そろそろいいだろうか?」

長く話す気は無かった。

私も疲れているからな・・・。

 「はい、最後に握手をしていただきたい・・・」

月明かりの下、男の顔がとても不気味に見えた。

今さっき重なった幼い息子はどこかに消えている。


 「ああ、構わないよ」

まあいい・・・これで終わる。

 「残念ですが・・・さようなら、雷神アリシア」

「な・・・」

握った手になにかが刺さった。

感じたと同時に全身の力が抜けていく・・・。


 「貴様・・・なにをした・・・」

うつ伏せに倒れてしまった。

声は出るが・・・体が動かない・・・。

 「雷神が協力的ならよかったのですが・・・おそらくあなたは障害になります。勝てなくはありませんが、刺し違える恐れがある・・・」

・・・協力?

いや、考えるのはあとだ。

今はこの男をなんとかしなければ・・・。


 「く・・・」

崩れた体に力を入れたが、動いてくれない。

なんだ・・・どうなっているんだ・・・。


 「ふふ・・・失礼・・・」

「触れるな・・・」

私の体が仰向けにされた。

顔・・・忘れん・・・。


 「さて・・・これで終わりです」

男の手が、私の胸に触れた。

 「うっ・・・ぐ・・・」

体の中になにかが入り込んでくる感覚があった。

冷たく、重いなにかが・・・。


 「・・・うまくいきすぎて気分がいい。・・・今、あなたに死の呪いをかけました」

死・・・。

 「なんだと・・・」

「ふふ・・・」

男が不気味に笑い出した。

何者だ・・・顔に見覚えは無い・・・。


 「これを見てください」

男が私の右手を持ち上げた。

 「手の甲に少しずつ浮かぶ線・・・円を描こうとしているのです」

たしかにそれが浮き上がっている・・・。

 「完全な円になった時・・・あなたは終わる。月が天頂に昇る頃か・・・そんなに長くありません」

冗談じゃない・・・何が起こっている?

まだ・・・死ぬわけにはいかない!


 「お前は・・・何者だ・・・」

「最後だからと話す愚かな者もいますが・・・私は違います」

なんでもいい・・・少しでも情報を・・・。


 「お嬢さんは・・・戦えないと言っていましたね。・・・お母様に決めてもらいましょうか」

・・・ルージュ!

 「始末するか・・・」

「なんだと・・・」

「それか・・・私は興味ありませんが、男の相手をするメスになってもらうか・・・どちらがいいでしょうか?」

怒りは時に、色んなものを凌駕することがあるらしい。

疲れも、毒も・・・。


 「ルージュに・・・触れるな!」

動かなかった体が持ち上がった。

この男は、今ここで・・・殺さなければいけない。

 「動けるはずは・・・」

「生きて帰さん!!」

男をおもいきり殴った。

 「く・・・」

だが、私の体はまた力を失ってしまった。

まだ倒れてはいけないのに・・・。


 「・・・油断した罰・・・そう思っておきます。あなたを殺せる代償がこれで済むなら安い」

男が立ち上がった。

あれだけでは殺せなかったようだ・・・。


 「私が・・・簡単に死ぬと思うな・・・」

「精神力ではどうにもなりません。たしかにあなたは惜しいです。あとは・・・聖女が目覚めるまで待つしかないか・・・」

聖女・・・ステラも狙われている?


 「・・・あなたのことは調べさせてもらいましたが、二人家族・・・でしたね」

「お前が・・・ルージュに触れることは絶対に許さん・・・」

「・・・恐ろしい人だ。やはりお嬢さんもここで死んでもらった方がよさそうですね。今はなにもできなくとも、復讐心があれば別ですから・・・」

男はケープの帽子を深く被り顔を隠した。


 誰かに・・・なんとか伝えなければ・・・。

戦えないルージュを・・・守ってもらわなければ・・・。


 浮かぶのは、ルージュの兄として認めている男たち・・・。

ティム・・・いやテーゼではダメだ。

関係ない者を大勢巻き込む恐れがある・・・。


 安全なのは離れた場所・・・精霊の城、もしくはケルトの家・・・。

シロ・・・ニルス・・・。

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