第百三十九話 怖い【ミランダ】
ここは大好き・・・。
時の鐘が無いから、時間の流れを気にしなくていい。
だから休暇にぴったりの場所だ。
でも、ずっと一人だと寂しいと思う。
あたしは一人で暮らしてないのに寂しい時があるからな・・・。
まったく・・・あんたがいないからだよ。
◆
「ねえニルス、ルージュの話聞きたい?」
あたしはニルスのグラスにハチミツ酒を注いであげた。
作品の話も終わったし、そろそろ話してあげよう。
「聞きたい、最近はどうなの?」
「アリシア様からは聞いてないの?」
「年に一度だからね。その時に聞いてはいるけど・・・」
そりゃそうよね。
それに、お母さん以外から見たルージュも知りたいはずだ。
「背はもうすぐシロと並びそうだよ」
「そうなんだ・・・裁縫はうまくなってる?」
「うん、人形の服をたくさん作ってる」
「・・・見たいな」
妹の話をすると、ニルスはお兄ちゃんの顔になる。
だから・・・なんか切ない。
「シロに頼んで、今のルージュの人形作ってもらったりとかしないの?」
「・・・うん」
「ただ聞いてるだけで寂しくないの?」
「・・・」
ニルスは不器用な笑顔を作った。
聞かなきゃよかった・・・。
見たいに決まってる。制服とか・・・かわいいんだよ。
「・・・勉強は躓いてない?」
「そこは大丈夫みたい。・・・ティムに教わったりしてるし」
「・・・ふーん。・・・アカデミーでいじめられたりは無い?」
「平気そうだよ。なんかあったら相談できる人はたくさんいるじゃん」
心配でしょうがないんだな。
想いの強さで言ったらステラと同じくらいありそう。
ルージュに会わない決断は、あたしがどうこう言えることじゃない。
でもステラが起きたあとだったとしても、悪い感じにはならないと思う。
そのくらいあんたたちは周りの人に恵まれてるからね。
「たださ、ちょっと心配なところはあるんだよね」
あたしはちょっとだけ声を低くした。
これを話すために来たってのもある。
「なに?早く教えて」
「アカデミーの教育のせいなんだけど・・・男が苦手になっちゃってんのよ」
けっこう大事な問題だ。
これをお兄ちゃんはどう思うか。
「シロとかティムとか・・・ノアだっけ?とかとは話してるんでしょ?シリウスとも文通を続けてるって聞いてるけど」
「昔から・・・まあ、アカデミー前から知ってる人は別だけど、初対面だとダメ、すぐ隠れちゃうんだ。お店の人が男だと買い物もできないんだよ」
「あはは、そこまでひどくはないでしょ」
ニルスは緩く笑った。
あ・・・軽く考えてるな。
「けっこう深刻だと思うんだけど・・・」
「仲良くなれば平気なんでしょ?」
「あの感じだと仲良くなんのに時間かかると思う。あ・・・そういやハリスは完全にダメ、ルージュはあいつがいるってわかると怖がって帰っちゃう。最近は絶対いないって日にしか遊びに来てくれない。それかまず倉庫に顔出して、ノアかエストに聞いてからにしてるみたい」
「へー・・・ふふふ・・・いい気味だ・・・」
ニルスは悪い顔で笑った。
根に持ってるな・・・。
まあハリスもルージュに興味は無いみたいだけど。
「あ・・・それだとセレシュもおんなじ感じなの?」
「セレシュは・・・ちょっと違うかな」
あの子は元々恥ずかしがりだからそこまで変わってない。
『私は・・・別にお買い物できます。・・・ルージュに・・・合わせてるところもありますね』
『それってシリウスがいるからもある?』
『・・・はい』
聞いてみたら教えてくれた。
セレシュは心に決めてる人がいるから男を避けてるだけで、ルージュとは違う。
「とりあえず心配なのはルージュだけだよ」
「んー・・・。男全部じゃないんだよね?ティムみたいに荒い感じが平気なら他の人もすぐ慣れそうだけど・・・」
「さっき勉強のことも言ったけど、ティムがちゃんとお兄ちゃんしてるからだよ。・・・あんたの頼みだからかもね」
「アリシアからも聞いてるよ・・・感謝してる。あいつなら信用できるからな」
ニルスの顔が曇った。
自分がしたかったお兄ちゃんをティムがしてくれている。
託しはしたけど、ちょっと切なくなるよね。
「・・・剣は大事にしてくれてる?」
「してるしてる。触ろうとするとやばいよ。まるであいつの女にちょっかいかけたみたいな怒り方する。あれだけは本当に誰にも触らせてない。アリシア様にも、ルージュとセレシュにも」
