第百二十四話 最前線へ【ニルス】
大地に染みついている血の匂い・・・やっぱり慣れそうもない。
赤ん坊の時から嫌いだったらしいし、生まれつきなんだろう。
でも今回で最後・・・仲間もいる。
だから大丈夫だ。
◆
陣形も整い、あとは人形を待つだけ・・・。
『今回は正面から来てくれたな・・・ニルス』
闘志で満ちた戦場を眺めていると、頭の中に声が響いた。
忘れられない・・・。
「・・・みんな、聞こえる?」
振り返って五人の顔を見た。
他にいるのか・・・。
「え・・・なにが?」
ミランダだけが答えてくれた。
なるほど・・・。
「オレだけか・・・」
嫌な奴・・・。
『聞こえているのはお前だけだ』
『・・・三人、ミランダとシロも連れて戦場に出てきてやった。ルージュには何もしていないだろうな?』
『当然だ。お前にしか興味は無いからな。折れずにいてくれて嬉しいぞ』
ここまでオレに執着してたのか・・・気持ちわるいな。
『陣形が変わっているな。治癒隊と反撃隊はどうした?』
『お前の好みに合わせてやったんだ。泥沼が好きだって言ってただろ?』
『・・・相変わらずだな。そのおかしな余裕はなんだ?』
『勝つことしか考えていない』
教えるわけないだろ・・・。
『・・・まあいい、シロに伝えておけ。ここで使えるのは結界ぐらいだろうが、あまりやり過ぎたら容赦はしないと』
『出てくるのか?目の前に現れたら斬る』
『それ以外にも方法はあるのさ。・・・ああそうだ、母親には愛してもらえたか?』
『お前が口を挟むことじゃない』
・・・ていうかなんで呼びかけてきた?
『なるほど・・・愛してもらえたようだな。よかったじゃないか、これからも頼むぞ』
『・・・用件はなんだ?』
長い・・・そろそろ耳障りだ。
お前と話しに来たわけじゃないんだよ・・・。
『お前が出てきて嬉しいんだ。だから・・・本気で遊んでやる。伝えたかったのはこれだけだ』
『本気?こっちもそのつもりだ。千人・・・精鋭だけを連れてきた』
『精鋭・・・いいじゃないか。ふふ・・・ならばいつもの半分はやめよう。すべて倒してみろ。戦いが終わった時に、お前がまだ生きていることを願っている。・・・簡単に死ぬなよ?』
声が消えた・・・勝手なことを・・・。
半分はやめる・・・。
千・・・倒しきれってことかよ。
・・・報告が必要だな。
「・・・軍団長の所に行ってくる」
返事は待たずに走った。
治癒は一人、死守隊は少数、一番に狙われる可能性は低い。
だからみんなへの報告は最後でいい・・・。
前線の戦士たちに早く伝えなければ・・・。
◆
軍団長の所まで来た。
「報告があります!!」
「どうしたニルス、落ち着いて話せ」
まずはこの人に伝えてどうするかの意見を聞こう。
「ニルス・・・母さんが心配で来てくれたのか?」
近くにアリシアもいた。
・・・ていうか他の戦士もいる。
「ジナスが」っては言えないな。
「シロに・・・神から今回の決めごとが伝えられました」
これしかない・・・。
◆
「・・・面白いじゃないか。なあアリシア、お前もそう思うだろ?」
「そうですね。滾ります・・・」
二人は緊張感も無く笑った。
せっかく教えてやったのに・・・。
「・・・懐かしいな。お前が初めて戦場に出た時も同じことを言っていた」
「気持ちはあの頃と同じです」
呆れた・・・もう好きにすればいい。
「各隊へ伝達は・・・」
「全員猛っているから必要無い。それに毎回、誰も敵の数を確認などしていない」
・・・焦ったオレがバカみたいじゃないか。
「承知しました。戻ります」
「危なそうだったら助けてくれよ」
「あなたは大丈夫そうだ」
軍団長の本気は誰も見たことが無いって聞いた。
・・・ヴィクターさんと戦った時はどうだったんだろう?
