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Our Story  作者: NeRix
水の章 第四部
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第百三十一話 ツケ【ハリス】

 「どうです?似合っていますか?」

買ったばかりの上着に袖を通した。

新しい服を着ると、少しだけ新鮮な気持ちになれる。


 「・・・もう春ですね」

窓を開くと、風があなたを撫でるために吹き込んできた。

暖かい春風・・・もう何度目だろうか。



 「リラさん、今日も出かけてきます」

「・・・」

朝食を簡単に済ませた。

昨晩は酒を多く飲んだせいで、あまり食欲が無い。


 「どこに行くかは決めていませんが、夜までには戻りますね」

「・・・」

毎朝、毎日・・・これも何度目だろうか。


 ・・・さて、出かけよう。

どこへ行こうか。



 「今回勝てば終わりって本当かな?」

「俺は報せがあるまで信じねー。鳥使って、早ければ昼過ぎくらいか?」

「本当ならこっちも祭りになる。女の股が緩くなりそうだ」

「お前それしか考えてねーな・・・」

家を出たところで話し声が聞こえてきた。


 ああ、そういえば今日は戦場の日だ。

・・・テーゼにでも行ってみるか。


 勝利すれば今回で戦いが終わる・・・そんなことがあるものか。

精霊と聖女も出てきているようだが、それが本当だとしても無理がある。

女神を封じることのできる存在・・・これを崩さなくてはならないからだ。


 大陸中・・・ここまで大々的に宣伝していいのだろうか。

・・・王もどうかしていますね。

 まあ、ちょうど戦士たちが帰ってきている頃だ。

真実かどうか確かめに行くのも悪くない。



 「・・・おや」

影に体が半分入ったところで、誰かに渡したベルの音が聞こえた。


 情報か、頼み事か・・・どのお客様だろう?