「へー・・・そこまで・・・なんか怖いな」
「そんくらい気に入ってんだよ」
刻まれた言葉も嬉しそうだったしな。
それにルージュたちのことは、頼まれなくても仲良くしてあげてたはずだ。
「話を戻すけど・・・ルージュが男を避けること、アリシアはなんて言ってるの?」
「ニルスがいればな・・・って」
「なんだそれ・・・オレの話じゃないよ」
「うう、ごめん。言ってもあんたの話に変わるのよ」
「それなら心配無い気もするけど・・・んー・・・」
ニルスは大きく伸びをした。
お母さんもお兄ちゃんもわかってないわね・・・。
「周りの人には聞いてみた?例えばルルさんとか・・・」
「ルルさんも・・・心配無いって言ってたんだ。あの人も昔だけど、男の子が苦手な時期あったんだって」
「ああ・・・本当にちっちゃい時だと思う。孤児ってことでからかわれてたんだって。ミランダはそういうことあった?」
「記憶に無いね・・・」
あたしは孤児院じゃなかったからな。
男の子も別に苦手じゃなかった。
むしろ・・・みんなうちに来たがってたな・・・。
『春風のお姉さんって、俺にも勉強教えてくれるかな?』
『試験でいい点取りたいから勉強会しない?・・・ミランダの家で』
子どもなのにやらしい顔だなって思った記憶がある。
『わたしもお姉さんに教わりたい。大人の話も聞きたいな』
『じゃあみんなで行こうよ。お姉さんにお願いしておいて』
女友達も一緒だったな・・・。
あいつら、あたしよりもお姉さんと話してたっけ・・・。
『勉強会・・・おい、お前ら二人は明日休んでミランダたちに付いてやれ。試験でいい点取らせたら別で報酬出してやる』
メルダも喜んでた。
『よく来たね。あとでおいしいおやつを食べさせてあげる』
ふふ・・・楽しかったな。
ここで四日・・・いや、五日くらいのんびりしたら行くか。
「・・・ミランダ?」
「え・・・ああごめん」
自分の思い出に沈みそうだった。
今はルージュの話だったよね・・・。
「一番はルージュがそれで困ってるのかどうかだと思う。それはどうなの?」
言われてみればそうだな・・・。
「いや・・・そんな感じは無いけど」
「ならまだ大丈夫じゃないかな。でも、もし困ってたら助けてあげて」
「わかった。そん時は任して」
そう、あの子は困ってるわけじゃない。
もっと大きくなって、男の子に興味持ったら色々教えてやることにしよう。
「それにステラが起きたら会いに行くんだ。旅に連れていってもいい。色んな人と話せば、そんなのすぐ治るよ」
「はいはい、あたしが心配しすぎでした」
あたしは干し肉をちぎった。
難しい話はこれくらいでいいや。
「戻る時に持って帰りたいからいっぱい作っといてね。ノアとエストも好きなんだ」
「鞄には食べ物しか入ってないみたいだね」
「そんなことないよ。着替えに下着に石鹸に枕に・・・」
「お泊まり用か・・・せっかくなんでも入るのにもったいないな」
戦場が終わったあと、オーゼの所に行って受け取ってきた。
精霊の手織り袋、あたしだけのなんでも入る鞄だ。
シロのみたいに背負うのじゃなくて、肩掛けで作られている。
「旅に出たらもっと入れんのよ」
「じゃあ、今言ったの以外を入れる時見せてね」
「やな奴・・・ていうかニルスは自分のになに入れてんのよ?」
オーゼはニルスの分も作ってくれていた。
『仲間外れはかわいそうでしょ?』って言ってたな。
「オレのは食材かな・・・」
「あたしに意見できるようなの入ってないじゃん」
「旅に必要な物は全部シロの鞄だし・・・。これのおかげで畑を作らずに済んだ」
「作りなよ・・・無駄使いしなくてすむでしょ」
「食材だけじゃそんなに減らないよ。でも趣味で少しだけ野菜を作ってはいる」
ニルスは行商さんからたくさん食料を買い込んでいる。
精霊の手織り袋に入れておけば、そのまま保存されるから痛んだりしなくて便利だ。
今はあたしが持ってきちゃってるけど、ノアたちはどっかで勝手に食べてんだろうな・・・。
「そういえば、仕事大変だったの?」
ニルスが話を変えて、お酒を注いでくれた。
仕事か・・・。
「うん・・・手袋は一旦締め切ったんだ。フラニーが怒ってんの・・・この前謝りに行ったよ・・・」
ハリスに連れてってもらった時はかなり怒っていた。
