第百四十四話 新しい騎士【ヴィクター】
憧れの人がいる。
姿は一度しか見たことないけど、ずっと瞼に焼き付いて残っていた。
六年前・・・その人は、鍛えた技と強い意志で戦場を終わらせた。
その瞬間を近くで見れていたら・・・。
俺が一緒に戦えていたら・・・。
その人を尊敬しているから、世界を「救う」とか「変える」っていうのに憧れている。
俺もいつかそんな男になりたい・・・いや、なってやるんだ。
◆
「これは女神様より授かった騎士のしるしじゃ。今日からお前は聖女の騎士・・・十三代目ヴィクターを名乗れ」
父上が、俺の首に淡く光る石をかけてくれた。
やっと「ヴィクター」の名を継げる。
夢見てきたことだから、すごく嬉しいんだけど・・・。
「本当にいいんですか?」
「なんじゃ?お前は今日を目指してきたんじゃろ?」
「そうですけど・・・俺はまだ父上を超えていません。今も・・・負けました」
戦場が終わってから、父上にずっと鍛えてもらってきた。
けどまだまだ遠い・・・。
「構わん、充分強くなった。それに儂もそろそろキツいからのう・・・」
「そうは見えませんよ」
「見えなくとも衰えている。だから譲るんじゃ。それにお前も十五・・・ちょうどいい」
「・・・わかりました。騎士の名を継ぎます」
自分でも相当強くなっていることはわかる。
うん・・・前向きに考えよう。
「では・・・まだ眠ったままではあるが、お目通りだけはしておこう。付いてこい」
「はい・・・」
俺は大きく息を吸い込んだ。
寝てる女性の部屋に入っていいもんなのかな・・・。
今日まで一度も姿を見ることを許されなかった。
・・・ていうか、一緒に戦った人たちは顔知ってるんだよな?
なんで俺はダメだったんだろ・・・。
◆
屋敷の二階の奥、聖女ステラ様が眠る部屋の前まで来た。
俺が守っていく・・・どんな人なのか・・・。
「ステラ様、入りますね」
父上が扉を叩いた。
あれ・・・まだ起きてないんだよな?
「挨拶するんですね・・・」
「目覚めている可能性があるからな」
ああ・・・たしかにそうだ。
それに女性の部屋だし、礼儀だよな・・・。
◆
「この方が・・・」
ステラ様は、薄く微笑みながら眠っていた。
「美人じゃろ?」
「はい・・・」
スナフにいるどの女性よりも美しい。
いや・・・この世でこれ以上の美女なんていない・・・。
「父上、この剣は・・・」
ステラ様は、両手で美しい装飾の剣を抱いていた。
俺の記憶にあるものと、とてもよく似ている・・・。
そう、憧れの人が持っていた剣だ。
『まずは父親に認められるくらいになること。そうなったら剣を教えよう』
正直、父上よりもあの人に惹かれた。
疾風のような動き、石畳すらえぐる踏み込み、俺もああなりたいとずっと思っていて・・・やっと今日だ。
十三代目になれたってことは、認められたって思っていいんだよな。
「この剣は、栄光の剣ニルスという」
父上の声が優しくなった。
「え・・・ニルスさんの・・・」
「ステラ様は、愛を抱いて眠っている・・・」
「・・・はい」
二人は愛し合っていたと聞いた。
再会はステラ様が目覚めた時になる。
切ない話だったな・・・。
「戦いはもう無い、幸福な目覚めになるはずじゃ。さて・・・代替わりの挨拶を済ますか。気付いてはいただけないじゃろうが・・・手に口づけをしろ」
父上が一歩下がった。
口づけ・・・。
「早くしろ」
「はい・・・」
勝手に触っていいのか?
