第百二十三話 隊長命令【ミランダ】
なんだか傷痕がうずく・・・。
前は安全な所から見ていただけだったけど・・・今回は違う。
戦士として出なければいけない。
でも、恐くはない。
信頼できる仲間と一緒だからだ。
◆
戦士たちが魔法陣の間に集まった。
千人と、辞退者と入れ替わる待機兵が二百くらい・・・。
「・・・そなたたちで終わらせてほしい。これからの時代に、悲しみは必要無いのだ」
王様が話し出した。
「戦わない私からの言葉は、軽く聞こえるかもしれないが・・・そなたたち全員を尊敬している。広場では言えなかったが・・・たとえ負けたとしても、誰にも責めさせないことを約束しよう」
昼間に広場で激励をくれたけど、行く前にも伝えたいことがあったってことか。
「私からできるのは、戻ったそなたたちを迎える準備だけだ。まずは楽団・・・街の民すべてに英雄たちの顔を見せてやりたい。疲れていても歩いてもらうぞ」
凱旋してからの方が疲れそうだ。
でも、やるならあたしが一番目立ちたい・・・。
「そのあとは、飽きるほどの酒と料理・・・私もそなたたちと楽しみたい」
いいね・・・。
だから・・・勝つ。
絶対に帰ってくるんだ。
◆
「辞退者は・・・まだいないようだな」
王様が下がって、今度は軍団長が話し始めた。
これから戦いが終わるまで「おじさん」とは思えない。
「栄光、名誉、富・・・そのために戦う者がほとんどだろう。だが言っておく、自分だけは死なないなどと思わないでくれ。今、ほんの少しでも恐怖がある者は去ってくれていい」
誰も動かなかった。
それを持っている人はいないってことかな。
「まだ時間はある。逃げ出したい者は言ってくれ」
軍団長はみんなを見渡した。
優しい声・・・それでも辞退を申し出る戦士はいない。
「そうか・・・では、少しだけ話を聞いてもらおう」
「士気の上がること言ってくれよ」
イライザさんの声が響いた。
からかってるって感じ・・・。
「なぜだろうな・・・。奪還軍の平均年齢は、もっと低かったはずなんだ。大切な存在に気付いて大勢が去り、恐い者知らずのバカだけが残る。ここにいるお前たちは全員後者だ」
「平均年齢上げてんのはお前もだろうが!!!」
バートンさんが怒鳴った。
うん・・・そうだね。
「大声を出せばいいと思っているバカ・・・。近くにいるんだから普通に話せと何度も思ったよ」
「ああ、俺も思ってた」「うるさいですよね」「そうそう、聞こえてんだよ・・・」
戦士たちが笑い出した。
「ここには異常者しかいない。例えば筋肉信仰のバカ女。戦場については、夫や息子たちに一切意見させていないらしい」
イライザさんのことかな・・・。
「そして・・・やっと子どもを授かったのに戦士を続けるバカ親」
ウォルターさん・・・。
「そういえば、十二で訓練場に来たバカもいたな」
アリシア様だよね・・・。
「その息子もどうかしていた。バカ親子が・・・」
軍団長の声が震えた。
「私がどれだけ苦悩してきたかわからないだろう・・・。だから・・・今回でやめさせてくれ」
ここにいる全員の闘志が上がったのを感じた。
そうよね、やめてもらおう。
「軍団長だろ!命令しろ!!」
誰かが声を張った。
「そうだな・・・。私は、お前たちバカを率いるのにもう疲れてしまったんだ!!だから勝て!!私を解放しろ!!!」
心が震える。
「もう一つ!昼間、大勢の前で勝利の報告を持って帰ると言い切ってしまった!!!私を嘘つきにするなよ!!!!」