ベルを渡した人間はそこまで多くない。

見込みがあり、信頼できる者のみだ。


 「ふ・・・」

勝手に口元が持ち上がった。

この音は・・・ニルス様だ。


 『・・・ハリスの考えは否定しない。それなら父さんの為じゃなくて、自分のために弔いをしたい』

ケルト様の弔いから一年以上経つ。

旅人になり、今はどこにいるのか・・・。


 「いいお話の可能性が高いですね・・・」

テーゼは後だ。

先に友の息子に会いに行こう。


 『あの子が旅に出たあと、困っていたら助けてあげてほしい。不幸にはさせたくないんだ』

友との記憶が顔を出した。

押し付けに近かったが・・・。


 『無償で・・・というわけにはいきませんよ?』

『友達だろ?何かあればハリスを頼るように言っておくからね』

『・・・記憶の隅には置きましょう』

『ありがとうハリス、あの子は寂しがりなんだ。呼ばれたら最優先で頼むよ』

困り事かはわからないが・・・急ぎますか。


 『ご心配であれば、少しだけ共に旅をしてもよろしいのですよ』

『ニルス君は強い子だから必要無いよ。呼ばれるまで放っておいていい』

『アリシア様への報告はどうしますか?指輪も・・・』

『いつか・・・巡り逢ったらでいいよ。君にも目的があるだろ?』

ケルト様は、私からは家族に関わらなくていいと言っていた。


 『それに、きっと繋がる未来があると思うんだ。だから、それまでは放っておいてほしい』

『承知しました。・・・考えは変わらないのですね?』

『ごめんよ・・・。でも、君は一番の友達だ。死んだってそれは変わらない』

繋がる未来か・・・。


 『ああでも・・・君から関わりたいならそうしてあげて。その時は無償ね』

『いえ、巡り逢う時まで待ちましょう』

『あ、そうだ。用意しておいてほしいものがあるんだけど』

『なんでしょうか?』

『棺、寝心地がよさそうなのを頼むよ』

弔いでの呼び出しは、早すぎたので数には含まなかった。

だから・・・今がその時なのでしょう。



 「どこから聞こえたか・・・行ったことの無い場所だ・・・」

今度は一気に影の中へ潜った。

大陸は大体見たはずだが、秘境があったようだ。


 「まあ、音が聞こえるなら行ける場所か・・・」

影の世界を渡る・・・どういう原理なのかは私にもわからない。

わかるのは、目的地に影があれば行けるということだけ。


 水の中に似て、限界はある。

その時は中継地点で一度顔を出せば問題無い。


 影はどこにでもある。

私の行動範囲はこの世界のすべて。

・・・代償は大きかったが後悔はしていない。



 「・・・不気味ですね」

辿り着いたのは、なにもかもが美しすぎる場所だった。

 ・・・ここはあまり好きではない。

おそらく女神の作った場所なのだろう。


 まあ・・・詳しいことは、あとで聞かせてもらおうか。


 「お久ぶりですね。ご用件をお伺いしましょうか・・・ニルス様」

「・・・」「・・・」「・・・」

足元には三人が倒れている。

ニルス様と赤毛の女性、そして白い髪の少年・・・なにか愉快なことでもしていたのでしょう。


 「申し付けがなければ・・・去りますよ?」

とりあえず、ニルス様の頭に話しかけてみた。

 「・・・」

返事は無い。

話せないのか・・・それともこと切れたのか・・・。

 見た所いくつか風穴が空いている。

出血が多すぎて、私の治癒では役に立ちそうもない。


 「二人分か・・・」

大きな血だまりの源泉は、ニルス様だけではないようだ。

 赤毛の女性のものと混ざって、どちらの血かはもうわからなくなっている。

この方もなにかと戦ったのだろうか・・・。


 『お前・・・使えそうだな。あたしに協力しろ』

随分前の記憶が浮かび上がってきた。

しばらく呼び出しは無いが、人使いの荒い魔女と似ている気がする。


 『拾ったのさ。あたしに似てたからね』

赤毛・・・。

 『あ・・・お客さん?お菓子食べる?』

顔立ち・・・。

 『やめな。そいつは客じゃない』

胸の大きさ・・・。

 『あの子の前に顔出すな。普通の女の子に育ててんだからさ』

まさか・・・。


 「ハ・・・リス?」

ニルス様の頭が少しだけ持ち上がり、絞り出すような声が零れた。

 「・・・生きていらっしゃいましたか」

・・・驚異的な生命力だ。

何があったのか、興味ありますね。


 「どうされたのですか?呼びつけておいて、女性の胸に顔を埋めたままは失礼だと思います」

「君が・・・思い浮かんだ・・・。頼む・・・戦場へ、オレたちを連れて行ってほしい・・・」

強敵と戦い、やっとのことで倒した・・・見た限りはそうなのだろう。

だが・・・難しいのではないか?


 「・・・できなくはありませんが、あなたと胸の大きな女性は動かすと危険ですよ?いずれにしろ長くはなさそうですが」

「・・・構わない」

「承知しました。対価は・・・」

「・・・」

ニルス様の体から力が抜け、より深く女性の胸に沈んだ。

生きては・・・いるようだ。


 「仕方ありませんね。ツケにしておきましょう」

三人・・・私が持てば共に移動できる。

しかし、せっかくの新しい服が血で染まる・・・割増ですね。

 「力仕事はあまり好きではないのですが・・・」

全員に触れられるようにしなければならない。

 ・・・ニルス様は女性と密着している。

少年を少し移動させなければ・・・。


 「む・・・」

少年は綿のように軽かった。

 見た目と重さが違う。

人間ではない・・・精霊か?

まあいい、これなら運ぶのは楽だ。

 

