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Our Story  作者: NeRix
風の章 第一部
145/481

第百三十八話 悔し泣き【ニルス】

 ・・・太陽が完全に顔を出したみたいだ。

でも、まだオレはベッドの中にいる。

はあ・・・眩しいのがごまかせなくなってきたな・・・。


 「ステラ・・・きのうは会えなかった・・・」

なんとなく呟いた。


 君の夢はよく見る。

その日はとても気分がよくて、なんでもできそうな活力が湧いてくるんだ。

でも、君が現れずに夜が終わると・・・とても寂しいよ。


 だから、今日はいつもより長くベッドにいる。

君の優しい声を思い出して、少しずつ眠気を覚ましていくんだ・・・。



 「ニルス!早く起きてよ!」

二度寝してもいかなって思った時だった。

 「ちょっと!こら!いつまで寝てんの!」

突然、部屋の中に騒がしい声が響いた。

 ・・・女の子の声・・・女の子?

顔を出そうとした瞬間、被っていた毛布が風で引っぺがされていた。


 「ふふん、やっぱり起きてた。わかってたんだからね」

「チル・・・いつ来たの・・・」

「さっきだよ。いつでも来ていいって言ってたの忘れたの?」

チルはかわいい笑顔でオレの胸に跨ってきた。

・・・うん、言ったな。


 「素敵なお食事の時間ですよ」

「あれ・・・なにか作ってくれたの?」

「ニルスが作るんだよ。チルも火をつけるくらいはしてあげる」

「あはは、ありがとう。じゃあ起きようか」

チルのおかげで寂しい朝が明るくなった。

・・・今日はいい日かもな。



 「ニルス―!!」

先に炊事場に行ったチルが大声を上げた。

お皿でも落としたのかな・・・。


 「チル、そんなに叫ばなくても聞こえてるよ」

「タヌキの魔物が入ってきてる!」

小さな指の先には、不思議そうな顔をした森渡りが座っていた。

ああ・・・チルは初めて見るんだったな。


 「その子はカクっていうんだ。オレの友達だよ」

「え・・・」

「敵意は無いから大丈夫」

カクは三ヶ月前から、うちに寄り付くようになった森渡りの子どもだ。

 来るたびに撫でていたら懐いてきて、遊んでほしいのか勝手に家に入ってくるようになった。

まあ・・・扉をガリガリするからオレが入り口を作ってあげたんだけど・・・。


 「へー・・・ふんふん・・・」

チルは警戒を解いてカクに触れた。

何してるんだろ・・・。

 「カクは縄張り争いで負けてこっちに来たんだって」

「え・・・言葉が解るの?」

「命があればわかるよ。色々聞いてみるね。チルはチルって言うんだよ」

そんな力があったら楽しいだろうな。

 ・・・ん?チルができるってことはシロもできるんだよな?

こういうことはもっと早く教えてほしかった・・・。


 「この辺りはニルスの縄張りってことになってるみたいだよ」

「そうなんだ・・・」

「森の獣とか鳥たちから、ここに住みたいならニルスに逆らわなければいいって言われたんだって」

「なんで・・・」

森の生き物たちになにかした記憶は無い。

ていうかオレの土地でもないぞ・・・。


 「毎日鍛錬してるんでしょ?みんな見てるんだって。え・・・あと、森を荒らしてたでっかい蜘蛛をやっつけてくれたって言ってる」

・・・そんなこともあったな。

 「それで、ニルスは怒らせちゃダメだって言われてるみたいだよ」

「何もしないよ」

「もうそうなってるもん。え・・・うん。カクってケンカは痛いから嫌なんだって、でもニルスは強いから見習いたいって来てるんだよ。名前も付けてくれてありがとうだって」

「そうか・・・。まあなんでもいいや、これからも仲良くしてねカク」

オレもカクの頭に触れた。

相変わらずふさふさだ・・・。


 「きゅ」

「明日も挨拶に来るねって」

「わかった。また明日だね」

「きゅっ」

カクは外に出て行った。

これから食べ物でも探しに行くんだろう。


 「もうジナスの気配は感じない。角以外はただのタヌキだね」

「その角も小さい。カクの子どもはもっと小さくなって、いずれ消えるんじゃないかな」

「そうだね。いい魔物でよかった・・・」

チルがオレの脚に抱きついてきた。

 いい魔物か・・・。

たしか魔物って二種類いるんだったな。


 『戦場に出す人形の研究なんだと思う。動物や人間を捕まえて手を加えたものもいれば、それを元に新たに作り出したものもいる。攻撃的でないのは大体前者ね。後者は誰彼かまわず襲う』

