第百四十三話 弱虫【ミランダ】
夏・・・しんどい・・・。
シロがいないと家の中が暑い、しかも汗でべたべたになって気持ち悪い・・・。
まったく、遊び歩いてないで帰ってきなさいよね。
ああ・・・最後にあの子を抱っこして寝たのは何日前だったかな・・・。
◆
「ふふ、ノア・・・ミランダさんまだ朝起きたまんまの恰好してるよ」
エストが小さい声で囁いた。
聞こえてんだけど・・・。
「暑いんだからいいじゃん。エストもノアも脱ぎなよ」
「遠慮しておきます」
「僕も結構です」
無理することないのに。
どうせ知り合いしか入ってこないんだから・・・。
「おい、配達終わったぞ・・・お、バカがまた脱いでんな」
バカが入ってきた。
こいつに言われると余計ムカつく・・・。
「うるさい・・・申込書の整理でもしてな」
「お前のへそってさ、前は縦に割れてたよな」
「ティム・・・ジーナさんのとこ配達行く?担当ノアからあんたに戻すよ」
「・・・スミマセンデシタ」
これが効くのは知ってる。
ほんとに頭きたらそうするつもりだ。
「ミランダさん、別に僕はジーナさんのとこなら・・・」
「お黙り!」
ノアは別に嫌ではないみたい。
むしろ喜んで行ってるような気もするけど、それじゃバカへの脅しにならなくなる。
えっと・・・他には・・・。
「そうだ、スプリングの名前も使わせてあげないわよ?」
「・・・ホントウニスミマセンデシタ」
これも効く。
まったく、あたしにたてつこうなんて考えが甘いのよ。
「なんだよ・・・氷菓子買ってきてやったのにさ・・・」
「え・・・ちょっとそれ先に言いなよティムちゃーん。ほら、揉んでいいよー」
全部許そう。
ご主人様が誰か、ちゃんとわかってるみたいだからね。
◆
「あ、そろそろルージュが終わる時間ね。迎え行ってこよ。・・・ティムも来なよ」
時の鐘が聞こえた。
今出ればちょうどいいはずだ。
「俺が行くとガキどもが恐がんだろーが」
ティムが剣を磨く手を止めた。
「つーかちけーんだから勝手に来んだろ」
「いや・・・アリシア様にそうしてやってくれって言われてるし」
「来月には十二だぞ?ちょっと見回せば衛兵もいんのに心配しすぎだ・・・」
水の月だからアリシア様がいない。
今日の朝にテーゼを出てって、その間ルージュが帰ってくるのはうちだ。
そして、ハリスが極力顔を出さないようになる。
「そういえば、あんたにニルスの居場所教えたじゃん。いつ行くつもりなの?」
ティムはまだ火山に行ってない。
そのつもりなら休みあげてもいいんだけどな。
「・・・闘技大会で優勝したらって決めた」
「ああ、前回も残念だったよね」
さすがに二連続で一回戦アリシア様は無かった。
だからいいとこまでいくと思ったんだけど・・・。
「ちっ・・・軍団長とかウォルターとかイライザとか・・・いつまで現役のつもりだっての・・・」
「その軍団長に負けたよねー。まあ結局優勝はまたアリシア様だったけど」
「あのおっさんもよくやったよ。雷神が何度もぶっ飛ばされてたからな」
でも、同じ数だけ立ち上がってくれた。
あの時の歓声は、テーゼ全部に響くくらい大きかったな。
「ティムさんて、なんでずっと偽名なんですか?顔も隠さなきゃいいのに」
「それ僕も聞きたいです。謎ですよね」
エストとノアが話に入ってきた。
手はちゃんと動いてるから許してやろう。
「うるせーな・・・」
「誰かから逃げてんですか?あ・・・すっごい借金があるとか。だから優勝してそれを清算しようとしてる。で、その前に見つかるとまずいから隠してる・・・とか?」
