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Our Story  作者: NeRix
水の章 第四部
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第百三十三話 分かち合い【ニルス】

 たとえば、君に少し違和感を持った時に問い詰めていたら・・・。


 

 「うう・・・ああ・・・」

ミランダは先に目覚めていて、オレが起きた時にはすでに泣いていた。

先に事情を聞いて、どうしようもなく・・・耐えきれず・・・。


 ずっと笑顔でいてくれた彼女は、どういう気持ちだったんだろう・・・。

 

 「・・・消えたわけではありません。自分が目覚めるまで笑って過ごせ・・・ステラ様はそう仰っていましたよ。前向きに考えることですね」

ハリスは暗い声で慰めてくれている。

ステラたちをスナフに送って、すぐに戻ってきてくれたらしい。

 

 「今は・・・無理だよ・・・あたしたちのせいじゃん・・・」

「まったく・・・買ったばかりの服だったのですよ・・・」

ミランダはハリスに抱きついてるみたいだ。

 「だって・・・もっと鍛えてれば・・・」

「それは否定できませんね。予定していた戦士全員の治癒と支援、あなた方の転移、傷痕を消すこと・・・本来ならば二年か三年ほどの予定だった」

ハリスは淡々と話している。

ステラに対しての思い、その違いだろう。


 「シロもおじいちゃんも・・・知ってたんだよね・・・」

「ステラが治癒を引き受けなければ勝利は無かった。・・・そして僕には・・・止められなかった」

「話してくれたら・・・あたしが止めたよ・・・黙ってることないじゃん」

「・・・ごめんなさい」

オレはどうなんだろう・・・。

彼女の意思を尊重したのか、それとも止めたのか・・・。


 「・・・シロ様を責めるのは間違っていますね。お二人の命が流れるのを止めてくださった。むしろ感謝するべきです」

「・・・ごめんシロ」

「違う・・・違うよ・・・僕がしっかりしていれば・・・」

「もういいでしょう・・・済んだことです。これから、どう笑顔で過ごすかをお考え下さい」

ハリスがいてくれてよかった。

三人でいたらなにもまとまらなかっただろう。



 ミランダの嗚咽が小さくなってきた。

もう顔を上げているのかな?


