第百二十二話 たとえば【ニルス】
「美しき身体、澄んだ魂、愛おしい心、穢れなき記憶・・・。幸福、希望と共に、氷の棺で眠れ・・・」
シロの声と共に目を閉じた。
すぐに戦場前夜か・・・。
大丈夫、この選択も間違っていない。
◆
「ん・・・あ・・・」
まばたきをしただけって感じだった。
「あれ・・・」
目を開けて一番最初に見えたのは、大切な仲間たちの顔・・・。
「ニルス・・・」
ステラが抱きしめてくれた。
さっき唇を合わせたばかりなのにどうして泣いてるんだろう。
早く体を起こして安心させないとな・・・。
「おはようステラ・・・」
・・・外は暗い。
夜・・・本当に前夜なのか?
「どうだったの?」
ミランダが微笑んでくれた。
「目を少し閉じただけ・・・そんな感じ。・・・着替えたんだ?」
「当たり前じゃん。引き締まるよね」
「似合ってるよ」
奪還軍の服・・・体の線がはっきり出ている。
動きやすくするために直した感じだ。
「お腹は空いてない?」
シロがオレのお腹に触れた。
こっちも軍の服・・・子ども用を作っててくれたのか。姿を変えているだけなのか・・・。
「絶好調だよ」
「よかった」
「心配いらないよ」
残っていたとしても、ステラの作った物は吐きたくない。
・・・オレも支度をしよう。
夜明けには戦場・・・実感が無い。
みんなでオレをからかっていると言われたら信じてしまいそうだ。
◆
着替えて外に出た。
空は・・・晴れている。
「ルージュは家にいるよ。ルルさんが付いてくれるんだって。ニルスが行くって伝えてあるから、早く寝かしつけてくれてると思う」
シロが教えてくれた。
そう、そのために前夜にした・・・。
「ありがとう。みんなは訓練場で待っていてほしい。・・・一人で行ってくる」
「アリシアもいるから一緒に来るといいよ」
ああ、そうか・・・。
伝えてから氷の棺に入れてもらえばよかったな。
「本当はダメだけど、暗闇で見えるようにしてあげる」
シロがオレの額に触れた。
・・・この夜は特別ってことかな。
「ありがとうシロ、これで起こさずに済みそうだ」
周りのものがはっきり見えるようになった。
精霊の目か・・・。
「じゃあ・・・あれ・・・」
「なに?」
「いや・・・あとでいい」
みんな胸に花を付けていた。
あの子と買った花だ・・・。
なにか意味があるのか・・・あとで聞くことにしよう。
◆
「ニルス・・・会いたかった。愛しているよ」
「母さん・・・」
家に着くと、母さんが抱きついてきた。
こういう言葉があるだけで心が安らぐ。
「・・・ルージュは?」
「ベッドで寝てるわ。・・・昼間にずっと歩かせたから、お風呂のあとすぐに眠ったの」
ルルさんが小声で教えてくれた。
「ありがとう」
明日・・・明日には会えるんだけど、今も少しだけそばにいたい。
◆
寝室の扉の前まで来た。
この中に・・・。
「起きちゃったらどうするの?」
ルルさんは「そうなってほしい」って顔をしていた。
起きてしまったら・・・。
「急いで逃げるよ。・・・二人きりにしてほしい」
オレはゆっくりと寝室に入って、妹の眠るベッドの横に座った。
「目を開けて、あなたがいたら喜ぶと思うんだけどね・・・」
「明日・・・そうなるようにする」
「うん・・・じゃあ、下で待ってるね」
扉が閉められた。
光はいらない。
精霊の目のおかげで、かわいい寝顔がはっきり見える。
「それ・・・そんなに大事なの?」
ルージュは、小さな毛布の端をぎゅっと握って寝ていた。
『うーん・・・青はなんか冷たい感じがするな。夏ならこっちのほうがいいけど・・・』
憶えている。
君のために選んだものだ。
「・・・ありがとう」
体に合わなくても、近くに置いてくれていることが嬉しい。
「ルージュ・・・兄さんは、もうすぐ帰れると思うんだ。みんなから聞いたよ、オレを待ってるらしいね・・・」
柔らかい髪の毛、少し撫でただけで幸せな気持ちになる。
すぐ出るつもりだったけど、もう少しだけこうしていたいな・・・。
「巻き込んでしまってごめんね。戻れたら、一緒にお祭りに行こうか。今度は、最初から手を繋いで・・・」
「ん・・・」
ルージュの喉が鳴った。
・・・目覚めてはいないな。
よかった、まだこうしていたい。
そうだ・・・前みたいに本を読んであげよう。
◆
「恐い顔の魔法使いは言いました。大好きなお兄ちゃんを助けたければ、私の元で修業をするのだ。はい、わたしを強くしてください。ルージュはニルスの呪いを解くために、魔法使いの弟子にしてもらいました。お父さんとお母さんを探すためには兄妹二人でなければいけません。だからルージュは、どんなに辛いことでも・・・」