以前挑んだときは負けたらしいけど、聖女の騎士はこの人をかなり認めている。
どれくらいか・・・力試しならしてみてもいいな。
「おうニルス!!!なんも心配すんなよ!!!」
べモンドさんの隊にはバートンさんがいた。
ここに来て、余計声が大きくなってる気がする。
「してませんよ」
「そうか!!お前は赤ん坊の頃から気合入ってたからな!!!」
「憶えてません・・・」
この調子で赤ん坊だったオレに話しかけていたらしい。
・・・泣かなかったっても聞いたな。
「とにかくだ!!!俺らに任しとけ!!!前に出てくんじゃねーぞ!!!」
「状況によります・・・」
アリシアの叫びとは違う。
痺れはしないけど、耳の奥に響く声だ。
「そうかよ!!近くにいて死にそうだったら助けてやる!!!」
「・・・ありがとうございます。バートンさんも死なないでくださいね」
「尊敬してたルイン隊長ってのがいた!!!俺とイライザを庇って死んだんだ!!!絶対に死ぬなって命令を遺してくれた・・・だから大丈夫だ!!!」
バートンさんは、拳でオレの胸を叩いてくれた。
熱いな・・・。
戦場に出ている人たちはみんな異常だと思っていた。
死んだ戦士の心配を誰もしない。形見の武器がまだ使えるのか、考えているのはそれだけ・・・。
全員死を覚悟しているから、仲間がいなくなっても動じずにいられる・・・なんて考えていたけどそうじゃなかった。
みんな血の通った人間・・・。
きっと、ルイン隊長って人もそうなんだろう。
だからバートンさんの言葉は暖かい。
・・・ていうか、オレが見ようとしなかっただけ。
生き残った戦士たちは、大切な仲間の弔いをちゃんとしてあげていた。
帰ると普通・・・ただ、戦場でだけ異常者・・・。
◆
空が白んできていた。
早く死守隊に戻らなければ・・・。
でも・・・。
「・・・なんで付いてくるの?自分の所に戻れよ」
横にはアリシアが並んで走っている。
オレはみんなの元へ向かっているけど、この人は逆だ・・・。
「まだ向こうも現れていない。準備運動だ」
「嘘つけ、充分温まってるはずだ」
「息子と・・・話したかっただけだ。それに・・・母さんと呼べ」
「戦場で家族と呼ぶな・・・。自分で言ってただろ」
ちょっとムカつく・・・。
「また母さんを試しているようだな。あれは・・・すまなかった。戦場でも家族でいたい!!」
・・・なんだこの人、何年も振り回しておいて。
それなら最初から言うな。だから「母さん」て呼ぶのがたまに恥ずかしくなるんだよ・・・。
「ニルス、最後の戦場だ。母さんは悔いのないように暴れよう。できれば・・・お前と共に戦いたかったが・・・仕方がない」
母さんの声が暗くなった。
夢か・・・形はどうあれ、この人はオレの夢を叶えてくれたな。
「危なっかしいと思ったら・・・助けに行く」
「え・・・本当か?」
「そう思ったらね」
「待っているよ」
母さんはオレよりも速く走り出した。
今のがそんなに嬉しかったのか。
・・・心配なのはスコットさんとティララさんだな。
毎回この人に振り回されてるし・・・。
◆
結局アリシアは仲間の所まで付いてきた。
少し話すとすぐに戻り、そして・・・向こう側も姿を現した。
「・・・本当に本気で遊ぶらしい。飛竜・・・三十はいるな。地竜も五十くらい、巨人は・・・二百以上・・・どうなるかな」
・・・飛竜が多い、さすがに死者を出さずは無理そうだ。
「ニルス、お前ならどうすんだよ?」
ティムも全体を見渡した。
どうするって・・・。
「斬り崩す・・・機会があればね」
前線に行ければ・・・かな。
今は様子を見ておこう。
「シロ、オレに触れていてほしい・・・戦況を見ていたい」
「わかった。僕も見たいから肩車して」
「音も欲しい」
「大丈夫だよ。目と耳、触れている間だけね・・・」
オレの目は遠く離れた敵をはっきりと捉えることができるようになった。
人形・・・向こうも陣形みたいなのができている。
いつもより統率が取れてるって感じだ。
まるで有能な指揮官が的確に指示を出しているようなまとまり方・・・。
理由はたぶん・・・。
「シロ・・・銀髪の女、見える?」
最奥、他の人形とは明らかに違う雰囲気を持った女がいた。
