第百三十四話 アカデミー【ルージュ】
戦場が終わって、一年ともうすぐ半年だ。
もう戦いが無くなったからなのか、街の人たちはいつも笑顔な気がする。
わたしも笑顔でいたいんだけど、今日はちょっと難しそうだ。
明日からアカデミー・・・こんなに緊張してるのは初めてかもしれない・・・。
◆
「お母さん・・・眠れない・・・」
ベッドに入ってしまった。
心臓がずっとドキドキしてる・・・。
ああ、寝たら明日になっちゃう・・・。
「アカデミーのことか?セレシュも一緒だから心配無いよ。それに男の子もいないから大丈夫だ」
「・・・うん」
わたしが通うアカデミーは新しくできたばかりだ。
そして、女の子しか入れないところだって聞いた。
教官もみんな女の人みたい。
「お母さんは男の子もいるアカデミーに行ってたんでしょ?なんでわたしとセレシュは違うの?」
「ルージュがいいお嫁さんになれるようにだよ。それに・・・あまり男をお前に近付けたくないんだ」
お母さんの声が低くなった。
そういえば、シロにも「他の男の子とは遊ばせないように」って前に言いつけてたな・・・。
「シロとかティムさんはいいんでしょ?」
「あの二人はいいんだ」
「じゃあ・・・もしシリウスが帰ってきたら?」
「シリウスは大丈夫だ」
お母さんは、わたしから男の人を遠ざけている。
セレシュもおんなじみたいで、信用できる人・・・例えば、元戦士の男の人とかとしかお喋りしたことが無い。
『・・・ねえ、少しでいいから服を脱いで見せてくれないかな』
世の中には、恐い男の人がいるってことは知ってる。
『ルージュ、オレも一日だけ君のお兄ちゃんができて嬉しかったよ。・・・ありがとう』
でも、優しい人だっている。
・・・もうどんな顔だったかうまく思い出せない。
あのお兄ちゃんは、今どこにいるんだろう?
「さあ、目を閉じてもうおやすみ。ルージュ、愛しているよ」
「うん・・・」
いつの間にか頭の中がふわふわしてきた。
もう・・・寝れそうだ。
◆
「みんなで同じ服だと、誰が誰かわかんなくなりそうだね」
起きたらシロが来てて、一緒に朝を食べた。
「でもかわいいよ。シロも着たい?」
「え・・・僕、男の子だし・・・」
そのあと、仕立てられたばかりの制服を着せられた。
毎日この格好で勉強することになるのか・・・。
「シロも一緒に行ければよかったんだけどな」
「そうだな・・・精霊だから男の子では無いんだろう?」
「厳密にはそうだけど・・・女神様がこれで作ったから体はそうだよ。まあ・・・女の子にもなれるけど、嘘ついてまではやだ」
「・・・すまないな」
お母さんは「二人分のお金を出すから、シロも通わせられないか」ってアカデミーの人に聞いていた。
「気にしないで。それに、僕もお仕事があるから毎日通えるわけじゃないないし」
だけど「絶対にダメ」って断られたって聞いた。
その時のシロはちょっとだけ寂しそうだったけど、今はもう気にしてないみたい。
「ルージュ、これはつけていくか?」
お母さんがわたしのブローチを取り出した。
それは・・・。
「やだ、失くしたくないもん」
お父さんから貰ったブローチは、アカデミーには絶対につけていかない。
壊れたり落としたり・・・考えると恐くてダメだ。
「友達のしるしはつけてくんだね」
シロがわたしの首を見てにっこり笑った。
そりゃ・・・。
「うん、これはつけてく。絶対切れないんでしょ?」
「そう、絶対に切れない」
ちょっと前に、シロが首飾りの紐を交換してくれた。
「それに、ステラの炎でも焼けなかったのルージュも見てたでしょ?」
「うん、憶えてる」
あのとっても強い糸を編んだものだ。
メピルさんが作って贈ってくれた。
「シロ、ステラはまだ・・・」
お母さんがシロの頭を撫でた。
わたしも気になる・・・。