「それだったら功労者受けてるんじゃないかな?闘技大会の優勝一千万とは比べものにならないでしょ」
「話す気ねーよ。仕事しろ」
ティムは二人を睨みつけた。
こいついまだに昔のこと教えてくんないのよね・・・。
なんか事情があるみたいだから無理には聞かないけど、あたしたちにくらい話してくれてもいいと思うんだけどな。
「謎っていえば、アリシアさんもですよね。なんで老けないんだろ・・・もっと熟した方が魅力的だよね」
「どっちが魅力的かは人によるだろうけど、わたしも気になってるんだよね。ミランダさんと同い年に見えるし、ルージュと並ぶと歳の離れた姉妹って感じ」
「美容水だけであれはおかしいよ。体質だけじゃ説明つかない」
「ルルさんがかわいそうだよね。あれじゃ友達でも嫉妬するよ」
エストたちの話題がアリシア様に変わった。
ここでそれを知ってるのはあたしとティムだけだ。
できる限り外には出さないってみんなで話し合ってこうなってる。
「ニルスさんもそうなんですか?」
ノアがあたしを見てきた。
「ニルスは歳相応だよ」
「うわー早く見たーい。ノアもそう思うよね?」
「うん、アリシアさんとルージュを見る限りは期待しちゃうよね」
「もうちょっと待っててよ。ステラが起きたら一緒に紹介するからさ」
そう、あとちょっとのはずなんだ。
もう六年経った。
女神様は「十年はかかんないくらい」って言ってたらしいから、半分は過ぎてんのよね。
待てよ、そしたら旅に出るのももうすぐになるかも。
・・・来年くらいからは、ノアとエストに任せられるように色々教えていこう。
「会っても面白くねーぞ。あいつ変な奴だからな」
「変じゃないよ。あんたみたいに自惚れたことなんかないし」
「・・・なんだと」
「はあ・・・はあ・・・許さねえ・・・だっけ?痛くて動けなかったんだよねー」
あたしはあの時のティムと同じように寝転がって、わざとからかうように真似して見せた。
「・・・」
ティムはなにも言い返せずに苦い顔だ。
き、きもちいい・・・。
「ふふ・・・ノア、これはあれだね。・・・好きにすればいい」
「たしかにそうだね」
「わたし、あれ聞きたいな。雨が降りそうな風の匂いだ・・・なんかかっこいいよね」
「僕もあるよ。オレの背中だけを見ていればいい・・・男として憧れちゃうよね」
ニルスの言葉はたまに二人も使う。
・・・あたしが喋り過ぎたせいだけど。
「でもティムさんは相当強いと思いますよ」
「そうですよ、ミランダさんも心の奥では認めてますよ」
「・・・慰めてんじゃねーよ」
「そうよね・・・思い出したくないこともあるよねティムくん」
「・・・」
ティムが溜め息を零した。
あ、言い過ぎたか。
からかうと面白いけど、やりすぎると喋ってくれなくなるからな。
「ほら、そんな落ち込んでないで。ルージュのお迎えいこーよ。・・・起こして」
「・・・だから恐がられるって言ってんだろーが」
「あたしと一緒にいれば大丈夫よ。部下なんだからさ」
「もう隊長だとは思ってねーぞ。早く服着ろよ」
護衛だって思わせればあそこの女の子たちもそこまで恐がらないと思う。
ていうか、あそこのメス共は慣らさないとダメでしょ。
◆
「あ・・・ごきげんよう英雄ミランダ様」「握手していただけますか?」「お母様と一緒に美容水を使わせていただいています」
アカデミーの門の前に着くと、早速女の子たちに囲まれた。
ティムはいつの間にか衛兵詰所の裏に逃げている。
「みなさん、なにを騒いでいるのですか?」
教官が出てきた。
「外ではしゃぐなんてはしたないですよ」