きっとみんなも同じだ。
◆
全員の点呼も終わって、あとは魔法陣が光るのを待つだけだ。
緊張と興奮が混ざって、体が熱い・・・。
さっきまで静かだった外の連中も「そろそろじゃないか」って騒ぎ始めて、ざわめきがここまで聞こえてくるせいだと思う。
「落ち着けミランダ。仲間がいるだろう?隊長のお前がおろおろするな」
あたしの背中が叩かれた。
・・・軍団長だ。
「みんなにそうしてるの?」
「お前だけだ」
「ありがとう・・・ございます」
「なんだ・・・らしくないな。胸を張れ、背筋を伸ばし、前だけを見ろ」
あたしのなにがわかるっていうんだか・・・。
でも・・・少し落ち着いた。
「外・・・うるさいからさ。さっきまでは静かだったのに、どんどん大きくなってる」
「お前のせいでもある」
軍団長は頭を撫でてくれた。
・・・たしかにそうかも。
『デカいこと言ってきなよ?』
『・・・私を追い込む気か?』
『あたし、かっこいい軍団長様が見たいなー』
広場での演説の時に、あたしが煽ったら本当にデカいことを言ってくれた。
そのせいで街はとっても賑やかになったけど、訓練場まで囲まれるとは思わなかったな。
夜明けまで寝てていいのに・・・。
◆
「ミランダ、セレシュが髪の編み方を忘れちまったみたいなんだ。エイミィもやったことないからわかんねーって・・・」
ウォルターさんがあたしの肩を叩いてきた。
・・・ちゃんと胸に花を付けてる。
「いいよ、忘れないようにしっかり教えてあげる・・・今夜ね」
「ああ、頼むよ。礼は・・・酒に付き合う」
「それでいいよ。帰ってから明日の朝までね」
「ああ、約束だ」
ウォルターさんは気持ちのいい返事をしてくれた。
うーん、でも朝まではさすがに奥さんに悪い気もする。
・・・いや、連れてきてもらえばいい。
◆
「お母さん、お願いだよ。戦いが終わったら呼びかけるからすぐに来てね」
「大丈夫だよシロ、必ず駆けつける」
シロがアリシア様に抱きついているのが見えた。
「お母さん」か・・・それくらい信頼できる人になったんだね。
シロがなにで悩んでいたかを聞いた時は自分が情けなかった。
様子が変だなっては思ってたけど・・・隊長としてもよくなかったな。
それにしても・・・あたしがシロを嫌いになるわけないじゃん。
恐いのは・・・わかってるつもりだよ。
だから戻ったらしっかり教えてあげよう。
◆
「頼むぜ」「期待してるからな」「功労者になってこい」
「・・・うるせーな」
ティムの周りに何人か集まっていた。
囲んでいるのは千人の戦士じゃない。
あいつにやられた治癒隊の待機兵だった人たちだ。
「夜は気絶するまで飲ましてやる」
「・・・俺を許さねーとか思ってねーのか?」
「思ってたら送り出しに来ねーよ」
「・・・あの時は悪かったよ」
ティムが素直に謝った・・・。
よっぽど嬉しかったんだろうな。
あいつも落ち着いたな。
前線に行かせるかは・・・考え中・・・。
◆
「頼りにしていますので・・・」
「かしこまらなくていい」
王様とおじいちゃんが話していた。
そういや、遠い親戚だったっけ・・・。
「戻ったら・・・酌み交わしましょう」
「どうなるかわからんが・・・覚えてはおく」
「約束はしていただけないのですか?」
「今回でなくとも・・・生きているうちには付き合ってやる」
おじいちゃんの方が上って感じ・・・。
◆
「前線、突撃隊から移動を始めろ!!いいか、移動したら戻れない!!辞退ができるのはここまでだ!!!」
