第百三十二話 おやすみ【ステラ】
ニルスたちを送って、まだほんの少ししか経っていないのに落ち着かない。
立ち上がって歩いたり、座り込んで顔を伏せたり・・・。
待っているだけで何もできないのはやっぱり嫌だな。
だけど、信じるって決めたから・・・ただ待つ・・・。
栄光の剣はずっと抱いていた。
シロから呼ばれたらすぐに行って、一番最初に返すんだ。
そしてすべてを話す・・・。
◆
「ヴィクター・・・どうなってると思う?」
俯いたまま呟いた。
話し相手がいるのは幸いだ。
一人だったら、もっと不安な気持ちになっていたんだろうな・・・。
「・・・儂だけでも送っていただけませんか?」
「待つって言ったでしょ?」
「しかし・・・」
「大丈夫よ・・・ニルスは強いもの・・・」
とは言っても、悪い想像も浮かぶ。
シロの呼びかけ・・・まだかな・・・。
「送ってください。あなたの不安な顔を見ていられない」
ヴィクターが勇ましい顔で立ち上がった。
・・・輝石も無いのに。
「落ち着きなさい。・・・まだそこまで時間は経っていないわ。もう少し・・・ニルスたちは約束を守ってくれるはず・・・」
自分の言葉で余計不安になる。
もう少しって・・・どれくらいよ・・・。
ニルス・・・さっき抱きしめてもらったばかりなのにもう恋しい。
戻ったら・・・全部話すからさ、隠し事はもうしないから・・・早く・・・。
暗い気持ちが、私の心を塗りつぶす前に・・・。
◆
「ステラ!おじいちゃん!戻ったよ!」
突然聞こえたシロの声が、暗い気持ちをすべて吹き飛ばしてくれた。
どうやって移動したのか。
なんで呼びかけてくれなかったのか。
聞きたいことはたくさんあるけど・・・まずはみんなの近くに行きたい。
「ヴィクター!」
言いながら走っていた。
シロもこっちに飛んできてくれている。
◆
「シロ・・・どうやって戻ってきたの?呼びかけが無いから心配してたのよ・・・」
私が尋ねるとシロが振り返った。
そこには知らない男の人と、寝かされている二人の姿がある。
あれ・・・あの人・・・記憶にある。
いや、それよりも・・・ニルスとミランダは・・・気を失ってるのかな・・・。
「この人が連れてきてくれた。説明は後だ・・・ニルスとミランダを・・・生き返らせてほしい・・・」
「え・・・」
音がすべて消えた。
・・・生き返らせて?ええと・・・生き返らせて?
頭の中で何度も巡らせたけど、言葉の意味がなぜか理解できない。
違う・・・違うよ・・・二人のそばに行かないと・・・。
「ミランダ?」
頬を触った。
「・・・」
おかしいな・・・。
「どうしたのステラ?」って、いつもは笑顔で答えてくれるよね・・・。
「ニルス?」
瞼に指を置いた。
「・・・」
あなたまで私に答えてくれないの?
「あはは、冗談だよステラ。ただいま」って今言ったら・・・笑って・・・許してあげるよ・・・。
本当は違和感に気付いていた。
二人は血だらけ、そして氷の棺で流れを止められている。
そんなことをする理由は・・・。
「ごめん・・・ごめんよステラ・・・。僕のせいなんだ・・・僕がしっかりしていれば・・・」
どうしてシロは泣いているの?帰ってこれたんだよ・・・。
なんだろう・・・苦しい・・・息をいくら吸っても・・・楽にならない。
「はあ・・・はあ・・・大丈夫よ、シロ・・・」
シロ・・・泣かないでよ・・・。
「ごめんね・・・ジナスは・・・倒したんだ。・・・僕が倒れる前に・・・すぐに呼びかければ・・・」
私は目を閉じた。
・・・ああそうか、これは・・・現実だ。
・・・じゃあ、私がやるしかない。
私はすぐに目を開けた。
大丈夫だよシロ、私が・・・いるんだから・・・。
「はあ・・・はあ・・・シロ、王様が泣いちゃダメだよ。それに、あなたがいたから二人は蘇る・・・」
苦しさは、たぶん二人のことよりも自分の身体を優先してしまったからだ。
『自分が傷つくのが嫌だったんでしょ?あなたは我が子よりも自分の心を優先した』
『もしかしてまだ自分も辛いとか考えてるの?だとしたらそれがもうダメ!』