 私は三人を無理に抱えて影に潜った。

戦場まで・・・一度では無理か。



 「・・・少し遅かったようだ」

中継場所でひと息ついた所だった。

 「・・・流れてしまう」

ニルス様と女性は・・・終わってしまった。

自分のせいではないが、罪悪感が湧いてくる・・・。


 「ケルト様・・・私を恨むのは違いますからね」

ニルス様の剣に向けて話しかけた。

まあ・・・とりあえず運ぶだけはしよう。


 「ん・・・あれ?」

少年、おそらく精霊が目覚めた。

なぜ今なのか・・・。


 「・・・初めまして」

「え・・・誰?ここは・・・」

「ニルス様に呼ばれました。私はハリスと言います。戦場まで運んでほしいと頼まれたのです」

「そうなの・・・僕はシロ・・・二人は!!」

シロ様は気絶する前のことを一気に思い出したようだ。

・・・私が伝えるしかないですね。


 「お二人はここにいますよ・・・ですが・・・」

「・・・」

シロ様は、寝かせている二人に恐る恐る触れた。

・・・伝える必要は無くなりそうだ。


 「・・・嘘だよね?」

シロ様は二人を揺すった。

 「・・・ニルス、ミランダ」

精霊にも涙はある。

私のは、もう枯れてしまったが・・・。


 「悲しいのはわかりますが受け止めなければなりません。お二人はもう流れ始めています」

「・・・嫌だ!」

シロ様の体から凍てつくほどの冷気が溢れた。

足元の野草はすでに氷に包まれている。


 「美しき体・・・澄んだ魂・・・愛おしい心・・・く・・・穢れなき記憶・・・流れをせき止める・・・氷の棺で眠れ・・・」

二人の体を冷気が包み込み、文字通り凍った。


 「・・・シロ様、何をされたのですか?」

「君は・・・僕たちの敵じゃないよね?」

自分よりも小さな少年に恐怖を覚えた。

身震い、いつぶりだろうか・・・。


 「ご安心ください。敵ではありません」

「どうやって命の洗い場に来たの?」

命の洗い場・・・なるほど、溶ける場所か。

 「ニルス様は私のお客様です。呼び出しのベルが聞こえたので、ご用件を伺いに行っただけですよ」

「ベル?」

「はい、お客様には渡しています。そして私は影を移動できる。命の洗い場だろうと、影があれば行けます」

「影・・・ハリス・・・知ってる」

イナズマ様は私の存在を知っていた。

シロ様も私の正体がわかったようだ。


 「ニルスと君はどういう関係なの?お客様ってなに?」

「どちらか言うと、ニルス様のお父様と関係があります。友人でしたので・・・息子から呼び出しがあれば頼むと」

「お父さん・・・わかった、信じる。僕たちを運んでくれるんだね?」

「はい、戦場までお連れ致します。それで二人には何を?」

こちらの情報だけ伝えるのは嫌いだ。

なのできちんと対価は貰う。

 それに聞きたいことには答えた。

ここから会話の主導権は渡していただきましょう。


 「氷の棺・・・流れをすべて止めることができる・・・死であっても・・・。二人は流さない・・・」

「間違っていたら申し訳ありませんが、シロ様は精霊なのでしょう?それは理に逆らうことです・・・女神が許しますか?」

「二人は女神様のために戦った。それに許されなくてもかまわない」

だいぶわかってきた。

戦場が終わるというのは本当だったのだ。


 女神を封印した者が新たな神を名乗り戦場を始めた。

それを知ってしまったニルス様が戦った・・・そんなところか。


 「しかし、この状態では死んでいるのと変わりません」

「戦場に蘇生できる人がいる」

「・・・どなたですか?」

「ステラ、不死の聖女だ」

・・・本当に出てきていたのか。

それであれば、新聞を見た段階でテーゼに行っていればよかった・・・。

 「一つ確認したいのですが、聖女は精霊ですか?」

この確認だけでもできたかもしれない。


 「え・・・あ・・・違う」

シロ様は目を逸らした。

この反応は・・・。

 「人間・・・なのですね?」

「うん・・・」

「わかりました」

なるほど・・・作ったのか。


 「君の言いたいことはわかる・・・。でも今はとにかく戦場に連れて行ってほしい」

「・・・承知しました。私から離れないでください。精霊だとしても影に飲まれるかもしれません」

女神にとっての功労者、私が助けたことを知れば恩赦があるかもしれない。

無くても構わないが、言いたいことはある・・・。


 「あの・・・ハリス、来てくれてありがとう・・・」

「いえ、対価はいただきますよ」

生き返るのならば払っていただこう。

 今回の詳しい事情も教えていただければ、割引くらいはするつもりだ。

待て、服が汚れてしまった・・・絶対に安くはしない。



 「ステラ!おじいちゃん!戻ったよ!」

戦場に出ると、シロ様は聖女らしき女性と老人に向かって走り出した。


 あちらも気付き、こちらに向かってくる。

少し離れた所に出てしまったようだ。



 「シロ・・・どうやって戻ってきたの?呼びかけが無いから心配してたのよ・・・」

美しい女性がシロ様を抱きしめた。

 ニルス様とアリシア様、二人と同じ髪色だ。

・・・興味深いですね。


 「この人が連れてきてくれた。説明は後だ・・・ニルスとミランダを・・・生き返らせてほしい・・・」

「え・・・」

「なんと・・・」

「・・・」

ステラ様はすぐに二人の前に座り、顔を覗き込んだ。


 「ミランダ?」

「・・・」

「ニルス?」

「・・・」

答えるはずがない、死とはそういうものだ。

 ・・・そういえば凍っていたか。

しかし問題は無いはず、できるのであれば早く蘇生を施せばいい。


 「ごめん・・・ごめんよステラ・・・。僕のせいなんだ・・・僕がしっかりしていれば・・・」

シロ様が泣き崩れた。

これから蘇るのに妙ですね・・・。


 「はあ・・・はあ・・・大丈夫よ、シロ・・・」

ステラ様の顔も焦りのようなものが見える。

呼吸も荒い・・・。


 「ごめんね・・・ジナスは・・・倒したんだ。・・・僕が倒れる前に・・・すぐに呼びかければ・・・」

「・・・」

ステラ様は瞼を力強く閉じた。

 「はあ・・・はあ・・・シロ、王様が泣いちゃダメだよ。それに、あなたがいたから二人は蘇る・・・」

再び開かれた瞳はとても強い決意の色が見えた。

 蘇生はそこまで大変なものなのだろうか?

というか、聖女を洗い場に運べばよかったのでは・・・いや、どちらにしろ間に合いはしなかったか。 


 「なにかお手伝いできることはありますか?」

私はステラ様の背中に語り掛けた。

いい顔をしておいて、損をすることは無さそうだが・・・。

 「大丈夫よ・・・三人を運んでくれてありがとう」

だとは思っていた。


 さて、では見させていただきましょう。

・・・今日はこの数百年で、一番胸が躍る日だ。

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