「うん、まだ寝てる。前にも言ったけど、ルージュが大人になる頃だね」
ステラさんは、戦場が終わってから自分のお屋敷があるスナフでずっと眠り続けている。
お母さんも戦士の人たちも、誰もそのことを知らなかったって聞いた。
寂しいけど、私たちとの繋がりはたくさんある。
たとえば、うちの書斎にあった剣はステラさんが持っている。
お父さんが作った強い剣だから「早く目が覚めるように」ってお母さんが渡したって聞いた。
壊れてたと思ったけど、眠ってるから大丈夫だよね。
◆
三人で外に出た。
風の月になったばかりだから、夏の匂いの風が吹いている。
「ルージュ、忘れ物は無いな?」
「大丈夫」
「今日で道を覚えられたらいいな」
「平気だよ、ミランダの家のすぐそばだもん」
よく遊びに行ってるからお母さんが付いてこなくてもいいんだけどな。
「僕も一緒に行こ。ミランダを起こさないと」
「お仕事忙しいの?」
「どうなのかな?よくわかんないや」
ミランダは今年の紬の月から新しく商売を始めた。
ステラさんが家に調合書を残していったみたいで、それを元にいい香りの石鹸とか、肌に塗ると綺麗になれる水を作って売っている。
だからわたしもセレシュもずっと好きな香りで体を洗えていた。
他にもキビナのフラニーさんが仕立てた服とか手袋、北部の火山に住んでる鍛冶屋さんが作った装飾品とかも人気だって言ってたっけ。
「そろそろ店も出すのか?」
お母さんがシロと手を繋いだ。
そうか・・・今はお届けだけしかやってないけど、お店を出せばお客さんがもっと増えるよね。
「出さないんだって、全部配達だけでやるんだよ」
「そっちの方が大変じゃないか?」
「その方がいいってハリスと一緒に決めたみたい。運び屋さんも使うし、僕とティムもいるから大丈夫だよ」
「そうなのか・・・。まあ色々考えがあるんだろうな」
わたしにはよくわからないな。
お店も出せばいいのに・・・。
◆
「おはようございます!」
歩いていると、見回りの衛兵さんが挨拶をしてくれた。
「おはようございます」
「おはよう」
「雷神の土地はいつも異常無しで平和ですね」
「そうか・・・」
うちの周りは「雷神の土地」って呼ばれている。
何も無い広い野原で、わざわざ来るのは元戦士の人とか衛兵さん、あとはお母さん目当てで尋ねてくる観光の人くらい・・・かな。
でも、本当にお母さんの土地なのかはよくわからない。
どうしてかみんな言うことが違うから・・・。
「お前の持ち場がここになって半年経つな」
「そうですね。種の月からなので」
「今日からルージュがアカデミーに通う。できるなら朝と夕方は人数を増やしてほしい」
「はい!承知しました!」
衛兵さんは大声で答えてくれた。
それって・・・わたしのためだけってこと?
「女の子だけのアカデミーだ。兵団長にも言ってあるが、他の子たちも恐い思いをしないように頼むよ」
「はい、十日前に周知がありました。そちらだけでなく、他のアカデミーの近くも配置を増やしています。周りを見れば誰かいるようになっているはずです」
お母さんは、たまに衛兵さんたちに剣を教えに行ってる。
その時に頼んでくれたんだろうな。
「では、行ってらっしゃいませ」
「ああ、ありがとう。・・・ここが持ち場だと暇だろう?強くなりたければうちに来い。今日から一人の時間が多くなる」
お母さんは衛兵さんの背中を叩いた。
「・・・仕事を放り出せませんよ。それに・・・女性一人の家に行くのは良くないかと・・・」
「・・・お前は何を考えているんだ?」
「アリシアさんこそ、男一人を家に誘うのはやめた方がいいですね」
「交代の者があと二人いるだろう?三人で来たらいい」
「そういう意味じゃなくて・・・睨まないでください」
いつも思うけど、お母さんってどのくらい偉いんだろう?
