第百三十六話 貞淑【ミランダ】
戦場が終わってもう四年か・・・。
旅に出れるのはいつになるかな?
それまでどれくらい稼げるかな?
次の旅の資金はあたしが持ちたいって思った。
だから報奨金を使って商売を始めたけど・・・いい感じだ。
◆
「なんだお前・・・わざわざ何しに来た・・・」
「これ、今日中にデンバーまで届けて」
朝早くにティムの部屋まで仕事を頼みに来た。
このあたしが歩いてだ。
「バカかおめー・・・今日中は無理だ」
「命令なんだけど」
「・・・」
ティムは黙った。
あたしは代表、部下からの口答えは許さない。
「行きなさい。スプリング商会のバッジ持ってんでしょ」
「勝手なこと言いやがって。・・・最初は石鹸と美容水作んの手伝うだけって話だったろ。それがいつの間にかテーゼ限定での配達・・・まだ仕事が増えんのか?自分で言うのも変だけど、充分やってると思ってる。・・・そろそろニルスの居場所を教えろ」
「あんたがニルスより早く走れるようになったら教えたげる」
ティムは単純だから扱いやすい。
それに誘った時は嬉しそうにしてたしね。
「あんた功労者蹴ったからお金無いんでしょ?戦士の報酬も食費で消えてたじゃん・・・働け、あたしのために」
「給金は・・・助かってるよ」
ティムは目を逸らした。
商会ができる直前まではお金が無くて、食事はアリシア様とかイライザさんのお世話になってたらしい。
・・・あの二人は喜んで餌をあげていた。
「それにあんたの剣、あたしが直接ニルスに頼んで打ってもらったの忘れたの?」
「・・・感謝してる。手に馴染むいい剣だ」
「代金だって部下想いのあたしが出したんだよ」
「・・・」
本当はニルスが自分から作ったんだけどね・・・。
『名工ニルス、会心の出来だ。ちゃんと渡してね』
『いくら貰えばいいの?』
『え・・・待たせてるからな・・・。貰わなくてもいいよ』
曖昧な感じだったから利用させてもらった。
だからちゃんと給金も出してる。
たしか剣の名前も言ってたけど難しくて憶えてないな・・・。
凶暴な剣・・・だったっけ?
「・・・これはいらねーけどな」
ティムは剣に刻まれている言葉を指でなぞった。
そこには『大切な友へ』って彫ってある。
「・・・きもちわりーんだよ」
「いいじゃん。どっちも友達少ないんだしさ」
「あいつは嫌だね・・・」
絶対嘘だ・・・。
『そうかよ・・・』
ニルスが帰ってこないことを話した時、世界の終わりみたいな顔してたからな。
『でもね、ステラが起きたら戻ってくるよ。オレを潰したいなら鍛えておけって。ティムだけに伝言だよ』
『・・・言われなくてもやるよ』
けど、シロから伝言を聞いた時はちょっとだけ泣きそうな顔をしてた。
本当は前みたいに、毎日打ち合ったりしたいんだと思う。
「・・・話戻すけどさ。明日じゃダメなのか?今からイライザに家賃払いに行くんだよ」
「それこそ明日じゃダメなの?」
「きっちりして―んだよ」
戦場が終わったあと、訓練場の宿舎が使えなくなった。
『私が用意してやってもいいよ』
ティムはその時に、イライザさんの息子さんが作った貸し部屋に住ませてもらえることになった。
本当は「タダでいい」って言われたらしいけど、律儀に毎月払ってんのよね。
「面倒だからうちに住めって何度も言ってんじゃん。家賃とかいらないし、部屋空いてるし、えっと・・・全部当番制だけど楽しいよ。あの二人も喜ぶ」
「安らぎが必要だ・・・。お前らうるせーからよ」
誘っても毎回こんな感じで拒まれる。
反抗期の子どもみたいな奴・・・。
ん・・・違う違う、無駄話してる時間なんか無いよ。
荷物は今日中に届けてもらわないと・・・。
「つーか運び屋に頼めよ」
「無理」
運び屋には頼めない。
遅れてるから客に怒られるかもしれないし、そうなったらうちからの仕事を受けてくれなくなる。