 「・・・シロはどうするの?」

「旅は・・・ステラも一緒がいい」

「当たり前じゃん・・・ニルスもそうだよね?」

オレの肩が叩かれた。

当然だ・・・次の旅はステラも共に・・・。


 「ステラが目覚めるまで・・・なにしよっか・・・」

「僕はみんなと遊ぶ・・・それが一番笑顔になれるから」

「あたしは・・・戻ってから考えるよ・・・ニルスは?」

考えてないよ・・・いや、考えられないんだ。


 いつの間にか君に染まっていた。

寂しい、切ない、恋しい、愛しい・・・そういう感情をもっと集めて、想いを募らせて君を待つのもいいかもしれない。

笑えるかはわからないけど・・・。


 「とにかく・・・あなた方はテーゼに戻るべきです。そこまで時間は経っていませんが、みなさん報せを待っているのではありませんか?」

ハリスの声は少しだけ優しい。

だけど・・・。


 「だってさ・・・」

「まだ・・・」

戻れない理由がある・・・。

 「ニルス・・・そろそろ顔を上げてよ・・・」

涙が止まらない・・・だから顔を上げられない。


 君の存在はとても大きなものになっていた。

テーゼを出た日や父さんとの最後の会話、あの時以上の悲しみだ。


 『不安になったら言いなさい。全部私が吹き飛ばしてあげる』

オレを照らしてくれた言葉・・・それをくれた君がいない。

 充分に鍛えたと思っていた。

ミランダの言う通り、まだ・・・まだ足りなかったんだ・・・。


 「ステラ様はケルト様とは違う・・・また会えます。そういえば彼は・・・娘には会えませんでしたね・・・」

ハリスの声がより暖かくなった。

ああ・・・そうだな。


 『ああ・・・アリシアにもう一度会いたかったな。ルージュちゃんも一度でいいから抱いてあげたかった・・・』

最期に悔やんでいた・・・。


 「泣いている暇があるなら、ケルト様のように贈り物を準備しておくのがよろしいでしょう」

「贈り物・・・」

「あなたは天才である彼の唯一の弟子でしょう?」

ハリスの言葉が悲しみの雲を少し晴らしてくれた。

・・・父さんが「友達」って呼ぶわけだ。


 『・・・泣いてなにか変わるか?』

『彼女が願っていたことはそうじゃないだろ?』

前向きな思いが芽生えてきて、少しずつ涙が引いていく・・・。



 「落ち着きましたか?」

「ありがとうハリス・・・君の言う通り、また会える。ステラの目覚めを笑顔で待とう」

オレは顔を上げた。


 まだ涙目ではある。

寂しさに負ける夜もあったりするだろうけど、ずっと泣いてるのはダメだよな。


 「ミランダ、シロ、そんな顔で迎えに行く気か?一緒に来てくれなくなるぞ」

「なによ・・・ずっと泣いてたくせに・・・嫌がっても無理矢理連れてくに決まってんでしょ・・・」

「うん・・・僕もそうする。また一緒に旅をするんだ」

ミランダとシロも涙目だった。

でも、オレよりも先に乾きそうだ。


 「・・・やっと前向きになりましたか。自分が思い描く未来にあなた方は必要だと、ステラ様は仰っていましたよ。だからこそ代償を覚悟の上で蘇生をしたのです」

ハリスがいじわるな顔で笑った。

 「ステラ様は、自分の身や感情よりもあなたたちを優先できるようですね」

逆ならオレもそうする。

オレの未来にも、君は必要だからだ。


 もしオレたちの眠りと同じものなら、君はもう目覚めの日に行っているのかな?