昔と同じように読み聞かせた。
寝てるけど、心に幸福を感じる。
「・・・お兄ちゃん・・・おいしい?」
ルージュがオレを呼んだ。
寝言・・・ここまでかな。
「続きは・・・」
オレは本を閉じて、最後にもう一度だけ妹の頭を撫でて立ち上がった。
明日の夜にね・・・。
◆
「ニルス、渡したいものがある。お前の部屋に行こう」
扉の外では母さんが待っていた。
仕方ないな・・・。
◆
「書斎ね・・・」
「明日からは変わる。いや、元に戻るんだ」
母さんが扉を閉めた。
オレの部屋・・・。
「母さんは、前みたいにならないよね?」
「あるわけが無い」
「なんか・・・考えちゃうんだ。急にそうなるかもって・・・」
「・・・そうなったらそれは母さんではない。迷わず刺せ」
母さんは胸を押さえた。
こういう言葉を聞きたくて言ってみただけなんだよね・・・。
「・・・で、オレに渡したいものってなに?」
「・・・これを持っていってほしい」
母さんが壁にかけられた栄光の剣を取り、オレの前に差し出した。
なるほど・・・。
「お前が持つべきものだ。共に戦場へ連れて行こう」
「まあ、いいけど・・・二本使ったこと無いんだよね」
「なにがあるかわからない。背負って行けばいい・・・今つけてやろう。動きやすくなるようにマントも縛ってやる」
「・・・わかった」
オレは母さんに背中を向けた。
こういうの・・・いつぶりだろう。
「・・・隊長の話は断ったそうだな」
「まあ・・・ね」
「本当に栄光はいらないのか?ケルトも母さんも、お前に与えられることを願っていた」
「・・・オレはそんなもの欲しくなかった」
言えなかった自分も悪いけどさ・・・。
「それに・・・栄光はもう持ってるんだ。胎動の剣を完成させた時に・・・父さんから貰った。これだけで充分だよ」
「そうか・・・じゃあ、母さんからもお前に栄光を贈ろう。私よりも強くなったんだからな」
背中が優しく叩かれた。
何度もぶっ飛ばしておいてよく言う。
折られた骨は何本だろう・・・。
「よし、こっちを向け」
「ありがとう」
「もう一つあるんだ。ルージュから・・・」
母さんが、オレの胸に夕凪の花を付けてくれた。
みんなも付けていたもの・・・母さんの胸にもある。
「この花は・・・」
「昼間にルージュとセレシュが、近しい人やお前の仲間たちに付けてあげていた。もう一人いるとだけ伝えて、母さんが渡すからと預かったんだ」
「・・・なにか意味があるの?」
「聞いていなかったのか。・・・おまじないだ。戦いや旅に出た者が帰ってきてくれる・・・」
少しだけ目の前がぼやけた。
そうか・・・だからオレに・・・。
『どんなおまじない?』
『ナイショ・・・』
あの時に聞かされてたら声を出して泣いてたかもな。
今もやばいけど・・・。
「お前はこれを受け取った。どういうことかわかるな?」
母さんが口元を持ち上げた。
わかるに決まってるだろ・・・。
「必ず帰らなければいけない」
「そういうことだ。・・・おまじないは効果がある。それをルージュに教えてあげよう」
「そうだね。一度貰ってるけど・・・」
これで、より強まったはずだ。
大丈夫だよルージュ、兄さんは必ず戻ってくるから・・・。
◆
「アリシア、ニルス。必ず帰ってくるのよ」
ルルさんが外まで見送ってくれた。
この人のためにも必ず勝とう。
「大丈夫だルル。雷神と風神が死ぬわけがない」
「風神って呼ぶなって言っただろ。じゃあルルさん・・・行ってきます」
「うん・・・信じてるからね・・・」
ルルさんはオレたちを抱きしめてくれた。
ルージュも待っている。
早く帰れるようにしよう。
◆
深夜の鐘が聞こえた。
普段なら街が眠り出す時間だ。
それなのに、妙にがやがやしている。
「なんか騒がしいね。・・・それに明るい」
「気の早い話だが・・・街のみんなはもうお祭り気分だ」
あっそ・・・気楽でいいな。
「昼間に中央区の広場で王が演説をした。奪還軍への激励と壮行も兼ねてな。かなりの人数が集まっていたぞ」
「奪還軍は必ず勝利するとか言っちゃったの?」
「王ではなく・・・べモンドさんがな。必ず勝利の報告を持ってくると熱く語っていた。風と気の魔法らしいが、テーゼの者すべてに聞こえるようになっていたんだ。ふふ・・・街全体が揺れたぞ」
母さんは鼻で笑った。
あの人がそこまでするのか・・・。
自分を追い込むためなのかな?