「とりあえずお願いね。ちなみにニルスは、十歳の時には半日でデンバーまで行って帰ってきてたって言ってたよ」
「あ?馬車でだろ?」
お・・・乗ってきた。
これならいける・・・。
「走ってだよ」
「・・・」
「あとからバレる嘘なんかつかないよ。・・・あんた、ちょうど倍の歳だよね?まさかできないの?」
「貸せ、今日中だな?」
ティムは荷物を受け取った。
バカだ・・・いくらニルスでも十歳でできるわけないじゃん。
全部信じ込んじゃって・・・だから扱いやすい。
「あ、待って!そのお客さんちょっと待たせすぎたからしっかり頭下げて渡すのよ?」
「・・・ジーナの時みたいにはならねーだろうな」
ジーナさんは誘惑の石鹸を気に入ってくれてて、よく買ってくれる。
『楽しみにしてたんだけど・・・。ねえティム・・・今日うち来なよ』
でも取り違えて、先に別な客に渡してしまったことがある。
生贄を差し出したら怒りは治まってくれたけど・・・。
『女の悦ばせ方・・・全部覚えたら許すってさ・・・』『なあ・・・取り違えたの俺じゃねーよな?』
ティムは朝方戻ってきた時に暗い顔で言っていた。
まあ・・・女ができた時のために必要ではあるよね・・・。
「たぶん無いよ。心配しすぎ」
「他人事だと思いやがって・・・。あいつ異常だ・・・この前は全身洗わせられたぞ。・・・エディも狂ってる。行くと頭撫でてきやがんだぞ・・・」
「好かれててよかったじゃん。それに楽しくて気持ちよかったでしょ?」
「魔女が・・・」
ティムは悪態をついて出て行った
・・・戻ったら蹴ってやらないと。
◆
「はあ・・・紅茶でも淹れるか」
家に帰ってきた。
とりあえず心配事はこれで無くなったな。
「優雅に休憩したら仕事するか」
みんなで住んでいた家は、事務所としても使わせてもらっている。
談話室にはあたし用の大きな机が置かれて、ちょっとだけカッコよくなった。
「あ・・・倉庫の在庫確認、今日あたしだ・・・」
使ってない一階の部屋に応接室と会議室を作って、家のすぐ横の空いてる土地を買って大きな作業場兼倉庫も建てた。
きっとニルスとステラが見たらびっくりするだろうな。
「まあ、あとでいっか。・・・さーて、やっぱ紅茶は春摘みよねー」
「では、私にもいただけますか?」
炊事場に入ったと同時に面倒な奴の声が聞こえた。
ハリス・・・いたのか。
「チルは甘いのにしてね。ミルクも入れて」
それにチルまで・・・いつの間に・・・。
ていうか来るの知ってたらティムじゃなくてこっちに頼んだ。
「さあ、早く用意してください。そういえば・・・集金袋をお持ちしました。ああ、砂糖はいりませんので」
ハリスは困った時に助けてくれるし、なんでもこなせる優秀な人材だ。
「チルはいるよ。ミルクから入れてね」
「・・・はいはい、ちょっと待っててね」
チルもけっこう頼ってる。
だから機嫌を損ねないように気を遣うのよね・・・。
◆
「はい・・・紅茶お待たせしました」
自分のために淹れたかったものができあがった。
優雅な休憩とはいかなくなったな・・・。
「甘くない・・・もっと足そ・・・」
チルは紅茶が気に入らなかったみたいで、お砂糖をこれでもかと入れている。
人間だったら病気になりそう。
「あ・・・ミランダ、チルのお駄賃は?配達頑張ったよ」
「ちゃんと用意してあるよ。・・・はい、ありがとうございます」
「わあ、なに買おうかなー」
チルはお願いすれば手伝ってくれる。おかげで運び屋に頼む量が減る月もできた。
・・・なによりも、待たせすぎたお客さんへの対応ができることが強みだ。
「それとね、これ預かってるよ」
チルが鞄から小さくたたまれた紙を取り出した。
「お・・・定期の申込書じゃん。えっと・・・シリウスのお母さんの紹介だね」
これでまた儲かるな。
知り合いには試供品を渡して「どんどんみんなに勧めて」ってのをやってもらっている。
美容水は聖女の調合だから、一回使わせればみんなうちのを気に入ってくれるんだよね。
