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Our Story  作者: NeRix
風の章 第一部
151/481

第百四十四話 新しい騎士【ヴィクター】

 憧れの人がいる。

姿は一度しか見たことないけど、ずっと瞼に焼き付いて残っていた。


 六年前・・・その人は、鍛えた技と強い意志で戦場を終わらせた。

その瞬間を近くで見れていたら・・・。

俺が一緒に戦えていたら・・・。


 その人を尊敬しているから、世界を「救う」とか「変える」っていうのに憧れている。

俺もいつかそんな男になりたい・・・いや、なってやるんだ。



 「これは女神様より授かった騎士のしるしじゃ。今日からお前は聖女の騎士・・・十三代目ヴィクターを名乗れ」

父上が、俺の首に淡く光る石をかけてくれた。


 やっと「ヴィクター」の名を継げる。

夢見てきたことだから、すごく嬉しいんだけど・・・。


 「本当にいいんですか?」

「なんじゃ?お前は今日を目指してきたんじゃろ?」

「そうですけど・・・俺はまだ父上を超えていません。今も・・・負けました」

戦場が終わってから、父上にずっと鍛えてもらってきた。

けどまだまだ遠い・・・。

 「構わん、充分強くなった。それに儂もそろそろキツいからのう・・・」

「そうは見えませんよ」

「見えなくとも衰えている。だから譲るんじゃ。それにお前も十五・・・ちょうどいい」

「・・・わかりました。騎士の名を継ぎます」

自分でも相当強くなっていることはわかる。

うん・・・前向きに考えよう。


 「では・・・まだ眠ったままではあるが、お目通りだけはしておこう。付いてこい」

「はい・・・」

俺は大きく息を吸い込んだ。

寝てる女性の部屋に入っていいもんなのかな・・・。


 今日まで一度も姿を見ることを許されなかった。

・・・ていうか、一緒に戦った人たちは顔知ってるんだよな?

なんで俺はダメだったんだろ・・・。



 屋敷の二階の奥、聖女ステラ様が眠る部屋の前まで来た。

俺が守っていく・・・どんな人なのか・・・。


 「ステラ様、入りますね」

父上が扉を叩いた。

あれ・・・まだ起きてないんだよな?


 「挨拶するんですね・・・」

「目覚めている可能性があるからな」

ああ・・・たしかにそうだ。

それに女性の部屋だし、礼儀だよな・・・。


 

 「この方が・・・」

ステラ様は、薄く微笑みながら眠っていた。

 「美人じゃろ?」

「はい・・・」

スナフにいるどの女性よりも美しい。

いや・・・この世でこれ以上の美女なんていない・・・。


 「父上、この剣は・・・」

ステラ様は、両手で美しい装飾の剣を抱いていた。


 俺の記憶にあるものと、とてもよく似ている・・・。

そう、憧れの人が持っていた剣だ。


 『まずは父親に認められるくらいになること。そうなったら剣を教えよう』

正直、父上よりもあの人に惹かれた。

 疾風のような動き、石畳すらえぐる踏み込み、俺もああなりたいとずっと思っていて・・・やっと今日だ。

十三代目になれたってことは、認められたって思っていいんだよな。


 「この剣は、栄光の剣ニルスという」

父上の声が優しくなった。

 「え・・・ニルスさんの・・・」

「ステラ様は、愛を抱いて眠っている・・・」

「・・・はい」

二人は愛し合っていたと聞いた。


 再会はステラ様が目覚めた時になる。

切ない話だったな・・・。


 「戦いはもう無い、幸福な目覚めになるはずじゃ。さて・・・代替わりの挨拶を済ますか。気付いてはいただけないじゃろうが・・・手に口づけをしろ」

父上が一歩下がった。

口づけ・・・。

 「早くしろ」

「はい・・・」

勝手に触っていいのか?