アリシアにぶつけた言葉・・・。
私も同じようなことを考えてしまっていた。
バカじゃないの・・・。
二人がいないと意味が無いのに・・・。
「ステラ様・・・儂は・・・」
顔を上げると、血の気の引いたヴィクターがいた。
「無理にでも・・・あなたを説得して・・・儂が行っていれば・・・」
「あなたのせいじゃない・・・自分で決めたんだから・・・」
「申し訳・・・ございません・・・」
「それ以上謝ったら許さない。もう一度言うわ・・・あなたは悪くない」
信じるって決めたのは私自身で、それを貫いただけだ。
それに、ニルスたちは帰ってきてくれた・・・。
「なにかお手伝いできることはありますか?」
そばにいた男の人が声をかけてくれた。
どうしてここにいるのか・・・。
「大丈夫よ・・・三人を運んでくれてありがとう」
私の中にある記憶がたしかなら、あとのことはこの人に頼もう・・・。
「まったく・・・血だらけじゃない。・・・マントは、ちゃんと洗わないとダメだよ?」
でもまずは、早く二人を蘇生させなければ・・・。
◆
「シロ・・・氷の棺を解いて」
私は二人の間で膝を付いた。
「約束・・・憶えてるよね?迎えに来てくれるんだよね?」
氷の棺があってよかった。
そのままにしていたら、記憶、心、魂が流れてしまっただろう。
これなら完全な状態で蘇生できる。
「私の思い描く未来には、あなたたち二人がいなければならない」
戦士全員の治癒と支援、三人の転移・・・。
あと予定であったのは、ミランダの傷痕を消すこと・・・。
「愛しき骸の記憶・・・」
私は二人の胸に手を置いた。
「滾る血を繋ぎ・・・」
蘇生は私にしか使いこなせない。
「揺れる心を重ね・・・」
どれだけ素質があろうと、命と引き換えになってしまう。
「強き流れを解き放ち・・・」
悲しい結果になるのがわかっているから、人間に伝えるのはやめた。
「命を・・・思い出せ!」
だから不死の私にしかできない・・・。
反動はどのくらいになるか・・・。
◆
「・・・生気が戻ってきている。空いた穴も塞がっていますね」
ハリスが二人の体に触れた。
当たり前でしょ・・・。
「まだ・・・やることがある。ハリス、二人の服を・・・脱がせてあげて・・・」
そう・・・まだある。
「・・・私のことをご存じでしたか。なにをするつもりかはわかりませんが・・・いいでしょう」
ハリスは言う通りにしてくれた。
「ありがとう・・・」
「この女性に責められたら弁明をお願いします」
「心配しないで」
傷痕を消す再生・・・蘇生ほどではないけど反動が大きい魔法だ。
「・・・約束だったよねミランダ、だから黙ってたことは許してね」
ミランダの傷痕が消えた。
これで、外でもちょっと大胆な格好ができるようになるよ。
「凄まじい力ですね。これができるのはあなただけでしょう」
「そうね・・・」
「次はニルス様ですか?・・・随分多いです」
「やらないといけない。せっかく綺麗な体なんだから・・・」
でも、左腕のものは残しておこう。
『すごく嬉しかったんだ。だからこの傷痕は残っててもいい・・・』
気に入ってるみたいだったしね。
◆
「ありがとうステラ・・・ごめんなさい・・・」
すべてが終わると、シロが泣きながら抱きついてきた。
ふふ、まだまだ子どもだ。
「シロ、あなたのおかげなのよ」
「だけど・・・」
「とりあえず二人に安らぎの魔法をかけてあげて。たぶんしばらくは起きない・・・」
私はシロの頭を撫でながらハリスに顔を向けた。
時間が惜しい、早く頼まなければ・・・。
「ハリス・・・私はこれからしばらくの間眠ることになるの・・・」
すべてを話して、協力してもらう。
「・・・なぜですか?」
「そういう身体なの。魔法は精霊と同じようにいくらでも使えるけど、引き換えに使った力の分だけ眠らなければならない。・・・三日以上経つと勝手に意識が無くなるの」
「詳しいご説明ありがとうございます。・・・不便な身体ですね」
そうかもね・・・でも不死だからこそ蘇生ができた。