人間・・・少し違う気がする。
「うん、一年前に見たことある。たぶんジナスの分身だ。・・・僕、近付きたくない」
「・・・前回守護の結界を壊したのはあいつ?」
「そうだと思う。指揮もあの精霊かもしれない・・・」
なるほど・・・もしそうなら、あれがいなくなれば戦いやすくなるわけか。
「精霊の力は使えるのかな?」
「うーん・・・さっき輝石を外してみたんだけど、戦場に精霊封印は張ってないみたいなんだ。だから目と耳を使える。で、あるのは魔法封印だけ、治癒、守護、支援以外は使えないけどね」
「でもあいつはジナスの分身だろ?」
なら、色々できるんじゃ・・・。
「精霊封印や魔法封印は、分身であろうと効果があるんだ。でも・・・ジナスが許可を出せば使えるようになる」
「許可を出してるってこと?」
「結界を壊す力は確実だと思う。絶対とは言えないけど、戦況をひっくり返すような力は許してないんじゃないかな?気に入らないけど・・・そういうとこは信用できる」
「ふーん・・・見られてるな」
目が合った気がする。
感情の無さそうな顔・・・オレも戦いたくはない。
◆
「夜明けだ。・・・始まるな」
「うん・・・」
軍団長が剣を掲げ、同時に戦士たちの足音が地鳴りを起こした。
ほぼ全員が前線・・・そのせいか記憶にあるものよりも大きい。
「ニルス、アリシアが・・・」
「見てるよ・・・」
アリシアが突撃隊よりも先に飛び出した。
「そこをどけーーーーー!!!!!!」
アリシアは、行く手を阻んだ背の高い甲冑人形の剣を腕ごと斬り落とした。
「こうなりたくなければ道を開けろ!!!!!」
そして、地面に刺さった剣を踏み台に跳びかかった。
「やっぱり強いね」
「・・・そうだね」
甲冑人形は聖戦の剣で真っ二つになり、大地に消えていった。
自分を鼓舞するためか・・・人間なら今のを見ただけで怯むな。
あいかわらず騒がしい戦い方、まだ心配はいらないな・・・。
オレは無意識に胎動の剣を握っていた。
・・・行きたいのか?前線に・・・。
オレも今日はいつもと違うみたいだ。
「滾る」か・・・あなたの気持ちがやっとわかった気がする。
鍛えた力をおもいきり振るう時・・・昂るんだろ?
◆
他の隊も交戦に入った。
全員小さなケガはものともせず、捨て身で踏み込んでいる。
巨人も何体か倒れた。
遊撃隊が疾風のように足を落とし、崩れた巨人の頭に剣や槍が突き立てられていく。
・・・奪還軍の統率も問題無い、勢いもある。
欲を言えば・・・何体か巻き込むように倒してほしいな。
「みんな守りを捨てて戦ってるみたい・・・恐くないのかな?」
シロがオレの襟を引っ張った。
「ステラのおかげだよ」
本当に一人で全員の治癒と支援を引き受けている。
・・・頼もしいよ。
「あっ!ニルス、飛竜が動いた」
「そうだな。そして全部じゃない」
「何体か来るかも・・・」
「まだ大丈夫。たぶんあえて残してる・・・まあ、しばらく安全てこと」
飛び立ったのは半分ほど、残りは後衛でじっとしている。
あの女の守りか?
◆
各遊撃隊が飛竜の足止めに移った。
巨人や地竜は、突撃隊で何とかしなければいけないな。
みんな士気は高いけど、面倒なのが出てきたせいで勢いが落ちている。
それに火球で数十人・・・大地に喰われた。
・・・意識してなくても足に力が入る。
「ドラゴンとか巨人っつっても、数が多いだけに見える・・・そんなに速くねーし」
靴で地面をこする音が聞こえた。
お前も必死で抑えてるって感じだな。
「体が大きい、それに距離もあるからそう見えるだけだよ」
「近付けば変わるか?・・・行かせろよ」
気持ちはわかるけど・・・。
「・・・隊長次第だ。でも、戦場の広さと足場にできる岩の場所は今覚えておけ。もちろん駆け上がれるよな?」
「シロの出した岩でやってたよ」
「飛竜が高度を落としたら飛び乗る・・・できる?」
「できる」
ティムは今にも飛び出したいって感じだ。
伝えてはいなかったけど、随分強くなった。
期待しているよ・・・。
◆
「ニルス、戦況はどうなの?」
ミランダが不安そうな声を聞した。
ここと前線での差が大きいせいだろう。
「悪くない・・・けど、押されてるな」