なんか聞けないんだよね・・・。
◆
アカデミーについてしまった。
門には『純潔の花園』って彫ってある。
ああ・・・大丈夫かな・・・。
「行ってきなさい。みんなお前と同い年の子たちだ」
「う・・・うん」
「たしか・・・ルージュとセレシュも入れて、三十九人と聞いた」
「う・・・うん・・・」
アカデミーの前には、わたしと同じ制服を着た子たちがたくさんいた。
みんなと友達にならないといけないんだよね・・・。
「ご家族の方たちはここまででお願いします」
「お名前のご確認をさせていただいたお嬢様から敷地に入っていただきます」
大きな門の前では、ここの教官たちが受付をしている。
・・・ここから一人だ。
「あそこに衛兵たちがいる。なにかあったら駆け込め。恐かったら家まで送ってくれるらしい」
「うん・・・わかった」
門のすぐそばには、衛兵さんの詰め所がある。
女の人しかいないアカデミーだから、中にいるのも女の衛兵さんだけだ。
「・・・セレシュはもう中かな?」
「あっちにウォルターさんたちがいるからそうかもしれないな。さあ、頑張ってくるんだよ」
繋いでいた手が離れて、背中を押された。
緊張するな・・・。
◆
「みなさんは十三歳となりこのアカデミーを出るまでに、どこへ行っても通用する素敵な女性を目指して学びましょう。そして、来年入ってくる二期生たちにしっかり見習ってもらえるように日々励んでください」
入ってしまったあとは楽だった。
できたばかりのアカデミーだから、わたしたちは一期生って言うみたい。
今は上も下も無くて、ちょっとだけ気が楽だ。
◆
「ルージュ・・・一緒にお昼食べよう・・・」
セレシュがわたしの机の前に来てくれた。
朝から思ってたけど、わたしよりも制服が似合ってる気がする。
「うん、そしたら中庭に行こうよ」
今日は敷地の中を案内されたり、自分の持ち物に名前を書いたり、みんなで自己紹介をしたりしてお昼前には終わった。
「早く終わるのってお母さん知ってたのかな?」
「わかんない・・・うちは、お父さんもお母さんも知らなかったみたい・・・」
「ふーん、じゃあ行こうよ」
お弁当を持たされたけど帰って開けるのもつまらないし、せっかくだからここで食べていこう。
◆
中庭には、休憩のためのテーブルと椅子が用意してある。
わたしたちみたいにお昼を食べたり、静かに本を読んだり、お喋りをしたりする場所って説明された。
つまり、自由にしていいところだ。
「シロ・・・残念だったね・・・。精霊には・・・男の子も女の子も無いって言ってたのに・・・」
「でも自分で男の子って言ってるよ」
朝も言ってた。
精霊だから女の子にもなれるみたいだけど、嘘ついてまではやだっても言ってたな・・・。
「体も・・・男の子だもんね」
「わたしもお風呂で見せてもらってるけどそうだよね」
「キビナで・・・温泉に入った時・・・チルは・・・女の子だった・・・」
「え・・・見てたの?わたしチルのは憶えてないかも」
「・・・」
セレシュの顔が真っ赤になった。
・・・見てたってことなんだろうな。
「じゃあ・・・シリウスのも憶えてる?」
「・・・」
「ミランダの家でも、一緒にお風呂入って遊んだよね」
「・・・」
憶えてるんだね・・・。
「・・・シリウスも・・・今日からアカデミーだって・・・手紙に書いてあったよ・・・」
セレシュは話を変えた。
まあいいか・・・。
「うん、わたしのにもあった。もうお返事書いて、きのう出したんだ」
「私も・・・」
シリウスとはずっと文通をしている。
わたしとセレシュとシロで三人分、シリウスは大変だと思う。
シロとはたまに返事を一緒に書くけど、セレシュは一人で書いて絶対に中身を見せてくれない。
恥ずかしいことでも書いてるのかな?
「ルージュ・・・みんなに見られてたね・・・」
セレシュはまた話を変えた。
わたしが手紙の内容を聞こうとしたことがわかったのかな?