女の子たちはすっと姿勢を正しておとなしくなってる。
すご・・・あたしにはできないな。
「あ・・・英雄ミランダ様でしたか。ごきげんよう」
「あはは・・・こんにちは」
たしか・・・エリィって教官だ。
何回か会ったことあるけど、この子お堅いから苦手なのよね・・・。
「あの・・・以前にも申し上げましたが胸元を出し過ぎです。子どもたちが真似をしたら困るのでしまってください」
うるせー・・・。
「あー・・・あはは、大きいから苦しくて・・・」
「なるほど・・・それであればケープを羽織るといいですよ。今の時期、薄手のものならどこでも扱っています」
「あ・・・はい・・・」
なんで今さら教官に注意されてるんだろう・・・。
よく考えたら、あたしより年下なのよね・・・。
「ではみなさん、早く帰りなさい」
エリィが指示すると、子どもたちは素直に帰っていった。
従順だな・・・本当にあたしとは違う。
「ねえルージュは?」
とりあえず目的はあの子だし、いるんなら連れてきてもらって早く帰ろ・・・。
「最後の見回り当番です。グリーンさんも手伝っているので、もうじきいらっしゃいますよ。そういえば・・・お母様が本日から留守ということでしたが・・・」
「うん、だからあたしが預かるの。じゃあ、ここで待ってていい?」
「私も待ちます。彼女たちが最後になるかと思いますが、全員が帰るまで門の前にいることになっていますので」
そんなんいらない気もするけど・・・まあ、規則なんだろうな。
◆
「あ・・・ルージュー、セレシュー、迎えに来たよー」
二人の姿が見えて手を振った。
変な当番あるなら言っといてほしかったわね。
「ミランダ様・・・そんなに大声を出さないでください。彼女たちが真似をしたら困ります」
「・・・はい」
また注意された。
教官は苦手だ。
ネルズの時からだな・・・。
「どうでしたか?」
「問題ありませんでした」
「ありがとうございます。では、私が最後の確認をして施錠をしますので、二人はもう帰りなさい」
やっと解放か。
ていうかあんたが確認すんなら二人はやんなくてもいいじゃん・・・。
「ごきげんようミランダさん。お迎えありがとうございます」
「いいっていいって。明日は休みだし、夜は氷菓子でも買いに行こうよ」
「・・・」
エリィがずっとこっちを見てる。
・・・やり辛いし、帰ってから話すか。
それにルージュたち以外は帰ったっぽいし、ティムも出していいよね。
「ティムー、もう出てきていいよー」
「・・・やっとかよ」
ティムは周りを気にしながら詰所の裏から出てきた。
小さい女の子に恐がられるのは、こいつでも嫌なんだろうな。
「え・・・え・・・」
エリィが突然うろたえだした。
こいつも男ダメなのかな?
そんなら・・・ちょっと仕返ししてやろ・・・。
「早く来なよ。それに、二人の教官なんだから挨拶しな」
「いらねーだろ・・・」
「ほら、もっと近付いて目と目合わして」
「・・・」
ティムはだるそうにエリィを見つめた。
「・・・こいつらよろしくな」
「は、はい・・・。あの・・・」
「なに?」
「ティル・・・スプリングさんですか?」
エリィが真っ赤な顔で俯いた。
え・・・なんで気付いた?
ていうか闘技大会見に行ってたのか・・・。
「おい・・・おめーら俺のこと喋ったのか?」
ティムがルージュたちを睨んだ。
ああ、たしかにその可能性はあるな。
「なにも言ってませんよ・・・」
「そうやって怒るの知ってるんで・・・」
二人は一歩後ろに下がった。
そりゃそうか、じゃあなんでこの女はわかったんだろ?