「それで・・・ハリスにお願いがあるの」
「それなりの対価はいただきます」
ハリスは袖を整えた。
対価か・・・まだハリスが見つけていないもの・・・。
「精霊銀・・・探しているんでしょ?あなたたちの罰は、ちょっと特殊よね」
「・・・お持ちなのですか?」
ハリスの目の色が変わった。
取引できる・・・。
「持ってはいない。でも、見つけたら輝きを与えることはできるわ。どうかしら?」
「・・・輝き?」
「あら・・・知らなかったの?そのままではダメなのよ。本当は女神に頼んで、力を注がなければならない。・・・意地悪よね」
「だが・・・あなたもそれができる?」
これ以上の押しは必要なさそうだ。
「できるわ。私に付きなさい」
「・・・」
ハリスは口元を押さえた。
対価として充分だったみたいね。
「・・・いいでしょう。それで、私に何をしろと?」
「私とヴィクターをスナフの屋敷まで送ること。そして私が目覚めたらニルス、ミランダ、シロに伝えてほしい」
「・・・」
ハリスは目を瞑って微笑んだ。
なによ・・・。
「冗談ではない、それでは少なすぎです。私は対価の分、しっかりと働くことを信条としています」
ふふ、あなたにとってはそんなに価値があるのね。
「じゃあニルスたちを助けてくれた分も私が払う」
「それでもまだ少ない・・・」
「条件も足す。私が目覚めたことを知らせる順番は、ニルスを最後にしてほしい」
勝手かな?本当は一番に知りたいだろうけど、たくさん想いを募らせて、育てておいてほしい。
「・・・もしや、ニルス様と恋仲なのですか?」
ハリスは今のだけで察したみたいだ。
鋭い人は嫌いじゃない。
「ええ、愛しているわ。ニルスも私を愛してくれている。素敵でしょ?」
「ふふ・・・」
なんで笑われたんだろ・・・。
「ステラ様が対価を支払ったことはお伝えしますか?」
「あなたに任せるわ」
「早くツケを払えと、からかってもよろしいのですか?」
「あんまりいじめないでね。それと・・・困ってたら助けてあげることも対価にしてちょうだい」
「ふ・・・」
ハリスは鼻で笑い、鞄から小さなベルを取り出した。
「それは?」
「鳴らせば私が現れます。・・・屋敷の結界の外でお呼びください」
「ふーん・・・影を仕込んでるのね。あの結界の中はダメなんだ?」
「女神の作ったものですから・・・」
なるほどね。
呼ぶときは屋敷の外・・・気を付けよう。
「それと・・・あなたから直接聞きたいのですが、作られた・・・間違いないのですか?」
「間違いない。あと・・・アリシアもそうね」
偽らずに教えてあげた。
これは正直に言わないといけない。
嘘をついたり、誤魔化したりすれば信頼が無くなる。
「アリシア様も・・・まあいいでしょう。あなたたちに思うところはありませんのでお気になさらず」
ハリスは目を細めた。
そりゃ・・・そうだよね・・・。
「あ・・・女神様・・・」
シロが静かに呟いた。
そうか・・・解放されたんだったわね。
「境界が消えたから作り直してたみたい。すぐここに来るって。ステラも残っててほしい」
「わかったわ。顔くらいは見てあげましょう」
「・・・」
ハリスは私たちに背を向けた。
ニルスたちを助けたんだから堂々としていればいいのに。
◆
優しい風が私の髪をなびかせた。
・・・来たみたいだ。
「シロ・・・よく戦ってくれました」
女神は真っ先にシロを抱きしめた。
精霊たちは、あれで女神を許しちゃうんだろうな・・・。
「おかえりなさい・・・女神様・・・」
「・・・記憶をもらいました。私の愛した精霊たちは頑張ってくれたようですね」
「はい」
「いい子ね。・・・ここにいる者たちにもお礼をしましょう」
女神は離れるとシロのほっぺを柔らかそうな手で撫でた。
女神もそうだ、絶対に責められないってわかってる。
「ステラ・・・長い間放っておいてごめんなさい」
女神は私のことも抱いてくれた。
「気にしてないわ。悪いけど、あなたのためにって気持ちはそこまで無かった」
「大切な仲間のためですね。・・・なぜ私が来るまで待たなかったのですか?」