でも、しきたりならやるしかない・・・。


 「・・・どうした?そういえば、アカデミーではおなごを遠ざけていたようじゃな。触れるのも恥ずかしいか?」

「・・・からかわないでください。できますよ」

剣を抱く手を外すのは、いけない気がしただけだ。


 「失礼します・・・」

俺は跪いて、手の甲にそっと唇を当てた。

 すげー・・・こんなすべすべなのかよ・・・。

それにいい匂いもする・・・。

 

 「ぎこちないのう・・・。少しはおなごと関わるべきじゃったな」

「まだ言いますか・・・」

「これくらいで顔を赤くしとるからのう。・・・次のヴィクターはどうする気じゃ?」

「・・・ちゃんとしますから放っておいてください」

女は・・・苦手なんだよ。



 二人で庭園に戻ってきた。


 「ステラ様が目覚めれば、ニルス殿たちが迎えに来てくれることになっている。そうなったらお前も共に行け」

何度も聞かされた話を改めて言われた。

 「はい!」

あとは、役目を果たしながらその日を待つだけ・・・。


 ずっと夢見ていたことだ。

聖女の騎士として、ニルスさんたちと旅をする。

そしたら・・・俺も世界を変えられるような男になれるんだ。


 「それに・・・旅をすればいいおなごとも出逢えるじゃろう」

「必要ありません・・・」

父上は、いつも最後には女の話だ。

こういう所は見習いたくない。


 「成人したのにまだまだ子どもじゃな」

「好きにさせてください・・・」

「旅にはミランダ殿もいるんじゃぞ。遠ざける気か?」

「あ・・・ミランダさん・・・」

言われてみればそうだよな。

考えると緊張する・・・。


 「お前・・・まさか年上が好みか?ミランダ殿は肉付きがいい。そして、少しくらい触ってもそこまで怒らん」

「な、何を言ってるんですか!ただ・・・うまく話せるか心配なだけです」

「心配無い、それにシロ殿もいるじゃろ」

「あ・・・そうですね」

シロはたまにスナフまで来てくれる。

小さい頃は一緒に遊んだりして、いつの間にか仲良くなっていた。


 「とにかく、まだステラ様は目覚めん。だが、挑戦者が来たら相手はしてやれ。ただ、眠っていて会わせられんことだけは最初に伝えろ」

「はい」

とは言っても、俺が憶えている限り挑みに来たのはニルスさんたちだけだ。

観光客は来るけど、みんな庭園と騎士の姿を見るだけで満足して帰っていく。


 鍛えてはいくけど、戦う日なんてくるのかな?

それに旅に出たら、挑んでくる奴なんかいない・・・よな?



 「おーいおじいちゃーん、遊びに来たよー」

シロが屋敷に入ってきた。


 「おお、シロ殿」

前に来てからちょうど三ヶ月だ。

意外ときっちりしていて、どこに行くかはちゃんと予定を立てて回っているらしい。



 「え、じゃあ今日から?」

「そう、十三代目聖女の騎士だ」

早速シロに教えた。

口にするとなんだか誇らしい。


 「えーと・・・じゃあ呼び方は?」

「ヴィクターって呼んでほしい」

「わかった」

精霊の王ってことで、本当の名前は教えていた。

だけど今日からは誇り高い名前で呼んでほしい。


 「じゃあ、おじいちゃんはヴィクターじゃなくなったの?」

「そうじゃな」

「お名前教えて」

「カザハナじゃ」

父上は簡単に言ってしまった。

・・・役目が終わった途端に気を抜きすぎだ。


 「じゃあお祝いにもなるかな。・・・はいこれ」

シロが小さな包みをくれた。

お祝い・・・。

 「あ・・・これってもしかして」

「そう、雲鹿の手袋だよ。欲しいって言ってたでしょ?」

「ああ、ありがとうシロ」

「えっとね・・・一日ごとに取り換えて、陰干しだよ」

ニルスさんが使っていたって聞いて、すぐに欲しくなったものだった。

これで少しは近付けるかな?