カクの先祖は前者だったんだろう。だから共存ができる。

 一からジナスに作られた魔物は、本当に誰彼構わず襲う。

でも元戦士たちが各地へ派遣されて討伐し、数は減ってきているらしい。

 

 「チルもカクと遊んであげてね」

「いいよ、もう友達だもん」

「あはは、楽しそうでいいね」

「うん、じゃあ朝の支度をしましょー」

チルが指先から火を出した。


 「オレが作るから、チルはテーブルとか棚とかを拭いてね。こっちがテーブル用」

「え・・・魔法じゃダメなの?」

「拭いてるところが見たいから手でやってほしいな」

「わかった。そのかわりおいしいのね」

かわいい姿を見ればやる気も出てくる。


 さて・・・野菜のスープがいいな。

・・・燻製肉と卵も焼いてあげよう。



 「なんだチル、来ていたのか」

「うん、一緒に遊ぼうよ」

朝食を済ませて、外に出るとイナズマがいた。

また父さんの墓に花を咲かせてくれたらしい。


 「悪いが遊んでいる暇は無いんだ。地脈は多いからな」

「あ・・・ごめんニルス、チルはイナズマのお手伝いをするよ」

チルがイナズマの肩に乗った。

遊びよりも役目を優先するみたいだ。


 「チル、遊んでいて構わないぞ」

「やだ、女神様からいい子にしてなさいって言われたもん」

「そうか・・・なら共に行こう」

「うん。ニルス、遊ぶのはまた今度ね」

二人は空へ舞い上がり、南の方へ向かっていった。


 まあ、優しい子だからな。

オレは・・・鍛錬をするか。


 戦場は終わったけど、鍛えることは続けている。

旅人は体力が無いといけないし、なにかあったときに仲間を守るためだ。

オレがもっと強ければ、ステラの負担も減ったよな・・・。



 走り、剣を振っていると、いつの間にか太陽がてっぺんに上っていた。

・・・もう昼か、なにか食べたら夕暮れまで工房に行こう。


 「・・・夏色の風が混ざってきたな」

もう花の月が終わる。

暖かいから暑いに、少しずつ変わり始めていた。

 あと何回の季節を越えれば君を迎えに行けるんだろう。

たしかに近付いてはいるはずだけど、まだ遠いのかな・・・。



 「ニルスー!」

昼食を取っていると、外から馬車の音が聞こえた。


 「おーい出迎えー!!・・・工房か?」

・・・遊びに来てくれたのか。

今夜はシチューがいいな。



 「はい、ご到着でーす」

「ありがとう。楽しい旅だったよ」

外に出ると、ミランダがセイラさんの馬車から降りている所だった。

商会が大変だったらしいけど、落ち着いたのかな?