「そうでもないよ、遊撃隊がドラゴンを足止めしてる」
シロは初めてだからまだわかっていないのかもしれない。
・・・足止めだけじゃダメなんだ。
「向こうに疲れは無い・・・いつまでもあのままってわけにはいかないだろ?」
「あ・・・そうか」
オレとシロはミランダに振り返った。
言葉には出さないけど「どうする?」って聞いたつもりだ。
「つまんねーな・・・」
ティムも思いを口にした。
「・・・」
同時に、ヴィクターさんがミランダのお尻を揉んだ。
何やってんだ・・・。
「・・・ミランダ殿、彼らは隊長の命令を待っている」
ああ・・・背中を押してやるつもりなのか。
なら、任せよう。
「・・・守護の素質、儂も持っている」
ステラが結界に包まれた。
・・・隠してたな。
でも・・・あれなら心配いらない。
「ニルス!シロ!ティム!」
隊長が振り返り、集合をかけた。
迷い、戸惑い、焦り、不安、全部跳ね返すようないい顔だ。
「勝利のため、前線の部隊と合流する!走るよ!!」
力強い眼差しは憧れていた雷神と同じだ。
さあ・・・行こうか。
・・・少し体を温めるだけだ。
オレたちが動くことで救える人が増えればいい・・・。
◆
オレたちは交戦している隊へ向けて走り出した。
一番端から・・・けっこう距離がある。
「隊長!おぶってやろーか?」
「いけるよ!!」
ミランダは少し遅れてるけど、しっかりと付いてきている。
アリシア隊に鍛えられたおかげだな。
「ニルス、聞きなさい!」
「はい!」
「ここから先、的確な指示に自信が無い!だから指揮権を渡す。あたしたちをうまく使って!!」
「・・・期待に応えましょう。ミランダ隊長」
緊張感の中、正しい判断もできてる。
・・・ミランダにも期待しているよ。
「それと、あたしから最後の隊長命令!絶対・・・絶対に死ぬな!!あと・・・戻ったら全員で乾杯するよ!!!」
楽しみだ。倒れるまで付き合おう。
だから・・・勝たないとな。
「まずは遊撃隊と合流する!飛竜の撃破が最優先だ!ティムはオレに合わせろ、できるな?」
「舐めんな!けど言っとくぞ、味方で戦うのは今日で最後だからな!!」
ティムは口元を持ち上げていた。
頼もしいな、そのまま最後まで戦ってくれよ。
◆
二体の飛竜を相手にしている戦士たちが見えた。
一番近い交戦中の遊撃隊・・・あそこだな。
あれは・・・カーツさんの隊だ。
飛竜の一体は大地から、もう一体は空から火球・・・。
なんとか躱して反撃の機会を待っている状態らしい。
「なんだよ・・・こっちが足止めされてんじゃねーか。しかも一体下りてるし・・・舐められてんだ」
ティムの言う通りだ。
それぞれに分かれた遊撃隊も、悪く言えば分断された・・・そんな感じだな。
「ティム、先に命令を伝える!地上にいる方に飛び乗って背中を刺せ。振り落とすために飛び上がるはずだ!」
「あ?一人で二体やれってのかよ!」
「オレも行くんだよ。シロとミランダは合流したら結界を張れ!死者を出すな!」
「わかった!」「任せて!」
迷いの無い頼もしい返事だ。
オレは、ティムがどこまでやれるか見せてもらおう。
◆
「ミランダ隊、協力します!」
「風神か!助かるよ・・・頼めるか?」
カーツさんの隊と合流した。
目に少しだけ諦めの色がある。
「任せてください。あいつを落とす、とどめは頼みますよ!」
均衡を破れるか・・・行くしかないけどね。
「オレたちが行く!シロたちが張る結界の中にいてください!ティム!!」
「わかってるよ!おめーらは後ろにいろ!!」
近付いていた人たちを下がらせて走った。
振り返らない、シロとミランダを信頼しているからだ。
「ティム、火球だ!吐いたら隙ができる!必ず躱せ!!」
「言われなくてもやる!!」
オレは右に、ティムは左に避け、炎をまとった塊はミランダの結界で弾かれた。
「隊長のは鉄壁だな。あれを防ぐのかよ・・・・」
「強いからね」
「魔族ってのも人形と変わりねーな。・・・あんなもん腹に仕込んでるとかやべーだろ」
「無駄口は終わってからにしろ、走れ!!」
あのままだとさっきの銀髪の女が結界を壊しに来るはずだ。
時間はそんなに無い。
◆
「跳べ!!」