「あんなどうしようもない田舎に若い奥さんが嫁いできたんだって」
「チル・・・そんな言い方しちゃダメだよ」
「だって、お菓子売ってるお店が二軒しかないんだもん。しかもおばさんが蒸かしたパンの方がおいしい」
「まあまあ・・・」
不便なとこだから仕方ないじゃん。
まあ、あたしも住みたいっては思わないけど・・・。
「・・・チル様はこれからどうするのですか?」
ハリスは紅茶を置いた。
「おやつ買いに行くの。今日はアリシアのとこに泊まるから、ハリスはもういいよー。夜はセレシュも来るんだ」
「キビナへはご自分で帰るのですね?」
「うん、えらいでしょ」
「はい、えらいです」
この二人、ちょっとだけ仲いいのよね。
なんか親子に見えなくもない。
「じゃあ、チルは行くからね。お仕事はチルが暇な時ならまた手伝ってあげる」
「ありがとうチル、アリシア様によろしくね」
「うん、ごちそうさまでした」
チルは紅茶を飲み干して家を出て行った。
あの子とシロのおかげで助かってる。
精霊がいると本当に便利ね・・・。
「さて・・・移動しましょう。あなたの机に行きますよ」
ハリスが恐い顔であたしを見てきた。
真面目で面倒な話か・・・。
◆
「で、なによ?」
あたしは代表の椅子に座った。
とりあえず、気持ちを強く・・・。
「手袋の注文を受け過ぎです。一度締め切るべきかと」
ハリスは目を細くした。
なんか最近意見多いな・・・。
ハリスは立ち上げから一緒だったから、部下って感じじゃない。
だから、なんか逆らえないんだよね・・・。
「まだ平気なんじゃないかな・・・」
「これ以上増やしたらもう受けない・・・フラニー様が仰っていました。バニラ様と二人でこなすのはもう限界です」
「でも・・・」
「半年以上待ったお客様には、わざとシロ様かチル様に届けさせていますね。・・・あの見た目ですから文句も言われないようですが、不満が残れば良くない評判が広まりますよ?」
安易な計画はお見通しか・・・。
たしかにシロかチルが行けば怒られない。
だから大幅に遅れた客にはそうしていた。
「・・・石鹸や美容水もです。こちらはティム様にも頭を下げさせていますね。あなたのためかはわかりませんが、見ていて気の毒です」
「監視してんの?」
「お客様を怒らせてはいないか・・・気にしないのはあなただけですよ」
だって・・・「怒らせたらお仕置き」って言ってるし・・・。
「で・・・どんな感じだった?」
「誠実に対応していますね。普段とは別人でしたよ。まあ・・・生まれも関係あるのかもしれませんね」
「え・・・あんたなんか知ってんの?」
「いえ・・・ふふ、知りません」
こいつ知ってるな・・・。
「あいつ、その話題絶対避けるんだよね。・・・教えてよ」
「今の話題を忘れていませんか?私は誤魔化されませんよ」
ハリスの雰囲気が変わった。
・・・うやむやにはできそうにないみたいだ。
「それと・・・美容水を作っているメピル様にも給金を出しなさい。暇だからと笑っていますが、石鹸を作っているナツメ様には支払っているでしょう?」
「だ、出すよ・・・」
美容水と石鹸は、あたしたちだけでいっぱい作るのは無理だ。
だから・・・そっちにも頼っている。
本当は人間だけでやるのがいいんだけど、雇うと利益がね・・・。
「売り上げは恐るべき早さで順調に伸びています。商会なので利益を追求するのは当然ですが、本部であるここの仕事が雑になり過ぎです。・・・このままでは誰も付いてこなくなりますよ」
「・・・わかった、手袋は一度締め切る。石鹸と美容水も取り違え多いから整理します」
「あまり欲を出さないようにしてください。あなたのかわりに誰が頭を下げていると思っているのですか?」
「フラニー・・・そんな怒ってた?」
「今度連れてこいと仰っていました。・・・ご自身で確認してください」
フラニーとのやり取りは全部任せていた。