 「しばらく来なかったね」

「まあ・・・ね。仕事にひと区切りついたのよ」

「よかったね、ゆっくりしていくといい」

「・・・あんたはあたしのお父さんかっての。とりあえずちょっと休ませて・・・」

ミランダはオレをぎゅっとして、すぐ家に入っていった。

 旅疲れか、たしかに馬車だと時間がかかる。

ハリスに頼めば早いけど、こっちにしたってことは本当にまとまった時間ができたんだな。


 「久しぶりねニルス・・・。ミランダってばずっと喋ってるのよ」

セイラさんもオレを抱きしめてくれた。

どっちも柔らかい・・・。

 「わかるよ、疲れてても相手にされなくても喋り続けるから飽きない」

「明るい子っていいよね。一緒だと旅も楽しい」

あの性格にはけっこう助けられたからな。

シロもステラもミランダのことが好きだった・・・。


 「それと・・・タビガラスは頑張ってるみたいね」

仕事中の呼び名を使われた。

周りに誰もいないからいいのか・・・。

 「セ・・・ヨダカみたいに三本目ではないけどね。それに戦場と比べたらぬる過ぎる。鍛錬にもならない」

「あなたの噂が広まって、ロレッタまでの街道はとっても平和らしいよ。しばらくはゆっくりできると思う」

「それは助かる」

ツキヨに入ったことで、仕事の依頼が来るようになった。

オレに渡されるのは、近場の街道に出る盗賊団の捕縛だ。


 「報告は貰ってるけど、面倒なこととか無かった?」

「・・・女の人だけの盗賊団」

「ああ・・・聞いてる。頭領が、あのいい男からの尋問なら受けるって言ってたらしいよ」

「・・・やだ」

その盗賊団の居場所を伝えられて行ってみたら、裸の女性たちが川で水浴びをしていた。


 『見逃してくれんなら、あたしも含めた女全員好きにしていいよ』

『まだ誰も襲っていないなら見逃しましたけど・・・もう無理です。えーと・・・色仕掛けで男の旅人や運び屋を誘って、服を脱がせたあとで縛って金品を強奪、そのまま全裸で街道に放置・・・報告があるだけで十三件です・・・』

『つまんない話やめなよ。・・・もっと見て、触ってもいいんだよ。あんたみたいないい男、滅多にいないんだ』

『愛する人がいます・・・。あなたたちの裸に興味はありません・・・』

楽ではあったけど、ああいうのは勘弁してほしいな。

まあ・・・見させてはもらったけど・・・。


 武器を使わない盗賊っていうのもいることがわかった。

いや・・・女の武器か。

・・・ていうか、付いてく男もどうかしてる。


 「あの人たちはどうなったの?」

「罪人用の農地で頑張ってるんじゃないかな?殺しや暴行はしてなかったから三年くらいの罰・・・自由は無いけどね」

「そう・・・心を入れ替えてくれればいいな」

「どうだろうね・・・。次はうまくやるとか考えてるかもよ」

生き方を変えようと思ってくれてればいいんだけど、そうならない人も多いらしい。

・・・心は痛まないのかな?


 「まあ、犯罪だってわかってやってんだから覚悟はしてたはずだよ。それより・・・今は新月?」

話を変えられた。

まあいいか・・・。

 「さっきまでそうだったけど、ミランダが来たから下弦だね」

「ふーん、楽しそうでけっこう」

ツキヨは、仕事の状況を月の形で表す。

「新月」は仕事待ち、「下弦」が今は受けられないだ。

 

 「・・・もう普通に話そうよ。セイラさんも休んでく?」

「わたしはま・ん・げ・つ。二日後・・・久しぶりに三本目をね。ここから南東、ちょうどいいからミランダの依頼を受けたってわけ」

セイラさんはちょっとだけ舌を出した。

「満月」は仕事中や、とりかかろうとしている時のことを言う。

 「三本目・・・どんな内容?」

「神の言霊から分離した過激派がなにかやらかそうとしてる。その主要人物を・・・ちょっと黙らせる」

「ちょっと」ね・・・。

三本目だから「永遠に」だと思うけど。


 「神の言霊」は、以前の神・・・ジナスを信仰していて、戦場の復活のために祈り続けている者たちって聞いた。

もちろん教団の人たちは「ジナス」という名前すら知らない・・・はず。

 最後の戦場に、突然精霊や聖女が力を貸したことに疑問を持っているみたいで「王や戦士たちは民を騙しているのではないか」という考えも広めている。   

女神が用意した妖精が現れ出したことも、不吉の前兆と考えているらしい。


 「分離か・・・。目的は同じはずなのに、なんで分かれるんだろ」

「さあね・・・ゆっくり進めていきたい派とそうじゃない派がいるんでしょ。まあ、どんなに頑張っても戦場は復活しないけどね」

まあね・・・。

 「元戦士の家族も入ってる人いるんでしょ?」

「心配?」

「知ってる人が入ってないかな・・・とか」

「とりあえず、テーゼに住んでる人たちは本当に少ないね。・・・地方が多いかな。英雄になって凱旋するとか、戻ったら家族で住める大きな屋敷に住もうとか・・・そう言って帰ってこなかった戦士たちの」