でも、しきたりならやるしかない・・・。
「・・・どうした?そういえば、アカデミーではおなごを遠ざけていたようじゃな。触れるのも恥ずかしいか?」
「・・・からかわないでください。できますよ」
剣を抱く手を外すのは、いけない気がしただけだ。
「失礼します・・・」
俺は跪いて、手の甲にそっと唇を当てた。
すげー・・・こんなすべすべなのかよ・・・。
それにいい匂いもする・・・。
「ぎこちないのう・・・。少しはおなごと関わるべきじゃったな」
「まだ言いますか・・・」
「これくらいで顔を赤くしとるからのう。・・・次のヴィクターはどうする気じゃ?」
「・・・ちゃんとしますから放っておいてください」
女は・・・苦手なんだよ。
◆
二人で庭園に戻ってきた。
「ステラ様が目覚めれば、ニルス殿たちが迎えに来てくれることになっている。そうなったらお前も共に行け」
何度も聞かされた話を改めて言われた。
「はい!」
あとは、役目を果たしながらその日を待つだけ・・・。
ずっと夢見ていたことだ。
聖女の騎士として、ニルスさんたちと旅をする。
そしたら・・・俺も世界を変えられるような男になれるんだ。
「それに・・・旅をすればいいおなごとも出逢えるじゃろう」
「必要ありません・・・」
父上は、いつも最後には女の話だ。
こういう所は見習いたくない。
「成人したのにまだまだ子どもじゃな」
「好きにさせてください・・・」
「旅にはミランダ殿もいるんじゃぞ。遠ざける気か?」
「あ・・・ミランダさん・・・」
言われてみればそうだよな。
考えると緊張する・・・。
「お前・・・まさか年上が好みか?ミランダ殿は肉付きがいい。そして、少しくらい触ってもそこまで怒らん」
「な、何を言ってるんですか!ただ・・・うまく話せるか心配なだけです」
「心配無い、それにシロ殿もいるじゃろ」
「あ・・・そうですね」
シロはたまにスナフまで来てくれる。
小さい頃は一緒に遊んだりして、いつの間にか仲良くなっていた。
「とにかく、まだステラ様は目覚めん。だが、挑戦者が来たら相手はしてやれ。ただ、眠っていて会わせられんことだけは最初に伝えろ」
「はい」
とは言っても、俺が憶えている限り挑みに来たのはニルスさんたちだけだ。
観光客は来るけど、みんな庭園と騎士の姿を見るだけで満足して帰っていく。
鍛えてはいくけど、戦う日なんてくるのかな?
それに旅に出たら、挑んでくる奴なんかいない・・・よな?
◆
「おーいおじいちゃーん、遊びに来たよー」
シロが屋敷に入ってきた。
「おお、シロ殿」
前に来てからちょうど三ヶ月だ。
意外ときっちりしていて、どこに行くかはちゃんと予定を立てて回っているらしい。
◆
「え、じゃあ今日から?」
「そう、十三代目聖女の騎士だ」
早速シロに教えた。
口にするとなんだか誇らしい。
「えーと・・・じゃあ呼び方は?」
「ヴィクターって呼んでほしい」
「わかった」
精霊の王ってことで、本当の名前は教えていた。
だけど今日からは誇り高い名前で呼んでほしい。
「じゃあ、おじいちゃんはヴィクターじゃなくなったの?」
「そうじゃな」
「お名前教えて」
「カザハナじゃ」
父上は簡単に言ってしまった。
・・・役目が終わった途端に気を抜きすぎだ。
「じゃあお祝いにもなるかな。・・・はいこれ」
シロが小さな包みをくれた。
お祝い・・・。
「あ・・・これってもしかして」
「そう、雲鹿の手袋だよ。欲しいって言ってたでしょ?」
「ああ、ありがとうシロ」
「えっとね・・・一日ごとに取り換えて、陰干しだよ」
ニルスさんが使っていたって聞いて、すぐに欲しくなったものだった。
これで少しは近付けるかな?
