第百三十三話 分かち合い【ニルス】
たとえば、君に少し違和感を持った時に問い詰めていたら・・・。
◆
「うう・・・ああ・・・」
ミランダは先に目覚めていて、オレが起きた時にはすでに泣いていた。
先に事情を聞いて、どうしようもなく・・・耐えきれず・・・。
ずっと笑顔でいてくれた彼女は、どういう気持ちだったんだろう・・・。
「・・・消えたわけではありません。自分が目覚めるまで笑って過ごせ・・・ステラ様はそう仰っていましたよ。前向きに考えることですね」
ハリスは暗い声で慰めてくれている。
ステラたちをスナフに送って、すぐに戻ってきてくれたらしい。
「今は・・・無理だよ・・・あたしたちのせいじゃん・・・」
「まったく・・・買ったばかりの服だったのですよ・・・」
ミランダはハリスに抱きついてるみたいだ。
「だって・・・もっと鍛えてれば・・・」
「それは否定できませんね。予定していた戦士全員の治癒と支援、あなた方の転移、傷痕を消すこと・・・本来ならば二年か三年ほどの予定だった」
ハリスは淡々と話している。
ステラに対しての思い、その違いだろう。
「シロもおじいちゃんも・・・知ってたんだよね・・・」
「ステラが治癒を引き受けなければ勝利は無かった。・・・そして僕には・・・止められなかった」
「話してくれたら・・・あたしが止めたよ・・・黙ってることないじゃん」
「・・・ごめんなさい」
オレはどうなんだろう・・・。
彼女の意思を尊重したのか、それとも止めたのか・・・。
「・・・シロ様を責めるのは間違っていますね。お二人の命が流れるのを止めてくださった。むしろ感謝するべきです」
「・・・ごめんシロ」
「違う・・・違うよ・・・僕がしっかりしていれば・・・」
「もういいでしょう・・・済んだことです。これから、どう笑顔で過ごすかをお考え下さい」
ハリスがいてくれてよかった。
三人でいたらなにもまとまらなかっただろう。
◆
ミランダの嗚咽が小さくなってきた。
もう顔を上げているのかな?
「・・・シロはどうするの?」
「旅は・・・ステラも一緒がいい」
「当たり前じゃん・・・ニルスもそうだよね?」
オレの肩が叩かれた。
当然だ・・・次の旅はステラも共に・・・。
「ステラが目覚めるまで・・・なにしよっか・・・」
「僕はみんなと遊ぶ・・・それが一番笑顔になれるから」
「あたしは・・・戻ってから考えるよ・・・ニルスは?」
考えてないよ・・・いや、考えられないんだ。
いつの間にか君に染まっていた。
寂しい、切ない、恋しい、愛しい・・・そういう感情をもっと集めて、想いを募らせて君を待つのもいいかもしれない。
笑えるかはわからないけど・・・。
「とにかく・・・あなた方はテーゼに戻るべきです。そこまで時間は経っていませんが、みなさん報せを待っているのではありませんか?」
ハリスの声は少しだけ優しい。
だけど・・・。
「だってさ・・・」
「まだ・・・」
戻れない理由がある・・・。
「ニルス・・・そろそろ顔を上げてよ・・・」
涙が止まらない・・・だから顔を上げられない。
君の存在はとても大きなものになっていた。
テーゼを出た日や父さんとの最後の会話、あの時以上の悲しみだ。
『不安になったら言いなさい。全部私が吹き飛ばしてあげる』
オレを照らしてくれた言葉・・・それをくれた君がいない。
充分に鍛えたと思っていた。
ミランダの言う通り、まだ・・・まだ足りなかったんだ・・・。
「ステラ様はケルト様とは違う・・・また会えます。そういえば彼は・・・娘には会えませんでしたね・・・」
ハリスの声がより暖かくなった。
ああ・・・そうだな。
『ああ・・・アリシアにもう一度会いたかったな。ルージュちゃんも一度でいいから抱いてあげたかった・・・』
最期に悔やんでいた・・・。
「泣いている暇があるなら、ケルト様のように贈り物を準備しておくのがよろしいでしょう」
「贈り物・・・」
「あなたは天才である彼の唯一の弟子でしょう?」
ハリスの言葉が悲しみの雲を少し晴らしてくれた。
・・・父さんが「友達」って呼ぶわけだ。
『・・・泣いてなにか変わるか?』