戦場は終わったけど、悲しんでいる人たちはたくさんいる。

だからそれを少しでも薄めるためにって感じなんだろうな・・・。


 「勧誘に悲しみを利用してるみたいなのよ。他には、生き残った戦士を恨ませるような言い方とか」

「やめてほしいな。直前での辞退も認められてた・・・みんな覚悟して出ていたはずだ」

「そうなんだけどね・・・。残された人たちは割り切れないんだよ」

・・・言う通りではある。

簡単に雨は止まない、教団はその傘・・・。


 「テーゼが少ないのはなんで?」

「元戦士がたくさん住んでるからだよ。気にかけてくれる人が大勢いるからね。中には通ってあげてるうちに、結婚することになったってのもいる」

「そういうことか・・・」

「ニルスは気にすることないよ。あなたはこれからの悲しみを無くしてくれた」

セイラさんは頭を撫でてくれた。

でも、残された人たちの幸福は祈っていくことにしよう・・・。


 「あ・・・そうだ。とりあえず、また盗賊団の依頼があった時のために渡しとくね」

セイラさんは、胸元から小さな袋を取り出した。

 毒・・・振り撒けば戦わずに相手の動きを止められる粉だ。

女性だけの盗賊団にも使わせてもらった・・・。


 「まだ余ってるよ。数が多い時にしか使ってないから」

「へー、やるね。じゃあ、今夜ミランダに使ってみたら?口ではやめてって言うけど抵抗はできない・・・そういうの興奮したりする?」

「・・・そんな趣味無いよ。それに、罪人でもないのにかわいそうだ」

「今のは冗談だけど、万が一の時のためよ。わたしも常に取り出せるところに入れてる」

セイラさんの雰囲気が変わった。

あって困りはしないから貰ってはおこう。


 「じゃあ、わたしもう行くね。お仕事があればいつもの感じだと思うから」

「ああ・・・去年から変わったんだよ。行商さんから依頼が渡されるとは思わなかった。前に来てた人の息子さんだって」

「ああ、カゲウソくんか。まあ、あの人のお父さんはツキヨじゃないけどね」

感じのいい人だったから驚いた。

盗賊団の所まで連れていってもくれる。


 「今回って、またシロと一緒?」

「えへへ、わかっちゃった?」

「聞いてるよ。今までやった仕事は、全部セイラさんと一緒だったって」

「そうよ、かわいい男の子は近くに置いておきたいの。・・・昔のニルスもそうだったのよ。・・・かっこよくなっちゃダメじゃない」

セイラさんは妖しく笑った。

ちょっと不気味・・・シロは精霊だし、なにかされることは無いだろうけど・・・。


 「じゃあ、水の月にまた来るね。今度はお姉ちゃんを運んでくるから」

「・・・そう」

「年に一回なんだから嬉しそうな顔しなよ」

セイラさんは御者台に座り、手綱を握った。

水の月・・・少し憂鬱だな・・・。



 「ニルスー、早くお風呂沸かしてよー」

ミランダは夕方前に起きてきた。

自分の家じゃないのに女王様になってるな・・・。


 「早く早く」

「まだかかるから服着てなよ・・・」

「せっかく広いの作ってもらったんだから一緒に入ろうよ」

「・・・まあ、いいけど」

新しい風呂をイナズマが作ってくれた。

もちろん、ミランダが頼んでだ。


 『ねえ、足伸ばせるひろーいの作ってほしいんだけど』

『いいだろう』

『お、あんたはシロみたいにダメって言わないんだね』

『人間の大工がここまで来るわけないからな。街だったら断っていた』

家のすぐ横に小屋ができて、そこが風呂になっている。

広いから掃除が大変で、沸かすのも時間がかかるけど、その分浸かってると気持ちがいい・・・。


 「夕食の献立はなに?」

「シチューにする」

「お・・・じゃあまた一緒に作ろっか。そうだ、外で食べようよ」

ミランダ一人で三人分くらい賑やかになるな。

・・・食事もそのくらい食べそうだ。



 「失礼いたします。・・・ふ、湯上がりですか。あなたはどこにいても恥じらいが無いですね」

長湯のミランダがお風呂から戻ってきたところに、ハリスが顔を出した。

・・・今日は客が多いな。