「かなり待たせてごめんね。作ってるフラニーって人と商会で、ちょっと揉めてたんだ。先に注文してた人がけっこういたからさ・・・」
「いや、気にしないでくれ。すごく嬉しい」
「よかった・・・」
怒ったりするわけがない。
ていうか、何年も前にちらっと話しただけなのに、憶えててくれたことが嬉しい。
「あ・・・そしたら、ステラが起きたら一緒に旅に出られるんだね」
「ああ、そうなったら頼むよ」
「うん、きっと楽しいよ」
シロがいればそうなる。
いったいどんな旅になるんだろうな・・・。
「旅の前にも楽しみはあるんだ。父上がさ、ニルスさんに出した返事の手紙に、俺の剣を打ってくれって書いてくれたんだよ」
「ふふ、きっと強いのを作ってくれるよ」
ステラ様が目覚めた時に一緒に持って来てくれる。
考えると気持ちが昂って眠れなくなることもあった。
それを持って世界を巡れば、きっと大きなことができる・・・。
「立ち話しとらんで東屋にでも行くといい。儂は庭の手入れをする」
父上がシロの頭を撫でた。
たしかに座って話した方がいいよな。
「ねえおじいちゃん、ヴィクターは庭師さんやらないの?」
「儂とナツメだけで充分じゃ」
「そうなんだ・・・」
「それにこの庭園は儂の趣味じゃ。息子であっても手を加えてほしくない」
覚えろって言われたらやるつもりではあったけど、この感じならいらねーか。
「じゃあそっち行こうぜシロ」
「うん。おじいちゃん、あとでおばさんに美容水渡しておくからね。今回は五箱」
「五・・・まだ使い切っていないのがたくさんあるぞ・・・。すまんのシロ殿・・・香りに必要な花は安くしておこう」
「ありがとう」
母上はスプリング商会の美容水を気に入っていて、倉庫にたくさん貯めている。
女性はずっと若くありたいみたいだ。
「みんなに勧めてくれてる?五箱のうち一つはお試し用のを持ってきたんだけど」
「してないからたくさん余っとる・・・ステラ様が作ってくれていた時と同じ状態じゃ。儂が誰かに話そうとするのも禁止されていてな。本当にいいものは教えたくないんじゃろ」
「うーん・・・困ったな。ミランダが疑ってるよ。石鹸作ってくれてるから何も言わないみたいだけど・・・」
「・・・儂に言われても仕方ないことじゃ」
そして、自分が一番綺麗でいたいらしい。
ていうか・・・俺にも毎日使えってうるさい・・・。
「まあ・・・あとでちょっとだけ話してみるね。香りのオーロラの分はできてる?それも取りに来たんだ」
「できとるよ。あそことのやり取りが無くなって少しだけ楽じゃ」
「ノアが引き継いでくれたんだ。ハリスが言ってたけど、交渉がすごくうまいんだって」
「そうか・・・商会の働き手たちとは、またテーゼに行った時に話すとしよう」
シロと父上の話はいつまで続くんだろ・・・。
◆
「あはは、ミランダは恐くないよ」
シロに不安を打ち明けた。
女性・・・うまくやっていけるか・・・。
「でも緊張するよ。八歳の時にちらっと見ただけだからさ」
「平気平気、心配することないよ」
「わかってはいるんだけど・・・」
意識しちゃうんだよな・・・。
「んー・・・ヴィクターは、なんかルージュみたいだね」
シロがお菓子をかじった。
ルージュ・・・。
「・・・ニルスさんの妹だよな?」
「うん、ルージュは男の人が得意じゃないみたいですぐ隠れちゃうんだよ」
隠れる・・・俺はそこまでじゃないな。
話せって言われたらできるし・・・。
「ねえねえ、もし女の人が挑戦しに来たらどうするの?」
「挑戦者は別だ。戦うなら男も女も無い」
「それは平気なんだ・・・」
女だから戦えないなんてことは無い。
誰が来てもステラ様を守るのが俺の役目だからな。
「そうだ、闘技大会には出ないの?殖の月は個人だから一人でも大丈夫だよ」
「うーん・・・そういうのは興味無いんだよ。ていうか、どっちにしろステラ様が目覚めるまでスナフを離れられないし」
「残念だな・・・個人の方はもう二回やったけど、どっちもお母さんが優勝したんだよ」
「まあ・・・強いなら女でも認めるよ」