魔法陣が輝き出した。
大丈夫だ・・・そんなに焦りは無い。
ステラを守る・・・しっかりと結界を張ることに集中しよう。
◆
「スコット、ティララ。気合は入っているか!!」
「もちろんです。付いて行きます!」
「アリシア様、存分に戦ってください!」
「お前たちと組んで十七年も経った・・・。戻ったら思い出を語り合おう・・・行くぞ!!」
アリシア隊が魔法陣に消えた。
次はあたしたち、一番最後だ・・・。
「さあ、行こうかミランダ隊長」
「ニルス・・・うん」
「今度は大丈夫だよ」
ニルスからは余裕と自信が溢れている。
だからもう大丈夫だ。
「それに、隊長の指示が無いとね」
「・・・だよね。ミランダ隊整列!」
五人を並ばせた。
さっきのアリシア様みたいに・・・。
「ニルス、シロ、ヴィクター、ティム、ステラ!気合は入ってるか!!」
「もちろん!」「僕も!」「当然じゃ!」「おう!」「はい!」
「あたしらは死守隊だけど、他のどの隊よりも強いと思う!全員胸を張れ!戦場へ行くぞー!!」
全員に火をつけるように言った。
できる・・・絶対に勝って帰ってくるんだ。
「帰りを待ってるぞ!!」「絶対に死ぬなよ!!」「ミランダ隊に勝利の祝福を!!」「天はお前たちの味方だ!!」
待機兵たちにも火がついたみたいだ。
このまま行こう。
◆
「はあ・・・慣れないな・・・」
ニルスが口に手を当てた。
血の匂い、あたしも慣れてない・・・。
「かなり染み付いてるわね。まあ、私は我慢できるわ」
「僕も・・・まあ平気かな」
「儂も耐えられる。ただ、あまり長くいたくないのう・・・」
ステラ、シロ、おじいちゃんは平気みたいだ。
三人は大人ってことなのかな?
「たしかにキツイな・・・。なんで前線のあいつらは普通な顔してんだ?狂ってんじゃねーの・・・」
ティムが鼻を塞いだ。
あたし、ニルス、ティムは子どもってことか・・・。
「ティム・・・お前がいてよかった。この苦しみを分かち合おう・・・」
「触んな!気持ちわりーこと言ってんじゃねーよ!!」
「え・・・ひどい・・・」
ニルスには悪いけど、今のやり取りは安心した。
少し落ち着いて、全体を見なくちゃな・・・。
『わあ、すごく綺麗な色・・・』
『そうだね・・・夜明け前、空が一番綺麗に見える時間だと思う』
まだ夜明け前・・・一年前はたしかあのあたりにいた。
三人で色が変わってく空を見てたな・・・。
「陣形を整えろ!!!」
軍団長の声が聞こえた。
これも同じ、陣形って言っても死守隊以外はみんな前線だ。
あたしたちは戦場の端、一番安全な場所・・・みんなが敵を止めてくれれば、ただ立ってるだけでいい。
「・・・みんな、聞こえる?」
ニルスがあたしたちを見てきた。
「え・・・なにが?」
「オレだけか・・・」
ニルスが険しい顔で目を閉じた。
なにが聞こえてるんだろう?
あんまし不安にさせないでよ・・・。
◆
「・・・軍団長の所に行ってくる」
「あ・・・こらニルス!」
ニルスが走り出した。
なんにも説明しないで・・・。
隊長のあたしよりもそっちを優先するくらいってこと?
「まったく・・・シロ、どう思う?」
話してないと落ち着かない・・・。
「たぶんだけど・・・ジナス。・・・ニルスにだけ呼びかけで何かを言ったんだと思う」
「ジナスが・・・」
たしかあいつは精霊じゃなくても呼びかけができるんだったわね。
でも、何を言われたんだろう?