「おう!!」
飛竜の背中に飛び乗り、足が付いたと同時に二人で背中を刺した。
「言った通りだろ?」
「・・・そのムカつく顔やめろ」
予想通り飛竜の体が飛び上がった。
相変わらずだな、効いてるのかまったくわからない。
叫び声くらい上げさせろよ・・・。
「ぐ・・・キツイって・・・」
飛竜は身を震わせながら空中で暴れ出した。
「こらえろ、絶対に落ちるなよ」
大丈夫だ、こいつは今周りが見えていない。
そして・・・運よくもう一体のドラゴンに近付いてくれた。
「オレがあいつを落としたら・・・こいつを落とせ」
届く距離、オレはすぐに飛び移り首を落とした。
・・・こっちは終わりだ。
「合図くらい出せよバーカ!」
背中に悪態が当たった。
・・・戦場で甘えるなよ。
「落とすぞ!!!」
ティムが翼を斬り落とした。
筋力はイライザさんが、技は母さんとヴィクターさんが・・・だからただの剣であれができる。
・・・信用していたよ。
「結界を解け!!」
着地と同時に叫んだ。
すぐにドラゴンが地面にぶつかる音が響き、戦士たちが駆ける。
・・・救えて良かった。
◆
「ティム、ミランダ。カーツ隊と行動を共にしてくれ」
二人を置いていくことにした。
「わかった。任せてニルス」
「本当は・・・初参加って死守隊で動かなくていいんだけどね」
「あたしはあんたと違うし」
「俺もお前とは違う」
「わかってて言ったんだ。そんな言い方しないでよ・・・」
頼りにしてるからさ・・・。
「ティム、もう一人でできるな?」
「簡単だ!」
「ドラゴンとアリシア・・・どっちが強い?」
「・・・アリシア。恐さもな」
なら大丈夫だ。
何度も骨を折られたり、剣で穴を空けられてたからな。
「ミランダ・スプリングとティム・スウェードを預けます!分断された隊を集めてください」
「任せろ!二人はちゃんと返すからお前も頑張れよ!!」
カーツさんの目に戦意が戻っていた。
この感じなら的確な指示を出してくれるだろう。
「オレたちはもっと奥に行く」
「わかった」
シロがオレの背中に飛び乗った。
目に付いたのは助けていこう。
・・・無理はしないけどね。
「おいニルス、二度とスウェードって呼ぶな!!」
走ろうとした瞬間、ティムが腕を掴んできた。
怒ったか、本名なんだから仕方ないだろ・・・。
「・・・悪かったよ。けど、堂々としていればいい」
「してる・・・。ただ・・・気持ちが滅入んだよ!」
「それじゃ困る。頼りにしてるんだ」
「・・・」
ティムの眉間から皺が消えた。
今ので治まったのか・・・。
「頼むぞ。それと・・・死ぬなよ」
「俺は・・・必ず生き残る。ルージュとセレシュ・・・あいつらが帰ってこいってさ」
ティムは服の内側から夕凪の花を取り出した。
嬉しそうな顔しやがって・・・だから堂々としてればいいんだ。
◆
ウォルターさんの隊を見つけた。
今回隊長をやるのは、セレシュにカッコつけるためなんだろうな。
「協力は必要ですか?」
「なんだお前ら、結局出てきたのか・・・」
ウォルターさんはちょうど巨人を仕留めたところだった。
まあ、この人たちは大丈夫そうだな。
「協力は必要無い。それよりもアリシアの所へ行け!四体くらい飛んでいった。最前線だ!」
四体・・・。
あの人たちならできそうだけど・・・仕方ないな。
「おじさん、あっちにミランダたちがいる。危なかったら下がって」
シロも声をかけた。
こっちもセレシュのためかな。
「ああ、覚えとくよ」
「おばさんとセレシュが待ってる。絶対死んじゃダメだからね」
「死ぬかよ・・・お前ら次だ!!」
突撃隊最強の男は、誰よりも猛っているように見えた。
早く終わらせて家族の元へ・・・。
昔のオレと同じなんだろう。
「ニルス、急ごう」
「そうだね」
前の方にいる隊は駆け引きがわかっている。
危険なら迷わず下がるはずだ。
◆
「最前線はまだかよ。・・・突っ込むのは変わってないな」
かなり走った。
でもまだアリシア隊は見えない。
叫びは聞こえるけど、もっと先にいるみたいだ。
「待ってニルス、左!」
「・・・先にそっちだ」
ドラゴンはいないけど囲まれている隊が見えた。
巨人が十、熊みたいのが・・・二十?