・・・早くそこまで行きたいよ。

 一日ごとに君へ近づく・・・。

とても長く感じるだろうけど必ず迎えに行くからね。



 「帰りは・・・私が送りましょうか?」

オレたちは立ち上がった。

君のいる未来へ笑顔で向かうために・・・。


 「いや、魔法陣で帰ろう。僕が動かすよ」

「たしかにその方がいいわね。みんな待ってる」

向こうも不安だろうし、早く戦いの終わりを伝えた方がいい。

戦場を終わらせた英雄の凱旋だ。


 「ニルス、やっとルージュに会えるわね」

「あ、そっか。どんな顔するかな、一緒にいていいよね?」

「いや、ルージュには会わないよ」

「は?」「え?」

シロとミランダは、同じように口を開けて固まった。


 自分で決めたルージュに会う条件。

戦いが終われば・・・誰も戦う必要が無くなれば・・・。


 「というか・・・テーゼには戻らない・・・」

「何言ってんの・・・アリシア様は?ルージュは?みんなあんたを待ってる!!」

ミランダの顔が強張った。

殴られるかもしれないけど、考えは変わらない。


 「まだステラの戦いは終わっていない。・・・だからルージュに会うことはできない」

「・・・テーゼに帰らないで、どこに行く気?」

予想とは違って、ミランダは静かだった。

手や足が飛んでくるのは覚悟してたんだけどな。


 「オレは父さんの家にいることにする・・・」

「火山?会わなくても・・・一緒にあたしの家にいればいいよ・・・」

「ステラとの思い出が無い場所・・・あそこがいいんだ」

ルージュのこと以外にも理由がある。


 「・・・テーゼにいるとステラの影を追ってしまう。みんなで過ごした家、訓練場、大通り・・・よけい切なくなってしまうよ。笑顔にはなれそうもないんだ」

「本当に・・・いいの?」

シロも冷静だった。

悪いとは思ってるよ。だけど・・・。

 「嬉しいこと、悲しいこと、一人じゃ持ちきれない・・・分かち合いたいんだ。だから・・・取っておく・・・」

「ニルス・・・」

たとえばルージュとの再会・・・それは君とも一緒がいい。


 「シロ、悪いけど母さんにはこのまま伝えてほしい。・・・あの人はわかってくれると思う」

「うん、きっとそうだよ」

「ごめん、嫌なことを頼んでしまうね・・・」

「・・・」

シロは首を左右に振って笑ってくれた。

「なぜ?」「どうして?」何度も言われるだろうけど、頼んだよ。


 それと・・・ごめんねルージュ。

でも君の幸せをずっと祈っているよ・・・。


 「落ち着いたら会いに行くからね。寂しがりは治ってないでしょうし・・・それに分かち合うってあたしたちもよね?」

ミランダがオレの髪をグシャグシャにしてきた。

会いには来てほしいって、オレから言うつもりだったんだけどな・・・。

 「そうだよ、来てほしい」

「仕方ないわねー」

ミランダもオレを責めるつもりはないみたいだ。


 「しばらくは大変だと思うけど待ってるよ。そうだ、干し肉を作っておく」

「いいお酒もね。もてなしなさいよ?」

酒か・・・ミランダ隊での乾杯はいつになるかな・・・。


 「あと、ロゼにも顔見せてあげようよ。あんたの友達ってそのくらいでしょ?」

「バカにするな。ジーナさんにエディさんにスコットさん、それにシリウスも友達だ。ロゼだけじゃ・・・あれ、温泉に行くのに・・・傷痕は?」

「お・・・気付いた?ふふふ・・・特別だよ」

ミランダは着ていた服をすべて捲り上げた。

外でもやるのか・・・。


 「なんだよ急に・・・」

「ほらよく見てよ・・・綺麗に消えてる。ステラ・・・忘れずにやってくれたんだよ」

肩から一直線の傷痕・・・オレの弱さのせいで付いたものは、それがあったことすらわからなくなっていた。

 「たしかに・・・よかったねミランダ」

「胸しか見てない気がする・・・」

「そんなことないよ・・・」

鍛錬で引き締まっているけど、胸の肉はやっぱり減らなかったな・・・。


 「ニルスのも消してくれてたみたいだよ。でも、あたしが治した腕のはそのままだった」

ミランダは、胸を出したままオレの腕を指さした。

 「ほんとだ・・・よかった」

「なんでよ?」

「これを見るとミランダに治してもらったのを思い出す。・・・嬉しかったから残しておきたいんだ。ステラには話してたけど・・・憶えててくれたんだな」

今まで恥ずかしくて言えなかったんだよな・・・。

この気持ちはミランダと分かち合おう。


 「・・・あなたは随分と恥じらいの無い女性ですね」

ハリスがいい空気を壊しにきた。

相変わらずだ・・・。

 「あーん?見といて何言ってんのよ。ほーら、実は大好きでしょ?」

「勝手に出したので見させていただいただけです」

「素直ね・・・。あんたおもしろいじゃん。あれ・・・ていうか・・・」

まあいいか、二人はなんだかんだ相性がよさそうだ。


 「シロ、ルージュたちのことを頼むよ。お兄ちゃんだろ?」

ミランダたちが盛り上がってる間にシロの頭を撫でた。

任せることになるからな。


 「うん、お祭りに連れて行く」

「迷子にならないようにしっかり手を繋いであげるんだよ」

「大丈夫。それに、ティムにも付いてきてもらうよ」

ティムか・・・。

あいつも任せられる男だな。

 「オレを潰したいなら鍛えておけって伝えてほしい」

「うん、頑張ってもらう。ニルスの居場所は・・・」

「話していいよ。それと・・・今回の戦いのことも教えてあげて。仲間だからな」

「僕もそうしたい、ミランダ隊だもんね」

ティムは怒るかな?

待てよ・・・そしたら遊びに来てくれるかも・・・。


 「他にも誰かに伝えたいことはある?」

「そうだな・・・。ルルさんとか、みんなにごめんなさいくらい・・・ああそうだ、セイラさんとテッドさん・・・しばらく暇だよって」

「え・・・手伝うの?」

「幸福な民あってこその世界・・・オレも賛成だ。ルージュたちの未来が明るくなるように」

「わかった、必ず伝える。それに僕も手伝うね」

シロは友達のためなんだろうな。

あの子たちが悲しむことのない未来を・・・。


 