・・・お見通しか。
勝手に記憶を見ないでほしいな。
「わかってて聞くのね。・・・あなたのは蘇生じゃない。だからシロも私に頼った」
「たしかに・・・流れを戻すこと、私はしません」
「二人は人間として蘇らせたかったの」
「ですが・・・今回は別です・・・。あなたたちは私を待つべきでした・・・」
女神は悲しそうな顔をした。
今さらこうだったって言われても遅い。
それに、自分で決めたことに後悔は無いよ。
「ステラ・・・僕・・・」
シロも女神と同じような顔をした。
責任を感じているのね・・・。
「大丈夫よ。あなたはなにも悪くない」
「でも・・・」
「仲間なんだから信用なさい。・・・偽りは言ってないでしょ?」
「うん・・・でも・・・ごめんね・・・」
シロは笑顔がかわいい。
だから笑っててほしいな。
「シロ、こちらにいらっしゃい。・・・十年まではかからないでしょう。ステラ・・・ごめんなさい」
女神はシロを抱きながら私に触れた。
ふーん、どのくらいかわかるんだ・・・。
「あなたも謝らないで、きっと三人は迎えに来てくれる。ずっと私を想っていてくれるもの」
「健気な子・・・だからニルスもあなたを愛したのでしょう」
知ってる、でも・・・もっと愛してほしかった。
だから私がした選択は間違っていない。
たくさん想って・・・そして迎えに来てほしい・・・。
「ええ、愛してくれた。だから剣も・・・預けてくれた・・・」
「精霊鉱・・・。触れさせていただいてもよろしいですか?」
「ちょっとだけならいいわ」
私は栄光の剣を女神に渡した。
「・・・」
女神は受け取ると優しく抱き、目を閉じた。
悪いとは思ってるみたいね。
アリシアの夫、ニルスの父親、奪ってしまったから・・・。
「・・・ありがとうございます」
「感謝?」
「そうですね・・・。とても深い愛を感じました」
当たり前だよ。
ニルスのお父さんだもん・・・。
「ニルスに返してあげるのですよ」
「そうだね・・・」
起きるまで待って・・・ちょっと嫌だな・・・。
◆
「騎士の役目はまだ続きます。本当はあなたたち一族も解放されるはずだったのですが・・・」
女神はヴィクターも抱きしめてあげた。
「・・・儂はステラ様の騎士になれて幸せです。息子もそう思ってくれますよ」
「頼りにしています」
「はい・・・目覚めるその時まで守り抜きますので」
ふふ、さすがに女神には興奮しないのね。
「それと、お願いがあります。騎士が一子しか授かれないこと・・・どうにかならないでしょうか?」
ヴィクターは困った顔で尋ねた。
ああ・・・そういえば、なぜかそうなってるのよね・・・。
「え・・・私はあなたたちの一族に何もしていませんよ。たくさん作れるはずです」
「・・・そうでしたか。あの・・・いえ、ありがとうございます」
じゃあ、偶然だったのか・・・。
歴代の騎士の身体は、何度か透視で見せてもらったことがある。
でも、何の異常も無かったから女神が何かしたんだと思ってたんだけどな・・・。
「本当に何もしていませんからね。では・・・私から騎士の一族へ、祝福を贈ります」
女神が手のひらをヴィクターに向けると、風が集まってきて、輝石に似た石ができあがった。
同じように淡い光を放ってはいるけど色は無い。
「騎士のしるし・・・ですね。精霊の輝石と同じ力があります。受け取ってください」
「・・・ありがとうございます」
ヴィクターは大粒の涙を流していた。
私の前で泣いたことなんかなかったのに・・・よっぽど感極まったのね。
「では・・・私はイナズマたちにもお礼を言ったら境界へ向かいます。少しずつ・・・世界を元に戻していかなければいけません」
女神がヴィクターから離れた。
世界が元に戻るのは何百年後かしらね。
「あの、シルにも・・・会ってほしいです。立ち向かう勇気を僕にくれました」
シロが女神の手を引っ張った。
「大丈夫、ちゃんと会ってから行きます」
シルって、たしか小さなフクロウだったっけ?
私も会ってみたいな。
あ・・・ていうか、もう一人の娘は?