『彼女が願っていたことはそうじゃないだろ?』
前向きな思いが芽生えてきて、少しずつ涙が引いていく・・・。
◆
「落ち着きましたか?」
「ありがとうハリス・・・君の言う通り、また会える。ステラの目覚めを笑顔で待とう」
オレは顔を上げた。
まだ涙目ではある。
寂しさに負ける夜もあったりするだろうけど、ずっと泣いてるのはダメだよな。
「ミランダ、シロ、そんな顔で迎えに行く気か?一緒に来てくれなくなるぞ」
「なによ・・・ずっと泣いてたくせに・・・嫌がっても無理矢理連れてくに決まってんでしょ・・・」
「うん・・・僕もそうする。また一緒に旅をするんだ」
ミランダとシロも涙目だった。
でも、オレよりも先に乾きそうだ。
「・・・やっと前向きになりましたか。自分が思い描く未来にあなた方は必要だと、ステラ様は仰っていましたよ。だからこそ代償を覚悟の上で蘇生をしたのです」
ハリスがいじわるな顔で笑った。
「ステラ様は、自分の身や感情よりもあなたたちを優先できるようですね」
逆ならオレもそうする。
オレの未来にも、君は必要だからだ。
もしオレたちの眠りと同じものなら、君はもう目覚めの日に行っているのかな?
・・・早くそこまで行きたいよ。
一日ごとに君へ近づく・・・。
とても長く感じるだろうけど必ず迎えに行くからね。
◆
「帰りは・・・私が送りましょうか?」
オレたちは立ち上がった。
君のいる未来へ笑顔で向かうために・・・。
「いや、魔法陣で帰ろう。僕が動かすよ」
「たしかにその方がいいわね。みんな待ってる」
向こうも不安だろうし、早く戦いの終わりを伝えた方がいい。
戦場を終わらせた英雄の凱旋だ。
「ニルス、やっとルージュに会えるわね」
「あ、そっか。どんな顔するかな、一緒にいていいよね?」
「いや、ルージュには会わないよ」
「は?」「え?」
シロとミランダは、同じように口を開けて固まった。
自分で決めたルージュに会う条件。
戦いが終われば・・・誰も戦う必要が無くなれば・・・。
「というか・・・テーゼには戻らない・・・」
「何言ってんの・・・アリシア様は?ルージュは?みんなあんたを待ってる!!」
ミランダの顔が強張った。
殴られるかもしれないけど、考えは変わらない。
「まだステラの戦いは終わっていない。・・・だからルージュに会うことはできない」
「・・・テーゼに帰らないで、どこに行く気?」
予想とは違って、ミランダは静かだった。
手や足が飛んでくるのは覚悟してたんだけどな。
「オレは父さんの家にいることにする・・・」
「火山?会わなくても・・・一緒にあたしの家にいればいいよ・・・」
「ステラとの思い出が無い場所・・・あそこがいいんだ」
ルージュのこと以外にも理由がある。
「・・・テーゼにいるとステラの影を追ってしまう。みんなで過ごした家、訓練場、大通り・・・よけい切なくなってしまうよ。笑顔にはなれそうもないんだ」
「本当に・・・いいの?」
シロも冷静だった。
悪いとは思ってるよ。だけど・・・。
「嬉しいこと、悲しいこと、一人じゃ持ちきれない・・・分かち合いたいんだ。だから・・・取っておく・・・」
「ニルス・・・」
たとえばルージュとの再会・・・それは君とも一緒がいい。
「シロ、悪いけど母さんにはこのまま伝えてほしい。・・・あの人はわかってくれると思う」
「うん、きっとそうだよ」
「ごめん、嫌なことを頼んでしまうね・・・」
「・・・」
シロは首を左右に振って笑ってくれた。
「なぜ?」「どうして?」何度も言われるだろうけど、頼んだよ。
それと・・・ごめんねルージュ。
でも君の幸せをずっと祈っているよ・・・。
「落ち着いたら会いに行くからね。寂しがりは治ってないでしょうし・・・それに分かち合うってあたしたちもよね?」
ミランダがオレの髪をグシャグシャにしてきた。
会いには来てほしいって、オレから言うつもりだったんだけどな・・・。
「そうだよ、来てほしい」
「仕方ないわねー」
ミランダもオレを責めるつもりはないみたいだ。
「しばらくは大変だと思うけど待ってるよ。そうだ、干し肉を作っておく」
「いいお酒もね。もてなしなさいよ?」