 「な、なにしに来たの・・・あたしはちゃんと仕事終わらせた。・・・あんたは呼んでない」

「ミランダ様ではなくニルス様に用があったのです。それに、後処理をノア様とエスト様に押し付けましたね?」

「・・・ティムにもね。でも、終わったら休暇でいいって言ってきた。配達は運び屋使わせるし、給金だっていつもの三倍出すんだから・・・」

「いいことです。やはり対価によってやる気は変わります」

オレに用があって来たのにそっちの話を広げるなよ・・・。


 「で・・・なに?」

「・・・」

ハリスはテーブルの上にオレの作品を並べた。

「売ってきてほしい」って頼んだ装飾品たちだ・・・。


 「・・・無理です。あなたの作品は売れません」

「な・・・なんだと・・・」

「・・・趣味が悪い。買っていただきたいのであれば、素直にケルト様の模倣をなさってください。・・・買う者がいるのかとも言われました」

目の前の色が一瞬で無くなった。

積み上げてきたものが崩れ落ちていく気がする・・・。


 「ああ・・・なんかわかる。あたしもちょろっとお客さんに聞いてみたけど・・・みんないらないって。ユーゴさんのとこにも置けないかって持ってったけど、うちを潰す気か?って言われたよ」

「ふ・・・ミランダ様・・・それ以上はやめてください・・・」

「バカな・・・父さんは褒めてくれたぞ・・・悪くはないって」

だから自信を持って作っていた。


 『いや、悪くはないんだよ。ただ・・・いいと思う人が少ないというか・・・』

ちゃんと憶えてる・・・。


 「芸術は・・・愚かな奴ほど理解できないものだ・・・」

「ふふ、ご自身で答えがわかっているようですね」

ハリスが鼻で笑った。

この・・・。

 「オレがそうだって言いたいのか!」

「事実を認めない・・・これほど愚かなことはありません」

「父さんはそんなこと言わなかったぞ!」

オレは・・・間違っていない・・・。


 「ふふ・・・ふっふっふ・・・笑わせないでいただきたい。ケルト様は愛する我が子を傷付けたくなかっただけでしょう」

「く・・・今に見ていろ・・・」

「見たくありません。売りたいであれば、あなたの色を出さないことですね。先ほども言いましたが、ケルト様の模倣・・・これが正解でございます。それをしないのであれば、もう仕事は取ってきません」

「く・・・」

実際売れていないから何も言い返せない。


 悔しいよ・・・父さん・・・。

胎動の剣を握った。

 『・・・』

だけど・・・今回はなにも感じない・・・。


 「まあ・・・たしかに人気があったのはあんたの色を出す前よね。あの感じに戻すんなら、またうちで取り扱ってあげるよ」

ミランダも・・・わからないのか?

 「ミランダ・・・この腕輪、タダなら欲しい?」

「タダなら貰う・・・付いてる宝石だけは価値あるし」

「あ・・・」

仲間にまでこんな言い方をされるなんて・・・。


 真下に水滴が落ちていく・・・。

オレの目から勝手に出てきたもの・・・。


 「ふふ・・・ははは。御覧くださいミランダ様、ニルス様の自尊心が折れるとこうなるようです。いいものを見させていただきましたので、ツケを少し減らしておきましょう」

「うう・・・バカにしやがって・・・」

「ご、ごめんニルス・・・言いすぎたよ・・・」

ミランダがなにかをオレの目に当てた。

 慰められると余計に情けない・・・放っておいてくれよ。

あれ・・・これは朝にチルが棚を拭いた雑巾じゃないか・・・。


 「褒める所があるとすれば・・・刀剣の刃だけは素晴らしいですよ。装飾が・・・ふふ・・・足を引っ張っている」

「黙れ・・・」

こいつ・・・許さん・・・。

 「用件は以上です。では、いいものができたらお呼びください。売れ残りは・・・部屋に飾っておくのがいいでしょう。あなたの言う芸術は、一人で楽しめばいい」

「待ってハリス!今二人きりにされても・・・」

「そうだ・・・一つだけ預かります。気持ちが沈んだときに見ると元気になれそうだ」

ハリスは嫌味な顔で影に沈んだ。

 今の顔は涙で色付けたから絶対に忘れない!