日の出まで時間はあるけど、早く戻ってきてほしい。
「なんにしても大幅な作戦の変更は無いじゃろう」
「そうね、こっちにはあんまり関係無いんじゃないかしら」
「ジナスってなんだ?わけわかんねー話やめろよな」
おじいちゃん、ステラ、ティムはそこまで気にしてないっぽい。
ティムはなんも知らないから仕方無い。
けど、ステラとおじいちゃんはヤバい奴って知ってるのになんで余裕なのよ・・・。
◆
「こんなもんかな・・・」
ニルスを待っている間、ステラが自分の周りに円を描いていた。
ちょっと大きめだ。
「それなに?」
「この中には敵を入れないでほしいの・・・」
ステラが円の中心で両膝を付いた。
「ヴィクター、お願いね」
両手を組んで目を閉じ、祈ってるって姿だ。
「お任せください。容易いことです」
「なにかするの?」
「今から感覚を研ぎ澄ませて、戦士たちの様子に集中する。・・・本当に悪いけど、終わるまでは話しかけないでね」
ステラは祈る姿のまま動かなくなった。
戦士全員の治癒と支援か・・・あたしには途方もない。
今のステラは本当に無防備だ。
あたしたちを信頼してくれてるから・・・。
「おじいちゃん、もう結界を張っとけばいい?」
「まだ必要無いじゃろ」
「まだって・・・いつよ?」
「儂が危なくなったらじゃな。それまでは楽にしていればいい」
楽にって言われてもな。
体を伸ばしておくか・・・。
◆
空が白んできた。
まだニルスは戻ってこない。
アリシア様に捕まって、ずっと前線にいるとか無いよね・・・。
「何十年前のだよ・・・」
ティムが足元に落ちていたボロボロの剣を拾った。
ここにはそういうのがたくさん落ちている。
前と同じ・・・。
『壊れた武器とかけっこうあるね。あ・・・新しいのも・・・遺品とか持って帰んないの?』
『誰も回収しない、意志を残していくんだ』
『帰りたいっても思ってたんじゃないのかな?』
『・・・いつからかは知らないけど、そういう決まりだから』
ニルスが教えてくれたこと、今ならなんとなくわかる。
こういうのがあった方が、気持ちが高まるから・・・。
「足元にも気を配ることじゃな。躓いてその隙にやられることがあるかもしれん」
おじいちゃんも近くにあった武器を拾った。
「そんな間抜けじゃねーよ。・・・なんか彫ってあるけど、もう読めねーな」
「なにかしらの願いかもしれんな。勝利を・・・そういう言葉だと思え。お前が意志を繋ぐんじゃ」
「そんなんいらねー・・・死人に指図されるかよ」
ティムは剣を遠くに放り投げた。
バチあたりか・・・。
「危なくねーとこで見とけよ・・・」
「お前なりのやり方か?」
「・・・勝ちゃいーんだろーが」
「そういうことじゃ」
ひねくれてるけど、意志は受け取ったってことか。
まあ・・・まだ戦うって決まったわけじゃないけどね。
◆
「あ、ニルスだ。・・・アリシアも一緒だよ」
やっとニルスが戻ってきた。
もうじき日の出だ。
雲一つ無い・・・いい天気だな・・・。
「遅い!あんたがいないと不安なんだから・・・」
「ごめん・・・」
「・・・ジナス?」
「・・・」
ニルスは頷いた。
あいつ・・・。
「・・・今回は半分で終わらない。本気で遊ぶってさ」
「半分って・・・」
「全部倒さなきゃいけないってこと」
なんなのよ・・・ニルスが出てきたのがそんなに嬉しかったの?
「大丈夫だミランダ、私がいる」
アリシア様が肩を叩いてきた。
ていうか・・・。
「あの・・・どうしてここまで来たんですか?」
「ニルスに・・・付いてきただけだ・・・」
わざわざ一番前から?