「アリシアにも会うの?街だから姿を変えないと目立つわ」
「そうですね・・・別な機会にしましょう。シロ、アリシアに変わらず愛していると伝えて下さい」
「はい」
会わないで行くみたいだ。
まあ、アリシアは女神と話してもしょうがないか。
記憶も貰えずに孤児として育ったから今さら会ってもね・・・。
「あの・・・境界は・・・僕たちも・・・」
「いいえ、今までと変わらずに過ごしてください。これは私の責任です・・・それに、友もいるのでしょう?」
「いいのですか?」
「私だけでやります」
女神はシロの申し出を断った。
大陸すべての命を巻き込んだわけだし、相当責任は感じているんだろう。
「ごめんなさいシロ。自由にはなりましたが、まだしばらくはまじわることができません・・・」
「大丈夫です。周りにたくさん愛をくれる人たちがいます」
「バニラという子もそうなのですか?」
「え・・・う・・・はい・・・」
・・・バニラからしたら浮気みたいになっちゃうのかな?
「ニルスとミランダも、また別な機会でお話しすることにしましょう。では、私はそろそろ・・・」
「待ってください女神様・・・ステラの消失の結界を解いてほしいです!」
シロがより強く女神の手を引いた。
そっか、憶えててくれたんだね・・・。
「シロ・・・それはできないのです」
「どうしてですか!ステラはもう戦わなくていいはずです。ニルスとの間に子どもくらいは・・・」
「シロ、大丈夫よ。わかってるから・・・」
教えていなかったことだ。
消失の結界を解くこと・・・「今は」できない。
「不死の力と繋がっているのです。今解けば、反動でステラは消滅します」
「そんな・・・それも隠してたの?」
「口にしたくなかっただけ・・・隠すことになってしまったけど・・・」
「ですが目覚めたあとはできます。アリシアと同じように不死ではなくなりますが、ステラがそうしたいのであれば・・・」
返事はしなかった。
これはニルスに聞いてからにしたい。
ちゃんと話し合ってから決めよう。
◆
「・・・失礼、私にもなにか褒美はありますか?」
ずっと黙っていたハリスが口を開いた。
ただ、女神を見てはいない。
「あるわけがないでしょう・・・。急いでいます」
女神も一切視界には入れずに答えた。
いるの気付いてはいたはずだけど・・・。
「女神様、ハリスはここまで僕たちを運んでくれました。だからお礼をしたいです・・・」
シロが二人の間に入った。
さて、かわいい精霊からのお願いは聞くのかな?
「・・・あなたの優しさは、友や仲間に向けなさい。過ちを認めない者に、なにもするつもりはありません」
シロに対しては優しい声。
あからさまね・・・。
「でも・・・」
「シロ様・・・大丈夫です。致し方ないでしょう」
ハリスはもう諦めたみたいだ。
なにも期待できないのは、態度ですぐ悟ったんだろうな。
「五百年以上ありましたよ。・・・反省していないのですね」
「以前もお伝えしました。私は・・・私たちは間違っていない」
「・・・」
「・・・」
二人は初めてお互いを見た。
・・・ケンカするのかな?
「そんなことでは、精霊銀は見つかりませんよ?」
「大きなお世話です。・・・ステラ様・・・それとアリシア様も作ったようですが、どういうことでしょうね?」
「・・・」
「・・・」
睨み合ったまま動かない・・・。
でも、これは女神が言い負けそうだ。
「ふ・・・まあいいでしょう。早く消えてください。私はあなたではなくステラ様に付きますので」
「・・・好きになさい」
女神はムッとした顔で消えた。
あのままハリスが言い負かしていたら、罰は無くなったんじゃないかな?