あたしはお金の管理と運営だけだ。
まあ・・・そりゃ怒るか・・・。
そういえば、メルダはちゃんとお姉さんたちの話を聞いてあげてたような・・・。
「フラニー様の作られた雲鹿革の手袋は人気です。仕事を投げ出されたら困るでしょう?」
「うん・・・困る」
高い報酬は出してるけど、バニラと二人では無理があったか。
「決めたことを忘れてもらっては困ります。こちらに非がある苦情を最小限に・・・ご自分でそちらに舵を切っていたのですよ?」
「すみませんでした・・・。今夜はこの体でお詫びしますのでめちゃくちゃにしてください・・・」
「いりません。・・・また同じようなことがあれば、私はすべて投げ出して逃げますからね」
「もうしないので見捨てないでください・・・」
儲かりすぎて調子に乗ってしまった。
一人だったら・・・やばかったな。
正直、ハリスがいなかったら絶対にうまくいかなかった。
そして、ここで抜けられたら本当に困る。
だから・・・言うことを聞くしかない・・・。
◆
「よかったですね、ノア様とエスト様の気苦労も減りそうですよ」
ハリスは革張りの椅子に腰を下ろして、後ろで仕分けと書類の整理をしている二人に声をかけた。
生活を預かってる大切な部下たち・・・。
「相談した甲斐がありました。ありがとうございます」
「ハリスさんがいてくれてよかったです。わたしたちが助言をしても聞き流されてしまうので・・・」
二人は手を止めて、あたしの机の前まで来た。
・・・たしかに「こんなに注文取って大丈夫なんですか?」とか「いつか恨まれますよ」なんて言われてた気がする・・・。
あたしに言っても話になんないからハリスに頼んでたのか・・・。
よし、これからはメルダのしてたことを思い出しながらやっていこう。
「でも僕は英雄ミランダと仕事ができて嬉しいです。雇っていただいて感謝していますよ」
「ノア・・・」
募集の紙を掲示板に張りに行った時だった。
『あ・・・英雄ミランダ』
『え・・・何あんた?』
『いや・・・ご挨拶を・・・え!!これ手伝わせてください!!絶対役に立ってみせます!!』
なんか良さそうだったから、張ったものはすぐ剥がして雇った。
取引先との交渉とか任せられるすごい奴、あたしのためにその時の仕事辞めてくれたんだっけ・・・。
「わたしもそうですよ」
「エスト・・・」
もう一人欲しいかなって思ってた時だった。
『英雄ミランダと一緒に仕事がしたいと思って来ました』
『なにあんた急に・・・まだ募集かけてないんだけど・・・』
『ここで働きたくて引っ越してきました。なんでもしますので雇っていただきたいです』
なんか追い返せなくて雇ったけど、任せた仕事はちゃんとこなしてくれる。
まあ、いい子よね・・・。
『・・・問題無いでしょう』
ハリスも文句は言わなかった。
そして・・・。
『お二人が嫌でなければ、ここで共に生活してはどうですか?』
『いいのであれば・・・僕はそうしたいです』
『わたしもその方が助かります』
『あたしもいいよ。部屋空いてるし・・・よし、そしたら色々当番制にしよう』
一緒に暮らしている。
シロがいない時でも、この二人がいるから楽しいこともあるし、なんだかんだ気が合うのよね・・・。
あたしがアリシア様だとしたら、この二人はスコットさんとティララさんって感じだ。
「・・・まだあなたへの情はあるようです。お二人にも逃げられたら困るでしょう?」
「うう・・・身に沁みました・・・」
今日はルルさんの店で好きなだけ飲み食いさせてあげよう。
そんで帰ったら、二人とも気持ちよくしてあげようか・・・。
◆
「・・・では、私は別件があるので失礼します」
ハリスは帳簿の確認が終わると立ち上がった。
なんも言わなかったから問題無しってことね。
「うん、またよろしくね。それと、そろそろ商会のバッジ付けてよ」
ハリスはなぜか付けてくれない。
恥ずかしがってんのかな?