「おい、お前なんで俺だってわかったよ?」
「あの・・・大会で・・・見ていましたので・・・」
「は?闘技大会は顔全部出してねー」
「でも・・・わかります。その剣も・・・憶えていますし・・・だから、間違いはないと・・・」
なるほど、たしかにあの装飾は他に無い。
そして、かなり前の方で見てたっぽい。
「クラインさんたちのお知り合いだったのですね・・・」
「ミランダの商会で働いてるからな・・・だからなに?」
「いえ・・・なんでも・・・」
エリィの様子がなんかおかしい。
いつもビシッとしてるのに、急にもじもじしちゃって・・・。
「あの・・・来年も・・・出られますか?」
「当たり前だろ、個人の方で優勝するまでやるんだよ」
「・・・応援しています」
わかった・・・堅物とバカ、面白そうだ。
「ではラミナ教官、休日明けもご指導お願いします」
「は・・・そうですね。ゆっくり休みなさい」
エリィはルージュの挨拶で我に返った。
ずっとティム見てたな。
なら、このまま別れるのはもったいないでしょ・・・。
「エリィも鍵かけたら帰るんでしょ?」
「はい・・・そうです」
「休みは何してんの?」
「そうですね・・・お勉強です」
つまんな・・・でも暇ってことよね。
「じゃあうちに来ない?あたしたちと友達になろうよ」
「友達・・・」
エリィはあたしじゃなくてティムを見つめた。
それでいい・・・。
「ティムも友達になるよね?」
「は?」
「ジーナさん・・・配達・・・接待・・・」
「あ・・・ああ、そうだな。友達だ・・・」
よく効く魔法だ。
こいつには火とか氷よりも言葉の方が響く。
「ほ、本当ですか?」
エリィが初めて女の子って笑顔を見せてくれた。
・・・かわいいじゃん。
「今こいつが自分で言ったでしょ?だから今日はみんなでうちに来てお喋りでもしようよ。あと、様付けは無しね」
「少し・・・だけなら・・・すぐに行きますので」
エリィは小走りで門の奥に入って行った。
・・・久々に楽しい夜になりそうだ。
だからバカにも絶対いてもらわないとな。
「ティム、今日は泊まりなよ?」
「・・・食い物は?」
「ちゃんと用意するって」
「わかった」
バカは食事でも釣れる。
今日じゃなくても「奢る」って言えば付いてくるしね。
「セレシュもどう?ルージュもいるしさ」
あとは、教え子たちにも見せてやろう。
「え・・・でも・・・ラミナ教官がいるんですよね?」
「あの・・・わたしもあんまり・・・」
エリィを誘った時から二人の顔が曇りだしたのは知ってる。
そりゃ、教官とアカデミーの外でまで一緒にいたくないよね。
「ラミナ教官がいるなら・・・セレシュの家に泊めてもらおうかな・・・」
「平気だよ。たぶん面白いと思うし、居づらかったら別の部屋にいればいいんだって」
「ミランダさん、なにする気なんですか?」
「あんたたちにはまだ早い大人の話」
お酒も飲まそう・・・ノアとエストも道連れだ。
「大人の・・・ですか」
セレシュが反応した。
「シリウスとの手紙でそっちのやり取りとかしてないの?」
「そ、そっちって・・・なんのお話ですか?」
たぶん意味はわかってるはずだ。
こっちもからかいたいな。
「ずっと大好きなんでしょ?」
「そ、そうです・・・」
「胸が膨らんできたんだ・・・とか、教えてやんなよ」
「そ、そんなはしたないこと・・・」
この反応は・・・書いてないな。
・・・このアカデミーのせいか。
「おいミランダ、セレシュを困らせんじゃねーよ」
ティムがセレシュを庇った。
なんかウォルターさんよりも溺愛してそう・・・。
「シリウスってのはそんな奴じゃねーんだろ?」
「・・・はい」
「魔女の言うことなんか気にすんな。早く会えるといいな」
「あ・・・はい」
まあ・・・いいお兄ちゃんではあるんだよね。
ニルスがいたら、おんなじ感じになってたのかな?