酒か・・・ミランダ隊での乾杯はいつになるかな・・・。
「あと、ロゼにも顔見せてあげようよ。あんたの友達ってそのくらいでしょ?」
「バカにするな。ジーナさんにエディさんにスコットさん、それにシリウスも友達だ。ロゼだけじゃ・・・あれ、温泉に行くのに・・・傷痕は?」
「お・・・気付いた?ふふふ・・・特別だよ」
ミランダは着ていた服をすべて捲り上げた。
外でもやるのか・・・。
「なんだよ急に・・・」
「ほらよく見てよ・・・綺麗に消えてる。ステラ・・・忘れずにやってくれたんだよ」
肩から一直線の傷痕・・・オレの弱さのせいで付いたものは、それがあったことすらわからなくなっていた。
「たしかに・・・よかったねミランダ」
「胸しか見てない気がする・・・」
「そんなことないよ・・・」
鍛錬で引き締まっているけど、胸の肉はやっぱり減らなかったな・・・。
「ニルスのも消してくれてたみたいだよ。でも、あたしが治した腕のはそのままだった」
ミランダは、胸を出したままオレの腕を指さした。
「ほんとだ・・・よかった」
「なんでよ?」
「これを見るとミランダに治してもらったのを思い出す。・・・嬉しかったから残しておきたいんだ。ステラには話してたけど・・・憶えててくれたんだな」
今まで恥ずかしくて言えなかったんだよな・・・。
この気持ちはミランダと分かち合おう。
「・・・あなたは随分と恥じらいの無い女性ですね」
ハリスがいい空気を壊しにきた。
相変わらずだ・・・。
「あーん?見といて何言ってんのよ。ほーら、実は大好きでしょ?」
「勝手に出したので見させていただいただけです」
「素直ね・・・。あんたおもしろいじゃん。あれ・・・ていうか・・・」
まあいいか、二人はなんだかんだ相性がよさそうだ。
「シロ、ルージュたちのことを頼むよ。お兄ちゃんだろ?」
ミランダたちが盛り上がってる間にシロの頭を撫でた。
任せることになるからな。
「うん、お祭りに連れて行く」
「迷子にならないようにしっかり手を繋いであげるんだよ」
「大丈夫。それに、ティムにも付いてきてもらうよ」
ティムか・・・。
あいつも任せられる男だな。
「オレを潰したいなら鍛えておけって伝えてほしい」
「うん、頑張ってもらう。ニルスの居場所は・・・」
「話していいよ。それと・・・今回の戦いのことも教えてあげて。仲間だからな」
「僕もそうしたい、ミランダ隊だもんね」
ティムは怒るかな?
待てよ・・・そしたら遊びに来てくれるかも・・・。
「他にも誰かに伝えたいことはある?」
「そうだな・・・。ルルさんとか、みんなにごめんなさいくらい・・・ああそうだ、セイラさんとテッドさん・・・しばらく暇だよって」
「え・・・手伝うの?」
「幸福な民あってこその世界・・・オレも賛成だ。ルージュたちの未来が明るくなるように」
「わかった、必ず伝える。それに僕も手伝うね」
シロは友達のためなんだろうな。
あの子たちが悲しむことのない未来を・・・。
◆
「やっぱそうだよね。絶対見たことあるって思ってた」
「・・・あなたには近付くなと言われていましたので」
「どんな関係?抱いたの?」
「あれを・・・冗談ではありませんよ」
ミランダとハリスはまだ盛り上がっていた。
邪魔するのも悪いけど、そろそろ帰さないとな。
「ねえ、あんたって便利だよねー」
「・・・なにが言いたいのでしょうか?」
「あたしにもベルちょうだい」
「・・・」
あの会話は止めない方がいい。
ハリスがいれば、火山に連れてきてもらえるかもしれないし・・・。
「あ、僕も欲しい。服綺麗にしてあげたし、対価?」
「シロ様・・・」
「それならあたしも胸見したから対価ね。ほら、持ってんなら出しなよ」
「まあ・・・いいでしょう。・・・ただ、暇潰しに呼ぶのだけはおやめくださいね。私は、縛られるのは好きではない」
ハリスはベルを取り出して、二人に渡した。
やった・・・。
「そういやさ、あんたも女神様に作られたの?ステラと一緒?」
「・・・話すつもりはありません。私は商売人・・・情報もタダではないのです」
ハリスの過去はオレも知らないな。
父さんはどうだったんだろう?