「気が向いたら付けますよ」
「いつ?」
「そのうちですね・・・」
ハリスは影に沈んだ。
最初ノアたちが見た時は驚いてたけど、今はもう日常になっててなんの反応も無い。
・・・いい奴ではあるんだけど、なぜかルージュとセレシュには避けられてるのよね。
◆
「はあ・・・ちょっとお腹空いたな。エスト、お菓子持ってない?」
ノアの溜め息が聞こえた。
そういやもうすぐ休憩時間だ。
「ごめん、今日は無い。仕事終わるまで我慢だね」
「お昼ちょっと足りなかったんだよね・・・」
は・・・そうだ、こういう時に動いてあげよう。
「あたしが買ってきてあげるよ」
「え・・・ミランダさん?」
「行ってくるね」
「あ、待ってください。赤毛隠さないとまた人が寄ってきますよ」
エストが帽子を取ってくれた。
・・・いい奴。
戦場を終わらせた英雄・・・本当にそうなって、歩いてるだけで話しかけられる。
最初は嬉しかったけど、今はちょっとだけ大変に思えてきた。
アリシア様はずっとこんな感じで苦労してんだろうな。
人気で言ったら雷神の方が何倍もあるしね。
「ありがとう。じゃあおいしいの買ってくるね」
あたしは大きめの帽子に赤毛を隠して談話室を出た。
夜はごちそうするから、軽めのお菓子とかでいいかな。
◆
「あ、ごきげんようミランダさん」
「ごきげんよう・・・」
家を出たところで、アカデミー帰りのルージュとセレシュに出くわした。
この二人はすっかりお嬢様って感じだ。
挨拶のたびにスカート持ち上げんのめんどくさくないのかな?
「あたしにはそんなことしなくていいよ」
「え・・・でもこうしないと素敵な女性になれないって言われたよ」
あのアカデミーはいったい何を教えてんだろ・・・。
洗脳してんのかな?
「それに、さんも付けなくていいよ」
「アカデミーで教わった。年上はさん付けしなさいって」
「他には?」
「男の子には・・・こっちから話しかけない・・・」
子どもだからかな?
こうだって教えられたら素直にやっちゃうんだね・・・。
男を近付けないのは、アカデミーだけにしとけばいい。
たしかにあそこはお金持ちのお嬢様が多いけど、この二人みたいに普通に恋愛して相手を見つけないといけない子もいるはずだ。
その子ごとにやり方変えるわけにはいかないもんなのかな?
