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Our Story  作者: NeRix
水の章 第四部
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第百二十九話 最後に【シロ】

 ミランダはかなり狼狽している。

洗い場の川を流れる命で作られた水晶・・・あれを受け止めて相当削られたはずだ。


 ここは命の洗い場。

記憶と魂と心が集まる場所、流れた命は必ずここに辿り着く。


 水に、空気に、風に・・・そしてまた命は巡る。

いつまでもジナスの遊びに使っていいはずがないんだ。


 ここを流れる命もきっとそう思っているはず・・・。



 「かなり消耗しているはずだ。一気にやってしまおう!」

ニルスが走り出した。

 ミランダは・・・やっぱり出遅れてる。

悪いけど、この期は逃せない・・・。


 「結界は追いついたらでいい!」

「すぐ追いつく!!」

距離が離れたせいで、守護の結界が解けた。

 ミランダの限界が近いことをニルスもわかっている。

だから・・・捨て身で行くつもりだ。



 「終わりだ!!!」

ニルスはジナスの影に斬りかかり、一瞬で首を飛ばした。

風神の足は精霊よりも速い・・・。


 「嘘・・・本当に落とした・・・」

僕も近寄った。

 「・・・終わったのか?」

そんなバカな・・・こんな簡単にやられるはずはない。


 「本物じゃない!人形だ!」

「・・・」

ニルスは一度だけ地面を強く蹴った。

 悔しさはわかる。

どうして怠った・・・僕が気配を探っていれば・・・。


 「・・・ミランダ!」

僕が自分を責めている間に、ニルスは周りを見ていた。

叫ぶと同時に、駆け出していく。


 遅れていたミランダ・・・ほんの少し目を離しただけ・・・。

ミランダは、ジナスに首を掴まれ動けないでいた。

 「やめろ・・・ジナス・・・」

僕も行かなければ!

 恐怖は乗り越えた・・・以前なら動けなくなっていただろう。

僕より先・・・ニルスが間に合えば・・・。


 「足手纏いだと思っていたが、一番目障りなのはお前だったな・・・」

ジナスの剣がミランダの胸を貫き、たくさんの血が流れ出した。

 叫びたい・・・でも・・・それは違う。

ミランダの目はずっとジナスを睨んでいた。

治癒はあいつを消してからだ!


 呼びかければステラが迎えに来る・・・すぐに治してもらえる・・・。

だから戦うんだ!

 

 「守護だけか・・・つまらないな」

ジナスの手からミランダが落とされた。

動かない・・・でもまだ流れてはいない。


 これ以上時間をかけることができなくなった。

早くジナスを終わらせなければ・・・。



 「ジナス!!!」

ニルスが怒りと共に剣を払った。

叫びとは違うけど、周りの空気が震えるほどの気迫だ。


 「冷静になれよニルス・・・お前らしくないぞ」

「斬り崩す・・・」

「素晴らしい速さだ・・・だが、致命傷を与えるにはもう一歩足りないな・・・」

「・・・」

ジナスの体に小さな傷が増えていく。

強がってるけど、あいつもギリギリで躱せないくらい速いんだ。


 なら・・・僕がもっと隙を作る!


 「ニルス!!攻め続けて!!!」

「頼むぞシロ!!!」

つらら・・・氷塊・・・出せるだけ・・・。

 

 百、二百・・・。

どうなるかわからないけど・・・。

洗い場の川を流れる命・・・僕も使わせてもらう。



 三百、四百・・・。


 『勝利を・・・』

僕に集まってくる命が語り掛けてきた。

どういうこと・・・。


 『あいつの弔い・・・』『未来の子どもたちへ・・・』『大地の奪還を・・・』『みんなが羨む栄光・・・』

流れた戦士たちの意志・・・僕に力を貸してくれるみたいだ。


 『家族が待っている』『帰ったら子どもたちが驚くようなデカい家を建てるんだ』『勝って帰れば英雄だぜ?』

ここに辿り着いたばかりの命も・・・。

そうか・・・あいつに使われるのは、みんな気に食わないらしい。


 『・・・暖かい』

戦士じゃない命もある。

 『・・・ありがとう』

これは僕たちの家で迷っていた命・・・。

 僕は君をここに導いただけだよ。

でも・・・ありがとう。


 『バニラ・・・泣かないで・・・』

ここに来るのは人間の命だけじゃない。

 『また・・・会えたらいいね・・・』

シー・・・バニラは笑ってくれたよ。

戦場が終わったら会いに行くって約束したんだ。


 七百・・・八百・・・なんだこれ・・・。

体が重い・・・あの川の命だからか?