たぶんだけど、それすらも頼りたくないって感じなんだろう。
「よかったのハリス?」
「ふふ、恩赦があると期待したのですが・・・。感謝の言葉すらありませんでしたね」
こっちも意地っ張りね。
「ねえハリス・・・きっと女神様は君たちを許していると思う。ハリスからごめんなさいって歩み寄れば・・・僕から伝えてあげようか?」
「謝る・・・冗談ではありません。そんなことをするくらいなら精霊銀を探します。輝きもステラ様にお願いする予定ですからね」
お互いにその気が無いのなら仕方がない。
・・・それに私は、あなたの味方だよ。
「・・・呪いなら僕がなんとかできたと思うけど、君たちのは・・・」
「シロ様・・・時間はいくらでもあるので気にしていません」
ハリスは背中を向けて空を見上げた。
どんな気持ちなんだろうな・・・。
◆
「ステラ様、よろしいのならばお連れします。早く目覚めて子作りがしたいようなので・・・」
ハリスが振り返った。
私をからかえるくらい心は落ち着いたみたいだ。
「そうね、もう眠ろうかな・・・」
「え・・・二人が起きるまで待つんだよね?」
「・・・少しでも早く起きたい」
「でも・・・」
シロが悲しい顔をした。
理由は他にもある。
二人の悲しみを受け止めきれる自信が無い。
目覚める時まで逃げたい・・・。
「シロ、あなたにお願いがあるの」
「・・・なに?なんでも聞く」
そのために、この子に嫌なことを押し付けて・・・。
「私のことを二人に話してほしい。苦しいなら記憶を渡して・・・私、どうしても勇気が出ない・・・いいかな?」
「・・・ステラはそれでいいの?」
「うん、早く帰って眠ることにする」
「・・・」
シロは寂しい顔で頷いてくれた。
わかってるよ・・・。
「ごめんねシロ、やだよね・・・。二人も怒るよね・・・」
「怒るわけないよ・・・悲しむと思う。僕のせいで・・・」
「もう気にしないの。早起き・・・できるといいんだけど・・・」
なにかの間違いで、明日に目が覚めるとか・・・だったらいいな。
そしたらこの子の罪悪感も、二人の怒りや悲しみも、全部無かったことになる。
「おいでシロ、ぎゅっとしてあげるから」
「うん・・・」
私はシロを抱きしめた。
暖かい子、言葉は無くても私を愛してくれているのがわかる。
「自分を責めないでね。全部私から言われたって説明しなさい」
「そんなこと言わない・・・」
「また会えるよ」
「うん・・・」
その時は、また笑って話そうね・・・。
◆
「ハリス、ヴィクター。ちょっと待ってね。声をかけてから行きたい」
私はお別れの前に、眠る二人の顔のそばに座った。
「私のことで悲しんだりしないでね。また会えるんだからさ・・・だから、笑って過ごしていてほしい。その顔で迎えに来ること、約束・・・だよ?」
やだ・・・やだな・・・もっと何か言いたい。
「そうだ、ミランダにお願いがあるんだ。もしニルスが寂しそうにしてたら・・・あなたなら癒してあげられると思う。・・・何があっても許すから・・・お願いね」
「・・・」
「次は、私にも髪の毛の編み方を教えてね・・・」
「・・・」
眠るミランダの顔を胸に抱いた。
逃げるのに返事が欲しい。
なんて欲張りなんだろう・・・。
「早く起きたいからここまでね。さて・・・あなたにはいっぱい伝えたい事があるの」
私は大切な人の顔を見つめた。
いつもは目覚めるまで眺めている寝顔・・・今日はそれをしない・・・。
「えっとね・・・栄光の剣は私が持っていくね。女神は返してあげてって言ってたけど、ずっと抱いて眠りたいんだ・・・いいよね?」
「・・・」
手を握った。
「そうだ、迎えに来るときは前に聞いたあれがいいな。えっと・・・聖女誘拐大作戦・・・だっけ?夜に忍び込んでとか・・・次はそうしてね」
「・・・」
顔に触れた。
「・・・ううん、なんでもいいんだ・・・ただ・・・いつもみたいに、おはようステラって・・・」
唇を重ねた。
想いのこもったたくさんの雫が、ニルスの顔に落ちていく。
きっと一粒一粒があなたの心に沁みこんでくれたはずだ。
「おやすみニルス。私は先に目覚める日に行くから・・・そして、あなたたちが来るのを待っているから・・・また抱きしめてね」
「ふ・・・呪いに近いですね。これでニルス様は縛られた」
背中にからかう声が当たった。
・・・私の心が保てるようにか。
「ふふ・・・失礼な人ね」
「あなたの涙は重そうだ」
「ありがとう・・・さあ、私とヴィクターを屋敷へ連れていって」
私は二人を振り返らずにハリスの手を取った。
旅人は・・・こうなんだよね?
夢は見られるかな?
みんなで旅をする夢・・・せめて幸福な眠りを・・・。