ていうか・・・あたしだけかもしれないけど『純潔の花園』って名前気持ちわるいんだよね。
未経験しか雇ってない娼館の名前かっての・・・。
王立のとこなんて『東区第一アカデミー』とかだから余計変って感じがする。
あたしの出たとこは『ネルズ第二アカデミー』だったし・・・。
「どこかにお出かけする予定だったの?」
考えてるとルージュが顔を覗き込んできた。
・・・まあいいか。
「これからお菓子買いに行くとこだったんだけど、あんたたちもどう?もちろん好きなの選んでいい権利をあげるよ」
「わあ、行きたーい」
「私も・・・」
二人はちょっとだけ緩んだ顔をしてくれた。
最近忙しくてこの子たちにも構ってなかったからな。
今日は奮発してあげよう。
「寄り道はしていいの?」
「大人と一緒ならいいんだって。それに英雄ミランダと一緒なら誰も文句言わないよ」
「でも・・・制服を着てる時は・・・周りの目を気にしなさいって・・・」
アカデミーの品位を落とすなってことね。
たしかにこの制服を着てる子は目立つ。
ひと目で金持ちのお嬢様ってわかるから周りの目も気にしないといけないな。
・・・そういうの考えると、あたしはあのアカデミ―は絶対無理だな。
讃美歌を毎朝歌うとか、座る時に脚を開くなとか、胸元出すなとか、絶対耐えらんないし・・・。
◆
「お勉強は難しくなってきたりした?」
なんとなく聞いてみた。
二人と歩いてると、自分のアカデミー時代を思い出す。
たしか・・・試験の前とかはお姉さんたちが教えてくれたな・・・。
「ティムさんが教えてくれるから大丈夫だよ」
「私にも・・・教えてくれる」
「へー・・・そうなんだ」
あたしに聞いてこないのはなんでかしら・・・。
ていうか、あいつ勉強できんのか・・・。
「まあ・・・勉強はそんなに頑張らなくても大丈夫なんだよ。あたしみたいに商会で成功できたりするからね」
あれ・・・これって「あたしは勉強できない」って言ってるのと同じじゃ・・・。
「たしかにミランダさんはすごいよね」
「うん・・・かなり儲けてるはずって・・・お父さんが言ってた」
よかった、そこまで深読みはしなかったみたいだ。
・・・でもなんか苦しいから話を変えよう。
「そうだ・・・あんたたちは将来やりたいことってあるの?」
なかなか無難な話題よね。
そういやニルスは、小さい頃から旅人になりたいって思ってたって言ってたな。
この二人はどうなんだろ?
そういうの考えてんのかな?
「私は・・・精霊学を勉強したい。シロに・・・教えてもらってる」
セレシュはもう決まってるって感じだ。
おとぎ話でも作りたいのかな?
ていうか、シロはさん付けしないんだ・・・。
「あ、それシリウスも手紙で書いてたよ。一緒がいいんだね」
「・・・うん」
ああ、そういえばセレシュにはシリウスがいたか。
それならあのアカデミーは花嫁修業って感じなんだろうな。
「ルージュは?」
「わたしはまだわかんない・・・。でも、お人形の服を作るのは楽しいよ」
「そっか、決まんなかったらあたしの所で働く?」
「うーん・・・考えとく」
普通はこんなもんよね。あたしもニルスと旅をするまでブラブラしてたし・・・。
けど、だから出逢えたんだよね。
◆
「ありがとうございます・・・」
「ありがとうミランダさん・・・あ、やっぱり抜けないよ」
お菓子を買って店を出た。
呼び方は、もう好きにしてくれていい。
「あはは、喋りやすいのでいいよ。それに早くしまわないと、あのアカデミーの子たちが買い食いしてたって噂されんじゃない?」
「・・・」「・・・」
二人はすぐにお菓子を鞄に隠した。
ふざけて言っただけなのに・・・。
まあ別に変なことを教えてるわけじゃない。
慎ましく貞淑な女が好きな男は多いしね。
だけど・・・。
「でもさ、店番のお兄さんには話しかけてもいいんじゃない?」
「ダメだよ。知らない男の人だもん」
「それに・・・恥ずかしい・・・」
二人はそれができなくなってるみたいだった。
・・・これはちょっと心配よね。
『女の子しか入れないとこなんだって』
『ふーん・・・別にいいんじゃないかな。アカデミーなんてどこも一緒だろうし』
ルージュのお兄ちゃんがこの状態を知ったらどう思うか・・・。
箱入りってわけでもないけど、そうなりそうな気がする。
・・・ふふん、これは報告に行かないといけないな。
それにメルダからも『ニルスとシロを連れてこい』って手紙来てたのよね。
ついでに紹介してやるか。
それとあの干し肉・・・そろそろ恋しい・・・。
よし、早く仕事を片付けよう。
ノアとエストにもまとまった休みをあげないといけないしね。