・・・いずれにしろ、負けられない。
◆
「おい、雷神が来たぞ!!」「頑張ってくれよー!!」「魔族を蹴散らしてくれ!!」
訓練場の周りにもたくさんの人たちが集まっていた。
・・・マントを被ってきてよかった。
「こっちの方が騒がしい・・・」
「そう言うな。邪魔をする気は無いようだ」
人々は大声で激励を叫んではいるけど、オレたちが歩く道はちゃんと作ってくれている。
「アリシア・・・静かにさせてよ」
「母さんと呼べ・・・」
「母さん・・・静かな方がいい」
面倒な人・・・。
「静かにしろーーーー!!!!!」
母さんが叫ぶと、その場が凍り付いたように静まりかえった。
・・・絶好調だな。
「入口まで走る」
「いいだろう」
オレたちはその隙に駆け抜けた。
目立ちたくないんだよ・・・。
◆
「みんなは鍛錬場にいるはずだ。母さんは、時間まで瞑想をしている」
中に入ると、母さんが肩を叩いてくれた。
・・・気が利くな、仲間だけにしてくれるのか。
「あ、そうだ・・・これを返そうと思っていた」
母さんが何かを取り出した。
「ああ・・・机の・・・」
渡されたのは引き出しの鍵・・・。
「何度も・・・昔のお前に会っていた」
「そうなんだ・・・」
「帰ったら解き放ってやるといい」
「ありがとう。・・・母さん、今・・・言っておきたいことがある」
なんだかそういう気分になった。
雷神にしんみりは似合わないから、もっと熱くなってほしい。
「どうした?」
「オレは・・・旅人とか、父さんみたいな暮らしに憧れていた。戦いとは逆の道・・・」
「わかっている。もっとお前の話を聞き、苦しまないようにしてあげればよかった・・・」
母さんは気まずそうに顔を逸らした。
責めてるわけじゃないんだけどな。
「そういう話じゃないんだ。この街で育ったオレはそうだったっていうだけ」
「どういう意味だ?」
「たとえば・・・オレが父さんの所で育っていたら・・・」
オレは真っ直ぐに母さんの目を見つめた。
『テーゼで育った君は・・・旅人を夢見た。でも・・・ここで育ったらどうだったんだろうね・・・。考えてみたことある?』
父さん、考えてみたんだよ・・・。
「雷神や戦士に憧れたと思う」
「ニルス・・・」
「そういうもんなんだよ。だから、もう気にしないで・・・」
自分から母親を抱きしめた。
オレは心を冷やさなくてはいけない。
今ある熱は、全部母さんに渡そう。
「ありがとう母さん。母さんが育ててくれたから・・・今のオレがある」
「ニルス・・・。今の母さんがあるのもお前のおかげだ。ふふ・・・早くみんなの所へ行ってやれ」
母さんは、照れながらオレの背中を押してくれた。
これで誰にも負けない力を渡せたはずだ。
◆
夜空は星が瞬き、三日月が金色に輝いていた。
鍛錬場の真ん中では火が焚かれていて、仲間たちがそれを囲んで座っている。
「・・・」「・・・」「・・・」
近付くと、三人がオレに目を向けた。
・・・ミランダ隊、二人足りないな。
「ヴィクターさんとティムは?」
「二人で瞑想してる」
ミランダが答えてくれた。
「瞑想ね・・・」
「ティムがけっこう興奮してたから落ち着かせるって。まだ時間あるし、あとで来るよ。まったく・・・ミランダ隊としての意識が弱いわね」
昂ってるのか。
オレと違って恐れは無いみたいだ。
「ニルス、隣に座って」
ステラが呼んでくれた。
この雰囲気・・・野宿みたいでいいな・・・。
◆
どのくらい経っただろう。
誰も声を出さずに炎を見ている。
心が揺らぐかと思ったけど、そんなことは無かった。
随分と落ち着いている。
なんか・・・色々話したいな。
「ステラがいない夜とか、一人の時に考えていたことがあるんだ」
「・・・何を考えてたの?」
シロが夜空を見上げた。