仲も良かったし、聞いていたのかもしれない。
「商売人か・・・あたしも待ってる間になんかやってみようかな・・・。ねえ、そうなったら協力してくれる?」
「・・・対価によりますね」
「じゃあ協力してくれるってことね。ガンガン呼ぶから」
「・・・あなたもあの魔女と同じですね。私はニルス様をお送りしますので早くお帰りください」
ハリスは本当に迷惑そうにしていた。
あんな顔するんだな・・・。
「ミランダ、帰ったらティムに事情を話してあげようね」
シロがミランダと手を繋いだ。
「あ・・・ティムか・・・隊長のあたしから話すよ。シロは口出さないで」
「え・・・なんで?」
「あいつ使えそうだから働かせんのよ」
ミランダは不気味な顔で笑った。
何させる気だろ・・・。
「とにかく頼んだよ・・・。また会おう」
「うん、あんた次会う時はもっと笑顔でいなさいよ?」
「そうするよ・・・じゃあ」
ミランダを抱きしめた。
・・・ああ、柔らかいな。
「ステラが戻ったら、ミランダ隊で乾杯だね」
「うん、その日まであたしも笑ってるから」
ミランダも抱いてくれた。
しばらくこれが無いのはちょっと寂しい・・・。
「ニルス、ルージュのことは心配しなくていいからね」
「心配してないよ。それと、オレのとこに来るときは甘いお菓子を買ってきてほしいな」
「うん、いっぱい持ってく」
シロも抱きついてきた。
・・・その時は、ルージュの話もたくさん教えてもらおう。
◆
「行くよシロ」
「うん、英雄の帰還だね」
ミランダとシロは、笑顔のまま魔法陣で戻っていった。
あの感じなら・・・みんな暗くならないだろう。
「・・・ケルト様の家で何をされるのですか?」
戦場にはオレとハリスだけが残った。
まだ昼には遠い、まずは家の掃除をしないといけないな。
そのあとは・・・。
「装飾と鍛冶かな。カンを取り戻したら仕事を取ってきてほしいんだ」
「今回のツケもまだですよ?」
「次の旅で精霊銀を探そう。必ず見つけてみせる」
「ふ・・・売れるものを作ってくださいね」
ハリスの機嫌がいい、掃除も手伝ってくれるかな?
あ・・・しまった。食材、着替え・・・なにも無いぞ。
・・・掃除よりもそっちを頼もう。
「行きますよニルス様」
「うん、頼むよ」
「泣かないように過ごしてくださいね」
「わかってるよ」
ハリスの手を掴むと、体が影の中に沈んだ。
そういえば、この力はなんなんだろう?
お酒を出せば教えてくれるかな?
まあ・・・時間はあるから今度でもいいか。
ステラ、君が目覚めるまでみんな笑って過ごせそうだよ。
オレもたぶん大丈夫だ。
黙っていた君を責めたりしないから、安心して眠っていてね。
起きたら迎えに行って、いつも通り「おはよう」って言って・・・そしたらすぐに支度をして旅に出ようか。
次は、オレが君の不安を吹き飛ばす風になろう。
暗闇を切り裂く光・・・そんな風に・・・。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
次回から新しい章となります。
物語を最後まで追っていただけたら嬉しいです。