「とりあえずティムは、セレシュを送って準備できたら連れて来なさい」
「あの・・・私まだ泊まるって言ってないです・・・」
「セレシュ・・・お願い、わたしだけじゃ不安だよ。一緒に行っておじさんに頼んであげるから」
「え・・・うん・・・」
これで必要な奴らは揃った。
どんな感じになるかな・・・。
◆
家に戻って、門の前でエリィを待つことにした。
どんくらいかかるか・・・え・・・。
「あ・・・よろしくお願いします・・・」
もう来た・・・。
早すぎる・・・相当急いだな。
◆
「失礼いたします・・・」
「え・・・誰ですか?」
ノアが入ってきたエリィを見て、怪訝な顔で立ち上がった。
「あ・・・ルージュたちの教官だ」
エストは顔を知ってるからわかったみたいだ。
アカデミーの教官たちもうちの美容水を使っている。
人数がいるし、男はダメって言うからエストが教官全員分をアカデミーまで届けに行っている。
「エリィ、二人はうちで働いてるノアとエストよ。名前までは知らなかったよね?」
「はい・・・。あの、エリィ・ラミナです。ごきげんよう」
ノアたちには説明をしなかった。
二人とは信頼関係ができてるからあたしに合わせてくれるはず・・・なんだけど・・・。
「あの、ルージュは・・・。なんであの子を連れてこないで教官が来てるんですか・・・」
「ルージュも来るよ。今ティムと一緒にセレシュを連れてくるんだ。夜はみんなで食べようと思ってさ」
「あ・・・ノア、わたしたちはどこかに食べに行こうか」
「じゃあ・・・新しくできた魚料理の店に行こうよ」
「いいね」
く・・・説明しないとダメか。
◆
「・・・面白そうでしょ?」
エリィを談話室に待たせて、二人を会議室に連れてきて説明した。
乗ってきてほしい・・・。
「おかしなことを・・・そういうのに首突っ込まない方がいいですって」
「わたしは面白いとは思いますけど、面倒そうなのは嫌ですね・・・」
「お願いします・・・迷惑はかけませんので・・・」
「・・・約束ですよ?・・・今回だけですからね」
よかった・・・百回目くらいの「今回だけ」を聞けた。
◆
「エスト・ステイズです」
「僕はノア・シェルフです」
エリィの待つ談話室に戻ってきた。
「わたしは今二十一ですけど、エリィさんはおいくつですか?」
「二十二です」
「じゃあ僕とティムさんと同い歳ですね」
「あ・・・そうなのですね・・・」
ノアとエストは仲良くなろうと話しかけてあげている。
うん、うまくやっていけそうだ。
エストはおんなじ女だし、ノアは誰とでも仲良くできる奴だから安心よね。
「あの・・・気になっていたのですが、ティルさんではないのですか?」
エリィは不思議そうな顔であたしを見てきた。
そういや闘技大会でしか見たことない感じだったな。
「あいつ偽名で出てんだよ。本当はティム・スウェードって名前なの。仲良ししか知らないんだからね」
「ティムさん・・・」
「あいつが来たらそっちで呼んであげて」
「・・・はい」
これは嬉しいはずだ。
あとは、一応気持ちも確認しないとね。
「ねえねえ、ティムのこと好きなんでしょ?一目惚れ?」
「それは・・・」
「あいつのこと色々教えてあげるよ。たとえば・・・恋人はいないとかね」
「あ・・・はい」
「素直になんなよ」
気持ちはわかったし、あとは三人が来るのを待つか。
◆
「・・・ウォルターがうるさかった。エイミィはすぐ許してくれたのによ」
「ふふふ、何度もお前の家じゃないよなって聞かれてましたね」
「セレシュ、お前のオヤジけっこうやべーぞ」
「そんなことは・・・ないと思うんですけど・・・」
三人が帰ってきた。
これで全員、ふっふっふ・・・夜は楽しそうだ。
「あの・・・ミランダさん」
ノアが手招きしてきた。
秘密の話かな?
「なに?我慢できなくなっちゃったの?」
「・・・食材が無いですよ。当番表だと、買い出しはミランダさんになってますけど・・・」
「あ・・・やっべ」
なんも無いんだった。
ルージュ連れていこうと思ってたのに忘れてたな。
・・・いや待てよ。これはこれでいいかもしれない。
「やっべじゃないですよ。今から行ってきてください」
「大丈夫だよノアくーん。エリィ、ちょっといい?」
「・・・任せましたからね」
ノアは自分の机に戻っていった。
まあ、好きなようにしていいよってことよね。
「どうしました?できれば・・・ティムさんとお話ししたいのですが・・・」
「すぐできるよ。ちなみに・・・エリィってお料理できるの?」
「当然です。子どもたちに教えていますし、栄養学もお勉強しています」
そこまで聞いてない、でも大丈夫そうだ。
「お客さんに頼んで悪いんだけど、今日の夕食作ってもらいたいんだよね。・・・ティムのためにさ、あいつ今日はここに泊まるんだ」
「え・・・まあ構いませんが・・・なにを・・・」
「食材が無くてさ、買い出しからやってほしいんだよね」
「あの・・・七人分となると私一人では・・・」
だよね、そうなるよね。
だから・・・。
「ティム、エリィと買い物行ってきてよ」
あたしは「ジーナ・プランジ」って書いてある包みを見せながら言った。
「・・・わかった」
「え・・・あの・・・」
「ティムが食べたいのにしようよ。エリィはなんでも作れるみたいよ」
「俺の・・・そうだな・・・海鮮のスープとパン包み焼き・・・できるか?」
へー、おいしそうじゃん。
エリィは・・・。
「できます。喜んでいただけるものを作りましょう」
嬉しそうに微笑んでいた。
「その二つが好物なのですか?」
「・・・」
「な、なにか?」
「いや・・・別に」
ティムの顔も緩んでいた。
なんか思い入れでもある料理なのかな?