 意識が遠くへ行ってしまいそうだ。

でも・・・もっと・・・。



 「ニルス!!下がって!!!」

信じているから返事を待たずにつららを飛ばした。

 みんなの意志が、僕の心を支えてくれている。

だから負けられない!絶対にここで決めるんだ!


 「成長したじゃないかシロ・・・」

ジナスが結界を張った。

 予想通りだ、あいつもああするしかない。

全部ぶつけてやる・・・。


 「僕がどうなっても・・・ここでお前を討つ!!!」

つららたちは、間を置かずにジナスの結界にぶつかっていく。

全部防いだとしても、心に壊滅的な痛手を与えることができるはず・・・。


 「命を使ったな・・・最後まで保てるか?」

「お前が消えるまで倒れるわけにはいかない!!」

「やってみればいい」

「く・・・」

体がどんどん重くなっていき、膝を付いてしまった。

 心が締め付けられていく、許されるならもうやめてしまいたいと思えるほど・・・。

 だけど、どんなに心が弱っても僕はそれを許さない。

僕は精霊の王・・・みんなの無念を晴らし、女神様を解放するためにここに来たんだ!!


 「どうしたシロ、もっと作れよ。それとも・・・先に倒れてしまうのか?」

「お前を消せば関係ないだろ!!」

ニルスが最後尾のつららに続いた。

決めてくれ・・・。


 「結界だけに集中していると思うな!!」

胎動の剣があと一歩でジナスに届くその瞬間、地面から炎が噴き出してニルスを包み込んだ。

 「く・・・」

ニルスは咄嗟にマント広げて身を包んだ。

太陽蜘蛛・・・どうなる・・・。


 「準備がいいなニルス。だが、私の炎をその程度で防ぎきれるか?」

「ニルス!!」

ジナスの炎は、ステラの操るもの以上の熱気を持っていた。

 「ぐ・・・ああ・・・」

太陽蜘蛛でも熱を断てないほどだ。

 「シロ!自分の身を守れ!!」

ダメだ・・・その火は離れない。

僕が消すしか・・・。


 「大気・・・水・・・炎を包め・・・」

生み出した水は、ジナスの炎ごとニルスを飲み込み、纏わりつく火を消してくれた。

 「・・・」

だけどニルスが倒れてしまった。

 あいつの力はあとどのくらいあるんだ・・・。

そこまでジナスの心を削れていないのか・・・。


 僕の力も・・・そろそろ・・・。


 「・・・やはり冷静では無かったな。それでは大事な仲間を守れないぞニルス」

「・・・」

ニルスは気を失っている。

・・・火傷は無い、呼吸ができなくてああなったみたいだ。


 「こうなっても剣は離さないか・・・まあいい、目覚めた時に絶望が深くなるようにしてやろう」

ジナスが片手を払うと、ニルスの体が持ち上がった。

 「最後だしな・・・そばにいるといい。神は慈悲深いだろう?」

「・・・」

ニルスは倒れたミランダの横に置かれた。

 「痛みでも起きないか・・・終わりだな」

「・・・」

ニルスのお腹に一本だけ水晶の刃が突き刺さり、そして消えた。

念のためか・・・。


 「ふ・・・ふふ・・・」

ジナスの姿が、また僕と同じくらいの少年に変わった。

 本来の姿・・・。

なぜ・・・わざわざ力を使ってまで姿を変えるんだろう・・・。


 「鬱陶しいな・・・」

ジナスの背が高くなっていく。

 一瞬じゃない・・・。

そうか・・・僕の精霊封印、少しずつだけどあいつを蝕んでいたんだ・・・。


 もう一度・・・さっきのを撃てれば・・・。 

ダメだ・・・精霊封印が解けてしまう・・・。


 

 「さて・・・お前には聞きたいことがあるんだ」

ジナスがゆっくりと僕に近寄ってきた。

一人・・・ここから・・・どうする?


 「受けたのは初めてだが、ここまで削られるとは思わなかったぞ・・・。たしかに、私はお前を甘く見ていた」

僕の体に水晶の塊がぶつかり、吹き飛ばされた。

 「・・・洗い場の命、お前程度では無理だ。反動が大きいだろう?まあ・・・使うこと自体、女神が禁じていたからな」

「うう・・・」

「精霊封印・・・解く気は無いらしいな」

体が動かない・・・どうしよう・・・。

 

 「ふふ・・・もう諦めろよ。残ったのはお前だけだ」

髪の毛を掴まれて持ち上げられた。

 「・・・ニルス・・・ミランダ」

二人が遠い・・・。

僕は・・・誰も守れなかったの?