・・・まあいいか。
「そうだね、別に気にしてないよ」
自己紹介の時に、みんなから色々言われた。
『・・・クライン?』『お母様から聞いていました』『アリシア様の・・・子ども?』『親子で美しい髪の毛・・・羨ましいです』『じゃあ強いのですか?』『通りで男の人を投げ飛ばしているのを見たことがあります』
みんなお母さんのことを知ってて恥ずかしかったな。
今はもう戦士じゃないんだけど、なんでみんな知ってるんだろ・・・。
そして乱暴な話が多かった気がする・・・。
お母さんは戦場が終わってからはルルさんのお店で料理を作ったり、育ててもらった孤児院のお手伝いに行ったりもしている。
でもそれはあんまり知ってる人がいないから、どうしても荒っぽいところが目立つみたいだ。
そういえば一回だけ、ミランダの手伝いで火山の鍛冶屋さんに行ったこともあったな。
『ルージュが寂しいならやめるが・・・』
『え・・・うーん、セレシュと遊べるから大丈夫』
『そうか・・・ありがとう』
たしか去年の水の月・・・今月か来月も「ちょっと行ってくる」って言ってたな・・・。
◆
「今日は残っていなくてよろしいのですよ?」
セレシュと話していると、上品そうな女の人が話しかけてきた。
・・・さっきいた教官の人だ。
名前は・・・まだ覚えきれてない。
「ごめんなさい、お弁当を持たされたので食べていました」
「ああ・・・そうでしたか。他にも持たされた方がいました。おそらく、私たちからの伝達がしっかりできていなかったのでしょう。・・・申し訳ありません」
教官は深く頭を下げてくれた。
え・・・。
「あ、あの・・・わたしたちは気にしていないので・・・」
「自分が悪いと思った時には、こうやって誠実に謝ることが必要なのです」
「せいじつ・・・」
「自分のためではなく、相手のために謝る。あなたたちも心がけてください」
・・・なんか窮屈そうだ。
こういう大人にさせられるのはちょっとやだな。
ステラさんも上品な人だけど、ここまで堅い感じじゃなかった。
でもあの人は素敵な女性だと思う。
わたしはステラさんみたいな大人になりたいな。
「私は教官のエリィ・ラミナと言います。お二人は、セレシュ・グリーンさんとルージュ・クラインさんですね」
「そ、そうです・・・ラミナ教官・・・」
「お二人とも戦士のご息女でしたね」
ラミナ教官も、やっぱりお母さんのことを知ってるみたいだ。
・・・説明会とかで話してるだろうから当たり前か。
「アリシア様は、私にも握手をしてくれたのです。どうかお礼を伝えてください」
「は、はい・・・」
「雷神の隠し子・・・同じ女性として誇らしいです」
「は、はあ・・・」
なんかやだな・・・。
これからは「アリシアの娘」ってみんなに見られるのかな?
お母さんのことは大好きだけど、そういう接し方はやだ。
セレシュとシロみたいに「ルージュ」として仲良くしてほしい。
「では、食事が済んだらまっすぐに帰るのですよ。不安であれば、衛兵さんに付き添ってもらいなさい」
「はい・・・」
「それとクラインさん、脚を閉じてスカートを押さえなさい。はしたないですよ。グリーンさんはきちんとしているでしょう?」
「・・・はい」
わたしは開いていた脚を閉じた。
別に誰も見てないのに・・・。
「明日、改めて挨拶をしますが、私があなたたちを担当するのでよろしくお願いします。立ち居振る舞いは、淑女の時間に教えていきますのですぐに直るでしょう」
淑女の時間・・・そんなものもあるのか・・・。
なんか息苦しいアカデミーかも・・・。
◆
「はあ・・・わたし大丈夫かな?」
帰り道でセレシュに聞いてみた。
こうやって相談できる友達がいると、少しだけ楽になる。
「悪いことを・・・教えてくれたわけじゃないよ・・・」
「そうだけど・・・」
「私も・・・ルージュと一緒に・・・頑張るから」
「セレシュ・・・」
励ましてもらえると、大丈夫かなって思えてくる。
セレシュと友達でよかったな。
◆
「別にいいでしょ。通ってれば慣れるよ」
ミランダが遊びに来てくれてたから心配なことを聞いてみた。
慣れるか・・・。
「あそこお嬢様しか通えないし、そういう感じかなっては思ってたけど」
「え・・・ねえお母さん、わたしお嬢様なの?そしたらセレシュも?」
「ミランダ、おかしなことを言わないでくれ」
「え・・・おかしくないですよ」
ていうか・・・ミランダはやっぱり脚を開いてる。
・・・じゃあわたしだっていいんじゃないかな?
「ん?なにルージュ?」
「別に・・・シロ、一緒にテーブル拭こう?」
「うん」
なんか聞けない・・・。
◆
夕食ができて、みんなでテーブルを囲んだ。
お母さんにもたくさん今日のことを教えてあげたい。
「運動場は広いんだよ。なんかね、美容にいい運動をするんだって」
「あまり激しい運動はさせないって言っていたからな」
「なんでだろうね?」
これからは、帰ったら毎日こういう話をするようになるんだろうな。
「純潔では無くなる可能性があるとか・・・わけのわからないことを言っていた」
「あはは、変なアカデミー」
ミランダが笑った。
やっぱり変なのかな?