 「かなり待たせてごめんね。作ってるフラニーって人と商会で、ちょっと揉めてたんだ。先に注文してた人がけっこういたからさ・・・」

「いや、気にしないでくれ。すごく嬉しい」

「よかった・・・」

怒ったりするわけがない。

ていうか、何年も前にちらっと話しただけなのに、憶えててくれたことが嬉しい。


 「あ・・・そしたら、ステラが起きたら一緒に旅に出られるんだね」

「ああ、そうなったら頼むよ」

「うん、きっと楽しいよ」

シロがいればそうなる。

いったいどんな旅になるんだろうな・・・。


 「旅の前にも楽しみはあるんだ。父上がさ、ニルスさんに出した返事の手紙に、俺の剣を打ってくれって書いてくれたんだよ」

「ふふ、きっと強いのを作ってくれるよ」

ステラ様が目覚めた時に一緒に持って来てくれる。

 考えると気持ちが昂って眠れなくなることもあった。

それを持って世界を巡れば、きっと大きなことができる・・・。


 「立ち話しとらんで東屋にでも行くといい。儂は庭の手入れをする」

父上がシロの頭を撫でた。

たしかに座って話した方がいいよな。

 「ねえおじいちゃん、ヴィクターは庭師さんやらないの?」

「儂とナツメだけで充分じゃ」

「そうなんだ・・・」

「それにこの庭園は儂の趣味じゃ。息子であっても手を加えてほしくない」

覚えろって言われたらやるつもりではあったけど、この感じならいらねーか。


 「じゃあそっち行こうぜシロ」

「うん。おじいちゃん、あとでおばさんに美容水渡しておくからね。今回は五箱」

「五・・・まだ使い切っていないのがたくさんあるぞ・・・。すまんのシロ殿・・・香りに必要な花は安くしておこう」

「ありがとう」

母上はスプリング商会の美容水を気に入っていて、倉庫にたくさん貯めている。

女性はずっと若くありたいみたいだ。


 「みんなに勧めてくれてる?五箱のうち一つはお試し用のを持ってきたんだけど」

「してないからたくさん余っとる・・・ステラ様が作ってくれていた時と同じ状態じゃ。儂が誰かに話そうとするのも禁止されていてな。本当にいいものは教えたくないんじゃろ」