「じゃあ買い出しよろしく。ティム、荷物は全部持ってあげんのよ。・・・はいお金。明日の分も適当に買っといて」
「・・・わかった」
「ちょっと耳貸しな・・・エリィが緊張しないようにあんたから色々話しかけんのよ?」
「わかったよ・・・」
引き受けてくれたし、いい気分にもさせてあげないとね。
たぶんエリィは、ティムが初めての恋なんだろうな。
もしうまくいったら、あたしに頭が上がらないようになるはずだ。
◆
「ラミナ教官、おいしいです」
「ありがとうございます。ですが、クラインさんたちのお手伝いがあったからですよ」
「そんな・・・そうだ、今度のお料理の時間はこれにしましょうよ」
「・・・そうですね」
エリィの料理はお店のかってくらいおいしかった。
仕事以外の時間は、こういうのにつぎ込んでたっぽい。
「あんたかなり作ってるよね?」
「そこまででもないですけど・・・」
エリィは褒められてかなり照れている。
たぶん、アカデミーの外で感想言われるのは初めてなんだろうな。
「ティム、あんたもなんか言ってやんなよ」
「ああ・・・うまかった。俺はお前の料理好きだよ」
「あ・・・」
エリィが目を潤ませた。
いい感じじゃん。
「そ、そういえば・・・作っている時に聞きましたが、ティムさんがお二人にお勉強を教えていたのですね」
エリィはかなり上機嫌になっている。
食卓にいる誰よりも盛り上がってるって感じだ。
「別に普通だよ・・・」
「いえ、ティムさんは教え方がうまいです」
「いろんな例えを出してくれて、とてもわかりやすく教えてくれます」
ルージュとセレシュも協力してくれるみたいだ。
「ミランダだってできるだろ・・・」
「え・・・ああ・・・まあね」
あたしに勉強の話をするな・・・。
「教え方・・・ティムさんは高等教育を受けていらっしゃったのですか?」
「教えてくれんのがいただけだ・・・」
ティムの顔が暗くなった。
昔の話、あんまりしたくないのは変わらないのね。
仕方ないな、話変えてやるか。
「あのさ、もうティムとエリィは友達になったわけじゃん?」
「はい、そうですね」
「え・・・ああ・・・」
「じゃあエリィの美容水と石鹸だけは、あんたが家に直接届けるようにしたらいいんじゃない?」
あたしはティムを指さした。
けっこう踏み込んだと思う。
あとは、エリィが家を教えるかどうかだ。
「・・・別に届けるくらいならいーけど」
「あ・・・で、では・・・自宅の場所を・・・」
教えるんだ・・・。
なにが淑女だっての・・・。
◆
時の鐘が八回鳴った。
外はすっかり夜だ。
「では・・・私はそろそろ・・・」
エリィが寂しそうに立ち上がった。
いや・・・ダメでしょ。
「もう真っ暗だよ?エリィも泊まってった方がいいんじゃない?」
夕食は終わったけど、逃がすつもりは無い。
「・・・ダメです。男性もいる所には・・・」
え・・・まだ警戒してんのか・・・。
「ノア、ティム、あんたたちエリィにやらしいことしないよね?」
「な・・・そんな下品な会話を子どもたちの前で・・・」
緩んだと思ってたけど、まだ堅いな・・・。
「するかよ・・・」
「あんまり僕たちを侮辱しないでください」
男共は「なにもしない」って言ってくれた。
「とりあえず・・・あんたらはお風呂行きな。あとは早く休むこと」
「はい」
「わかりました」
ルージュたちはここまで、これからは大人の話だ。
「僕も部屋に戻ります。お風呂は最後でもいいので」
ノアは察してくれた。
「うん、早く行きなー。ティムは、シロかおじいちゃんの部屋使ってね」
「じゃあ・・・じーさんの部屋にする。他は掃除してねーだろーからな」
ティムも談話室を出ていった。
部屋はいっぱいあるからほとんど空いていて、そこはたまにしか掃除してない。