・・・少しは子離れしないといけないな。
「アリシア、気に入らないけど・・・頼んだわよ」
ステラが口だけを動かした。
集中するんじゃなかったっけ・・・。
「引き受けた・・・ニルス、気分は・・・」
「あなたに聞かれるまでも無いわ」
「ニルスに聞いているんだ・・・」
その状態でケンカしないでよ・・・。
「・・・平気だよ」
「わかったアリシア?早く戻りなさい」
「ステラには関係ないだろう」
仲良くすればいいのに・・・。
「まったく・・・ティム、力を振るえないのは残念か?」
アリシア様は、ティムにも声をかけた。
「別に・・・隊長命令だしな」
「戦場が終わっても鍛えてやる。いつでも来るといい」
「覚えとくよ・・・おい!!」
ティムが抱きしめられた。
もー・・・おかしなことして・・・。
「早く離れろ!」
「忘れるな。・・・待っているからな」
「言われなくても行く・・・闘技大会やるって聞いたからな」
「ああ、みんなで出よう。じゃあ・・・またあとでな」
アリシア様はそっと離れて、自分の隊に戻っていった。
ずっと鍛えてあげてたからかな?
お母さんみたいな気分になってるっぽい。
だから本当は、ニルスとティムに出てきてほしいんだろうな・・・。
「ミランダ殿、助言を許してほしい」
おじいちゃんがあたしのお尻をつついてきた。
「なに?」
緊張感のせいか、今はどこを触られても気にならなそうだ。
「ニルス殿には伝えたが・・・守りは儂一人で問題無い」
「・・・どういう意味よ?」
「戦士は・・・隊長が走れと言えば走る。戦えと言えば戦う」
「・・・隊長ってあたし?」
「そうじゃ、あとは任せた」
なんかおじいちゃんには見えなくなってきた。
今だけはヴィクター、まだ現役の聖女の騎士・・・かっこいいじゃん。
「シロ殿、力は使えるか?」
「うん、輝石のおかげだね。さっき外して試してみたけど、使えるのは守護の結界だけみたい。作戦通り、勘付かれたくないから僕も守りに徹する」
「それでいい」
ヴィクターはシロの頭を撫でた。
シロも結界が使えるなら心強い。
他の力はここで温存させておけば、ジナスとの決戦で不意打ちができる。
これも勝利のために必要だ。
◆
「来やがったな・・・あれが魔族か・・・」
「え・・・ああ・・・そうね」
反対側の魔法陣が光った。
そういや、ティムはあれが人形だって知らないんだっけ。
仲間だけど、外に出たらやばい話だし黙っとかないとな。
「シロが出してくれたのとちげーな・・・」
「家族もあんな感じだった?」
「なわけねーだろ。それに・・・元家族だ」
男二人が気になる話を始めた。
あたしの知らないところで、ニルスには家族の話をしたのか・・・。
戻ったらあたしにも教えてくれるかな?
「誰にも言ってねーだろーな?」
「信用してよ」
「アリシアに話しただろ・・・」
「・・・少し」
アリシア様も知ってる?
「妙なこと言ってきやがったぞ。・・・さっきのもだ」
「オレは知らないよ。・・・なんて言われたの?」
「・・・生きて帰ったらな」
「楽しみにしてるよ」
ふふ、なんだかんだ仲いいんだよね。
歳が近いし、男同士だからかな。
◆
「・・・本当に本気で遊ぶらしい。飛竜・・・三十はいるな。地竜も五十くらい、巨人は・・・二百以上・・・どうなるかな」
ニルスが鋭い目で遠くの人形たちを見つめた。
三十って・・・一年前は十二体でやばかったじゃん・・・。
「ニルス、お前ならどうすんだよ?」
「斬り崩す・・・機会があればね」
ニルスが笑った。
ヴィクターやアリシア様と戦っている時みたいだ。
大丈夫ってことよね?