 「お前が力を使えるのはなぜだ?あの女からも記憶を読めなかった。どういうことか説明しろ」

「話すもんか・・・女神様を解放しろ!」

「女神・・・ああ、女神か。・・・まだ力があったんだな。なにを授かった?」

「教えるわけ・・・ないだろ・・・」

ダメだ、可能性は潰せない。


 「・・・あの二人はまだ流れていない。お前が話せば解放してやる。・・・テーゼに飛ばせばいいか?」

ジナスは僕を嘲笑うような言い方をした。

 「ふざけるな!助ける気なんか無いくせに!!」

「・・・ふふ」

甘言に乗る気は無い、話したあとに僕たちは消される。


 ステラがこの場所を知っている。

お母さんも戦えるし、イナズマの輝石を持っている。

 だから・・・まだ希望はある・・・。

こいつにそれを潰されることだけは絶対にしない。

 

 「・・・わかっているじゃないか。解放するわけが無いよな」

「許さないぞ・・・」

「なにもできないだろう?あの川の命を使った代償で、お前の意識はもうじき途切れる・・・目覚めた時、あの二人はもういない。・・・ニルスだけは残念だがな」

悔しい・・・どうしてこうなったんだ・・・。

 水晶の雨を抜けたあと・・・ジナスの姿だけじゃなくて、気配も追っていれば・・・少しは変わったのかな・・・。


 いや、もっと言えば・・・お母さんを連れてきていればなんとかなったのかもしれない。

万全で来た・・・そう思っていたのに・・・。


 「だが、お前の存在は許すつもりだ。ああそうだ・・・イナズマだけは消さないとな。オーゼとチルも呼び、女神の前でやろう。お前たちは、また恐怖に怯えながら役目だけに集中していればいい」

「させるわけ・・・」

「ふ・・・仲間に別れを告げる時間くらいは与えてやる」

「く・・・放せ・・・」

体が動かなかった。

もう抵抗する力が無い・・・。


 なにもできなかった。

たくさんの人たちが協力してくれたのに・・・。

僕は・・・やっぱり閉じこもっていた方がよかったんだ・・・。

 

 「触るな・・・」

僕は首を掴まれた。

 「運んでやる」

もっと僕が強ければ・・・。


 「・・・涙か、くだらん」

お前になにがわかる・・・。



 「最後になにか声をかけてやれよ。気付いて答えてくれるかもしれないぞ」

僕は二人の頭の近くに落とされた。

 「・・・」「・・・」

ニルスもミランダも、目を閉じたままだ・・・。


 『・・・オレの選択は間違っていなかったんだ。ミランダ、シロ、ステラ・・・全部みんなに繋がっていた。だからこれでいい・・・』

違うよニルス・・・。

僕とは・・・僕とだけは繋がらない方がよかった・・・。

 「ごめんなさい・・・ニルス、ミランダ・・・一緒にいてくれてありがとう・・・」

謝っても許してもらえないだろうな・・・。


 「つまらないな・・・。お前たちが弱いからこうなったと本音を言えばいい」

「お前には・・・わからないよ・・・」

これから僕には残酷な出来事が待っている。

ニルスみたいに心を凍らせれば耐えられるかな・・・。


 「お前の意識があるうちにこいつらの手足を奪っておこう。よく見ておくんだな」

ジナスは、ミランダに刺さっていた剣をわざとゆっくり抜いていった。

 「う・・・あああ!!!」

ミランダが余りの痛みにうめき声を上げた。

 なのに・・・指先すら動かない。

ただ見てるしかないんだろう・・・。



 「・・・シロ・・・大丈夫・・・だよ」

絶望の中、僕の耳に柔らかい風が当たった。

・・・ミランダ?


 「なんだ・・・これは・・・」

なんとか首を動かすと、ジナスの体が結界に閉じ込められていた。

守護・・・ミランダが・・・。


 「シロ・・・どうして謝るんだ?オレたちは・・・これからも一緒だろ?」

ニルスがゆっくりと立ち上がった。

 さっき刺されたお腹から血が溢れている。

それでも力強く、真っ直ぐな瞳・・・。


 ミランダの結界・・・。

守るためではなく、攻撃のため・・・。


 「目覚めていたのか・・・」

「結界を壊せるんだったな・・・その前に終わらせる!!」

目が見えなくなってきている・・・僕はもう限界みたいだ。

キビナで経験した眠りと同じ、意識がもうすぐ途切れる・・・。



 「必ず帰る・・・約束したんだ・・・」

最後に僕が見たのは、真っ二つになったジナスの姿だった。


 ありがとうニルス・・・。

これで・・・一緒に帰れるね・・・。

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