「シロ、振り落とされるなよ」
「平気だよ」
もっと速く・・・。
◆
巨人の足まであと少し・・・。
「すごい、本当に風・・・風神て呼ばれるのもわかる」
背中のシロがかわいい声で呟いた。
風神ね・・・。
「まだ全力じゃないよ。・・・しっかり掴まってて」
こちらには気付いていない巨人の足を斬り、膝を付いた所へ駆け上がった。
「あんまり疲れさせないでくれ・・・」
頭を貫くと巨人は動きを止めた。
まあ、まだまだ動けるけどね。
「協力する!うまく立ち回ってください!!」
「ニルス・・・助けられるのは二度目だ。・・・必ず恩は返すよ」
イライザさんの隊だったのか・・・。
『ニルス、少しでも恐怖があるなら私の後ろにいていいよ』
初めての戦場で優しかった。
・・・母さんよりも。
『私の背中だけ見てればいい』
ああそうだ・・・この人に習ったんだったな。
◆
「帰って洗濯でもしたいよ・・・」
巨人たちが沈むと、イライザさんが溜め息をついた。
疲れてはいるみたいだけど、希望のあるぼやきだ。
「オレたちはアリシア隊を探しています。どこまで行きましたか?」
「もっと前・・・奥で固まってるドラゴンが動く前に叩くってさ」
さっき四体は飛んでったって聞いたな。
・・・バカかよ。
「ニルス、ここはもう大丈夫だよ。・・・六人も喰われた・・・下がって他の隊と合流する」
「イライザさん・・・必ず勝ちましょう。それに死んじゃダメだって命令されてるんでしょ?」
「・・・バートンか。・・・当然だ!あんたは早くアリシアと合流しな!!」
力を合わせれば大丈夫だ。
みんな強い・・・散らずに集まってくれ。
◆
「スコット!後ろ脚を斬ってこい!」
「無茶言わないでください!上の二体はどうするんですか!」
やっと見つけた。
大きな岩の陰だ。
「ティララ!火球を撃たせるな!」
「わたしの都合じゃないですよ!」
・・・空に二体、地上に二体か。
どっちかをなんとかできれば・・・それができずに隠れてるんだな。
「お前たちは仕方ないな・・・突っ込むか」
「死んじゃいますよ・・・」
「いや、大丈夫だ」
アリシアが仕掛けようとしてるけど、奴らも連携が取れている。
空の奴らは高いな・・・叫びが通じない所にいるのか。
「ニルス、急がないと!」
シロの手に力が入った。
今、追いつく・・・おかしなことするなよ・・・。
◆
「・・・どうかしてる」
アリシアが叫びながら走っていった。
地上のをやる気か?考えろよ・・・。
「ダメだよ!空から来る!」
「シロ!アリシアはオレが行く、二人を守って!」
「わかった!」
目と鼻の先だ。
もう少しだけ待てよ・・・。
アリシアは火球を躱せると思っている。
・・・もう一体来なければだ。
後ろから翼の音・・・。
「全力で走る気無かったのに・・・」
オレはマントを縛っていた紐をほどいた。
地上の二体は叫びで止まっている。
先にいた空の二体は、走り出したアリシアと後ろにいる二人へ火球を吐き出した。
後ろからの奴は・・・アリシアかよ・・・。
「アリシア様!後ろから!」
「構うな!前の奴は確実に仕留める!」
なにが悔いのないように暴れるだよ・・・。
あなたがいなくなったらルージュはどうなる!
二つの火球は完全にアリシアを捉えていた。
目の前の奴を仕留めてもどちらかには当たるだろう。
・・・オレがいなければね。
◆
「まったく・・・世話の焼ける人だ」
ギリギリで無謀な雷神をかっさらった。
火球はオレの背中を掠ったけど、マントのおかげで熱くない。
燃えないだけじゃなくて、熱も通さないらしい。
「せめて前の奴は仕留めたかったが・・・」
「アリシアに死なれちゃ困るんだよ」
「母さんと呼べ・・・」
母さんは抱きかかえられたまま、オレの胸に顔を埋めた。
「お前の気配と匂い・・・近くにいるとわかったから信じていたよ」
「甘えるな・・・ニルス・クラインとシロ・クライン。アリシア隊の指揮下に入る。指示をくれ」
「なんでもできそうだ・・・体が熱い」
母さんの体は本当に熱かった。
最後の戦場だしな。
これが親孝行になるなら付き合ってやろう。