「シロ、オレに触れていてほしい・・・戦況を見ていたい」
「わかった。僕も見たいから肩車して」
シロがニルスの肩に乗った。
精霊の目か・・・ニルスなら冷静に状況を把握して教えてくれるはずだ。
◆
「・・・夜明けだ」
太陽が顔を出した。
いよいよ・・・始まる。
「恐怖、戸惑い・・・ほんのわずかでもある者は直前でも辞退を認めていた!!!それがあってもここに立ってくれたお前たちは全員英雄だ!!!」
軍団長が叫んだ。
始まりの合図・・・もっと強く・・・。
「私からはあと一言だ!勝利を持って帰るぞ!!突撃しろーーーーーー!!!!!」
この島全体に響いてるんじゃないかってくらいの大声だ。
この勢いのまま・・・。
◆
戦場が大きく震え出した。
戦士たちが鳴らす地響き、雄叫び、全部が共鳴して大地を揺らしている。
なんか・・・熱くなってきたな。
「そこをどけーーーーー!!!!!!」
一際大きな叫び声が聞こえた。
一人で空を突き抜けていきそうな・・・アリシア様だ。
きっと真っ先に敵とぶつかったんだな。
ステラは・・・変わりない。
でもかなり精神をすり減らしてそう。
口元に力が入ってて、奥歯をぐっと噛んでいるのがわかるくらいだ。
敵が来ない限りここは安全・・・。
ただ、終わるのを待ってるだけ・・・。
◆
太陽が完全に顔を出した。
「ニルス、戦況はどうなの?」
今のところ、こっちは平和だ。
ドラゴンも飛んでこない・・・けど、逆に不安になってくる。
「悪くない・・・けど、押されてるな」
「そうでもないよ、遊撃隊がドラゴンを足止めしてる」
「向こうに疲れは無い・・・いつまでもあのままってわけにはいかないだろ?」
「あ・・・そうか」
ニルスとシロが振り返って「どうする?」って顔であたしを見てきた。
「つまんねーな・・・」
ティムのぼやきは、あたしに向けられている。
ヴィクターはさっき「守りは一人で大丈夫」って言ってた。
前線・・・危ないなら、あたしとシロの結界がある。
今回は治癒隊がいない。つまり、守護の熟練者がほぼいないから、あたしたちが行けば役に立つ・・・。
ニルスとティムも・・・きっと助けになるはず・・・。
「・・・ミランダ殿、彼らは隊長の命令を待っている」
ヴィクターがお尻を揉んできた。
わかってるよ・・・でも・・・。
「本当に一人で大丈夫なの?」
「信頼してほしいのう・・・」
ヴィクターが指を立てた。
「・・・守護の素質、儂も持っている」
地面に描かれた円に沿って分厚い結界が現れ、ステラを包み込んだ。
黙ってたな・・・。
「まったく・・・やるじゃん」
「才能はミランダ殿の方が上じゃが・・・まだ心配か?」
「ううん・・・信頼してるよ」
まず、戦場の勝利が大前提・・・。
だからここで躓くわけにはいかない。
ニルスとシロを温存して負けるなんてあってはいけない。
それにあたしもたくさん修行して体力も付いた。
だから・・・いける!
「ニルス!シロ!ティム!」
振り向いて三人を呼んだ。
「・・・」「・・・」「・・・」
すぐ来ちゃって・・・。
「勝利のため、前線の部隊と合流する!走るよ!!」
「待ってたぜ隊長」
「承知した。シロはオレの背中にいてくれ、目はそのままにしたい」
「わかった、早く行こう」
あたしたちは駆け出した。
・・・遅すぎたくらいだしね。
◆
「隊長!おぶってやろーか?」
ティムが走る速度を落とした。
そんなのしなくていい・・・。
「いけるよ!!」
けど、ニルスもティムも速いな・・・。
何とか付いていけるけど、これじゃカッコつかないよね。
そろそろか・・・。
「ニルス、聞きなさい!!」
走りながら叫んだ。
「はい!」
「ここから先、的確な指示に自信が無い!だから指揮権を渡す。あたしたちをうまく使って!!」
「・・・期待に応えましょう。ミランダ隊長」
まったく・・・初めからあんたが隊長になってればよかったのよ。
「それと、あたしから最後の隊長命令!絶対・・・絶対に死ぬな!!あと・・・戻ったら全員で乾杯するよ!!!」
「・・・」「・・・」「・・・」
あたしの部下は、三人とも歯を見せて笑った。
きっと昼前には帰れる。
みんなで一緒に・・・。