見返してやる・・・。


 「あ、あのさ・・・今日の所は一緒にお酒飲んでさ・・・」

ミランダが背中をさすってくれた。

仲間・・・。

 「ミランダ・・・ステラもオレの作ったものはいらないって言うかな?」

「それは・・・本人にしかわかんないよ」

「そう・・・」

思い描いていた感じとは違った。

 ハリスに渡して・・・たくさん売れて・・・。

ステラが「私も欲しい」って言ったら「もう用意してあるんだ」ってカッコつけて渡すつもりだったのに・・・。


 「あのさ・・・とりあえずシチュー作ろうよ。夜にどんな感じか見てあげるからさ」

「うん・・・」

「元気出しなよ」

「うん・・・」

ステラにも「いらない」って言われたら耐えられないかも・・・。

悔しいけど、オレ以外の目にはどう見えているのかを聞く必要がある。



 「例えば・・・これはなんでダメなんだ?綺麗じゃないか」

早めに夕食を済ませた。

早くミランダの意見を聞きたい。


 「・・・綺麗?あのさ、色の違う宝石がゴチャゴチャ並んでて気持ち悪いのよ。もっとあっさりさせないと」

「違う、考えてこうしたんだ。眺めたときに飽きないだろ?」

「・・・眺めたくもない。口答えしないで素直に聞きなさいよ」

「・・・はい」

屈辱は今だけだ。

きっといつかわかってもらえる日が来る・・・。


 「スプリング商会のバッジは注文通り作ってくれたじゃん。あんたは形とか見た目は考えちゃダメな人なんだよ。それができる誰かと組むのが一番いい」

ミランダははっきり言ってくれた。

でも、受け入れたくない・・・。


 ねえ父さん、オレにはその才能あるよね?

 『・・・』

なんか言ってくれよ・・・。


 「じゃあ・・・これもダメかな?」

オレはステラのためにと試作した指輪を取り出した。

ダメだったら・・・どうしよう。


 「え・・・いいじゃん」

ミランダの声色が変わった。

前向きな意見・・・。

 「・・・うん、いいと思う」

「本当?」

「もっとよく見して」

「うん、見て」

旅人だし、大きな宝石が付いてるのは邪魔だろうと思ってやめた。

かわりに幅広の指輪を作り、模様を彫り込んだものだ。


 ステラ・・・君のためになにかを作るのは、とても幸せなことなんだよ。


 「こんなのも作れるんだ・・・綺麗だね・・・」

「咲く花と、風で舞い上がる花びらを掘った」

ちゃんと意味もある。

 「花はステラ。花びらは五枚、オレ、ミランダ、シロ、ヴィクターさん、あとティム・・・ミランダ隊だよ」

「これよ!」

ミランダがオレの目を見つめてきた。

本当にいい感じっぽい・・・。


 「これならステラも喜ぶし、欲しいって人も出てくるよ」

「え・・・やだよ。これはステラのために作ったんだ」

「そしたら全部ステラに渡すもんだと思って作りなよ」

「できるわけないだろ・・・いたっ」

頭を叩かれてしまった。

なんで・・・。

 「じゃあ一生趣味の悪い成金でも買わないようなもん作ってな」

なんなんだよ・・・。

ステラを想って作ったものを他の奴に渡せるわけないだろ・・・。



 「あんたの真似じゃないけど、もう好きに作ったら?誰が何言おうと、もう気にすることないよ。・・・干し肉が用意されてない」

ミランダが酒瓶を開けた。

ここで飲む酒はうまいらしい。


 「・・・そうするよ。ハリスもその内意見を変えるかもしれないし」

「それは無いでしょ・・・。うん、うまい」

出した干し肉が喜ばれた。

やっぱり空気が違うと味が変わる。


 「ほら、あんたも・・・一番上等なの買ってきたんだから」

ミランダがオレのグラスにも酒を注いでくれた。

 「ありがとう。これ・・・好きなんだ」

「割るなら自分でやってね」

二人で何種類も試して、飲みやすいものが見つかった。


 「ぬるま湯がいいから沸かすよ。あとハチミツも足す・・・」

「もう甘いってのに・・・。悪いけど、あたしそれ酒とは認めてないからね」

「酔うから酒だよ」

ハチミツ酒・・・南部で作られるものは甘いから好きになった。

しかも真夜中蜂の最高級品だ。

 ぬるま湯で割って、さらにハチミツだけを足せば他の酒よりも多く飲める。

それでもミランダには合わせられないけど、一緒に飲めるだけで楽しい。


 「あ・・・でもさ、ステラの指の大きさは?」

ミランダが話を指輪に戻した。

それなら・・・。

 「ヴィクターさんに手紙を出した。測って返事に書いてくれる」

「指以外も触っちゃうかもね。あんたが直接測りに行ったら?」

「大丈夫だよ。それにステラは迎えに来てって言ってた。今行くのは違う・・・」

眠る君に会いに行こうかとも思ったけど踏みとどまった。


 その時まで、君の顔は見ないようにするんだ。

想いを・・・もっと育むために。

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