『いい加減にしてよね!限度ってもんがあるでしょ!』
『寝ないで働けって言ってるのと同じよ!!』
あのフラニーが、まるで盛ったメスネコみたいになってたな・・・。
『また同じことになったら投げ出すからね』
『商会がどうなろうと、私には関係無いから』
怒りが治まったあとはニコニコしてたけど、あっちの方が逆に恐かった。
『すみませんでした・・・。これ・・・お詫びです・・・』
何度も頭を下げて、誘惑の石鹸を渡してなんとか許してもらった。
代表はつらいよ・・・。
「バニラに妹もできて大変なの知ってるのに・・・。ハリスのあの感じだと、ティムたちにも無理させてたんじゃない?」
「ティムだけかな・・・鍛錬になるからいいんだよ。ていうかあいつ便利よ。ニルスはこれくらいできるって言えば、ほとんどやってくれる」
「この場所・・・まだ教えてないの?」
「えへへ・・・まあね、大事な人材だし」
最初は逃げられないようにそうしてただけだった。
でも見てるとどっか行っちゃう心配は無さそうだから、その内教えてあげようとは思っている。
◆
「あのさ・・・相談があるんだ・・・」
色々話して夜も更けてきた頃、ニルスが難しい顔で見つめてきた。
もう寝るかなって時に言ってくるってことは・・・。
「・・・そっちの処理?あたしが欲しいってこと?」
「そうじゃない・・・」
「あれ・・・もしかして深刻な話?」
「・・・」
ニルスは溜め息をついて頷いた。
ふざけちゃダメな感じか・・・。
「あたしができることなら力になるけど・・・」
「・・・アリシアが怖いんだ」
「は?」
真剣な顔でそんなこと言われてもな・・・。
とりあえず話を聞いてみよう。
「あたしが見る限りは変わりないけど・・・なにが怖いのよ?」
「世の中に二十一で母親と寝てる男っている?」
「・・・普通ではないかもしれない。でも、年に一度しか会わないんだから別にいいじゃん」
親子だしね。それにこの二人は、心が離れていた時間が長かったからしょうがないのかもしれない。
「じゃあ・・・あの人がミランダみたいに下着だけで寝るようになったのはいつから?」
「は?そんなことないよ。あたしもたまに泊まるけど、下着で寝たりはしてない」
「・・・へえ・・・そうなんだ・・・」
ニルスの前でだけ?
まさか・・・怖いって・・・。
「もう子どもじゃないから別で寝ろって言ったんだ。素直に父さんの部屋に行ってくれたんだけど・・・」
「で?」
「オレが寝ているうちに、勝手にベッドに入ってきていた。なにか・・・嫌な感じがしたんだ。次の日、オレの部屋に鍵を取り付けた・・・ちょっと見に来てほしい」
「・・・うん」
あたしはニルスと一緒に立ち上がった。
なんか・・・寒気するな。
◆
「あれ・・・付いてないじゃん」
扉には鍵なんか無かった。
ニルスは何を見せたかったんだろ?
「・・・壊されたんだ。力任せに開けてきたんだよ」
「ああ・・・そうなんだ」
「暗い中でなんて言ったと思う?鍵・・・気付かなかったなって・・・」
鳥肌が立った。
「母さんを試すなら、もっと頑丈な鍵にしろって・・・」
怪談を聞いてる気分だ。
ニルスの雰囲気からすると、下着で息子の寝込みを襲おうとした?
だとしたら危ない人じゃん・・・。
『息子に恋してるんじゃないかって心配なのよね・・・』
ルルさんが前に言ってたことを思い出した。
親子として和解できたから、そんな気持ちは無くなったものだと思って奥底に沈んでいた記憶・・・。
本当にそういうことなのかな?
「今の話は去年・・・なんか、あの人が怖くて仕方ない。・・・抱きついてきたりするけど、触れ合い方がおかしいって感じる。今年・・・オレはどうなるの?」
「なにも無かったんだよね?」
「無いよ・・・でも、暑いからニルスも脱いでいいんだぞって・・・」
ニルスの声がどんどん小さくなっていく。
・・・ステラが聞いたら今までにないくらい怒りそう。
まさか・・・この隙に自分のものにしようとでも思ってんのかな?
「できればだけどさ・・・今年はアリシアと一緒に来てくれないかな。シロも連れてきてさ・・・なんとか休みを取ってほしい」
「いや・・・ルージュを預かるって約束しちゃったし・・・シロもそうだよ」
よく考えれば、セレシュのとこに預けてもいいのよね。
つまり、あたしとシロが絶対来ないようするため?