 「やっぱそうだよね。絶対見たことあるって思ってた」

「・・・あなたには近付くなと言われていましたので」

「どんな関係?抱いたの?」

「あれを・・・冗談ではありませんよ」

ミランダとハリスはまだ盛り上がっていた。

邪魔するのも悪いけど、そろそろ帰さないとな。


 「ねえ、あんたって便利だよねー」

「・・・なにが言いたいのでしょうか?」

「あたしにもベルちょうだい」

「・・・」

あの会話は止めない方がいい。

ハリスがいれば、火山に連れてきてもらえるかもしれないし・・・。


 「あ、僕も欲しい。服綺麗にしてあげたし、対価?」

「シロ様・・・」

「それならあたしも胸見したから対価ね。ほら、持ってんなら出しなよ」

「まあ・・・いいでしょう。・・・ただ、暇潰しに呼ぶのだけはおやめくださいね。私は、縛られるのは好きではない」

ハリスはベルを取り出して、二人に渡した。

やった・・・。


 「そういやさ、あんたも女神様に作られたの?ステラと一緒?」

「・・・話すつもりはありません。私は商売人・・・情報もタダではないのです」

ハリスの過去はオレも知らないな。

 父さんはどうだったんだろう?

仲も良かったし、聞いていたのかもしれない。


 「商売人か・・・あたしも待ってる間になんかやってみようかな・・・。ねえ、そうなったら協力してくれる?」

「・・・対価によりますね」

「じゃあ協力してくれるってことね。ガンガン呼ぶから」

「・・・あなたもあの魔女と同じですね。私はニルス様をお送りしますので早くお帰りください」

ハリスは本当に迷惑そうにしていた。

あんな顔するんだな・・・。


 「ミランダ、帰ったらティムに事情を話してあげようね」

シロがミランダと手を繋いだ。

 「あ・・・ティムか・・・隊長のあたしから話すよ。シロは口出さないで」

「え・・・なんで?」

「あいつ使えそうだから働かせんのよ」

ミランダは不気味な顔で笑った。

何させる気だろ・・・。


 「とにかく頼んだよ・・・。また会おう」

「うん、あんた次会う時はもっと笑顔でいなさいよ?」

「そうするよ・・・じゃあ」

ミランダを抱きしめた。

・・・ああ、柔らかいな。

 「ステラが戻ったら、ミランダ隊で乾杯だね」

「うん、その日まであたしも笑ってるから」

ミランダも抱いてくれた。

しばらくこれが無いのはちょっと寂しい・・・。


 「ニルス、ルージュのことは心配しなくていいからね」

「心配してないよ。それと、オレのとこに来るときは甘いお菓子を買ってきてほしいな」

「うん、いっぱい持ってく」

シロも抱きついてきた。

・・・その時は、ルージュの話もたくさん教えてもらおう。

 


 「行くよシロ」

「うん、英雄の帰還だね」

ミランダとシロは、笑顔のまま魔法陣で戻っていった。

あの感じなら・・・みんな暗くならないだろう。


 「・・・ケルト様の家で何をされるのですか?」

戦場にはオレとハリスだけが残った。

まだ昼には遠い、まずは家の掃除をしないといけないな。

そのあとは・・・。


 「装飾と鍛冶かな。カンを取り戻したら仕事を取ってきてほしいんだ」

「今回のツケもまだですよ?」

「次の旅で精霊銀を探そう。必ず見つけてみせる」

「ふ・・・売れるものを作ってくださいね」

ハリスの機嫌がいい、掃除も手伝ってくれるかな?

 あ・・・しまった。食材、着替え・・・なにも無いぞ。

・・・掃除よりもそっちを頼もう。


 「行きますよニルス様」

「うん、頼むよ」

「泣かないように過ごしてくださいね」

「わかってるよ」

ハリスの手を掴むと、体が影の中に沈んだ。

 そういえば、この力はなんなんだろう?

お酒を出せば教えてくれるかな?

まあ・・・時間はあるから今度でもいいか。


 ステラ、君が目覚めるまでみんな笑って過ごせそうだよ。

オレもたぶん大丈夫だ。

黙っていた君を責めたりしないから、安心して眠っていてね。


 起きたら迎えに行って、いつも通り「おはよう」って言って・・・そしたらすぐに支度をして旅に出ようか。


 次は、オレが君の不安を吹き飛ばす風になろう。

暗闇を切り裂く光・・・そんな風に・・・。

ここまで読んでいただいてありがとうございます。


次回から新しい章となります。

物語を最後まで追っていただけたら嬉しいです。

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