もったいないから家具を揃えて、誰かに貸してもいいな。
住み込みの使用人とかも・・・考えておこう。
「男共も消えたし、エリィにも部屋を貸す。ついでに寝巻きも。ちなみに全部の部屋に鍵が付いてる。これで安心じゃない?それにまだティムのことなにも話してないよ?」
「・・・お世話になります。お風呂もよろしいですか?」
「ルージュたちの次に使っていいよ」
「・・・ありがとうございます」
ティムのこと知りたいんだね。
ふふん、ミランダ様に任せなさい。
◆
お風呂を済ませて、女三人で談話室に集まった。
お酒も少し入れて、話も弾んでいる。
「え・・・ミランダさんの隊に風神がいたのですか?」
「そうだよ。あとは精霊のシロってのとティム、それと聖女とその騎士のおじいちゃん」
エリィはニルスの存在を知っていたみたいだ。
ティムを語る上で外せない存在よね。
「ティムさんに風神まで・・・精鋭たちを率いていたのですね・・・」
「なんでエリィさんはニル・・・風神を知ってるんですか?」
「元戦士の方たちに、戦場の様子を伺って回ったことがあります。何人もの方たちが、雷神よりも風神の方が強いと・・・」
エリィって野蛮なこと嫌いそうだけど、けっこう戦いの話好きなのかもな。
あ・・・闘技大会も見に行ってたからそうなのか。
「ティムのことはなんで気になったの?」
「・・・戦う姿を見て胸を打たれたのです。立ち向かう背中、踏み込む力強さ、舞うような剣・・・私の心が大きく揺らされました」
エリィは両手でほっぺを隠した。
なるほど、強いオスを求めてたってことね。
そしてそれに惹かれたメス。
あたしとは逆・・・。
◆
「あの・・・今日お話ししてわかったのですが、ティムさんは・・・私のことが好きなのではないでしょうか?」
エリィが二杯目のグラスを空けた。
何言ってんのこの子・・・大丈夫かな?
「え・・・エリィさん、今日知り合ったばかりですよ?」
エストも心配になったみたいだ。
「でも・・・お買い物の時にたくさん話しかけていただきました。なんとも思っていない初対面の人にはできないことですよね?」
「よ、酔ってるんですか?・・・そりゃ話しかけますよ。二人きりなんだから、黙ってちゃ気まずいじゃないですか」
「夕食もおいしいと褒めてくれたではありませんか。嫌いならそんなこと言わないですよね?」
お酒のせいもあるんだろうけど、今話した思いは本心なんだろうな。
・・・男でも女でも、こういう奴はたまにいる。
「それに、また作ったら食べていただけますかと伺ってみたのです。・・・頷いてくれたのですよ。これは私のことが好きだからだと思います」
エリィは幸せそうに笑った。
ティムは別に思わせぶりなことはしてない。
エリィは経験無いから、距離感わかんないんだろうな。
「作った人に目の前で聞かれたら誰だってそう返すよ」
「なぜ・・・否定するのですか?まさか・・・ミランダさんもティムさんのことが好きなのでは・・・」
「いや違うよ・・・そうじゃなくって・・・」
こんな感じだとは思わなかった。
なんで「好き」か「嫌い」でしか考えられないのよ。
「なにが違うのですか?すべて、私を想ってくれているからではないのですか?」
「なんていうかな・・・なんで中間が無いの?」
「中間?」
「好きと嫌いの間」
「意味がわかりません」
たしかルージュたちには、いつか男が迎えに来るとか教えてんのよね。
だとしたら、自分にとってのそれはティムだって思い込んでる。
「エリィの言う通りなら、どうしてティムはなにも言わないの?そんなに好かれてるなら、お前は俺の女になれとか言ってきてもいいんじゃない?」
「・・・ティムさんも、清い交際を求めているのです」