「あ、そうだ。ねえねえ、みんなお母さんのこと知ってたよ」
「まあ・・・当たり前よね。人気者だし、ルルさんの店にも観光客が来たりしてますよね?」
「そうだな。・・・グレンも大変らしい、配達の仕事をやめて店の手伝いだからな」
「子どもを作る暇がないってぼやいてましたよ」
む・・・わたしの話したいことから離れてる。
「シロ、あとで一緒にお風呂入ろうね」
「うんいいよ」
「泡でいっぱいにしようね」
わたしは・・・シロがいるからいいもん・・・。
◆
テーブルの上が片付いた。
よし、お風呂に・・・。
「さて・・・ルージュ、あんたにお祝い持ってきたんだ」
「え・・・」
「アカデミーと誕生日のお祝いだよ」
ミランダが、鞄から木でできた高そうな箱を取り出した。
あの鞄は、シロのと同じでなんでも入るすごいものだ。
「はい、持ってみ」
「わあ、なんかすべすべしてるね」
「ルージュ、早く開けてよ」
シロがニコニコしてる。
・・・こういうのは、一人で開けたいんだけどな。
「すまないなミランダ。ルージュ、先にお礼を言いなさい」
お母さんが炊事場から出てきた。
「うん、ありがとうミランダ」
「いいって、それにシロも一緒に用意したんだよ」
「えへへ、早く開けてよ」
「うん」
わたしはテーブルに箱を置いて蓋を開いた。
シロとミランダから・・・なにが入ってるんだろう・・・。
「あー!お裁縫の道具だ!」
中には、わたしがお母さんにおねだりしていたものが入っていた。
『お人形の服は無いの?』
『うん、いつも買ってるふり』
『ふーん、あったら楽しいのにね』
シリウスと最後に遊んだ日から、ずっと心に残っていた。
『お人形の服を着せ替えて遊べたら楽しいだろうな・・・』
ずっと前から思ってはいたけど、服だけを売ってるお店が無いからどうしようもなかった。
『あれ・・・じゃあ自分で作ればいいんじゃ・・・』
思い付いたら、どうしてもやりたくなってお母さんにねだっていた。
でも・・・針とかハサミは危ないから『もっと大きくなったらだな』って買ってもらえなかったものだ。
『ダメって言われた・・・』
『そうなんだ。元気出してよ』
シロには話してたから、ミランダに言ってくれたんだろうな。
「綺麗・・・ピカピカの針」
「これでお人形の服が作れるね。あと・・・こっちはフラニーが分けてくれたんだ」
シロが別な包みを取り出した。
「わあすごーい」
開けると色んな柄の生地がたくさん入っていた。
「仕方ないな・・・。ミランダ、次から何を渡すかは私に教えてからにしてくれ」
お母さんはちょっとだけ困った顔だ。
ふふ、もう貰っちゃったもん。
「アリシアが何を言っても気にせず渡せ・・・とのことでした。あと・・・文句があるなら今度聞くって・・・」
「な・・・そういうことか・・・いいだろう」
お母さんはすぐに納得した。
どういうことだろ?お母さんが黙るような魔法の言葉があるのかな?
「ルージュ、その裁縫道具はお前が大人になっても使えるものだろう。大切にするんだよ」
「大丈夫だよ、ずっと使うもん。それに、お母さんに教えてもらわないと作れない」
「たしかにそうだな。明日から少しずつ教えてやろう」
「約束ね」
お母さんの機嫌がなんかよくなってる。
しばらくは叱られなさそうだ。
◆
「ほらルージュ、明日もアカデミーだ。早く寝なさい」
「はーい」
ミランダたちが帰って、わたしはベッドに入った。
今日はきのうと違ってすぐに眠れそうだ。
「まだ暑いな・・・」
お母さんが窓を開けると、涼しい夜風が吹き込んできた。
なんか憶えがある・・・。
あの日、ケープの帽子を脱いだ時に感じたのと同じだ。
もうすぐ二年経つ・・・。
『・・・ねえお兄ちゃん。・・・わたしが大人になったら一緒に旅に連れていってほしいな』
『そうだな・・・いい子にしてたらね』
まだ・・・わたしのこと憶えててくれてるかな?
せめて、名前を聞いておけばよかった・・・。
そういえば・・・お兄ちゃんはどういう女の人が好きなんだろ?
わたしは明日から素敵な女性になるための勉強が始まるけど、好みがわからないとどうしようもないよね・・・。
・・・脚を開いて座るのはどうなんだろ?
ミランダもやってるし、別に・・・。
『ルーン、脚を閉じて。スカートはちゃんと押さえないとダメだよ・・・』
あれ・・・ダメ?ダメかも・・・。
たしか・・・淑女の時間っていうのがあるんだよね。
それは一番真面目に聞くことにしよう。
いつか・・・また逢えた時、好きになってもらえるように・・・。
どうでもいい話 13
私の中では、水の章までが序章・・・。