明日の戦いの前に、やり残したことや不安はもう無さそうだ。
「オレが選んで進んできた道が、間違っていたのかどうか・・・」
「それは誰にもわからないよ」
「でもオレは・・・間違ってなかったと思うんだ」
「・・・どうしてわかるの?」
ミランダが、シロと同じように夜空を見上げた。
「たとえば、戦士にはなりたくないって言えていたら・・・」
今だからわかる。
きっと母さんは、そんなオレも愛してくれた。
「たとえば、戦場が恐いってはっきり言えていたら・・・」
それでもすべて受け入れてくれた。
あの頃のオレは、どうして見捨てられるなんて考えてしまったんだろうな。
「でもあなたは嫌だったんでしょ?」
ステラが、微笑みながらオレの脚に手を置いた。
「まだ続きがある・・・」
「早く先が聞きたいな」
「たとえば、アリシアの言うことを聞かず、父さんに会いに行かなかったら・・・」
「胎動の剣は生まれず、あなたはずっと孤独に大陸を行ったり来たり・・・かな?」
そうなっていたかもしれない・・・。
そんな孤独、寂しがりのオレには耐えられないかも・・・。
「たとえば、話しかけてきたミランダを無視して先に行っていたら・・・」
「・・・今ごろあたしは一人ぼっち?やだな・・・」
ミランダは腰を浮かせてオレに近付き、手を握ってくれた。
『ほら、あの白い雲も、空も、今吹いてる風も、一緒に行けって言ってるよ。だから・・・あたしたちはもう仲間だね』
あの時は本当に嬉しかった。
不安でどうしようかと思っていたから・・・。
「たとえば、このままでいいと思っていたシロを誘わなければ・・・」
「・・・ミランダと二人きりでどこにいたんだろうね」
シロがオレの膝を枕に寝転がった。
『僕・・・戦うのは恐い!それでもいいならニルスと一緒に旅を・・・自由な旅をしてみたい!』
ミランダと二人でもきっと楽しかっただろう。
でも、今じゃシロがいないなんて考えられない。
「たとえば・・・ジナスに負けてしまったオレが、折れて戦うことをやめていたら・・・」
「・・・私と出逢うことはなかった」
ステラがオレの肩に頭を預けた。
『私はあなたの味方、なにがあっても守ってあげるわ。だから・・・私のことを愛してほしい』
女性を愛するって初めてだったよ。
君はとても素敵な人だ。
「・・・オレの選択は間違っていなかったんだ。ミランダ、シロ、ステラ・・・全部みんなに繋がっていた。だからこれでいい・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
三人とも黙ってしまった。
なんだよ・・・。
オレは希望のある話をしてるんだけどな。
「それだけ・・・思ってること、なんだか話したくなったんだ」
「ねえニルス・・・戦いが終わって戻ってきて、旅立ちの時・・・また同じ話をしてほしい。今度は・・・明るく・・・泣かないで・・・みんなで笑って・・・」
「そうだよニルス・・・まるで最後の会話じゃない・・・やだよ・・・」
シロとミランダが声を震わせた。
旅立ちの時か・・・それでもいいな。
「そんなつもりで話したんじゃない。それにまだ・・・行ってないところいっぱいあるだろ?」
「私は・・・」
ステラが不安そうな顔をした。
「忘れてないよ・・・一度屋敷に戻らないといけないんだったね。必ず迎えに行くから支度を済ませておくといい」
「うん・・・ありがとう・・・」
心配いらないのに・・・。
『あはは・・・えっとね・・・迎えに来てほしいから。もう一回そういうの・・・経験したいんだ』
大丈夫、記憶の一番上に置いておこう・・・。
「そのあとはどこに行こっか?」
「いっぱいあるよ。神鳥の森でシルに会ったり、夏になったらキビナを登ったり」