雷神・・・アリシアさんはニルスさんと同じくらい強いって聞いてる。
もし今挑戦しに来たら・・・認めるしかないだろうな。
「じゃあお祭りもダメかな?三日間やっててずっと楽しいんだよ。一日くらいなら大丈夫じゃない?」
「いや・・・ステラ様が起きたらだな。俺は騎士だから離れるわけにはいかない」
「わかった。じゃあ約束ね」
「ああ、誘ってくれてありがとな」
聖女の騎士として、主を放って遊びになんか行けない。
そこまで行きたいっても思わないし・・・。
「・・・あ、その石も貰ったんだね」
シロが俺の首にあるしるしに気付いた。
・・・俺も忘れてたな。
「ああ、聖女の騎士の証だ。とても誇りに思う」
「僕たちとおそろいだね」
シロも服の内側から淡く光る石を取り出した。
精霊の輝石か・・・。
「友達のしるしでもあるんだ。ルージュもセレシュもバニラも、それを見せればみんな仲良くしてくれるよ」
「・・・女はいいよ」
「ふーん、じゃあシリウスは大丈夫だね」
シリウスはたしか・・・男だったな。
「まあそいつとならな」
「あはは、変なの」
「笑うなよ。なあ・・・今日は泊まってくのか?またドラゴンの人形出してくれよ」
「ごめん・・・夜にちょっとお仕事があるんだ。でも、夕方までは一緒にいるからあとで出してあげる」
そうか・・・残念だな。
◆
「ごきげんよう精霊さん」
シロと話し込んでいると、妖精が近くに寄ってきた。
見た目は・・・女だな。
「こんにちは、遊んでたの?」
「いいえ、今日は水脈を見て回っていました」
「いつもありがとう。疲れたら休んだり遊んだりしてね」
「きのうは遊んでいました。ありがとうございます」
妖精は、丁寧に頭を下げると庭園の奥に飛んでいった。
あいつらは働き者だと思ってたけど遊ぶんだな。
・・・何してんだろ?
「シロ、妖精は何して遊ぶんだ?」
「子どもとあんまり変わらないよ。その辺を飛び回ったり、鳥とか獣と遊んだり、落ちてる綺麗な石とか珍しい物を集めたりとかかな」
「子どもっていうか・・・シロと一緒だな」
「ヴィクターもそうだったよね?宝があるかもって、浜辺をずっと掘ってたし・・・」
シロが恥ずかしい思い出を掘り返してくれた。
まあ・・・結局なんにもなかったけど、シロと一緒だったから楽しかったな。
「ヴィクターはいつの間にかずっと背が高くなったよね。ルージュとかシリウスもなんだ。でも・・・みんな僕と遊んでくれる。大きくなっても変わらないのはいいよね」
「そんな簡単に変わるかよ。俺はずっとシロと友達だからな」
「えへへ、そしたらルージュやセレシュとも友達になってね」
「く・・・会えたらな」
そいつらはずっと街にいるだろうし、会うのは旅に出たあとかな。
とりあえず今すぐではない。
・・・だけど、いつもの確認をしとこう。
「シロ、お前の友達の女の子に俺の話はしてないだろうな?」
「うん、してない。でもシリウスには話してるよ」
「そうか・・・ならいい」
女を意識しすぎなのかもしれない。
だけど知らないところで自分のことを想像されるのはなんか嫌だ。
だからシロには「他の女に俺の話はしないでくれ」って頼んでいる。
「そうだ、人形でルージュたちを作ってあげる。今の内に顔だけでも覚えておいた方がいいよね?」
「いや・・・別にいらない」
「そう・・・」
人形で出されても、実際会う何年後かは違うかもしれないしな。
とりあえず今はいいや。
「じゃあ、もし直接連れてきたら会う?」
「・・・来れるんならな」
「ふーん・・・」
シロはいじわるそうな顔をした。
・・・ちょっとムカつく。
でも・・・よく考えたらルージュとかセレシュは年下だよな。
だから変に意識することは無いのかもしれない。
あ・・・でもバニラって子は同い年だったっけ。
そっちは本当に連れてきたらやりづらそうだ。
あれ・・・なんで女のことばっか考えてんだよ。
別に興味無いってわけじゃないけど、俺の進む道に女はいなくてもいい。
世界を変えるのは、ニルスさんと一緒にいればできそうだからな。