ふーん、全部自分に都合のいい考え方だな。
あいつがそんなこと思ってるはずない。
だって、全部あたしが脅してやらせたことだもん。
「清くてもいいけどさ、どう思われてるのかは確認してみた方がいいと思うよ」
「たしかに・・・そうですけど・・・私からは聞けません」
「じゃあ、あいつが何も言ってこなかったら?」
「言われるまで待ちます」
ありえない。
あいつは戦いと・・・ニルスにしか興味無いって・・・。
「ミランダさん、わたしは知りませんからね。何とかしてあげてください」
エストが呆れている。
どんな人間か勘付いたみたいだ。
「・・・えへへ」
「ミランダさん・・・協力していただけるのですか?」
「わかったわよ・・・まあ、エリィよりは経験あるし・・・」
やだやだやだやだ・・・。
近くで眺めてるだけでよかったのに、こんな面倒なことなんでやんなきゃいけないのよ・・・。
「では、私もミランダさんが困っていたら力になります」
「あはは・・・ありがと」
「気になる男性はいるのですか?」
「いや・・・別に・・・」
なんであたしの話に・・・。
「では、どういった男性が好みなのでしょう?」
「あ、それはわたしも気になります」
エストがエリィに乗っかった。
うるさい奴ら・・・でもここで言わないとずっと聞かれる。
「あたしは・・・弱虫が好き。・・・でも弱いのを認めてて頑張ろうとする人。それでも声とか体が震えてるって感じのがいいな」
「ああ、なんとなくわかります。母性がうずく人ですね」
エストの言う通りだ。
男でも女でも、そういう人間にあたしは惹かれる。
「えーと、小さい子どもが好きということですか?・・・犯罪ですよ」
エリィは深刻な顔を作った。
わかってないのか・・・。
「子どもってわけじゃないよ。でも、あたしよりも背が低い方がいいかな。上から言いやすいし・・・」
「見た目はともかく、シロ君みたいな子ですね?」
ああ・・・近い気がする。
今日も帰ってこないみたいね・・・。
「まあそうかもね。はあ・・・今日はもう休もうよ」
「私は心を打ち明けました。今逃げるのはずるいです」
「あら、早く寝ないとティムが出ちゃうよ。朝食を作ってあげたら、家まで送ってもらえるんじゃない?」
「あ・・・私、もう休みます。おやすみなさい・・・」
エリィにはシロの部屋を貸した。
ベッドはあるけど、あたしと一緒に寝るから一度も使ったことはない。
◆
「ニルスさんもそういう人だったんですか?」
エストはあたしの部屋まで付いてきた。
今日は一緒に寝てくれるみたいだ。
「・・・なんの話?」
「弱虫の話です。でも、背は高いんでしたっけ?」
なんだこいつ・・・。
「ニルスは弱虫じゃないよ」
「違うんですか?」
「うん、出逢った時から・・・強かったよ」
明るい時はね・・・。
なんか・・・あたしも心を打ち明けたいな。
「・・・あたしね、ニルスを愛してるんだ」
「おー、ステラさんが寝てる隙に奪っちゃおうみたいな?」
「・・・男女の恋愛って話じゃないよ。シロもステラも愛してるんだ・・・もちろんあんたとノアも・・・ハリスとティムも・・・」
「んー、高尚過ぎてよくわかりませんね」
わかんなくて別にいい。
これはニルスが教えてくれた・・・あたしが欲しかった愛だ。
「でもいい男ではあるんですよね?」
「自分で見て判断しな。・・・ちゃんと会わせるから、楽しみにしてて」
なんか・・・今日は楽しかった旅を思い出しちゃうな。
まったく、ニルスもシロもステラも・・・。
あたしを寂しくさせるなんてとんでもないことをしてくれてる。
・・・まあいい、今日は色々思い出しながら眠ろう。
また集まった時に、みんなで話せるように・・・。