「ふふ、シロはバニラに会いたいんじゃないのー?あ、そうだ。オーゼの竜でまた海に連れてってもらおうよ。前は二人とも暗い顔してなんにも見てなかったでしょ?」
ミランダとシロが楽しげに話し出した。
・・・先に果たさないといけない約束があるんだけどな。
「ミランダ、まずはロレッタで疲れを取ろう」
「ん・・・今その話は・・・卑怯だよ・・・。せっかく治まったのに・・・」
ステラが傷痕を消してくれる。
オレが守り切れなかったもの・・・早く無くなるといいな。
「ステラはどこに行きたい?」
「私は・・・みんなと一緒ならどこでもいいんだ。例えば、すぐそこの道だったり、大通りのパン屋さんでも」
「僕もそうかも・・・一緒だったら楽しい」
「それは旅人じゃないんじゃ・・・」
でも・・・そういうのもいいな。
目に映る景色の中に、みんながいないと楽しくない。
「ていうかあんた眠くないの?あたしの太もも使ってもいいんだよ?」
「うーん、たしかに私よりミランダの方が肉厚があって気持ちよさそう・・・」
「ステラ・・・それは褒めてるの?」
「もちろんよ。それともなにか思う所があるの?」
そして緊張感のない会話、こういうのがいいんだ。
「オレは大丈夫だよ。疲れも無い、戦いが終わるまで眠れないと思う」
「あたしも・・・明日の夜まで起きてられるよ。ステラは?」
「私も・・・平気かな。あーあ、急に戦いは無くなりました・・・とかならないかな・・・」
ステラの言葉が、なぜかオレの心を揺らした。
戦いが無くなればいい・・・。
誰もが思っていることだけど、もっと悲痛な思いがこもっている気がする。
「ステラ、それを今眠っている人たちにしてあげるのがあたしたち戦士だよ」
「そうだね・・・早く終わらせてあげましょう」
「ステラ・・・僕はやっぱり・・・」
「シロ、大丈夫だから・・・ね?」
シロの口がそっと閉じられた。
今のは・・・。
「ステラ、なにかあるの?それなら話してほしい」
「なにも無いよ。私、隠し事って大嫌いなの」
堂々と言われた。
でも・・・。
『それでお願いがあるんだ。父さんにも君の剣を一緒に作らせてほしい』
どうして今のステラを見て、あの時の父さんを思い出すんだろう?
完成の直前まで精霊鉱の正体を明かさなかった。
・・・同じものを感じる。
「ステラ・・・なにか不安があるの?」
「あるわけないでしょ。心配しないで」
「信じていいんだね?」
「ええ、私にはなにも不安は無い・・・みんながいるから」
ステラの顔に迷いは無かった。
・・・思い過ごしだったのかな。
「わかった。必ず勝利しよう」
「うん。あ・・・ヴィクターたちが来たわ」
二人分の足音聞こえた。
「本当だ。こっちだよー」
シロが手を振ってティムとヴィクターさんを呼んだ。
これでミランダ隊が全員揃ったな。
恥ずかしいから「たとえば」はもう言わないことにしよう。
◆
「おい!早く火を消せ!」
ティムだけが必死な顔で駆けてきた。
昂ってはいない、落ち着いたんだな。
「なんでよ?」
「軍団長が怒るぞ。前にここで肉を焼くのに火を焚いてたら鬼みたいな顔で怒鳴られた。バレたらやべーって」
嘘だろ・・・この焚き火は許可も取らずにやってるのか?
「ティムくん、これはその軍団長が許してくれたんだけど」
「は?どういうことだよ・・・」
「さあ・・・あのおじさん、あたしにはかなり甘いからね」
「ああ・・・寝たって噂は本当だっ・・・ぐ・・・」
ティムの脛が蹴られた。
・・・油断しすぎだな、躱せよ。
「お・・・不意打ちに耐えられるんじゃん」
「・・・覚えとけよ」
けど、かなり成長した。
『あいつなんとかしてこい』
あの時、ウォルターさんの命令を断ることもできたけど・・・自分で決めた。
ああこれもだ・・・。
たとえば、ティムの相手をしたのがオレじゃなかったら・・・今一緒にはいなかったのかな?