「うーん・・・困ったな。ミランダが疑ってるよ。石鹸作ってくれてるから何も言わないみたいだけど・・・」

「・・・儂に言われても仕方ないことじゃ」

そして、自分が一番綺麗でいたいらしい。

ていうか・・・俺にも毎日使えってうるさい・・・。


 「まあ・・・あとでちょっとだけ話してみるね。香りのオーロラの分はできてる?それも取りに来たんだ」

「できとるよ。あそことのやり取りが無くなって少しだけ楽じゃ」

「ノアが引き継いでくれたんだ。ハリスが言ってたけど、交渉がすごくうまいんだって」

「そうか・・・商会の働き手たちとは、またテーゼに行った時に話すとしよう」

シロと父上の話はいつまで続くんだろ・・・。



 「あはは、ミランダは恐くないよ」

シロに不安を打ち明けた。

女性・・・うまくやっていけるか・・・。


 「でも緊張するよ。八歳の時にちらっと見ただけだからさ」

「平気平気、心配することないよ」

「わかってはいるんだけど・・・」

意識しちゃうんだよな・・・。


 「んー・・・ヴィクターは、なんかルージュみたいだね」

シロがお菓子をかじった。

ルージュ・・・。

 「・・・ニルスさんの妹だよな?」

「うん、ルージュは男の人が得意じゃないみたいですぐ隠れちゃうんだよ」

隠れる・・・俺はそこまでじゃないな。

話せって言われたらできるし・・・。


 「ねえねえ、もし女の人が挑戦しに来たらどうするの?」

「挑戦者は別だ。戦うなら男も女も無い」

「それは平気なんだ・・・」

女だから戦えないなんてことは無い。

誰が来てもステラ様を守るのが俺の役目だからな。


 「そうだ、闘技大会には出ないの?殖の月は個人だから一人でも大丈夫だよ」

「うーん・・・そういうのは興味無いんだよ。ていうか、どっちにしろステラ様が目覚めるまでスナフを離れられないし」

「残念だな・・・個人の方はもう二回やったけど、どっちもお母さんが優勝したんだよ」

「まあ・・・強いなら女でも認めるよ」

雷神・・・アリシアさんはニルスさんと同じくらい強いって聞いてる。

もし今挑戦しに来たら・・・認めるしかないだろうな。


 「じゃあお祭りもダメかな?三日間やっててずっと楽しいんだよ。一日くらいなら大丈夫じゃない?」

「いや・・・ステラ様が起きたらだな。俺は騎士だから離れるわけにはいかない」

「わかった。じゃあ約束ね」

「ああ、誘ってくれてありがとな」

聖女の騎士として、主を放って遊びになんか行けない。

そこまで行きたいっても思わないし・・・。


 「・・・あ、その石も貰ったんだね」

シロが俺の首にあるしるしに気付いた。

・・・俺も忘れてたな。

 「ああ、聖女の騎士の証だ。とても誇りに思う」

「僕たちとおそろいだね」

シロも服の内側から淡く光る石を取り出した。

精霊の輝石か・・・。


 「友達のしるしでもあるんだ。ルージュもセレシュもバニラも、それを見せればみんな仲良くしてくれるよ」

「・・・女はいいよ」

「ふーん、じゃあシリウスは大丈夫だね」

シリウスはたしか・・・男だったな。

 「まあそいつとならな」

「あはは、変なの」

「笑うなよ。なあ・・・今日は泊まってくのか?またドラゴンの人形出してくれよ」

「ごめん・・・夜にちょっとお仕事があるんだ。でも、夕方までは一緒にいるからあとで出してあげる」

そうか・・・残念だな。



 「ごきげんよう精霊さん」

シロと話し込んでいると、妖精が近くに寄ってきた。

見た目は・・・女だな。


 「こんにちは、遊んでたの?」

「いいえ、今日は水脈を見て回っていました」

「いつもありがとう。疲れたら休んだり遊んだりしてね」

「きのうは遊んでいました。ありがとうございます」

妖精は、丁寧に頭を下げると庭園の奥に飛んでいった。

 あいつらは働き者だと思ってたけど遊ぶんだな。

・・・何してんだろ?


 「シロ、妖精は何して遊ぶんだ?」

「子どもとあんまり変わらないよ。その辺を飛び回ったり、鳥とか獣と遊んだり、落ちてる綺麗な石とか珍しい物を集めたりとかかな」

「子どもっていうか・・・シロと一緒だな」

「ヴィクターもそうだったよね?宝があるかもって、浜辺をずっと掘ってたし・・・」

シロが恥ずかしい思い出を掘り返してくれた。

まあ・・・結局なんにもなかったけど、シロと一緒だったから楽しかったな。


 「ヴィクターはいつの間にかずっと背が高くなったよね。ルージュとかシリウスもなんだ。でも・・・みんな僕と遊んでくれる。大きくなっても変わらないのはいいよね」

「そんな簡単に変わるかよ。俺はずっとシロと友達だからな」

「えへへ、そしたらルージュやセレシュとも友達になってね」

「く・・・会えたらな」

そいつらはずっと街にいるだろうし、会うのは旅に出たあとかな。

 とりあえず今すぐではない。

・・・だけど、いつもの確認をしとこう。


 「シロ、お前の友達の女の子に俺の話はしてないだろうな?」

「うん、してない。でもシリウスには話してるよ」

「そうか・・・ならいい」

女を意識しすぎなのかもしれない。

 だけど知らないところで自分のことを想像されるのはなんか嫌だ。

だからシロには「他の女に俺の話はしないでくれ」って頼んでいる。


 「そうだ、人形でルージュたちを作ってあげる。今の内に顔だけでも覚えておいた方がいいよね?」

「いや・・・別にいらない」

「そう・・・」

人形で出されても、実際会う何年後かは違うかもしれないしな。

とりあえず今はいいや。


 「じゃあ、もし直接連れてきたら会う?」

「・・・来れるんならな」

「ふーん・・・」

シロはいじわるそうな顔をした。

・・・ちょっとムカつく。

 

 でも・・・よく考えたらルージュとかセレシュは年下だよな。

だから変に意識することは無いのかもしれない。

 あ・・・でもバニラって子は同い年だったっけ。

そっちは本当に連れてきたらやりづらそうだ。

あれ・・・なんで女のことばっか考えてんだよ。


 別に興味無いってわけじゃないけど、俺の進む道に女はいなくてもいい。

世界を変えるのは、ニルスさんと一緒にいればできそうだからな。

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