「なら・・・なにかいい手は無い?」
ニルスの顔が憂鬱で染まっていく。
けっこう必死みたいだ。
・・・力はアリシア様の方があるのよね。
押さえつけられたらまずいってわかるからか・・・。
「本当にアリシア様がそんな感じなら、母親だってちゃんと意識させるのがいいんじゃないかな」
とりあえず、聞いた限りで言えることは教えてやろう。
「母親・・・どうやって?」
「あんた恥ずかしがって、またアリシアって呼んでるでしょ?ちゃんと母さんって呼ぶのよ」
「・・・それで済むならそうする」
身の危険を感じてるなら、ニルスはちゃんとやってくれる。
あとは・・・頑張って。
「それと・・・ヤバかったらお父さんの話でもしてみたら?」
「父さん・・・ああそうか、裏切れないもんな・・・」
ニルスの声から緊張感が消えた。
ちょっとだけ安心してくれたみたいだ。
吐き出したかったのもあるのかな。
「じゃあ、せっかく移動したしもう寝よっか」
「ああ、たしかに眠いや・・・」
ニルスは大きくあくびをしながらベッドに座った。
あたしも・・・。
「ねえねえ、あたしは一緒に寝ていいんだよね?」
「毎回そうじゃん・・・。あ・・・ここから半分はオレの陣地、そっちはミランダね」
「なにもしないよ」
ん・・・前におんなじようなやり取りしたな。
『ベッドなんだけど、半分からこっちはあたしの・・・そっちはニルスの陣地ね』
・・・あの時は逆だった。
アリシア様のことがあったから、あたしのことも警戒し始めたのかな?
「じゃあ早くあんたの陣地行ってよ」
「いや、まず水場だよ。・・・はい、口洗薬。ちゃんと綺麗にしてから寝ようね」
「・・・ちっ」
まあ・・・仕方ないか。
たしかに口の中はお酒と干し肉でかなりキツいしね・・・。
◆
明かりが消えて、あたしたちは暗闇に包まれた。
お酒を飲んだから気分がいい。
外から聞こえるフクロウの声もなんか安心する。
「ニルスはさ・・・寂しくないの?」
まだちょっとだけ話したいと思った。
・・・そういう気分になっちゃったのかな?
「これでいい・・・再会できた時、強く抱けると思う・・・」
ふーん、寂しいんだ。
・・・かわいそうだな。
少しずつ・・・少しずつニルスに近付いた。
気付いてはいるはずだけど何も言ってこないな・・・。
「・・・寂しいなら、慰めてあげることはできるよ」
あたしの手が、ニルスの背中に触れた。
「あたしも・・・ニルスが近くにいないから寂しいんだ」
こんな夜があってもいいのかな・・・
あ・・・ステラもあたしならいいって言ってたって聞いた・・・。
「酔ってるせいもありそうだ・・・」
「どうかな・・・」
ニルスのお腹に手を回した。
目指すのはその下・・・ゆっくりと・・・。
「・・・酔っててもいいんじゃない?全部・・・寂しさとか悲しみのせいにして・・・」
もうすぐ・・・ニルスに触れる。
ああ・・・あたし何してんだろ・・・。
こうなりたくないって・・・思ってたのに・・・。
ニルス・・・どんな返事をくれるのかな・・・。
「ふふ・・・どうしても辛くなったら頼むよ」
あたしの手が止められた。
そっか・・・なんか逆に安心する。
「・・・ふーん」
でも、これを我慢できる男はどのくらいいるんだろう?
あたしはニルスに同じことされたらたぶん受け入れちゃう。
だって、全部寂しさのせいだもん。
それができるように、心が楽になれることを言っても拒める・・・これはすごいと思う。
「まだ・・・平気だから」
「・・・あっそ。じゃあ・・・あたしの寂しいはどうすんの?」
「・・・ありがとうミランダ」
ニルスがこっちを向いて、暖かい腕があたしの背中に回った。
ふふ・・・。
「うん、正解だよ」
実はこっちの方が欲しかった。
たぶん・・・拒まれるのはわかってたからなのかな・・・。
「緩い?きつい?」
「ん・・・もっときつく・・・」
この世界の何よりも優しい抱擁、たまにされたくなる・・・。
昔はあたしがしてあげてたこと、たしかに安心するんだよね。
「おやすみ・・・まあ、少しなら触ってもいいよ」
「ふーん・・・いっ・・・」
「お腹はダメ、お尻にしときなよ」
「・・・逆なんじゃ」
今日はこんな感じで寝よう。
でも求められたら・・・どうなってたんだろうな?
実は、かなり我慢してたのかな・・・。
聞きたいけど、怖いからやめとこ。
ニルスは、胸に空いた穴を誰かで埋める気は無い。
それができるのはこの世でたった一人だけ・・・。
ステラ、起きたらすぐに行くからね・・・。