・・・うん、間違っていない。
◆
六人で火を囲んで座った。
このまま朝まで待って、旅立ってしまいたい気分だ。
「隊長、頼みがある・・・」
ティムがミランダに声をかけた。
なんだろうな。
「・・・聞くだけはしてあげる」
「俺は戦いたい。・・・前線に行かせてほしい」
ちゃんと許可を取るのか。
勝手に飛び出すと思ってたけど・・・かなり躾けられたんだな。
ん・・・ティムもルージュとセレシュから花を貰ったみたいだ。
・・・それなら必ず帰れる。
「守るのも戦いよ」
「俺は攻めの方がいい。せっかく鍛えたんだ」
「無理無理、ダメ、許しません」
「そこを頼んでんだよ」
ティムはかなり食い下がっている。
判断はミランダに任せるか・・・。
「ニルス殿、万全か?」
ヴィクターさんは騒がしい二人を放って、オレに語りかけてきた。
ティムがかなりできあがっているからなんだろう。
「はい、問題ありません」
「大丈夫よヴィクター。私の治癒もあるし、ミランダの結界もある」
「そこは心配しておりませんよ。ただ、ニルス殿は・・・死守隊では退屈なのではないかと思っただけです」
「あら、そうなのニルス?」
オレは首を横に振って答えた。
そんなわけないだろ・・・。
文字通り死守、ステラを必ず守らなければならない。
「ヴィクターは、ニルスに前線に出てほしいってこと?」
「ニルス殿の戦いは一番最後です。その前に少しは体を温めておいた方がいいと思っているだけですよ」
なるほどね、戦い全体が見えているからこその意見だな。
「わかりました。状況を見て体を動かすことにします」
「前線に出てもいいんじゃぞ」
「ステラから離れるわけにはいきません」
「・・・本来、ステラ様の死守は儂一人で充分じゃ。ニルス殿が寝ていたとしても問題は無い」
ヴィクターさんの気配が変わった。
これが聖女の騎士本来の姿か・・・。
「覚えておくんじゃぞ?」
気圧されてしまっている・・・。
本当に一人でも問題無い・・・それくらい力強い声だ。
「・・・戦えということですか?」
「アリシア殿の夢・・・聞いたことはあるかな?」
ヴィクターさんの空気が一瞬で緩んだ。
母さんの夢・・・知ってるさ。
「あります。オレに栄光を与えたいと、そう言っていました。ですが・・・ここに来る前に貰いましたよ」
「もう一つあるんじゃ」
「もう一つ?」
「親子で共に戦うことが夢だったと言っていた」
オレと?それならもう・・・。
「叶っていますよ。二度目と三度目の戦場、オレはアリシア隊で共に戦った。話したでしょう?」
「その時は、親子とは言えないじゃろ。アリシア殿は、今のニルス殿と共に戦いたいんじゃ」
ああ・・・たしかにあの頃は「アリシア隊長」だったな。
「私はニルスのやりたいようにしていいと思う。ヴィクターがいるから大丈夫だよ」
ステラも「そうしてあげたら」って顔をしている。
前線か・・・。
「無理強いはせんが・・・今回で戦場が終われば、もうアリシア殿の夢は叶わんな」
「・・・話はわかりました。心の隅には置いておきましょう・・・」
鍛えてもらったこと、強くなれたこと、愛を教えてくれたこと・・・全部感謝している。
『母さんが鍛えてやろう』
『お前を世界で一番強い男にしてやろう』
一番かはわからないけど、あなたがいたから繋がった。
・・・少しは親孝行でもしてやるか。
「頼むよミランダ隊長」
「ダメだって言ってんでしょ!」
あいつも前線に出たいみたいだしな。
「その時はティムも頼むぞ」
「なるほど・・・オレじゃなくて弟子のためでしたか」
「まだ雷神や風神の域には遠いが、千人の中で上から百人には入れる・・・それくらい鍛えた」
「知ってますよ。・・・頼りにしてますから」
夜風が炎を揺らした。
ここにいる五人は絶対に死なせない。
それは、オレが前線に出たとしても同じだ。
それができるように少しずつ・・・少しずつ、心を冷やしていこう。
どうでもいい話 12
最初はアリシアとニルスの和解を戦場前夜、今回のタイミングでやろうと思っていました。
だけど、戦場までの期間や各キャラの心情とか流れ的に「無理があるな・・・」と感じて早めの和解となりました。




